どこの出版社さんとはいいませんが、blockquoteは、余白のためのものではありません。使われません、使いません。高校の情報教育って本当に闇だと思う。
「デザイン的に左右の余白をあけるときによく使われる」 pic.twitter.com/vDXaNh2KUn
— 榊原昌彦 (@sakaki002) 2016, 1月 5
実教出版『情報の科学』p.52 pic.twitter.com/P3Eh942Jx7
— Haruhiko Okumura (@h_okumura) 2016, 1月 5
実教出版『高校社会と情報』p.159 pic.twitter.com/iZ2NIxLR1Z
— Haruhiko Okumura (@h_okumura) 2016, 1月 5
私の個人的な意見の結論をいうなら、別にいいんじゃと思いますけどね。むしろ、高校の教科書でHTMLなるものが紹介されていることそのものを素直に喜ぶべきでは?(これが大学の教科書だったら困りますけど。)
以下、私が上記ツイートで示されているような状況を肯定する理由を述べていきたいと思います。ただし、学習指導要領等をまともに読んでるわけでもない(情報 (教科) - Wikipediaをざっくり読んだ程度)ですので、かなり主観的な個人の意見になっている点を予め了承ください。
1) 高校は普通教育を行う場である
特に普通科の全日制の高校って専門教育を行う場で無いと思うんですよね。高校生活を振り返ってみればいいと思いますが、国語、英語、数学、理科科目(物理、化学、生物)、地歴公民、家庭科、体育、音楽…とかまあ全部の科目を思い出せてませんが(苦笑)、まあそういう感じだったと思います。そういえば科目っていっぱいあったなあ。でまあ"教科「情報」には、普通教育に関する各教科(普通教科)としてのものと、専門教育に関する各教科(専門教科)としてのものの2つがある。"らしいですが、ここでは普通教育のそれを取り上げましょう。現行科目はなんでも2つあるらしくて、
とかいう状況みたいです。私も引用しておきながらあんまり理解してないですが、「HTML仕様に基づいたマークアップを学ぶ機会ではなく、現代社会の一端を担うウェブに関して、その仕組みを理解する一環でHTMLなるものを試しに触ってみる」という側面の方が強いんじゃないですか。まあ、こうなってくると「なんかタグとか言う代物であるところの数字を変えると文字が大きくなったり小さくなったりするぞ」とかいう体験で十分じゃないですかね。「メモ帳とかいうアプリ(?)でそういえばよくわかんないけど、なんかアルファベットとか書かされた記憶があった」、「なんか青いeのアイコンをマウスで開いた」ぐらいの記憶が残ればそれで十分じゃないですかね。それ以上のことを望むなら、もうそれは専門教育の部類に入ってくるのでは。
2) 別に間違ったこと「は」書いていない
<BLOCKQUOTE>
の写真にしても、「本来の意味としては引用文を表すタグだが…」とまあ、一応それっぽいことを最初に書いています*1。まあ、「デザイン的に左右の余白をあけるときによく使われる」というのはいただけませんが、でもまあ我々も最初はそんなもんだったじゃないですか。他のHTMLマークアップ例にしても、DOCTYPE宣言をしていないのが個人的には逆に好感が持てます。ほら、どの標準にも従ってないわけですよ。精一杯の擁護ですけど。
3) 副教材という手もある
いやまあ「情報」の科目で情報リテラシーとかもきっと教えるのかなとか想像しますが、少なくともウェブサイト制作関連だけをやるわけじゃないのは容易に想像がつくわけで。それでもどうしてもあるべきウェブの姿みたいなものを生徒に触れさせたいのならば、副教材というのが落としどころなのでは。
というか、副教材になりそうなものをウェブ業界がどれほど提供できているのですかね。大規模書店のHTMLの棚に、最新かつ正確なHTMLをきちんと解説できている書籍がどれほどあるのか、という話です。デザイニングWebアクセシビリティの方針変更の話 | 水無月ばけらのえび日記で、「ということで、3年も経つとHTMLそのものが変わってしまうのだな、というお話でした。」と述べられているように、そもそもHTML自身が変化しているわけで、HTMLそのものを教えるのが実はそもそも難題であるような気が最近しています。
とまあ、それっぽいことを書いてみましたが、それでも情報の教科書を殴りたいという方は、2015年度にWebアニメーション基礎演習 | - Introduction to Web Animation -と銘打って2単位がっつりFlashを教えている大学のシラバスを置いておきますのでご参考まで。
*1:q要素っぽい説明ですけど