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百六箇抄の後加文について

 投稿者:メモリ  投稿日:2012年 8月26日(日)22時51分7秒
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  百六箇抄の後加文について考えてみよう。何も心配はいらない、ありのままに見てみていけばよいだけである。

百六箇抄の後加文は、詳細は略すが合計で4つの部分から成り、最初の2つの部分には各々、文末に「日蓮在御判」と偽のサインが年月日付きでなされている。また3つ目の部分の文末には日興、4つ目の文末には日尊の名前が見える。日亨上人が「ヨタ」であり愚弄するもはなはだしいと言われた内容はその最初の1つ目の部分にあるから、これを偽造だとすのであるから、その後の部分も全てが偽作ということになる。

日亨上人は、この後加文について、富士宗学要集(1-25)に「後加と見ゆる文の中に義において支吾(しご)なき所には一線を引き、疑義ある所には二線を引いて読者の注意を促す便とせり。」と注意書きしているように、内容によって、それほどおかしくないところは一線を、おかしい所には2重線を入れられた。読者の注意を促すのためだと。その結果、その6頁にわたる1~4つ目の後加文の
の大半の部分に二線が引かれている。わずかに残った所々の一線部の文を集めてみても10余行が残るだけである。

次に富士日興上人詳伝のよって、学会内には早くから相伝書が落書きされているというような杜撰さが広く知られることになった。
では、そのような偽書であるかもしれないものを、学会員は、真蹟かどうかなどとビクビクして拝していたのだろうか。
ここは重要な視点である。誤魔化したいわけではなく力不足のために簡単に論述することはできない。
もし、ぐるぐるの渦巻き眼鏡をしたような学者ぶった人が、文献学上の真書であることを頼りに、細々と信仰していかなければいけないかのように想像するのであれば、それは机上というより単に視野の狭い思いつきである。
大聖人の真蹟であり、文証として歴史的正当性を踏んでいることは重要であるには違いない。しかしである。
むしろ、真蹟かどうかだけの視点しかないような者に振り回されるほうが、信仰者には納得できないことだっただろう。
正確に表現すれば、実際には、非常に鷹揚であったのだ。

日亨上人は学会の要請を受けて、御書全集を編纂された。昭和27年のことであるから富士日興上人詳伝の連載中のときにあたる。
編纂責任は日亨上人にあるとはいえ、連日、学会青年部が校正作業等に詰めていたのであるから、内容について知らないはずもない。
この学会から出版された御書には、上記の百六箇抄の後加文のうち、富士宗学要集で一線部の部分をよせ集めて、まるで一つの文章のようにして掲載されている。それについて特に説明は何も無く、傍線すらも無くしているから、御書の他の部分と特に違いがあるとはわからない。本分より字が小さくなっている点に違いは認められるが、そこから大聖人のものではないと類推できる人はいない。
日亨上人は、この大聖人の文章ではないものを説明無しにそのまま掲載することにしたのだ。
御書全集の百六箇抄とは遠く離れた序文には、なるほど、「真偽未決の問題となるものも信行に資するものは之を取る」との編纂方針が記載されてはいる。つまり真偽ではなく、内容から「信仰に使えるものは掲載した」ということである。反対に真蹟であっても内容的に今日的にそぐわないものは外したともある。日亨上人が内容で判断したのだと。
日亨上人は59世の法主だったので、法主という一宗の統括を経た責任があるので、信仰に資するかどうかは法主の裁量で決めても誰も意義はなかったかもしれない。強いて言えば何の説明もないことぐらいであるが、誰も意義を唱えないことをくどくど説明する必要も感じられなかったのだろう。内容的にというより伝わってきた歴史経過的に微妙なのであるから、誰が編纂してもどこかで一一線を付けて区切らなければならないことはわかっている問題について、周囲もやはり鷹揚だったということになる。でなければ日亨上人であろうとも宗学要集のように説明が必要でなければならず、それを除外したのは、普通に考えれば、信仰に使っていく書には詳しい説明書きが不要であるからに違いない。
そう思うのが普通だと私には思えるが、余裕のある見方をすれば、あるいは積極的に大聖人の言葉として拝するのではなく、特に内容的におかしくないと思われたから単に削除するのを避けただけかもしれない。参考として掲載しただけで文字が少し小さいのだからわかるだろうとか。おかしいと思う人が多ければ第二版で修正すればよいと思われていたかもしれない。推測ならいくらでも出来るので、それ以上の真意は推測を超えて断定できる範囲ではない。
いずれにしろ、御書として後加文の掲載を決定して信徒に拝させることにしただから、その判断の責任は日亨上人にあると言える。

この方針が学会ではどう受けとられていたのであろうか。取り立てて神経質になったという話は聞いたことがない。
学会を批判する声は多くあったが、教義の中に深く立ち入るほど正当性のあるものは皆無に近く、または会員には届かなかった。
または知っていても百六箇抄の矛盾点など取るに足りないものでしかなかったであろうことは想像に難くない。
こう言うと、簡単に「結局は文証などどうでもよくて、盲信なのか」と誤解されてしまうが、それは本当に誤解である。
安易に誤解をする人には、きっと世界の他の宗教を信仰をする人達も、文献を知らない「単に無知な人々」と映るのかもしれない。
知らないわけでもなく、盲信でもない、それでも現実社会の中で混みいった事情の中から何かを選択していかなければならない、という事情が考えられないのかもしれない。

学会では昭和52年の池田会長(当時)の百六箇抄講義において、簡単にではあるが明瞭に述べられている。
まず、この後加文について歴代法主の指南であると説明されている。
本抄には、歴代の法主上人が『百六箇抄』を拝読されたおり、一種の「覚え書き」として挿入、付加された部分が織り込まれております。歴代の法主上人が、日蓮大聖人の血脈を受けられ、大聖人の口伝を一点のくもりもなく後代に伝える意味もあって、『百六箇抄』の行間、本抄の前後、各項目の註釈等として書き込まれたものであります。故に、この部分も、私たちが大聖人の口伝を体得するうえにおいて、不可欠の記述といえましょう。この講義にあたっても、百六箇抄の口伝はもとより、代々の法主上人が記述された箇所も、すべて日蓮大聖人の金口として拝していきたいと考えております』と。

学会の特徴の一つには、学術論文のような文章で信徒に説明はしないことである。一つのことを言うのに付帯事項をいくつも付けて、根拠となる仮定などをぶらさげて、論の防御を固めて話すようなことはしない。世間でも勇気の無い防御に徹底した話し方は敬遠される。人と話すのにそのような冗長な説明をつけるのは臆病なのである。端的に誰にもわかりやすい表現でなければ結局何も伝えられずに意味が無い。この点がわからないと学会のことなど考えても永遠にわからないと言える。
講義書の中でも、この後加文がどういうものか要望寺や保田妙本時やら説明を並べていろいろ説明することなど全て省略である。
歴代法主の覚え書きという言い方には、精度的に正確には事実にそぐわないかもしれないが、要は御書に載せてあるのだし、大石寺の法主が認めたこと、大石寺の歴史でも経年的に大聖人の相伝と思われてきた経緯があること、なのにそれが大聖人ではないからといって話を含めるとややこしい限りである。なので歴代法主の御指南として、大聖人の言葉として拝していきたいと宣言されている。
結論だけが端的に述べられていてわかりやすい。

また見落としがちであるが、ここで会員に向かって、きちんと説明のことわりを入れていることが重要である。
『日蓮大聖人の金口として拝していきたいと考えております』と。一切の説明無しに騙しているのではなく、詳細な説明を表略はしたが、このように拝していきたいと、結論に同意を求めているのである。池田会長がである。和合僧内の見解が重視されている。

ここで重要な事は、宣言しているのは池田会長であり、日亨上人は大聖人の言葉として拝すべきとは明言されていない点である。
相伝を偽作であるとした日亨上人は、法主の覚書き=大聖人の金口と拝すべきとは言われていない。
もちろん、当時のことであるから宗門の意図を鑑みてのことであろうし、法主の面子を尊重はした内容である点、信徒団体にあるべき問題のある表現ではない。なにせもともと御書に納めたのは日亨上人なのである。かっては大聖人の相伝としてきた。
しかし提示する僧侶側が無理を述べたとしても、受け取る信仰者側が実際に内容を知っていたのであれば責任がないということはない。学会は教義解釈については間違っていようと完全に日蓮正宗の従の立場にあったが、それは当時の社会の仕組みがそうであったからで、僧侶側の面子を尊重することが日本の常識であった。しかし本質的な意味では信仰についての全責任は当初から学会側が担っていたのが実態であり、歴史的経緯を尊重して、地涌の菩薩という責任を担う立場から僧侶社会に教義解釈権を付与してきたと言える。

つまりこの後加文が学会で大聖人の言葉あるいは拝すべき内容とした根拠は、日亨上人と池田名誉会長の判断によるものと言える。
地涌の菩薩として責任を感じるのであれば、そのような選択があっても何も不思議ではない。

ここで非信仰者からは多くの疑問を受けることになるのではないかと思われる。
なぜそのようなことができるのか。何でもありなのか。そうではない。
仮に法主であろうと、学会の会長であろうと、自身の思いつきで好きな言葉を御書に入れて、周囲から受け入れられるはずがない。
それはありえない。では何が違うのか。

まず、当該部分の経緯が相伝書として、大聖人の言葉として伝えられてきたことが重要な視点である。結局それは正しくはなかったとしてもその経緯が大切なのである。現代の誰かの個人的な意図に振り回されているのではないこと。往古には個人的な理由で付加したのかもしれないが、どのような文化も経年の中で独自の意味を持つように、同書も意味が後付けされて信仰に寄与していきたこと。多くの歴史的経過の中で真実が失われてしまっているし、正確に言うと、歴史の中で真実が立証できることのほうが少なく、その中で、何も正確なことは言えませんと手放しになるのではなく、真実の意図を手繰り寄せ、空白部分を手で繋げる作業、つまり現代的解釈が必要になってくるのは、現実の社会の中で必然の行為なのである。それ無しに何か成りたつようなものはないだろう。

次に当然その内容が微妙な点である。偽書かどうか、内容的にもおかしいかどうか、現実の世界では二者択一を迫られるので、どうしても判断しなければならないときはある。そのような微妙な判断のときには、元の真偽そのものよりも、独自に進化し淘汰されてきたなかで見直されて意味を持ってきたもののほうが根拠となりうることがある。

さらに、日亨上人が要集や詳伝で公開し、池田会長が講義集で「拝していきたいと考えております」と、決めた事を宣言していることである。和合僧の合意があること、これも不可欠であろう。

結局、歴史的経過と和合層の合意が重要である。微妙な問題はその視点が大切である。
たとえば宗門第一尊厳の化儀と言われた御本尊書写も、化儀であり、歴史的変遷を前提としているのだから当てはまると思われる。

このような視点からでも決断をくだせるのは、和合僧そのものが地涌の菩薩の立場を理解しているからである。
信仰の主体者の自覚がなければ、真蹟でないと聞いたとたんに疑って退転していくか、自分を誤魔化していくしかないと思われる。
非信仰者にはこの点が理解しにくいものと思われるが、舌足らずにもかかわらず言えば、信仰者とは杓子定規に自分が規定に当てはまっているかどうかを見定めていくことが本意なのではなく、本質的なことが何であるのかを見定めていこうとしていることに気付いてほしい。

この池田会長の講義のこの部分を拝した人たちはどう思っただろうか。
後加文の経緯を知っていて、これは嘘だと悩む人がいただろうか。聞いた事が無い。
一線部、二線部を知って堀上人を恨む人がいただろうか。それも聞いたこともないがまさかいないだろう。
当時からそうである。
目の前には、学会の信仰がどれほど力を持っているかを知り、それを教えようと昼夜尽力されている池田会長がい続けた。
その池田名誉会長が指し示す法主という対象を尊敬しているから、何でもなかっただろう。実はその法主は幻影で、指し示している人間の行動のなかにしか真実がなかったのであるが。

ところで、この百六箇抄の後加文の中にも、「末弟等異論無く尽未来際に至るまで予が存日の如く日興嫡嫡付法の上人を以て惣貫首と仰ぐ可き者なり」の文が見える。ずっと法主を尊重せよとの意味だ。これも後加文の1つ目の部分でこの文章のあとに、例の、大聖人が敵である平頼綱から多額のお金を寄進してもらったので逆らうのを止めて身延に隠棲したとの文章があるのであるから、この「末弟等異論無く…」の文章の信用度もわかるというものだ
日亨上人はこの後加文のヨタと呼んだ部分は抜いたが、特におかしくはないとしてここの部分を御書に掲載している。
このような経緯から見れば、今日的に見れば、やはりおかしかったものとして修正・削除しても所為としてはおかしくなない。
もともと微妙な判断であって、少し強引にことわってきたのである。それをこだわって金科玉条のように何かの根拠とするのは作為しか感じられない。
あるいは削除することは妥当ではないかもしれない。これまでに述べたように御書が発刊されて半世紀が経ち、どの文章も人々の奥深くに入っているものと思われる。この点についても鷹揚に見れば特に問題は無く、本質的な問題が無いところに神経質になることは無意味である。

内容的に永遠に法主を尊敬せよと言う。法華溝員のように形式的であれば問題ないのであるが、本当に尊敬するとはどういうことか。
肩書きで尊敬できるものではない。
よく世相でも「尊敬しなさい」という言葉を見聞きするが、これは侮らないで人を良く見て尊敬する部分を見つけなさいとの意味に思える。真に尊敬に値しない人物の場合、それを尊敬していることにするのは、欺瞞でしかない。
文章に書いてあればそれができるという団体があれば、よく考えると信仰そのものが欺瞞でしかない。
人が人を尊敬するのはその行為によってであり、尊敬しなければならならいのであれば、尊敬できる人物を持ってくるべきである。
尊敬しないほうが悪いのではなく、およそ尊敬もされない人物しか法主に持ってこれなかった僧侶社会がこの御遺命を果たしていないのである。仏法は民衆を救うためにあるのであり、民衆に軋轢を加えるためのものではない。そうなれば地涌の菩薩として本質的な意識が発動するのは、信仰者として、いや人間として当然である。
日興遺誡置文の『時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からざる事』もそのように拝している。
後加文のここの文章を読むたびに、惣貫首と仰げない人物しか持ってこれなかった人々の罪を思うばかりである。
しかしあえて言えば、二箇相承にあるごとく、本化地涌の菩薩が登場するまで時を待つのが本来の歴代法主の立場なのだから、あとはどう自滅しようとそれはそれでよいのだろう。
 
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