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お兄様……?
いや、ちょちょ、ちょっと待って。
なんじゃこりゃ?どう見ても『城之内 優理絵』じゃん。
白金の背中まで伸びた柔らかい髪と、ペリドット色の少しつり上がった大きな瞳が『私と彼は反進行』の中に幾度として出てきた主人公をいじめ虐げる悪役令嬢の姿をしていた。
鏡に向かって、右手を揚げた。映っている少女も同じように左手を挙げる。更にそのまま頬に揚げた手を持って行き思い切り引っ張る。
「いひゃい……。」
思わず手を放して頬を擦る。鏡の少女も同じ動作をしており、若干涙目になっている。
これはもう、認めるしかないよね。
ほっぺたも痛いし、夢じゃない。
私、優理絵になってる。
「うっそぉぉぉぉぉ!!!」
再び辺りに少女の声が響いた。
暫く鏡の前で呆然としていると、
ドンドンドン!!
「っうお!」
なんぞや!びっくりしすぎて乙女らしからぬ声が出たぞ。
ドンドンドン!!
私はその音源に顔を向けた。
何だ。ドアじゃん。
薄いピンク色した部屋に合うようにしたのか白いドアがあった。
つまり、そこから音がするということはこの部屋の主、つまり優理絵に用事があるわけだが。優理絵は今私である。
どうしよう。
ドンドンドン
まだ音がしている。出ないといけないのか。
こちらが出ようか出まいか躊躇っていると……、
「優理絵っ!!どうした!?何があった?」
ドアの向こうから声がする。それもかなり焦った声色である。
いや、それにしてもこの声には聞き覚えがある。そう、これは確か……
私が声の主を思い出すのと「開けるぞ」という言葉と共にドアが開いたのはほぼ同時であった。
ドアを開けた人物と目が合う。
アメジスト色した綺麗な瞳が私を捉える。そして私の視線はその髪にも注がれる。私の白金色の髪よりも白っぽくして少し紫を加えたようなきっちりと、しかし堅苦しくなり過ぎない程度にセットされたもの。
それは、先ほど思いだした声の主の姿と一致していた。
「……、お兄様……?」
「ああ、優理絵。よかった。返事がないからどうしたかと……。」
少し躊躇ったが、お兄様と呼んでみたら、合っていたらしい。
そう、この目の前にいるこれまた日本人とは思えない見かけをした美人さんは優理絵、つまり今の私の兄にあたり、『彼反』の攻略対象の『城之内 彰人』だった。
思わず彰人様と呼ばなかったので、良かった。
いや、良くないぞ。これで確定してしまったことになる。
私が『彼反』の世界にいて、しかも悪役令嬢の『城之内 優理絵』になったという事が。
「さっきの声はどうしたんだ?優理絵が大声を上げるなんて珍しいから、思わず駆け上がってしまったよ。」
と言って、笑いながら話す彰人様、……このまま心の中で言ってたらいつか口に出てしまいそうになるからお兄様にしておこう。
「なにもありませんわ、お兄様。すこし夢見が悪かったのですわ。」
取り敢えず、それらしい事を述べておく。
「そうかい。今日は待ちに待った優理絵の入学式だからな。父上や母上の分、僕がしっかりと優理絵の晴れ姿を見るから、早く着替えて下へ降りといで。」
「……はい。」
清々しいほどの笑顔を向けられて、思わずこちらも笑顔で返す。
すると、目を見開くお兄様。
「今日は珍しいこと続きだ。優理絵が笑うなんていつぶりだろうな?」
「……え?」
「それじゃ、下で待ってるよ。」
そう言ってドアを閉めて出ていったお兄様。
ふと、時計を見ると高級そうなデジタル時計が『7時20分』を示していた。着替えてご飯食べて学校に行くとなると、時間が少し心許ない気がする。
今は取り敢えず早く着替える事にした。
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