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生活保護のリアル~私たちの明日は? みわよしこ

児童扶養手当の「まとめ支給」に隠された恐るべき貧困への罠

みわよしこ [フリーランス・ライター]
【第35回】 2016年1月8日
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 「異動してしばらく、何を取材すればいいかはっきりさせられない時期が続きました。しかし、異動3ヶ月目の2015年6月、米国で調査報道に関わる記者・編集者の組織・IRE(Investigative Reporters & Editors)の全国大会に参加したのがきっかけで、目的を明確にすることができたのです。調査報道といっても、いわゆる『権力とカネ』『不正』といった、従来からある告発型のテーマにとどまらず、日常の中に埋もれている、可視化されていない『不条理』を明らかにするという報道も一分野として確立されていました。パートナーに殺される女性の事件データや当事者の証言を調査報道で蓄積し、離婚が簡単にできない地域の規範の問題や、加害者への罰則が甘い州法の実態などを浮き彫りにしていった連載記事が、2015年のピューリッツァー賞を受賞するなど、可視化されていない不条理をデータから明らかにしていく手法が、一分野として確立され、きちんと評価を受けていました。自分のやるべきことは、そういう不条理だと思いました。悪者はいないけれど、不利益をこうむっている人がいるという問題に取り組もうと」(錦光山さん)

 3月に聞いた藤原氏の児童扶養手当の話が、6月の米国で細い線になった。

 「帰国してまもなく、関東地方の母親による女子中学生殺害事件の公判が開かれ、殺害までの経緯が載った新聞記事を読んだこともきっかけになりました。同僚や上司に大会の内容を報告するとともに児童扶養手当の話もプレゼンして、そこから取材がスタートしました」(錦光山さん)

 かくして、細い線に矢じりがつき、矢印になった。

 それからの錦光山さんは中学生殺害事件の公判資料や行政資料を入手して読み込んだ。ばらばらの情報を拾い出し、時系列に整理したカレンダーを作った。そのデータを公的手当の支給日のタイミングと照らし合わせていくと、いろいろなことが浮かび上がってきた。

 「少なくとも事件の3年近く前から、母親が滞納家賃を、手当の支給月にまとめ払いしていたことが分かりました。手当の支給月の滞納料金のまとめ払いは『偶数月払い』と言われ、支援者の間では、家計破綻のサインと言われている行動です。さらにヤミ金の取り立てに追われるような時期に入ると、手当の支給日を挟んで、『豊』と『貧』の状態の差がさらに激しくなり、同時に行動に色濃く表れるようになっていました。

 象徴的だったのが、児童扶養手当が支給された2013年4月です。この手当の支給日は通常、11日なのですが、この月の5日、母親は『1万円でも2万円でもいいから貸してほしいという気持ちで』役所に生活保護の相談に行っています。手当まであと数日、という、一番苦しい時期です。しかし手当支給からほどない17日には、滞納家賃を2カ月分払っている。ほかにも、因果関係とまでは言いきれませんが、現金が手元にあるかないかで、行動がドラスチックに変わる事例が目につきました。いったい、これは何からもたらされるのだろうか、と」(錦光山さん)

 こうした取材と並行し、藤原氏を始め、女性の貧困と社会政策、家計分析を研究テーマとしている研究者らからも話を聞いた。「なぜこういう経済行動になるのか」を理解するために、行動経済学者にも教えを請うた。大竹文雄氏(大阪大学教授)は3本目の記事にコメントを寄せた宇南山卓氏(一橋大学准教授)の論文を紹介した。宇南山氏は、年金の支給頻度が年4回から現行の年6回へと変化したときの消費動向の変動を実証研究した研究者である。

 「同時に、大竹教授が紹介してくれたのが、『欠乏の行動経済学(原題:Scarcity)』という本です。時間やお金に乏しい状態の人たちが起こす行動や思考のパターンを一般向けに解説している優れた本です。その中で、著者は、年に数回しか収入が入らないインドの農民を対象にした研究結果など、支給頻度と期限に関する知見を紹介し、『一度にまとまった金を受け取る農民は、前半は豊かだが、最終的に欠乏するというサイクルに入る』と指摘、『長い期限はトラブルのもとだ』と警告しています。これを児童扶養手当の支給頻度にあてはめると、一度に20万円近い額が振り込まれ、4ヵ月という長いスパンで均等に使っていくというのは、誰にとっても難しいということが言えます。解決策として著者は言います。『裕福の後、欠乏というサイクルを立つ方法の一つは、一時的に裕福になった後、だんだん欠乏するような時期が続くようにするのではなく、ほどほどによい時期が長く続くように、支払いを小分けにするのだ』と。大竹教授や宇南山准教授の助言や論文も、これに裏打ちされていて、これだ、と思いました」(錦光山さん)

 細くフニャフニャだった矢印は、少しずつ太くなり、矢印の方向性も定まっていった。

 「迷いながら、寄り道しながら取材していたんですけど、取材すればするほど『やっぱり、これはおかしい』と。すごく皮肉なんですけど、公的給付の『渡し方』のせいで、貧困から抜け出せなくなるきっかけが出来てしまうんです。たかが支給頻度、とナメてはいけないと確信しました」(錦光山さん)

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みわよしこ [フリーランス・ライター]

1963年、福岡市長浜生まれ。1990年、東京理科大学大学院修士課程(物理学専攻)修了後、電機メーカで半導体デバイスの研究・開発に10年間従事。在職中より執筆活動を開始、2000年より著述業に専念。主な守備範囲はコンピュータ全般。2004年、運動障害が発生(2007年に障害認定)したことから、社会保障・社会福祉に問題意識を向けはじめた。現在は電動車椅子を使用。東京23区西端近く、農園や竹やぶに囲まれた地域で、1匹の高齢猫と暮らす。日常雑記ブログはこちら


生活保護のリアル~私たちの明日は? みわよしこ

生活保護当事者の増加、不正受給の社会問題化などをきっかけに生活保護制度自体の見直しが本格化している。本連載では、生活保護という制度・その周辺の人々の素顔を紹介しながら、制度そのものの解説。生活保護と貧困と常に隣り合わせにある人々の「ありのまま」の姿を紹介してゆく。

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