ブロックチェーンの話題がメディアを賑わすようになるなど、テクノロジーによるイノベーションの「次なる主戦場」として注目される金融業界。近年、この分野の改革に挑戦するFinTechベンチャーは続々と登場している。
中でも決済関連は、世界的に活況となっている領域だ。オンライン決済、ビットコイン、パーソナル決済と、さまざまな切り口のスタートアップが誕生している。
>> 参考記事:From Point-Of-Sale To Money Transfers: 109 Startups Disrupting The Payments Industry
ただし、市場が形成されると競争も激しくなるのが常。金融業界の歴史の長さや、そこで培われてきた独自の商習慣などに突き当たり、ビジネスとして軌道に乗る前に撤退を余儀なくされたFinTechベンチャーもすでに出てきている。
>> 参考記事:2015に終了した30のスタートアップとその失敗理由
そんな中、えふしんこと藤川真一氏がCTOを務めるBASEは、FinTech分野への足がかりとして2014年12月に開発者向けオンライン決済サービス『Pureca(ピュレカ)』を買収。昨年9月、新たに『PAY.JP(ペイ・ドット・ジェイピー)』としてEC事業者などへのサービス提供を開始した。
『PAY.JP』
世界展開を進める『Stripe』や、LINEの子会社となった『WebPay』といった競合他社がしのぎを削るこの領域で、PAY.JPは新興ベンチャーを中心にユーザー企業を開拓中。さらに、今年は「支払い側」の使い勝手も考慮したサービスに進化すべく、開発を進めているという。
そんなPAY.JPの特徴の一つに、開発・運営に携わるチームメンバーの若さがある。
ピュレカ創業者で現・PAY.JP事業統括者である高野兼一氏(25歳)をはじめ、2016年春に新卒入社予定で現在は業務委託で関わるセキュリティエンジニアのクリストファー・スミス氏(23歳)、API開発を手掛ける藤本洋一氏(27歳)など、コアメンバーの平均年齢は25歳(※いずれも2015年12月の取材時)。
外部の開発メンバーには国内外の経験豊富なエンジニアがいるそうだが、クリストファー氏はまだ現役大学生とのことで、若さが際立つチーム構成となっている。
業界の特殊さから、銀行や証券会社で経験を積んだベテラン社員を招聘するFinTechベンチャーも少なくない中で、20代・業界未経験のコアメンバーで巨大産業の変革に挑むのは果たして可能なのか?
この問いに対して、主にビジネス面のアドバイザーを務めるえふしん氏は、「若いチームだからこそできるチャレンジがある」と断言する。既存の商習慣を打ち破るパワーこそが必要という言葉の裏側にある思いと、将来展望について聞いた。
多士済々の強みを持つコアメンバーたち
(写真左から)PAY.JPの藤本洋一氏、高野兼一氏、クリストファー・スミス氏、BASEのCTOえふしん氏
その前に、コアメンバー3人の経歴をざっと紹介しよう。
PAY.JP開発チームの中心人物である高野氏は、大学在学中にインターンとして金融系インターネット事業を手掛ける開発業務に携わったことをきっかけに、2012年にピュレカを起業。ファウンダーとして、「オンライン決済をよりシームレスに」というビジョンの具現化に奔走してきた。
このビジョンを形にする上で、最低限の要素として求められるのが強固なセキュリティだが、この分野の開発を担当するのがクリストファー氏。趣味でセキュリティ技術を学んだという同氏は、以前にWindowsのTelnetにあった脆弱性を発見、実績を買われてMicrosoft本社に招待されるなど、凄腕ハッカー並みのスキルを誇る。
PAY.JPは現在、クレジットカード決済のグローバルセキュリティ基準であるPCI DSSのVersion3.0に完全準拠した運用を行っており、この“土台”を支えるのがクリストファー氏というわけだ。
そして、2015年に加入したのが藤本氏。PAY.JPはPythonで開発されており、それが入社のきっかけだったという同氏は、2007年に友人数名とエンジニアグループnequalを立ち上げ、2011年2月には同グループのメンバーで株式会社クロコスを創設するなど(後、ヤフーへバイアウト)、20代にして豊富な経験を有している。
そんな3人の日常は、ひたすらサービス改善と発展に向けたコーディングをすること。作業中は開発に関わる以外の話をほとんどしないと明かす。
それでも、サービスに賭ける情熱は一様に高いとえふしん氏は感心している。
「一度、土曜日なのにアメリカにいる開発メンバーと開発の進め方について夜通しチャットで議論しているのを目撃して、『こういう熱さが武器だよなー』と感じたことがあります。普段は黙々とコーディングしているのに、設計思想についての議論になると延々と話し続けるようなチーム。この熱量はなかなかです」(えふしん氏)
「新しい与信管理」の実現には古い慣習に染まらない思考が必要
今後の展望について語る3人
では、そんなギークなチームが目指す、PAY.JPの未来形とはどのようなものか。高野氏が「競合との差別化としてもぜひ実現したい」と話すのは、新たな与信管理の仕組みづくりだ。
「今春以降に予定している、カード利用者にとっても使いやすいサービスの実現へ向けて、与信管理の部分は開発の肝になります」(高野氏)
目指すゴールは、個人の信用情報をSNSを含むネット上のあらゆる行動履歴から予測し、独自の与信管理システムを構築すること。すでにLinkedInなど各種SNSの情報も加味した与信管理を行っている米Fintechベンチャーが数ある中で、その実現はけっして不可能ではないと高野氏は言う。
「これまでの与信管理基準は年収や利用実績が中心でしたが、SNSでのデータを活用した新しい与信管理システムづくりがEC事業者にとってもエンドユーザーにとっても使いやすいサービスになると思います。今は、どのデータをどう活用するか?の実証段階にあります」(高野氏)
また、オンライン決済の強みとして、継続的にデータを収集・解析し続けることでユーザーの途上与信にも革新を起こせるはずと語る。
最終的には、こうした仕組みを既存のプレーヤー=銀行やクレジットカード業者のシステムと連携させる作業が必要になるが、この辺の設計やビジネスディベロップメントはアドバイザーのえふしん氏がサポートしながら進めているそう。
既存の金融プレーヤー側も、こうしたFinTechを踏まえた“イノベーション前夜”の時期を迎えて少しずつ変わりつつあるとえふしん氏は話す。
「金融業界というと、これまでは我々のようなおじさん同士がビジネスの話をする印象でしたが、オンライン決済の分野は圧倒的に若い人が活躍する場です。古い商習慣に飲み込まれず、新しいスタンダードを作っていく意味でも、若いエンジニアのアイデアが歓迎されています」(えふしん氏)
“カジュアル決済”のデファクトスタンダードを獲れるか?
若いチームを見守るえふしん氏
中・長期的には、メールアドレスや携帯電話番号だけでオンライン決済ができるようなシステムの構築を目指し、技術的な課題の洗い出しなどを進めているという。
えふしん氏にはPAY.JPの将来像に明確なビジョンがある。それは、「5年後、10年後の『ZOZOTOWN』を目指すようなEC企業を支援すること」だ。
Stripeのような競合もある中で、PAY.JPがコアユーザーにしていきたいのは、「例えばC2Cビジネスを展開するベンチャーのような新しい挑戦をする企業だ」とえふしん氏は言う。
そのためには、上記してきたような仕組みを開発し、「“カジュアル決済”のデファクトスタンダードになる」(高野氏)のが当面の目標になる。
事業の拡大に合わせて人員増も視野に入れているというが、えふしん氏は今のチームが持つ個性と若さは維持していきたいと考えている。
「このチームは、普段は開発のこと以外、全然話さないけれど、お互いを尊重し合い、かつサービスに賭ける情熱も持っている。ネット好きな若者たち特有の雰囲気というか、このまま“大人的判断”とは一線を画したままで突き進んだ方が、金融業界特有の商習慣に縛られず新しいことをやってくれると思います」(えふしん氏)
「僕に言わせれば、このチームは『パワースポット』。それぞれがパワーを与え合うような存在なんです」(クリストファー氏)
事業の未来は誰にも予測できない。それでも、PAY.JPのユニークさはFinTech分野で独自の存在感を発揮していきそうである。
今後、BASEでは社外の人と定期的に交流を持つ場として、カジュアルな交流会『BASE Drink』を行っていく(※第一回の開催日とテーマは以下)。次回以降、PAY.JPのメンバーによるFinTechや決済をテーマとしたセッションも開催予定とのことだ。興味がある人は、どんな「パワースポット」なのかをリアルな場で体感してみてもいいかもしれない。
≪『BASE Drink』第一回概要≫
■開催日:2016年1月18日(月)19時20分~
(場所等が明記されている申し込みフォームは以下URL)
http://connpass.com/event/24873/
■概要:今年1月4日に発表したメルカリ社との資本業務提携に伴い、BASEの技術顧問に就任したメルカリのプリンシパルエンジニア長野雅広氏(kazeburo)をゲストに迎え、CTOの藤川氏と下記のテーマでセッションを行う。
■テーマ:開発言語と仕事のやりがいと技術的好奇心の実現方法について/なぜ、長くPerlに携わり、Rubyでも高速なRackサーバを開発しているハッカーが、PHPを扱うメルカリに入ったのか?etc.を予定。
取材・文/浦野孝嗣 撮影/伊藤健吾(編集部)