2016ねん01がつ09にち
これが7馬身差の佐藤泰志 『もうひとつの朝 佐藤泰志初期作品集』を読む
- 作者: 佐藤泰志,福間健二
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2011/05/21
- メディア: 単行本
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おれは佐藤泰志が「7馬身差で新馬を勝ったものの、ラジオたんぱ賞でハワイアンイメージの2着したくらまでしか行けなかったインターグランプリという馬」に自身を投影しているのではないかと思った(佐藤泰志『きみの鳥はうたえる』を読む - 関内関外日記)。実際のところ、佐藤泰志が競馬をやっていたかどうかすら知らないが。そして、「初期作品集」となれば、インターグランプリにおける新馬戦の7馬身差圧勝にあたる。はたしてどのようなものだろうか。
と、その前に、「初期作品集」と名がつくものについては、どんな作家のものにしても少し身構えるところがある。なぜかはわからない。初期というだけあって、至らないようなところがあるにもかかわらず、ひどく引きこまれてしまうことへの警戒(警戒する必要があるだろうか?)、あるいは、早熟にしてあまりにも完成度が高いことへの嫉妬のようななにか(べつにおれは作家ではないのだが)。そんなものがある。そんなものがありながら、おれは『もうひとつの朝』を読んだ。
冒頭に掲載されているのが「市街戦のジャズメン」である。解説によれば、これが7馬身差の新馬戦といえるかもしれない。
“青春は二度と来ないのだ。君の青春を価値あるものにするために、伝統あるラグビー部へ入ることを勧める”
僕は思わずそのポスターを破いて、便所の中へでも捨ててしまいたい衝動にかられた。が、そんな行為が全く無駄なのを僕は知っている。こんなポスターは、校内に限らず、街の中や映画館やテレビの中などに大量に氾濫しているのだ。
こういった、いかにも文化系、文学系な感じ、こういうのは佐藤泰志のその後にも深く漂うものである。たとえ、主人公がそれと縁遠いものであっても、こういった「青春」に背をそむける人間の業が描かれつづける。そう感じる。
……しかし、僕は臆病な弱虫だ。僕はある浮浪児が、便所の中で腕を切ったところ、血が天井にまで飛び散って死んだ、という話を、ことあるごとに思い出したものだ。僕は彼に限りない友情と憧憬を感じはしたが、僕が彼であるということは考えられなかった。僕は死ねないだろう。臆病者なのだから。
そして、死、自死への指向。これは結局、未遂も完遂もしてしまうことになるのだが……。死にたいと言っている人間に限って死なない、というのは嘘だとは専門家の本で読んだ覚えはある(張賢徳『人はなぜ自殺するのか 心理学的剖検調査から見えてくるもの』を読む - 関内関外日記)。
とはいえ、この本の佐藤泰志は若い。とても若い。いずれ自殺未遂をし、自殺を遂げるとはいえ若い。
「奢りの夏」
べつにこの「僕」が作者自身でなくとも、作中の「実際」でなくとも、こんな文章を書けるのは、やはり若々しくなくてはできない。おれはそう思う。
あと気になったのは……どうでもいいことである。「い」で切る文章である。
電車はひどく混雑してい、満員で身動きならないほどだった。
「遠き避暑地」
展望台へのぼるということで、彼女は有頂天になってい、二〇年もこの街で暮らしていて、……
「遠き避暑地」
岸壁はフェリーの桟橋から山裾に沿ってのびてい、そのはずれにドック会社の……
「遠き避暑地」
まあ、「遠き避暑地」にやたら出てきたので気になった、この「い、」。おれは大学を出ていないし、日本語文法に無知なので正しい(一般的)かどうかしらぬが、違和感があった。やけに使うので、佐藤泰志が自分の「佐藤節」にしようとしたのかなどと思ったが、ようわからぬ。ほかの作品では見られないし、後の作品にも見られない(と思う)。これなども「初期作品集」ならでは、だろうか。
あとはなんだろう。やはり男二人、女一人のトライアングラーを好んで使うところとか、やはりそのあたりは「後の作品の萌芽」とかなんとかいっちゃうあたりだろうか。あとはこれか。
鳩? 孔雀鳩? こんなくだらない生きものなんかに深入りするから、朝っぱらから涙で眼を脹らますはめになるのだ。
「もうひとつの朝」
虫や鳥やその他生きものへの深い慈愛のようなもの。その慈愛をバネにして逆方向に跳ねる残虐性。このあたりも、後に見られるものだろう。それがこの作家にとってどれだけ深い意味を持つのか、これまた知った話ではないのだけれど。
というわけで、佐藤泰志の「初期作品集」を読んだ。残りはどれくらいあるだろう? ここまできたら全部読もうか。おれは生きている作家より、死んだ作家が好きである。読むべき作品が限られているというのがいい。最初があって、最後があるというのがいい。よくわからないが、そういうところがある。
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