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第四章ダイジェストその2
カイル達が間もなく『竜の巣』にたどり着くと言う頃、ミナギはリネコルの街中にあるカフェにいて、フードを目深に被り、周りから顔を見られないようにしながら内心愚痴り、ため息をついていた。
ミナギの本来の役目はカイル達の影ながらの護衛だが、森の中では流石に難しく、それに本当に警戒すべきは街中での搦め手からの暗殺で、森の中では力押しの襲撃にしかならないのでカイル達当人で充分対処できるので、今は別行動をとっている。
その為今のミナギの役目は情報収集と噂の拡散だった。
カイルの名声を高めるための噂の拡散は豊富な資金で何とかなっていたが、メーラ教に関する情報収集がまるで捗らない。
どうも調子が悪く、現状をどうしてこうなったと嘆いているのだ。
その原因であるカイルにはいろいろ言いたいことはあるが、経済的にも精神的にも追い詰められつつあったところを救ってもらったことには感謝している。
金払いはいいし、やり方への条件も少なく自由にでき、依頼主としてはかなり上等だろう。
そして何より大きいのは心から信頼してくれている事だ。
暗殺をも請け負う裏仕事を行うシノビ、通常の雇い主ならば使い捨てにされてもおかしくない存在である自分を躊躇なく信じ、それも命を預けるくらいに信頼してくれているのだ。
忌み嫌われてもしかたない汚れた存在である自分に笑い、親しげに話しかけてくる、それが上辺だけでなく本心だと解るくらいにミナギもカイルのことが解ってきている。
師であり育ての親であるソウガ以外に親しいものはいなかったミナギにとって、カイルの態度は新鮮であり戸惑うものだ。
生業の所為で悪意や敵意、殺意くらいしか向けられたことが無いためか、カイルの――打算くらいはあるが――好意的な笑顔に慣れていないのだ。
もう一つ、先ほどとは少々意味合いの違う物憂げなため息をついた。
ミナギは脇に置いてある、さきほどの情報収集時に買った袋に入ったある物を見る。
この中にカイルに追加で頼まれたもう一つの依頼の為に使うものがあり、これもため息の理由の一つだ。
あまり気は乗らない仕事だが、自分にしかできないのは解っているので取り掛かるか、と気を取り直して席を立とうとしたその時、目の前の雑踏の中にいる一人の男に眼がいった。
ミナギは顔や視線は動かさずにその男を詳しく観察し、歩き方から目線、呼吸の仕方まで瞬時に分析する。
一見しただけでは仕事帰りの石工職人あたりという風体だが、ミナギは一瞬でその不自然さを見抜き、自分を棚に上げ不審者として認定する。
普段なら警戒するだけで、危うきに近寄らずと距離を置くのだが今は情報収集もしており、些細なことでも情報を集めておくのも役目で、何より直感に従いとりあえずどこに向かっているか等最低限の確認だけはしようとミナギはその男の尾行を開始した。
◇◇◇
カイル達はいよいよ『竜の巣』へと到着した。
そして何よりも目立つのは遠くに立つ一本の樹だった。
とにかく巨大な樹で、まだかなりの距離があるのだが遠近感が狂うかのような大きさで、最頂部は雲に届いているかのようにも見えた。
幹も万単位の都市が城壁ごとすっぽり入ってしまうであろう太さだし、最も細い先端の枝でさえも家が数件余裕で建つほどだ。
世界最大の魔法樹、この世界の創世から生えているといわれている通称『世界樹』、それをドラゴン達は巣にしているとシルドニアが懐かしそうに説明する。
セランはこのまま近づいて大丈夫かと、警戒の声をあげるがこの『竜王』ゼウルスが治めているこの地ならば、いきなり戦いになることはないとシルドニアが保証した。
そしてそれは舞い降りた
いかなる武器もはじき返す灼熱の色をした肌、巨岩をもかみ砕く牙、禍々しく光る目、鋼鉄の鎧をも易々と切り裂く爪、一降りで山をも砕かん力強い尾、一瞬で数百里を翔ぶ翼……どれもが人間の常識をはるかに超えるものだ。
ただ生きている、動いているだけで他のありとあらゆる生物を圧倒させる存在感。眼があっただけで、畏怖だけでなく崇拝すら抱かせ、生命としての位階が違うと魂で認識させられる幻獣の王――ドラゴンがカイル達の眼前にいる。
ドラゴンはやや聞き取りにくいが、人族の共通語で何をしに来たと、問いかけてきた。
そのドラゴンはほとんどカイル達に警戒を払っておらず無防備だ。
それも当然で、そもそも人間を含めた人族とは差がありすぎて、極端に言えば人間が喋るアリを警戒するようなもので、例えこの場で攻撃されてもどうにでもなる、それがドラゴンにとっての常識だった。
しかしそんなドラゴンに更に上からの目線でシルドニアが下っ端扱いで命令をする。
その態度にドラゴンは激昂しかけるがシルドニアは冷静に『竜王』ゼウルスの名をだし正式に面会に来たと告げた。
ゼウルスの名をだすと効果覿面で、ドラゴンは打って変わって狼狽し、確認を取るために一度世界樹へと戻る。
ドラゴンが見えなくなると、プレッシャーから解放されシルドニア以外皆が大きくため息をついた。
「……いくらなんでもドラゴンにあの態度は無いだろ」
カイルが流石に文句を言うと、シルドニアは平然と交渉の基本は強気で行く事、と笑った。
ドラゴンが戻ってくると苦々しさで満ちた声で、正式に迎え入れると告げられ、カイル達は世界樹内へと案内された。
◇◇◇
世界樹の内部は通路状の空洞が多数あり、その一つをカイル達はドラゴンに案内され進んでいる。
しばらく歩いた後、たどり着いた場所は広い空間になっていた。
人工物の無いその空間の中心部に身体を丸め、寝そべっているドラゴンがいた。
案内してきたドラゴンより二周り以上は大きいだろうドラゴンだ。
止めるドラゴンに構わずシルドニアは歩みを進めその前に立ち、腕を組んだ仁王立ちで『竜王』ゼウルスに不敵な笑顔で挨拶をする。
ゆっくりと目を開けたゼウルスは重々しい声で皮肉気に、それでもどこか懐かしい響きをこめてシルドニアに答えた。
挨拶が終わった後、シルドニアが余人を交えず、自分とゼウルス、そしてカイルのみで話をしたいと言う。
ゼウルスはカイルを見るが、その剣を見て何やら少し首を捻り、唸りはじめる。
「この剣が……何か?」
カイルの問いにその剣には少し関わりがあってと答える。そしてその内密な話をしようと、場所を変える為にゼウルスは自らの姿を変えた。
ゼウルスは長い白髪と白髭をで威厳のある顔、ゆったりとしたローブ姿の長身の老人の姿となり、人族との交渉は何百年ぶりかと言いつつ話しやすい部屋に行こうと場所を変えた。
カイルは皆にしばらく待っていてくれと言うと、更にその後ろを慌ててついて行き、これからが本番だと心を引き締めた。
◇◇◇
ゼウルスに案内されたのは、六人程が座れるような簡単なテーブルと椅子があり、人工物が一切なかった世界樹の中だが、そこは部屋と言って良かった。
かつてこの部屋でよくゼウルスと会談をしていたシルドニアはどこか懐かしそうだった。
席に着くと早速シルドニアが近い将来起こる人族と魔族の戦争で、ドラゴンは人族に手を貸してほしいと切り出すが、ゼウルスは断ると切り捨てた。
魔族側から攻めてくると言うのも、今の魔王が穏健派と言う事を知っているゼウルスは信じようとしない。
そこで、カイルが攻めてくるのは別の魔王だと、これから起こる事を知っているという自分の秘密を打ち明けた。
「今から話すのは紛れもない真実です。まずは聞いてください……」
カイルはこれから起こる新魔王の誕生、『大侵攻』と言われる魔族による総攻撃、人族が滅亡寸前まで追い込まれ最後の賭けの奇襲での辛うじての勝利、そして魔王の行っていた禁呪の儀式により時を遡ったこと……事細かに説明した。
◇◇◇
カイルの説明を聞き終わった後のゼウルスの反応はまさに半信半疑と言ったところで、予想していた通りだった。
だがゼウルスもカイルの魂の融合に気付いており、頭から否定はできなかった。
それでもドラゴンが魔族に味方していたと言う事だけはありえないと断言する。
とにかくだ、人族が滅びるかどうかの瀬戸際でドラゴン達の協力が是非欲しい、とシルドニアが言うが、それでもゼウルスは中立の立場を崩さなかった。
説得の切り札だった、かつてゼウルスが求めていた『神竜の心臓』を譲ってもいいとまで言ったが、首を縦にはふらない。
「えっと……そう言えばこの剣と関わりがあると言ってましたけど、どういうことですか?」
場の空気が悪くなったと、カイルが少し話題をそらす為に剣ことを質問する
関わっていたというのは、剣を作る際に素材としてゼウルスの牙をつかったということでゼウルスには今も牙が一本生えていない。
そしてこの剣が、かつてシルドニアの本体が想い人への贈り物として作られたと聞き、大いに驚く。
結局その身分違いの恋は叶わず、思いを告げることすら出来なかったというのが結末だったらしいが、そのことを全く知らなかったシルドニアは、自分の知らなかった自分の恋愛話を聞かされ、顔を赤くしたり青くしたりと大忙しとなり、机に突っ伏してしまった。
そんなシルドニアに何て声を掛ければいいのかわからないカイルだったが、見られていることに気付いたシルドニアが今度はいじけ始めた。
「そんな言い方しないでくれ……シルドニアには世話になっているし、本当に頼りにしている。お前がいなければこれまでやってこれなかったし、これからも絶対に」
微妙に自信を無くしているので、自信を取り戻す方向で力づける。こう見えてシルドニアは誰かに頼られたりするが好きだからだ。
何とか立ち直ったシルドニアだが、大笑いをしたゼウルスには不機嫌そうな目を向けた。
結局協力は得られなかったが、中立は絶対に崩さないということでシルドニアは納得しかけたが、カイルはそんなゼウルスに疑問の目を向ける。
「貴方の言葉を信頼しないわけではいのですが、現に私はドラゴンが魔族に味方しているのを見ていますので……そして一つ気になったことがあります」
カイルがこれだけは聞いておかねばならない、とこの部屋に入った直後から感じていた疑問をぶつける。
それはこの部屋に使用した痕跡があるからだ。
元々ここはシルドニアと、人族と交渉するために作られた部屋で、もしゼウルスの言う通りならこの部屋は数百年使われていないことになる。
ドラゴン同士ならば態々この部屋を使う必要は無いはずで、人族でもドラゴンでもないのならば誰と会うために使っていたのか?
「ここで会っていたのは……魔族ですか?」
カイルの低い声と鋭い視線を真正面からうけて、ゼウルスの目が細まった。
◇◇◇
同じころ残された仲間達はやる事が無いので何時もの通り、敷物を敷いた上でお茶やお菓子をつまみつつ雑談していた。
その場に予想外の来客が現れる。
自分たちと同じようにドラゴン――イルメラに案内され来たのはかつて鉱山都市カランにおいてリーゼとウルザと死闘を繰り広げた女魔族のユーリガだった。
即座に身構える両者、緊張が高まり剣呑の雰囲気が漂いはじめる中、それ以上の迫力でイルメラがこの場での戦いは絶対に認めないと止めに入る。
もし戦闘になれば全てのドラゴンを敵にするというイルメラに、セラン達は勿論ユーリガもとりあえずだが構えを解いた。
魔族も人族もしょうの無い奴らだ、と嘆くイルメラが呆れた様に言う。
その魔族と人族を同じ場に連れてきたある意味原因であるイルメラを全員半目になって睨んだ。
◇◇◇
カイルの視線をまっすぐ受けながら否定をぜず、シルドニアも怒りの表情で問い詰めるがゼウルスは平然と、向こうが礼儀を守って会いに来ているから会っているだけだと答える。
礼儀を守るという魔族にシルドニアが驚きの声をあげる、自分の知る魔族のイメージとあまりにもかけ離れているからだ。
ゼウルスは会話の内容は言えないが、心配しているような事ではないと言われ、とりあえず納得するカイル。
ここでゼウルスが何かに気付いたように、上を見上げドラゴン特有の連絡手段でイルメラから報告が来て、魔族がやってきて、カイルの仲間たちと接触したと話す。
そこまで聞いたカイルがバネ仕掛けの人形のように椅子から立ち上がる。
戦いにはなっていないし、お前もこの地で戦えばドラゴンを敵にすることになるとゼウルスに釘を刺されるが、魔族がいると解って大人しくできるものでもなく、カイルは走り始めた。
その背中を見送り、自分の正面からの睨みを受けても微動だにしなかったカイルを面白がるゼウルスと、少し自慢げに笑いながらカイル達を評するシルドニア。
ほぼ人族の頂点に立ち、重責に耐えていた本体である『魔法王』ではみせなかった笑顔で、それにつられたのか、ゼウルスも柔和な笑みを漏らした。
◇◇◇
全速力のカイルが仲間たちの元に駆けつけた時、いつも通りののんきな姿に脱力する。
しかも少し離れた場所で、壁に背を預けている魔族、ユーリガの手にはリーゼの作った焼き菓子があった。
勧めたリーゼに危機感が足りない、と強く言うがピンとこないようでカイルは大きくため息をついた。
現在においては魔族はお伽噺に出てくるような存在でしかなく、特にリーゼとウルザはそれが抜けきっていない。
更にユーリガとは全身全霊を込めて戦っている為か、ある程度理解しているようで、あまり危機感を持っていないのだ。
(戦いあって相手を理解すると言うのは確かにある……だがよりによって魔族相手に親近感持ってしまうとは)
内心苦々しい思いでいっぱいだが、このことについてリーゼ達を責めるのも筋違いとも解っている。
ユーリガは魔王からの人間を出来る限り殺してはならないとの命令は継続中だと表面上は少なくとも大人しくしているので、カイルも何とか落ち着きを取り戻す。
そこにゼウルスとシルドニアが戻ってきて、ユーリガは『竜王』に丁寧な挨拶をし、魔王からの書状をを届けた。
それを受けとりながらゼウルスは、この間来たばかりだと言うのにまた何の用だと何気なく呟くが、ユーリガが反応する。
魔王の命令で前回の使者が来たのは三年は前のはずだが、つい五日前にも魔族が来て、それは魔王が把握していない魔族だと解った。
そんな得体の知れない奴にグルードのことを話してしまったのかと、嘆くゼウルスだがそれを聞きとがめたシルドニアがグルードのことを尋ねる。
一瞬口ごもったが、仕方ないとばかりに話し出すゼウルス。
グルードはこの地で最も若いドラゴンでゼウルスの後継者になるドラゴンだが、その為の教育を、心構えを幼い頃から説いてきたら半年前から世界樹に寄り付かなくなったと言う。
要するに家出かと呆れるシルドニアにゼウルスは否定できないでいた。
最近騒がせていたドラゴンの正体は解ったが、そのグルードのことをゼウルスはその――ターグと名乗った妙に愛想の良い魔族に半ば愚痴のように喋ってしまったようだ。
掟により、自ら出ていったグルードに直接手を出すことはできないのでどうしたものかと悩んでおり、そこにつけこまれてしまったようだ。
その魔族が何をするか解らない、そこでシルドニアがグルードを連れ戻してきてやろうかと提案をする。
これに成功すれば明確な貸しが作れるとカイルも乗り気になるが、ゼウルスはある条件を出してくる。
それは魔族と、ユーリガと共に行動しろ言うものだった。
ユーリガはドラゴンとの親善を命令されており、魔王の把握していない魔族も放置はできないので、その要請を受け入れた。
セラン達も同行に異存はなかったが、カイルは内心穏やかではなかった。
魔族が絡んでいる以上、魔族の協力を得られるならそれにこしたことは無いのはよく解っているが、カイルにとっては魔族とは故郷を、家族を、仲間を、友人を、愛する人を奪った憎んでも憎み切れない怨敵だ。
だがかろうじて我慢できているのは、その失ったはずの愛する人たちが、今は一緒にいてくれるからだろう。
「確かにこの件に関してだけは協力し合う必要があるな……解った共に行動しよう。ただし命令をするつもりは無いが、命令を受ける事もない、上下巻関係のない同行者という形でだ」
カイルは大きくため息をつき、自分を納得させたあと同行に同意した。
そしてゼウルスの命令でイルメラも監視の名目で同行することになる。
世界の創世から対立してきた人族と魔族、そして決して中立の立場を崩さなかったドラゴンが一時的、条件付きとはいえ協力し合うというのはおそらく歴史上初めてのことだった。
中身は家出した未成年を連れ戻すというかなりしょうもない内容ではあったが。
◇◇◇
グルードを探す方法だが、エリナからの提案でこの森に最も詳しいのはダークエルフ達で、協力を仰いだ方がいいと言うものだった。
カイルも同意したので、まずエリナはパセラネから話を通そうと言い、前にあった湖畔まで行く事になった。
イルメラの背に乗り、空を飛び移動するカイル達。
リーゼやウルザは素直に感動の声を上げてはいるが、流石に七人も乗っていてはイルメラの背でも狭く、騒ぎとなったが数日かかった距離を文字通りあっという間の時間で到着した。
◇◇◇
パセラネと会った湖岸に降り立ったカイル達だが、そこで会ったのは血まみれになったユニコーンのロアスだった。
治療をして、事情を聴くと密猟者を見つけ捕えようとしたが返り討ちにあった言い、パセラネが囚われていると解る。
すぐさま助けに行こうとするが、パセラネの密猟者の動向を書き記した地図をエリナが見つけ、グルードが目撃された情報と連動していることが解る。
「……人族やダークエルフ達の目を誤魔化す為にドラゴンを、グルードを利用している?」
ドラゴンがいるとなれば、自殺志願者でもない限りその付近に近づく者はまずいない。
逆に言えばドラゴンの動きを知っているなら、ドラゴンが仲間ならこれ以上の潜むのに都合の良いものはない。
グルードが自ら仲間になっていることは考えられないので、操られている可能性が高いとシルドニアが推察する。
怒りに燃えるイルメラをなんとか静めて、密猟者を捕えて尋問すべくカイル達はパセラネを助けに向かった。
◇◇◇
密猟者達は三十人ほどいたが、まず初めにイルメラに低空飛行で飛んで、咆哮を一つ上げてもらい狼狽させることに成功する。
その隙にカイル達は奇襲し、多少の抵抗をうけたが縄で縛り上げられ重傷のパセラネを助けることに成功する。
だがその戦いぶりは、仲間の命や自分の命も道具にするかのようで、生き延びた者も全員毒を飲んで自害する等異常と言えた。
密猟者達のリーダー格と思しき男の懐を探ると、出てきたのは人間の赤ん坊を抱いた女神の姿が彫り込んである金属でできた手に収まるくらいの円盤が、メーラ教徒が持つ聖印だった。
「やはりメーラ教徒か」
カイルからメーラ教のことは聞いていたが、実際に触れその不気味さと恐ろしさを肌で味わい、リーゼとウルザの顔色が悪くなる。
特にエルフであるウルザは、形の良い眉を眉間に寄せ不快な、それでいて不安そうな顔になっていた。
幸いと言うべきか密猟の為に雇われた猟師は三人は生きていた。
「さて、お前達に聞きたいことがある。黙秘は認めないし、吐かなければ死んでもらう。だが素直に喋るのなら……今回だけ見逃してやる。ただし、次にその姿を見る事があればその時は容赦しない。死にたくなかったらどこぞの僻地で人目を避け大人しく余生を過ごせ」
カイルの有無を言わせぬ迫力に押され三人は素直に喋る事になる。
ユニコーンを狩っていたのはやはり角のが目的で、強力な回復薬が大量に必要な為らしい。
メーラ教徒は他に数十人単位でおり、そしてやはりドラゴンは、グルードはメーラ教の秘術で操っていると言い、明後日にはダークエルフの集落を襲わせる予定だとも解る。
最後に魔族が、ターグがまだ接触していない事を確認すると、約束通り三人を解放した。
そんなカイルを、それこそ噛みつきかねない顔で仲間を殺されたパセラネが見て問い詰める。
「素直に喋らせるためにはあの約束が必要だったからな……そして俺は約束は守る」
カイルがキリッと真面目な顔で言うが、それを見てリーゼやウルザが何言ってるんだこいつ、という顔になる。
「約束は守る……俺はな」
カイルが視線を動かすと、そこにいたはずの悪友は既にいなくなっていた。
◇◇◇
逃げる三人を、先回りしていて再会してしまったセランが運が悪かったなと言いつつ無慈悲に切り捨てていた。

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