自分の頭で考える事の重要性
- 2016/01/14
最近は何かわからない事があってもスマホで調べるとすぐに答えが出てくるし、様々な情報が入り乱れている現状では答えが早くほしくなる。
先日、子供がわからない漢字を調べる時にスマホで変換してすぐに答えを出してきた。もちろん答えは正解だ。
確かに今の調べ方ならば、この方法がいちばん早く正解にたどり着くだろう。
けれど、こういう具合に手っ取り早く答えを求めていると本当に身につくのだろうかと心配になる。
これは子供に限った話ではなく大人にも言える。
仕事で何かわからない事があった場合、早く答えが欲しい。そこでマニュアルを見たり上司や先輩に聞く。その方が早く楽に答えを得る事ができる。
スピードが求められる仕事では手っ取り早く答えを出す事も必要だ。
だが、そのまま何も考えず、答えだけをもらって終わりにするのではなく、なぜそうなっているのかを考えるようにしなければ成長はしない。
その場はそれでしのげるかもしれないが、中身は薄いままだ。根本がわかっていないと応用が利かない。自分で悩んで答えを出した事は不思議とよく覚えている。
例えば、デザインにしてもなぜこのデザインになっているのかを考える。理由を知る事で応用がきくようになる。
仕事だけではない。人間関係にしても、あの時なぜ相手が怒ったのだろうか、なぜああ言ったのだろうか、よく考えなければ人間的に成長しない。あの人とは合わないからと関係を切っていくと気づくと周りに誰もいなくなる。
相手のせいにすると楽に生きる事はできる。ただ、それで本当にいいのだろうか。40歳を目前にしてそんな事を考えるようになった。いつまでも薄いままのペラペラでいいのだろうかと。腹だけ立派になって中身が薄っぺらいままではあまりに情けない。
最近の私はあまり深く考える事をしていなかった。暇さえあればスマホでニュースをチェックしたりSNSを見たり。そこで見た事について何か考えればまだいいが、だいたいは流し読みで考える事はない。
本を読むペースも極端に落ちている。もっともショウペンハウエルは多読も否定する。多読によって自分でものを考える力を失うと言う。
自分で考えることの大切さは昔から言われてきた事だが、信じられないくらいの情報量が飛び交う現代では、特に意識しなければ考える事をしなくなる。
これはブログについても当てはまる。最近あちこちで、サロンが開かれている。初心者のために情報をシェアしブログ界を盛り上げていきたいという試みは素晴らしい事だ。
だが、手っ取り早く答えを得て結果を出しても中身は薄いままだ。頻繁に見かける煽りタイトル、同じような文章、似たようなブログデザイン。
皮肉にもブログ界を盛り上げるどころか、ブログ自体を価値のないものにしてしまう。なぜかというと答えを簡単に欲しがり、手っ取り早く結果を得ようとする。そこには自分の考えがないから。
【参考】棍棒ブロガーの憂鬱 * prasm
前述したように、ブログの情報をシェアしていく事自体はとても素晴らしい事だと思っている。自分でずっと1人で考え続けて、悩んでいる人にとってこれほど助かるシステムはない。
大事なのは答えを簡単に見つけて結果を得て終わりにするのではなく、自分の頭で考えるようにする事。たとえ正解をすぐに得たとしても、なぜそうなっているかを考えるようにする事。仕事でも、人間関係でも、ブログでも。
今年は考える年にしたい。
スピードが求められる仕事では手っ取り早く答えを出す事も必要だ。
だが、そのまま何も考えず、答えだけをもらって終わりにするのではなく、なぜそうなっているのかを考えるようにしなければ成長はしない。
その場はそれでしのげるかもしれないが、中身は薄いままだ。根本がわかっていないと応用が利かない。自分で悩んで答えを出した事は不思議とよく覚えている。
例えば、デザインにしてもなぜこのデザインになっているのかを考える。理由を知る事で応用がきくようになる。
人間関係も同じ
仕事だけではない。人間関係にしても、あの時なぜ相手が怒ったのだろうか、なぜああ言ったのだろうか、よく考えなければ人間的に成長しない。あの人とは合わないからと関係を切っていくと気づくと周りに誰もいなくなる。
相手のせいにすると楽に生きる事はできる。ただ、それで本当にいいのだろうか。40歳を目前にしてそんな事を考えるようになった。いつまでも薄いままのペラペラでいいのだろうかと。腹だけ立派になって中身が薄っぺらいままではあまりに情けない。
最近の私はあまり深く考える事をしていなかった。暇さえあればスマホでニュースをチェックしたりSNSを見たり。そこで見た事について何か考えればまだいいが、だいたいは流し読みで考える事はない。
本を読むペースも極端に落ちている。もっともショウペンハウエルは多読も否定する。多読によって自分でものを考える力を失うと言う。
自分で考えることの大切さは昔から言われてきた事だが、信じられないくらいの情報量が飛び交う現代では、特に意識しなければ考える事をしなくなる。
ブログもまた同じ
これはブログについても当てはまる。最近あちこちで、サロンが開かれている。初心者のために情報をシェアしブログ界を盛り上げていきたいという試みは素晴らしい事だ。
だが、手っ取り早く答えを得て結果を出しても中身は薄いままだ。頻繁に見かける煽りタイトル、同じような文章、似たようなブログデザイン。
皮肉にもブログ界を盛り上げるどころか、ブログ自体を価値のないものにしてしまう。なぜかというと答えを簡単に欲しがり、手っ取り早く結果を得ようとする。そこには自分の考えがないから。
【参考】棍棒ブロガーの憂鬱 * prasm
前述したように、ブログの情報をシェアしていく事自体はとても素晴らしい事だと思っている。自分でずっと1人で考え続けて、悩んでいる人にとってこれほど助かるシステムはない。
あとがき
大事なのは答えを簡単に見つけて結果を得て終わりにするのではなく、自分の頭で考えるようにする事。たとえ正解をすぐに得たとしても、なぜそうなっているかを考えるようにする事。仕事でも、人間関係でも、ブログでも。
今年は考える年にしたい。
Wrote by Taka
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