2016年1月6日10時48分
新しい1年、眉間(み・けん)のしわより目尻のしわを刻みたい。娯楽あふれる東京。テレビやネットではなく、ちょっと足を運べば生で楽しめる。
秋葉原。
神田川沿いのビル7階のライブ会場。昨年暮れ、20メートル四方のフロアは観客約200人の熱気でむせかえっていた。
アイドルグループ「仮面女子」の週末恒例の無料ライブ。この日出演したメンバー14人が仮面をつけて歌い踊る。手を伸ばせば届きそうなステージに向かい、観客が一斉にペンライトを振った。
稲垣浩太郎さん(31)=豊島区=の「推しメン」(イチ押しのメンバー)は「毎日のライブを決して休まない頑張り屋」という黒瀬サラさん(19)だ。
黒瀬さんがソロパートで仮面を取った。
「お前が一番!!」
お決まりのコール。稲垣さんの絶叫が響いた。
岐阜県で生まれた。父は中学校教師。その背中を追うように、稲垣さんは岐阜大の教育学部に進んだ。だが教員採用試験に不合格。「教師は自分が熱中できる仕事なのか」。いや、そもそも自分には熱中できる何かがない――。
お笑いは好きだった。2006年に大学を出ると、芸人を目指して上京した。
東京で一度行ってみたかったのが秋葉原。「岐阜にはない熱気があると思っていた」。ネットでデビュー間もないAKB48というアイドルグループを知り、秋葉原の劇場へ。スポットライトを浴びて輝く女の子たち。絶叫するファン。こんな情熱、自分にはない。
気づけば劇場に通い詰めていた。20人、30人……。ファン仲間の友人も増えた。芸人の道は「才能がない」とあきらめ、ニート生活に。買い集めたAKBグッズを売りさばき、生活費に充てた。
◇「推しメン」の成功 力くれた
メンバーの指原莉乃さん(23)が気になり始めたのはいつからだろう。「空気を読む力や向上心があった」。ライブに通い、握手を重ね、顔と名前を覚えてもらった。香港での握手会にも駆けつけて驚かせた。
毎年のファン投票「選抜総選挙」。指原さんは第1回(09年)の27位から19→9→4位と階段を駆け上った。13年、初の1位に。トップに立った推しメンのサクセスストーリーは「想定外の飛躍」。30歳を前に定職すらない自らを省みた。「負けていられない」
「将来、何したい?」
中学生たちに聞いた。
「何もない」「考えたことない」。プロ野球選手と答えた1人を除き、夢を言う子どもはいなかった。
かつての自分と同じだ。
稲垣さんは昨年から都内で学習塾の講師になり、中学生に数学や国語を教えている。同僚に趣味を尋ねても、返ってくるのは読書や映画観賞など定番の答え。「東京には、地方では絶対に経験できない日常があるのに」
「仮面女子」のライブ後の撮影会。「ダンスの切れが増したね」「ブログが面白かった」。推しメンの黒瀬さんとツーショット写真を撮りながら、成長を後押しする言葉を贈る。1千円でほんの10秒ほどの会話。
「地下アイドル」(マイナーなアイドル)を応援するのは、生徒の成長を見守るのと似ているかもしれない。撮影会で指名されず、30分間じっと立ち続けるメンバーもいる。「地下アイドルもオタクの僕らも熱量を持って生きてます」
秋葉原。
自分の居場所だと思う。
いま、高校の教員免許を取得するため、通信制の大学で学んでいる。
(別宮潤一)