(テーマ音楽)福島市に新たに完成した牧場の落成式です。
避難生活を送る5人の酪農家が運営し復興牧場と呼ばれています。
牧場を運営する会社の代表を務める…飯舘村で酪農を営んでいましたが原発事故で牧場を閉鎖せざるをえませんでした。
平成23年に起きた福島第一原発の爆発事故。
これにより酪農家に数々の苦難が降りかかりました。
牛乳は出荷停止になり県内全ての酪農家が牛乳を廃棄。
廃業する人も相次ぎました。
田中さんの牧場があった飯舘村長泥地区は今も帰宅困難区域になっています。
出荷できない牛乳を搾っては捨てる毎日。
捨てた量は10トン近くに上りました。
飼っていた45頭の乳牛は痩せ細り再開のめども立たず手放す事になりました。
半分の牛はほかの農家に引き取られましたが残りは処分するほかありませんでした。
その後田中さんは避難先を転々とする生活を続けます。
避難生活の間も飯舘村で営んでいた酪農は忘れられませんでした。
そして田中さんは酪農復活への強い思いを共有する仲間と新たな牧場の共同経営を決断します。
人も牛も今度こそ幸せになってほしい。
牧場は幸福と牛乳を意味する言葉を使いフェリスラテと名付けました。
完成した牧場は敷地の広さ3.7ヘクタール。
国と県などからも援助を受け真新しい4つの牛舎が設置されました。
そして平成27年10月。
60頭の乳牛が北海道から運び込まれました。
待ちかねた主役の登場に牧場も活気づきます。
12月には牛乳の出荷を始め翌年春には乳牛も500頭にまで増やす予定です。
将来的に目指すのは年間5,000トンの牛乳を生産する東北有数の大規模牧場です。
2016/01/04(月) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「福島県飯舘村 田中一正さん」[字]
東日本大震災に遭遇した人々の証言。福島県飯舘村で酪農を営んでいた田中一正さんは、原発事故で一時廃業に追い込まれたが、復活を望む仲間とともに新しい牧場を作った。
詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した人々の証言。福島県飯舘村で酪農を営んでいた田中一正さんは、原発事故で一時廃業に追い込まれたが、復活を望む仲間とともに新しい牧場経営を始めた。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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