一つの書店の関係者が相次いで5人も行方不明になる異常な事件が香港で起きている。

 こんな不気味なことが続くようでは、一国二制度のもとで香港が果たしてきた自由な空間としての役割が失われてしまうのではないかと心配だ。

 「銅鑼湾書店」の店主、店員、親会社関係者ら4人が昨年10月以降、訪問先の中国広東省やタイで次々と姿を消した。

 5人目は書店の親会社の株主で作家の李波氏。12月30日、店の倉庫を出て行方不明になり、その後に家族にかかってきた電話は広東省からだったという。

 何が起きているのか。

 この書店は中国指導者にまつわる醜聞情報などを出版、販売し、大陸からの旅行客によく買われていた。最近は習近平(シーチンピン)国家主席に関する本を出す計画があったという。

 事件がこうした事情と関係があるのかどうかは分からないが、中国の警察や国家安全部門が事件に関与している疑いがあるとして、香港記者協会などは中国当局に説明を求める質問状を出している。

 言論が脅かされているとメディア関係者が考えるのは理解できる。香港では有力紙「明報」の元編集長が暴漢に襲われるなど、一昨年から不安感を与える事件が起きている。

 中国との関連では、香港民主派系の出版社経営者が広東省深センで当局に拘束されて密輸罪で懲役刑を言い渡され、言論への弾圧と受け止められている。

 こうした出来事がない交ぜになって香港メディアを萎縮させている。憂慮すべきことだ。

 中国では一部の新聞が、同書店について「虚偽をつくりあげて国家の政治制度を攻撃」「言論の自由を中央に対抗する手段に利用している」と非難しているが、不当な論評である。

 中国の政権が批判を許さぬ体制だからこそ香港側が反発する現実を見ようとしていない。

 失踪者のうち李波氏が英国パスポート保持者であるため、訪中している英外相が情報提供を求めた。これについて中国外務省の報道官が「香港のことは完全に中国の内政に属する。いかなる国も干渉できない」とはねつけるコメントをしている。

 これも理解できない対応だ。行方不明になった市民を案じ、情報を集めるのは当然である。

 香港は中国の特別行政区だが、香港基本法は言論、報道、出版の自由を明確に保障している。事件の真相の解明とともに、香港での言論活動が妨げられることのないよう、強く求めたい。