NHK俳句 題「去年今年」 2016.01.06


目に見えないさまざまな波長の光がある。
これらをまとめて電磁波という。
電磁波は暮らしの中でさまざまに利用されている。
「NHK俳句」司会の岸本葉子です。
第1週の選者は池田澄子さんです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
そして今日のゲストは写真家の荒木経惟さんです。
ようこそお越し下さいました。
どうも。
アラーキーさんとお呼びしてよろしいんでしょうか?それがいいね。
はいでは遠慮なく。
そのアラーキーさんですが攝津幸彦さんとの「俳句幻景」という本に写真を載せていらっしゃいます。
例えばこんな感じです。
で攝津幸彦さんは澄子さんと俳句をご一緒なさってたんですよね?ええそうですね。
彼の最晩年一緒にやっていました。
50歳で亡くなったんですよ。
でアラーキーさんの大ファンで彼が亡くなったあとでのそれは文集なんですけれどもねそこに「写真を使わせて頂けませんか?」とお願いしたら快くお貸し下さった。
ですからこれはコラボとかっていうものではなくて勝手にね俳句と程よい距離の遠さっていうか近さというかねそういう写真を使わせて頂いた。
だから本人が生きてたら本当に喜んだと思いますけどね。
その荒木さん…アラーキーさん程よい距離いかがですか?程よいっつうかねかなり離れてていいね。
大概さ俳句やなんかその説明みたいな句になっちゃうじゃない普通だとね。
でもこれ全然関係…関係ない訳じゃないんだけどちょっと違う方向からアングルから来て私のあれとぶつかり合うっつう…。
だからその…俳句の方はよく分かんないけどさ写真見る目はある。
アハハハハハ…。
うれしいんだよね。
「あこれでちょっと一句詠みたい」とかさそういうふうに思ってくれんのがいろんな批評とか何とかよりねこっちにとっちゃねいい気持ちだね。
あの〜。
何ですか…アラーキーさんの語録がいろいろありますけれどもねこうぞくぞくさせるんですよ。
だからそれがいいんですよね。
あの〜花を初めて撮られた時に枯れかかった彼岸花をお撮りになった。
その辺…。
それはね私の生まれ育ったとか遊んだ三ノ輪の浄閑寺っていう吉原の投げ込み寺なんですけどね遊女たちの…。
そのお墓の彼岸の日にその2週間後に撮ったの。
要するに女…花も女もねやっぱりね枯れかかりじゃないと駄目なんだな。
それが一番色気が…。
そうええ。
死にゆく時のエロチシズムとかねいろいろそういう言葉がありますけどこの枯れてしおれていく花がいいと。
そのちょっと前ね。
それでその両方がいいんでしょ?そう。
でねドライフラワーになっちゃ駄目なんだ。
アハハハハハ…。
女もドライフラワーになっちゃ駄目。
いや〜かなり深い話ですね。
難しいですね。
そう難しい。
ここでちょっと今日の兼題に戻って。
さて「去年今年」。
冒頭の句紹介しました。
「考えると女で大人去年今年」。
荒木さんこれ池田さんの句なんですよ。
難しいね。
どうして難しいんですか?じゃあ単純に女捨ててないってところがいいよ。
女は女だっつううん。
今年も来年も…ああ去年もず〜っと私女やってんのよっていう感じがね…。
ふだん忘れてるんです。
「考えると」だから考えないと忘れてんの。
フフフフ。
いや女やってますよ。
大丈夫だよね。
ハハハハハハ…。
フフフフフ…。
番組の後半でも荒木さんにはいろいろお話を伺います。
楽しみです。
では池田さんが選んだ入選句をご紹介していきます。
池田澄子選入選九句。
まず1番です。
灯油が三缶も用意されてるっていう事は人がいるという感じがしますよね。
夜更かしもするだろうしにぎやかな越年それから新年を思わせてくれますね。
で寒さ対策が出来ていればもうこれでオッケーっていうこの安心感が…う〜ん…「灯油三缶」で具象化されているというふうに読みました。
よくここに焦点を当てましたよね。
そうです。
2番です。
フフフフフ…。
消灯後かもしれませんね。
影が動くっていう事はナースがのんびり座ってはいないっていう事ですよね。
働いている気配が突然感じられたっていう事はひょっとしたら誰かこの病棟でね病状が悪くなったのかなとかって思ってるようなそういう感じがよく出ていますね。
3番です。
「そうですよね〜」って言いたくなりますね。
これ好きなんだな。
(一同の笑い声)一度老人になるともう一生老人なんですよね。
こういうとぼけた物言いっていうのかな…。
そうそう。
老人っつうか老いたとかそういうんじゃなくて老人こそ男だっつうさぐらいの人生になるっていう…。
元気なあれだね生きる喜びが…方向に行くっていう感じがあってこれが好きだな。
ははあ。
本当俳句ですね。
これだけの言葉でね。
何か「ずっと」なんですね。
まだまだ生きるんですね。
そう「ずっと」がね本当に面白い。
4番です。
この句は「星」それから「去年今年」という漢字があってそのほかにたまたまかもしれませんけども5文字の平仮名が並んでいるんですね。
これも何か姿としてとても美しいですよね。
望郷かあるいは帰郷しての感慨かもしれませんけれども「星はきららか」ってもし言ったとするとそれはもう常とう的な決まり文句で「星はきららかだ」って言ってるだけなんですね描写してる。
でもこの「や」によってふるさとへの思いが美しく立ち上がってるんじゃないかなと思いました。
5番です。
これもすごい!ハハハハハ…。
面白いですよね〜。
私もね今写真撮ってね極楽を撮ってるんだけど。
ところがね極楽には天国にはもう血の池地獄があるんだぞっていうような写真を撮ってんの。
ちょっと合うところあるなこれ。
「死ぬ前に」っつうのがね。
死んでから極楽行ったんじゃつまらんって言ってるんですよね。
生きてるうちに見たいってすごいおちゃめな句だと思いました。
明るいですよね。
この世の極楽何でしょうね?6番です。
極楽にも血の池地獄あるんだぞ。
6番です。
大人になると喧嘩っていうのは親しさとか信頼感とか甘えがあってできるんですね。
そうじゃないと喧嘩できないんですよね。
一番気楽に喧嘩ができるのは母だろうと思うんですね。
ですけども遠慮がないもんでついひどい事を言ってしまったりする訳ですよ。
言ってしまって後で後悔するんですね。
「できて」っていう言葉がとても微妙なところを言っていて…。
あの〜何て言うのかな…。
母が老いてる…すごく老いているのかもしれない。
この方どうか分かりませんけれども。
母が生きていてくれてるから喧嘩ができるんだなっていうねそういう事かもしれませんね。
とてもたくさんの事を語ってると思います。
7番自由題です。
平日になってね割とすぐに動物園行ったんでしょうか。
遊びに行ったのかもしれないしひょっとしたらばこの作者が飼育係だったかもしれませんしね。
まあどうでもいいんですけれども。
檻は空いているっていう事は掃除中とかっていう事も考えられますけれどもでも私はそうじゃなくて檻が空いているっていう事はそこにいた動物が死んだと。
で今いないというふうに思うんですけれどもね。
どうでしょうね?この句はそれを特に細かく説明していないところがとてもいいと思います。
人日は1月7日ですね。
8番です。
もうこれはとても素直な言葉で「病気をせずに」ってわざわざ意識しないんですね普通ね。
病気をしないで越年するっていう事をそんなにありがたい事って普通は思わないんですけれどもそれをあえてねこれはうれしい事なんだと言っているところがとても素直でいいなと思うんですね。
当たり前ではないんですよね。
病気をせずに越年ができるっていう事は当たり前とは限らないんだっていうその事への感謝自分が今病気をせずにっていう事への感謝が詠まれているんだと思いました。
9番です。
これ面白いでしょ?うん。
ハハハハハ…。
何かみんなあれだねえ。
これが俳句かっていうのばっかりだな。
ねえ。
それがいいと思うんだけど私は。
でも従来からいったらさ「柿くえば」だろ?そんなのじゃないのばっかりだな。
すごく身近でいいと思うね私は。
偉そうじゃないですね。
ほとんどの人はこういうふうに年を越すんだと思うんですよ。
昨年と同じ反省をしながら来年こそはと思いながらね。
でそういう自嘲でしょうかね詠まれてるのは。
来年もねきっと同じ事を思いそうな気がするんですよね。
そこが楽しいですね。
以上が入選句でした。
一句は自由題でした。
それではここで本日の入選句を振り返って荒木さんがアラーキーさんが特にお好きな句などがあれば伺いたいと思います。
さっき言った…うん。
先ほどの3番の「これからもずっと老人」。
「ずっと老人」っていいじゃない。
ひねてないよね。
その老人っていう言葉…老人になった事がこう力になってるっていうような感じが出て来年っつうかさ今年もいくぞっていうさ生に向かってるっていう感じがあっていいと思うねうん。
じゃあ私強いて一つ挙げるなら1番の「軒先の灯油三缶」。
何か大きく年が動いていく中で小さいけど動かないものをちょっと見せてくれてるなと思いました。
さて池田さんはどの句を選ぶでしょうか?それでは本日の特選句です。
まず三席から。
はい。
1番大渕久幸さんの句です。
二席はどちらでしょう?7番の句です。
牟礼鯨さん。
いよいよ一席です。
6番の句です。
碩真由美さんの句です。
これは泣けるよな。
泣かせますよね。
なるほどというとこでアラーキーさんも納得の一席でした。
澄子さんこの一席特にどこがよかったでしょうか?さっきもちょっと申し上げましたけどこの「できて」って「喧嘩ができて」っていう言葉ねその中には親子だから甘えて喧嘩ができるっていう事と母が…もうかなり弱ってはいらっしゃるんだけれども母が生きているからこそ喧嘩ができるんだっていう…。
何かとってもしみじみしたものも入っていますよね。
以上が今週の特選でした。
続いては添削のコーナーです。
ここをこうすればもっとよくなるというポイントを教えて頂きます。
今日はこの句ですね。
子どもが珍しく晴着を着せてもらってふだんとは違って緊張してワクワクしているんでしょうね。
そしてちょっと大人になったような気分かもしれませんよね。
その大人になったような気分それが「会う人ごとに挨拶す」っていう具体的な描写で描かれているんじゃないかなと思うんですね。
ところがですね「晴着」だと七五三かもしれないしおひなさまかもしれないしどっちでも読めるんですよね。
でこういう便利な言葉があるんですね。
お正月に着る晴着を「春着」って言うんですね。
そこだけなんですけどそうするとこの句はお正月の句になって何かお年玉とかねそんな事もちょっと頭をよぎったりしますよね。
ですからもし私の句だったら……というふうにしたいと思いますけど作者はどうでしょうか?アラーキーさん春着っていいですね。
いやいいねえ。
すごくいい。
あのね澄子さんのね…。
俳句ってさ季語とかってあるじゃない。
季語じゃなくて死語があるから好きなんだよ。
それが今日の…知らなかったもんこの言葉。
「春着」ってうん。
これは自分で作ったのかなと思っちゃった。
季語としてあるんですよ。
便利な…。
以上…。
ああ「春着」いいなあ。
ねえ。
というお墨付きでした。
「春着」だけで決まりだね。
そうです。
以上俳句作りの参考になさって下さい。
それでは池田さんの年間テーマ「びっくりして嬉しくなる俳句」についてお話を伺っていきます。
さてどんな句が紹介されるでしょうか?はい今月は巨大な題と極小の題っていう事にしたんですけれどもね。
こういう句があります。
俳句をやり始めて最初に覚えた句だったと思うんですけれどもね。
何だか分かんないでしょう。
分かんないですね。
分かんないけど面白いよな。
で何にもないんですよね。
棒もないんですね。
棒の如きものがヌ〜ッとこう存在を主張しているんですね。
で神秘的でそれでいて何か実感として何かヌ〜ッと棒の如きものがあるような気分にさせられてしまうんですよね。
何か宇宙の果てしない…暗闇まで何となく気持ちが持っていかれるっていう句だと思うんです。
それに比べてこういう句もあります。
同じ高浜虚子の句です。
12時半1時1時半。
柱時計が一つ鳴るんですよね3回続けて。
もうささいすぎてびっくりしますね。
虚子がこんな小さな事を「よしこれを俳句にしよう」と思ったという事に感動する訳ですよ。
こういうささいな主題がこの前の「棒の如きもの」みたいな広く深いものと比べて見劣りしない。
「これはこれ」っていうところがすごいなあと思って。
どちらがいい訳ではない。
両方があるから私は俳句は面白いと思うんですよね。
虚子も両方の句があるから虚子はすごいなって私いつも感動して。
本当に虚子にはそういう小さい句がたくさんあるんですよね。
ちょっとね「棒」っていうのが出たでしょう。
今ね私がね写真撮ってるのはね真ん中にね棒…電信柱とかね木を入れて撮る。
だからね要するに何撮ってんのかなと思って…。
今ちょっと共感するのは「去年今年」でしょ?はい。
去年と…今年はねこっち真ん中なの棒。
それでこっちが未来なの。
俺そういうような写真自分で無意識に撮ってるんじゃないかなって今この句を見て思ったね。
どうしてもねどうしてもね街撮ったりなんかする時に真ん中…真ん真ん中にね電信柱入れるんだよ。
それ何だか引かれるんだね。
もしかしたら電信柱なり枯れ木なりに何かあるんじゃないかっていう。
それは今だね今年っつうか今っていうような感じが今句を読んでもらってさ思ったね。
アラーキーさんは例えば「去年今年」っていう言葉を思いながら時計の音に絞っていくっていうところね。
だから広〜いこの風景の中のどこを切り取って俳句にするかっていうところが俳句の勝負どころになると思うんですね。
たくさんのものが自分の目の前にはある訳ですからね。
これは荒木さん写真を撮る時のねフレーミングと同じ事ですよね。
結局写真…何かこう見方はねどこをフレーミングしちゃうかっていう。
すごく俳句に似てる。
だから私が最初にフレーミングをまあ気付いたっていうか教えられたのは父が死んだ時に元気な時の顔じゃなくて病気長かったから顔が違う顔。
だから写真撮る時に死んだ時に顔カットなしで。
死者がっていうか撮られる人が撮られる物でもいいですね。
…が喜ぶように撮りたい。
もうね絶対オマージュしなくちゃいけない訳です死者に対して特にね。
そんでおふくろの場合もさっき「アングル」って言いましたけどアングルで…死んでブツになってる訳よ。
そうするとねまあいつものダジャレ言ってさ笑わす訳にいかないしそんでそうするとグルグル回ってね一番美しく彼女が喜ぶようなアングルを探す訳。
まあ喜ぶっつうのは美人に撮るっていう事だけど。
そのアングルを探し回る。
で一番いいアングルを…。
だから写真っていうのはフレーミングとアングルで決まるっていう。
それをね教えられたっていうか。
人の写真で言えばね池田さんの一番好きな荒木さんの写真がこちらだそうです。
これもね私…すごくいいねえ。
これ選んでくれたなんてねもう写真見る目があるんじゃないかな。
あれはアラーキーさんもお好きな写真…?「彼女の写真で一枚選べ」って言ったらこれ選ぶ。
…ていうのはね切なさとかさ独りっていうとこが写ってる訳よ。
こんだけの…愛してんのにとか愛されて…不確かな訳よ。
それがもうともかく私独りっていう感じがね写っちゃってるんだよね。
ふだんはお連れ合いで一緒に住んでいるのに…。
普通に俺撮って…。
本当はちょっとなってよく考えたらこっちが悲しいよな。
こんだけの思いが通じてなかったんだっていうような事まで自分自身の気持ちまで定着されちゃったんだっていうような事で好きな写真なんだな〜。
池田さんこの写真に句をつけるとしたら…?ええ私ね…。
自分の句を言うの恥ずかしいですけどね。
こんなすてきな写真を見ながら…。
何かちょっと思いが…。
どうりで最近背中が痛えな。
アハハハハハ…。
通じますでしょうかね。
孤独感ですかね。
切なさだよね〜。
切ないんだよね。
何か自分の肉体がある事の切なさとか…。
いいねえ。
ブラウン管通してもいい写真だなあ。
(岸本池田)ねえ。
この写真のあとだとあれを思うんですよ。
コブシを…奥様のお見舞いに行く時にコブシの枝を持って階段を上がっていく影になっている写真ありますよねえ。
危篤って聞いて病院への近道の階段を上がっていく時にちょっとね…ちょっとこう余裕より…何つうんだろう計算かなあ。
コブシの花を持っていこうっつって持ってそれを階段上がる時に撮って。
これ泣きます私これ。
これもいいでしょう?このあとね10時間ぐらいあとに死んだんだけどそん時にコブシの花がね…。
咲くんですよね。
咲いたの。
だからね私の…花も今撮り続けてるけどやっぱり浄閑寺の彼岸花とこれだねこれが引きずってるねずっと。
だからどうしてもね生と死がね一番花にあるような気がして感じが。
まだまだお話尽きませんがお時間です。
今日はゲストに荒木経惟さんをお招きしてお送りしました。
荒木さん池田さんありがとうございました。
また来週この時間にお目にかかりましょう。
2016/01/06(水) 15:00〜15:25
NHKEテレ1大阪
NHK俳句 題「去年今年」[字]

選者は池田澄子さん。ゲストは写真家の荒木経惟さん。俳句は言葉の写真と呼ばれるようにフレーミングとシャッターチャンスが大切。写真と俳句の似た点違う点を語ってもらう

詳細情報
番組内容
選者は池田澄子さん。ゲストは写真家の荒木経惟さん。俳句は言葉の写真と呼ばれるようにフレーミングとシャッターチャンスが大切。写真と俳句の似た点違う点を語ってもらう。【司会】岸本葉子
出演者
【ゲスト】写真家…荒木経惟,【出演】池田澄子,【司会】岸本葉子

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
趣味/教育 – 生涯教育・資格

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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