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だらだらと書き続けてきたこのシリーズも今回が最終回。今回は、このシリーズを書こうと思ったきっかけと、今思っていることについて書こうと思います。
年末年始は「家族」や「ふるさと」だらけ
クリスマスから年末年始にかけて、街やテレビは「家族」「ふるさと」「帰省」「おじいちゃんおばあちゃん」という言葉でいっぱいになる。ふるさとを大事にしよう。おじいちゃんおばあちゃんを大事にしよう。ふるさとへ帰ろう。家族ってあったかいよね。そういう言葉を目にするたび、耳にするたび、ぐわんぐわんと心が揺れる。笑顔でグサグサと刺されているような気持ちになる。
今年は子供たちの宿題にも刺された。
冬休みの宿題には、「おじいちゃんおばあちゃんと会う機会も多いでしょうから、昔の道具についてインタビューしてきてください。できない人は本やインターネットで調べてもいいです」っていうものがあって、何も言わずに本を借りる子供をみていると、わざわざこんな宿題が必要なんだろうかと思う。
— とんはは (@gambarutonhaha) 2016, 1月 6
でも批判したい気持ちがあるというわけではなく、これがスタンダードなものの考え方なんだなと思うだけ。お正月といえば、家族親戚で集まる、おじいちゃんおばあちゃんとふれあう。それが日本のお正月の過ごし方、みたいな。笑顔でなぐられてるような気持ちになる子もいるだろうなー。
— とんはは (@gambarutonhaha) 2016, 1月 6
不都合がある子、心が痛む子が声をあげるかっていったら、ほとんどの子は黙る方を選ぶと思う。「わかるわかる、うちもそう」って顔して笑ってるほうが、楽だもんね。そういうところで目立ちたくはないからね。
— とんはは (@gambarutonhaha) 2016, 1月 6
わたしがお正月休みにこのシリーズを書き始めたのは、お正月こそ1年のうちで1番、家族のことをつきつけられるときだったから。なんの答えも出ないのはわかっていたけれど、書きたい気持ちにまかせて書き進めるうちにここまできてしまった。
統合失調症の母を持つ子供への支援
お時間のある方は、ぜひこちらの記事を読んでみてほしい。
このシリーズを書き始める前に、同じような記事があるのかどうか知りたくて検索をしているうちに、この記事と出会った。パーっと流し読みして、全部書き終えてからもう一度読もうと思っていた。書く前に読みすぎると影響を受けてしまうから。先ほど読み返してみて、「わかるなぁ」と思う部分もあったし、「そうかなぁ」と思う部分もあって、同じような病気でも人それぞれだなぁと思ったところだ。
そしてこちらも。
こちらの記事を読んで、涙腺が大崩壊してしまった。こうやって光をあてようとしてくれてる人はいたんだなぁ、と思うと胸がいっぱいになった。この記事の中には、「同じ状況にありながらも症状に巻き込まれにくかった子どもたち」として5つの要素が挙げられている。
- 家庭がオープンであること
- 精神的なサポートがあること
- 障がいの説明を受けていること
- 家庭外の活動に没頭すること
- 今の生活を変えたい・安定した生活を守りたいという思いを持つこと
これを読んでいて思うのは、わたしの問題は精神しょうがいを抱えた母だけでなく、モラハラの祖父の影響も大きかったんだなということだ。もちろん、これらの要素をすべて満たしていて、症状に巻き込まれにくかったとしても、巻き込まれないわけではないと思う。苦悩は必ずつきまとうはず。それでも、これらをふまえたサポートが、わたしのような思いをして苦しんでいる子供たちに届くなら希望はあるんじゃないか。そう思わずにはいられない。
今、わたしが思っていること
母と距離をおくようになって2年。この2年は「やるだけのことはやってきたし、今わたしがやるべきことは子供たちを守ることだ」と腹をくくって過ごしてきたからか、不思議なほどに罪悪感を感じることはなかった。母のことが気にならないわけではないけれど、わたしにはわたしの人生がある。どちらも犠牲にするくらいなら、わたしはわたしの人生を大事にさせてもらいたい。そして、こんなことを思う資格はないのかもしれないけど、母が今いる場所で母なりの幸せをみつけてくれたらいいなと思う。
最後に。統合失調症の母のもとに生まれてきたことについて、昔はとても否定的な気持ちでいた。母本人から「産まなきゃよかった」と言われてしまったし、親にそう言われてしまえば「そうなんだな」と思うしかない。それに、子に遺伝する率は約10%、さらに孫へ遺伝する確率は約4%という数字をみて、結婚が破談になったり、子供をあきらめたりするケースもあると聞くと、わたしが家族を持ってもいいのか?という話にもなる。夫は、それらを全部飲み込んだうえで、結婚してくれたんだそうだ。子供がほしいといってくれたのも、夫だった。そして、陣痛で荒れ狂うわたしに腕を噛みちぎられそうになりながら、子供が生まれた瞬間、ワンワン泣いて喜んでくれたのも、夫だった。長男が生まれて11年。次男が生まれてもうすぐ9年。夫はずっとそばで支えてくれた。
わたしは今、たとえ統合失調症であっても、母がわたしを産んでくれたこと、生まれてきたことをよかったと思っている。大変なことのほうが多かったけれど、それでもわたしは大事な家族に出会えた。このために、生きてきたんだなと今は心から思っている。
おわりに
長い長いお話を読んでくださったみなさん、ありがとうございました。最後に、勝手ながら応援させてもらっているお二人のご結婚をお祝いして終わりにしたいと思います。
ご結婚おめでとうございます。どうかお幸せに。
おしまい。