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第三章ダイジェストその1
(まったく面倒な事になったな。だが予定外とは言え手を抜く訳にもいかないし……腹をくくるか)
ガルガン帝国の帝都ルオスにある七万人が収容される大陸でも最大の闘技場で、カイルは大陸でも最大規模の武術祭に参加していた。
満員の観客が見守るなか、一回戦では前回武術祭で準決勝まで残った優勝候補のロッケルトと戦う事となる。
巨漢の格闘家であるロッケルトに対し、目立つためにカイルは相手に会わせ格闘で戦うことにする。
帝国でほとんど無名であるカイルは、目的である知名度を上げる為に派手に勝つ必要があったからだ。
当たればただではすまないロッケルトの攻撃を最小限の動きで躱し続け、相手に疲れが見え攻撃が雑になってきたところに、カイルは狙いすましたかのような顎付近への脳を揺らす拳を放った。
リーゼによく打たれ、身をもって知っている意識を断つ一撃で、ロッケルトを気絶させたカイルに、二年前に戦争寸前だったジルグスの人間と言う事で冷ややかな反応だった観客も手のひらを返したかのように一斉に歓声をあげ。
カイルは歓声に手を上げて答えると控室へと戻っていった
控室に戻るとリーゼやウルザ、シルドニア達に明るく迎えられる。
カイルの勝ちぶりを見て、三人は気楽にこのまま優勝出来ると言うが当の本人は、楽勝に見えて実は際どい勝利であり、優勝候補を倒したことでこれからの戦いは厳しくなると解っていた。
何でこんな面倒なことになったんだ、とカイルはこの状況に陥った昨日までの事を思い出していた。
◇◇◇
話しは十日以上前に遡る
魔族との戦いを終えた後、カランにまだ滞在していたカイル達にミレーナ王女から依頼がくる。
内容は外交使節によるガルガン帝国との交渉の場に同席してほしいとのことだった。
交渉は帝国の大使館で虐殺がおこった件で、これは魔族の仕業なのだが、帝国側からしてみればある意味好機であり、この責任をジルグス国側に押し付けようとしているのだ。
当事者であるカイルに、これが魔族の仕業であると証言をしてほしいとのことだった。
ジルグス国に、ひいてはミレーナ王女にいい様に使われているという気がしないでもなかったが、一つ間違えれば国家間に大きな傷を残し、戦争の引き金にもなりかねない大事なのは確かなのでミレーナ王女の側近で縁戚でもあるキルレン近衛騎士第五隊長やオーギス大臣と共にガルガン帝国に向かう事となった。
途中外交使節の豪華な馬車の中で、同席しているキルレンとオーギスがカイルに対し、しきりに勧誘をしてくる。
次期女王であるミレーナ王女に気に入られており、実力もあるカイルを自分の陣営に引き込もうとしているのだ
だがカイルの目的はあくまで人族全体での英雄になる事で、ジルグス国内の権力争いに関わる訳にもいかないので仮病で誤魔化しつつ、胃が痛くなる旅路をすごすのであった。
◇◇◇
ガルガン帝国の帝都ルオスにつくと、カイル達は参考人という立場の為キルレン等外交使節団と別れ、別に案内される事となった。
ルオスは人口五十万と言われる人族最大の大都市で大通りには人があふれ、人間だけでなくエルフやドワーフ、獣人はおろか、南方にしかいない少数民族のリザードマンまで普通に歩く様に五人とも圧倒されることになる。
案内人に説明されると、間もなく帝国建国祭が行われるので、特に今は活気づいているとのことだった。
大広場や戦勝記念の凱旋門、大聖堂やオベリスクといった宗教建築などを案内されながら進むとやがてひときわ目立つ強大な円形状の建築物が見えてくる。大陸最大と言われるルオス大闘技場だった。
闘技場の前には人の数倍にもなろうかという大きな石像が数体並んでおり、それはどれも名を残した剣闘士の像だ。
その中でも特に目立つ大剣を持ち、凛々しく立つ女戦士の像があり、それが目に入った瞬間セランが心の底から嫌そうな声をだす。
最強の剣姫にして無敵の王者として君臨していた 『紅髪鬼』レイラの像と、案内人が嬉しそう語る
だがセランにとっては口やかましい義母、カイルにとってはおっかない師匠、リーゼにとっては近所の小母さんと、ただの身内の像にすぎず微妙に意気消沈したあと目的地である帝都中心部にある宮殿へと向かった。
◇◇◇
カイル達が通されたのは宮殿内の豪華な応接室で、そこにはすでにキルレン達が待っており、しばらくすると扉が開き三人の人間が入ってくる。
まず入ってきたのは護衛らしき冷たい目をした男で、カイルやセランは只者ではないと直感的に相手の強さを見抜く。
その後入ってきた人物に全員の注目が集まる。
エルドランド・オバ・ガルガン。最近体調がすぐれないと噂される皇帝ベネディクスに代わり、帝国の内外を取り仕切っている第一皇子だ。
ジルグスのミレーナ王女とはまた違った、人の上に立つ相応しき風格を生まれ持ったかのような人物だった。
更に後ろから続くのは小柄な老婆は現在確認できる限り三人しかいない特級魔法の使い手、ガルガン帝国宮廷魔導士第一位の『偉大なる』ベアドーラだった。
皇帝をのぞけばガルガン帝国最重要人物の二人で、この会談を帝国側も重視しているのがよくわかった。
そうして始まったのは外交と言う名の戦争だった。
◇◇◇
まず切り出したのはエルドランドからで、今回の事件の責任は全てジルグスにあるという態度だった。
ジルグス国の方針としては下手に虚偽を混ぜて報告をして、難癖をつけられてもたまらないので事実をありのまま報告し、全て魔族の所為だと責任を押し付け、むしろこちらも被害を受けているとするつもりだった。
そうキルレンが説明するが、エルドランドは魔族の仕業など信じられないとそれを突っぱねる。
実際魔族の被害など三百年前の戦争以来ほとんどなく、一般人にとっては魔族はおとぎ話のような存在になっており、さっそく証人としてカイルに発言が求められた。
「カイル・レナードと申します。正確には魔族は二人で、一人を討ち取りもう一人は撃退しました」
エルドランド皇子を前にカイルは堂々と言い放つ。
更に口だけではなく倒した証拠として、カイルは魔族ガニアスから斬りおとした羊角を見せた。
それを見た瞬間、糸のように細められていたベアドーラが大きく反応する。
角にまとわりつくかのような人族とは違う異質な魔力の残り香を感じ取ったのだ。
羊角を手に取った後、ベアドーラは大きくため息をつき、仕方ないとばかりに、それが魔族のそれもつい最近斬りおとされたものだと認める。
そしてベアドーラが認めた以上帝国そのものが魔族の存在を認めた事になるのだ。
この後も話し合いは続いたが平行線のままだ。
ジルグス国としては魔族が原因で責任は一切ないとの立場を決して崩さない。
ガルガン帝国はジルグスの責任を問いたいのだが、魔族のいた証拠を示され、更には帝国の元工作兵が関わっていたという予定外の事実まで知らされたために追及がしにくくなったのだ。
しかし現実に被害が出ている以上帝国側も食い下がる必要があった。
今日のところは一旦終了し続きは明日、という雰囲気になり始めたころ、無遠慮にドアが音を立てて開かれ、室内にいた全員が一斉にそちらを見る。
国家間の会議の場に乱入してきたのは、派手な服をだらしなく着た明らかにこの場に不似合いな若い男だ
マイザー・レング・ガルガン。ガルガン帝国第三皇子にして、ミレーナ王女の元婚約者だった男だ。
◇◇◇
いきなり入ってきたマイザーは無遠慮に、頭からつま先まで舐めまわすようにキルレンを見て品の無い笑みを浮かべながらからかいの声を投げかける。
対するキルレンは明らかに不快そうで、これが帝国の皇族でなければ、この場で剣に手をかけていたかもしれないくらいったが何とか怒りを抑える。
エルドランドがそんなマイザーの態度を注意するがそれに構わず今度はカイルに話しかけ、魔族の事を聞き出そうとする
運が良かったと言うカイルに、それだけで勝てるはずはないだろう、と詰め寄るマイザー。
帝国第三皇子とは思えないマイザーの態度だが、少しだけのぞかせた鋭い目の光を見逃さなかったカイルは妙に嬉しくなった。
(本質はそのままだな……当然か)
「はい、魔族を倒すだけの実力は勿論あります。恐らく人族全体でも相当の強さだと自負しております」
そんな内心を一切出さず真顔で言い切るカイルに、さすがに目を丸くするマイザーだが、次の瞬間腹を抱えて大笑いをした。
この後エルドランドは今日はここまでばかりに強引に話を終わらせたが、カイルは自分が魔族を倒すことが出来る実力を持っていると帝国側にアピールする事に成功した。
ジルグス関係者が退室する途中、キルレンやオーギスはマイザーの態度に呆れかえり怒りを見せた。
だがカイルだけはかつてのマイザーを思い出し、変わっていない様子に密かに笑みを漏らしていた。
◇◇◇
カイル達が退室した後、マイザーがエルドランドに話しかける。
口調はさきほどまでと変わらないがその目つきが違っており、カイルの危険性を訴え、今のうちに取り込むか出来なければ殺しておいた方がいいと言う。
エルドランドが何故かと理由を問うと、色々理由はあるが勘だと言い切るマイザー。
エルドランドはこの弟の事を、高く評価している。多くの者に疎まれているがその能力は全てにおいて高く、目立つ奇行はその本性を隠す擬態にすぎない。
そして何より弟として信頼しているからで、この言葉にも真剣に耳を傾けた。
また護衛についていた冷たい目の男、ダリウスもカイルやセランの実力を見抜き、ベアドーラもまたシルドニアが普通に人間ではなく、その正体は自分にもわからない進言する
弟に加えベアドーラとダリウス、知と武で信頼している両名の判断から、エルドランドはカイルに警戒を深めた。
国内の問題に加え魔族と、色々と厄介ごとが起こって困ると嘆くエルドランドだが、マイザーはそれでも第一皇子がいれば帝国は安泰だと茶化すように言い、長男と三男は笑いあった。。
◇◇◇
その頃案内された部屋で、カイルがこれから帝国に起こる混乱、第一皇子エルドランドの急死をシルドニアに語っていた。
今から約一年後、皇帝ベネディクスが高齢からの病により余命いくばくもなという時にエルドランドが急死し、一気に帝国は混乱の極致になる。
そんな中死の床にあった皇帝ベネディクスが、後継者に命じたのはエルドランドの遺児でも第二皇子でもはなく、第三皇子のマイザーだったため、帝国は内乱状態となった。
この内乱は数年、あるいは十年以上続くかと思われたが、マイザーはそれまでの放蕩ぶりやうつけという評判とは打って変わり、驚異的な手腕で帝国をまとめ上げ一年で帝国内から反対勢力を一掃した。
その実力を誰もが認め、新皇帝として即位し帝国が新たなスタートを切ったその直後に、あの『大侵攻』が始まった。
「あの内乱がなければ人族も、もう少しマシだったかもしれないな」
カイルが苦い口調で言う。
人族の最大勢力だったガルガン帝国だが内乱で疲弊していたため初動が遅れそれが帝国の、引いては人族の滅亡の遠因ともなったのだ。
このエルドランドの死亡にカイルは介入するつもりは無い。次の皇帝はマイザーの方がカイルにとっては色々都合が良いからだ。
しかしマイザーは内乱を短期で鎮める為にかなり強引な手法をとり、それ故に国力が低下したのでこれは避けたかった。
(マイザーにはある程度事情を話しておいたほうがいいかもしれないがその場合何と話す? もうすぐエルドランドが死んで内乱になるからそれに備えておいてくれ……怪しすぎるな)
考え込むカイルだったが、まずは顔つなぎだと今夜開かれる晩餐会で積極的に話しかけに行く事にした。
◇◇◇
その夜、ジルグス国からの国賓を歓迎するため、宮殿にて晩餐会が開かれる事となり、初めにエルドランドからの挨拶と、主賓であるキルレンやオーギスが紹介された後は自由な歓談の場となった。
ジルグス国の晩餐会に比べ、比較的砕けた雰囲気で着飾ったウルザやリーゼも自由行動をとり楽しんでいた。
一人になったカイルは周りを見回し、当初の目的であったマイザーを探すが見当たらず、さてどうしたものかと考えていると背後から声がかかる。
見覚えのない顔だったが、その身なりは立派な正装でガルガン帝国皇家の象徴である黄金の蛇の紋章がついている。
第一皇子と第三皇子は知っているので必然的にその正体は解った。
「何かご用でしょうかコンラート殿下」
カイルは第二皇子コンラートに軽く頭を下げた。
あきらかに見下した態度でコンラートはカイルを見て、要件を話そうとしたその時邪魔が入る。
コンラートを押しのけて割って入ったのは、年の頃はカイルと同じくらいでノーブルな顔立ちと気の強そうな目つきが印象的な美少女だ。
豪奢なドレスを纏った大輪のバラを連想させるような彼女は、皇帝の子供で唯一の女性で末子のアンジェラ皇女だった。
突然の妹の登場にコンラートが憤慨したかのようだが、アンジェラは気にもとめず、目を輝かせて興奮気味にカイルに話しかける。
強い人が好き、武勇譚を聞きたいとカイルに詰め寄るアンジェラ。
だがその目の輝きに危険なもので含んでいると、カイルは本能的に感じ取る。
だが相手は皇族で下手な対応はできずどうしたものかと対応に困るカイル。
そんな妹の勢いに押され少し呆気にとられていたコンラートだったが、気を取り直して強い口調で言おうとしたその時、今度はマイザーがやってきた
またも邪魔をされたコンラートは憤慨するが、そこにセランがやってきてアンジェラがまたも嬉しそうな声を出しセランに詰め寄る。
そこでエルドランドと共にいた護衛がダリウスと言う名で、前会の武術祭優勝者だと知らされる。
邪魔をされ、無視され続けたコンラートが怒りに任せ叫ぼうとしたその時、エルドランドもやってきてその場を収めた。
注意されたコンラートは頭を冷やしてきます、とエルドランドにもう一度頭を下げたあと、立ち去って行った。
カイルは結局何の用だったんだろうな、と思いつつコンラートの後ろ姿を見送った。
カイルはマイザーと話したかったのだがアンジェラに是非と請われ、エルドランドからも妹を頼むと言われたため、セランと共に全て話すわけにはいかないので、誤魔化しつつも今までの戦いの様子を語った。
アンジェラ自身も武芸の心得があるようで的確な質問をし、セランも含め三人の会話はそれなりに話も盛り上がっていった。
だが次のアンジェラのカイルとセラン、どちらが強いのか? この質問で一変する。
『それは間違いなく自分(俺)です』
間をおかずにカイルとセランが即答した。
その瞬間、空気が変わった。
カイルとセラン共に一触即発……というほどではないが、笑顔のまま物騒な雰囲気を漂わせる。
そして互いに譲らず自分の方が強いと主張し始めた。
そんな二人の変化を、目を丸くして見ていたアンジェラだったが、手を軽く叩き実際に手合せしたらどうかと嬉しそうに提案した。
だがそれを聞いた瞬間、それまで少しずつ上がっていた二人のテンションが急激に下がったかのようになった。
互いに謙遜し謙虚な物言いとなり、先ほどまでとは打って変わって譲り合う。
急激な変化にアンジェラが戸惑い、それを立て直す前にカイルは行動する。
「では名残はつきませんが、そろそろ失礼いたします。あまりマイザー殿下をお待たせするわけにも行きませんので」
後の約束であるマイザーの名を出し、失礼にならないようカイルが席を立った。
カイルが去り、残されたセランとアンジェラだったがじゃあ俺も、と席を離れようとしたセランをアンジェラが慌てて止める。
下から見上げるような小悪魔的とでもいうのだろうか、アンジェラがそんな笑顔をしつつセランにお願い事があると話しかける。
嫌な予感がしつつも断れそうにないなあと顔を引きつらせるセランだった。
◇◇◇
「何をやってるんだ、俺は」
人気のないバルコニー部分に出たところでカイルが大きくため息をつく。
興奮していた体内に、夜気を含んだ空気を大きく吸い込んで落ち着かせる。
「つい熱くなってしまった。セランと強さを競っても何の意味もないのに……」
むしろマイナスにしかならない、これが他の誰かならいくらでも、自分を押し殺してでも受け流すことができるのだが。
過去の嫌な記憶が刺激され、もしあのままエスカレートしたら……そう自戒していると背後から気遣う優しい女性の声がかかる。
様子がおかしいカイルを見て心配して声をかけたのだろう、振り返り返事をしようとしたが相手の顔を見て中断する。
年の頃は二十前後くらいだろうか、カイルとほぼ同じか少し高いくらいの女性にしては長身で、赤を基調としたドレスがよく似合っている。
非常にスタイルが良く小作りの顔がそれを強調している、はっとするような美女と言っていい女性だった。
「何でこんなところにいるんだミナギ?」
かつての仲間で凄腕の暗殺者である彼女に対して、思わずそう口に出すのをおさえるのが精いっぱいだった。
◇◇◇
魔族との戦い、その末期には国家や種族と言った垣根は無くなり――正確には強制的に排除されて――人族は一つとなって魔族に立ち向かはざるをえなかった。
その中にはとても善人とは言えない、むしろ悪人でしかない者も多くいたが、無理にでも協力しなければならなかった。生き延びる為に。
そんな悪人の一人が目の前にいるミナギだ。
カイルとそう変わらない年の女性だが、先祖代々暗殺者の家系で数々の汚れ仕事を専門におこなう生まれながらの裏世界の住人だ。
その受け継がれ磨きぬかれた闇の技術を振るい、人族の戦力となった。
だがそれは世界が滅びる瀬戸際だったからこそで、本来ならこんな表舞台に決してでることはないはずだ。
(それが何やってるんだ? こんなところで?)
ミナギはロナと名乗り、様子のおかしいカイルの事を気遣い始め、飲み物をお持ちしましょうかと心配そうに言う。
(お前の特技は毒の調合だろ! 魔族にも効く毒を作り出せていたじゃないか……)
生命力の強い魔族に通常の毒は効かないが、彼女だけが調合により作り出せていた。
ある程度は毒に耐性があるカイルでも、そんな彼女から飲み物を貰う勇気は無い。
乾いた笑いを浮かべつつ心の中で突っ込み続け、少し疲れはじめたころ今度はマイザーがやってきた。
ミナギは突然現れた皇族に驚いたかのようで、慌てて頭を下げて失礼のないようこの場を辞した。
助かったという思いと、色々聞き出さなければいけないのに逃げられたという思いを入り混じらせながらカイルはその後ろ姿を見送る。
ミナギの事は気になったが、とりあえずの優先順位はマイザーだった。
皇族である彼と余人を交えず会話できる機会などそうあるものではない。
回りくどいのは嫌いと、マイザーがお前は何者で目的は何だ? そうカイルに聞いてきた。
言葉通り余計なことは一切含まない、真正面から斬りつけるようなマイザーの質問だった。
「何者とはどういった意味でしょうか?」
質問の意味が解りかねますと惚けるかいるだったが内心では嬉しがっていた。
(この勘の良さは相変わらず……いやこの頃からと言うべきか)
マイザーには直感と言うか天性の読みと言うべきか、とにかく他の誰にもない先を見通す力を持っており、兄であるエルドランドとは違ったタイプの、人の上に立つ素質を生まれ持っていた。
前の人生でカイルがマイザーと出会ったのは『大侵攻』の、魔族との戦いが激化し人族が劣勢に追い込まれていく最中で戦争と言う混乱の中妙な縁もあり親交を深めた。
互いに敬意に値する部分を見つけた事もあり、少なくともカイルは二人の間に友情があったと今でも思っている。
そしてマイザーは問いかけると同時にカイルを勧誘し始めた
例え何者でも目の届く範囲内にいればそれほど問題じゃないと言っているのだが、カイルは評価してくれるのは嬉しいが他にやる事があるので……とやんわり断る。
「……英雄になりたいのですよ。それも歴史に永遠に名を残すような」
英雄になるのは取りあえずの目標であって、最終目的は世界を救う事だがこれは流石に言えない。
はっきりと言うカイルをマイザーは面白そうに笑うがこれが心からの本気とわかると、笑いが止まる。
少しだけ目を合わせた後、マイザーから視線を外しカイルに背を向け、挫折してそれでも死にぞこなったら雇ってやると言い残し立ち去った。
「……安心しろ、何があろうと英雄になるよ。帝国も滅ぼすつもりは無い。そしてお前も」
見送ったカイルが、その背中を見ながらかつてのマイザーの最期を思い出す。
戦局が悪化し、人族最大勢力であった帝国も滅びようとしたとき、マイザーは亡国の皇帝になるつもりは無いと、皇帝としての矜持から滅びゆく帝国と運命を共にした。
それをただ見る事しかできなかったのは、カイルにとって後悔の一つだった。
「今回こそは必ずな……」
◇◇◇
立ち去ったマイザーはそのままエルドランドと会い、カイルの事を報告する。
よく解らな奴だと言う事が解った、と頼りない報告をされため息をつくエルドランド。
そこで不安要素であるから早めに始末するかと、エルドランドが言うと今度はマイザーが止めに入る。
どうやらマイザーがカイルの事を気に入ったようだとエルドランドは気付くが、私情を挟むなと注意をし、少し様子を見る事となった。
◇◇◇
マイザーと別れた後、カイルはすぐさまミナギを探し急ぎ晩餐会の場を見て回ったが既にその姿は無かった。
ミナギはカイルが知る限り人族最高の実力を持つ暗殺者だ。
それが要人が集まっている晩餐会に身分を偽って潜り込んでいるのだ、嫌な予感しかしない。
難しい顔をして考えているカイルにセランの呑気な声がかかる。
その声はいつも通りで、さっき別れた時の気まずさは既に消えていた。
だがセランの様子が少しおかしい事にカイルが気付く。
嫌な視線を感じると、セランがちらりと周りを見渡しながら顔をしかめる。
だがこの手の感覚はセランの方が鋭く、カイルに解らなくとも何かに気付いているのかもしれなかった。
そしてカイルの脳裏にミナギの事がよぎる。
「……一応俺達は帝国の正式な客だ。それが何かあれば帝国の責任になり面子も潰れる。こっちが何かしない限り滅多な事は起きないと思うが」
そう一応自分を納得させるカイルだった
そしてミナギの事を見なかったか尋ねるが、セランは食べていた手を止め、呆れたようジト目で自分の立場を考えろ、とカイルに言う。
「お前にだけは言われたくないが……そういうのじゃなくて、気になると言うか何と言うか……」
流石に暗殺者だとは言えず、もどかしげに説明するカイルだったが、嫌な予感がし振り向くと笑顔のリーゼがいた。
その笑顔を見てあ、これはまずいとカイルの顔が引きつる。
「いや、誤解だ! 気にはなるが、別の意味で……って引っ張るな!」
最近あまりかまってやれなかったから拗ねてるのかなあと思いつつ、カイルはそのままリーゼに耳を引っ張られ引きずられていった。
リーゼに正座をさせられたカイルは、何故か同じように不機嫌になったウルザと、面白がったシルドニアも加わり、英雄を目指すと言っているくせに心構えがなっていないと夜遅くまで説教をくらう事となった。
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