あ!大事ありませんか!はい。
痛!これでは歩けませんね。
申し訳ありません。
よし。
こうなったらちょうどいい。
腹をくくるまで。
ほうついに観念したか。
連れがけがをしこれ以上進めませぬゆえこの場にて尋常に勝負致します。
盗人猛々しいとはこの事だ。
人の女房をさらって3年も逃げ回ったあげく尋常に勝負とは片腹痛い。
殿様より妻敵討ちのお許しは頂いておる。
不義密通は死罪。
うぬが命も今日が最後と覚悟せよ。
幹殿!
(悲鳴)でや〜!キエ〜ッ!この不貞者!このまま生きておれると思うな。
必ず討ち果たす!
私中野汀女と2歳年下の神守幹次郎殿の2人は九州は豊後の岡藩で共に下級武士の家に生まれました
そうしているのを見るとお二人はもうすっかり若夫婦のようですね!何を言うか!からかうんじゃありません!
いつもそばにいた私たち。
でもそんな暮らしに終わりを告げる日が来ました。
私の父に金を貸している納戸頭藤村壮五郎のもとへ借金の帳消しを条件に嫁ぐ事になったのです
(壮五郎)早う!父親が藤村殿に借金して返せなくなったそうだ。
それで娘を嫁に差し出したという訳だ。
侍が金貸しか。
世も末だな。
もらわれていく娘はつまり借金のカタか。
めでたいな。
旦那様お帰りなさいませ。
嫁入りから1年
全くご家老の気まぐれには腹が立つ!急に茶会を開くなどと支度する者の身にもなってほしいもの…。
直しとけと言ったはずではないか!お許し下さい。
大工に申しつけたのですが明日になると言われて…。
30両で買われた女の分際で口答えするな!
これが私の日々の暮らしでした
当てつけのようにアザなど作りよって!旦那様。
何だ?明日観音寺の俳諧の集まりに行ってもよろしゅうございますか?何でそんなものに?こちらに来る前に通っておりました。
久しぶりに来ないかと誘われておりまして。
俳諧か…。
金がかかる事でもあるまい。
まあいいだろう。
私が手ほどきを?
(先生)さよう。
あなたは我が門弟の中でも特に秀でておられる。
新しい門弟に手ほどきをしてくれる者をちょうど探していたのです。
でもまだ私は…。
新しい門弟とは…。
よろしくお願い致します。
あね様が嫁に行かれてもう1年もたつのに一度も里帰りが許されぬと聞きましたがどうしてですか?それは…旦那様もいろいろと忙しくて私が家を空ける訳にも。
つらい暮らしをしておられるのではありませぬか。
いえ。
私は大丈夫です。
お元気そうで安心しました。
まさか幹殿が俳諧に興味があるとは…。
毛頭ございません。
え?あきれた…。
(笑い声)今日は久しぶりに笑いました。
家では笑っていないのですか?アザを隠していますね。
大丈夫と言ったのはウソですね。
借金のカタに嫁に行くなんてまるで人身御供だ。
それで母と妹が無事ならば私は…。
旦那様?2人で何をしておる!?何も。
俳諧の集まりの帰りです。
それを口実に逢い引きしておったのだろう!?急に俳諧などと言うから怪しいと思って来てみれば案の定これだ。
所詮貧乏侍の娘。
お里が知れるとはこの事だ!聞き捨てなりません。
こんなもの!行くぞ!ほら来い!早う来い!どけ。
この厩役風情が!風情とは心外。
13石とはいえ主君より代々拝命したる大事なお役目。
取り消して頂きたい。
うるさい!でや〜!
(悲鳴)旦那様!旦那様!旦那様!旦那様!気を失ってるだけです。
すぐに目を覚ますでしょう。
あなたはお帰り下さい。
目を覚ましたら何をされるか…。
あね様を残して行けません。
でも…!よし。
こうなったらしかたない。
どうなさるおつもりですか!?駆け落ちしましょう。
えっ誰が?無論あなたと某です。
え!?嫌ですか?あなたは神守家の跡取りなんですよ。
そんな軽はずみな!家の事を考えて。
たかが13石の家などどうでもいい!さっきと言ってる事が違います!そうですか?さあ急ぎ支度をし町を出ましょう。
この際だから申しますがずっと昔からお慕いしておりました。
この際は余計です。
申し訳ありません。
もう一つ…。
何ですか?慕っていてくれたのならもっと早く助け出して下さい!遅くなりました。
行きましょう。
信一郎…。
姉上!どうした?壮五郎殿が姉上を捜してうちに来ました!お二人を見たかと聞かれましたので反対の方角を教えておきました。
しばらくは時が稼げましょう。
かたじけない。
幹次郎殿よくぞ…!姉上をよろしくお願い致します。
分かった。
そのような事!私はうれしいのです。
ありがとうございます。
では…代わりにこれを。
はい。
さあ早く!お幸せに…。
こうして私たちの旅が始まりました。
私たちは人目の多い東海道を避け北国街道を海沿いに北へ北へと逃げました
もう3年…。
出雲から丹後越後といろいろな所を旅してきました。
ずっと追っ手におびえながら逃げる暮らし…後悔していませんか?とんでもない!30両の女と言われながら藤村の家で暮らす事に比べたら毎日が楽しい。
まるで幼い頃一緒に遊んでいた日々が戻ってきたようです。
天下を股に掛けた鬼ごっこをしてるようなものですな。
(笑い声)あなたの笑顔を見ると安心します。
笑うくらいたやすい事。
明るい気持ちでいればこの先もなんとかなるでしょう。
私たちの旅は続いていました。
そんな折故郷岡藩の一行が通るという知らせを聞いたのです
幹さんどうして!?シッ!殿様ご帰国のお行列がそろそろ通るはずだと思ってな。
お久しゅうございます。
お元気そうで何より。
我らの身内はどうしておりますか?ご両家ともご無事です。
お役御免になりましたがなんとか暮らしておられます。
わしらのような下っ端の者は幹さんたちにはよくぞなさったと思ってまさあ。
お二人のお身内をそれとなくお世話する者もおります。
そうか。
ありがたい。
それより信一郎の事だが…。
あっそうなんです!壮五郎様に無理やり養子縁組みさせられて妻敵討ちに連れ出されたようです。
いつか信一郎殿が一緒にいる事が分かればお二人が自ら姿を現す…。
そういうもくろみでしょうな。
壮五郎たちは今どこにいる?江戸です。
江戸…。
信一郎殿はそんな暮らしに嫌気がさして吉原に初音とかいうなじみの女をつくってしきりと通っているらしいです。
よし!江戸に行く。
信一郎を助けるんだよ。
その…初音とかいう女と会うのが一番早いでしょう。
それでは壮五郎様の思うつぼです。
腕のいい助っ人を雇って待ち構えているに違いありません。
分かってる。
しかし我らをあんなに案じてくれた信一郎を助けない訳にはいきません。
ありがとうございます。
こうして私たちは初めて江戸に足を踏み入れたのです
吉原は幕府公認の遊郭です。
ここには3,000人もの遊女がいるといわれています
よっ薄墨太夫!待ってました!薄墨太夫!薄墨太夫!待ってました!薄墨太夫!よっ待ってました!美しいね!
この人の名は薄墨太夫。
吉原3,000人ともいわれる遊女たちの頂点に立つまさに吉原の華でした
幹次郎殿と薄墨太夫の出会いでした
いらっしゃい。
あっ毎度!初音と会いたい。
初音ですかい?今ならもっといい子がいますよ。
いや初音で。
へい。
お一人様ご案内!へいどうぞ。
いらっしゃいませ。
へいこちら。
わちきが初音でござんす。
神守と申す。
自分から名乗るお方とはまあ初めてお目にかかりんす。
そうか。
主は江戸の方でござんすか?長く旅をしておった。
それは難儀な事でござんした。
当分は江戸でゆるりとおしなんし。
うぶな方におざりいすね。
そなた信一郎を知っているな。
え?某は信一郎の義理の兄だ。
じゃあもしや幹次郎さん?某の事を知っているのか?幼い頃から兄のように慕っていた方がいると。
信さんのお姉さんを助け出して逃げたんでしょ?命を懸けて!そんな事も話す仲なのか…。
信さんにはね私が惚れたの。
信一郎は今どこにいる?信さん自分の事は何も話してくれないのよ。
ただいつも悲しそうな目をして…。
私が身の上話をしたら泣いてくれたわ。
そんな人初めてだった。
信一郎が来たら我らが江戸にいると伝えてくれ。
女は切手!女は切手!
吉原の中と外を隔てるもの…それは高い塀だけではありませんでした。
大門を通行する女たちに女切手と呼ばれる通行証を発行する事で四郎兵衛会所は遊女の足抜きを厳しく見張っていたのです。
この方は四郎兵衛様といいます。
吉原を仕切り廓の掟を守らせる四郎兵衛会所の七代目頭取です
暴れるな!これは村崎様。
随分にぎわっているな。
ええ。
今日はスリが2件とケンカが1件だけでございますから。
そうか。
万事抜かりなきよう計らえ。
それで初音さんとはどのような人なのですか?まだ純なところを残している。
信一郎の事を本気で好きなようです。
そう…。
いつか信一郎が助け出してくれて一緒に逃げ出してくれる事を夢みていると言っていました。
その人…私と同じ。
一家のために身を捨てて…。
私もあなたに連れ出される事を夢みていました。
どうしました?いえ…。
信一郎が本当にその人を助け出して逃げようとするのではないかとふと…。
(三味線)
(篠崎)…でその幹次郎という男そんなに強いか?貧乏侍のくせにいつの間に覚えたのか摩示現流の使い手。
幹次郎殿はいかに貧乏暮らしでも毎日稽古を欠かしませんでした。
地位にあぐらをかく形ばかりの侍とは違います。
偉そうな事を言うな!吉原で憂さでも晴らしてこい!俺も吉原へ行きたい。
ふざけるな!親切で吉原に行く金をやっているのではない。
あいつが吉原に通っている噂を家中の隅々に流しておいた。
幹次郎がそれを知ればきっとあいつに会いに来る。
そこに罠を張るのだ。
そういう事か。
若造にコケにされた上にご家老様に満座の中で罵倒されて妻敵討ちを命じられあの2人の首を持って帰らぬ限りお家に帰参はかなわぬ!たかが30両で買った女にこんな目に遭わされるとは全く勘定に合わんわ!幹殿!今初音さんの使いの方が…。
「信様より今日参るとの知らせあり取り急ぎ初音」。
今日…。
急がねば!えっ今何と?ここを出るんだ。
そんな…足抜きなんて!もし見つかったら…。
手引きしてくれる男がいる。
金を払って請け負ってもらった。
怖い…。
大丈夫だ。
でも幹次郎様が…。
えっ幹次郎殿が!?こないだここへ来たわ。
私たちの力になって下さるって。
ますます逃げなければ!私たちは姉上たちをおびき出す罠に利用される。
え?逃げよう。
逃げて2人でどこかで幸せに…。
(三味線)
(三味線)ここで待っていて下さい。
イテテテテッ!何しやがる!お前が芸人たちを使って足抜きの手引きをした事は調べがついてんだよ!知らねえよ!
(清次)すいません!芸人ならさっき通りやした!何だと!
(長吉)人を集めるんだ!
(男衆たち)へい!遅かったようです。
え?捜しましょう。
この先に舟がつないである。
もう少しだ!ふざけたマネを…。
ハハ〜ッ!何をする気だ?あ!でや〜!あ…姉上!信一郎!おあつらえ向きに現れたな。
その2人を離せ。
おとなしく討たれよ!そうすればこいつらに用はない。
よし…分かった。
動くな!うわ〜!
(壮五郎)おのれ!初音!貴様!ええ〜い!うわ〜!信一郎!ぐわっ!うわ〜!待て!信一郎!信一郎信一郎!信一郎!?あ…姉上お…お久しゅうございます。
幹次郎様も…。
しっかりしろ!私のためにこんな目に…!あ…姉上のせいでは…ご…ございません。
私が弱いばかりに…初…初音を。
み…幹次郎殿…。
何だ?姉上を…た…頼みます。
幹次郎殿は…私のように弱くない。
だから…。
何を言ってんだ。
お前があの時勇気づけてくれた。
だから我らはこれまで生き抜いてこられたんだ。
お…お返しする時が来たようです。
バカ野郎!死ぬな!生きろ!は…初音。
(仙右衛門)おい。
へい。
何をする!?この女は吉原の遊女なんでねうちで引き取りやす。
そんな!2人を引き離すのか!?そんな事言われましてもね。
お頼み申す!このまま2人を一緒に!お願い致します!お願いされたって困るんだよ!これだけ頼んでも駄目だって言うのかよ。
ええ!?何だこの野郎!待ちなさい。
この2人一緒に葬ってやんなさい。
しかしこの男は女を足抜けさせようとしたんですぜ。
この人のおっしゃるとおりあの世でぐらいは一緒にさせてやりたいじゃないか。
はい…。
吉原の女にわしらができるのはこれくらいのもんだよ。
あとはこの会所が引き受けますからご安心を。
ほうそのようないきさつが。
随分とご苦労をなさいましたな。
いろいろとありがとうございました。
いえ。
…でこれからどうなさいます?2人の供養のためにもしばらくは江戸に。
ほう…。
あっお待ち下さいませ。
はい。
手前七代目四郎兵衛と申します。
廓内の掟を守る仕事をやっておりますがこれがなかなか骨が折れる仕事でございましてな。
吉原はお上のお許しを得た遊里ゆえ大門の中に町方の詰め所がありお役の方が昼夜交代で詰めておられます。
ところがお役人方も太平の世にすっかり慣れてしまいましてな近頃では何か騒ぎが起きてもお前らでなんとかしろとおっしゃるばかりです。
我ら会所の者が廓内の仕置きは行うておるんですが時には刃傷沙汰も起こります。
誰ぞ腕の立つ者がいたらと思うておったところをあなた様を見た。
いかがでしょうな。
吉原のためにお働き願えませぬかな。
いわば吉原裏同心でございます。
(ウグイスの鳴き声)よくご決心されましたね。
ただ某は吉原にいる女たちを守る仕事がしたい。
そのためにはあの中に飛び込んでみるしかありません。
こうして幹次郎殿は吉原の女たちを守る廓の用心棒として勤めを果たす事になったのです。
吉原には事件に巻き込まれ悲しい思いをしている女がたくさんいました
(きく)私はもうここから出られる事はないからね。
そんな事を言うな!何だよ。
いつかここを出て幸せになれると思わなくてどうする!
(鞆世)死なせておくれ!自分の口から全てを話すんだ。
(梅園)ウソだ。
あの人は妹を売られずに済むようにしてやると…。
(藤兵衛)遊女なんぞは所詮道具だ。
用が済みゃ斬って捨てるまで。
許せん。
ううっ!
幹次郎殿と私は四郎兵衛会所のお世話で相庵先生がいらっしゃる長屋に住むようになっていました
あっお帰りなさいまし。
ただいま戻りました。
お帰りなさい。
仙右衛門さん何しに来たの?いや…お勤めだよ。
来ちゃ悪いかよ。
仙右衛門さんとお芳さんは吉原で生まれ育った幼なじみです
少し中を見せてもらっていいかな?どうぞ。
おう。
おう!お〜なかなか豪勢なもんだな。
うちの会所が用意したんだ。
当たり前よ。
こんな結構な住まいをお世話して下さりお礼の申しようもありません。
いやいやそんな…。
その上大層なお手当まで。
いや〜年に25両ぐらい軽いもんでさあ。
自分の金で払うみたいな言い方だなあ。
あね様腹がすきました。
すぐ食事の支度を。
うちに帰ってくると火がおこってて湯気が立ってて「すぐご膳の支度をします」か。
フン!所帯持ちなんててんで羨ましくねえや。
すっごく羨ましそうよ。
いい加減にお前も嫁をもらえ。
俺が気に入る女はそうそういねえよ。
どんな人が好みなんですか?そうですね…。
器量がよくて気立てがよくて物腰が柔らかくて何より俺に惚れてなくちゃいけません。
随分ぜいたくだなあ。
聞かれたから言っただけだよ。
きっと見つかりますよ。
(仙右衛門)あっそうですかね。
四郎兵衛様に頼まれて私は手習いの師匠として遊女たちに読み書きを教える事になりました
皆さんが習いたい事を何でもお教え致します。
(歓声)
(遊女たち)わ〜!私もよろしゅうございますか?お客様への文はただ早く会いに来てと催促するだけでは相手のお気持ちも萎えてしまいますよ。
ではどのようにしたら…。
そうですね。
いつ会えるかいつ会えるかとお越しになるのを待ちかねて涙が袖をぬらさぬ日とてありませぬ。
お師匠様はなまじな遊女よりも色恋の道にたけておられるご様子。
あっいえ。
私はただ幼少の頃より「源氏物語」や「伊勢物語」を読みふけっておりましたので。
耳年増ってやつでありんすね。
(笑い声)私のも見て頂けますか?はい。
これは…美しい!「随處作主」。
どこにいても自分らしくあればそこはまことにすばらしい場所となる。
私たちの中には前の暮らしがあまりに貧しく吉原で三度三度白いごはんが食べられるだけで満足という者もおります。
でもそれだけではあまりに悲しゅうございます。
好きな人に身請けされて吉原を出られればもちろんそれが一番の幸せ。
でも私はこの吉原の中にも遊女なりの幸せがあるのではないかと。
いえそう思いたいのです。
薄墨太夫を茶屋のお座敷に呼ぶ事は金持ちのお大尽にしかかないませんでした。
大盤振る舞いによって得られる何百両というお金は吉原で働く者たちを支えていました
本日はご苦労さまにございました。
いいえ。
…で話ってのは何でございましょう?実は…。
えっ誰かが薄墨太夫を付け狙ってるっていうんですかい。
7日ほど前から時々つけられてるような気配があったっていうんだ。
どうしてすぐに店の者に言わなかったんでしょう?伊勢亀さんがお見えになる前に騒ぎは起こしたくなかったってんだ。
大した心掛けだ。
さすが吉原一だね!薄墨太夫に付け狙われる心当たりは?ないと言っとる。
だがちらりと見た限りではどうやら若い侍だという事だ。
若い侍…。
代わりばんこに守ろうじゃねえか。
付け狙ってるやつをとっつかまえて何者か突き止めてやろうじゃねえか。
(男衆たち)おう!頼むぞ。
薄墨太夫は三浦屋だけじゃねえ。
この吉原にとっても大切な宝だ。
どんな事があっても傷一つつけちゃいけねえ。
(男衆たち)へい!どうして薄墨太夫はそのお大尽が来るまで黙っていたのだ?分からねえのかい?騒ぎになりゃお大尽のお越しが取りやめになるかもしれねえだろ。
そうなりゃそのあがりを当てにしてた連中は大損じゃねえかよ。
皆の暮らしを守ったという事か。
そういう事よ。
それが吉原の遊女の張りと粋ってもんだ。
しかしどうも私には薄墨太夫が黙っていた理由の得心がいきません。
私には少し分かる気がします。
吉原にお金で売られてきた以上その役割を貫く事が女としての意地なのではないでしょうか。
はあ…。
それにしてもずっと見張っているというのも骨の折れるお務めですね。
いえそのような事は。
さようですね。
美しい女子を見ているのはむしろお楽しみでしょうか。
いえ。
それは男衆たちの話であって私は別に。
無理をなさらずとも。
無理…無理などしておりませぬ!フフフッ…。
この暮らしをするようになって1年…。
以前よりも身の回りのいろいろな事に目が行くようになりました。
どうしてですか?吉原の女たちはこうして思うように外の世界を見る事もできません。
なので手習いの折にはみんなに外の世界の事を話してあげたいと。
それはよい心掛けです。
つけられています。
え?そのまま気付かぬふりを。
はい。
「加門麻に必ずや天誅を加ふる者也」。
もしや…薄墨太夫を付け狙う者の仕業では?「加門麻に必ずや天誅を加ふる者也」。
穏やかじゃありませんな。
その加門麻という名前は?薄墨太夫の本当の名前です。
やはり…。
敵は薄墨太夫の過去と関わりのある人間でございましょうな。
過去…。
吉原の女は望むと望まざるにかかわらず過去というものを捨ててまいります。
…がこたびは過去の方からこちらに寄ってきたようでございますね。
武家の娘だった薄墨太夫はお金のために自らを吉原に売ったのです。
そして薄墨太夫を付け狙っていたのはかつての許嫁の弟鋭三郎殿でした
どうしてあなたを狙うのでしょう?分かりません。
ただ…。
ただ?あの文字を見た時…。
そこに込められた激しい怒りを見て私は恐ろしくなりました。
私は一家のために吉原に身を売りました。
その事に悔いはありません。
でもその事が慶一郎様をどれほど傷つけていたのだろうかと思うと…。
鋭三郎様は兄の仇を討とうとしているのではないかと。
いずれにしても必ずあなたをお守りします。
では。
お願いがあります!鋭三郎様をどうか殺さないで下さい。
一緒に遊んだあの子をこの身を守るために殺してくれとは…。
お気持ちは分かります。
鋭三郎を生きたまま捕らえるとお約束致します。
鋭三郎殿が現れないまま数日が過ぎ吉原に平穏が戻った頃…
出ておいでなさい。
鋭三郎様ですね。
お久しゅうございます。
なぜ私を…。
知れた事。
兄を捨てて遊女になるなど…。
間宮家の面汚しを許してはおけぬ。
私は間宮家の者ではありません。
許嫁となったからには間宮の身内も同様。
覚悟しろ。
このお方はお強い。
刀をお捨てなさい。
何を言うか!私は武士だ。
武士に刀を捨てろとは…。
お前は私に言ったはずだ。
え?武士の子でしょ。
誇りを持ちなさい。
はい…。
武士の誇りを持てと言っておきながら自らは誇りを捨てて遊女になど成り下がりおって…。
許せん!確かに…私は武家の誇りなど捨てました。
私にあるのは…遊女の誇り。
ふざけるな!抜け!何だそれは!侍同士なら尋常に勝負しろ!うわ〜!うわ〜!うわ〜!申し訳ありません。
いえ…。
武士として死なせてやるのがせめてもの情けなのですね。
お師さん。
旦那様が薄墨太夫の危ないところをお救いになったそうですね。
誰に聞いたのですか?吉原中で専らの噂ですよ。
あ〜あ私も神守様に助けて頂きたい!
(遊女たち)私も〜!神守様は私が危ない目に遭ってもお救いになって下さるでしょうか。
もちろんです。
あ〜よかった!それが務めですから誰であっても助けてくれる事でしょう。
それよりお師さん。
お客様に出す文これならきっと来て下さるっていう文句何か考えて下さいな。
私もお願いします!
(遊女たち)私も私も!お願いします!あね様いい天気です!静かな朝だ。
・
(仙右衛門)うるせえんだよ!・
(お芳)うるさいとは…。
会所の仙右衛門さんとお芳さんが晴れて夫婦になり隣に住むようになっていました
それはこっちのセリフよ!どうしたのよ?どうしたもこうしたも…。
俺は朝飯は焼き魚と決めてるんだよ!なのにこいつが納豆の方がいいとか抜かしてよ!納豆の方が体にもいいし安いのよ。
俺は焼き魚がいいんだよ!どちらでもよいではないか。
何だと!?一緒になったばかりのくせにケンカばかりして…。
そっちはケンカしねえのかよ?せぬ。
ウソです。
たまにします。
何だするんじゃねえかよ。
この朝吉原で大きな騒ぎがありました
待て!父の敵覚悟致せ!待たれよ!邪魔立て致すな。
某は吉原会所の神守幹次郎と申す。
ねえねえ仲之町で仇討ち騒ぎがあったんだってね。
(遊女たち)え?仇討ち騒ぎ…。
危うく刃傷沙汰になるところを神守様が止めたらしいよ。
(遊女たち)お〜!あらまたご亭主殿のお働きで。
仇討ちはすっかり廃れたものと思っておりましたが…。
人の恨みはなかなか消えるものではないのですね。
何でも場所を改めて仇討ちする事になったとか。
どちらかが死ぬ事になるのかしら…。
仇討ちの日が決まるまで中林与五郎殿を我が家にお泊めする事になりました
お邪魔しましたかな。
いえ。
その太刀筋は…。
示現流と居合を少々。
ほう。
某は震電流です。
今日一目見てかなりの使い手とお見受け致しました。
いや長い事あちこちを逃げ回る間にすっかり剣の腕も鈍っておりましょう。
一方向こうは仇討ちに備えて鍛錬を怠っていないはず。
どうなりますかな。
ハハハッ。
(犬の鳴き声)お〜来たか遠助。
随分仲がよいのですね。
こやつ遠江の浜辺でさまようていた所を見つけて声をかけたところ以来ずっとついてまいりましてな。
恐らく某に己と同じ境遇を嗅ぎ取ったんでしょう。
一緒に旅をしてもう2年になります。
どちらを回られました?石見大坂などあちこちと。
某も諸国を旅していました。
ほう。
なぜまた?実は…某も追われる身なのです。
何故に?妻敵討ちです。
妻敵討ち。
ではお内儀は…。
別の男の妻でした。
ひどい扱いを受けていたのを見かねて私がさらうようにして逃げたのです。
それから3年諸国を回った後こうして吉原で仕事を得る事になりました。
さようでしたか。
ですから某には与五郎殿がどこか他人のような気が致しません。
人間思わぬところで知己を得るものですな。
まことに。
そして幹次郎殿は父の敵と狙われる与五郎殿の助太刀を申し出たのです
どういう事でございますかな。
申し上げたとおりです。
それは困ります。
なぜですか?お気持ちは分かりますがあなた様はこの吉原にとってなくてはならぬ人でございます。
もしその身に何かあれば…。
某が斬られるとおっしゃるのですか?いやそのような事は申しませんがその…向こうも腕の立つ者を何人も用意しているというふうに聞こえてきます。
やられたらそれはその時。
しかし…。
汀女様!あね様…。
汀女様からもおいさめ頂けませぬか?やらせてやって頂けませんでしょうか。
会所にはご迷惑とは思いますがどうかお許し下さい。
ありがとうございました。
私に礼など無用です。
ただし…。
はい。
無事に戻って下さらないと…承知しませんから!分かりました。
そして仇討ちが行われる朝が来ました
・ごめん。
どうぞお入り下さい。
某をお呼びだとか。
わざわざすみません。
何でしょう?そろそろ仇討ちの場に行かねばなりません。
その仇討ちですが…。
はい。
どうしても行かれるのですか?もちろんです。
所詮人の事ではありませんか。
どうして命を懸けなければいけないのですか?行かないで下さい。
お願いです。
行かないで下さい。
なぜそのような事を?お慕いしているお方に生きていてほしいと思う事はおかしいでしょうか?このような事を言うつもりはございませんでした。
でも私は吉原で籠の鳥として生きる我が身…。
せめてこの思いだけは籠の外に出してやりたかったのです。
あね様は行けと言ってくれました。
汀女様が?では参ります。
待たれよ!待たれよ!間に合いました。
かたじけない。
某義によって中林与五郎殿の助太刀を致す!だ〜!お見事!勝負あった!なぜですか!?若い者が生き残った方がよい。
これまでの事かたじけのうございます。
人生の終わりに…よき友を得た。
お内儀を…大事になされよ。
お帰りなさいまし。
ご無事で何よりです。
ご心配をおかけしました。
いえ武士の妻ですから。
与五郎殿は見事なご最期でした。
そうですか。
あね様…。
はい。
私はあね様を大事にできているでしょうか?急にどうしたのですか?聞いているのです。
大事にされています。
私たちはこのまま穏やかな日々が続く事を願っておりましたが吉原には乗っ取りの陰謀がひそかに迫っておりました
やめて!キャッ!泥棒!巾着切りやケンカ沙汰がこう次々となあ…。
5日前からです。
吉原には怖くて行けねえなんて客がいるそうで…。
このまんまじゃあ吉原全体の評判にも関わりますなあ…。
誰かが背後で糸を引いているんですかね。
おおこれは珍しい。
勘助さんじゃないか。
お久しぶりです四郎兵衛さん。
…で今日は何のお話で?このところ吉原ではしきりに騒ぎが起きていたようで。
てめえだなやらしてるのは。
そんな言い方をしていいんですかね。
騒ぎはいつでも起こせるんだもっとひどいやつをね。
てめえが吉原を追い出されたのはてめえの不始末のせいじゃねえか。
あこぎな商売ばかりやりやがって。
俺一人を悪者にしててめえは吉原を好き放題かい。
一軒の店を構える妓楼の主をてめえよくも虫けらのように追い出しやがったな。
あんた頭取を辞めて引っ込みな。
そして後を俺に譲るんだ。
てめえみてえなやつにこの吉原任せられるか!そうかい。
(犬の遠吠え)先ほどから後をつけておられますな。
出てこられてはいかがでしょう。
やはり…。
お願い致す。
や〜!ぐあっ!ぐあ〜!吉原の手先に成り下がったとはな。
住まいまで与えられてのうのうと暮らしおって!武士の面目を傷つけた事はおわび申し上げます。
それだけか!?ですが…あね様を連れて逃げた事に関してはいささかの悔いもございません。
なにを…。
覚えておれ!次は腕の立つ助っ人を10人でも20人でも連れてくる!そして必ずお前を討ち果たす!うわ〜!よくおいで下さいました。
某が松下源左衛門でござる。
この矢部から聞くところ貴殿はかなりの腕をお持ちとか。
いえそれほどのものでは。
某に御用とは?我が藩においで頂き是非剣術のご指南をお願いしたい。
では某に越中に参れと?さようでござる。
しかし…昨日ご覧になったように某はあの藤村という男に妻敵討ちとして…。
(矢部)いやその事は既に存じております。
え?
(矢部)それを承知の上であなたにお越し頂きたい。
それが我らの願いでござる。
夫壮五郎殿に居場所を知られた私たちが選ぶ道は一つしかありませんでした
四郎兵衛様の許しを得て吉原を去る事にしたのです
参りましょう。
はい。
山岡藩の皆様は?板橋宿で落ち合う事になっています。
そうですか。
な…何だ?あ…。
これはこれは!一刻も早く国元に下れとの命により急ぎお迎えに上がりました。
さあ参りましょう。
はい。
泥棒〜!どけ!ありがとうございます!この野郎!観念しやがれ!ああ俺のだ!ほかにもこんなに…。
おいこっちには猫がついてる!これは…。
もしや夕霧さんの?大したお金じゃないんですよ。
でも…お父っつぁんに送ってやろうと思ってためてたお金が入ってたんです。
ご安心なさい。
神守様がきっと取り戻して下さいましょう。
某がきっと…。
本当ですか?ああ。
貴様…夕霧がどれだけの時をかけてこの金をためたか分かるか?知るかよそれっぽっちの金。
吉原の女のくせにスカを引いたぜ。
何だと!吉原の女たちはな…吉原の女たちはみんな必死で生きてる女たちなんだ!守ってやらなければならない女たちなんだ!それが分からんのか!?俺たちの目当ては四郎兵衛だけだ!命が惜しけりゃすっこんでろ!そんな事を言われてすっこんでられるか!やつらの言うとおりだい。
命が惜しいやつはすっこんでろ。
あいにくそんなやつはいませんぜ!
(男衆たち)おう!番所は何してるんだよ。
村崎様!ここで刃傷沙汰は許さん!帰れ!うるせえ!そうだ。
奉行所に知らせねば!あっなるほど!逃げちゃったよ。
フン。
奉行所へ行ったところで間に合わねえよ。
ハハハハハッ!やるぞ!
(浪人たち)オ〜!頭取を守れ!
(男衆たち)おう!
(足音)どけどけ!神守様!どうして!?なぜ戻られた!?なぜ?某の務めを果たすためです。
あれは吉原裏同心といわれてるやつだろう!あいつがいないっていうから俺は…!今更つべこべ言うな。
やるぞ!
(浪人たち)おう!四郎兵衛殿をあちらへ。
四郎兵衛てめえ!地獄に落ちろ!くそ!うあっ!ぐあっ!神守様ありがとうございました。
もう心配はございませんのでどうぞご出立を。
いえ。
その…。
どうなされました?行くのはやめました。
(男衆たち)え!?ちょ…本当かよ!ああ。
(笑い声)よかったよおい!よ〜し昼店前の大片づけだ。
(男衆たち)へい!今日は…お二人にお知らせがございます。
何でしょうか?藤村壮五郎殿は二度とここに現れる事はございません。
え?どういう事でしょうか?この吉原は神君家康公時代からご公儀とは裏表いろいろなつながりがございましてな。
そのツテを手繰りまして幕閣のさるお方からお口添えを頂き…。
壮五郎殿のいらっしゃった岡藩江戸家老様にひそかにお会いできました。
うん?これは!はは〜!カタはつきました。
四郎兵衛様何とお礼を申してよいか…。
ありがとうございます。
ああいやいやいや!このような差し出がましい事を致しましたのもなその…お二人にこの吉原にとどまってほしいからでございますよ。
神守様はもちろん汀女様あなた様も。
私も…。
汀女様は廓の女子たちにいろいろな事を教えて下さいました。
また相談にも乗って下さいました。
それがみんなにとってどれほど心強い事でありましたか。
これからもお二人でこの吉原のためにお骨折り頂けませぬか?もちろんでございます。
よろしくお願い致します。
ありがとうございます。
お父っつぁんよかったね。
ヘヘヘッ。
おい早速ほれ…用意だよ!用意ならすっかりできてますよ。
何でございましょう?これは…。
心ばかりの祝いの席でございます。
それは過分な…。
いいから座れって。
さあさあさあさあどうぞどうぞどうぞ!さあどうぞどうぞ。
さあさあ…。
(四郎兵衛のせきばらい)神守様なんてひどいお方。
私たちはお二人とは涙を呑んでお別れしたのですよ。
私たちの涙は何だったのです。
申し訳ありません。
罰としてこれからも私たちと一層のおつきあいを願いますよ。
よろしくお願い致します。
さあ祝いだ祝いだ!
(遊女たち)あ〜い〜。
お約束果たして下さいましたね。
私からもお礼申します。
ひとつお手を拝借!よ〜っ!
(手締め)上々大吉!
この時幹殿と私の吉原での新たな日々が始まったのです
・「せめてひととき」・「風よやさしく」・「二人」・「包んで」あね様!う〜んうまい!今年一年平穏無事にありますようにと。
明けましておめでとうござんす。
まるで神隠しみてえな話じゃねえか。
お願いです!太夫を見つけて下さい!
(薄墨)神隠しに遭ってでも外の世界に戻りたい…。
本当ですか?裏同心も形なしだ。
一目弟に会わせて下さい!なぜですか…。
それは吉原だからです。
遅くなりました。
足抜きの話に乗ってきそうないい女を探してくりゃいいんだよ。
(薄墨)私は吉原の女です。
この魂も吉原にささげております。
つべこべ言うんじゃねえ!幹殿は?香瀬川太夫を助けに。
えっ?吉原の女たちを守るのは幹殿の務め。
女を食い物にするやつは許さん。
2015/12/30(水) 19:30〜20:58
NHK総合1・神戸
誕生!廓(くるわ)の用心棒〜帰ってきた吉原裏同心[解][字]
時代劇の人気シリーズ「吉原裏同心」の主人公・神守幹次郎(小出恵介)とその妻・汀女(貫地谷しほり)が故郷を捨て、吉原で生きていくようになるまでを感動的に描く。
詳細情報
番組内容
時代劇の人気シリーズ「吉原裏同心」の主人公・神守幹次郎(小出恵介)は、ずっと慕っていた汀女(貫地谷しほり)を乱暴な夫から救い出し、三年の旅を経て江戸・吉原にたどり着く。吉原の会所の頭取・四郎兵衛(近藤正臣)に剣の腕を見込まれた幹次郎は、吉原の女たちを守る「裏同心」として生きていくことに。吉原で起こるさまざまな難事件を夫婦で力を合わせて解決していく痛快時代劇。
出演者
【出演】小出恵介,貫地谷しほり,近藤正臣,山内圭哉,石井愃一,野々すみ花,京野ことみ,皆川猿時
ジャンル :
ドラマ – 時代劇
ドラマ – 国内ドラマ
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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日本語(解説)
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