そして、親や社会は子供をたくさん褒めることが望ましい。
何より子供が幼い間(子供の発育には個体差があり年齢は言及しない。個別に判断するべきである。)は抱きしめる事が極めて重要である。
子供はいずれ自分の経験で思い知る。「できる事」、「できない事」、「やりたい事」、「やりたくない」事を。
それが人間が生まれ持った「豊かな心」と人を人たらしめている「知性」を育む教育である。
これが筆者の子育て論である。多分教育評論家の尾木 直樹氏と近い発想ではないだろうか。
しかし最近これだけではうまくいかない事があると感じている。それは子供は生まれた時から既に個性があり、その個性に合わせた教育を行わなければならないという事である。上述したシンプルな方法だけでは多様な子供の個性を包括しきれない。
成人と比して、幼い子供は「怖がり」「多様な価値観」「好奇心旺盛」「社会ルールについて無知」という特性を持つ。この4つの特性のうち好ましくない特性は「社会ルールへの無知」だけであり、それ以外はむしろ伸ばすべき好ましい特性であると思う。そして「社会ルールへの無知」は社会と関わるうちに自然に消失するので問題にはならない。
一方で子供の持つ3つの好ましい特性が比較的弱い子供も存在する。つまり、物おじせず、現実的な価値観で、それに見合った好奇心を持ち、社会ルールを少なからずわきまえている子供である。
こういった子供には比較的早い時期からルールや規範を教え、努力の尊さを説く教育(すなわち現代の日本の典型的な教育)を施すことで、将来生産的な人材に成長する事が期待できる。
今日の日本の経済活動を運用している多くの人々は、後者の子供だった人ではないだろうか。秩序を守り、働き者で、時に統率者としての才覚を持つ。行動特性として接近行動を好み、競争に強い。
しかし筆者は子供は子供らしくあって欲しいと思う。なぜなら子供は愛らしいからだ。