6/9
調味料(準備中)
砂糖=甘味
サトウキビから取られることが一般(テンサイは18世紀に発見される)
平安時代後期にはある程度、製糖の知識も普及しお菓子や贈答品として扱わる。
室町時代に、砂糖羊羹、砂糖饅頭、砂糖飴、砂糖餅といった砂糖和菓子が見られる。
戦国時代に南蛮貿易が開始されると
宣教師たちによって砂糖菓子がもちこまれ、砂糖の輸入がさかんになる、
1623琉球王国が明からサトウキの栽培と黒糖生産法を取得し特産物になる
高額な輸入商品であり、金銀枯渇とともに輸入が難しくなり、
8代将軍吉宗が国産を奨励する。(讃岐国高松の和三盆は有名)
結論=戦国時代でも砂糖の国産は可能
塩(岩塩、海水)
人間の必須栄養素の一つ
日本は海の囲まれていることから、海水を蒸発させて作るのが主流である。
海水を火を使い蒸発するには、燃料がかかる。(濃縮したものが鹹水)
日照時間の長い、瀬戸内海で塩田で作られ、
砂浜に海水をまきながら日光による蒸発させて濃縮していく。
揚浜式
潮の満ち引きを利用して、塩田に海水を引き込ことで労力を減らす。
弱点:干満の激しいところでしかできない。大規模工事と敷地が必要
流下式
上から海藻などを垂らし、それに海水かけることによって、
海水の表面積を増やし、蒸発させ濃縮させる。
弱点:海水を上方あげるのに労力が必要
対策:水車により循環させる。(金属は腐食するので使えない)
副産物
にがり:豆腐の凝固剤になる。
鹹水 :らーめんに使用
酢
日本へは応神天皇のころに中国から渡来したとされる。
律令制では造酒司にて酒・醴(甘酒)とともに造られていた。
酢漬けや酢の物、膾の調理に用いられる
酒粕を原料とする粕酢や米や麹を原料とする米酢が造られるようになる。
米酢、米黒酢、大麦黒酢、穀物酢。
醤油
醤油のルーツは諸説ある。
古代中国の「醤」は広義に「食品の塩漬け」のこと
日本における最古の歴史は弥生時代とされる。
肉醤、魚醤、草醤であり、中国から伝わったものは唐醤と呼んだ
日本の「醤」の歴史をたどると、
701年の『大宝律令』には、醤を扱う「主醤」という官職名が見える。
923年の『延喜式』には大豆3石から醤1石5斗が得られることが記されている
京に醤を製造・販売する者がいたことが分かっている。
『和名類聚抄』では、「醢」の項目にてふれており、
「醤」の項目では豆を使って作る「豆醢」についても解説している。
奈良興福寺「多聞院日記」によると、
醤、味噌、唐味噌に関する記述が数多く見受けられる、
1576年の記事に唐味噌を絞り、
固形分と液汁分が未分離な唐味噌から液を搾り出し
唐味噌汁としていたと考えられ、醤油に相当するものである。
醤油の発祥・起源については各説あり定かではない。
鎌倉時代の僧によって偶然できた説
鎌倉時代、紀州由良興国寺の僧が中国で覚えた径山寺味噌の製法を
紀州湯浅の村民に教えている時に、
仕込みを間違えて偶然出来上がったものが、
「たまり醤油」に似た醤油の原型。
金山寺味噌を由来
13世紀頃、南宋の径山寺で作られていた、
野菜を味噌につけ込む金山寺味噌の製法を、
紀州の由良興国寺の開祖伝え、湯浅周辺で金山寺味噌作りが広まった。
味噌の溜を調味料としたものが、醤油の原型とされる
斉民要術発祥説
500年頃の中国の書に日本の味噌に似た醤の製造法が記述されている。
麹を用いた発酵食品は5、6世紀頃には中国などのアジアで製造されていた
たまり醤油から本格醤油へ
たまり醤油は、原料となる豆を水に浸して、その後蒸煮し、
味噌玉原料に麹が自然着生してできる食用味噌の製造過程で出る
上澄み液を汲み上げて液体調味料としたもの。
発酵はアルコール発酵を伴なわない。
菌の影響を受けやすく、澄んだ液体を採取することは難しかった。
たまり醤油は16世紀の文献に多く現れ、
江戸幕府が開かれると人口の増加に伴い上方のたまり醤油が、
清酒や油などとともに次々と江戸へ輸送されていく
本格醤油は、酒蔵の装備を利用し酒造りとともに発展し、
こうじカビを蒸した原料に職人が付着させ、
原料の表面に麹菌を増殖させる手法をとる。
発酵はアルコール発酵を伴う。
※味噌の上澄みが醤油の元になったのは知っていた。
それが、たまり醤油としらなかった。
たまり醤油自体、使ったことがない、
味噌
味噌は、大豆及び米、麦等の穀物に塩と麹を加えて発酵させて作る。
主な原料は大豆で、これに穀物に麹菌を繁殖させた麹や塩を混ぜ合わせ、
発酵させることによって大豆のタンパク質が消化しやすく分解され、
旨みの元であるアミノ酸が多量に遊離する。
穀物由来の麹が増えるとデンプンが糖に変わって甘味が増し、
大豆が増えるとアミノ酸による旨味が増すとされる。
温暖多湿という日本の国土条件で製造される。
古くから日本の食生活における主要な蛋白源である。
味噌は比較的自作が容易で、家庭でも自作されていた
縄文時代から製塩が行われ、醤などの塩蔵食品が作られていた
遺跡から穀物を塩蔵していた形跡が見つかっている
古墳時代からは麹発酵の加えたものとなった。
もともと調味料というよりは豆や穀物を塩漬保存した保存食である。
室町時代になると、各地で味噌が発達した。
戦国時代には主に糠が原料とされ、兵糧として重宝された
戦国武将にも味噌作りは大事な経済政策の1つ。
調味料として使われるようになったのは江戸時代から。
白味噌
豆の皮を取り、白麹で作る。色が白く甘い。
赤味噌
白大豆で作る。色が赤い。
玉味噌
蒸すか茹でるかした大豆を潰して団子にし、
藁で包んで味噌玉として軒下などに吊るし熟成したものを
塩水と合わせて仕込む
米みそ
大豆と米を発酵・熟成させたもの。
麦みそ
大豆と大麦又ははだか麦を発酵・熟成させたもの。
豆みそ
大豆を発酵・熟成させたもの。
調合みそ
上記のみそを混合したもの。その他のみそ。
※味噌はおかずだったのか、
戦場食として、芋がらと煮込むことは知っていた。
芋がらは里芋なのか長芋なのか調べていない。
おまけ
麹
米、麦、大豆などの穀物に食品発酵に有効な微生物を繁殖させたもの。
コウジカビは、増殖するためデンプンやタンパク質などを
分解する様々な酵素を生産・放出し、
蒸米や蒸麦のデンプンやタンパク質を分解し栄養源として増殖する。
各種分解酵素の作用を利用して発酵食品を製造するときに用いる
日本酒、甘酒、食酢、味噌、醤油、焼酎、泡盛、漬物など
※酵母としてもつかるので、麹パンも可能である。
補足調味料(準備中)
胡椒
平安時代に輸入開始される。
値は不明だが、一般的な調味料
宗氏の李氏朝鮮への輸出物の品目にあった。
山葵
強い刺激性のある独特の香味を持つ日本原産の香辛料
ワサビ田で栽培し、溪流式、地沢式、平地式、畳石式に分かれる
山椒
古くから香辛料として使われ、薬用にも使われる。
日本全国に分布
落葉低木で、乾燥や夏季の日差しに弱く、半日陰の湿潤な地勢を好む
木の芽
焼き物、煮物など料理の彩りとして添えられる
花山椒
料理の彩り、佃煮などに用いられる。
果実
青山椒、実山椒は茹でて佃煮、ちりめん山椒
果皮
実の皮の乾燥粉末は、鰻の蒲焼の臭味消しや七味唐辛子の
材料として用いられる
木材
すりこ木
生姜
2-3世紀ごろに中国より伝わり奈良時代には栽培が始まっていた
和辛子
カラシナの日本への伝来は弥生時代
外来調味料
唐辛子
中南米を原産
1552年 ポルトガル人宣教師が大友宗麟に種を献上している。
カレー粉
数十種にのぼる多数の香辛料を配合して作られるミックススパイス
辛味
カイエンペッパー、胡椒、ニンニク、生姜など。
味と香り
クミン、コリアンダー、クローブ、シナモン、カルダモン、
ナツメグ、オールスパイス、キャラウェイ、フェンネル、
フェヌグリークなど。
色
ウコン ターメリック、サフラン、パプリカなど。
※漢方薬でもある。
ガムル・マサラとか、インドから直接レシピ取り寄せ可能
トマトソース
トマトが品種改良されに食用となったのは18世紀
※戦国時代は無理
ホワイトソース(ベシャメルソース)
牛乳を熱しながら撹拌し、小麦粉とバター徐々に加える
ウスターソース
野菜や果実などのジュース、ピューレなどに食塩、砂糖、酢、
香辛料を加えて調整し、熟成させた液体調味料。
日本の材料
玉ねぎ、ニンニク、トマト、リンゴなどの野菜・果実類に、
糖類、食酢、食塩、香辛料、でん粉、カラメル
※トマトは無いが近いものは作れそう。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。