挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
縦ロールは嫌ですわ!o( >_< )o 作者:瀬那川 匠
8/10

反進行への愛

 何これ!上手過ぎる!!

 講堂前方のオーケストラピットから奏でられてくる校歌。それは、まるで長年に渡って奏で続かれてきたクラシックの様に、とても美しい和音進行とフレーズでできていた。私は校歌を歌う事も忘れて呆然としながらも、美し過ぎる音楽に耳を傾けていた。
 この七峰学園の校歌はゲーム中でも度々BGMとして流れており、結構聞き慣れていた筈なのだが、やはり生演奏は違う。ゲームの方は吹奏楽バージョンだけれど、今流れているのはオーケストラバージョンだ。オーケストラピットに入っているため、演奏している姿こそ見えないがその弓を流る水の様に動かし音色を生み出す空気感や、弦楽器の後ろで数少ない人数ながらも埋もれる事無くしっかりと存在感を放つ管楽器のおどるような息づかいが手に取るように分かる。
 それに、この校歌。珍しい事に曲の始まりは短調の悲しめのフレーズから始まり、中盤で高音楽器と低音楽器の反進行の後。長調に転調するという変わった曲なのだ。『私と彼は反進行』というゲームの題名も一部の人間からはこの曲に沿ってつけられたといわれている。ヴァイオリン郡とチェロ郡の間奏の掛け合いも吹奏楽バージョンでは味わえない。やっぱ生演奏最高!
 あ、因みに『反進行』というのは、例えば2つの楽器があったとして、片方の楽器が上(高い音)にもう一方の楽器が下(低い音)に進む事を表すよ。これがまた、綺麗なハーモニーを生み出して私は前世で楽譜を貰った時は、まず、スコア(全部の楽器の楽譜を載せてあるやつ)をみて反進行の有無を探したものだ。私の反進行に対する愛は半端ない。反進行がある曲を練習する時だけ私は指揮の先生を押し退けて合奏を仕切ったものだ。片方が弱くても強くてもいけないこの微妙なさじ加減がとても私をワクワクさせた。どうも時間の経過を忘れていたらしくその指導だけで4時間休憩無しで生徒にも先生にも泣き付かれた記憶がある。まぁ、そのおかげか大会後の審査員の書いた好評用紙に必ずと言っていいほど『曲全体としてはまあまあだけど、中盤の反進行の部分は最高でした!』と書かれてたんだよね。……それも今思えば良い思い出だ。

 そうして、私の最高の時間が終わる。結局一切歌ってない。逆にこの校歌が何長でどんなテンポでどこでどんな風に長調に転調したかだったら説明できるくらいに演奏に集中していた。
 それにしても、いくら何でも上手い。上手過ぎるのだ。それも引くぐらいに。普通どんなに大会を勝ち抜いている強豪校でも、その癖やちょっとしたミスは隠せない。でも、さっきの演奏は気持ち悪い位に綺麗で上手過ぎた。まるで、感情が入っていない仕事の演奏の様な気がしてならない。
 はたして、そんな演奏が高校生に出来るのか、とて不思議でたならない。



 〜〜〜

 校歌を歌い終え(私は歌ってない)、閉会の言葉があった後、入学式が終わった。
 さぁ、此処からが正念場である。ヒロインがお兄様ルートかどうかを確かめる必要があるのだ。
 ここで見つかってしまえばお兄様とふたりきりで合っているヒロインに邪魔しに来た悪役令嬢になってしまうため。発見される事だけは防がなければならない。

「……おい、もう皆教室移動してるぞ。」

 その声似たハッとして振り向く。
 つい数十分前に壇上で新入生代表挨拶をしていた堕天使、もとい清水様がそこにいた。
 清水様の言葉を聞き、辺りを見渡すと生徒はほぼいなくなっており、後には数人の先生方と生徒会の方々、入り口で少しだべっている生徒だけでした。

「あら、もうそんな時間ですの?」

 いけない、ヒロインを追跡する予定が音楽の事を考えていて思考がトリップしていた。幸い、まだ生徒会の方々は講堂に居るのでお兄様はヒロインにあっていないだろう。

「お前、ちゃんと式の間起きて聞いてたのか?俺が見たボーっとしてたみたいだけど。」

 ああ、清水様が壇上を降りる時に此方を見ていたのはそれですか。なぬ。ボーっとしていたのではない。清水様が堕天使の様だったからお兄様と比べていたらいつの間にか挨拶が終わっていたのだ。あれ、これボーっとしてるのか。

「失礼な。わたくしがボーっとしていたのは清水様が窓から注がれる光に照らされて天使(ただし堕天使)の様に見えたから気を取られたのですわ。そして、わたくしは『おい』でも『お前』でもありませんわ。『優理絵』という名前がございますの。どうぞ『ユリ』と呼んでくださいまし。」

 先程からおい呼ばわりされていてムカついたので、前世の時のアダ名を呼ばせるように誘導した。この優理絵という名前、私と一文字違いなのだがどうも呼ばれ慣れない。その点、ユリなら前世のアダ名で慣れてるし、優理絵の名前にも入っているので違和感が無いと思ったのだ。そんな思いを込めて目の前の清水様を見上げる。あ、これ多分上目遣いになってる。

「っっっ!?、そうか。じゃあユリ。俺の事も清水様と堅苦しく呼ばずにキヨと呼んでくれ。」

 あれ?なんか目を逸らされて、片手で顔を隠された。私、嫌な事でも言ったかしら?若干顔が赤いし、怒ってるのかも。

「はい!改め今日からよろしくね!キヨ。」

 ここは、笑って無邪気に誤魔化す。前世で培ったスキルである。

「ユ、ユ、ユリ。いいか、教室では絶対に笑うな。つーか校内では朝の顔も、笑顔も禁止だ。キケンだから俺の傍を離れるな。」

 まだ呼び慣れないのか少しどもるキヨ。ていうか『キケン』って何?私が笑ったら何か悪役オーラみたいのが出てるとか?またもや無意識に悪役令嬢の部分が出ていたのか。気を付けよう。
 それにしても、『俺の傍を離れるな』ってまるで

「まるでプロポーズみたい。」

「っっっっっ!!!???」

 プロポーズとはちょっと飛ばし過ぎたか。まぁ、今の私とキヨは婚約者同士だからたまにはこういうセリフも対面的な関係でイヤでも言わなければならないのであろう。何故今キケンだからに続いて行ったのだろうか甚だ疑問だが。

 私は取り敢えずヒロインが校内を探検する選択肢を選んだ場合にお兄様とかち合う場所に移動することにした。
 背後で何か顔を茹でダコみたいになってる人がいるが、なんにも言ってこないので一人で移動する。黙って怒ってる人程怖いし。

 さあて、ヒロインがお兄様ルートを選んだら必然的に妹の私とも沢山会う機会が増えるからこの追跡(出遅れたから待ち伏せになる)は重要だ。気を引き締めて行こう。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。

Ads by i-mobile

↑ページトップへ