去年1年間で100万人を超える難民や移民が押し寄せたドイツ。
受け入れを進めるメルケル首相の退陣を訴える人たちです。
それを取り囲んでいるのは難民の受け入れを支持する人たち。
市民は真っ二つに分かれています。
難民を巡ってはヨーロッパ各国でも意見が対立。
これまで自由に行き来できた国境の管理を強化する動きが広がっています。
貧しい国と豊かな国の格差。
その怒りがEUに向かっています。
国境をなくし平和で豊かな共同体を目指してきたヨーロッパ。
今その理想が壁に突き当たり分裂の危機に直面しています。
世界は超大国アメリカを中心に秩序が形づくられてきました。
しかしテロとの戦いでその威信は失墜。
国家の野望がむき出しになっています。
新たな脅威の出現と混乱の連鎖。
世界はどこへ向かうのか。
3回にわたって探るシリーズ「激動の世界」。
第1回はテロと難民の流入に揺れるヨーロッパです。
各国でナショナリズムが台頭。
統合の理念が揺らいでいます。
世界の変化を予言してきた知の巨人たちはどう見るのか。
5億人が暮らす共同体ヨーロッパ。
その分断が世界に何をもたらすのか探ります。
(大越)メッセージが書かれた布や小旗が風に揺れています。
連帯の呼びかけに応じた人々の手によるものです。
ここは過激派組織ISイスラミックステートによるパリの同時テロ事件の現場の一つです。
このテロ事件は国際社会が直面する危機のレベルが新しいステージに入った事を象徴する事件ともなりました。
国際社会は力のバランスを失いつつあるのです。
超大国として君臨してきたアメリカは内向きになりそこにつけ込むようにしてISが脅威を振りまいています。
一方力の空白を見てとったロシアなどが大国復活の野望をあらわにし始めています。
2016年の世界はどこに向かうのか。
今日から3回シリーズでお伝えします。
世界を恐怖に陥れたIS。
彼らはなぜEUを代表する都市であるこのパリを狙ったのでしょうか。
専門家はEUがそもそも寄せ木細工のもろさを持つ事をISがよく知っていたからだと分析しています。
事実テロへの恐怖と難民が次々に流入するという厳しい現実を突きつけられてEUの結束は大きく揺らいでいます。
共同体の理想を掲げて拡大してきたEUは国際社会での存在感を失っていくのでしょうか。
ヨーロッパ各地での取材と世界の知の巨人へのインタビューを通じて探っていきます。
ドイツ東部人口50万のドレスデン。
観光都市として知られる旧東ドイツの町です。
中心部の広場ではイスラム教徒の難民排斥を訴える集会が開かれていました。
突然通りかかった市民と参加者の間で口論が始まりました。
市民の対立の背景にはとどまる気配のない難民の流入があります。
ドイツ南部オーストリアとの国境の町です。
難民を乗せたバスがオーストリア側から次々と到着します。
ドイツに入国する難民や移民は多い日で1万人。
去年1年間で100万人を超えました。
内戦が続くシリアなど中東情勢の悪化で第2次世界大戦後最大規模となっています。
ドイツ政府は警察官を常駐させて対応。
受け入れ先の割り振りや移動手段の確保など24時間体制で行っています。
ドイツに押し寄せる難民。
しかしEUの多くの国々は受け入れに消極的です。
28か国が加盟するEU。
2度の大戦の反省から国境をなくし自由な移動を認める事で平和で豊かな共同体を目指してきました。
そこに去年夏内戦が続くシリアをはじめ中東などから陸路で渡る難民が急増しました。
ところが東ヨーロッパを中心に受け入れ反対を表明する国が続出。
その中でもハンガリーは実際に難民の受け入れを制限する行動に乗り出しました。
政府が国境にフェンスを建設。
高さ4メートル175キロに及ぶ壁を作るという計画です。
これに対しドイツのメルケル首相は難民の受け入れに寛容な姿勢を示しました。
第2次世界大戦中のナチス・ドイツ時代ユダヤ人などを迫害し大勢の難民を生み出したドイツ。
その反省から戦後EUの中でも特に人道主義を重視してきました。
メルケル首相が難民を受け入れると発言した事でドイツにより一層多くの難民が流入するようになりました。
(銃声)そこに起きたのがパリの同時テロ事件。
テロリストが難民に紛れて国境を自由に越えていた事が分かり大きな衝撃が広がりました。
その結果国境管理を強化する動きが加速。
国境をなくすEUの理念は危機に直面する事になったのです。
難民の受け入れで分断するEU。
テロ事件以降ドイツ国内でも亀裂が深まっています。
特に反対の声が高まっているのがドレスデンです。
毎週月曜日の夜大勢の市民が集まります。
難民の受け入れ反対を訴える右派団体ペギーダです。
ドイツメディアはペギーダを極右団体と見なして危険視しています。
ドイツではこれまで極右団体の支持者は低賃金の労働者や失業した若者が中心でした。
しかしペギーダは中間層にまで支持を広げています。
参加者の数は最も多い時で2万5,000人。
インターネットで20万の支持者を抱えているといわれています。
団体を率いるルッツ・バッハマン氏です。
広告代理店を経営しながらおととしペギーダを結成しました。
何が人々を引き付けているのか。
毎週集会に参加しているという…メルケル首相をイスラム教徒の指導者だと揶揄するプラカードを掲げていました。
生まれも育ちもドレスデンというショルツさん。
食品メーカーで営業マンとして働き妻と息子と暮らしてきました。
ショルツさんを駆り立てているのはかつて抱いたEUへの期待が裏切られたという思いです。
26年前東西ドイツが統一された時東ドイツ出身のショルツさんは自由で豊かな社会が実現すると胸を躍らせました。
冷戦終結後東ヨーロッパに拡大したEU。
総人口5億を超える巨大な経済圏となりました。
この中で労働者は自由に移動。
更に域外からの移民も積極的に受け入れて経済成長を図ってきました。
ドイツは今では移民系の住民が人口のおよそ2割1,600万人を占めています。
しかしショルツさんは難民がこれほど急速に流入する状況は想像もしていませんでした。
異なる宗教や文化が入る事でドイツの価値観が脅かされると感じるようになったと言います。
不安を抱える市民の支持を集めるペギーダ。
代表のバッハマン氏がインタビューに応じました。
難民への反発が高まる中受け入れの現場でも激しい論争が起きていました。
ドレスデンで開かれた難民の受け入れ施設を新たに設けるための住民説明会。
市が民間のホテルを借り上げ施設として利用する計画です。
9,000人が住む閑静な住宅街に難民94人を受け入れるという提案。
住民からは不安の声が上がりました。
(拍手)受け入れ賛成の人が発言すると野次が飛びます。
市の担当者はドイツは難民を受け入れる義務があるとして説得を続けました。
各自治体は政府から難民の受け入れ数を割り当てられます。
ドレスデン市では毎週およそ100人のペースで増加しています。
ペギーダの支持者ショルツさんです。
ショルツさんの自宅近くのホテルも難民施設としての利用が検討されていました。
ホテルから数分の場所には公園があります。
この日ショルツさんは小さな子どもを持つ親たちに難民施設に反対していこうと呼びかけました。
ところが全く逆の答えが返ってきました。
近くにいた夫も加わります。
難民の流入で分断するドイツ社会。
テロの脅威も重なりヨーロッパの寛容性が揺さぶられています。
EUをけん引し人道主義を貫くメルケル首相。
その退陣を求める声が強まっています。
EUの理念よりもドイツの利益を優先すべきだというナショナリズムが高まっているのです。
ナショナリズムはヨーロッパ各国にも広がっています。
ポーランドでは去年10月総選挙で難民や移民の受け入れに批判的な保守系の政党が勝利。
12月にはフランスの地方選挙で反EUと移民排斥を訴える極右政党国民戦線が躍進しました。
ナショナリズムの高まりはヨーロッパに何をもたらすのか。
世界的な地政学の権威フランスのドミニク・モイジ氏です。
各国の国民感情が国際情勢に及ぼす影響を研究してきました。
大衆の不満は極右やナショナリズムと結び付きEUの理念を否定しかねないと警鐘を鳴らします。
ドイツを代表する政治学者クラウス・レゲヴィー氏です。
ヨーロッパ統合の重要性を長年訴えてきた知の巨人です。
レゲヴィー氏は現在のEUは発足以来最大の危機を迎えていると言います。
取材を通して見えてきたのは寛容で多様性のある社会を目指してきたEUがその願いとは裏腹に亀裂を深め内外に壁を作らざるをえないところに追い込まれている現実でした。
実はテロや難民の流入といった事態に翻弄される以前からEUは内部に大きな問題を抱えていました。
それは富の格差です。
経済力に乏しいギリシャが債務危機に陥った時EUは自らが抱え込んだ矛盾の大きさを知り荒療治とも言えるやり方でギリシャ経済の立て直しに取りかかりました。
しかしその副作用による痛みが今ギリシャを襲っています。
去年11月ギリシャの首都アテネで行われた大規模なデモ。
巨額の債務を抱え経済が破綻寸前まで追い込まれているギリシャ。
若者の失業率は50%を超え怒りの矛先は厳しい財政緊縮策を迫るEUに向いています。
EUなどから多額の金融支援を受けているギリシャはその条件として年金制度の見直しや付加価値税の増税などさまざまな緊縮策を求められています。
医療の分野でも予算が大幅に削減され市民生活に深刻な影響が出ています。
この診療所では医師の数が半分に減らされ受付のスタッフも解雇されました。
医療器具や医薬品も不足し十分な治療ができないため命が救えないケースが増えているといいます。
大きな病院でも人員が削減されています。
医療体制全体が問題を抱えていて人命を守る事ができません。
失業保険や生活保護など社会保障が受けられない人たちも少なくありません。
市民団体は救済に乗り出し無料で医師による診療を提供。
衣類や食料も配っています。
この日訪れたのは重い障害がある子どもと母親の家。
月7万円の福祉手当が4か月前から突然支給されなくなりました。
電気代も支払えなくなり子どもの命に欠かせない人工呼吸器が使えなくなるのではないかと心配しています。
ヨーロッパは緊縮策で私たちの生き血を吸っています。
経済はもう破綻しています。
お金を捻出するためにパルテノン神殿を売れとでも言うのでしょうか?ひどいわ。
EUはなぜこれほど厳しい緊縮策を求めるのか。
それは単一通貨ユーロの信用を守るための措置でした。
1999年ユーロが誕生。
通貨を統一する事で強い経済圏を築くのがEUのねらいでした。
その後比較的経済力の弱い周辺国に広がり加盟国は19か国になりました。
ギリシャはユーロ誕生の2年後に加盟。
その結果国の信用力が増し経済成長を見込んだ投資が殺到。
公共事業や消費が一気に拡大しました。
人々は生活が豊かになると期待を抱いたのです。
しかし2009年ギリシャ政府は加盟当初から多額の財政赤字を隠していたと公表。
国の借金を返済できないのではないかという懸念が高まり信用不安はほかの南ヨーロッパの国々にも連鎖しました。
EUは危機を回避するためギリシャに多額の金融支援を決定。
同時に徹底した緊縮策を要求したのです。
ところが去年誕生したギリシャのチプラス政権はEUに緊縮策の見直しを求めました。
これに対しユーロを守るためだとして強硬に反対したのが最大の債権国ドイツです。
ギリシャは支援を受ける以上国民の痛みを伴っても財政再建の努力をすべきだと厳しく迫ったのです。
緊縮策の下ギリシャが今強く迫られているのが…その対象の一つがギリシャ最大の港…売り上げは年間130億円余り。
海運国家ギリシャを支える重要拠点です。
しかしこの港までも外国の企業に売却し国の債務を減らすよう求められています。
港湾労働者のほとんどは港を民営化すれば失業者が更に増えるとデモを繰り返しています。
港を管轄している海運省に出向き直接担当閣僚に民営化の撤回を訴えました。
ユーロ圏に入れば豊かになれると信じていたギリシャの人たち。
しかし現実は国の債務が膨れ上がり債権国に支配されるという厳しいものでした。
緊縮策で疲弊するギリシャ経済。
そこに追い打ちをかけているのが難民の流入です。
中東に隣接するギリシャはシリアの内戦などから逃れる難民がヨーロッパに入ってくる玄関口です。
ほとんどがドイツなどを目指しますがパリの同時テロ事件以降各国が国境を閉ざす中ギリシャ国内に滞留するようになっています。
ギリシャ政府は難民対策や国境管理を強化するためEUに経済的な支援を求めていますが十分な資金が得られていないといいます。
夜のピレウス港。
ここにヨーロッパの厳しい現実の縮図がありました。
毎週2回アテネの市民団体が行っている炊き出しです。
集まってくるのは経済の低迷で仕事を失ったホームレスの人たち。
それに加わっていたのはシリアなどからの難民たちでした。
平和で豊かな共同体を目指してきたヨーロッパ。
しかし経済格差が広がりテロと難民の問題が深刻化する中統合の理念がかつてないほど大きく揺れています。
アメリカの国際政治学者イアン・ブレマー氏です。
独自の視点で世界が抱えるリスクを分析してきた知の巨人はヨーロッパの分裂に早くから懸念を示してきました。
ブレマー氏は現在のEUの危機は世界秩序全体にも大きな打撃を与えていくと言います。
ドイツを代表する政治学者クラウス・レゲヴィー氏はヨーロッパが危機に直面している今だからこそ統合の原点に立ち返るべきだと言います。
EUは2度の大戦をはじめとする長い戦争の歴史を教訓に平和と繁栄を目指して生まれた共同体です。
かつてはその行く手を遮るものは少ないというふうにいわれていたこの壮大な社会実験も今は土俵際に追い詰められています。
しかし掲げた理想そのものが色あせた訳では必ずしもありません。
むしろ苦難の歴史を生き抜いてきたヨーロッパにはそれだけの底力があるのだと自負する人は少なくないのです。
テロの衝撃も冷めやらぬ先月このパリを舞台に一つの画期的な合意が行われました。
地球温暖化対策の国連のCOP21で途上国を含む全ての国々が温室効果ガスの削減に取り組む新しい枠組みが出来たのです。
困難な交渉を取りまとめる役割を果たしたのはほかならぬテロで傷ついた議長国フランスでした。
地球環境のようにグローバルな問題に取り組むにあたり世界の協調がより一層求められる時代に入ってきています。
そこは国際社会の主要プレーヤーとしての実績を持ち共同体の理念を追求してきたEUの経験値が大きく物を言う場でもあります。
そのEUが分断の危機を乗り越える事ができるのか。
それは国際社会の行方を左右する大きな分岐点でもあるのです。
冷戦終結の象徴ドイツのブランデンブルク門。
その隣にあるフランス大使館前にはパリの同時テロ事件の犠牲者を悼む多くの花が手向けられていました。
国と国との壁を超えて連帯していこうという人々の願いがありました。
しかし今そのヨーロッパの隣で大きな野望が渦巻いています。
ウクライナ南部クリミアの併合やシリア内戦への介入で存在感を高めるロシアです。
シリーズ「激動の世界」第2回は欧米主導の秩序に揺さぶりをかけ大国復活を目指すプーチン大統領の思惑に迫ります。
2016/01/13(水) 00:10〜01:00
NHK総合1・神戸
NHKスペシャル シリーズ激動の世界 第1回「テロと難民〜EU共同体の分断」[字][再]
3本シリーズで探る激動の世界の行方。第1回は、テロと難民の流入に直面するヨーロッパ。国境を無くし、平和で豊かな共同体を作ろうとしてきたEUが危機に陥っている。
詳細情報
番組内容
大きな時代の転換期を迎えた“激動の世界”。現場の徹底ルポと、世界の“知の巨人”へのインタビューを通して、3回シリーズで読み解く。第1回は、パリ同時テロ事件の衝撃に揺れるヨーロッパ。国境を無くし、人、物、金の移動を自由にすることで、平和で豊かな共同体を作ろうとしてきたEU。しかし今、難民の流入とテロの脅威を前に、国境審査を強化するなど“国境を閉じる”動きが強まっている。その意味と世界への影響を探る。
出演者
【キャスター】大越健介,【語り】柴田祐規子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ニュース/報道 – 報道特番
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