(実況)スタートしました。
11年前将来を期待された騎手を襲った悲劇。
(実況)お〜っと落馬キャピタルゲイン!2号障害飛越後落馬です。
頭を強打し左半身がまひ。
選手生命を絶たれました。
今パラリンピックという新たな目標に向かって歩き始めました。
人馬一体の演技が求められる馬術競技。
かつての経験を生かし急成長しています。
おっ!おっ!1位!やった!お〜!やった!勉強したかいがあった。
ジョッキー時代の仲間たちも新たな挑戦を応援しています。
パラリンピックに出場するためには難度の高い演技を数多くマスターしなくてはなりません。
しかし立ちはだかる落馬の後遺症。
演技を行うコースを覚える事ができません。
くじけそうになる心。
支えてくれるのは共に戦う大切なパートナーです。
馬と一つになってもう一度大舞台へ。
新たな目標に挑む常石選手の姿を見つめました。
兵庫県明石市にある乗馬クラブです。
障害者馬術のトレーニング施設としては日本有数の規模と歴史を誇ります。
こんにちは。
お願いします。
(取材者)よろしくお願いします。
お願いします。
常石勝義選手は自宅のある滋賀県から片道2時間をかけてここへ通っています。
中央競馬の騎手だった常石選手。
11年前の落馬事故で左半身にまひが残りました。
左手の握力は右手の半分ほどしかありません。
ブーツを履くのも一苦労です。
常石選手は障害者馬術を本格的に始めてから2年になります。
よし明英。
相棒は明英。
21歳のオスで人間なら80歳になります。
障害のある選手を大勢乗せてきたベテランでニックネームは先生。
ペアを組んで半年。
まだ常石選手の言う事を素直に聞いてくれません。
おいで。
行こう。
練習開始。
まひのある左足は踏み外さないようにゴムで固定します。
ひとたび馬に乗ればまひを感じさせない安定した騎乗ぶり。
さすが元ジョッキーです。
障害者馬術の指導歴は23年。
パラリンピック日本代表のコーチも務めます。
危なくない。
少々の事があっても全然動じないし対処のしかたがやっぱり…多分体が覚えてるんでしょうね。
だから私ああもう落ちるとかって思った事ないですもん。
競馬の騎手時代には最高峰のレースG1を制した常石選手。
障害者馬術で目指すのは5年後の東京パラリンピックです。
障害者馬術は治療やリハビリに役立つとしてヨーロッパを中心に古くから盛んに行われてきました。
北京大会の銅メダリストドイツのアイステル選手。
両腕がないため口で手綱を操ります。
馬術の神髄は乗り手と馬が呼吸を合わせる人馬一体の演技。
その美しさや躍動感を競い合います。
この競技で最も重要なのは馬に的確な指示を出す事です。
まずは速度の調節。
ゆっくり歩く常歩。
両足で馬の腹を強く締めれば速歩へ。
更に強く締めると駈歩になります。
そしてターン。
曲がる方向に手綱を引きインコース側の足を馬の腹に強く押しつけます。
競技ではこれらを組み合わせたさまざまな課題に取り組みます。
常歩で左に曲がり加速して駈歩へ。
更に直径20メートルの正確な円を描きます。
試合では最大で23の課題を連続して行い動きの正確さや躍動感が採点されます。
(三木)じゃあ尋常速歩で発進。
はい。
常石選手は試合を想定し課題を連続して練習していました。
ところが…。
15番目の課題の時全く別のコースを走ってしまいました。
(三木)本番だと思って1回ずつを本番だと思って一生懸命やらないと!ほらまた左にずれてるんじゃないですか?常石選手はいつも後半になると記憶力と集中力が低下し次にどの課題をするのか忘れてしまいます。
落馬事故による高次脳機能障害の症状です。
常石選手は人の名前もなかなか覚えられません。
僕馬に乗ったら前かがみになる癖があるんで乗馬って逆なんでそれがしんどいですね。
いつも会うスタッフでも顔は分かるのに名前をすぐ忘れてしまいます。
記憶障害に苦しむ常石選手。
それでも愛馬と共にパラリンピックを目指す覚悟を変えるつもりはありません。
常石選手にとって馬は人生に希望を与えてくれる大切な存在です。
中学生の時乗馬体験をしてその爽快感に魅了された常石選手。
卒業後競馬学校に入学。
同期には後のトップジョッキー福永祐一騎手もいました。
常石選手が力を発揮したのは障害レースです。
高いジャンプ激しいアップダウン。
馬と心を合わせる事が求められます。
常石選手は試合前から長い時間をかけて馬と練習を繰り返しその癖や気性をつかむようにしていました。
7年目25歳の時に走った障害レースの最高峰…乗ったのは…地力はあるものの走りにムラがあるとされ4番人気でした。
(実況)今スタートしました。
練習でこの馬の性格を見抜いていた常石選手。
前半あまりムチを入れず楽に走らせます。
後半に力を発揮させる作戦でした。
レース中盤常石選手はビッグテーストの声を聞いたといいます。
(実況)懸命に外から追い込みに入る。
そして内からはビッグテースト。
レース終盤ビッグテーストは猛烈な追い上げを見せます。
ゴール直前で逆転。
(実況)ビッグテーストゴールイン。
常石勝義ガッツポーズ。
常石勝義騎手です。
おめでとうございます。
ありがとうございます。
(拍手と歓声)生涯最高のレースでした。
ところが1年後…。
(実況)お〜っと落馬。
キャピタルゲイン2号障害飛越後落馬です。
まさかの落馬。
頭を地面にたたきつけられ意識不明の重体に陥りました。
脳挫傷。
運動や記憶などをつかさどる部分が大きく損傷していました。
意識が戻ったのは31日後。
家族の顔も分からず何を言っても反応がありませんでした。
ところがムチを持たせるといつもしていたように振り回し始めました。
馬が息子を救ってくれるかもしれないと考えた母の由美子さんは寝たきりの常石選手を競馬場に連れていきました。
すると…。
ぱっと立ったんです。
馬が走ってるのを見た途端に。
またそのままひっくり返ってしまったんだけど。
そこでもう全部失禁もしてしまったんだけど。
ぱっと立ったんです。
リハビリを始めた常石選手。
一人では歩く事もできない自分の体に大きなショックを受けました。
支えになったのは馬の存在でした。
では速歩いってみましょうか。
もう一度馬に乗りたい。
車椅子で乗馬に通いました。
馬に乗ると医師も驚くほどの回復ぶりを見せたのです。
は〜い。
(取材者)失礼します〜。
よろしくお願いします。
入って下さい。
常石選手は今65歳の母由美子さんと2人で暮らしています。
(取材者)お邪魔します。
失礼します。
遠い所どうも。
お世話さまです。
毎朝必ず行う日課があります。
CHE尋常速歩。
試合でたどるコースの確認。
20のコースを繰り返し描いて覚えます。
CHE中間常歩。
あんた何やってんの今。
これまでの試合でコースを間違えずに演技を終えた事は一度もありません。
Hから中間常歩。
練習が終わったあとも駐車場を馬場に見立てて動きながら覚えます。
始めて10分後の事でした。
何で急にごちゃごちゃになりだしたの?常石選手の目がうつろになってきました。
コースを思い出そうと集中し続けると脳が疲労して眠気に襲われるのです。
はいタオル。
一回顔洗っておいで。
何かもう見てて…高次脳機能障害の壁が立ち塞がります。
よし…。
由美子さんは残りの人生をかけてパラリンピック出場という息子の目標を支えていきたいと考えています。
でも最初から…。
何でよここで合うてるやん。
彼を一人前にするのに…これを成功させないとと思ってます。
うん。
Aから尋常速歩で入場。
敬礼。
障害と闘いながら常石選手はもう一度人馬一体を目指します。
10月。
年に一度の障害者馬術の全国大会が開かれました。
常石選手は2種目に出場します。
明英と共に挑む初めての全国大会です。
東京パラリンピックの強化指定選手に選ばれるには全得点の55%以上を獲得する事が最低条件です。
去年は54%。
クリアできませんでした。
(ベル)まずは1種目目。
基礎的な15の課題に挑みます。
直径20メートルの輪乗り。
駈歩で正確に円を描きました。
常歩での半輪乗り。
明英はしっかりと指示に応えます。
初めて全ての課題を間違えずに演技を終える事ができました。
果たして順位は…。
おっおっおっ!1位?やった!イエ〜イ!イエ〜イ!やった!この種目全国大会初優勝。
常石選手は7人中1位。
得点は60.2%。
目標の55%を大きく上回りました。
ほんまに?ちょっと待ってや。
ほんまに?この結果は。
ありがとな明英。
記憶障害を乗り越えてつかんだ初優勝。
明英と共に勝ち取りました。
翌日行われた2種目目。
1種目目より難度の高い20の課題に挑戦します。
(ベル)常石選手の出番です。
180度のターン。
馬をバックさせる難しい技。
次々と課題をクリアしていきます。
しかし試合中盤最も難しい反対駈歩の時でした。
反対駈歩とは反対向きのターンが続くコースをスピードを落とさずに駈歩で走り続けるという課題です。
ところが最初のターンを終えた直後。
コースを外れた上減速して速歩になってしました。
大きく減点。
常石選手が明英に的確な指示を出せなかった事が原因でした。
この課題は短い時間に数多くの指示を出さなければなりません。
右ターンの直後左の手綱を引いて軌道を修正して直進。
そして体を後ろに反らします。
前かがみになると体重が馬の前足にかかってスピードが落ちてしまうからです。
更にムチをあてて駈歩を続けさせる指示。
この3つを僅か1秒半の間に行わなければなりません。
ところが常石選手は右ターン直後左の手綱を十分に引きませんでした。
このため明英は軌道修正を行わず右に回り過ぎてしまいました。
その結果残り2つの指示を出せず減速してしまいました。
高次脳機能障害の常石選手にとって僅かな時間でこの3つを行う事はとても難しいのです。
2種目目の結果は2位。
得点は目標の55%を僅かに超えたもののパラリンピックに向けて大きな課題が浮かび上がりました。
試合でまだ成功した事がない反対駈歩。
常石選手は特訓を繰り返しました。
大きく前飛ばなくていいから。
上にジャンプ!途中でスピードが落ちてしまいました。
手綱は引いていましたが体を十分に反らさなかったため減速しました。
次も…。
肩が前行かない!駈歩を絶対続ける!絶対続ける!軽くムチ使ってもいいから絶対続ける!ほ〜ら!蹴りましたかムチは使いましたか諦めました?体は反らしましたがムチを忘れました。
減速してしまいました。
更に…。
ポンポン!ほら!今度はムチが遅れました。
明英は曖昧な指示が続いたため混乱していました。
練習後明英は常石選手の言う事を全く聞かなくなっていました。
ひづめの裏を洗おうとしてもすぐに足を下ろしてしまいます。
ほらもう一回上げなさい。
上げづらいん?この子。
いや?馬はきちんと指示を出さない乗り手には従わなくなってしまうのです。
だからそういう意味で…自信を失いかけていた常石選手。
かつてのジョッキー仲間を訪ねました。
同期の福永祐一騎手です。
トップジョッキーの福永騎手も10月に落馬し復帰を目指して練習していました。
先輩の武豊騎手です。
多くの仲間が常石選手の挑戦を応援してくれています。
次の競技会を1週間後に控えたこの日。
常石選手は明英といつもより長い間話をしていました。
怒ってんのか?反対駈歩を繰り返す常石選手。
2回目失敗!この日は様子がいつもと違っていました。
もう一回どうぞ。
一番奥まで行って下さい!一番奥まで行って!失敗しても失敗しても練習をやめません。
少し自分でこっち側に乗せて!バランス乗せて!ほら。
これね。
そして…。
速歩に落とさせなければ!そう!ようやく成功。
手綱を引いて胸を反らしムチ。
全ての指示を的確に出し駈歩を続けさせました。
成功率はやっと3回に1回まで上がるようになりました。
そうそうそうさっきよりはうんとよくなった。
練習後いつものように明英のもとへ。
11月競技会の日がやって来ました。
反対駈歩を成功させる事はできるのか。
(場内アナウンス)「常石勝義選手乗馬は明英です」。
(ホイッスル)ところが試合は前半意外な展開を見せました。
全国大会ではできた課題を失敗してしまいました。
的確な指示が出せません。
後半の反対駈歩に気を取られ過ぎ前半の課題に集中できなくなってしまったのです。
14番目の課題の時でした。
このあと速歩でターンして駈歩に加速しようという場面。
常石選手は加速の指示を忘れていました。
ところが…。
明英が自ら加速しました。
明英は常石選手の努力に応えてくれました。
いよいよ反対駈歩。
ところが最初のターンに入る直前。
明英がぬかるみに足を取られバランスを崩しました。
それでも慌てず明英に指示を出しました。
手綱を引き背中を反らしそしてムチ。
反対駈歩。
明英はスピードを落とさずに駆け抜けました。
M尋常速歩。
競技会で初めての成功。
明英と一体になり優勝しました。
愛馬と共に目標を目指す日々。
常石選手は障害者馬術に本格的に取り組むようになってから記憶力や集中力が少しずつよくなっているといいます。
やったらやった分だけ成果が出るんだなっていう確信っていうかな。
彼が自信持って生きていけるパワーになっていってるので。
はいありがとうな。
目標は5年後の東京パラリンピック。
失敗を繰り返しながらゆっくりとでも着実に進んでいくつもりです。
人馬一体には。
常石勝義選手38歳。
自分を生かしてくれる馬と共に人馬一体の境地に挑み続けます。
2016/01/14(木) 01:44〜02:29
NHK総合1・神戸
アスリートの魂「もう一度 人馬一体へ 障害者馬術 常石勝義」[字]
中央競馬の騎手として脚光を浴びながら、落馬事故で半身不随、重い記憶障害が残った常石勝義選手。障害者馬術でパラリンピックを目指している。愛馬とともに戦う姿に密着。
詳細情報
番組内容
常石勝義選手は2003年、「人馬一体」の走りで中央競馬で最高峰の障害レースを制した。その翌年、落馬事故。左半身のまひと高次脳機能障害が残った。障害者馬術で東京パラリンピックを目指し立ち上がったが、手綱をうまく操れずコースも覚えられない。それでも、馬の心を読み取る力は消えていなかった。愛馬に「ごめんな、がんばるからな」と話しかける。「馬と心を通わせ、もう一度最高の瞬間を」。愛馬とともに戦う日々に密着
出演者
【語り】袴田吉彦
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – スポーツ
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音声 : 2/0モード(ステレオ)
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