ほんの些細なことでした。
彼は吃音でした。
本当はそれだけでした。
彼はからかわれ笑われました。
彼は治そうとがんばりました。
それでも人の笑いは止まりませんでした。
彼は女の子に砂をかけられました。
彼が抗議をすると、女の子たちはありもしないできごとを先生に告白しました。
彼は成績を落としました。
先生は言いました。
学級で四番になりました。
誰ひとりもほめませんでした。
彼はいじめっこに呼ばれました。
彼は恐れました。
彼は先生の財布を盗みました。
残りの財布は翌日彼の机の中にありました。
また殴ると言われているから、何もいえませんでした。
高校に入りました。
告白時にわざわざ言いました。
お前が悪いと言われました。
ファンション雑誌を買いました。
チームワークは苦手なので、個人競技もやってみました。
誰も見向きもしませんでした。
友人は一緒にいるだけで損をするから、と言い残して別グループに逃げました。
彼は社内で普通程度に優秀でした。
社員は彼を疎んじました。
憧れの彼女は給湯室で喘ぎ声を上げていました。
いつか殺されたいと願うようになりました。
夜中神様にお願いをするようになりました。
彼は何も口には出せませんでした。
彼はうまく説明できませんでした。
社長には根も葉もない噂を流しているようでした。
かれはロープを買いました。とても頑丈で化学繊維で編み込まれていて、無機質で全く味気もなくて、彼の気持ちみたいに真っ白なロープでした。それから沢山のことを思い出しながら神様にお願いすると、別世界の入り口を覗きこむように輪を見つめたのでした。天井にぶら下がったロープは月明かりに照らされて何も言いません。そのほうがきっと彼にとって気楽なことだったから、月明かりに滲む向こう側の部屋を覗いた時も、光るロープを見れば何も怖くはありませんでした。それは彼にとって天使の輪に見えたのでした。
彼は新聞に載りました。
誰も見もしない小さな新聞の小さな片隅で、少しのあいだ人気ものになりました。
彼の自殺を聞いて人々は言いました。
生きていればいいことがあるのにと言いました。
でも彼らは数日後に彼のことをすっかり忘れてしまいました。