(テーマ音楽)
(拍手)
(神田陽子)艱難辛苦を乗り越えてようこそお集まり下さいました。
(笑い)心より篤く御礼を申し上げます。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花講談界の一人AKBと言われております陽子でございます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
(拍手)ありがとうございます。
ね〜講談界に入りまして約35年2歳で入門致しましたけれどもね…。
(笑い)あっという間の年月でございましたが一番最初に入門致しまして習いますお話が戦話軍談物とこういう事になっております。
戦話軍談物を昔は大名旗本の前でやらされましてでこれを軍師軍略家というような方々がまぁ参考にしたというような…もれ聞こえておりますけれども。
私のほうはですね師匠二代目神田山陽から習いましてですねもう来る日も来る日もお経のようにこの戦話で張り扇の叩き方はたまた声の出し方高低緩急歌い調子たたみ込みこういうのがあるんですけれどもねこういうのを勉強する訳でございます。
でまぁちょっとやってみますよ。
ね?ピシ〜リ一鞭加えるや「ハイヨ〜。
パッパッパッパッパッパッパ〜ッ」。
(張り扇の音)ってこんな事やるの。
まぁ私の美貌がだいなしでございますけれどもね。
(笑い)で声には高低があります緩急がありますまたは歌う所がありましてあとはたたみ込んでいくような所があるというのを師匠がマンツーマンでお稽古をして下さるというんでありがたい事でございます。
授業料も取らないでええ?偉いでしょう?でそうやって師匠が教えて下さいます代わりに私どもは肉体労働で返す訳でございます。
うちの師匠8時間お稽古して下さる方。
偉いんですよ。
もう弟子のほうがあくびしてたりなんかする。
まぁ師匠はねありがたいです。
感謝しておりますね。
明治生まれの師匠のおかげでなんとかこういうふうにね喋る事ができるようになったとこういう事でございます。
でうちの師匠は進取の気性の方でございましてね「古典も大事にするまた新しい講談も作らない限りはこれが10年20年続いて古典と呼ばれるようなものになるのだから新しい物にも目を向けて頑張りなさい」とこういうふうな教えでございました。
で今日はですね皆様にもちょっと講談…参加型講談で戦話軍談物を聞いて頂こうと思いますよ。
ポンポンとこうね叩くのをね皆様にもやって頂きたいの。
ね〜?
(笑い)講談入門という事でございます。
ね〜。
どうやるかって…。
ピシ〜リ一鞭加えるや…。
ポンっていうと皆様お客様ポンとこうやって頂きたい。
ね?でポンポンってやるとポンポンと2回叩いて頂きたい。
で3回の時があります。
3回ちょっと難しいです。
ポ〜ンポンポンこれが3回ね。
はいポ〜ンポンポン。
はい皆様ご一緒に。
ポ〜ンポンポン。
(会場3回拍手)お上手ですね〜。
(笑い)初めてとは思えないぐらいお上手でございますけれども。
じゃあその合図を出しますね。
合図が1回の時はこれ。
ポン。
はいポンこれ1回。
(会場拍手)三はいポン。
(会場拍手)お上手でございますね。
(笑い)2回目の時はポンポン。
はいやってみますよ。
三はいポンポン。
(会場拍手)お上手。
もう1回いきますか?三はいポンポン。
あらっ?
(会場拍手)何かバラバラしましたけれどもね。
まぁともかくポンポン。
3回目の時は難しいですよポ〜ンポンポン。
三はいポ〜ンポンポン。
(会場拍手)お上手でございます。
お見事でございます。
(笑い)では私とお客様のコラボレーションでやってみたいと思いますよ。
三はいピシ〜リ一鞭加えるや。
(会場1回拍手)「ハイヨ〜」。
(会場2回拍手)「パッパッパッパッパッパッパ〜ッ」。
ポ〜ンポンポン。
(会場3回拍手)馬勢を助くる力声。
(会場拍手)手綱さばきも鮮やかに。
(会場拍手)乗り出したるその有様は。
(会場拍手)げにや鞍上人無く鞍下に馬無く。
(会場拍手)お術は煙の如くに混沌として砂煙。
(会場拍手)土煙を立て疾風の如くに駆け出したり〜。
(会場拍手)お見事でございます。
すばらしい。
(笑い)練習のかいがあったというものでございますけれどもね。
まぁ今講談教室が大変人気でございましてね私も渋谷で今度始める事になったんでございますけれども機会がありましたら皆様方も講談を覚えて頂いて新年会忘年会ご自宅の法事の時に…。
(笑い)是非ご披露頂ければと思っております。
そんな訳で今日のお話は…。
(張り扇の音)「真田幸村大坂出陣」とこういう事になっております。
なんと来年がNHKの大河ドラマ「真田丸」でございますよ。
主演が堺雅人さん。
ね〜。
もう大ヒットしたドラマ幾つも出られていらっしゃいます。
NHKではBS「塚原卜伝」でね大変こう剣豪やられておりましたけれども今度は真田幸村「真田丸」という事で大変私もね期待しているところなんでございます。
どんな役でもいいから出たい訳ハハハハハハハ。
(笑い)で今日はもうそれだけ言いたくて来た訳ね。
ええ。
ですから私が大河ドラマに出た暁には皆様ご存じ?分かってる?「陽子ちゃん」とこうねハハハハハテレビに向かって「陽子ちゃん」とこう声をかけて頂ければうれしゅうございます。
そんな訳で真田幸村大変男気の篤いまた名将知識と言われた方。
遠くは楠木正成また中国では諸葛孔明と並び称せられるほどの名将知識。
もう大変頭のいい方で有名でございました。
この真田幸村の活躍「大坂出陣」をお送りしたいと思います。
(張り扇の音)真田幸村という人は古今の名将知識として知られております。
この人二代将軍秀忠公軍勢何十万の軍勢に対してわずか数千の軍をもって戦ったという方でございます。
皆様ご承知のとおりあの関ヶ原の合戦の時に石田三成のほうについてしまったのがこの人不幸な事でございました。
結果は皆様ご承知のとおり家康公のほうが勝利となりましたので普通ならば処刑されるはずのところをこの人の兄の信之が徳川方で大変な手柄を立てましたので父親と弟の命ごいを致しました。
この時に家康から「3日のうちに城を明け渡せ。
そうすれば命は助けてやる」とこう言われました。
今でも引っ越しは大変でございますね。
私のような貧乏人も引っ越しともなりますと4〜5日はかかっちゃうんでございます。
ね〜。
であとはもうダンボール開けてないダンボールが幾つも幾つも何年も何年も置いてあったりなんかするんでございますけれどもなんとこの昌幸幸村親子はわずか3日間で塵一つ残さずきれいに城を明け渡したのでございます。
そして昔の仲間の福島正則を訪ねます。
戦っている時には敵方でございますが平和の世の中ともなりますと昔の友人同士でございますから心よく奥へ通されます。
「世が世であれば御身も立派な武将であるのにお気の毒な事でござる」。
「いやこれも時世時節致し方もござるまい。
ついてはこれなるは奉加帳よろしくお頼み申します」。
一冊の帳面を差し出しました。
これ今で言うところの寄付金集めの帳面みたいなものなんでございますけれども開けてみると何にも書いてありません。
「おっ?余が初筆でござるかな?」。
「左様でございます」。
「相分かった」。
福島正則筆をとりますと「金百両」と書いて家来に百両持ってこさせました。
「失礼ながらこれだけ進ぜる」。
「かたじけのうござる」。
百両というのはもう大金でございます。
今の金額に直しますと莫大な金額でございます。
(笑い)ところが真田幸村何を思いましたか「ちょっとお筆を拝借」と言うと今書いてもらいました「金百両」この「金」と「百」という字の間に「五」という字を書き入れてしまいました。
「あ〜いやいや差し上げるのは百両でござるが」。
「それはよく存じておりまする。
しかし総じて奉加帳というものは初筆に倣うものにござります。
失礼ながらこうさせて頂きまする。
頂くのは百両で結構。
どうぞよろしくご了承下さりまするよう」。
これを聞いた時に福島正則「ヒイ〜ッ」。
まあ〜額に癇癪の筋を幾つも幾つも現しました。
「ウ〜ンお貸しなされ」。
奉加帳を取り上げますと筆にタップリと墨をつけて「金五百両」と書いてあと家来に四百両持ってこさせました。
「福島正則斯様な事は大嫌いでござる。
さぁそっくりお持ち下さりませ」。
なんと四百両儲かってしまいました。
つまりこれは幸村が福島正則の気性を知っていてわざとした事でございます。
まぁいわば借金の計略でございます。
軍略に優れた方ともなりますと借金をする時にも役に立つようでございますが。
さぁこのあと黒田官兵衛長政の所へ持っていく。
官兵衛これを見て…。
「ああっヤッハハ無理をしたな〜正則のやつ」と思いましたがまさか五百両と書いてあるそのあとに「五十両」とも書けませんのでしかたなく「金三百両」。
こうして莫大な金を軍資金として集めますとこれを住まいの九度山村の縁の下へと埋めてしまいました。
そうして家来には真田紐なんていう物をこしらえさせましてこれを関東に売りに行かせます。
ひそかに徳川方の動静を探らせていたのでございます。
さてその明くる年この幸村のお父さんがポックリと亡くなってしまいました。
病でございますからしかたございませんがさぁ幸村のほうはあまりの事にショックだったんでしょうかガックリと致しました。
もうもう人と会ってもボ〜ッとして挨拶も満足に致しません。
「ハア〜気の毒にな〜ええ?元は偉え大将だったっちゅうけんどよ〜父っ様が亡くなったで腑抜けになっちまっただかな〜?気の毒やな〜」。
世間では噂をするようになりましたが無論これは家康の眼をくらますための計略でございます。
とこうするうちに慶長19年関東関西のお手切れとなります。
そこへ秀頼公の使者が御教書というものをひそかに届けて参りました。
さぁその明くる日のこと幸村のほうはいつものように汚い格好でもって汚い馬に乗り隣村の醤油問屋の主宮川角兵衛を訪ねます。
大きな庭に面した縁側でもってのんきにもこう碁を打ち始めました。
するとしばらく致しましてパッパッパッパッと蹄の音人馬の音が聞こえて参ります。
「あれ?何だろう?」と思っておりますところへ女中がバタバタバタッと慌てて飛び込んで参りまして…。
「だ旦那様。
大変でございますよ大変…」。
「何だ?火事か喧嘩でも始まったのか?」。
「いや。
そうじゃございませんよ今なんでも松倉豊後守様のご同勢が三千人ばかり九度山のほうへ向かっているそうでございます。
ここに真田様が居る事が分かるとまあ〜この家は壊されるか焼き払われてしまいます。
真田様をお討ちになるんだそうでございます」。
「何?そりゃ本当か?」。
「ええ。
嘘じゃございません。
それご覧なさいまし」と慌てて女中が窓を開けてみるとなるほど松倉豊後守の同勢が三千余人勢い堂々と九度山へ向かっておりますから…。
「いやこりゃ大変だアハハハハハ。
真田様。
ああなた様がここに居る事が分かると手前ども迷惑を致しますんでさぁさぁどうぞお引き揚げお引き揚げ下さいましさぁさぁさぁさぁお帰りなされて下さりませ」。
「お前も不人情な男だな〜ええ?私が表へ出れば殺されるかもしれんのだぞ。
それを承知でつき出すつもりか?」。
「いえそういう訳じゃございませんけれどもこの家が壊されるとか焼き払われ…とんでもございません縁起でもございません」。
「何を言うておるのじゃええ?私は今では百姓になっておるのじゃ。
何かの間違いであろう」。
「いえいえいえいえ。
そうは仰いましても手前ども恐ろしゅうございますんでさぁさぁさぁどうぞ今のうちにお引き揚げ下さりませ」。
「そんなにも言うのなら帰ってもよいがのうまだ碁の勝負がついておらんぞ」。
「碁なんぞどうだっていいじゃありませんか」。
「いや。
そういう訳には参らん。
碁の勝負のつかんうちは帰る事はできんぞ」。
「そりゃ困りましたね〜ええ?弱りま…。
あっ分かりました。
はいはいはい。
でははい打ちました。
さぁさぁさぁさぁここにも打ちました。
さぁさぁさぁさぁあなた様の番でございます」。
「これこれこれ。
今2目置いたな?」。
「はい。
私が2目置きますからあなた様はどうぞ3目お置き下さいまし」ってこんな変な碁はございません。
これなら誰がやっても勝つに決まっておりますが。
「さぁあなた様の勝ちでございます」。
「そうかうん私の勝ちか。
勝ちとはさい先良し。
ではただいま立ち帰る。
才蔵」。
(拍手)「来いよ」。
「ハハ〜ッ」。
返事とともに傍らの土蔵がギ〜ッと開きますとヌ〜ッと出て参りましたのは六尺豊かな大きな侍。
右小脇には鎧兜左の手には袋入りの陣刀を携えノソッノソッと出て参りましたので驚いたのは宮川角兵衛。
「じょ冗談じゃありませんよ。
ええこんな人をこんな所に…いえいえ入れておいた覚えはございませんが」。
「その驚きはもっとも千万。
実は昨夜当家の油断を見すまし忍ばせおいたる我が家来忍びに名を得し霧隠才蔵と申す者じゃ」。
「エエ〜ッ?いや〜そんな方を…。
ええ?でもねこの扉には厳重な錠前がかかっていたはずでございますよ?」。
「うん。
いかに厳しき錠前があろうとも忍びの者じゃたやすく中へ入る事ができる。
あっそうじゃ望みとあらば思いのままに金銀財宝盗んで見しょうか?」。
「冗談じゃありませんよ。
ええ?そんな方に居られちゃ物騒でございますからさぁさぁもうお引き取り下さいましさぁさぁお立ちなされて下さいまし」。
「うん。
ではただいま立ち帰る。
才蔵。
支度」。
ヌックリと立ち上がりました左衛門尉幸村は今まで着ていた着類を脱ぎ捨て着込みを素早く着用なしその上よりザックリと着こなしたるは左の袖は赤糸をもって威し右の袖は白糸をもって威したる源平威し分け縫い留めの胴丸。
はるかにおどって上帯を締め頭に輝くは金六連銭の前立物銀鹿角の脇立なしたる五枚錣の兜を頂き背には黄羅紗の陣羽織腰には九州陣の折秀吉公より拝領なしたる五郎正宗の陣刀を帯し鹿革の足袋には武者草鞋金唐革の采配は腰なる鐶にガッキと納め右手には親骨が南蛮鉄小骨が鯨で13腱サッと開けば表は金地に月の丸裏を返せば銀地に秋の七草を描いたる軍扇を携えさぁ威風堂々凜々として辺りを払うの武者ぶりなり。
これを見た時に宮川角兵衛驚くまいことか。
「ウア〜ッヒャ〜ッワ〜ッ」。
びっくりして庭にひっくり返って思わず鯱立ちをしてしまいました。
以来角兵衛というのは鯱立ちをするようになったと言われておりますがまぁこれはあんまりあてにはなりませんが。
「馬引け〜っ」。
「ハハ〜ッ」。
家来穴山小介の引ききたる馬いつの間に手入れをなしたるか蹄たてがみは刈り込まれ面には龍頭の馬面をつけ「天の捨て小舟」を高蒔絵なしたる鞍を置き尾張型船底の伊達鐙煽りは六連銭の紋散らし紅白だんだら染め分けの八重手綱をつけパッパッパッパッ。
「お支度整いましてござりますれば速やかにご出立のほどを」。
「うん。
大儀であった」。
この時はるかかなたにあたってグワ〜ン。
一同何事ならんと音のする方見てあればかなたより砂煙土煙を立て駆け来ったる物見の侍。
「ご注進ご注進にござりまする」。
「何事じゃ?」。
「ただいま九度山に仕掛けましたる地雷火のため松倉の同勢木っ端みじんと散り果てましてござりまする」。
「うん。
さりとはさい先良し。
一同我に続け〜っ」。
ピシ〜リ一鞭加えるや「ハイヨ〜。
パッパッパッパッパッパッパッパ〜ッ」。
馬勢を助くる力声手綱さばきも鮮やかに乗り出したるその有様はげにや鞍上人無く鞍下に馬無くお術は煙の如くに混沌として砂煙土煙を立て疾風の如くに駆け出したり〜。
「それっ君に遅れてならじ」とあとに続いた面々は穴山小介矢沢丹後岩倉右京三好清海入道弟伊三入道駒ヶ岳大弐坊丹羽琴之介伊勢崎五太夫同じく九太夫望月官兵衛霧隠才蔵に海野三左衛門をはじめと致して真田家譜代の面々先を競って御供なす。
時に猿飛佐助においてはかねて傍えの竹藪に用意なしたる狼煙弾口火をつければピュ〜ッパンパ〜ン。
紅白二弾の狼煙を合図にグワ〜ングワ〜ンガンガンガンガンガンガンガンガン打ち鳴らしたる早鐘にかねて待機の真田の郎党「すわや君のご出馬なり」とて先を競って馳せ参じたり。
(張り扇の音)河内国紀見峠に駒を乗り上げし左衛門幸村馬足をとどめてふり返り見れば群がる同勢三千余人いずれも白地に胴を赤く黒にて六連銭を染め抜いたる旗へんぽんとして翻しあるいは金頭陣笠の馬印銀五十成瓢箪の馬印を押し立てひしめき合いたる有様はさながら雲か霞と紛うばかりなり。
左衛門幸村両足を鐙より外し両の手を鞍の山形につかえ…。
「さても各々には微力なる幸村に対しお味方下されかたじけなく。
略儀ながらこれにて御礼申し上げる。
ついては軍事に賢き大御所家康公のことなれば先手にいかなる伏せ勢あるや計り知れずにわかに集まりし事なれば同士討ちなどしてもの笑いの種残しては相ならず合言葉を定めおかれよ」。
「かしこまってござりまする。
してその合言葉の儀は?」。
「されば『戦』と問わば『勝ち』と答えよ」。
「戦〜っ」。
「勝ち」。
「恐悦にござりまする〜」。
「押せ〜」。
バラリ振り切る采配とともにド〜ン。
「えいえいえい。
おうおうお〜う」。
一鼓六足の調子を整え三千の同勢を従えます。
(張り扇の音)時は慶長19年11月19日難攻不落の名城大坂に乗り込みを致しました。
「真田左衛門尉幸村大坂出陣」という一席これをもちまして読み終わりと致します。
(拍手)2016/01/03(日) 05:25〜05:55
NHKEテレ1大阪
日本の話芸・選 講談「真田幸村大坂出陣」[解][字]
講談「真田幸村大坂出陣」▽神田陽子
詳細情報
番組内容
講談「真田幸村大坂出陣」▽神田陽子
出演者
【出演】神田陽子
ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
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日本語(解説)
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