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<記者の目>日本の太陽系探査=西川拓(東京科学環境部)

米探査機が撮影した冥王星の表面。予想外に活動的な地質活動を示し、研究者を驚かせた=NASA提供

知への貢献、これからも

 近年、太陽系の天体の探査が花盛りだ。2014年に欧州宇宙機関(ESA)の探査機が彗星(すいせい)に着陸したのに続き、15年は米航空宇宙局(NASA)の探査機が史上初めて冥王星を接近観測し、世界中を驚かせた。日本も先月、探査機「あかつき」を金星周回軌道に送り込み、小惑星探査機「はやぶさ2」も順調に飛行を続ける。こうした探査はわれわれの住む太陽系の成り立ちへの理解を深め、人類の知を広げる意義がある。国家財政は借金大国の日本だが、「太陽系大航海」に挑戦し続けることは、真に世界から尊敬される道でもある。

    常識覆す発見で新たな謎生じる

     下の写真は、15年7月にNASAの「ニューホライズンズ」が撮影した冥王星の表面だ。のっぺりした平らな部分は氷で、ごつごつした山岳地帯に迫っている。これが科学者の常識を覆した。

     冥王星といえば、長らく太陽系最果ての惑星(現在は準惑星に分類)だった。凍りついた「死の星」で、地質的な活動も既に停止していると考えられていた。ところが、この写真は冥王星に最近まで、もしかしたら今も地質的な活動が存在する可能性を示す。何らかの熱源が地下にあり、それが氷を解かして地表にあふれさせ、クレーターを消して平らな地表をつくったり、氷を流動させたりしていると考えられるという。「では、その熱源は何か?」という新しい謎を研究者に突きつけた。

     誰も行ったことのないところに行き、誰も見たことのないものを見ることで、常識を覆す発見があり、新たな謎が生まれる。これこそ探査の真骨頂だ。人類は大昔からこうして少しずつ足を延ばし、活動範囲を広げて、この世界や宇宙を理解してきた。

     私は大学院生時代、日本の火星探査機「のぞみ」に搭載された観測装置の開発にかかわった。日本初の惑星探査機として計画され、私は自ら作った装置で火星から水が失われた過程を探ろうと、先輩の実験を手伝った。だが、1998年に打ち上げたのぞみは、03年暮れに火星軌道投入を断念することになった。

     のぞみの軌道投入断念の記事は新聞記者になった自分が書くことになった。探査機を失ったかつての仲間を取材するのはつらく、何と言葉をかければいいか分からなかった。あかつきのプロジェクトチームには、のぞみの失敗を経験しているメンバーも少なくない。それだけに、主エンジンのトラブルによる軌道投入失敗を乗り越え、先月、5年ぶりの再挑戦で軌道投入に成功したときには安堵(あんど)した。

    限られる機会 学会が目標絞れ

     しかし、今後の日本の探査を思うと、喜んでばかりはいられない。まず、あかつきの中村正人プロジェクトマネジャーが「(惑星周回軌道への投入の)ノウハウがなく、失敗してみないと気付かないこともあった」と語ったように、米露に比べれば、まだ日本は経験不足だ。

     昨年閣議決定した宇宙基本計画では、安全保障や産業振興重視を打ち出す一方、宇宙科学・探査について「人類の知的資産の創出に寄与する観点から(中略)今後も一定規模の資金を確保し、推進する」と記載された。科学観測衛星も含めて10年間に中型計画(300億円規模)を三つ、小型計画(100億〜150億円規模)を五つ実施することも盛り込んだ。具体的な計画が示されたことは、経験を積むという点では前進だ。

     しかし、計画の中身の決定過程には疑問が残る。中型第1号の候補として、火星の衛星から試料を持ち帰る計画が選ばれたが、これは現場が出した案ではなく政府の宇宙政策委員会や文部科学省の意向を受けた内容だ。ある研究者は「決定過程が不透明すぎる」と不満を漏らした。人類の知を広げる学術研究にトップダウンはそぐわない。

     一方、研究者側も意識を改める必要がある。太陽系探査を志す研究者の興味は、鉱物や地質、大気、生命など多岐にわたり、探査したい天体もばらばらだ。小惑星から初めて試料を持ち帰ることに成功した「はやぶさ」の後継機はやぶさ2ですら、研究者の足並みがそろわず予算獲得に苦労することになった。厳しい国家財政で探査の機会が限られる以上、日本が当面の太陽系探査で何を目指すのか、という大目標を関係学会が一致して打ち出してはどうか。

     「太陽系探査が何の役に立つのか」と疑問を持つ人もおられようが、私は「知る」ことそのものが価値であり、人類を進歩させてきた原動力だと考える。研究者たちが大目標に沿って魅力的な計画を提案することによって、国民の理解を得られれば、政策委も認めざるを得ないだろう。国民をわくわくさせ、人類に新しい光景を見せてくれる日本発の探査を待っている。

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