亀田音楽専門学校 シーズン3 第一回「J−POP誕生〜胸キュン革命の時代〜」 2016.01.07


亀田音楽専門学校SEASON3スタートです!こんばんは。
亀田音楽専門学校校長の亀田誠治です。
およそ1年ぶりに戻ってきました。
どうぞよろしくお願いします。
この日をもう心待ちにしておりました。
助手の中村慶子です。
よろしくお願いします。
そしてピアノ演奏は皆川真人さんです。
お願いします。
(拍手)この番組が扱うテーマはずばり「J−POP」。
J−POPは音楽のあらゆる魅力が詰め込まれた総合芸術だと僕は思っています。
さあこの番組ではJ−POPがなぜ人々の心を捉えるのか。
名曲を題材にその核心に迫っていきます。
SEASON3ではJ−POPの歴史を4つの時代に分け亀田校長が独自の目線でその音楽的変遷を講義します。
1回目は1988年から93年。
そして2回目は1994年から99年。
3回目は2000年から2005年。
最終回は「J−POPの現在そして未来」。
亀田音楽専門学校ならではの講義をお楽しみ下さい。
それでは1回目のゲスト講師ご登場頂きましょう。
J−POP大好きいきものがかりの皆さんです!どうぞ!
(拍手)第1回のゲストという事でお越し頂きましてありがとうございます。
大変光栄です。
よろしくお願いします。
第1回のゲストはいきものがかりの皆さん。
今回スポットを当てる1988年から93年当時は小学生でした。
この時代の音楽がいきものがかりの3人に大きな影響を与えています。
まずはこの時代を彩った名曲たちが山ほどあります。
さあ来い!いでよ名曲たち!ジャ〜ン!高い所から大きなボードが…。
高い所から下りてきました。
こちらですね1988年から1993年までの音楽ヒットチャート年間シングルトップテンです。
これ見てるだけで何時間も話せる。
(水野)そうなんですね。
ごはん何杯食えるか。
そんな感じだよねこれね。
(水野)恐ろしいラインナップですね。
恐ろしい…。
すごい。
すっごい光GENJI聴いてました。
光GENJI聴いてたね。
ちょうど89年が男子2人が小学校1年生。
90年が吉岡が小学校1年生なんですね。
でも「ラブ・ストーリーは突然に」とか全然意味も分かってないのにもう口ずさめるぐらい小学生でも知ってたり。
確かにね「ラブ・ストーリーは突然に」のあの歌詞を小学12年生が歌うって相当シュールな話だけどね。
だけどやっぱり音楽としてもう街にあふれてるから日常にあふれてるからそうやってみんな歌ってたんだよね。
校長。
ところでどうして今回1988年から1993年という年代を切り取ったんですか?いいところに気が付いたね中村君。
ありがとうございます。
1年ぶりだけど。
1年ぶり。
はい。
教えてあげましょう。
お願いします。
今日のテーマいきます。
はい。
「J−POP誕生」…。
誕生。
はい。
「〜胸キュン革命の時代〜」。
これが今日のテーマです。
胸キュンもちょっと気になるんですけれどもJ−POPっていうのはこの年代に誕生したものなんですか?そうなんです。
実はね88年にJーWAVEっていうFM放送局が開局したんだけど邦楽をかけたいなっていう時に何かこういい呼び名がないか。
曲を紹介する時にいい呼び名がないかっていうところでJ−POP。
ジャパニーズ日本のポップスっていうそういう定義をしたんだって。
J−POPという言葉が生まれた1988年を境に日本の音楽にある変化が起きたと亀田校長は分析します。
その変化とは一体何なのでしょうか?J−POP誕生以前の年間チャート1位の曲を聴いてみましょう。
皆さんはどんな印象をお持ちになりますか?はい。
これ聴いてどんな印象受けました?何かどれもすごい親しみやすいメロディーなんですけどちょっと哀愁がある感じがしますよね。
暗い感じですよね。
暗い感じ…。
みんな遠回しに言ってたのよ。
ビシッと言ったね。
でもずばり暗いですよね。
これ実はねこの87年より以前の先ほどの年間第1位の曲は全部がマイナーメロディーマイナーコードの曲なんですよ。
それが一年のうちで一番売れた曲になってる訳。
もう「ルビーの指環」はっ…。
何か天気予報っぽいですね。
(笑い声)これも…マイナーメロディーでしたね。
で瀬川瑛子さんの「命くれない」。
これもマイナーでしたね。
一方でこの…1988年J−POP誕生以降の曲たちを聴いてみましょう。
明るい。
何が起こったんだろうね?本当にね。
この違いこれは皆さん体感できたでしょう?もうあえて「パラ銀」と呼んでいい?「パラ銀」はパン!明るい!はじけてる!「Diamonds」パン!文句なしの…明るかった「ポンポコリン」。
これらの曲はマイナーのメロディーでこちらの曲は全部メジャーのメロディーメジャーのコード進行。
曲のタイトルもキラキラしてますもんね。
ああ〜。
(水野)後半の方が。
確かにそうですね。
「銀河」「Diamonds」これだけで輝いてるからね。
「ルビー」が「Diamonds」になっちゃいましたからね。
あ本当だね。
「ポンポコリン」って…。
もうここに至っては突き抜けた強さがありますよね。
突き抜けた何かがありますね。
この違いがこの88年を境に起こったって事だ。
という訳で今日の1つ目のテーマをここで発表します。
これだもん。
これです。
J−POPと呼ばれるようになってからの日本の音楽はとにかく元気で明るいキラキラした曲が増えたんです。
どうしてその1988年辺りを境にメジャーメロディーだったり明るい方向に変わったんですか?一つ考えられるのはやっぱりね時代と環境の変化だと思うの。
例えばさこれカラオケボックスブーム。
(水野)おっきいですね。
本当にまだボックスだった時ですね。
そう。
これさだってカラオケボックスじゃなかったら「パラダイス銀河」歌わなくない?すごく僕らの世代は本当にカラオケ世代で何かカラオケで歌える曲をみんな1つか2つは必ず持っててみんなで一緒に行くみたいな文化がすごいあったのでこういうヒット曲を本当に歌ってたかもしれないですね。
なるほど。
みんなで歌おうっていう気持ちになれる楽曲が増えてったって事だよね。
あとねものすごく大きい事があってここよ。
何かこの瞬間にいろんな事が新しく動いていく空気が社会的に動いたんだよね。
あとはね日本人初の宇宙飛行。
何か希望に満ちあふれていく訳。
何か「日本人Jジャパンやればできる」みたいな空気がどんどんどんどん広がっていった。
でねこのマイナーからメジャーメロディーに変わっていった1988年からこの時代の中にねこの時代を象徴するあの曲が登場するんだよ。
J−POP誕生期の1990年に発表された国民的ヒットソング「おどるポンポコリン」。
なぜこの曲が日本人の心を捉えたのでしょうか?亀田校長がその秘密を探ります。
実はね僕の子どもだった頃にも国民的なヒット曲はあったんですよ。
それはね「およげ!たいやきくん」。
これをとりあえずみんな聴いてみるとJ−POPになって何が変わったかっていう事がきっと分かると思う。
吉岡先生にちょっと歌い比べてもらっちゃおうかな。
頑張ります。
まずは「たいやきくん」いってみましょうか。
嫌になってますね。
確実に嫌になってますね。
もう嫌です。
じゃあ「ポンポコリン」の方をちょっと歌ってみようか。

(拍手)何かこう前を向いて天を見るような感じで明るい気持ちになりますね。
そうだね。
でもねなぜ「おどるポンポコリン」がヒットしたのかっていうのを僕が教えてあげます。
実は3つの秘密があるんです。
それを今から教えてあげましょう。
・「なんでもかんでもみんな」ドッドッドッド…。
・「おどりをおどっているよ」分かる?・「おなべの中からボワッと」ドッドッドッドッドッドッドッドッド…。
・「インチキおじさん登場」去年の授業でも習いました。
出てきましたこの動き。
中村君これ何て言うんだっけ?そう!四つ打ちのダンスビートなんだよ。
この四つ打ちのダンスビートっていうのはもう誰でも踊りたくなるそういうリズムなんだな。
ダンスのビートを取り入れていくっていうのもこの時代から積極的に行われるようになった。
もう一個がこれが重要なんだけど…リフレイン。
とにかくこれでもかと…さあいくよ。
1ピーヒャラ。
1ピーヒャラ。
頂きました。
2ピーヒャラ。
2ピーヒャラ。
3ピーヒャラ。
4ピーヒャラ。
4ピーヒャラ。
5ピーヒャラ。
ラストが…あっ「ピーヒャラピー」で終わってる。
惜しい!え〜っと1234…5.8?5.8ピーヒャラ。
この中に…。
同じメロディーがこんだけ繰り返される。
同じ言葉で。
こうなるともう2番が来たらもうみんな歌えちゃう訳。
すごいでしょ?しかも「ピーヒャラ」だけじゃないもんね。
ここのサビに入る前の「タッタタラリラ」。
ここも「タッタタラリラ」。
おんなじだ。
5.8ピーヒャラ2タッタタラリラ。
でまだあるでしょ?1パッパパラパ。
何の単位だ?2パッパパラパ。
だんだんおでんみたいに…。
(笑い声)3パッパパラパ。
これが全部同じ形同じメロディーで同じ音形で飛び込んでくる。
ここがこの曲の底力。
すごい!あとはこの「ピーヒャラ」とかさ思わず口ずさみたいっていうか口に出して言いたい言葉だと思わない?こういう言葉って実はね俺ねパ行が多いと思ってんの。
「ポニョポニョポニョ」とか。
あと「バ」もいいね。
「バ」?「ババンババンバンバン」とか。
「バンバンババババババババン」。
続けるんですか?
(笑い声)何かこういう中毒性のある言葉。
そういう言葉をうま〜く体に覚え込ませてメロディーの中に溶け込ませてこの曲は何度も何度も聴かされるともうこの曲から離れられなくなるって事なんだね。
本当にねこのサビの前の「タッタタラリラ」ってもう秀逸だと思っていてここで何か「あっタッタタラリラになっちゃっていいんじゃん」っていうこう心が開かれる訳。
開放的な気持ちにどんどんなっていくんだよね。
というようにやっぱこう誰もがはじけていいんだよっていうそういう時代の空気を持ち合わせた…やっぱり僕は「おどるポンポコリン」は最高性能のポジティブソングだと思う訳。
で実は今回この「おどるポンポコリン」を作った織田哲郎さんに会いに行ってきました。
伝説のヒットメーカー織田哲郎さん。
ミリオンセラーを連発し日本の作曲家で初めて年間の売り上げ1,000万枚という記録を達成しました。
「ポンポコリン」があれねすっごい…これ言うとひんしゅく買う話ですけどあれ…1曲1分で出来ちゃった?そうそう。
まんま頭から歌いだして終わりまで歌って「はい出来た」みたいなそんな状態で。
でね俺は「詞が先にあったと思うんですけど」って話したらさくら先生は「いや曲が先でした」。
どういう事だ?これは。
それぐらい何かこうよく言えばスムーズに仕上がってるっていうの?これ今世の中の人テレビ見ながらのけぞっていますよ。
でもね亀田さんなんかもないっすか?やっぱり意外にすらっとやっちゃったものの方が人の評判っていい事多いですよね。
そう。
あの「ポンポコリン」に関しては織田さんは作曲とあとアレンジもされてるじゃないですか。
もともと好きですね。
要するに…70年代の後半ぐらいからのディスコは基本全部四つ打ちじゃないですか。
結果的にそうなってた訳で。
僅か1分で作ったという「おどるポンポコリン」。
しかしそこには織田さんの経験に基づいたテクニックがしっかりと込められていました。
例えばほら…。
・「チャンチャラチャンチャララランランラララララーラララランラン」・「ランララランラララランランララランラーラララランラン」・「ラララララ」なるほど!ここで一瞬止める。
・「チャララララ」トトン・「チャララランラン」・「チャララララ」トトン。
・「チャラララーラー」でここでちょっとマイナーにいく。
ここでちょっと落ちたから「タッタタラリラ」が盛り上がる。
一応そういう流れにはなってるんですよ。
お見事!アレンジは一応1分じゃできないからアレンジはもっと時間かけてるにしてもでも作ってる時は何か盛り上がるなとか楽しいなっていう感じでやってるだけだから。
後で考えれば理屈で言えばこういう事だなっていうまあ…。
衝撃の事実ですね。
これからは僕も1分で絶対曲を作るようにしたい。
絶対無理ですけど。
すごいな〜。
こう…何だろう?自然に出てきたからこそ自然に届いてくのかなというのはちょっと思いましたね。
でもさこの「ポンポコリン」もポジティブソングだけどいきものがかりの「じょいふる」。
あれも相当なポジティブ曲だよね。
いきものがかりの「じょいふる」。
この曲にもJ−POP誕生期のポジティブソングにヒントを得たテクニックが詰まっています。
・「あいわなJOYとJOYとJOYとPOPなベイベー」・「JOYとJOYとJOYとHAPPYなピーポー」最初に歌詞見た時にどういうふうに思った?一番気になったのは「『ぴぷぺぽぱぴぷぺ痛いっ!とぅたいっ!とたいっ!たいっ!たいっ!』って何だ?」って。
「何だ?」って。
「とうとういききったな」っていう。
でも何かさっき亀田さんがおっしゃってた破裂音ぱぴぷぺぽとかっていうのは結構…。
「ぴぷぺぽ」そうだね。
そうなんですよね。
ねえ。
それを水野君は…。
でも自分でやっぱり歌ってて口当たりがよかったんじゃない?歌うそのリズムが大事だなと思ってて。
音がちゃんと乗るようにっていうのを考えて歌ってましたね。
ここで実験です。
亀田音楽専門学校の校歌を最高のポジティブソングに作り替えてみましょう。
これをですねいきものがかり先生にJ−POP創成期のキラキラした雰囲気満載のポジティブソングに作り替えて頂けないでしょうか?お願いします!頑張ります!亀田さんムチャぶりする時目が笑ってないんです。
(笑い声)断れない。
一応亀田さんの名前をもじって歌詞もちょっと書いたので。
なるほど。
亀田専門学校にもじった言葉を入れたので聴いてみて下さい。
(拍手)すごい!感動じゃないですか?何か明るい踊れるっていうのは明るい方がいいかなと思って。
かめかめミュージック。
かめかめミュージック。
なるべくリフレインっていうので言えば同じメロディーが続いたのとあと同じ符割りが続くようにして口当たりのよい歌詞っていう意味では「かめかめミュージック」であったり「ほらほらもっとおしえてせいじ」と初めて呼び捨てで。
(笑い声)歌だったらいいかなと思って。
なるほど。
一応亀田さんから頂いた課題はなんとか乗り越えたつもりで…。
全部クリアしてますよこれ。
踊れるリフレイン口当たりのよい歌詞。
いや〜でもすばらしい!ありがとうございます。
(拍手)やっぱりね明るくてはじけているので外に向かっているから…それまでのヒット曲っていうのは悲しさやつらさの共有だったんだけどもJ−POPが誕生してからは楽しさや明るさの共有に変わってく訳。
ここまでのまとめです。
J−POPという言葉は1988年頃に生まれたとされています。
この時代を境にマイナー・キーに代わってメジャー・キーのヒット曲が急増。
メジャー曲ではより幅広い心情表現が可能になったのです。
校長続いては?はい。
この時代にね生まれたヒット曲の構造にね注目したいと思います。
構造?キーワードはこちら。
書きたくてこれしょうがないんだ。
「Bメロにメロメロ」。
(拍手)えっ拍手なんですか?ここ。
拍手でしょう。
(拍手)この時代にAメロそしてBメロサビっていうね。
これ今じゃみんな当たり前だと思ってる曲の構成なんだけど実はこの時代に確立されたんです。
ちょっといいお手本があるのでこちらを聴いてみて下さい。
J−POPの基本構造を復習しましょう。
実はねこの88年より前のJ−POP誕生以前っていうのはこのBメロがないっていう曲がすごく多かった。
僕もその80年代以前の歌謡曲だったりがすごい大好きで聴いてみるんですけど何か改めてそのBメロに着目してみると意外とBメロっていう構成がないんだなみたいな。
僕らはJ−POPが大好きで日本の音楽が好きだったんでABサビっていうのが当たり前だと思ってたんですが実は最初は当たり前じゃなかったんだなっていうのを最近…。
そうなんだよね。
番組独自でも過去のBメロを含む曲数を調べてみたんです。
そしたら1970年から79年の年間トップテンを見ると23%。
1988年から1993年今回取り扱ってる時代ですね。
トップテンにはなんとおよそ90%。
大逆転だ。
すごいですね。
それってそんなに重要な事なんですか?何か皆さんすごい「お〜」って感じなんですけど。
これはだってBメロがあるとないとでは大違いなんだけどじゃあもしあったはずのBメロがもしなかったとしたらどんだけ残念な結果になるのかっていう事を「どんなときも。
」でちょっとやってみたいと思います。
吉岡先生そのBメロあるなしどんだけ感じが違うか歌って頂いてもよろしいでしょうか?はい頑張ります。
やってみましょう。
(拍手)案外いいね。
いいですね。
すてきなんですねメロディー自体が。
メロディー自体が。
マッキーすごいな。
今度はBメロありで聴いてみましょう。
(拍手)エレベーターで1階から屋上に上がるみたいな感じよりはやっぱり階段を上って一個一個進んだ方がやっぱりすごい理解できるし胸に来るのかなっていうふうのをすごい感じましたね。
いきものがかり先生はふだん曲を作る時にはそのBメロっていうのを大事にされてるんですか?放つ前だ。
…がBメロっていうイメージなんですよね。
サビに向かって。
そう。
だからそれがないと飛んでいかないんでだからすごく重要で。
そうですね。
何か僕たちはやっぱサビが大事な事は大事なんですけど…Bメロが駄目だといいサビでもなかなか力を発揮できないというか。
一番いいアシストをしてくれるプレーヤーみたいな。
なのでBメロはすごい大事だと思います。
そんな大事なんですね。
実はねこのBメロについても織田哲郎さんにお話を聞いてきました。
こちらをご覧下さい。
織田哲郎さんが作曲したZARDの大ヒット曲「負けないで」。
織田さんがこの曲のBメロに仕掛けたねらいとは何なのでしょうか?ちょっとその「負けないで」のBメロって今聴かせてくれたりします?え〜ちょっと待ってね。
これムチャぶりした。
ここでもムチャぶりした。
・「タンタ〜タタタタタタ〜ララ」・「タララタラタタラタタンタタンタラタ〜ンタタタン」・「タンタンタンタンタンタンタンタタタタタン」この「タラタ〜ン」ここへ至るこの道筋が我ながら美しい!ここでキュンとしますもんね。
入った瞬間にちょっとせつなくなって今のCmaj7にいったところで…ああ一つのね。
そうそうそうそう。
だからね音楽って常に俺はね結局問題が起きては解決する問題が起きては解決する。
例えばそれがドラマでもおっきな問題が1時間用のね1個あってそれは多分50分ぐらいで解決する問題なんだけどちょこちょこ問題がないとうまくいかないじゃないですか。
あの子とあの子が仲悪いとかね。
そうそうそう。
そういう諸々のちっちゃな問題がちょこちょこ出てきつつやっぱり50分ぐらいに1つ解決するっていうのが多分ドラマでも台本書く人とか同じように作んなきゃいけないんじゃないかと思うんですよね。
それはそう言ってもらえると結構うれしいかも。
なのにみんな「サビしか印象残んない」とか言うやつもいたりして。
「分かってないなお前。
コノヤロー。
俺がそのためにどんだけ苦労してBメロ作ってると思ってんだ。
サビをそういうふうにお前に印象を残すためにこっちはBメロで苦労してんだ」みたいな。
そういうのがあるからだからそう言ってもらえるとやっぱうれしいですよ。
やっぱりBメロ褒められるとうれしいものなんですか?うれしいですね。
僕はうれしいんですけどどうですか?そうですね。
そこを褒められるとうれしいですね。
でね織田さんが「ここのコードがもう俺の全てだ」みたいな事言ってたでしょ?ちゃんと胸キュンのポイントも押さえてるんですよ。
胸キュンのポイントなんですか?ここが。
そう。
なんでいろんな彩りの中で胸キュンこうやってキュンとする要素でサビにぐっと盛り上がってサビでバンと言いたい事を言う。
「負けないで」ってここで来る訳ですよ。
だって「輝いてるあなたでいてね」って言われちゃうんだよ?これちょっと…俺だけ?
(笑い声)という事でこのJ−POP誕生期にこのBメロの重要さBメロのこの魅力に日本人が作り手も聞き手も改めて気が付いたっていう事なんですね。
もう作り手も聞き手も…そう。
言わせてみました。
そっか。
そうなんですね。
っていうか知らず知らずのうちに聴いてる人もメロメロになってるんですね。
ここまでのまとめです。
1988年以降は「Bメロあり」の曲が主流に。
日本人が好む「せつなさ」や「わびさび」をより表現できるようになったのです。
Bメロがサビへのジャンプ台となりサビの表現力も増幅しました。
いきものがかりの「風が吹いている」。
この曲のBメロはJ−POP誕生期から更に進化し聴く人の心をつかむ複合的な構造をしていると校長は考えます。
すごくこれ特徴的な構造をしていてね…。
特徴的。
このBメロの中にちゃんとストーリーがあるんです。
えっ?はい。
まずここでね…Bメロの中ですよ?起承転結の「起」が…。
ここである事を投げかけそしてそのあとここでこれを受けてんの。
ちゃんと同じようなメロディーの形ででも展開してちょっと広がる。
で更にサビに向けてここで大きくメロディーの形が変わっていく。
でこっからぐわ〜っと盛り上がってここが実はサビなんだけどサビにちゃんと「結」が来るようになってる。
だからBメロが中で徐々にバトンを渡してどんどんどんどん次の展開へ広がっていってサビへ来る心構えを作ってくれる。
しかもこの「WowWow」なんていうのは最高のジャンプ台ですよ。
歌っててもそうじゃない?そうですね。
勢いがつくっていうかそこから力が入っていく感じですね。
その「Wow」で拳を握りたくなる感じですね。
とにかく全体を使ってサビへのジャンプ台の役割をしている訳。
Bメロそのものが。
そのものが。
これBメロなかったらやっぱりこの曲っていうのは成立しない。
でそれが証拠になんとねちょっとこれ見て下さいよ。
あっ!えっ!?えっ!?Bメロから曲が始まっている。
そういう曲もあるんですね。
これはね僕の記憶の中ではほとんどなくて。
これは作る時に何か意図してたんですか?作る時はやっぱりオリンピックに関連する曲だったのでとにかく…振り切りたいっていうふうに思ってたんですね。
でいつも僕らが作る時だと頭サビっていうのがすごく多いんですけど。
頭サビってよくありますよね。
サビから始まってガツンって来るってね。
インパクトがあるやつっていうのを何度もやってきたんですけどそれだけじゃ足りないなって途中で思ってそれでBメロを頭に持ってきてみたら意外とはまると思ってそこからもう一回曲を整理し直して結果その頭Bっていうところまで。
なるほど。
でもこのBメロの使い方はこれは発明品だから特許か何か取った方がいいんじゃないですか?それぐらい珍しいって事ですね。
これは珍しい。
これみんなも珍しくない?みんな今うんうんってうなずいたもん。
深くうなずいてましたね。
先ほどの織田さんの発言がまた胸にしみます。
さあそれではここからはいきものがかり先生と校長率いるバンドの皆さんに生演奏を披露して頂きます。
曲はもちろん「風が吹いている」です。
校長どんなところに注目して聴いたらいいでしょうか?このBメロの使われ方を是非。
Bメロ。
あ〜胸キュンのためにあるんだっていう事が分かります。
曲の表情がどんどん変わっていくのでそこに注目して聴いてみて下さい。
そうですね。
Bメロがすごく肝なんですけど一方で…ちょっと待って下さいよ。
今J−POP史上新しい言葉が生まれました。
大Bメロ。
ちょっとこう似たようなコード進行というか。
コード進行一緒。
ここねBメロと同じコード進行なんですよ。
リズムがちょっと変わって。
リズムがちょっと変わったりして多少変化があるんですけどここでもう一度Bメロのイメージがそのままもう一度ここで繰り返すようになってるんでそこら辺も面白い。
という事で1Bメロ2Bメロ3Bメロ大Bメロ。
(笑い声)という構成になってるところをちょっとねみんなで味わってみましょう。
それではお聴き頂きましょう。
「風が吹いている」。
亀田音楽専門学校今回は「J−POP誕生〜胸キュン革命の時代〜」と題してお送りしてきましたがいきものがかり先生いかがでしたか?最後たくさん褒めてもらってうれしかったです。
でも楽しかったね。
そうだね。
でもこんなにBメロの話したの初めてなんでまた歌い方とか捉え方も変わっていきそうだなっていうふうに思いました。
それはすばらしい事かもしれないね。
改めてこうやって細かく分析して新しいものを発見できたりとかこれからまた違う感じでBメロ書いていくんだろうなっていうふうに思って勉強になりました。
校長今回はJ−POPの誕生した1988年から1993年に注目しましたけれども改めていかがでしたか?やっぱりねマイナーのメロディーだけでは明るさは表現できないけれどもメジャーのメロディーは明るさと悲しさがブレンドされたせつなさを表現する事ができる訳。
これイコール胸キュン時代が始まったっていう事な訳。
ああ〜。
という事でJ−POPならではの明るせつない。
ただ明るいだけじゃない訳。
でも胸キュンの要素が入った新しい曲調っていうものがこのJ−POP誕生期に生まれそして今のJ−POPにも脈々と受け継がれているのではないでしょうか。
それを今実践してるのが多分いきものがかりの音楽のような気がする。
という事で亀田音楽専門学校本日の講義を終わります。
いきものがかりの皆さんそして皆川さんありがとうございました。
ありがとうございました。
(拍手)火をつけるの?2016/01/07(木) 23:00〜23:45
NHKEテレ1大阪
亀田音楽専門学校 シーズン3 第一回「J−POP誕生〜胸キュン革命の時代〜」[字]

音楽プロデューサー・亀田誠治がJ−POPのヒット曲に隠された音楽の秘密を解き明かす亀田音楽専門学校シーズン3が今夜スタート。ゲスト講師にいきものがかりが登場!

詳細情報
番組内容
第一回は「J−POP」という言葉が誕生した1988年〜93年のヒット曲をテーマに講義する。「メジャー調の楽曲が急増」「BメロありのJ−POP基本構造の確立」など、この時代の音楽的潮流を分析。ゲスト講師いきものがかりは亀田校長と共に「風が吹いている」を生演奏で披露。また、数々の名曲を生みだした伝説のヒットメーカー織田哲郎さんと亀田校長の対談が実現。国民的ヒット曲「おどるポンポコリン」の秘密に迫る。
出演者
【ゲスト】いきものがかり,ミュージシャン…織田哲郎,ピアニスト…皆川真人,【司会】亀田誠治

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
音楽 – その他

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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