奇跡の色 備前・森陶岳 巨大窯に挑む 2016.01.05


いにしえの陶工たちによって命を宿し刻み込まれた炎と土の結晶は400年の時を超えてなお見る者の心を揺さぶります。
人生の全てを懸けこの古備前を超えようとしている男がいます。
異彩を放つ備前の巨人です。
古備前と言われる焼き物を超えていかないといけないですから。
どんな事をしようとも。
志を遂げるため20年もの歳月をかけて完成させたのが全長85mに及ぶ巨大窯。
史上類を見ない桁外れのスケールです。
炎を燃やし器を焼くのに100日。
冷ますだけで90日。
丸1年をかける壮大な挑戦です。
「古備前を超えてみせる」。
森陶岳1年に及ぶ記録です。
牛窓海岸に程近い丘陵地。
膨大な薪が積み上げられた道が延々と続きます。
陶岳の工房。
寝起きもここでしています。
5年前に妻を亡くしました。
炊事や洗濯家事全般全て自分でこなしています。
血圧が高いため医者からはあまり無理をするなと言われています。
陶岳の作品です。
均斉の取れた美しいたたずまい。
土の素朴な表情と窯の炎が焼き付けた変化に富んだ模様が特徴です。
炎と土だけで作られる備前焼では絵付けや釉薬による模様はありません。
代わりに「胡麻」と呼ばれる備前独特の模様があります。
これは薪が燃えた灰が溶けてガラス化したいわば天然の釉薬です。
そしてこちらが古備前。
桃山時代に絶頂を迎えた備前最高峰の作品群を指します。
古備前の大きな特徴の一つが豊かな胡麻。
ひと色のように見えながら実際には変化に富む複雑な色調をたたえています。
陶岳が一番大事にしている古備前の花瓶を見せてくれました。
瀬戸内海で桃山時代に沈没した船の中から引きあげられたそうです。
陶岳は言います。
「100m離れても古備前はエネルギーを発している」。
若い頃出会ったこの花瓶の力がその後の道しるべとなりました。
成功すればここでピリオドを打てるんです。
だから失敗ができないという事です。
1年前の正月。
85mの巨大窯がついに火入れの時を迎えました。
3か月余り続く窯焚きの幕開けです。
山を切り開き何もなかった土地に巨大窯をつくり始めてから30年。
窯の中には丹精を込めて作り上げた2,000点の器が詰められています。
窯から程近い陶岳のふるさと伊部。
1,000年の伝統をつないできた備前焼の中心地です。
100軒を超す窯が操業を続けています。
町の一角に残る陶岳の生家。
室町時代から続く備前焼の名門で陶岳は跡取りとして生まれました。
実家の裏に陶岳が父から受け継いだ窯があります。
長さは10m。
現代の備前焼では一般的な大きさです。
幼い頃陶岳は炎を見る事が大好きでした。
一人で火をおこしてはよく母親に叱られたといいます。
瓦を屋根にして小さな窯を作りままごとの道具を焼いたりもしていました。
子供の時にはその窯の中へ入れたものが温度が上がってきて明るくなってそれが鮮明に見えてきたその時の感動いう…。
「ああきれいになった」とか中に入れた小さいものがはっきり見えて黒いすすが取れてはっきり見えたいうその感動があったんじゃないでしょうか。
陶岳は25歳で美術教員を辞めて家業を継ぎました。
初期の作品です。
表面にあえて違う土を施し赤い模様をまとわせています。
それまでの備前焼にはない斬新なアイデアを形にしました。
「備前に奇才現る」。
作品は多くの賞を取り収蔵を名乗り出る美術館が相次ぎました。
有頂天のやさきある美術館で陶岳は400年前の古備前を目にします。
膨らみかけていた自信が崩れ落ちました。
過去に残された焼き物に触れた時には非常に感動をおぼえるにもかかわらず自分で精いっぱい作った作品にはそういう…心が動くような内容になってない。
なぜならないのかないう事を常に思うようになりました。
これはその疑問を解かないかぎりこれから先仕事が続けられない。
古備前への探究が始まりました。
苦労したのは文献資料が一切残っていない事でした。
陶岳は窯の遺跡に答えを求めます。
自ら図面を起こして古備前が全長50mの窯で作られた事を突き止めました。
陶岳は借金をしてこれと同じ大きさの窯を自分で築きます。
大きな窯への試行錯誤が始まったのです。
この仕事に関わる段階ではもう経験もないし焼き物の知識もないしそれからそういう哲学も持って入ったわけじゃないのでもう何か分からないけど勢いだけで右往左往してるんですよ。
そのうちに何か肝心なその…光に値するようなものがある時期感じられる時があるんですよ。
それを感じた時にはもうその焼き物の世界から抜けられない。
突き進むしかないという事を思い知らされる時があるんですよ。
陶岳36歳の時でした。
正月の火入れから1か月がたちました。
一度火をつけると窯焚きの3か月余りは一時たりとも火を絶やす事はできません。
この夜の火の当番は陶岳の長男一洋さんです。
当番は一日3交代で薪をくべ続けます。
深夜2時。
眠りから覚めた陶岳が焚き口のそばに来ました。
何かが気にかかっているようです。
視線の先にあったのは窯の左右の温度を示すメーターでした。
左が419℃右が458℃。
この温度差が続くと大きな器の片側が早く焼けて収縮し割れが生じてしまいます。
ここまで大きな温度差は今回の巨大窯に挑むまで見た事がありませんでした。
とりあえず焚き口に枕木を挟んで窯に流れ込む空気を増やしてみる事にしました。
炎は増したように見えますが…。
翌朝。
陶岳の姿はまだ焚き口にありました。
ようやく窯の左右の温度差がなくなりました。
最初の関門を乗り越えました。
古備前に「追いつこう」という決意で始まった陶岳の挑戦。
それが「超える」という野望に変わったのはある重大な発見があったからです。
古備前と同じ50mの窯で作品を作り始め10年がたった頃ついに古備前の域に達したと感じた作品が出来ました。
濃い茶色の表面に複雑な色をたたえた胡麻。
この徳利が持つ味わいは古備前を思わせるものでした。
しかし陶岳には解けない謎がありました。
これは古備前の大甕です。
どの断面もゆがむ事なくきれいな円を描くその造形。
何度挑戦しても再現できませんでした。
頭を抱えていた時窯の遺跡で大甕のかけらを拾います。
陶岳はその表面に3つのくぼみを見つけました。
それはおもりを垂らすために立てた3本の柱を刺した跡でした。
おもりが示すぶれない中心を基点にきれいな円を描きながら甕を作っていたのです。
陶岳はいにしえの陶工たちが残したこの仕事に美しさの本質を見いだします。
進化への飽くなき探究心。
それこそが古備前が発する力の源だと気が付いたのです。
確かな内容の作業を真摯に進めて死んでいった人が大半だと思いますけどその中でも一花咲かせた人も多々おられてそれが文化の重みとなって積み上げられたものになってる。
陶岳は古備前の模倣を捨て去ります。
伝統を引き継ぎつつもそこに自分なりの進化を加えたい。
そうして築き上げたのが古備前の時代の大きさをはるかに超える85mの巨大窯です。
誰も挑んだ事のない巨大窯で燃え盛る強大な炎。
人知を超えた力で広大な空間を駆け巡りながら奇跡の焼き色を残してくれるに違いない。
陶岳は窯の大きさに進化の可能性を託したのです。
古備前を超えていかないといけないんですから。
どんな事をしようとも。
半歩でも1歩でも超えていかないといけないわけで。
窯焚きが始まってから2か月がたちました。
三番。
まだやめておこうか?はいまだ…。
大窯に立ち向かうには仲間の存在が欠かせません。
陶岳の窯には息子の一洋さんのほかに7人の助っ人がいます。
誰もが陶岳の志に魅せられた仲間たちです。
窯焚きの工程も7合目を越えたこの日窯の中の様子を確認しようと陶岳が言いだしました。
「色見」とは器の焼け具合を確かめるための小さな標本です。
熱い熱い熱い。
思いもかけない事が起こっていました。
薪の灰が熱で溶ける事なく分厚くこびりついていたのです。
本来なら炎が灰をガラス状に溶かす事で胡麻が生まれます。
灰が溶けなければ醜い焦げ付きに覆われただけの器になってしまいます。
陶岳は一計を案じました。
大量の竹を運ぶよう仲間に指示を出す陶岳。
薪のアカマツよりも更に燃えやすい竹で火力を上げ厚く積もった灰を溶かそうと考えました。
しかし竹は瞬く間に燃え尽きてしまうので強い火力を保ち続けるには次から次へとくべていかなければなりません。
作業は翌日もその翌日も休む事なく続けられました。
5日目の朝。
再び色見が取り出されました。
竹を燃やした熱で溶けた灰は風雅な胡麻に姿を変えました。
巨大窯がもたらした過酷な試練。
陶岳たちはそれを結束力で乗り切りました。
すばらしい色しとるな。
これはハモ。
汁はタナゴやね。
ハモが入っとるやないか。
ええでこりゃ。
おいしそうやで。
私の料理は隠し味に金がかかとるんですから。
上品に食べな。
(笑い声)この顔に。
この3人の顔どこに上品さがあるんだか。
火が入ってから3か月と2週間。
窯焚きの作業が全て終わりました。
急激な温度変化から器を守るため窯の穴を閉じます。
ここからはゆっくりと3か月間。
焼き締められた器が自然に冷めるのを待ちます。
季節は春から夏になっていました。
出来栄えに思いをはせる陶岳。
表情には硬さが漂います。
そしてその日は来ました。
窯出しです。
(一同)せ〜の!まず大きな甕が取り出されます。
胡麻が玉だれとなりへりから満遍なく流れています。
古備前の陶工たちが手がけた大甕で最大なのは三石。
陶岳は彼らもなしえなかった五石の大甕をかくも美しく焼き上げたのです。
炎の跡が焼き付いて出来る緋襷をまとった徳利もたくさん出てきました。
陶岳はこの燃えたつような色にこれまでと違う炎の跡を感じ取っていました。
この日陶岳の視線が窯の中の一群に注がれていました。
暗闇の中で見慣れない焼き色を放つ一角。
それは白い胡麻をまとった焼き物たちでした。
うわ〜これはすごい色になった。
すごい色だ。
すげえな。
陶岳はおもむろにその白い花入れを持って歩きだしました。
う〜ん…やっぱり人間離れをしたそういう力を持ってるんじゃないでしょうか。
人の力で人工的に小細工したというそういう内容でなくて自然にこれが生まれ出たというそういう強いエネルギーを持っとるんじゃないでしょうか。
何か化け物みたいですね。
う〜ん力が…。
尋常なものとは思えません。
陶岳が見入った花入れ。
それがまとうのはまるですすき野に地吹雪で積もった粉雪のような白。
「古備前を超えてみせる」。
43年に及ぶ努力が一人の陶工にもたらした奇跡の色です。
平成27年10月。
巨大窯から全ての器が取り出されました。
ここに立ってしみじみと窯見る事は今初めてじゃないでしょうか。
もうそれでもあれですよ。
窯から出た作品をしみじみ見ようという気はしてないんです。
もうこれは終わったものであってもう次に気持ちが移っていかないといけないんで。
まあそういう80歳になった者がどういうものが見えるとかいう事は分かりませんから。
しかし見たいんです。
見ようとするわけだ。
命ある限り見ようとするわけ。
2016/01/05(火) 14:05〜14:45
NHK総合1・神戸
奇跡の色 備前・森陶岳 巨大窯に挑む[字][再]

希代の備前焼作家・森陶岳が、史上類のない85mの巨大窯で作陶に挑む。なぜ陶岳は私財をなげうってまでこの大事業に挑むのか。一年の密着取材でその精神世界を描く。

詳細情報
番組内容
比類なき巨大さを誇る85mの大窯で備前焼を作る。岡山県瀬戸内市の陶芸家・森陶岳が私費をつぎ込み挑んだ大プロジェクト。備前焼は、釉薬を用いずまきの灰が高熱で溶けてできる天然の釉・ごまが持ち味。陶岳は、桃山期の「古備前」に強くひかれ、その時代の大窯を再現して、40年以上打ち込んできた。今回はその集大成。立ちはだかる多くの試練を乗り越え、前人未踏の境地を目指す格闘の一年間を取材し、その精神世界を描く。
出演者
【出演】陶芸家…森陶岳,【語り】羽田美智子
キーワード1
備前焼
キーワード2
古備前

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

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