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中国政府がいま最も恐れているのは、ネット上の「くまのプーさん」

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 今香港で大きな騒ぎになっているニュースがある。2015年10月ごろから香港の小さな書店の関係者5人が次々と行方不明になっているのだ。この書店は、中国共産党や習近平国家主席などに批判的な書物を取り扱っていることで知られ、行方不明の5人は中国本土の当局に拘束されていると見られている。

 中国共産党がこの手の強硬な検閲活動を行っているのは周知の事実だ。人権派の弁護士や民主活動家は拘束されるし、公安当局による監視も行き届いている。

 そして中国共産党がインターネット上の検閲に力を入れているのも、つとによく知られている。いわゆる「サイバーポリス」と呼ばれる共産党政治局員から公安部、大学生などの工作員が人海戦術で、反政府的で扇動的なネット上の発言などを対象に検閲を行っている。

 例えば、チベット仏教の最高指導者である「ダライ・ラマ」や、民主化運動の「天安門事件」といった単語は、サイバーポリスによって直ちに削除されてしまう。今では自動的に検閲を可能にするソフトも導入しているようだ。

 冒頭の書店同様、香港には中国共産党に楯突く人たちは少なくない。そしてサイバーポリスの検閲についても、香港には、逆に検閲活動を「監視」している人たちがいる。例えば、香港大学のジャーナリズム・メディア学センターの研究チームだ。

 彼らの調査で、2015年に中国当局がもっとも多く削除したとされる発言(言葉または写真)が明らかになっている。つまり、中国政府がもっとも拡散して欲しくない事柄が判明しているのだ。最近これまで以上にインターネット規制を強化している中国共産党は、2015年にどんな発言に恐れていたのか。

●社会問題、政治、ポルノを中心に削除

 この研究を行っている香港大学ジャーナリズム・メディア学センターの研究チームは、「ウェイボースコープ」という検閲追跡サイトを運営している。そこで、登録者数が6億とも言われる中国版Twitterの微博(ウェイボー)で削除されるポストを記録する。

 著者の取材に、同サイトを運営するキングワ・フー准教授は、「ウェイボースコープは、人民の意見が当局によって規制されている中国におけるソーシャルメディアのデータを収集し、分析し、可視化するオンラインツールです。このプロジェクトにおける最大の目的は、削除されたマイクロブログを拾って削除された後も公にアクセスできるようにすることだ」と語る。検閲された事柄こそ重要な話であると考えているのだ。

 追跡方法は、定期的に、ウェイボーで1000人以上のフォロワーがいるマイクロブロガーの発言をサンプリングし、削除されるまでの時間とシェアされた回数を記録して計算する。その上で検閲リストを作っている。要するに、もっとも短い時間で削除され、もっともシェアの多いポストが、「もっとも検閲された」言葉または写真ということになる。

 同センターが2011年のスタートから2013年までに追跡してきたマイクロブロガーの数は35万人を超えている。ちなみに2012年だけを見ると、同センターは2億2600万ポストを記録し、そのうちの1090万ポストは削除されている(もちろんブロガー自ら削除している場合もあるが、中国では摘発を逃れて自己検閲するケースも多い)。

 2012年は1月から半年で、写真を含む1億1100万ポストが削除されている。トピック的には政治や社会問題、ポルノが多くを占めるという。削除されている言葉で当時多かったのは、汚職容疑で起訴された元重慶市トップの「薄熙来(ポーシーライ)」や、盲目の人権活動家である「陳光誠(ちんこうせい)」、さらには米国の「ゲイリー・ロック中国大使」といった単語だった。

●中国共産党は「くまのプーさん」を削除

 これを見ると、当局が敏感になっている事象に絡む言葉が削除対象になっているのが分かる。

 では2015年、中国共産党はどんなポストをもっとも「検閲」したのか。

 1位に輝いたのは、オープンカーにくまのプーさんが乗るかわいらしいプラスチック製おもちゃの写真と、それに添えられた言葉「分享○片(写真をシェアします、の意味)」だった。アップから1時間ちょっとで削除されるまでに、6万5576回シェアされた。これは1秒間に15回シェアされたことを意味する。

 クルマに乗ったプーさんの写真がなぜ検閲の対象になったのかというと、実は、中国では習近平国家主席は「くまのプーさん」に似ているとバカにされているからだ。そもそもは2013年6月の訪米でバラク・オバマ米大統領とカリフォルニア州で一緒に散歩している恰幅のいい習の写真が「プーさん」に見えると揶揄(やゆ)され、「プーさん」の写真と並んでウェイボーでアップされた。するとすぐに検閲で削除されたため、当時、世界中のメディアで大きな話題になった。

 それ以降、「プーさん」は習国家主席を揶揄するものとして定着している。しかも読者の皆さんも記憶にあるかもしれないが、2015年の軍事パレードで習は、クルマの屋根から上半身を外に出して立つ姿での登場だった。それに似せて、パレードの行われた9月3日に、プーさんがクルマに上半身を出して乗っているおもちゃの写真がアップされたのだ。2013年に続き2015年もすぐに削除されたことから、「プーさん」は中国共産党にとって放置できない「タブー」になっているのかもしれない。

 2位は、8月に起きた天津市の爆発事故についてのポスト。少なくとも173人の死者を出した大規模爆発は政治家や警察を巡る癒着や役人の職権乱用が背景にあるとして大きな批判が噴出した。そこで「(被害者に)祈りを捧げるのでなく責任を問え」と憤る発言が9月13日にアップされたが、直ちに削除された。6万3669回シェアされ、約2時間半後に削除されるまで1秒間に6回シェアされた。さらに「爆発」「噂」といった単語も事故から7日間にわたり検閲された。

 また3位は天津の事故からすぐ後に、遼寧省鞍山でも小規模な爆破と火事が起き、「鞍山で救助を待つ人はすぐにポストをしろ」と発言されたポスト。だが火事はすぐに消し止められ、4万5000回シェアされたこのポストはすぐに削除された。4位は役人の腐敗をネットで告発してきた男性がハニートラップによる売春容疑で拘束された一件についてだ。この男性が「売春婦を買ったことを否定する」と発言したことが4月2日にシェアされたが、すぐに削除された。

 ちなみに検閲トップ20のうち、4つは習にからんだポストだった。

●人民の意識を必死にコントロール

 こうした結果から、中国共産党は人民の怒りの矛先が中央政府や役所に向くのを警戒しているのが分かる。そしてインターネット網とネットワークがどんどん拡大する中で、人民の意識をコントロールしようと必死になっている様子も想像できる。中国共産党によれば、中国には7億に達するWebサイトが存在し、12億人が携帯電話を使っており、1日に300億件のポストがインターネット上で行なわれている。そして、当局はそれらを検閲するのは不可能だと今も否定しているが、一方でインターネットを「規制」していることは認めている。

 今となっては誰も中国が検閲を行っていないなどとは思っていない。しかも実のところ最近では、公然と、今以上にネット規制を正当化しようとする姿勢を鮮明にしている。米CNNによれば、中国は今、国際的な取り決めではなく、国家が国内インターネットを自在に統治できるよう国連に働きかけ続けているのだ。

 また中国は現在、さらなるネット規制のために法的な措置を強めているとの指摘もある。新しい対策として、当局は安全保障という名の下にインターネットへのアクセスを遮断できるようにしようとしたり、噂を流布する行為に今よりも厳しい罰則を科そうとしている。また、2015年12月には政府が反テロ法を可決してインターネットの監視などを強化する決定をした。さらに最近、政府高官は大手サーバーなど重要なIT企業には社内に当局者を配置する予定であるとも公表している。

 香港大学のフー准教授は今のところ、中国当局から警告や脅迫などは受けていない。だが同センターの取り組みは欧米のメディアで次々取り上げられ、話題になっている。目立っているために、いつ何時、冒頭の書店に起きているような事態が起こってもおかしくない。

 フー准教授はそういう危険な環境で、「くまのプーさん」が強化する検閲活動をウォッチする活動を続けている。
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