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強くてニューサーガ 作者:阿部正行

第六章

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第六章ダイジェストその2

 翌朝、ミレーナ王女の元を訪れたカイルを迎えたのはミレーナ王女の護衛である近衛騎士達の敵意を通り越した、殺意混じりの視線だった。
 帝国内の情勢が不安定になったにもかかわらず、帰国も許可されず閉じ込められた形となったジルグス一行にとって、この地は半分近く敵地となってしまいその危険度は日に日に高まっていると言える。
 そんな中帝国側からの使者として、ミレーナ王女を訊ねて来たカイルに対し友好的に接しろというのも無理な話だろう。

 実に緊張感に満ちた室内で、ただ一人だけ平然としているのは、ミレーナ当人だけだ。
 直接会うのは半年ぶりだが、その微笑みを間近で見るためだけにいかなる代償を払う者もいるだろうミレーナのジルグスの至宝と呼ばれている美しさは変わらず健在だったが、今のカイルには何の感慨も与えない。

(何でこんな厄介な役目を俺が……)
 カイルは自分の不運さを嘆くが、嘆いたところで何も変わらないと解っているのでほとんど諦めの境地でいた。

「え~……まず帝国としましてはジルグスとの関係悪化は望んでおらず、今回の件でご迷惑をおかけしておりますが、帝国の事情をご理解いただきたいとのことです」
 カイルは自分の役目を果たすべくミレーナに帝国の、そしてカイル自身の要望である何もしないで大人しくしていてくれ、というかなり都合の良いお願いになる。

 だがこの願いをミレーナはあっさり受け入れることになり、これはカイルからしても意外なことで、ここに来た目的は帝国の意思を告げるよりもミレーナに自重してもらうようにお願いするのが大きかったのだ。
 ジルグス国にとってガルガン帝国は目の上の瘤のようなもので、今回はその帝国の力を削ぐのに絶好の機会だというのに。

 ミレーナは帝国とは現状維持を望んでおり、国元にも決して動かない様に厳命していて戦争は望んでいないと言う。
 勿論色々と思惑あっての事だが、それがジルグスの為だとミレーナがはっきりと約束してくれたのだ。

「そうですか……ありがとうございます」
 懸念が一つ減り安心したのか、カイルは強張っていた身体の力を抜いた。
 ミレーナが堅苦しい話はこれで終わりと告げ、控えていた侍女に命じお茶と菓子の用意をさせ雑談になる。


   ◇◇◇


 この後カイルは旅の出来事を出来る限り面白く話す。
 出歩けず退屈していたとようで、流石に竜王ゼウルスや魔王ルイーザと会った等は喋れないがその他の旅の話に面白い様に一喜一憂するミレーナの様子は、話しているカイルの方が見ていて楽しいくらいだった。

 一通り話が落ち着いた頃、ミレーナが何気ない様子でマイザーのことを聞いてくる。
 マイザーとはすでに立ち消えた話ではあるが婚約者同士でもあったので気になるようだ。

「これも同じですよ。噂通りでもありますし、全く違う点もありますよ。個人的には話していて楽しいですし頼りになる方です」
 マイザーに関しては放蕩皇子としての噂が広まっており評判は悪い。だが個人的にも気に入っているカイルは一応のフォローをいれる。
 王にとって跡継ぎを作るのは最も大事な仕事の一つで、その為にミレーナも結婚を考えなければならない時期に来ており、王配の選別に頭を悩ませているとミレーナは言う。

「それは大変ですね。一国民として良縁を願っております」
 カイルとしては当たりさわりのない返事をするしかないのだが、これにはミレーナの方が意外そうな顔になり、カイルも王配候補なのだから他人事のような顔をしないでほしいとさらりと言った。

「……は?」
 さとんでもない事を言うミレーナに対し、カイルは飲みかけていたカップを持ったまま固まり、間の抜けた返事しかできなかった。

 女王の夫、王配の条件として一番優先されるのは国の、そして女王の利益になる人物だが、その利益にも色々な形がある。
 国内の有力者から選び地盤を固めたり、他国から選び同盟国との関係強化、敵対する国との和解の証とするなど様々だ。

 そして国民への人気取りという側面もあり、国民人気に押され選ばれる場合もある。
 そんな中でも国を救った英雄がお姫様と結婚する、ありふれてはいるが、だからこそ王道で大人気の英雄譚だ。

 つまり竜殺しの名声を得たカイルは、ぎりぎりではあるが王配の条件に入っているのだ。
 そしてミレーナ自身も見ず知らずの相手よりも、自分の命を救ってくれたカイルの方がいいと冗談めかして言う。

「は、はははは……」
 歴史に残るような美姫にこう言われて嬉しくない筈はないのだが、その本性ともいうべき裏の顔を知っており、それにミレーナは知らないだろうが、父親のレモナス王暗殺という負い目もある以上、カイルから引きつった笑みが消えることは無い。

 このあとも雑談は続いたが、カイルは半分以上耳には入らず、誰もが憧れるはずのミレーナの微笑みに微妙な寒気を感じたのは気のせいだと思いたかった。


   ◇◇◇


 カイルが退去しようとしたその時、ミレーナの警護の女近衛騎士の一人から妙な視線を感じる。
 警戒心でもなければ敵意でもない、強いて上げるならば憎悪に近いような視線だ。

 そしてカイルがもっとも引っかかったのはその顔で、どこか見覚えがある。
 近衛騎士を全員を知っているわけではないが、間違いなく初めて会うのだが、どこかで会ったことがあるようなそんな気になるのだ。

 それに気づいたミレーナが人払いをし、迷った末に今の女騎士がフレデリカ・オルディと言い、ゼントスの妹で全てを知っていると告げる。
 ゼントス、その名を聞いたカイルは電流が走ったかのような衝撃を受ける。

 ジルグス国近衛騎士第二隊隊長ゼントス・オルディはカイルが戦い、殺さざるを得なかった。
 その妹で、全てを知っていると言うことは、フレデリカにとって自分が兄の仇であるということだ。
 また一つ心の重しが増えた気分になるカイルだった。


   ◇◇◇


「さて……これからどうするかだな」
 真剣勝負をした後のように疲労している気分だったが休んでもいられないので、マルニコ商会の自分にあてがわれた部屋に戻ってきたカイルは腕を組んで唸っている。
 その前には仲間たちが全員そろっており、カイルのことを見ていた。

 様々な人に会うことができて、各自の思惑はおおよそ解ったがどうやってもメリット、デメリットがあるのだ。

 マイザーに味方し彼が皇帝になった場合、その性格や能力を知っているカイルとしては実にありがたい。
 何よりもカイルの目的である魔族との戦いにおいて、先頭に立って戦える得難い人物だ。

 問題としては皇帝になるのに、放蕩皇子としての今までの評判が足を引っ張ることだ。
 その為にかつての史実では最終的に勝つことはできたが中々支持を得られず、一年に及ぶ泥沼の内戦となった。
 皮肉にもその内戦を鎮めたことにより評価が上がっていったのだが、そこにいたるまでに国力が疲弊して、立て直す前に魔族との戦争が始まってしまったのだ。

 同じことを繰り返すわけにはいかないので、内戦そのものを起こさないか最低でも短期間で終わらせなければならない。
 だがその場合マイザーの評価が低いままというジレンマもある。

 何よりの問題として、この場合コンラートの生存は望めなくなる。
 マイザーが皇帝になった場合、その立場からしてコンラートを生かしておくのは百害あって一利ない。
 母と妹の恩人でもあり、何よりセライアにコンラートを頼むと言われてしまったのだ、カイル個人としても見捨てるのは抵抗がある。

 だがだからといってコンラートに味方した場合も問題がある。
 まだ乗り気でないマイザーが言っていた通り帝位を辞退した場合、どうやらコンラート本人も皇帝になる気があるようなので、内戦そのものが起こらない可能性が高い。

 しかしベネディクスやマイザーが言っていたようにコンラートは皇帝に向いておらず、帝国が弱体化すると言う懸念があり、その場合カイルの最大の目的である大侵攻に、魔族との戦いに備えることができるかどうか不安が残る。

 そしてガルガンだけでなくミレーナ王女の方も無視はできない。
 ミレーナ王女はガルガン帝国に不利益な真似はしないと約束してくれたが、それを鵜呑みにするわけにはいかなかった。

(彼女の動向は最低でも注意を払っておかなければならない、何かをやらかす可能性もあるしな……)

 いっそのことこのままなにもせず、完全に皇帝の判断に従い流れに任せてしまうという消極的案もあるが、それで好転するとは思えない。
 例えマイザーを指名したとしても、内戦の流れは止まらないだろうし、コンラートの死は覆らない。
 それは本来の歴史の流れと言え、帝国の弱体化は免れないだろう。

 そしてその場合は本来いなかったミレーナの身の安全がどうなるかわからない。
 ベアドーラの言っていた通り外敵を作ることにより、無理にでも帝国内をまとめようということになり、ジルグスがその生贄になるかもしれないのだ。
 その場合ミレーナ王女が無事の保証は無い。

「あ~~、何なんだこの状況は!」
 カイルとすれば頭を抱え唸るしかなかった。

 カイルにとってもっとも理想的なのは、やはりマイザーが皇帝になり内戦を事前に防ぐか最低でも早期に終わらす。
 それでいてコンラートの身の安全も保障され、ミレーナ王女は無事ジルグスに帰国し、ガルガンとは友好的な関係を結ぶ……

「……全部に味方してうまく調整していくしかないか?」
 頭を乱暴に掻きながら結局その結論に行きつく。要するに八方美人で行くと言う事だ。

「もし危なくなったら裏切ればいいだけだしな。最低限でも身は守れる」
 最も優先すべき自分と、仲間の身の安全の為ならいたしかたないことだ。

 カイルの呟き呆れるミナギだが、リーゼ達は流石に慣れたようで平然としたものだった。
 このあと、カイルは仲間たちに色々と指示をしたあと、行動に移った。


   ◇◇◇


 翌日、まずカイルはマイザーに会いに行った。
 マイザーに皇帝になってほしいカイルだが当人に皇帝になる気が無いのでは意味がないので、まだ迷いのあるマイザーを焚き付ける為だ。

 カイルがマイザーと――厳密には現在のマイザーとは違うが――初めて会ったのは魔族との戦争の真っただ中だ。
 カイルは一介の魔法剣士で、マイザーは帝国を率いる皇帝、戦乱の混乱の中でもなければ逢いまみえることは無かっただろう。
 その指揮ぶりやカリスマ性などに興味を持った……早い話がカイルはマイザーのことを気に入ったのだ。
 波長が合うとでもいうのか、それはマイザーも同じなようで、その出会いは地獄の様な戦乱の中であった数少ない良かったことだ。
 だが戦乱の中、その邂逅もほんの数回で終わってしまった。

(それがまたこうして会える時が、それも一応はゆっくりと話しが出来る時が来るとはな……)
 妙な気分になりながらもカイルは部屋の扉をノックすると、前と同じように気軽に挨拶をして迎え入れるマイザー。

 回りくどい言い方をマイザーは好まない、こういった場合は単刀直入に行くべきだとカイルは本題を真正面から切りだす。

「私はマイザー殿下が皇帝に向いていると思います」
 カイルの言葉に少し面食らったかのようなマイザーは何とも言えない顔でカイルを見て、何故皇帝になれと言うんだと問う。
 マイザーの問いは先ほどまでと声の質が違い、この返答を間違えれば流れが変わる、それがカイルには直感で解った。
 だが考えている時間は無い、カイルも思ったまま答える。

「……全部です、マイザー殿下の為でもあれば、帝国の為でもあります。そして私も望んでいます……その為でしたら協力は惜しみません」
 皇帝になる為ならば力を貸す、カイルははっきりそう言った。

 マイザーは全ては親父次第で、親父の判断に任せると、まだ断言はしないが、少なくとも心境が少し変化した手応えは感じられた。
 そして元々の歴史でもベネディクスはマイザーを後継にと指名したのだ、今回もそうなる可能性は高い。

 そして問題はコンラートの動向で、どうもらしくないと訝しがるマイザー。

「話し合いで何とかならないのですか?」
 内戦は避けたい、そして身勝手かもしれないが今のカイルはコンラートを助けたいのだ。

 だがコンラートはともかくその派閥を大事にし、斬り捨てることが出来ないコンラートとは兄弟の話し合いは無理だと言うマイザー。
 そんなマイザーにカイルはコンラートと会えるかもしれないと打ち明ける。

「何か伝えるべきことはありますか?」
 そこでマイザーは書状を用意し、アンジェラを連れて行ってくれと頼む。
 アンジェラがいればコンラートも無茶はしないだろうし、話し合いにも応じるからだ。

 これで少し筋道が見えたとほっとしたマイザーは、旅をして見識が広いカイルにいろいろと他の国の様子などを聞かせてほしいと頼み、雑談に入る。
 同じ雑談でも昨日のミレーナ王女の妙に緊張感に満ちた会話と違いリラックスできた、芝居ではなく本当に楽しめるものだった。


   ◇◇◇


 カイルがマイザーに会っているころ、セランは帝都の大通りを堂々と歩いており、これは敵の誘い、簡単に言えば自分を餌にした釣りだった。

「まず明確な敵としては解っているのは、エルドランドを暗殺、そしてアンジェラを襲った奴だ。これが同一犯かどうかは解らないが……できればこの背景を突き止めたい」
 こう言ったのはカイルで、その役目をセランに頼んだのだ。

 期待しているのは、セランの正体が解った上で襲ってくる奴らだ。
 もし襲ってくるとするならばそれは明確な敵で、アンジェラの暗殺未遂やエルドランドを暗殺した者の繋がっている可能性がある。
 ミナギに援護してもらいながらセランは街中を練り歩いていった。


   ◇◇◇


 しかしその日は何もなく、夜の報告で暇でしょうがなかったと愚痴るセラン。
 だがミナギが言うには妙な気配があり、見張られているようだとも言う。
 ならば、ともっと解りやすい隙を見せ誘おうとするセラン。

「おい、一応は気をつけろよ」
 カイルの心配にセランは大丈夫だと手を振って軽く答えるだけだ。

 ミレーナ王女の所に行っていたリーゼとウルザも何もなかったと報告する。
 彼女たちの役目はミレーナの監視……という大層なものではないが、リーゼやウルザが側にいる事によりミレーナ王女が何かを企んでいるとしたら自重するのではないかと期待してだ。
 おそらくこちらの意図はミレーナ王女も解っていて、それでいて何食わぬ顔で訪問を受け入れているのだろう。掌の上という気分もするがそれでも何もしないよりはいいからだ。


   ◇◇◇


 翌日もカイルは相変わらずマイザーの元に向かい、リーゼとウルザもミレーナ王女と表面上は楽しいお茶会を過ごしている。
 一人面白くないのはセランで、その日も何もなくただ歩くだけで終わってしまったのだ。このままではただ帝都内を歩く散歩にしかならないと、思い切った行動に出ることにする。
 話を聞かされたミナギは最初は渋ったが、押し切られる形となり準備をすることになった。

 それはセランが公衆浴場に入り、完全に丸腰になる事で敵を誘い出すというものだ。
 事前に地図で調べていた、時間的にも立地的にも状況的にも襲ってくるとしたら今しかない最高の時と場所だとミナギも太鼓判を押している場所で、セランはそこで敵を待った。
 これでこなければ釣りを中止にしようと思っていたくらいだが、敵は釣れた。

 犬歯を剥き出しにするような凄みのある笑みを浮かべ、湯船から出たセランの手には、剣がある。
 これは打ち合わせておいたミナギが予め忍び込み湯の中に沈めておいたものだ。

 セランは改めて相手の姿を見る。
 数は二人で、どちらも前身を動きを阻害しない革製の服と、顔も布のようなもので覆っており、ただ眼だけがこちらに向いている。
 セランに近い一人は両手に一つずつ短剣が握っており、少し距離をとっているのは投擲用と思しき小型ナイフだ。

 まず動いたのはセランだった。
 足元は濡れた石の床で滑りやすく、湯煙で視界が遮られているという戦いには不向きな場所だがセランにとっては問題にはならない。
 ひと呼吸で自分の剣の間合いまで詰め、近い方にいた襲撃者に斬りかかる。
 一撃目はフェイント、人間が反応出来るギリギリの速さでの顔を目がけた斬撃のあと、間髪入れず足への攻撃に切り替える。

 とりあえず足の一本でも落として逃げられなくするかと、この一撃で片付くと確信を込めて足へと斬りつけた。

 だがまるでセランの斬撃を予期していたかのようにあっさりと回避したのだ。
 同時に離れていたもう一人が投げナイフを放ち、セランはそれこそ人間離れした反射神経でギリギリで躱すがそこに追撃の短剣の攻撃がくる。
 室内ということで扱いやすい短剣だったのだろうが、もしこれが長剣だったら身体に届いていたかもしれない、それほどの紙一重の回避だった。
 だがそれで終わらず、二人の短剣と投げナイフが襲い掛かって来る。

 セランが体勢を立て直すまでほとんど一呼吸の間だが、その間に数十もの攻撃をうけたのだ。
 襲撃者二人は絶妙のコンビネーションで責め立ててくる。

 何とか距離を取った一息ついたセランの顔が曇る、この場での不利をさとったのだ。

 セランは自分に勝てる人族など例外を除いてほとんどいない、これは自惚れではなく確固たる事実として認識している。
 ただ相手の戦力を単純な足し算で計算してしまったのが、致命的なミスだ。
 助けが来ることもない、ミナギには自分が叩きのめしたら合図を送るのでそれから来てくれと自信満々に言ってあるのだ。
 戦いの基本である相手の実力を見極めるのに失敗したセランが鋭く舌打ちをする。

 ここでセランはあっさり退く決断をする、この決断の速さもセランの強みの一つだ。

 セランがとった逃走手段は出入り口からの脱出、ではなく石壁を斬り裂き出口を作り出すというものだ。
 この逃走方法は流石に予想していなかったようで、襲撃者二人の虚をついたセランは逃走に成功する。
 問題があるとすれば湯に入ろうとしていたセランはかろうじて腰には布を巻いているがほぼ全裸ということだ。
 大通りへと飛び出したセランは当然ながら注目が集まるが、事態を理解される前にそのまま走り出す。

 そして打ち合わせ通り路地裏に控えてるであろうミナギを大声で呼んだが、その姿を見て手に負えないと他人のふりをすることにしたのだ。
 そして、悲鳴をあげた通行人にそれに気づいた巡回している衛兵等々が集まり始めており、けっきょくそのまま裸で逃走することになるセランだった。


   ◇◇◇


 翌日カイル達とアンジェラは帝都の城壁の外にあるスラム街にいた。
 セライアから連絡があり、現在ここにコンラートが隠れていると解りここで会うことになったのだ。
 スラム街の家並びの中に溶け込んだ、特徴のない家が指定された場所だった。

 裏口の戸を叩くといかにも陰気そうな男が現れ、そこで教えられていた合言葉と、半分に割られた絵札を使った符丁を使ってようやく中にいれてもらえた。
 中は外のボロ家からは想像もできないくらい整っており、何重にもなった扉や、入り組んだ廊下など襲撃に備えて作られた館だ。
 おそらく隣や前後の家も地下で繋がっていて、脱出用の隠し通路もあるだろうというのがミナギの見立てだ。

 そのまま奥待った部屋へと案内され、そこでようやく帝国の第一皇子となってしまったコンラートと会うことが出来た。

 そのコンラートだがカイルにはかつて会った時よりも顔色も悪く頬がこけて少しやせたようにも見え、生気が衰えているようにも見える。
 だがその眼光はかつてよりも鋭さを増しているようにも見えた。

(雰囲気が変わったな。追い詰められているのか、覚悟を決めたのか……)
 厳しい目でカイル達を見るコンラートだが、アンジェラを見て流石に表情が緩み兄妹は再会を互いに喜び合うがそれも束の間、瞬時に厳しい顔に戻る。

「……マイザー殿下から書状を預かっております」
 カイルが取り出した書状にコンラートは反射的に手を伸ばしかけたひっこめ、それを受け取るべきか悩んだようが、背を向け拒否する。

 マイザーは信用できず話し合いの余地は無いと言うらしくないコンラートにアンジェラの方が驚く。
 そしてマイザーよりも自分の方が皇帝に相応しいと断言もする。
 更にそこにダルゴフ将軍が現れコンラートに全面的に協力すると言い、他にも味方はいるとも言った。

「お聞きしたいのですが、その味方とはコロデス宰相のことですか?」
 ここでカイルが口を挟むがコンラートは返事をせず、その沈黙が答えを語っていた
 口を挟むなとダルゴフがカイルに怒鳴りつける、歴戦の軍人らしい迫力だがカイルからしてみればここで退く訳にはいかない

「まずマイザー殿下には争う姿勢はありません。それはコンラート殿下もお分かりのはず。だと言うのにこうまでされている理由……はっきり言いましょう、お二人はベネディクス陛下が指名するのはマイザー殿下だと思っているのでしょう? だから退く訳にはいかず、陛下に変心してもらうために動いておられる」
 これにはコンラートも言葉に詰まり、ダルゴフもまた怒りをにじませた顔でカイルを睨みつけるが反論はなかった。
 息子であるコンラートと長年仕えているダルゴフだ、ベネディクスとマイザーのその本質が似ている事に気付いているのだ。
 これはベネディクスに近い者ほど共通の認識だろう。

「それでも陛下に全てを委ねてを委ねるという選択肢はないのでしょうか? 例え何をしようと皇帝陛下の勅命で全ては覆ります。もし後継にマイザー殿下を指名した場合、貴方は謀反人になってしまいます!」
 謀反人の言葉がでたとき、コンラートもダルゴフもカイルが思った以上に狼狽した。頭では解っていたのだろうが実際にそうなった時を想像したのだろう。
 更にアンジェラも叫びにも似た訴えをすると、コンラートも流石に堪えたようで俯いてしまう。

「お願いします! 内戦は、内戦だけは避けたいのです!」
 ここが分岐点だろう、この場での説得が内戦を避ける最後の機会だ。
 カイル一人では無理だったろうが、アンジェラのおかげでコンラートの心に響かせることはできた。

 祈るような気持ちでカイルは待ち、長い逡巡のあとコンラートが重い口を開こうとしたその時、それまで珍しく静かだったセランが弾かれるよう振り向き腰の剣に手をかける。
 囲まれたようだという、セランの緊迫した声にざわりと室内に緊張が走り、そしてその正しさを証明するかのように、かすかだが喧騒らしき音が聞こえてくる。

 戸惑うカイル達をよそに、コンラートとダルゴフが壁際により壁の一部を叩くと音を立てながら隠し扉が開く。
 緊急用の脱出路だろう、思わずそちらに一歩踏み出したカイルだがダルゴフによって止められ、その意味を悟りカイルが慌てて弁明する。

「誤解です! これは私達には関係ありません!」
 カイルの必死の訴えるが、客観的に見れば怪しいのはどう考えてもカイル達だ、例えこれが何かの罠だとしても。
 コンラートが最後に妹にどこか悲し気に忠告した後、重々しい音と共に閉まる扉を見てカイルが歯ぎしりをし、怒りに任せて壁を殴りつけた。

「最悪だ……」
 自分がマイザーの書状を持ってきたのは事実だし使者として扱われるだろう。
 これでは例えコンラートがどう思おうとも何を言おうとも、周りが納得せずこの襲撃がマイザーの指示だと思う者がでる、また襲われるのではと思われてしまう。
 これでマイザーとコンラートの話し合いの道は断たれてしまったのだ。


   ◇◇◇


 何とか脱出したカイルが事の顛末を報告すると苦い顔になり天を見上げるマイザー。
 これでコンラート側に戦う大義名分を与えてしまったことになり、申し訳なさでいっぱいになるカイル。
 そこに新たな凶報が伝えられる。

 入ってきたベアドーラが、ベネディクスが後継を決めないまま昏睡状態になったと報告する。
 現状においてこのうえない最悪の知らせと言える。これでコンラートを止められる人物がいなくなったのだ。

 コンラートはもう自分を生かしておけないと解ったマイザーが覚悟を決めた顔になる。
 生き延びるためにも皇帝になるとはっきりと決意するマイザー。
 これからは時間が勝負だと、マイザーが睨み付けるかのように北を、コンラートがいるであろう方向を見た。


   ◇◇◇


 北部にある自らの領地に戻った、コンラートが挙兵したとの帝国中に知らされたのは二日後のことだった。
 挙兵の名目としては、病状の思わしくない皇帝を不当に軟禁して、帝都を封鎖している逆賊のマイザーを討ち、ベネディクスと皇太孫であるノルドを助け、帝都を解放するためというものだ。
 これにはダルゴフ将軍が配下の常備軍を率いて合流しており、他にも賛同した者達が続々と集結しているとの事で、その兵数は瞬く間に五万近くにまで膨れ上がっているとのことだ。

 マイザーはこれに対し全て事実無根で、コンラート及びダルゴフをベネディクス皇帝に逆らう逆賊と断定した。
 逆賊であるコンラートを討つべしとこちらも帝国内に檄文を回した。

 こうしてガルガン帝国は内戦状態になった。
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