日本人の暮らしに欠かせない紙。
その紙が進化して自動車やタブレット端末に生まれ変わろうとしています。
紙の繊維から作られる新素材セルロースナノファイバー。
植物から取れるこの素材が鉄やプラスチックの代わりになると期待されています。
軽いですね。
固めれば…鉄を超える強度と軽さを併せ持つ素材に。
薄く伸ばせば傷つきにくく熱に強い透明シートに加工できます。
世界の国々がこの新素材の実用化を巡って激しい競争を繰り広げています。
私たちの暮らしを変える可能性を秘めた未来の紙。
その最前線に迫ります。
こんばんは。
「クローズアップ現代」です。
森林大国と呼ばれている日本。
国土の実に7割を森林が占めています。
日本に豊富にあるその原材料を使って鉄よりも強く軽い、しなやか、熱に強くガラスのように透明にもなる不思議な素材セルロースナノファイバーが生まれます。
頭文字を取ってCNFとも呼ばれています。
新たな産業を育成する素材となるとして今、世界中から注目を集めていまして古くから紙産業が盛んで植物の加工が得意とする日本がこの素材開発で世界をリードしています。
原材料となるのが紙と同じパルプ。
パルプの繊維をナノレベル髪の毛の5000分の1から1万分の1にまで細くして作ります。
化石燃料に頼った経済成長は温暖化をもたらすとして持続可能な成長、循環型社会への転換が緊急課題となっています。
セルロースナノファイバーの原材料となる木や草は生育の過程で温暖化の原因となる二酸化炭素を吸収します。
また環境に優しい軽い素材が生まれれば、飛行機や自動車の燃費が向上すると見られています。
ごみになったときも環境にほとんど負荷をかけることなく分解できると見られています。
その原材料となる草や木を適正に育成すればばら色の可能性を秘めるCNF。
しかし実用化に向けてまだまだ課題があります。
革新的なその技術で新たな素材を作り出すことに成功した日本。
製品化、そして国際標準化に向けて主導権を取っていくことができるのでしょうか。
また新たな産業の育成に向けて今何が問われているのか。
セルロースナノファイバーの開発の最前線からご覧ください。
最先端の紙の研究をしている愛媛大学紙産業イノベーションセンターです。
地元の製紙会社と共同でセルロースナノファイバーの製造と応用研究をしています。
このゲル状のものを電子顕微鏡で拡大してみます。
見えてきた無数の細かい繊維がセルロースナノファイバーです。
原材料は紙と同じパルプです。
植物の繊維から出来ています。
このパルプを拡大してみると…この1本の繊維の中に含まれるさらに細かな繊維を取り出したのがセルロースナノファイバーです。
鉄の5倍の強度を持っています。
従来の紙は繊維が太いため結合が少なく強い構造にはなりません。
一方、繊維が細かいナノファイバーは繊維どうしが多く結合するため強い素材となるのです。
ナノファイバーを固めると…
硬いですね。
金づちでたたいても…しかも重さは鉄の僅か7分の1しかありません。
このセルロースナノファイバー。
パルプだけでなく雑草や野菜の絞りかすからも取り出すことができます。
去年9月。
セルロースナノファイバーに関する画期的な研究が世界の注目を浴びました。
スウェーデンで行われた森林分野のノーベル賞といわれる賞の授賞式です。
受賞した研究者の一人東京大学の磯貝明さん。
磯貝さんのグループは木材からナノファイバーを簡単に取り出す方法を世界に先駆けて発見したのです。
使用したのは物を酸化させるのに使われるTEMPOという薬品です。
ナノファイバーは繊維どうしの結合が強く、これまで均一に分離するのが困難でした。
TEMPOを使うと繊維が自然とほぐれやすくなり容易に取り出すことができます。
ナノファイバーを日本の基幹産業である自動車に生かそうという研究が始まっています。
京都大学教授の矢野浩之さんです。
矢野さんは現在鉄で作られている自動車のボディーを、ナノファイバーに置き換える研究を進めています。
ナノファイバーを樹脂に10%混ぜて実験したところ鉄より軽く、同じ強度を出せることが確かめられました。
ドアやボンネットをナノファイバーに置き換えて車の重さを20%軽量化。
燃費を向上できると期待しています。
すでに自動車メーカーや製紙会社と共同で開発が始まっています。
スマートフォンやタブレット端末にセルロースナノファイバーを使おうという研究も進んでいます。
大阪大学准教授の能木雅也さんです。
世界で初めてナノファイバーだけを使って透明のシートを作り出しました。
能木さんはすべての部品をこのシートから作り薄くて軽いタブレットを生み出そうとしています。
タブレットの部品は透明シートの上に金属の配線を焼き付けて作ります。
ナノファイバーは熱に強いため高温での加工が可能です。
厚さ0.05ミリの電子回路が出来上がりました。
電源は透明シートで作った太陽電池から供給されます。
こうした部品を組み合わせて数年後にはタブレットを実現できると考えています。
ほかにもセルロースナノファイバーの特性を生かした、さまざまな研究が進められています。
その一つが、消臭機能が高いという、大人用の紙おむつ。
ナノファイバーは繊維が細かいためこれまで付着できなかった微細な消臭物質を取り込めます。
さらにナノファイバーを使って食品の包装材を開発しようという企業もあります。
ナノファイバーのシートは繊維どうしの隙間がほとんどありません。
酸素を通しにくく食品の劣化を防ぐのです。
食品や医薬品の袋として製品化できれば、大きな市場につながると期待されています。
今夜のゲストは、今のVTRにも登場していただきました、京都大学教授、矢野浩之さんです。
CNFの産業化を目指す研究会の会長を務めていらっしゃいます。
このセルロースナノファイバー。
初めてその名前を聞いたんですけれども、木材、あるいは草木とか聞きますと、そんなに強いものなんだろうか、そんなに熱に強いものなのだろうか、紙は破れるし、火にも木は燃えるしと思ってしまうんですけども、不思議ですね。
植物の繊維っていうのは、もともとすごく強い構造、そういう材料なんですよね。
今おっしゃったように、紙だとか身近なところに使ったときというのは、どうしてもこう、弱いので、どうしてもそういうところにうまくつながらなかった。
でも長い進化の過程で、何億年もかけて植物が作り出した構造というのは、ものすごいことがその中で起こっているんですね。
例えば台風が来たときに、大きな木が風に揺れるけど折れない。
あれはまさにこれ、セルロースのナノファイバーの強度がそこにちゃんと出てきているから。
なかなかその強度と、実際に材料としてセルロースナノファイバーを使おうというところが結び付いてなかったんです。
ところが、2000年ぐらいになりまして、ナノテクノロジーということがいわれるようになって、改めて考えてみたら、実は植物の細胞というのはナノの繊維で出来ているじゃない。
いろいろ調べたら、細い繊維で出来ている。
いろいろ考えたら、強度も出そうだと。
じゃあ、なんとかそういう性能が出せるような材料を開発しようじゃないかということで、この10年ぐらい、すごく盛り上がってきています。
それで注目されている材料というのが、この瓶に入っている白色のジェル状のものなんですよね、今のVTRに出てこられました磯貝教授が、作ったこの素材ですね、注目されているのが。
そうですね。
やはり磯貝先生の技術によって、TEMPOという触媒さえあれば、誰でもがナノファイバーを作ることができる。
これはすごいことなんですね。
逆にそれは世界中でこの材料に関する競争が激化するきっかけになったと。
そういうことだと思います。
植物の細胞と考えていいわけですよね。
植物の細胞をさらにほぐした、そうすると、こういうどろっとしたものになる。
そして、これを固めると?
こういうかちかちの材料になるんですね。
乾かすだけです。
100%セルロースナノファイバーです。
乾かすだけで、こういう軽くて強い材料になります。
夢の素材になるのではないかという声も上がっていますが、いろんな特徴を併せ持ってますよね。
その特徴から、例えばどういうものが注目されてるんですか?
まずは軽くて強いという性質を生かしますと、構造材料になりますから、自動車のドアであるとか、バックドアだとか、そういうところに、なんか使えないだろうか。
夢を語れば、航空機の部品にも、こういうものが入っていけないかというのがあります。
それから熱による伸び縮みがものすごく小さくて、なおかつ、ナノのレベルまで細くなると、光に見えなくなる、透明になるんですね。
そうしますと、ガラスの代わりで、でもガラスは曲げられない。
先ほどのビデオにもありましたが、あの透明のフィルムは、熱による伸び縮みが小さくて、なおかつ曲げられる。
そういったアプリケーションですね。
それから、こういうどろっとしたものなんですが、うまく固めていくと、人工の血管だとか、あるいは軟骨だとか、そういったメディカルへのアプリケーションも考えられます。
人体に溶け込みやすいんですか?
セルロースはもともと生体親和性がありますので、体の中に取りこまれても、それほど害を及ぼさないんですね。
体の中に取りこまれるということでいえば、私たちはセルロースを食べている。
レタスにしてもキュウリにしても、みんな植物の細胞からできていますから、昔からそういう細胞を私たちは食べていて、そうしますと、これをやはり化粧品だとか、食品添加物だとか、ちょっと人間の体に近いところにでも使っていこうじゃないかと。
食品に使いますと、こういう独特のプリプリ感が出てきますし、化粧品として使った場合には、いつまでもみずみずしさが保たれる。
そういった出口も考えられます。
地球温暖化で化石燃料からの脱却ということがいわれていますけれども、反対に森林資源、あるいは草や木が注目されると、今度は資源のほうのこの伐採とか、乱獲などが起きるのではないかと心配する、枯渇につながるようなことになるんではないかと心配する声も上がりそうですけれども、どうなんですか?
日本は世界的に見てもものすごく森林資源の豊富な国なんですね。
国土の7割が森林に覆われている国というのは非常に珍しいんです。
その中で、その森林の3分の2は人工林といいまして、スギやヒノキなんですけれども、適切に植えて育てて、管理し伐採し、使うというサイクルが出来上がっています。
そういうサイクルをうまく回していくということであれば、決して環境破壊につながるものではない。
それから先ほども言いましたが、木材以外だと、いろいろな所に、実は植物であるかぎり、みんな、このセルロースナノファイバーでできていますので、みかんからジュースを搾ったあとの搾りかすであるとか、あるいはおからなんかも実はセルロースナノファイバーが、かなり含まれていると思うんですけれども、それからコットンですね、私たちのああいう綿、あれはほぼセルロースナノファイバーでできていますから、そういうものからも作れる。
産業廃棄物、稲わら、竹、もうありとあらゆる植物資源というものは、このセルロースナノファイバー源になりうる。
今まで捨てていたものを有効に使える可能性も出てきたということですけども、さて、実用化に向けての課題、コストもありますけれども、ほかにも数々ございます。
セルロースナノファイバーを作っている大手製紙会社です。
透明度の高いシートなど8年前からさまざまなナノファイバーの素材を開発してきました。
しかし、この素材を使った製品が市場に出たことは一度もありません。
ナノファイバーの特性を知る企業が少ないことや製造コストがまだ高いことが実用化のネックになっているのです。
そのため多くの企業にサンプル品を配って製品の開発を進めてもらおうとしています。
こうした中、世界ではさまざまな国がセルロースナノファイバーの製品開発に乗り出しています。
アメリカで大規模なプラントが作られるなどコンピューターの部品や医療機器への応用研究が行われています。
日本で実用化をどう加速させるのか。
経済産業省や環境省など5つの省庁が連携し企業の後押しを始めています。
専用のホームページを開設。
どこにどんなニーズがあるのか幅広い企業とマッチングを進めています。
実用化の鍵を握る存在として期待されているのが中小企業です。
社員40人の靴底メーカー。
ウォーキングシューズ用のゴム底を製造してきました。
今、ナノファイバーを使って軽量化した競技用シューズのゴム底を開発しています。
従来の製造設備にナノファイバーを混ぜるだけで手軽に新たな製品を生み出せるのが魅力だといいます。
新素材の普及など国際戦略に詳しい一橋大学教授、江藤学さんです。
海外との競争に打ち勝つには小さな市場から少しずつ商品開発を進めることが重要だといいます。
素材開発でその世界をリードしている日本ですけれども、そのリードしている間に、世界中で売れる製品作りにまでもっていけるといいんですけれども、その製品作りで今まで苦い思いを何度もしてきたんではないかと思うんですけれども、今、その必要な点、何をしなければいけないんですか?
今、現状は、パルプからこういうナノファイバーを作るところまでは来ているんですね。
ただ、これをぽんと渡して、何か作ってくれ、使ってくれっていってもそうできない。
これはもう大量生産できる?
できるような今、プラントが出来つつあります。
それを今度はユーザーの方たちが、どういうところで使えるかということを考えていく。
そのためには、異分野が連携してネットワークを作っていく。
そういう必要があると思っているんですね。
そういうネットワーク作りはもうすでに出来てるんでしょうか?
日本では今、全国的なレベルのネットワークと、地域地域で展開していくネットワークと、いろいろなものが複層的に絡む、そんなような体制が出来てます。
注目されているのは、中小企業の取り組みでもあるんですか?
やはり出口を探すというのは、実際に材料を触ってみて、なんかの専門性をその中に入れてみるという、そういうフットワークが軽いというか、いろいろな展開をトライできるっていう身軽さ、そのへんはやっぱり中小企業の強みじゃないかと思うんですね。
そこでやはり期待をするところです。
ただ、製造コストをほかの素材と比べてみますと、かなりCNFが高い、1キロ当たり。
この壁は高くありませんか?
現時点ではこういうことなんですが、やはりこれをキロ2000円とか、1000円切るぐらいのところまでやっぱり下げていかなきゃいけない。
それは今、製紙会社が頑張って研究しているところなんですね。
この材料、何よりも魅力的なのは、原料になるパルプというのが1キロ50円であると。
鋼鉄の何倍も強いナノの繊維で出来たものがもうすでにマーケットにキロ50円であるわけですから、その価格競争力をどう生かしていくかということが、これからの材料開発にとっては重要だと思います。
…、非常に画期的な高付加価値の付くような製品が生まれれば、きっとそれでも可能性が生まれると思うんですけれども、もう一つは、やはり温暖化対策に向けて、循環型社会に向かっていく、それで材料を木材で得られるというのは、希望ですね。
そうですね。
こういった持続型の資源で、再生可能な資源を使った社会にしていくというのは、間違いなく時代の要請だと思っています。
その中で、ハイパフォーマンスなものが持続的に作っていく、作っていくことができる。
それはすごく大事な観点だと思っています。
これからの企業の方々、あるいは一般の人々の発想力にも期待2016/01/12(火) 19:30〜19:56
NHK総合1・神戸
クローズアップ現代▽“未来の紙”が世界を変える!?〜日本発・新素材の可能性〜[字]
紙を進化させたセルロースナノファイバー。鉄の5倍の強さと軽さをあわせもつ“夢の素材”だ。世界に先駆けて日本で進められる開発の最前線を取材し、可能性と課題を探る。
詳細情報
番組内容
【ゲスト】京都大学生存圏研究所教授…矢野浩之,【キャスター】国谷裕子
出演者
【ゲスト】京都大学生存圏研究所教授…矢野浩之,【キャスター】国谷裕子
ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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