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【芸能・社会】デビッド・ボウイさん逝く 世界的ロック歌手1年半前からガンで闘病2016年1月12日 紙面から
【ロンドン共同】華美な服装やメークで一世を風靡(ふうび)した世界的なロック歌手、デビッド・ボウイさんが10日、死去した。英メディアなどが11日伝えた。69歳だった。 ボウイさんの愛息、ダンカン・ジョーンズさんがツイッターで明らかにしたところによると、ボウイさんは18カ月間、がんで闘病生活を送っていた。最期は家族に見守られながら、安らかに息を引き取ったという。ダンカンさんは「とても悲しく残念です」とコメントした。 ボウイさんは日本でも1973年などに来日公演を行っている。69歳の誕生日を迎えた今月8日には、3年ぶりのニューアルバム「★(ブラックスター)」を発売したばかりだった。 ボウイさんは47年、ロンドン生まれ。64年にデビューし、69年に当時のアポロ宇宙船ブームを背景に「スペイス・オディティ」がヒットした。 70年代に入って、ハードロックが全盛の中、ケバケバしい中性的なファッションとキャッチーなビートが特徴の「グラムロック」と呼ばれるニューウェーブの旗手となり大ブレーク。「ジギー・スターダスト」をヒットさせ、ロックスターとして地位を不動のものにした。その後は米国、ベルリンを活動の拠点に「ヒーローズ」などのヒット作を送り出した。 日本のロックアーティストたちにも大きな影響を与えた。ボウイさんは「日本の歌舞伎にも影響を受けた」と発言したこともあった。 ロックアーティストとして世界をけん引する一方、俳優としても活躍。60年代から前衛映画などに関わり、76年には映画「地球に落ちてきた男」で主演。83年には故大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」に英将校ジャック・セリアズ役で出演。ビートたけしや坂本龍一との共演で話題になった。 2000年代に入っても精力的な活動を展開。03年にニューアルバムを発表し、日本を含めたワールドツアーも実施。しかし、ツアー中にドイツ・ハンブルクで動脈瘤(りゅう)による心臓の痛みを訴えて入院し、一部の公演を中止するハプニングもあった。 この時の体調不良が引き金になってか、アルバム「ネヴァー・ゲット・オールド」を04年に発売して以降は、創作活動も低迷。公の場に姿を見せることもほとんどなくなった。 13年に約10年ぶりとなるアルバム「ザ・ネクスト・デイ」を発表。ロンドンの主要美術館の一つで回顧展が開かれるなど、再評価の機運が高まっていた。 ◆日本の音楽界から追悼デビッド・ボウイさんの突然の訃報に、日本の音楽界からも会員制交流サイト(SNS)などを通じて追悼の声が相次いだ。 布袋寅泰(53)はフェイスブックにボウイさんとの共演写真を掲載し、「David Bowieが旅立った…。突然の訃報がショックで信じられない。信じたくない。僕の人生を変えた人。永遠の憧れであり目標だった人。昨夜はずっと(遺作となったアルバム)Black Starを聴いていた。深く広がる音に身を委ね、この人を好きでよかったと喜びに浸っていた」「僕の永遠のアイドル。安らかに。素晴らしい芸術の数々をありがとう」などと悼んだ。 ロックバンド「X JAPAN」のYOSHIKIはツイッターに英文で「I,m shocked…you were my hero…」とつづり、ボウイさんとのツーショット写真を掲載した。 矢野顕子(60)もツイッターで「息が止まった。。。」と衝撃の大きさをつづった後、「ボウイさんへ。かっこいいってこういうこと、の永久欠番ですね。私が個人的に触れ合ったことは数回しかありませんが、一番心に残っているのは幼かった娘をとてもかわいがってくれ、六本木の街を肩車して歩くご機嫌な姿です」と思い出を明かした。 つるの剛士もツイッターで「なんだか最近とくに時代がひとつ終わった感が、ね。悲しいなあ。たくさんの夢をありがとう、だね」。「GLAY」のHISASHIも「巨星墜つ」とコメントした。 米歌手マドンナ(57)はツイッターで、「打ちのめされている。デトロイトで人生初のコンサートを見たとき、この偉大なアーティストは私の人生を変えた。才能があって、ユニークで天才。あなたの精神は永遠に生き続ける」とつづった。 PR情報
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