確かな評価を得ているM1ですが、近年のアメリカ軍の研究では対中戦略に重点化するならば、エイブラムズの数を減らすことも選択肢の一つではという考え方が真剣に議論されるようになっています。
今回は、このような議論に対して批判的な立場をとる研究者がM1の能力を考察した論文を紹介したいと思います。
文献情報
Wahlman, Alec, and Brian M. Drinkwine. 2014. "The M1 Abrams: Today and Tomorrow," Military Review, (November-December) pp. 11-20.
http://usacac.army.mil/CAC2/MilitaryReview/Archives/English/MilitaryReview_20141231_art006.pdf
現在、アメリカ軍では予算の削減を受けて戦車の削減を進めようとしています。著者は戦車の削減それ自体に反対するわけではないと前置きした上で、M1がどのような能力を持つ戦車であり、それがどのような戦術的な重要性を持っているのかを改めて検討するべきであると主張しています。
戦車は必要とされているのか
著者は議論を始めるに当たって、二つの疑問があると述べました。第一に、我々は主力戦車をいまだ必要とするのか。第二に、M1は将来的にその目的の達成に寄与するのか。以上の二点です(Wahlman and Drinkwine 2014: 12)。
確かにM1は当初、冷戦期のヨーロッパにおいてソビエト軍の機甲部隊と交戦することを想定して設計されており、アメリカは現在のところそのような大規模な機甲戦を想定する状況にはありません。しかし、戦車はその優れた防護性をアフガニスタンでの作戦に活用しており、2011年で同地に派遣されたM1が配備された機甲中隊は1名の負傷者だけを出して任務を完遂しています。これはストライカー装輪装甲車が配備された部隊の損害と比べると19分の1でしかありません(Ibid.: 13)。
この事例からも、M1が発揮する火力、機動、防護能力は、幅広い状況に適応可能であると著者は主張しています。
市街戦においてもM1は重要な貢献を果たしており、2003年冬季から2004年春季まで続いたファルージャの市街戦でM1は重要な地域を確保し、危険な地域で躍進してセンサーにより敵を捜索することができました(Ibid.)。この事例の教訓からも、対反乱作戦で発生する市街戦に対応するためにも戦車のような装備を持つことが重要な優位性となることが分かります(Ibid.)。
航空機で戦車を補完することはできない
著者は戦車の火力を航空機によって担わせることができない理由について説明しています。
確かに湾岸戦争、イラク戦争で戦車が航空攻撃に対して脆弱であることが浮き彫りとなりましたが、そのことによって航空勢力を過信してはならないというのが著者の見方です(Ibid.: 14)。
イスラエル軍が1973年の中東戦争から得た教訓は航空戦力に対する依存が大きすぎると、奇襲によって航空優勢を一時的に失った際に敵の進撃を食い止める術がなくなるというものでした。
また技術的に航空機やミサイルは天候の影響によって現場での運用には制約が多くあります。防空用のミサイルも性能が向上していることや、空爆によって民間人に犠牲者が出た場合にはそれがマスメディアで大々的に報道される現代の戦争の様相を考えれば、航空戦力に火力の全てを委ねることは危ういことであると考えられるのです(Ibid.)。
したがって、著者は将来の戦争においても戦車が不要になることはなく、今後も陸上作戦の主要装備としての位置付けがなくなることはないと判断しています。
実績のあるM1を基本にしつつ、近代化改修を行うべき
第二の疑問に対して著者は肯定的な立場をとりますが、そのためには改修が必要となるだろうとも考えています。
近年、アメリカで国防予算の縮小により新たな武器装備の研究開発の予算が削られている中で、著者は陸上戦力のための新兵器の開発は今後ますます困難になっていくであろうという見通しを述べています(Ibid.: 15)。
このような状況だからこそ、著者はM1を戦力として残すべきだと判断しますが、これに近代的な改修を加えなければ将来の作戦で使用することは難しいという見方も示し、具体的には二つの改善点があり得ると論じました。
(1)航続距離の延伸:2003年のイラクの自由作戦ではバグダッドを攻撃した機甲部隊の段列が襲撃を受けたため、弾薬や燃料の備蓄が不足し、市街地で孤立した戦車部隊は再補給が完了するまで新たな行動に移ることができなくなったことが起きた(Ibid.: 16)。陸軍はM1のエンジン出力の問題を認識しており、近代化改修を行ったM1A2の機動力は改善されており、燃費の向上が見られた。しかし、本質的な問題は残されており、M1は現在のガスタービンエンジンよりも燃費で効率がよいディーゼルエンジンを採用して航続距離を向上させるべきである(Ibid.: 17)。
(2)視界外交戦能力の付与:M1には120ミリの主砲が備わっており、威力と精度に優れているものの、現在のままではおよそ5キロメートル程度の視界内の目標としか交戦することができないという問題がある(Ibid.)。現在、陸軍ではXM1111中距離弾の開発がすすめられており、その射程は最低でも12キロメートルと計画されているが、M1の射撃統制装置を改良して発射可能とすれば、視程外に存在する敵を撃破することも可能となる(Ibid.: 18)。
議論から導き出されるもの
直近の出来事として、著者は2014年9月、アメリカ陸軍はM1を装備した地上部隊を東ヨーロッパで実施される演習に参加させることを発表したことを引き合いに出し、これはウクライナ危機による米露関係の悪化を受けての出来事であったことを示唆しています(Ibid.: 19)。
アメリカがどのような戦略をとるとしても、このような最近の情勢を踏まえれば、将来的に戦車が必要なくなることは考えにくいだけでなく、戦車は発展の可能性がある装備であると著者は考えています。
「エイブラムズ(注、M1)は今日よりも一層有効となり得るものである。改修は将来の軍隊における戦車の位置付けに関する所論にとって重要な証拠となるかもしれない。モデル化とシミュレーションによって広域化した戦闘地域と脅威に対し更新されたエイブラムズ戦車が示す有用性を調査するべきである」(Ibid.)この論文の興味深い点は、単なる戦車の擁護に止まらず、これを次世代の装備として発展させるための方向性を探っていることであり、特に航続距離と視程外の交戦を可能とする射撃統制の研究が重要であると判断しています。
この論文の内容については読者の立場によっては賛否両論でしょうが、戦車の将来を展望する上で興味深い議論ではないでしょうか。
KT
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