弘法大師空海が修行の場として開いた日本仏教の聖地・高野山は今年開創1200年を迎え、5月21日まで記念の大法会が行なわれています。火災で焼失していた中門が172年ぶりに復活したほか、金堂の本尊がはじめて公開されるなどイベントが盛りだくさんで、多くの善男善女が参拝に訪れました。日本の仏教文化の精華に注目が集まるのは、まことにもって喜ばしいことです。
高野山真言宗の総本山である金剛峯寺の説明によると、空海の説いた密教とは、仏の真実の言葉=真言の秘密を知るための瞑想など特別な修法のことです。このきびしい修行によって仏の知恵を悟れば、心の悩みや苦しみをなくし、「完全な人格」をつくることができるのだそうです。これも、まことにもってありがたい教えです。
真言宗の高僧ともなれば、私ども下々の民とは異なり、貪欲(とんよく)、瞋恚(しんい/恨み)、愚痴などの煩悩とは無縁の気高い精神性を会得しているにちがいありません。
ところがこの高野山真言宗で、2013年2月、内局トップの宗務総長の不信任案が可決され、宗会が解散されるという“お家騒動”が起きました。報道によれば、宗務総長らはお布施や賽銭など非課税の浄財を含む30億円を日本株のほか、トルコリラや南アフリカランド、ブラジルレアルなどの新興国通貨に投資し、東日本大震災直後の2011年3月末に15億3000万円の含み損を抱えたといいます。取材に対し、宗務総長は「めちゃくちゃ利益があったいい時代に組んだ予算を縮小できなかった」、財務部長は「坊主には無理と思ったが、証券会社に言われるままに購入した」とこたえています。
しかしこれは、ずいぶんとおかしな話です。空海が教えた密教の修行を積み、仏陀の「完全な人格」にかぎりなく近づいているはずの高僧たちが、証券会社の営業マンふぜいにころりと騙されるのでしょうか。だとしたら、「なんのための修行なのか」と思うのは私だけではないでしょう。
さらに不思議なのは、宗務総長が利益=金儲けのために投資したと明言していることです。仏陀は人の苦の根本原因として三毒をあげ、その筆頭を貪欲としています。仏教の目指す解脱とはこの煩悩を克服し、悟りの世界へと至ることです。ところが高野山の高僧は、あろうことか信者の浄財でひと儲けしようと企み、大損していたのです。
アンデルセンの童話「裸の王様」では、愚か者には見えない特別な布地で服を仕立てるという詐欺師に騙された王様が、裸のままパレードを行ないます。家臣や観衆たちは、自分が馬鹿だと思われないよう、見えない衣装を誉めそやしますが、そのとき一人の子どもが「王様は裸だよ!」と叫ぶのです。
高野山の不祥事は、この「裸の王様」によく似ています。密教の修法とは、愚か者には見えない布地のことなのではないでしょうか。
高僧たちが煩悩にまみれているのなら、開創1200年の華々しい行事も鼻白んでしまいます。金銭欲にとりつかれた彼らが、今回のイベントで投資の損を取り返そうと考えたとしても不思議はないからです――もちろんこれは、こころ卑しき衆生の邪推でしょうが。
『週刊プレイボーイ』2015年5月18日発売号に掲載
<橘 玲(たちばな あきら)>
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(以上ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、政治体制、経済、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ最新刊 『橘玲の中国私論』が発売中。
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