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この当時に思いを馳せてみましょう。
日精上人というのは、根拠として挙げた文献を見ても実際には無い「夢」を語る人物として紹介されていました。
日亨上人がそう紹介したのです。学会員にです。戸田先生の頃からのベストセラーですから知らないほうが、どうか、してます。
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引き続き日精上人の批判の第2回目である。
今度は、同じ日精上人の記である、家中抄の方を糾弾されている。
本文から
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『(誤謬伝説)
家中抄 (富士宗学要集第五巻宗史部①一四八ページ)
是より佐渡国に赴き給う、
御伴には伯耆公なり、慈に因って彼の国の信者阿仏中興等次第に志し深くなり
後には如寂房日満を興師の弟子とし給へり
佐渡路次並に着船以後方々信物の請取等日記、日興御自筆今重須に在るなり是れその証なり、
配所四箇年常随給仕なり、
同十一年甲戌三月十四日御赦免三月二十六日に鎌倉入滅の時御伴して帰り給ふ
(以上御伝)』 (上巻p67)
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と、日精上人が、日興上人の御自筆の日記があって、それが日興上人がお供をした根拠なんだと書いている。
これについても、日亨上人は、
本文から
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前項にいえるごとく御自筆の日記は師の夢に映じたる幻影か。また本抄所々に「御伝」とあれども、
その正躰をいまに覚知するにあたわざるを遺憾とする。(上巻p67)
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と、それは、夢に見た幻影だよとまで言われている。
何かの学問上の不備とか、手違いとか、そういう錯誤ではなく、日精上人の場合は、ただの虚言癖だという認識なのである。
日亨上人は、まったく信用されていない。
このように言う日亨上人が悪いのか、日興上人の日記があるという日精上人が悪いのか。
もちろん日興上人の御自筆の日記があってそこに書いてあるというようなことあれば、歴史が引っくり返る。
江戸時代になって突然にそういう嘘を平気で言うほうが悪いのである。
そしてそういう御指南なのだからやむをえない。
ところで。
日亨上人は日精上人を造仏家と勘違いしていろいろ言ったんだという、取ってつけたような邪義破折班の主観的な擁護論がある。
この反論は一体、何時できたのか。そう、いろいろ教義を変遷しだしたごく近年のことである。
それはまさに取ってつけたような内容でしかなく、日精上人の誤謬は造仏思想だけに限ったことではなく、このようなあちこちで虚言癖が盛んだったのだ 。ここも造仏はまるで関係ない。
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