「不正論文は山のよう」岡山大医学部の風土と限界
研究不正をめぐる奔流は大きくうねりながらも潮目を変えつつある。象徴的なのは今号でも取り上げたノバルティスファーマ。「SIGN」事件で記者会見を開いて以降、ノバの経営幹部には「クライアントである東京大学医学部附属病院を守ろう」との気負いは一切なくなった。明確な転換点である。門脇孝病院長はこの点の理解が浅い。
「販促活動かどうかの認定は当事者であるノバの指摘に一日の長があります。東大病院がいかに研究支援のためと言い募ろうと、企業側が販促と断言している以上、挽回の余地はありません」(国立大学教員)
STAP事件は次の局面へ
一時は世間の耳目を大いに集めた「STAP細胞事件」は6月16日、若山照彦・山梨大学教授の記者会見とその後の報道でほぼ「詰んだ」。いよいよ万事休す、である。
「事件は次の舞台に進みました。文春・新潮の週刊2誌が報じたように、問題の焦点は『裏金』であったことが明らかになりつつあります」(研究不正に詳しい識者)
理化学研究所はさまざまな費用を高く計上する傾向にある。例えば、某研究室で助手を公募する際の求人広告の料金。100万円を付けている。目を疑う数字ではないか。
国立がん研究センターで発覚した「プール金」問題と酷似している。理研は国がん同様、政府が拠点と認定する研究機関。恒常的に大きな予算が入る。施設としては国がんは旧厚生省系、理研は旧科学技術庁系の筆頭格。ついでにいえば、旧文部省系の首位は東京大学である。 理研の小保方晴子ユニットリーダーの部署では2013年11月には、実験台など498万円、超低温フリーザー202万円など、大型設備費に1000万円以上を計上している。これは氷山の一角。上司である理研発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹副センター長の研究室は〈小保方氏とは比較にならない予算規模〉(週刊文春記事より)。
「市場価格より明らかに高い。理研や国がんに大規模な予算が付くのはやむを得ない面もある。国策ですから。ただ、こうした裏金づくりは違法行為。常態化していたとすれば、事務方も巻き込んだ組織的犯行でしょう。監査でものがなくても言い訳ができるような土壌があったとしか思えません」(前出の教員)
理研には金がある。だから、小保方氏のような人物も群がってきたのだろうか。本来であれば、公的な研究費は組織でなく研究者個人に付けることが望ましい。
「投資家と同じです。目利きができなければ意味がない。既存の権威、日本経団連に名を連ねるような大企業に金を張るのなら誰でもできる芸当です。伸びしろのある若い才能を掘り当てなければ駄目。論文の捏ねつぞう造から人事と金のでたらめさが表面化してきました。最終的には金の問題が噴出するでしょう」(同前)
ディオバン事件で企業ルートから逮捕者まで出ているにもかかわらず、小室一成・東京大学教授は今春、「心筋細胞の分化と破綻におけるエピゲノム機構の解析」なる新規大型研究で文科省の科学研究費助成事業として採択を受けている。同省と選考委員の見識を疑う事態である。 一方、国がんでは6月、〈厚生労働科学研究委託費(三次)の公募について〉と題する通知が発出されている。大慌てで追加募集をしなければならなくなったのは、言うまでもない。「穴が開いた」からだ。
「一次・二次公募で落とされたものも当然あります。それらを外して、さらに公募する理由は何なのか。コンテンツは小児がんや希少がんです。本来は2月に通す話が4カ月遅れです。これで果たしてまともな研究ができるのか。一連の不祥事が尾を引いています。それにしてもせこい話です」(同前)
前号でお伝えした池田康夫・日本専門医機構理事長をめぐる臨床試験不正はまだ大きな動きにはつながっていない。慈恵医科大学が炎上し、東京女子医科大学は刑事事件化が確実視される中、池田氏が慶應義塾大学医学部教授時代の行状が注目されていることは大きい。
「同じ不正でも身分の縛りがない私学の方が中身は派手です。池田氏と慶應大の問題が噴出するのも時間の問題でしょう」(国大教員)
東京医科大学が不祥事で揺れ続けているのは周知の事実。都内で戦前から続く名門私立医大・医学部の大半が鳴動している。ほぼ時を同じくして窮地に陥っている事実を偶然の一言で片付けるわけにはいかない。
「経営が順調で資金が潤沢にある中で不正が横行していたからでしょう。必然といえます」(同前)
ウルトラブランドを抱える
前置きが長くなり過ぎた。そろそろ本題に入ろう。岡山大学医学部を舞台に現在進行形で続く研究不正と統制不全の問題である。事件の背景を知るには、まず岡山の土地柄を押さえておく必要があるだろう。
岡山大は1949年の学制改革を機に岡山医科大学や旧制第六高等学校など、地区内にあった旧制諸学校を統合して生まれた新制大学。ナンバースクールと旧制官立医大が併設された地域であり、鎮西が置かれた熊本同様、明白な拠点である。
備前岡山藩は池田恒利を祖とする美濃池田氏が治めた51万石の所領。池田氏は外様ではあるが、徳川一門に次ぐ破格の扱いを受けた大大名である。関ヶ原の戦役後、播磨を領有。姫路城を今ある形に大修復したのは池田氏だ。その後、1603年に備前を与えられた。大藩ゆえに伊木氏ら家老は大名並みに1万石超の石高。
「岡山大医学部はウルトラブランドを抱えています。学生は兵庫県姫路市以西から山陽地方に至る地域から集まってくる。この地域は県境を越えて人口の移動があります。岡山市はその中核」(医療制度研究者)
いちいち意識しないにしても、こうした地域性は脈々と受け継がれているものだ。域内にいると、閉鎖的な印象は避けられない。だが、もともとは西日本でも有数の交通と交易が行われてきた歴史を負っている。この二律背反性は興味深い。
地域の共有財産でもある岡山大。看板学部の医学部で不正がまかり通っている。腐敗の実態が明るみに出る発端となったのは薬学部長・森山芳則氏の内部告発だった。
森山氏は昨年12月、岡山大の森田潔学長に対し「告発状」を提出した。正式な内部告発。大学が定める〈研究活動に係る不正行為への対応に関する規定第4条〉に基づいている。内容は衝撃的なものだ。大学執行部に連なる人物も含む医学部の教授、准教授、研究室スタッフが不正を働いている──覚悟の告発だった。
森山氏を踏み切らせた直接の契機は大学院生の博士論文にまつわる不正だ。ある教授の研究室で実際に研究を行うことがないまま研究論文を提出している院生が複数いた。
論文内容についてただしても、まともな答えは返ってこない。あまりにもお粗末な水準。奇異に感じた森山氏は調べてみることにした。
驚愕の結果に突き当たる。院生たちの論文は既出の論文をコピーしてつぎはぎしただけの代物だった。
さらに問題がある。不正論文には水先案内人とも呼べる人物がいた。あろうことか、それは担当教授だったのだ。森山氏は学長に訴える。
学長の反応は意外なものだった。
「この件については騒がないでもらいたい」「こんなこと(不正の公表)をしたら、うちの大学は大変なことになってしまう」──耳を疑った。岡山大が不正の巣窟と化している事実を森山氏はこのときまで全く知らなかった。
森山氏は副学部長の榎本秀一氏らと一緒に作業に取り掛かった。岡山大医学部が過去に発表してきた論文を徹底して検証する。有力教授が執筆したものから、学生の手によるものまで。200本以上を精査した。
チームの誰もが信じられない思いに駆られる事態。データの改ざんは日常茶飯事。それを基に論文が書かれている。それも学生だけではない。医学部の柱ともいうべき教授の研究室でさえ、同様のいんちきが横行している。不正が見つかった論文は現在まで28報にも上っている。 岡山大医学部の内情に詳しい人物が絶対匿名を条件に取材に応じた。
「大きな問題のある教室は二つあるようです。一つは内科系で槇野博史・岡山大学病院長のところ。槇野氏は腎臓病や高血圧といった医薬品の需要が高い領域の権威。学界や製薬業界でも名が通っている。もう一つは泌尿器病態学の公文裕巳教授。ここは遺伝子治療を行っています。全部が全部とはいいませんが、でたらめなデータで数億円もの金を取っている事例もあるといいます」
公文氏の教室の現状も深刻だ。若い研究者は嫌気が差している。「こうなるはずだ」との予断に基づいたデータを出させるような仕儀がもはや常態化。横行している。
告発を受けた槇野・公文両氏は岡山大医学部を代表する有名教授。研究室に在籍するのは弟子たちだ。
言うまでもないことだが、科学においてデータの改ざんは許されない。だが、改ざんが起こる理由は多くの研究者が知ち しつ 悉している。
いくら研究にまい進したとしても、データは想定した通りに取れるものではない。だからこそ世界中の研究者は骨身を削って打ち込んでいる。
だが、そんな善意の人ばかりではない。中には不心得者も混入してくる。時間や労力を惜しみ、「結果」だけを求める輩だ。他の研究者のデータを盗んだり、自分のデータを都合良く粉飾したりする。
ある「物語」に貫かれたようなデータをちりばめた論文の方が高評価を受けやすい。掲載するジャーナルの格も上がる。論文の評価は学内人事に直結。出世や研究費の多寡もこれに応じて決まっていく。
こうして評判を取り、知名度も上がってくると、研究者には甘い誘惑が待ち構えている。製薬企業のアプローチだ。国内・外資を問わず巨大製薬企業の「支援」を受けられれば、前述した通り、年間で数億円もの金を受け取ることも珍しくはない。支援にはさまざまな形がある。よく知られているのが製薬企業からの「奨学寄附金」で賄われる研究プロジェクト。「寄附講座」である。
岡山大事件の三つの側面
今回の岡山大学事件は三つの側面から捉える必要がある。
①論文捏造そのものの問題
②研究機関と製薬企業の関係性
③国立大学のガバナンス
これら三つがない交ぜになりながら事態は進行している。それぞれの要素を解きほぐしながら、子細に検討しなければ全体像は見えない。
歴史と伝統に恵まれた岡山の地。住民の誇りでもある名門大学。そうした土壌で何が起こっているのか。再生の可能性はあるのだろうか。
冒頭に示した通り、この国の研究開発をめぐる状況は新たな次元に入りつつある。国民が注視する中、自浄作用は働くのか。これは岡山大だけの問題ではないだろう。
次号では新たな取材の成果も盛り込みながら、より深層に迫る。
2014年7月14日 21:15 | 事件・医療・病院・社会