やる気を出させるシステム!
—— もしかして人の心をコントロールする研究もされているんですか?
西村 僕ではないんですが、いい意味でマッドな研究者がいて。ドイツの脳外科グループは情動を制御して、薬でもどうにもなんない人たちの鬱を治すという試みをしています。
—— それ、もしかしてDBS(脳深部刺激、Deep Brain Stimulation)を使う方法でしょうか。以前アメリカの「60ミニッツ」というTV番組でカナダのうつ病治療が、取り上げられたんですよ。脳の「エリア25」っていう場所を刺激するんですよね?
西村 それとはちょっと違うところですが、脳を刺激するのは同じです。人って基本的に自分で自分の心を制御するって難しいですよね。たとえば自分の子どもに宿題をやらせるのも難しい。でも手っ取り早く簡単にやらたいなら、ご褒美をやればいい。脳にはお金を渡したり褒めると反応する「報酬系」という脳領域があるんです。ここを刺激すると40年以上鬱の患者さんでも「あ、なんか嬉しい」とか言い出したり、鬱でずーっと家にいた人が「ボーリング行きたい」とか言うようになるんですよ。
—— 映像で見たことありますね。ちなみに「バイオエレクトロニック医学」との関連はありますか?
西村 刺激場所は違いますが、ともに大変有望な方法だと思います。脳に直接刺激するのではなく、末梢神経の迷走神経を刺激するので、侵襲度(外科手術の程度)が低くてすむ。
—— ほうほう。
西村 で、じゃあ、これを使ってもっといろいろなことができないかと考えたんです。脳梗塞や脊椎損傷になった患者は鬱になりやすいんですが、たとえば、筋肉の活動が出たら、報酬系に刺激を送るというような仕組みをつくれば、「運動すれば気持ちよくなる。気持ちよくなるから運動を続けよう」というようなサイクルができます。
—— なるほど。
西村 あるいは鬱の状態に自分で気づければその状態を自分で戻したり。筋肉を動かせば刺激がきて、気持よくなったり。
—— でもこれ……麻薬中毒みたいになりません?
西村 ご名答です。猿に装置を埋め込んでやったんですけど。寝ないでずーっとやってる。僕らのもともとのモチベーションとしては鬱や気持ちを自己制御したらいいんじゃないかなと思ってたんですが、自己制御が全然できなくて止められなくなってしまった。
—— これってあれですね、「猿にオナニー」を教えたらという話に近いものがある。
西村 まさしくそのとおりですね。「マスターベーション実験」と言われました……。
—— 直球すぎる(笑)。
西村 でも、この方法を使って、逆に言うと自分で気持ちを上げることができれば実は運動も強くなる。頑張れるわけです。この領域を壊しちゃうと下手くそになっちゃうんですよ。人工神経接続というパラダイムをコンピュータを介して新しい神経結合をつくる。新しいものを付加して、新しい能力を持つことができるので、それでなんか面白いことができないかなというのも我々のスタンスですね。
—— エンハンスメント(強化)の方ですね。
西村 あと問題としては、精神疾患の人たちの治療ができてしまったら、それってどこまで治したらいいんだろう、という。
—— うつ病だった自分を返してくれ、という裁判が起こったりしそうですよね。
西村 それは難しいですね。どんな研究も、倫理的な議論を重ねながらやってるんですけれど。そういうことが起きる時代に、もうなってきている。
—— それは怖い……。
西村 マッドに考えればいくらでもマッドに行くことができる。
他人の体と自分の脳をつなぐ!?
この話はとても示唆に富んでいます。
これまでの取材でぼくは、「人間の機械化」と「機械の人間化」、どちらか一方を探り、その交点を見つけようとしていました。しかしこの研究——生物を機械にするのでもなく、機械を生物化するのでもなく、インターフェースに機械を使う——というのはまさに人と機械の境界にあるものです。この技術は他にどんな可能性があるのか聞いてみました。
—— そういえば気になったんですが、ある人の脳波で他人の体を動かすこともできるんでしょうか。極端な話、脳を乗せ換えたりできるんですかね?
西村 原理的にはできます。人工神経接続の原理だと、信号をとってきて別の場所に繋いでるので、その線を僕につなぐこともできるわけです。
—— そうですよね。それをロボットとかじゃなくて別の人間の体に繋いだら乗っ取ることが可能なんで、人間が機械のように操れる……。
西村 刺激する人を変えれば、それは物理的にできるわけで。
—— インターフェースがあればつなぐものはなんでもいいわけですね。
西村 はい。最近そういうを実験しているグループがでてきているんですけれど。僕ら生理学者なのでそれがどういう意味があるかいつも考えながら実験しているんですね。つなぐこと自体は、技術的にはすごく簡単なんですよ。
—— 脳だけが死んじゃった人が検体して、脳死の人に乗せ換えたら治っちゃうとかもあり得るんでしょうか?
西村 細胞が死んでなければ可能ですね。
—— すごいSF感ですね。楳図かずおの「洗礼」みたいだ。
西村 川人先生とかはアメリカのデューク大学の猿の脳活動をとってきて、インターネットで遠隔で飛ばして、ロボットを動かすということをしていました。あれ、人と人とでもできるわけですよ。「トータル・リコール」という映画のなかで、シュワルツェネッガーが、女性と「セックスしよう」って言って何かをカポッとかぶるシーンがありますよね。「え?」「なんで、これだろ?」とか言って、女性が「え、なんで?」と戸惑うという(笑)。
—— あったあった。そんなシーン。
西村 脳活動をとってきてそれを人に使って刺激する。それを相互に行えばああいうこともできるわけですよ。
ここでぼくは第一回目で取材した藤井さんのSRシステムの研究を思い出しました。普段ぼくらは自分の視点で生きているので、他人が世界をどう見て、何を感じているかはわからないわけです。でも、藤井さんのSRを使うと、他人の視界を共有できる可能性がある。西村さんがやっていることも、かなりそれに近いと感じたのです。
西村 人工神経接続っていうのは非常にフレキシブルな技術なので、アイディアはいくらでも出てくる。ぼくらはサイエンティックな観点から面白ければやるし、マッドすぎた場合には、慎重に判断します。
—— マッドすぎるっていうところは、何を思って判断されているんですか? なんとなく危険な感じですか?
西村 そう。なんとなくこう、感覚として。倫理に触れるというか。さっきの筋肉と報酬系の話も、ふつうの人が聞いたらドラッグですから。
—— そうですよね。
西村 それを使ってどんな科学的研究をするか、そのアイデアにどういう社会的意義があるかというのも重要です。
—— でもそこは実は大義名分では? 研究者には、まずやってみたいっていう欲望があるんじゃないですか? 宇宙開発もそういう部分があると思います。宇宙行きたいって思っているとたまたまアメリカ、ソ連も行ったからよっしゃーという。タイミングが合ったみたいな。
西村 そうですね、大義名分……。そうならないようには心がけています。