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サウジとイラン断交 中東の混乱

1月6日 21時26分

中山秀輝支局長,品川健太郎支局長

サウジアラビアが、イスラム教シーア派の指導者の死刑を執行したことをきっかけにイランで起きたサウジアラビア大使館の襲撃事件。これを受けて、イスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアは、シーア派の大国イランと外交関係を断絶しました。これに追随して、バーレーンやスーダンもイランと外交関係を断絶する事態となり、中東での混乱が拡大しています。サウジアラビアで取材しているドバイ支局の中山秀輝支局長とイランにいるテヘラン支局の品川健太郎支局長が解説します。

きっかけは宗教指導者の死刑執行

イランの首都テヘランにあるサウジアラビア大使館から激しく立ち上る炎。暴徒化したデモ隊に襲撃され、火炎瓶のようなものが投げ込まれたのです。襲撃のきっかけは、イスラム教スンニ派の王族が実権を握るサウジアラビアが、イスラム教シーア派の指導者ニムル師の死刑を執行したことでした。大使館を襲撃した若者らは「偉大な指導者だったニムル師が異端者によって殺害された」と怒りの声を上げていました。

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ニムル師は、サウジアラビアで、シーア派住民の権利を守る活動を続け、中東の民主化運動「アラブの春」が起きた2011年には政権に対する抗議デモを主導。その後、拘束されて、死刑判決が言い渡され、サウジアラビアの内務省は2日、死刑を執行したと発表しました。

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これに対し、シーア派の大国イランの最高指導者ハメネイ師は、「大きな犯罪で、過ちだ。ニムル師の血は、サウジアラビアに跳ね返るだろう」と「神の報復」を警告しました。

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すると、サウジアラビアは、ジュベイル外相が3日の深夜に急きょ、記者会見を開き、イランとの外交関係を断絶すると発表。イランの大使と大使館職員に48時間以内にサウジアラビアを退去するよう求めました。
さらに4日には、イランとの航空機の行き来や貿易を停止する方針も明らかにしました。

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サウジアラビアと同じくスンニ派の王族が実権を握る隣国バーレーン、それにスンニ派が多いアフリカのスーダンも追随して、イランとの外交関係を断絶。
一方、イランでは、サウジアラビアに対する市民の怒りが収まらず、抗議デモが3日連続で行われたほか、シーア派の人口が多いイラクやレバノンでもデモが起きるなど、サウジアラビアに対する抗議の声が拡大していきました。

サウジアラビアはなぜ強硬な態度に?

サウジアラビアとイランは長い対立の歴史があります。今回、サウジアラビア大使館が襲撃されたことで、とうとう堪忍袋の緒が切れたとみられます。
その背景には、中東地域での影響力を拡大しようとするイランに対するサウジアラビアの焦りがあるものとみられます。いずれもシーア派の影響を強く受けているイラク、シリア、レバノンでは、イランが後ろ盾となり、いわば「シーア派ベルト」を形成しようとするねらいがうかがえます。

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サウジアラビアは、1年前に今の国王になって以降、イエメンの混乱に軍事介入するなど強硬な姿勢を見せていて、このタイミングで1度、イランをけん制しておきたい事情があったものとみられます。そのタイミングというのが、イランの核合意によって今月にも行われる見通しの経済制裁の解除、そして、来月イランで行われる議会選挙です。サウジアラビアは、中東でイランの影響力が増している状況、さらに去年の核合意によって、イランと欧米の距離が縮んでいることに焦りを感じていました。このため、イランがこれ以上、国際社会との距離を縮めてほしくないという本音もあったのではないかと思われます。

また、イランの議会選挙では、国際強調路線を重んじる勢力と、対外強硬路線をとる保守強硬派が激しく争う見通しで、サウジアラビアの言動に刺激された国内世論の支持が保守強硬派に集まれば、結果的にイランを再び国際的に孤立させることができるという思惑もうかがえます。

サウジアラビアのメディアは、バーレーンやスーダンもイランとの外交関係を断絶したことについて、「イランのろうぜきに対してアラブが立ち上がった」などと伝え、アラブ社会が同調していると国民にアピールしています。

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サウジアラビア国内は、原油価格の低迷で財政が厳しく予算のカットなどで国民の不満が高まりかねない事態にあり、サウジアラビア政府としては、弱腰を見せることができないという事情もあったと思われます。

断交にイランの対応は

この事態を、イランは、どう受け止めているのか。
イランにとって、シーア派は憲法で定められた国の宗派で、確かに、国内では、その指導者の死刑執行に強く反発しています。一方、サウジアラビアの外交関係の断絶といった措置については「苦しむのはサウジアラビア側だ」などと余裕ともとれる意見が多く聞かれます。地元メディアは、バーレーンなどが追随したことについて、「サウジアラビアに依存する小国にすぎない」として、影響は少ないと強調しています。

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また、国民に冷静な対応を求める論調も見られます。最高指導者のハメネイ師に近いことで知られる保守派の新聞も、他国の大使館への侵入や破壊といった行為は厳に慎むべきだとする当局者の発言を伝えています。これは、国民が抱いている怒りの度合いが激しく、イラン政府としては、早めに抑制を促しているようにも感じられます。一方で、最高指導者のハメネイ師は「サウジアラビアの政治家は神の報復を受けるだろう」と述べていて、イランが今後、国としてどのような対応を見せるのかに焦点が移っています。

今後の展開は

緊張が一気に高まった中東の2つの大国。「サウジアラビア対イラン」という2国間だけではなく、「スンニ派対シーア派」という対立構図が世界に広がるおそれもあり、軍事的な衝突にまで発展するという心配さえも高まっています。しかし、両国が武力衝突すると、中東地域全体を巻き込んだ全面戦争になりかねず、これは、両者とも望んでいません。

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懸念されるのは、周辺国への影響です。宗派対立があおられることで、テロや衝突が激しくなるおそれもあり、すでにイラクではスンニ派のモスクが襲撃されています。また、サウジアラビアとイランのいわば「代理戦争」となっているシリアとイエメンでの衝突が、激しくなるおそれもあります。シリア情勢を巡っては、今月下旬に国際社会が呼びかけて和平協議が行われる予定ですが、アサド政権を支援するイランと反政府勢力を支援するサウジアラビアの対立が激しくなったことで、シリア内戦の終結はいっそう遠のいたと言わざるを得ません。
また、こうした状況は、勢力が弱まっているとされる過激派組織IS=イスラミックステートを、結果的に利することにもなってしまいます。

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仲介に向けては、アメリカやロシアが手をあげていて、サウジアラビア、イランともパイプがあるトルコやオマーンにも、その役割が期待されます。
しかし、それぞれの国の思惑の違いがあり、仲介は容易ではありません。国際社会がどのように仲介に向けて動き出し落としどころを探るかが、今後の焦点です。


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