熊谷賢輔の「世界をつなぐ道」<6>憧れのユーコン川で痛感した自然の厳しさ カヌーに自転車を積んで川下り<前編>
自転車世界一周の旅を始めて以来のビッグイベントが到来した。カナダで「偉大なる川」という意味をもつユーコン川を、カヌーを使って下るのだ。スタート地点のホワイトホースからゴール地点のカーマックスまで、約320kmを8日間かけてカヌーで移動する。とはいえ、僕のカヌーの経験は、北海道の支笏湖(しこつこ)を友人のカヌーで15分くらいパドリングした程度。初心者レベルの腕前で、どこまでチャレンジできるだろうか?
夢に描いたユーコン川での「自転車+カヌー」旅
僕が自転車世界一周を始めたきっかけの一つに、自転車旅行作家の石田ゆうすけさんのエッセイ「行かずに死ねるか」(幻冬舎刊)がある。その中で、ユーコン川を下るエピソードがあり、旅を始めたら僕も必ず挑戦しようと誓っていた。
しかし、石田さんと同じように川を下るのでは面白くない。そこで思いついたのが、カヌーに自転車を積んで下ることだった。
「途中に自転車で走れる道とかあったら楽しいだろうな〜。ゴールのカーマックスからホワイトホースまで戻る道のりは約200km。それなら自転車で戻れる。これはイケる!!」
頭の中で最高のプランが立案された。とはいえ、カヌーの腕前には少し不安があった。
カヌーを借りるために地元のツアー会社を訪ね、自転車を積んでも大丈夫かと尋ねたところ、体格の良いスタッフが「全然大丈夫だよ! むしろユーコン川ではアドベンチャー精神が大事だ! スタンドアップパドル(SUP)でユーコン川を渡るヤツだっているしね。ガッハッハ」と快活に答えた。
その言葉を聞いて、俄然ヤル気が出てきた。高いモチベーションをキープしたまま、さっそく街へ買い出しに出た。
持ち物は食糧とビールと冒険心
今回の旅は途中で食料を補給することができない。8日間の行程なので10日分の食料が必要だと考えた。保存が利く玉ねぎ、ニンジン、じゃがいもなどの野菜と、簡単に料理できる即席麺、菓子類などを買い込んだ。
料理に使うガスカートリッジと、せっかくだからビールも買おう。カヌーにゆらゆら揺られながら、プシュッと缶ビールを空けて飲むのも良い。自転車ほど重量を気にせず荷物を積めるのもカヌーの魅力だ。
水のトラブルに備えて、新しく防水バッグも購入した。水に濡れて食料が台なしなっては一大事。
事前の下調べはほとんどせず、経験を頼りに準備をした。それでハプニングが起こっても、むしろその対応が楽しかったりするのだから、僕は相当な“ドM”なのだろう。
“優しすぎ”た初日のユーコン川
出発時の荷物は相当な量である。普段の旅では、自転車と荷物の総重量は約50kg。それに加えてビールや水、大量の食料などを積み込んだので、100kgはあっただろう。それら一式をカヌーに載せて、いざ出陣!
カヌーはスムーズに岸を離れ、ユーコン川に滑り出た。川の流れは緩やかに見えるが、実際は速く、スピードが出ているのでパドルを漕ぐ必要はない。“カヌー素人”の僕はそう思った。
「余裕じゃないか! これならビールを飲みながら、雄大なユーコン川を堪能出来るぞ!」
水のように飲みやすいビールをゴクゴク飲みながら、仰向けになり空を見上げる。ときどき他のカヌーイスト達が僕の横を、必死にパドルを漕ぎながら通り抜けていく。何をそんなに急ぐのだろう。ユーコン川は優しく背中を押してくれているではないか。
身体を起こすと、遠ざかったカヌーイスト達を眺めながら2本目のビールを空けた。初日は予定通りの距離を進んで、キャンプサイトで野宿。テントを設営して、さらに何本もビールを空けた。快適なカヌーの旅に思えたが、しかしそれはあまかった。初日のユーコン川はあまりにも“優しすぎた”のだ。
行く手を遮る壁「レイク・ラバージ」
2日目に状況は一変した。出発して1時間ほどダラダラとパドルを漕いでいると、徐々に視界が開けていき、目の前に海のような湖が出現した。南北に約50km、東西は最長で約5kmある「レイク・ラバージ」という“化け物”だ。
つい先程までは川の流れだけでカヌーは進んでいたが、レイク・ラバージに入ってからはその流れが全くない。湖なのだから当たり前だ。湖の真ん中にいる僕にとって、両側に見える山々ははるか遠くに感じた。
ツアー会社からもらった地図(リバーマップ)にはこの湖の存在が記載されていたが、経験の浅い僕は、前日のようにスピードある川の流れがずっと続くと思い込んでいた。
「うそでしょ? 余裕こいてビールを飲んでいる場合ではないやん!」
体勢を立て直し、必死にパドルを漕ぐ。1時間、2時間、3時間─遠くに見える山を見ても数時間前と変わらない風景がある。前方からは強風が押し寄せ、湖なのに白波が立っている。
「全然進んでない!? こんなに必死に漕いでいるのに…クソーーーーッ!!」
怒りにも似た叫び声を、誰もいない巨大な湖面であげた。2日目の旅は10時間ほどカヌーを漕いで、進んだ距離はたったの25km。手には真っ赤なマメができていた。
320kmを8日間で漕ぎ抜けなければならないにも関わらず、初日と2日目の合計で60kmも進んでいなかった。残り5日で260kmとすると、1日50km強の距離を漕がなければならない。先が思いやられた。
容赦ない自然との真っ向勝負
3日目はさらに厳しさを増した。
午前中は前日と同じ状況が続き、それでも休まずにパドリングをして少しでも距離を稼いだ。しかし、午後からは白波、逆風に加えて雨が降り始めた。しかも豪雨。波はさらに高くなり、カヌーを押し戻そうとしてくる。風は容赦なく顔面に雨粒をぶつけ、僕の視界を遮った。
それでも必死に漕ぎ続けること5時間。ようやくレイク・ラバージの出口に到着。波が落ち着き、風が止んでいくのが分かった。パドルを置いて後ろを振り返り、空を見上げると、いつの間にか豪雨は小雨に変わっていた。
「うぅおぉっしゃーーーーーっ!!!!」
拳を振り上げ、空に向かって大声を上げた。旅を始めてから叫ぶことが増えたのは、感情を激しく揺さぶられることが多いからだ。このときは自転車旅を始めて以来、1番大きな声をあげた。
とりあえず、レイク・ラバージの出口に近いキャンプサイトで休むことにした。カヌーを岸に上げて、荷物を降ろす準備を始める。
すると、奥の林から男性2人組が突如現れた。訝しがる僕を見ながら、2人のうちの1人、眼鏡をかけた男性が話しかけてきた。
「ハ…ハロー?」
(後編に続く)
1984年、横浜生まれ。法政大学文学部英文学科を卒業後、東京3年+札幌3年間=6年間の商社勤務を経て、「自転車で世界一周」を成し遂げるために退社。世界へ行く前に、まずは日本全国にいる仲間達に会うべく「自転車日本一周」をやり遂げる。現在はフリーライターの仕事をする傍ら、3年をかけて自転車世界一周中。
オフィシャルサイト「るてん」 http://ru-te-n.com/