「夢や希望」は声に出せば、必ず成就する。原田マハの自己実現術
東京ステーションギャラリー『君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なのだ。』- インタビュー・テキスト
- 杉原環樹
- 撮影:田中一人
パリに実在する版画工房「Idem Paris(イデム パリ)」を軸に、小説世界と現実の展覧会がつながる。小説家・原田マハのそんな突飛なアイデアから生まれた『君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なのだ。 / パリ・リトグラフ工房Idemから ―現代アーティスト20人の叫びと囁き』展が、東京ステーションギャラリーで開催中だ。
パリのモンパルナス地区にある「Idem Paris」は、油と水の反発作用を利用した版画技法「リトグラフ」の世界的な名門工房。パブロ・ピカソやマルク・シャガールも制作を行なった伝説の「ムルロー工房」を前身に持ち、現在はデヴィッド・リンチ、JR、森山大道、やなぎみわといった、ジャンルも国も超えた表現者に版画制作の場を提供している。原田の最新刊『ロマンシエ』は、この工房を舞台にしたアーティストの恋愛コメディーであり、物語の最終章で今回の展示が予告される仕掛けになっている。
キュレーター、アートコンサルタントとしてキャリアを積んだ後、小説家へと転身した原田は、過去にも実在のアーティストや美術館を作品に描いてきた。その彼女が今回、リトグラフ工房に着目し、小説と展示を展開したのはなぜだったのか。そして、周囲を巻き込みながら人生と表現のページを更新してきた、原田の実現力の源とは? そこには、絶え間なくリトグラフを刷り続けるプレス機にも似た、自己表現への思いがあった。
Idemで作られた作品コレクションは、デヴィッド・リンチやJRなど、素晴らしいアーティストばかり。
―今回の展覧会の出発点は、Idemを舞台にした原田さんの小説『ロマンシエ』にあります。まずはこの工房と原田さんとの出会いから、教えていただけますか?
原田:2012年に出した小説『楽園のカンヴァス』を書くにあたって、パリに長期滞在をしたんです。そこで出会った、現地で活動する若いアーティストの存在が大きかったですね。『楽園のカンヴァス』では、学生時代から関心を持っていた19世紀末から20世紀初頭におけるパリのアートの新しい潮流をテーマにしたのですが、当然、あの街には現在でもそうした若手アーティストがたくさんいる。彼らと関わるうち、そこへフォーカスを当てた作品を書いてみたいと思うようになりました。そんな折、2011年にある知人から「マハさんが好きそうな場所があるから、連れて行ってあげる」と言われ、わけもわからずサプライズ的に連れて行かれたのが、Idemだったんです。
―その場所のどこに惹きつけられたんですか?
原田:私がずっと調べてきた100年前のパリと、街も工房の雰囲気も変わらないんです。Idemがあるモンパルナスは、20世紀前半に「エコール・ド・パリ」という芸術運動が起こった地区で、地方出身のアーティストが住み着き、互いに切磋琢磨しながら新しい表現を模索していた街です。その一角にあったリトグラフ工房が、Idemの前身「ムルロー工房」で、Idemには当時の記憶が生々しく残っている。たとえば、建物はちょっとした体育館ほどの大きさなのですが、高い天井にはいまも磨りガラスがはめ込まれているんですね。この天窓は当時としては最新のもので、手元を明るくして色を見るためのものなんです。
JR『「テーブルに寄りかかる男」(1915-1916)の前のポートレート、パブロ・ピカソ、パリ、フランス』2013年 ©JR-ART.NET
―100年前というと、電気がいよいよ普及したころですからね。
原田:その工房の佇まいが非常に印象的でした。自然光が入る室内で、グランドピアノのようなプレス機がずらっと並び、「ギー、ガシャン」と音を鳴らし続けている。入った瞬間に「うわっ」と思いました。すごくライブ感を持って、作品が生み出されている現場だったんです。小説にも登場する「パトリス」は、実際に工房のオーナーで、「この場所は漏斗のように世界中のクリエイターを集める。きっと君もその一人だよ」と言われたのですが、まんまとそうなって(笑)、足しげく通うようになったんです。
―それで、そこを舞台に小説を書こう、と。
原田:現代のパリや現代アートについての小説を書きたい気持ちがあったので。パトリスに相談すると、実名も出していいし、工房の3階の空いている会議室を執筆の場所に使っていいとも言ってもらえた。それで小説の一部を、ずっとプレス機の音が聞こえ、インクの匂いがする、その場所で書きました。階下にはアーティストが慌ただしく出入りしているのですが、現代アートの面白いところは、好きな作品の作者に会えるかもしれない、ということだと思うんです。ワクワクするじゃないですか。いまこの瞬間、アーティストと同じ時代に生きている喜びを、小説に込めたかった。
―そのライブ感を、展示にまで発展させたのは?
原田:2年ほどIdemに通って執筆を続けましたが、そのわりと早い段階で、展示のアイデアを思いつきました。というのも、Idemには何百人ものアーティストが訪れて作品を作っているのですが、工房で刷った何十枚という作品のうちの1枚は、必ずその場所に残すルールがあるそうなんです。それで過去のアーカイブを見せてもらうと、今回の展示の出品者であるデヴィッド・リンチやJR(フランス出身。巨大な写真を使って公共性の高いグラフィティープロジェクトを行うアーティスト)の作品など、素晴らしいコレクションを形成している。それを目の当たりにして、「これは展覧会ができるぞ」と考えたんですね。
イベント情報
- 『君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なのだ。』
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2015年12月5日(土)~2016年2月7日(日)
会場:東京都 丸の内 東京ステーションギャラリー
時間:10:00~18:00(金曜は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)
出品作家:
ジャン=ミシェル・アルベロラ
キャロル・ベンザケン
フィリップ・コニェ
ダミアン・ドゥルベ
JR
ウィリアム・ケントリッジ
ピエール・ラ・ポリス
李禹煥
デヴィッド・リンチ
ポール・マッカーシー
南川史門
森山大道
プリュンヌ・ヌーリー
岡部昌生
フランソワーズ・ペトロヴィッチ
レイモンド・ペティボン
辰野登恵子
バルテレミー・トグォ
グザヴィエ・ヴェイヤン
やなぎみわ
休館日:月曜日
料金:一般1,000円 高校・大学生800円
※中学生以下無料
※障害者手帳等持参の方は100円引き、その介添者1名は無料
※原田マハ『ロマンシエ』の帯持参で、1枚につき1名様1回限り、300円引き。(入館時、帯裏にロゴを押印します)
書籍情報
- 『ロマンシエ』
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2015年11月25日(水)発売
著者:原田マハ
価格:1,620円(税込)
発行:小学館
プロフィール
- 原田マハ(はらだ まは)
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1962年東京都生まれ。関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年フリーのキュレーター、ライターとなり、2006年より作家となる。2005年『カフーを待ちわびて』(宝島社)で『第1回日本ラブストーリー大賞』受賞。2012年『楽園のカンヴァス』(新潮社)で『第25回山本周五郎賞』受賞。主な著作に『楽園のカンヴァス』(新潮社)、『ロマンシエ』(小学館)がある。