日本の話芸・選 落語「お茶汲み」 2016.01.01


(テーマ音楽)
(出囃子)
(拍手)
(拍手)
(柳家小三治)大勢さんお運びを頂いて誠にありがとうございます。
よくこの〜ひやかしってぇ事を言います。
ひやかしという言葉。
ひやかしってぇなぁどっから生まれた言葉なんだろうどこの語源だろうと思っていろいろとうん聞いてみた調べてみましたらあれは浅草の観音様のずっと北少し後ろのほうに吉原という大変結構な一角がございましてその吉原の近所でもって生まれた言葉だってんですよ。
あすこの辺はですね浅草紙と言いましてとても質が悪いというかもうこれ以上は紙にならないっていうそれを水に潤かしとく。
冷やかしとく。
そうするとそれが水分を吸ってこうほどけて綿のようになってやがてはひとつの繊維のように細かくなる。
職人が大勢でもって「さぁ紙を水桶ん中に放り込んだからこれが冷やけるまでそうだなじゃあ近くに吉原があるからあそこへ行って女の子でも眺めてこようか」っていう。
これ仕事中ですから眺めるだけで決してお金があるからといって登楼がっちまうなんて事はしない。
で程のいいところで帰ってきて「あ〜冷やけた冷やけたあ〜冷やかしたああ冷やけた冷やけたひやかしたな」っていうそうやって「ひやかし」という言葉が生まれたんだそうです。
「おう。
みんな集まってんな?」。
「おう何でぇ寅ちゃんじゃねえか。
入んなよええ?お入りよ。
お前はよここんとこあんまり面出さねえけどさ話は聞いてるぜええ?まるっきりお前吉原『なか』のほうによええ?入りっ放しでなかなか表へ出てこらんねえって」。
「うん?おううん。
まぁ俺ぁねちょいとね深入りし過ぎたかなとは思ってるけどまぁしょうがねえや。
ああ」。
「あのねこねえだね3日ばかり前にねいつも行くみんなで行くお前も一緒に行くだろ?あの店へ行ったんだよ。
そうしたらあそこの若え衆がねお前のこと言ってたよええ?『あのお仲間の寅ちゃんてぇ方がもう家ばかりじゃありません。
こっちの見世あっちの見世もうね方々の見世へ毎日のように顔をお出しになって。
あの方はね〜ただ者じゃありません』なんてそう言ってたからよ。
ああいう所の若い衆が『ただ者じゃねえ』って事はお前はただ者じゃねえな」。
「何?吉原の?若い衆が?俺のことを?ただ者じゃねえと言ってた?何を言ってやんだ。
俺はこのごろよもう向こうに居っ放しだろ?時々家に帰るのを遊びに行くと心得てんだよ」。
(笑い)「おい言う事が大げさだねおい。
ええ?いやいやいやだけどねそう言ってたよ。
であそこの若い衆がねえ〜こねえだの吹き降りのすごい嵐の日があったろう?『あの晩にあの方お見えになりましたがああいう決死隊みたいな方はねただ者じゃありません』て言ってたからよやっぱりただ者じゃねえや」。
「いやだからさ俺はただ者じゃないんだよ。
俺ぁね時々家へ帰るのを遊びに行くと心得…」。
「いやそれ今聞いたばっかりだから」。
(笑い)「聞いたけどさだけどなんだろう?お前はそう言うけどあんなひどい嵐の晩俺も覚えてるよね?すごい…あんな日に遊びに行くってんじゃなんだろう?『こういう日だったらさぞかし客が少ねえから俺が行ったらもてるだろう』とか何とか思ってええ?それで出かけて行ったんだろ?」。
「ええ?エヘヘまぁ図星だね。
うん。
こういう時ゃ客はいませんよ。
だってあの吹き降りすごいよ。
雨なんてものは上から降るもんだと思ったらそうじゃねえ風とあんた雨が一緒になって横から降ってくる下から降ってくる渦巻いてくるってんでね『こんな日にね客はいねえだろうからこういう時に行かなきゃねうん』と思って出かけて行ったら驚いた。
いつもより余計いやがんだよ」。
(笑い)「全くさ〜。
水っ溜まりの路地をピョンピョンピョンピョン跳び越えてね?うん中には尻もちをつく奴があるこっちの軒から向こうの軒へパッパパッパ跳び移ってその真ん中でもってド〜ンとぶつかってそのまんま水っ溜まりに落ちる奴がいるね全くばかな野郎ばっかりだよ」。
「お前がばかなんだろうそれは」。
(笑い)「いやそれはそうなんだけどさまぁそれはそれとしてあのねお前たちの前だけどね昨晩昨晩の遊びはいい遊びだったね面白かったよもてたよ〜。
ああいう遊びはめったにあるもんじゃねえな」。
「ええ?お前がそう言うってなぁどんな面白え遊びなんだよ?ちょっと話聞かせろい。
いやみんなで揃ってたんだけどさ揃ってたって別にこれという話も無えんだよ。
だけど面白そうじゃねえか。
どういうあれ?」。
「ええ?エヘヘいや昨日はねウ〜ンあんまりその〜向こうに行ってばかりいてもね〜たまには体から女っ気を抜かなくちゃいけないってんで俺は女っ気抜きにね浅草のね?六区の辺りをこうゴチョゴチョゴチョゴチョ歩き回ってたんだよ。
このごろほらえ〜活動写真?活動写真なんて…。
ところが活動写真なんてなぁ俺は見る気しねえんだ。
第一ほら表へ絵看板とかそういうの出てるだろ?ああいうの見たってね入りてえなとか引かれねえんだい気持ちがよ。
うん。
そいでもって俺はねうん『まぁしょうがない今日は古道具屋でも覗いてみようかな時計屋でも覗いてみようかな』。
だけどね古道具屋もねうんいつもとある物は形が同じように飾ってあるしよ時計屋はどの時計見たってみんな同じ時間でもってコチコチコチコチ動いてるしね…」。
(笑い)「うん『これは面白くねえな』と思ってるうちにヒョッと気が付くってぇと向こうのほうから大門が見えてきた。
知らねえうちに足が勝手に北の方角目指して歩きだしやがってよ俺ぁ足に言ったよ『ばか野郎今日はお前俺は吉原には行かねえんだうん?俺言いつけといたのに何だい?このざまは。
向こうから大門が見えてきたじゃねえか』って。
でそれがどんどん近づいてくるから『しょうがねえやじゃあまぁ今日はひやかしだけだよ』ってひやかし行った。
ところがひやかしったってねこんな明るい時間にひやかしなんかしてるってぇと妓もきまりが悪いしこっちも何かなうんきまりが悪いや。
それからね俺はほら行ってこう右に曲がった所にさ湯屋があるだろ?ええ?揚屋町にね?うんあそこへ飛び込んで湯船に入って西日がだんだんこう射してくる湯船に体沈めてねウトウトウトウトしてた。
目半分閉じてるってぇと向かいの品川楼へ登楼がった客がねこの昼間っからどんな景気のいい奴か知らねえけれどもああ芸者揚げてドンチャカドンチャカ大騒ぎ。
三味線太鼓だよ。
な?その音を遠くなったり近くなったりしながらウトウトウトウトウトウトウトウトして。
いや〜こんな所にいい遊びがあったのかと思ってさ昨日はばかに感心しちゃったよ」。
「お前の昨日の面白い遊びってそれ?」。
(笑い)「湯船につかってウトウトってんでそれがそれが面白い遊びなの?」。
「いやいや。
そうじゃねえんだよ。
ここまではまくらなんだよ」。
(笑い)「こっから先が面白い」。
「よせよおいまくらが長すぎるよおい。
まくらの長え噺家にろくな奴はいねえってけどな。
ええ?」。
(笑い)「それからよ俺ぁなんだぜ表へ出てね?そしたらもうだいぶ薄暗くなってきてひやかすにはちょうどいいや。
ね〜。
うん。
であっちの見世こっちの見世っつううちにこっから左程遠くねえ所だえ〜とね〜角町のね突き当たりからちょっと手前の見世だったけどそこでもってね中に妓が…。
フッとこう何気なくこう覗いたんだよ。
そしたら若え衆が見ててね『え〜あのお妓さんがお気に入りでござんすか?ええあのお妓さんだったら今日はお安く願っときますよ遊んでって下さいましな』みたいな事を言うからよ『おう?おう?いや俺は別にね気に入ったって訳でもねえけどさ何だか気になっちゃったんだな〜。
いや遊びに来た訳じゃねえんだ今日は金が無えんだけどさあ〜そうかい?それじゃね縁だから。
まぁそんな訳でね今日は金持ってねえからね安い遊びしかできない』。
『ええようござんすよ。
どうぞお登楼がり下さいまし。
お登楼がりよ〜』なんて送り込みへ上げられてトントントントントン幅の広い梯子を上がって左に曲がるってぇとあそこにほら引付ってぇ所があるだろ?ね?そこに案内されてよ待ってるってぇとそのうちにね新造が三方の上にイカの形をした煎餅を3枚ばかり載せて持ってきたよ。
お茶がそばについてた。
ね?でお茶をこう飲んでる。
妓はまだ来ねえ。
そのうち来んだろうと思って。
ええ?でヒョイっと見るってぇとイカの形の煎餅だ。
お茶は飲むけどねイカの形は…。
何人の前の客をこうね〜?通り過ぎてきたか分からねえようなそんな煎餅食う気しないよ。
それからこんなズルズルズルズルチビチビチビチビお茶飲んでるうちに向こうのほうからね妓の上草履の音がパタ〜ンパタ〜ンパタ〜ンパタ〜ンパタ〜ンパタ〜ンパタ〜ンパタ〜ンだんだん近づいてくる。
お前たちの前だけどね俺ぁね毎日のように吉原行ってもだねあの向こうから妓の草履の音がこっちぃ向かってこう近づいてくる時のあの気持ちが堪らねえね。
『下で見た時はこんな妓だったけど今目の前で見るとどんな妓なんだろう?』ってこう何ていうかねこう胸が甘酸っぱくなるっていうかねドキドキするっていうかさ〜あれがもう堪らねえんだよ。
それがこうパタ〜ンパタ〜ンパタ〜ンパタン俺の部屋の前で止まったから『あっこれは間違いなく俺の部屋だな』。
だってお前隣やその向こうへ行っちまう事がある訳だろ?で俺の前でピタリと止まった。
ワクワクっとしたよ。
そして引付の障子がスッと開いた途端にその妓が俺の面を見るか見ねえかのうちに『キャ〜ッ』てぇとバタバタバタ〜ッてんで駆けだして向こうへ行っちめえやがんの。
『ええっ?何だよ?俺の面見て逃げ出す奴があるかい』」。
「何だ?お前の面を見て逃げ出した奴がいるの?ウ〜ン確かにねまずい面だけどね…」。
(笑い)「逃げ出すほどひどいとは思わねえ」。
「おい。
変な事言うなよ。
俺も変だなと思ってたんだよ。
そのうちにまたその妓がねウロウロウロウロ入ってきやがってさああ何だかお前な〜?場が悪いよこれ。
『何だ?何か言うのかな?』と思っても言わねえんだ。
で俺はまぁこっちはさ『安く遊ぶ』っつったから酒も来なけりゃ料理も来ねえやね?厠行ってそのまま妓の部屋へ入った。
妓がね『さっきお前さんのね待ってた引付の障子をスッと開けた途端に私が大きな声を出して逃げ出しちまったんだけどお前さんびっくりしただろうね』ってこう言うから『びっくりしただろうねも何もありゃしねえあんな事始めてだから俺キョトンとしちゃったじゃねえか。
どうしたんだい?』。
『実はねこれには深い訳があるんだけど聞いておくれでないかい』ってその妓が話しだした事を聞いてみるってぇとその妓はね東京の者じゃねえってんだよ」。
「ヘエ〜どこの…どっから出てきた妓なんだ?」。
「『静岡の在だ』とこう言うんだよ」。
「ア〜ア〜ア〜ア〜あの辺りにゃな〜うん随分こっちの方に出てきてるそうだな〜」。
「ね?で村にいる頃同じ村の若い男と知り合って何つったかな?源さんっつったか源三郎っつったか源四郎っつったか分からねえけどその男と知り合っていい仲になっちまった。
『なんとか一緒になりてえと思ったんだが親が許してくれねえんでどうしようもねえ。
それからある時悪い事とは知りながら二人でもって親のお金をちょろまかして手に手を取って東京へ出てきた』とこう言うのさ。
ね?で別々の所に奉公して『そのうちお金をこしらえて頭金ができたらこれで商売を始めよう』ってんで始めたんだけれどもどうにもならねえ。
それからある時表でもってバッタリと会った。
『ね〜どうしようもねえんだけどねうんうんうんなんとかならねえかな〜』『頭金ぐらいなんとかならないかしら』ってこうね?うん男がそう言うんだってんだよ。
ね〜。
それから女が『それじゃ私が苦界とやらに身を沈めてそれでお金をこしらえるからそれでお前さん商売を始めておくれ。
そのかわりいっぱい儲けて一日も早く私を請け出しておくれよ』。
『そうかい。
それじゃすまねえけどそうしよう』ってんでねその女がその見世に身を沈めたのが今から3年前の夏の初めだってんだ」。
「ヘエ〜じゃあ3年もその見世にいるのかい?その妓」。
「そうなんだってさ〜。
初めはね優しい言葉をやったり取ったり手紙をね。
『一人暮らしでさぞ手が行き届かなくて辛いだろう』。
こっちから言ってやると男のほうは『いや。
俺のほうは何でもねえけども慣れねえ夜の商売で…』ね?『深酒に体を壊すんじゃねえか嫌な客の相手をしなくちゃならねえんじゃねえかと思うとこれはかわいそうで』。
『いや。
私のほうは大丈夫。
お前さんのほうを気を付けて』って優しい手紙をやり取りやり取りしてるうちにええ?なにこのいくら手紙を出してもねウ〜ン男のほうから返事が来なくなっちゃったってんだよ。
『どうしたんだろ?私がこんな浮気な商売に入っちまったから私に嫌気がさして…』ね?『男はきっと逃げ出したに違いない。
悔しいあの男が悔しい』ってんで人をやって調べてみるとその男はここ二月前から病の床についてたってんだよ。
『そばにいてやれば看病もできてやるのにア〜ッこれじゃどうにもしょうがない。
私は悲しい籠の鳥。
なんとかならないかしら。
できるのは神信心』と廊下でもってお百度を踏んで神信心をしてたんだけどその願いも届かずそのね〜男が死んじまったってこう言うんだよ。
弱っちゃったよ」。
「面白い遊びってそれ?」。
(笑い)「面白くないよそれ。
ええ?ただお前妓ののろけ聞いてただけで…」。
「いやまだあるんだよまだまくらの続き」。
「おい。
いいかげんにしろよおい」。
(笑い)「早くしてくれよおい」。
「『ね〜?今日も今日とてね〜客だよって言われて重い足を引きずって引付の障子をスッと開けた途端にその源さんに似たとはおろかうりふたつそっくりな人がそこに座ってた』つまり俺がその男にそっくりだってんで『あんまりそっくりだったからア〜ッ生き返ったのかと思ってギャ〜ッて言っちまったんだけどお前さんすまなかったね〜』こう言うじゃねえかよ〜。
ええ?『私もね〜いつまでもその男の事を思っててもしょうがないから私ゃその男の事は忘れるからお前さん私のお客になっておくれでないかい私の所に通ってきておくれでないか』って言われりゃさ『うんいいよいいようん通ってこようじゃねえか』ってまぁ男なら言うよな〜。
うん。
したらその妓がね『そう言ってくれるお前さんがとてもうれしい。
実はね来年とは言わず再来年にはここから足を洗って表へ出るんだけどもそん時にお前さん私をおかみさんにしてくれないかい?お前さんみたいな人のおかみさんだったら私所帯持ちたい』ってこう言うから『おうおうそうかい?いやいやそんな情のあつい女なら俺はもうありがてえやなうんかみさんにするよ』。
『そうかい?ありがたいね〜。
でもねそうやって優しい事を言ってくれるってぇとねうれしいんだけどさお前さんは職人だろ?方々仕事でもって出かけるといろんな女にでっくわして。
私はねこういう所にいるったって今はこんな形してるけどどうだい?これ着物もね〜こんな着物じゃない顔も化粧を落としてそしたら本当にさ汚い女になっちまうだけだ。
お前さんは方々の女にもてて私のことなんざ捨てるんじゃないか私はお前さんに捨てられちまうんじゃないかと思うとその事を考えただけで私はもう悲しくて悲しくて』っておいおいおいおい泣きだしやがって『おいおい。
泣いちゃいけねえやな。
本当だよ俺ぁねもう感じ入っちゃったよ。
俺ぁおうおうおうお前一本槍だから安心しねえ』。
で妓がやる事を見てるってぇとね妓はおいおい泣いてんだ。
ここん所にね黒子が1つついてんだ。
『あれっ?』」。
(笑い)「『黒子がつい…。
さっき黒子無えと思ったんだけどな』。
妓がする事をよく見てるってぇとね妓はそばに茶を汲んどきやがってねこの中に指突っ込んでね涙にしてここ濡らしてやがんだよ。
それでおいおいおいおい。
ここにね?黒子かと思ったらそうじゃねえんだよ茶がらが付いてやんだよばかにしやがって。
『おい花魁。
茶がらが付いてるぜ』ってこれ言ったんじゃねうんそらぁお前こっちも遊び人だね?だからとぼけて『あ〜分かった分かった。
これからお前ん所へ通ってきてやるからな俺のこと大事にしろよ』ってな事言って。
妓も喜んだね〜。
だもんだからねもう昨晩は寝かしてくれねえんだこれが。
もう眠くなっても『駄目駄目まだまだ』ってんでねあ〜もう一晩中攻めたてられてさ〜もう今朝表へ出た時ゃ表お天道様が黄色く見えて」。
「本当かよおい。
そりゃいい遊びだったな〜。
じゃあなにかい?お前はそれが縁でこれからその妓ん所へ通うの?」。
「冗談言っちゃいけないよお前通やしないよ〜。
茶がらの妓だって分かってて行く奴がいるかい?」。
(笑い)「あ〜そう?でも行かないの?」。
「行かないよ。
ひねりっ放しお終い」。
「あっそう?でもちょっと面白いんじゃねえ?それ。
それさぁお前が行かないっていうんなら俺そのあと引き受けようと思うんだけどもどうかな?」。
「あ〜行ってごらん面白いようん」。
「あの〜どこ?場所は」。
「あっ場所はね角町ね?あの汚い所からもっと手前のね右っ側のね5〜6軒手前だったかな?右っ側」。
「屋号は何ってぇの?」。
「安大黒ってぇの」。
(笑い)「あんまり聞き慣れねえ。
ゾッとしないな安大黒ってのは。
まぁいいや。
それでその妓はうん年はいくつぐらい?」。
「年はねえ〜21とか言ってたね〜。
名前がね小紫ってぇの」。
「小紫。
あ〜よくある名前だな〜。
ウ〜ン21か。
にじゅう…」。
「いやそれが21ってぇけど俺が見たとこね21じゃないよ24〜25。
ね?そんなとこ」。
「おっ?24〜25?いいんじゃない?女はね21〜22なんてぇとまだ青くて若くて面白くない242526面白いよ。
行くよそれ。
ヘ〜エ。
で小紫ってぇのね?で器量はどう?器量は」。
「器量?器量はねちょっと額が抜け上がってねおでこは広いんだけどね眉は薄くて目が厚ぼったくて目は細いんだけどね…」。
(笑い)「鼻が上向いてて口が大きくて色が黒いという実にどうも愛くるしい女だよ」。
「どこが愛くるしいんだよおい」。
(笑い)「まぁいいや。
でも面白えからな行ってみようじゃねえか。
ああ。
あ〜何つった?あ〜そうか安大黒ね。
おう若え衆」。
「はいいらっしゃい」。
「おう。
あの上から二枚目あれ名前何ってぇの?ええ?うん。
ああ〜小紫。
あっそう。
あれねちょいとね今日はちょっと初会でもってね銭が無えんだけどさちょいと安くあれ遊ばしてくんねえかい?」。
「ええ〜よろしゅうございますよええどうぞお登楼がり下さい。
お登楼が〜…」なんてんでこれも何だか訳の分からない声に送られてで幅の広い梯子をトントントントン上がって左曲がるってぇと左っ側に引付って所があんだな。
引付ったって別にそこへ入ると目回しちゃう所じゃないんですけども。
そこで待ってるってぇとそのうちにお約束どおり障子が開いて新造が三方の上にイカの形をした…。
(笑い)お煎餅を3枚持ってきてお茶を。
「あ〜あいつが見逃した煎餅ってのはこれだな」ってんで。
でこれお茶をチョボチョボチョボチョボやってるってぇと向こうのほうから妓の足の音がパタ〜ンパタ〜ンパタ〜ンパタ〜ンパタ〜ンパタ〜ンパタ〜ン。
「来た来た来た来た来た来た来た」。
部屋の前でピタッと止まった。
障子がスッと開いた途端に今度は男のほうから「ギャ〜ッ」つったから…。
(笑い)さぁ妓のほうが驚きました。
(笑い)「ね〜花魁。
さっきお前が引付の障子開けた時に俺がつい大きな声出したんだけどお前はさぞ驚いたろうね?」。
「驚いたろうねって私キョトンとしちゃった。
どうしたの?」。
「いや実はねこれには訳があるんだけどね聞いてくれないかい?」。
「ええ。
いいわよ」。
「俺ぁねこう見えても東京の者じゃねえんだ江戸っ子じゃねえんだ」。
「あらっ?江戸っ子じゃないの?」。
「うん。
実はね静岡の在の者でね」。
(笑い)「ええ?おお前さんが?」。
「うん。
俺は村にいる時分に同じ村の若い女とでき合っちまってさぁ一緒になろうと思ったが親が許さねえ村の評判にはなるしよこれはとてもいたたまれねえってんで手に手を取って親の金をちょろまかして東京へ出てきた。
な〜。
奉公してその奉公先でそれぞれ一生懸命働いて金をこしらえてそれでもって商売を始めようと思ったけどもなんたって商売なんてそううまくいくもんじゃねえやな。
な〜?それでもってよああある時表でバッタリ会った時に『これじゃ金はできねえからえ〜どうだい?頭金になるような金を作りてえんだがどうにかならねえかい?』って俺が相談をもちかけるというと『それじゃ私が苦界とやらに身を沈めてお金をこしらえるからそれでお前さん商売を始めてちょうだい。
早く私を請け出しに来てちょうだい』。
『ああ分かった。
じゃあすまねえけどお前にばかり苦労をかけるようですまねえな』ってんでまぁその女がこの吉原の中のある見世へ身を沈めたのが3年前の夏の初め」。
(笑い)「あらっ?そうなの?フ〜ン」。
(笑い)「初めのうちは優しい手紙をやったり取ったり『体気を付けて夜の商売気を付けねえ』。
『お前さんこそ一人暮らしは大変だね』ってこう手紙はやったり取ったり。
そこはうまくいってたんだけど半年も経たねえうちによええ?出した返事が来なくなっちゃった。
『おかしいな〜』。
調べてみるってぇとその女はねもう二月も前から病の床についてたってんだよ。
『そばにいりゃなんとか看病してやりてえんだけど向こうは籠の鳥でどうにもならねえ。
俺にできるのはまぁえ〜神信心』ってんで神棚に手を合わしてこう拝んでいたがそれも届かずとうとうその女は亡くなっちまったとこういうのよ。
それからというものはその烏の鳴かない日はあっても女のことを思い出さない日は一日もなかったんだよ。
うん。
今日も今日とてね〜『おう。
こんなジメジメしててもしょうがねえからみんなでワ〜ッと飲みに行こうじゃねえか』って飲みに行ったそのあげくの果てに『おう。
これから吉原へよみんなでもってひやかしに行こうじゃねえか』。
ワ〜ッてんで来たんだけれどもね俺は足が重いやみんなは先へどんどん行っちまうええ?一人でもってぼんやり。
フッと格子の向こうを見てみるってぇと『あれっ?俺のあの女房死んだはずの女房がそこにいるじゃねえか』ってぼんやりしてるところへここの若い衆に声かけられて気が付いたら上へ上がってた。
引付障子がスッと開いてそこに似たとはおろかうりふたつ…」。
(笑い)「俺の女房そっくりなのが出てきたから思わずワ〜ッと大きな声を出したんだけど花魁。
お前驚かしちゃってすまなかったな〜」。
「あらまあ〜そうだったの」。
「うん。
だけど考えてみるとよ死んだ者をいつまで追っかけてたってしょうがねえからおお〜これも何かのきっかけだお前に会ったっていうのはな。
これをきっかけにしてこれからお前の所に通ってきてぇけれどもお前俺みてえな者でも客にしてくれるかい?」。
「ええ〜うれしいわ。
そんな情のあつい人通ってきておくれよ」。
「そうかい?ありがてえな〜。
お前がねいつになったら年季が明けるのか知らねえけどまぁそれまで俺は通ってくるからよ年季が明けたら堅気になりええ?俺の女房になってくんないか?」。
「あらまあ〜なんてうれしい情のある方なんだろう。
私ゃどうしてもお前さんのおかみさんになりたいわ。
おかみさんにしてくれるかい?」。
「いや〜だけどよ俺ぁお前職人でもってあっち行ったりこっち行ったりね〜家を空ける事が多いや。
その留守にお前は何てったってこういう所にいた女だから女のもう価値が違うよいい女だな〜近所の若え奴がウウ〜のぼせてお前とでき合っちゃったりなんかして俺は捨てられちゃうんじゃねえかと思うとその事を考えただけで俺は…」。
(笑い)「悲しくって悲しくってエエ〜ン悲しくって悲しくって悲し…。
お〜い花魁。
どこへ行くんだよ?」。
「お待ちよ今お茶汲んできてあげるから」。
(笑い)
(拍手)
(打ち出し太鼓)2016/01/01(金) 05:25〜05:55
NHKEテレ1大阪
日本の話芸・選 落語「お茶汲み」[解][字]

落語「お茶汲み」▽柳家小三治▽第672回東京落語会

詳細情報
番組内容
落語「お茶汲み」▽柳家小三治▽第672回東京落語会
出演者
【出演】柳家小三治

ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

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