考えたくないのはわかる。これは少なくとも直接にはあなた方の目標には関係しない、無駄なことのように思われるだろう。
が、これらを考えないために用いるあなた方のロジックは女性の保護に対して致命的な欠陥を持つ。ドイツでの性暴力事件でそれがわかった。そのことを伝えたい。
「お互いの足を引っ張るのはやめたほうがお互いの為」
正しい。まさにその通り。
加害者のうち何割かは、加害者であると同時に弱者でもある。難民だ。
「お互いの足を引っ張るのはやめたほうがお互いの為」
といった答えが返ってくる。
どうするか?
もちろんこの場合、ただちに通報すればいい。法が裁いてくれるだろう。
しかし問題はそれがドイツだから裁かれる(だろうと期待する)だけで、元の国ではそれは自明でないこと。
つまり彼らの国では
「お互いの足を引っ張るのはやめたほうがお互いの為」
というのは私が例として出しているのは「加害者」であり、フェミニストに代表される女性たちは(一部を除いて)積極的に弱者男性や性的少数者を攻撃していない=加害者ではない。
彼女らが提案しているのは端的に言って「互い被害の無視」であり、そのうえで、まぁできるところでは応援し合うくらいが妥当ではないか、ということ。
もちろんだから、このロジックに乗っかって弱者男性や性的少数者は女性の差別被害を「無視」することができる。
「無視」。つまり今回の件でのメディアの「無視」はこのようなロジックで正当化されうる。彼らは積極的に女性を攻撃していない=加害者ではない。
もちろん私は、このような「無視」や「加害」が許されるとは思わない。男性もやっぱり女性差別の現状についてもうちょっと認識を深めるべきだろう。なればこそ、女性側も別の弱者への認識を深める必要がある。
それからもう一つ。
同じことは立場を逆転して弱者男性や性的少数者の諸氏についても言える。
あなた方が女性差別の現状を無視する限り、あなた方にはあなた方の被害を女性に無視される権利を持っている。使うかどうかはあなた次第だ。