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第1話　聖王国

　スーラ聖王国、この世界唯一の宗教国家。
　国家と言ってもその国土は一つの都市分しかなく都市国家のレベルだが、この国は人族にとっては特別で、人族領の中でもっとも神聖とされている場所だ。

「の割には見た目は普通の都市国家……いや、街だな。とても世界創世の地には見えねえ」
　聖王国を遠目に見ながらそんな感想を漏らすのはセランだ。

「あんまり大きな声でそういう事を言うな」
　カイルが周りを気遣って小声で注意をするが、セランは肩をすくめるだけだ。

　今カイル達一行がいるのは聖王国に繋がる街道で、周りを歩いているのはそのほとんどが聖王国を目指す巡礼者だ。
　自分達が神聖視している場所をぞんざいに言われれば当然不快だろう。

　とは言え確かにセランの言う通り少なくとも遠目には目立つ所の無い都市で、ただ一つ目を引くのは中心に塔が見える点だ。
　それは鋭角的で、ところどころ角のような物が生えてもいる芸術的ともとれる変わった塔だ。

「あれが有名な『始まりの塔』ね……」
　世界創世の神話に関わる塔の名をミナギは呟いた。

　創世の神話によるとこの世界は初め、完全な無で何もなかったのだが、どこからか神々がやってきてまず自分たちが住まうあの塔を造ったというのだ。
　そこから神々は大地を作り、空を広げ、太陽や月や星々を生み出し、そしてこの世に住まう人間や亜人をはじめとする動植物も誕生させ、最後に魔族を創造し……今ある世界の全てを作ったと言うのだ。
　世界を作り上げ役目を終えた神々は塔から天に昇った……本来はもっと長く細部に亘るのだがこれが世界創世神話の大まかなあらすじだ。

　この為、始まりの塔のあるこの地は全ての神を信仰する者にとって聖地となっており、熱心な信徒は生涯に一度は巡礼をするというのを目標にしている。
　現に周りの巡礼者は人間だけではなく数は少ないがエルフやドワーフと言った亜人も見かけ、そして首から下げている聖印も大地母神カイリスや商売の神マラナイ、鍛冶の神レガネ等様々だ。

「でもよ、天に昇ったと言う割には低い塔じゃないか？」
　またも不敬ととられかねない感想を漏らすセランだが、実際始まりの塔はそれほど高い建物ではなく、主要都市にある城や大神殿等の方が高いだろう。

「何でも聖王国ではあの塔より高い建物は建ててはいけないらしい。その為か城壁も建てられないそうだ」
　巡礼者の為に始まりの塔を見やすくする為もあるのだろうな、とカイルが言うと、セランは少し呆れの籠った感想を言う。

「城壁なしか、聞いた話じゃ聖王家は軍どころか警備する兵もいないんだろ？　……物騒だが、聖王国を攻める者などいないんだろうなあ」
　この時代城壁がない都市と言うのは危険なのだが、聖王国はその神聖さから絶対不可侵とされており、人族の全統一を掲げているガルガン帝国ですらも直接の手を出さず敬意をもって対応しているくらいだ。
　何故か意思を持たない魔獣でさえも近づきもせず、これも神々の威光と言われ、人族領で最も安全な場所として知られている。

（まあそれは幻想だがな……すがったところで救いは無かった）
　カイルが心の中で愚痴たあと、軽く首を横に振る。
　かつての、現状ではこれから起こるであろう魔族の総攻撃『大侵攻』では、直接見た訳ではないがこの聖王国も容赦なく襲われたと聞いている。
　どういった状況になったかは知らないが、城壁も無く兵もいないとなればその惨状は想像できる。

（神に救いを求めても応えてくれる訳じゃないんだよな……）
　カイルも一応は女神カイリスを信仰しているが、それは両親がそうだからで決して熱心な信徒ではなく、それどころか少なくともこの二度目の人生では神に祈った事は無い。
　祈っても無駄だとは言わないが、祈ってる暇があるなら剣を一回でも振って強くなったほうが良い、そう考えているからだ。

「ふむ、変わっとらんな、あの塔は……ザーレスの時代から多くのものが変わったというのに……おそらく千年先も、二千年先も変わらぬのであろうな」
　始まりの塔を見ながらとりとめの無い事を考えてしまったカイルを現実に引き戻したのは、何やら感慨深い声をだしたシルドニアだ。
　千年以上昔の人間が、人族が最も栄えた魔法王国ザーレスが支配していた時代、その最盛期に魔法王として君臨していたシルドニアだ、とうぜんあの塔についても知っているようだ。

「有史以来あの地は聖地であった。あの『始まりの塔』だけはザーレスの優れた技術、魔法文明でも解析は出来ず神の奇跡として認めざるを得なかった。だからこそあれは人が手を出すべきものではないと、ザーレスの時代でも不可侵とした……人族が、いや世界があり続ける限りあの地が聖域であるのは変わらんじゃろうな」
「何か壮大なことを言ってるな……」
　世界の終焉まで口にしたシルドニアだが、重々しく語るその口調に、僅かだが微妙な空虚さも滲まさせているとカイルには感じられた。
　気になったカイルだがそれを訊く前に今度はウルザが気になる声を出す。

「そして、メーラ教の神殿があるのもこの国だけか」
　そう呟くように言うウルザは心なしか強張った顔つきだ。
　聖王国のもう一つの特徴としては、全ての信仰が認められている点があり、その中には他の国では邪教として扱われているようなものもある。
　そして当然人間のみを愛し他の人族を排斥しようとしているメーラ教も認められており、信徒が集う神殿も存在するのだ。
　だがそういった意味ではメーラ教はまだましな方で、中には魔族を守護している名も知れない闇の神さえも信仰が認められている。
　ただ流石に信者はいないようで、片隅に小さな祠がある程度らしいが。
　しかしウルザからしてみればエルフである自分に危害を加えかねないメーラ教が認められている場所だ、緊張もするのだろう。

「大丈夫だ。信仰が認められているだけであって、犯罪行為が許されるわけではない。むしろ聖地でそんな真似をする奴はいない。あそこはそういった規律には厳しいからな」
「そうか……ならば私もムーナ様の神殿を参拝しよう」
　カイルの説明を聞き少し安心したようで、ウルザは精霊と月の神で、エルフの守護神でもある女神の名を出す。
　ウルザも敬虔な信徒であり、この聖地に来るのはそれなりに嬉しくあったようだ。

「でも何でレイラさんはここに来いなんて言ったんだろう」
　ここでリーゼが不安そうな声を出す。
　カイル達にこの聖王国に来いと言ったのはセランの養母にしてカイルの剣の師でもあるレイラだ。

　レイラがメーラ教に関わっており、カイル達と敵対するかもしれないと聞いた時は何の冗談かと思った。
　だがそれが真実だと解り、リーゼにとっても家族同然でもあるレイラが何を思って呼び出したのか、その意図が解らないのだ。

「それについては……本人に訊こうじゃないか」
「ああ、そうだな……」
　カイルが聖王国の方を見ながら一段低くした声を出すと、それに呼応するかのようにセランも眼つきを鋭くする。
　眼の良い二人には、遠距離でも聖王国の入り口付近でこちらを待っているかのように立っている人影が見えるのだ。
　それは間違いなく、カイル達の良く知っているレイラだ。

「いきなりお出迎えとは……まあこそこそするタイプじゃないしな、おふくろらしい」
　不敵な笑みを浮かべるのはセラン。

「ど、どうするの？」
　まさかこうも早く会うとは思っていなかったようで、心構えが出来ていないリーゼがカイルの袖を引っ張り訊いてくる。

「どうするも何も……このまま行くしかないだろ」
　こちらが気付いたということは、当然レイラの方も気付いているはずで、今更身を隠したりしても無駄だ。

「そういうことだ、退く訳にはいかねえよな」
　背を向けてたまるかとばかりにセランは歩みを早めると、リーゼも覚悟を決めたのかそれにつて行き他の皆もそれに続く。

「今回も波乱が多そうだな……しかしまたこの国に来ることになるとはな」
　最後尾についたカイルは天を仰ぎたい気分になるが、気を引き締め前を、聖王国の『始まりの塔』を見据えて歩き始めた。

七章第一話です。

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