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日の光のほうへ歩く~公正のために戦う『サンドラの週末』

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『サンドラの週末』(KADOKAWA / 角川書店)

『サンドラの週末』(KADOKAWA / 角川書店)

 豪奢なディナーで終わる『バベットの晩餐会』をとりあげた前回とはがらりと変わり、今回は地味な映画をとりあげようと思います。ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟が監督した2014年のフランス・ベルギー・イタリア合作映画『サンドラの週末』です。2015年に日本でも公開されました。労働という観点から語られることが多い作品ですが、この作品は女性が主人公で、ジェンダーの観点からも見るところがいろいろあります。

 ベルギー出身のダルデンヌ兄弟は、ヨーロッパにおける労働や貧困をリアルに描く作風が特徴です。撮影方法が独特で、手持ちカメラを使ってわざと手ぶれを出したり、人物を背後や側面などから撮ったりすることを好んでいます。揺れる画面は手ぶれで酔いやすい人にはきついですし、またわざとドキュメンタリー映画のように撮影する手法からかえって「作られたリアリティ」とでもいうべきものを感じてしまってあまり映画に入り込めない人もいるかと思います。正直、私もダルデンヌ兄弟の撮影方法はあまり好きではありません。しかしながら『サンドラの週末』は、カメラ酔いを我慢して見る価値があると思います。

なんだかイヤな予感が…

 ヒロインのサンドラ(マリオン・コティヤール)はレストランで働く配偶者マニュ(ファブリツィオ・ロンジォーネ)とともにふたりの子どもを育てていますが、勤め先のソーラーパネルの会社をしばらく鬱病で休職していました。病気から回復して復職しようとした時、業績不振気味の会社がサンドラを解雇しようとします。最初の解雇決定は主任が圧力をかけたからだということで撤回され、週明けに同僚の投票による再検討が行われることになりました。

 投票の選択肢はふたつで、1000ユーロのボーナスをもらってサンドラを解雇するか、ボーナスなしでサンドラを復職させるかです。同僚の過半数がボーナスを捨てるほうに賛成すればサンドラは復職できますが、このご時世に社員たちが収入減に投票するわけがありません。絶望するサンドラですが、マニュや同僚のジュリエット(カトリーヌ・サレ)に励まされ、週末の間に16人の同僚を訪問して自分の復職に投票するよう頼むことにします。

 冒頭でこの設定が出てきたとたん、私はなんだかイヤな予感がしました。リアルな映画と言っているわりには設定が不自然に感じたからです。社員を解雇するか同僚の投票で決めさせるというのは非常にアンフェアですし、地域によっては違法なのではという気もします。社員を解雇したいなら、後々感情的な問題が起きそうな同僚による投票など行わずにトップが強引にクビにするほうが自然でしょう。この設定は、まるで病み上がりの貧しいヒロインを苦境に陥れるためだけに採用されたように思えます。

 そして、貧しかったり病気だったりする女性を不自然なほど苦しい境遇に置くことで悲劇を強調する映画というのは、おうおうにして「ダムセル・イン・ディストレス」(damsel in distress)、つまり「危機に陥った無力な女性」という昔からある代わり映えのしないキャラクターを見て楽しむだけの、サディスティックで性差別的な娯楽になりやすいものです。例えばラース・フォン・トリアー監督の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)は、一見女性の苦境を訴える社会的な映画に見えますが、その反面、病に苦しむ貧しい女性を強引とも思える展開でどんどん悲惨な状況に陥れ、その中で女性の無力さを強調する残酷な見世物のような映画として見ることもできます。『サンドラの週末』もかわいそうなヒロインをいじめるだけの映画だったらどうしよう……と、身構えてしまいました。

 しかしながら、これは杞憂でした。この映画のサンドラは単なるかわいそうなヒロインではありません。

 リュック・ダルデンヌは、映画サイトfandorのインタビューで、投票で同僚を解雇するか決めるようなひどい状況はフランスやイタリア、アメリカなどの組合が無い小さな職場では実際にあってもおかしくないし、そこで人々が道徳的なジレンマにどう対応するかに関心があると言っています。監督が言うとおり、この映画はむしろ、自分に対する公正な扱いを求めてやまないサンドラの訴えによって同僚たちが直面した道徳的問題に焦点をあてています。病気で休んでいた職員を復職させないのは公正とは言えませんし、他の職員を犠牲にしてボーナスをもらうのは不公正で無慈悲です。慈悲と公正の感覚に訴えようとするサンドラと顔を合わせたくないため、サンドラから逃げようとしたり、生活が苦しいから仕方ないと言ってサンドラがクビになることを諦めていたり、意見の相違のために同じ職員である親子同士で暴力を振るったりする同僚がいる一方、泣いてサンドラに謝ったり、快く協力したりする人もいます。

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