SF作品で見てきた未来の技術がリアルになりつつある現代。2029年が設定の都市とされている攻殻機動隊の世界に今どれだけ近づいているのか。義体《ロボット》、電脳《人工知能》、都市をテーマに「攻殻機動隊 REALIZE PROJECT presents 公開ブレスト」が行われました。
今回は、電脳《人工知能》についてのお話。
登壇者は『攻殻機動隊S.A.C(STAND ALONE COMPLEX)』シリーズ監督・脚本を担当した映画監督の神山健治氏、神戸大学大学院工学研究科教授の塚本昌彦先生、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の井上大介室長の3名。
――電脳、それから人工知能のパートに移りたいと思います。この電脳《人工知能》は、今回の攻殻機動隊REALIZE PROJECTの神戸大会のテーマにもなっているんですね。実際に参加されてる方がこの会場にも聞きにこられています。神山監督、よろしいですか。
神山:先ほどCTF for GILRSの大会を見学させていただいたんです。AMATERAS零(アマテラス・ゼロ)という可視化エンジンで、電脳空間の攻防戦を見れるようになっているんですが、戦っている絵が攻殻機動隊に非常にそっくりだったので驚きました。可視化されると、エキサイティングな感じがしますよね。
井上:S.A.Cの電脳空間のシーンはもう何百回とコマ送りで見まして。ひとつひとつのオブジェクトがどういう意味をもってるのかというのを解析しました。もうほんとによくできてるんですよね。
神山:けっこう当てずっぽうでつくってたところもあるんですけど...。プログラマの人とかにお話を伺うと、「プログラマの自分たちがうまく言語化できないもの、絵にしていただいてすごく感謝してます!」みたいなことを言われたことがあって。なんとなく想像でつくっていたビジュアルだったけれど、共通のイメージをハッカーの方たちと持てたのはすごくうれしく思いました。
――電脳《人工知能》について塚本先生にいろいろお話を聞きたいと思います。実際に映像をご覧になられて、実現可能な部分、もうすでに実現可能になってる部分、それから近い将来実現できるであろう部分などを含めながらお話しいただけますか。
塚本:わたしはこの電脳《人工知能》は、人類にとって一番重要な部分で、これから10年20年のあいだで我々がどう変化していくか、人類がどうなっていくかのところが心配な部分でもあります。最近人工知能が急激に進化してきて、人間の知能を追い越すんじゃないかという話があります。「シンギュラリティ」というキーワードがありまして、これは2045年に人工知能が賢くなって、人間の知能をはるかに追い越して、地球の主役が人工知能に置き換わってしまうんじゃないかというもの。
「そのときに人類はどうなってしまうんだろうか?」という懸念があるわけです。わたし自身はそれに対して、「人間がもっと賢くなればいい」という答えをもっておりまして。そのためにもウェアラブルをいち早く浸透させて、人工知能が賢くなっていくのに負けないように、人間が早く脳に電極を挿してもっと賢くなっていくのを推進しなければならないと感じています。攻殻機動隊ののように電極をグサッと挿して、わたしの記憶力や判断力が100倍1000倍になって、というふうにやりたいなと。
わたしは、10年前に「1年以内にウェアラブルをみんながつけるようになる」と言ってて、外れたんですけど。最近言ってるのは、「10年以内に自分の脳に電極挿す」こと。これを目指して、電脳化をいち早く進めていきたいなということを思ってるところです。
――人工知能の発達よりも人間が賢くならないといけないということについてもう少し教えていただけますか。
塚本:いろんなシナリオがありうると思いますし、その展開の仕方によっては人類にとって不幸なことになることもありうると思います。人工知能が賢くなって人間を追い越すということは十分に考えられて、すでに一部の分野では人間よりすでに賢いわけですよね。計算とか大量のデータとかいう意味では人間敵わないわけで。ただ、さきほどのロボットの話みたいに、積み重ねで判断する部分は難しかったりします。人工知能でも、汎用人工知能という言葉があって、昔からその壁はなかなか超えれないと言われてきましたが、最近徐々に、超えれるという人が増えてきているように感じます。
わたし自身は10年20年のスパンで人間を追い越すだろうと強く信じておりまして、それに対して、対抗しうる人類の手段が「ウェアラブルをみんながつける」ことだと思っています。会場を見てもウェアラブルをつけている人は少ないですが、近いうちにウェアラブルをつけて、さらには脳に電極を挿すところに早く到達しようじゃありませんか、ということを申し上げたいです。
(会場から拍手が沸き起こる)
――拍手が聞こえましたね。神山監督、人工知能が人間の能力を超えてしまうシンギュラリティの問題の話でしたが、作品を作られているときはどんなふうにとらえられていたのでしょうか? 以前のトークショーでは、「スマートフォンは電脳のはじまりじゃないか」というお話もありました。
神山:人工知能が人間を追い越すというのは、攻殻のなかでは、タチコマという本来は支援型のAIだったロボットがいろいろ思考していくなかで描いています。自分たちで好奇心を手に入れて、情報を自ら摂取していこうということに特化したときに、人工知能は人間よりも経験値を上げていく速度が速いんだと思うんですね。
物語の中で描いたのは、「人間は死んじゃったら1回で終わりだけど、AIは直せば生き返れる」。データも今でいうクラウドに上げておけばいいので、死を体験してみることができるわけですよね。それひとつとっても、かなり経験値があがる可能性を秘めている。肉体の喪失を恐れないというか。そういう意味で、どんどん人間を追い越していく可能性があるんじゃないかっていうのは、タチコマというキャラクターをつくって思いました。
ただ、「SF作品は人間の未来にとって希望であらねばならない」というような強い意識をもって描いていましたので、AIが世界を征服して人間の敵になる、というような考え方では当時はつくっていないんですね。
原作のなかではAIが一度人類を支配してみないかという話があります。人間があまりにも脆弱なので支配しようということで決起集会を起こすんですけど、よくよく考えてみたら人間を支配するとすごく面倒だぞと。ロボットはメンテナンスすればいいけど、人間は壊れちゃうし、ごはんも食べさせなきゃいけないし、支配すると逆に人間ってめんどくさいことになるし、よくよく考えてみたら、「僕たち(ロボット)をメンテナンスしてくれてるし、今支配してるのと一緒じゃない?」と。「支配しなくても望む環境を人間がくれているから支配するのやめよう」という結論にロボットたちがなるというようなエピソードもあるんですけども。もしかしたらそんな未来が起きるのかもしれない。そこはまだまだ物語としての想像の余地はいっぱいあって、そういう考え方もひとつあるのかな、なんて思いながら当時はつくっていました。
電脳でいうと、塚本先生がおっしゃられたようにウェアラブルがきて、さらに、ウェアラブルではないですが、1台あれば何でもできるスマートフォンの登場でしょうか。みんながスマホを見ながら歩いているのは、「ある種電脳化はなされたのではないか」というイメージがあるんですよね。と同時に、技術的なことでいくと、作品のなかでは小さなマイクロマシンを脳のなかに入れることで、微弱な脳のなかの電流をキャッチして、それを外にアウトプットしていくような技術ととらえられているんですけど、それに限りなく近いことができるようになってきています。
全身麻痺の女性が、頭のなかでイメージしただけで腕を動かすこともできるようになってきているので。これはまさに素子の誕生と一緒ですよね。身体がまったく動かなかった素子が、最初に義体を換装したけど、まったく四肢が動かない。全身麻痺の状態と同じところからスタートして、少しずつ神経細胞にネットしていくっていうようなエピソードを描きました。
当時僕らが想像してたのよりは速いスピードで、しかもジャックインではなく、電極をつけるだけでそれに近いことができるようになってきているのは驚きで。やっぱり一番の壁はその肉体改造ですよね。通常の肉体を改造してまで電脳化になっていくかどうかがひとつ。さっきの義手もそうですけど、普通の人間が突破できるかが電脳化の次の壁なんじゃないかなと思っていたんですが、意外と電脳化しちゃったほうが健常者より楽しいことができるんじゃないかというのが提示された瞬間に一気につき崩れていくんじゃないかといった予感めいた記事をネットでもよく見ますね。
――電脳化は、自分の記憶をデジタルに切り替えていくことだと言えると思いますが、そうなったときにこわいのはサイバー攻撃。井上室長はこのことについてどうお考えでしょうか?
井上:我々の研究所とは別のNICTの研究所で、脳情報融合通信というか、脳情報融合研究をやっているところがありまして。非侵襲、要は挿さないパターンで外から脳の中を測定する研究をしていて。最新の研究成果でいうと、人がイメージした映像の情報を取り出して、別のところで合同して映像として動かすというのをやっていて。映像を見て、それを思い浮かべて、それを脳から取り出してっていうのをやってるんですけど。解像度がなかなかまだないですけど、全体的なオブジェクトとか動きはきれいに取り出せているんですよね。
もう少し考えると、じゃあ逆に脳に対してフィードバックをかけて、インプットできる仕組みができれば、今度はたとえば見ているものであったり、あるいは記憶であったり、そういったものを脳のなかに逆にインプットできる。攻殻機動隊のなかでよく出てくる、いわゆるゴーストハックであったりとか、あるいはゴーストに感染するウイルスであったりとか、そういったものが当然出てきますので。我々は脳の研究をしてるメンバーとも、次くるのは「脳のセキュリティどうしようか」ということじゃないかなって話はしてるんですよね。そこは問題として出てくると思います。
神山:作品のなかではゴーストハックはありますけど、それでも人格そのものを全部コピーはできないという設定が一応あるんですよね。現実はもしかしたらそんなものはなくて、コピーされてしまうかもしれないですね。そうなってくると。
井上:ゴーストとか魂の存在ってまだまだ科学的に究明なんて全然進んでないと思うんですけども。もしかすると完全な科学現象の集積であったとしたら、それは取り出せる可能性はあるのかもしれない。
――お話を聞いていて非常に興味深いなと。ゴーストの存在に関しては、ある種ファンタジーな部分ですよね。心の部分でもあるし。単純に脳のなかの電気信号でしかないということになると、それの書き換えも可能になってしまう。攻殻機動隊のアイデンティティが崩壊する部分かもしれないですね。
塚本:意識というのは最近急に発展してまして。意識がわかったと言うような人がいたり。見ている限りでは、機械的なもので説明する風潮が強まっている気がするんですね。実際にマインドアップローディングというのがありまして、コンピュータ上に脳のなかをアップロードすることを2030年から40年ぐらいのうちには実現するんじゃないかと言っている人たちもいます。
先ほどのナノボットの話も、脳にナノボットを入れて脳を増強するということもGoogleのカーツワイルというこの分野で非常に有名な人が言っています。2030年から40年ぐらいのあいだだと思うんですけども、脳に10億個のナノボットを送り込んで人間の脳を増強するんだ、というふうなことを実際にやろうとしているみたいなんですね。それは、もしかしたら攻殻機動隊を見て影響を受けているのかもしれない。今、科学技術の開発している研究者は、攻殻機動隊の影響をかなり受けているんじゃないかなと思うところがあります。
実際ゴーストに関しては、まだわからない部分多いですけども、脳科学が解明されるにつれて我々の不思議な意識の機能が、脳の部分部分のいろんな機能にマッピングされていることが徐々にわかってきてるところがあります。それは100年200年先に解明されるような話じゃなくて、たぶん5年10年という短いスパンでかなり解明されてくるんじゃないかという気がしています。