2話:節約を成功させたい?人生で成功したい?―だったら曝け出すの。心の奥の「ギラギラした欲望」を!
「お、半額弁当get♪ラッキー」
―― 閉店間際のスーパーで売り切りのセール弁当を手に喜ぶ亮。
部屋のテーブルで弁当をたいらげる。夕食はスーパーの半額弁当。飲み物は水道水。
「節約のためとはいえ、キツイな〜」
―― テーブルに突っ伏すと、疲れですぐに寝落ちしそうになる。
相変わらず仕事はハードだった。
寝る前にコンセント抜かなきゃ
慌てて飛び起きると、亮は待機電力を使う家電のコンセントを片っ端から抜き始める。
「やっと寝れる…」
―― そしてそのままベッドに倒れ込んだ。
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週末。亮はミカサに呼び出され、例のビルに来ていた。
―― 腕時計を見る。約束の時間よりもだいぶ早く着いている。
「まだ時間あるし、なんか食うかな」
―― ビルの周りを見渡すも、特にめぼしい店もない。
節約のため我慢我慢
―― ビルに入り、部屋をノックする。
—コンコン
—コンコン
―― 二度目だということもあって躊躇なくドアを開けた。
「こんにちはー…。槙島です」
―― カウンターの前に座っていたミカサは亮の顔を見るなり言った。
―― そういえば、食費節約のためにあまり食べていないせいか体重が減っていた。
食費を節約しようと思って、飯を抜いてるからかな?
―― 聞き返すミカサに、亮は得意げに答える。
―― ミカサは突然立ち上がり、怒り出した。
―― 自分なりに節約を始めたのに、褒められるどころかいきなり怒鳴られる。予想だにしない展開にただただ驚くしかない。そんな亮の様子をみて、冷静に戻ったミカサは声のトーンを落として言う。
―― 亮にはまったく理解できない。
例えば、ダイエットも一緒。思いつきで始める人が多いけど、すぐに戻るでしょ?最初だけは勢いで頑張るけど、ほとんど続かない
―― 亮はダイエットをしたことがないけれど、確かに周りのダイエッターはリバウンドしまくってる気がした。
無茶な節約なんてしてたら続くわけないじゃない。
そんなの意味がない頑張りなの。
―― 良かれと思っていたことを完全に否定され、さすがに凹む亮。
―― 確かに節約で食事を抜いたり、ろくなもの食べてないせいか、ここのところ亮の体調は常にイマイチだった。
―― がっくり肩を落とす亮にすかさずミカサは言う。
無理してできる節約なんてたかが知れてるし、そもそも続かない。それで成功するのは難しいのよ。
―― 確かに今の節約を続けるのは辛すぎると、亮も内心は思っていた。
―― ここはミカサに聞くしかない。
“節約を成功させるためには何が重要か?”
これについて徹底的にレクチャーしようと思うわ。
ただし、かなりハードになるからそこは覚悟しておいて。
節約を成功させるためには重要なものとは?
―― 突然、聞かれて戸惑う亮。
うーん
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―― 何をするにしても続けないことには成功にはたどりつかない。
当たり前の大前提だ。それくらいは亮にも分かっていた。
じゃあ聞くけど、あなた今のかなり無理してる節約をこの先もずっと続けていける自信ある?
―― 意地悪そうな視線を亮に向けて言うミカサ。
続けるってことは、実は一番大きいポイントなのよ。
逆に言えば、継続できるなら成功する確率もかなり大きいと言えるわ。
―― 自分の節約を振り返る亮。
成功率を考えると、かなり低そうに感じた。
どんな節約なら続けられるだろうか?
無理しないで続けられるものは…?
―― ブツブツとつぶやきながら考える亮に、ミカサはアドバイスする。
ちょうどあなたが取り組んでいる…食事の量を減らしたり、偏った食生活を強いるようものがこれ。
無理な節約はいつか崩壊するから、継続して取り組むのは難しいのよ。
―― 苦笑しつつ素直に告白する亮。
で、本題はここから。
他にもう1つ節約を継続して取り組むために、重要なものがあるんだけどそれって何だか分かる?
う〜ん。
1つ目が無理な節約をしない…。
そして2つ目は……………………………………………………
―― 答えられない亮に痺れを切らしてミカサが言う。
―― 意外と単純だった答えに安心する亮。
モチベーションがなければ行動を起こすことはできないし、あっても低ければ成果も低くなりがち。
ビジネスの世界でも、「モチベーション×能力=成果」と言い表されほど、成果に大きな影響を与えるものとして重要視されているわ。
自信満々に亮は答える。
でも、気合だけで頑張り続けることなんて無理で、そのうち下がっていく。
そして、どんどんやる気がなくなっていく…
―― 気合しか思いつかない亮には、打つすべがない。焦って聞く。
どうやったらモチベーションを保ち続けることができると思う?
―― 逆に質問されて、しばし悩む亮。
―― 腕を組み、上を向いたり下を向いたりして、考えを絞り出す。そして自信なさそうにミカサの顔を見上げた。
――またもや即座に否定され、さすがの亮もカチンときて攻撃的になる。
じゃぁ、あれは間違ってるってことですか?!
―― まくしたてるもあっさりきっぱりと否定される亮。
亮はがっくりと肩を落とす。
「〇〇年〇〇月までに〇〇円貯める!」「毎月〇万円貯める!」という文字列を見たところで、あなたのテンションって上がる?ワクワクする?
確かに、そんな文字列を見たところで全く何のやる気も湧いてこない。
愕然とする亮を横目にコーヒーを一口飲み、ミカサはふたたび口を開いた。
例えば、お正月に多くの人がフェイスブックなんかで、「今年は本を何冊読む!」とか「営業成績〇〇〇万円を達成する!」みたいなことを宣言してたりするけど、あれってその後どうなってるかしら?
でも、その後のことなんか気にもしたことない…。人のことだし…
―― って、俺はどうだろう?!亮の頭の中で考えがぐるぐると回る。
実は、亮も密かに「毎月3万円の貯金」と目標を立てていたのだった。
具体的な目標を立てること自体は「別の意味で」重要だし、絶対にやるべきだし、実際あなたにもやってもらう予定でいるわ。
だけど、いま私が言いたいのはそういうことじゃないの。分かる?
分からないような気もするけれど、ここは分かると言っておいた。
だからどれだけ目標を明確にしたり詳細なタスクを組んでもダメなの。もちろん気合もダメ
半ばヤケクソ気味の亮に、ミカサはしれっと言う。
そんなことは誰にもできないのよ。
思わず立ちあがってしまう亮。
ミカサの言葉に激しく脱力して、今度はドサッとソファに崩れ落ちる。
あまりの衝撃に、なんとか反論したい気持ちで口を開いた。
それをすることが、彼らの「欲望」そのものだからよ。
広げた手のひらを胸に当ててミカサは続けた。
やりたくてやりたくて仕方がない。
だからモチベーションがどんどん湧いてくる。
勝手に、自然と体の内側からモチベーションが、それがやりたいと思っているから湧いてくるの。
だから、周りの人から「よくそんなに頑張れますね!」と言われても、本人からしたら別にそこまで大したことではないのよ。
すごいトレーニングとかしてるじゃないですか
つい口を挟んでしまう亮。
普通以上のたゆまぬ努力をね。
ただ、その努力もそもそもが自分の欲望のためにやっていることだから別に苦じゃないの。
全て好きでやっていることだから。
発明家のあの人も、スポーツ業界のあの人も、IT業界のあの人も、音楽業界のあの人も…、多くの人が凄いと言っている人は大抵そうなのよ
ミカサはいろいろな業界のすごい人を指折り数えてみせる。
何もかもが上手く訳じゃないからね。
時には自分の力なさに打ちのめされる時もあるでしょう。
けれど、彼らのモチベーションが枯れてしまうことはないわ。
なぜなら、彼らが求めているものは、彼らの「本能そのものが求めているもの」だからよ。
だからモチベーションは湧いてくるし、何度でもチャレンジできる。
一息に話したところで、ミカサはまたコーヒーを飲んだ。
好きなことなら一晩中だって、いくらだってできるでしょ?例えば、子どもたちがいくら注意されても止めないゲームみたいに
例えに力強く頷く亮。最後の最後に分かった気がした。
そして、継続して取り組むためには、その行動の源となる「モチベーション」が特に重要となってくる。
静かにミカサの答えを待つ亮。
自分の「欲望、本能が求めているもの」、「心の底から追い求めているもの」に取り組むこと。
ただ、それだけ。
— 亮は口にして繰り返すことで自分の頭と心に刷りこもうとした。
―― 今の仕事にやる気が出ないのも、そのせいかもしれないと亮は思った。
結局のところ、その人が「本心から求めている」ものじゃないからよ。
つまり、自分の中では本当はやりたくないと思っているものは、いくら取り組んでもダメなのよ。いくら目標を明確化しても、いくらタスクを細く設計しても、周りに宣言しても、モチベーションは湧かないのよね。
ミカサは立ち上がり、カウンターから追加のコーヒー持って、座っている亮に近づいて言う。
―― そばに来たミカサとその言葉に緊張が高まる亮。
コーヒーを手に座り、一口飲んでから、亮の目を見てゆっくりと力強くミカサは言った。
そして、その上で、「あなたの人生に本当に節約が必要なのかどうか?」を考えて欲しいのよ。
―― ミカサの言葉に頷く亮。
でも、何て返事をしたらいいのか分からなかった・・・
考え込んで何も言わない亮に、さらに突っ込んで言うミカサ。
あなたの人生の目的は何なのか?
本当の本当のところは、どうしたいのか?
あなたはどうして、節約をするのか?
あなたが求める人生を歩むのに節約は必要不可欠なのか?
亮を見つめるミカサの顔も真剣そのものだった。
あってもせいぜい「節約に目的を持ちましょう!」くらいで片付けられてしまう。
こういった部分こそ大切にしているのよ。
「自分自身の人生」に真剣に向き合い、自分はどう生きていきたいのか? そこに節約はどう絡んでくるのか?
これらについて考え、自分自身が100%納得できる答えを導き出し、歩むべき方向を明確に定める。
こういた工程を何よりも重要視しているのよ。
そこまで?
―― まさか人生についてまで考えさせられるとは思ってもみなかった亮。
つまり、人を動かすことができるのは、自分自身との対話により導き出した「本当にこうなりたい!」「こうしたい!」と心から思える明確な理想像やビジョンだけなの。
「人間を突き動かすエネルギー源である理想像やビジョン」を明確にすることを重要視しているの。
そして、それが明確になったとき、あなたは本気で行動し最高のパフォーマンスを発揮できるようになるわ。
―― ミカサたち節約エージェントはどこまでの本気を求めているのか?亮にはまだ理想像やビジョンまでは見えていなかった。
モチベーションが勝手にわいてきて、自然と本気になれるような理想像やビジョンをまず見つけて…
そうは言うものの、自分を突き動かすエネルギーなんて未だかつて感じたことがない亮の場合、そこから見つける必要がある。
言葉尻に自信のなさが出ていた。
もちろん誰かに押しつけられたものじゃダメだし、周りを意識して格好を付けたものでもダメ、遠慮したものでもダメなのよ。
あくまでも自分自身に「100%正直」なもの、「迷い」や「偽り」のないもの。つまり、自分自身の「本心」に沿ったものである必要があるわ。
―― “本心”という言葉に亮の心臓は波打った。
今の今までずっと自分の本心について考えたりしたことがなかったからだった。
考えたことがない、と言うよりは、考えないように、触れないようにしていたのだ。
そもそも、 “本心”なんて隠すのが当たり前だと思っていた。
ずっともう、それこそ、子どものころから。
そのせいか、今や自分の本心が何なのかすら分からなくなっていた。
そんな自分が、本心を晒すことができるのだろうか…?!
もしかしたら、今の自分にとってそれが一番の課題なのかもしれないと思った。
でも、もし、できるなら…。
もし、できるなら…。
俺はどうしたら導き出すことができますか?
亮はすがるようにミカサに聞いた。
呪縛のようなものに囚われ、自分の本心に蓋をしている亮をミカサは見抜いていたのかもしれない。
優しい声になって言う。
ただただ素直になって、あなたの心の中にある欲望を解放してあげれば良いのよ。
ギラギラと、ドロドロとした欲望を呼び覚ましてあげれば良いのよ。
例え、誰にも言えないものだっていいの。
周りは関係ない。
問題なのは、あなたがどうしたいのか?だけよ。
―― 誰にも言えないくらいの欲望…。
周りは関係ないの。問題なのは、あなたがどうしたいのか?だけよ。
ただ、それだけ。ただただ、それだけなのよ
顔を赤くして呟く亮に近づくミカサ。耳元で囁く。
汚らわしい?
欲望を追い求めるなんて、イケないことのように感じる?
ますます鼓動が早くなる亮。
あなたにはまだ分からないかもしれないけど…。あなたの中にある欲望を具体的に求めていくその先で、必ず他の人に役立つ時、世の中に貢献できる時が来るから。
―― 言葉を発せずに苦しんでいるような表情の亮。
お構いなしにミカサは続ける。
全ての始まりは、自分の中にあるギラギラしたドロドロした欲望なのよ。
だからあなたの欲望を否定しないで欲しいの。最初は自分のことだけを考えてても良いの。
―― 言いたいことも言えず、自分を抑えて生きてきた亮にとって、素直になって欲望を晒すなんてありえないことだった。
考えるだけでも恥ずかしくて、新手の拷問を受けているような気すらした。
必ず、他者貢献の「善の行い」に変わっていくタイミングが訪れる。
人間とはそういうものなの。人間とは、最終的にそういうところを求めていくものなの。だから心配しないで。
攻め調子から一転、ソフトに語りかけるミカサ。
そうすることで、「あなた自身が本当に求めている道」を明らかにすることが出来るのだから。
そして、「あなた自身が本当に目指すべき理想の姿やビジョン」が描けるのだから。
全てを!!!
―― 催眠術にでもかかったかのように、ただただミカサの言葉だけが頭の中に響いていた。
解放するの。全てを…
全てを…
全てを解放するのよ!
ミカサの言葉が脳内でリフレインする。
頭の芯が熱くて痛い!
今まで、誰にも言えなかった、表せなかった、ふさぎ込まれていた亮の感情が、欲望があふれ出た瞬間だった。
ゆらりと亮はソファから立ち上がる。
ずっと自分の心の奥底に秘めていた想いが爆発した。
バカにした奴らを見返したい!!
世の中に認められたい!!!
―― 思い切り叫んで全部吐き出したら、体中の力が抜けた亮。
ふたたびソファに崩れ落ちるように座った。
顔が赤く、息も荒い。
かなり長い間抑圧されていた想いなのだとミカサは感じた。
亮が落ち着くのを待って、ミカサはゆっくりと静かに言う。
それがあなたが今、本当に本当に素直に心の底から求めているもの。
達成したいと思っていることなのよ。
―― 疲れ切った様子ではあるが、納得した表情で頷く亮。
時間の使い方、労力の使い方、お金の使い方、それらって、あなたが心の底から求めていることを達成するのにダイレクトに役立っていた?どう?
ミカサの言葉を受けて、亮は冷静に考える。
自分のことながら苦笑してしまう亮。
貧乏臭くて、不健康で、そんな無茶な節約をしている姿なんて彼女に見せられないわよね?
スマートで、格好良くて、ついつい彼女も真似したくなるような、そんな節約をしている姿を見せないとダメですよね。
亮の答えに満足げに微笑むとミカサは言った。
どういう立ち居振る舞いの、どういう言動の、何に時間とお金と労力を費やし、何に一生懸命に取り組んでいる、どういう人物になっている必要があるかしから?
その理想的な姿ってどういうものかしら?
それらを徹底的に具体的にありありとその姿を描いてほしいの。
それこそが、欲望から導き出した「本当の理想像・ビジョン」だから。
ミカサは真剣な顔で頷く亮の肩をポンと叩いた。
…と、言ってももうこんな時間ね。
―― 昼過ぎに来たのに、いつの間にか外は陽が影っていた。
ここに来た時すでに空腹だったことを思い出した亮。
素直な答えにクスクスと笑ってミカサは言う。
今日は、特別に好きなもの何でも食べていいわよ。
BOZUさんのおごりだから。
カウンターにいたBOZUが今日初めて声を上げた。
ブツブツ言って、BOZUはカウンターの裏へ引っ込んでいった。
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ミカサもカウンターに向かい、ソファに残った亮は、脱力して背もたれに寄りかかり天井を見上げる。
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亮の野望を叶えるための第一歩が、この夜まさに踏み出されたのだった。
第2話Fin.
プロフィール
【出身地:日本】 一般的なサラリーマンの家庭に生まれた庶民派の18歳。 両親とは似つかない高い身体能力と頭脳を併せ持ち、学費免除の特待生としてエージェントスクールへ。 ジャスミンと共にナターシャの元で修行する日々を送る。 訓練生生活に不満はないが唯一、ヘッダーの映りが悪いことが不満だとか。 その他、四方を高い壁に囲まれた村の夢をたまに見るようだが、遠い昔の話なのか外国の話なのか本人にも良くわかっていない。