食べる人


 

第一話 飢餓

 
前書き
以前ハーメルンで投稿していたものの再投稿になります。 

 
 腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。…………腹が減った。
 どうしようもなく空腹だ。

 だが、力が無ければ満足に飯を食らうことも出来ないのがこの世界の現状だ。
 嗚呼、(ちから)さえあれば如何にでもなるのだろうが、生憎私は生まれも育ちも貧民街。
 残飯を漁り、泥水を啜り、薄汚れた襤褸切れを身に纏い、暗い路地裏を徘徊するだけの日々。自分というものが自覚できる頃には親に捨てられた。それ以来一人で生きてきた。

 畜生、なんだってこんな世界に生まれてしまったのか。


 私は転生者。
 だが、神には会っていない。
 当然、チートなど貰っていない。

 ここが私の元居た世界における創作物であるというのは間違いないことだと思われる。それも『進撃の巨人』の世界。ワロえない……。
 どうせならリリカルな魔法少女の世界とか、魔法先生な世界でラヴコメディ~にでも興じたかったものだ。
 何故よりにもよって生存競争の激しいこの残酷な世界なんだ。
 ここは創作物の世界だろう? 夢くらい見させてくれ。

 いや、それも私のこの病んだ精神が生み出した妄想か? そう思う日々は既に過去のもの。
 生きることに兎に角必至な毎日。
 平和な日本で育った私にとってこの世界は幾分以上に生き難い。
 日々の糧を地を這う思いでかき集める毎日にそんなどうでもいい考えは吹っ飛んだ。
 ここが創作物の世界だろうがなんだろうが、私が今困窮し飢餓に喘いでいるのは事実だ。
 私が感じ、私が信じるモノ。それが私の世界(・・)だ。
 まやかしだろうがなんだろうが、私がそうと認識するものが私にとっての全て。



……………………………………………………………………………………………………………………



 あの日は酷く暑かった。
 病気になりそうなほど眩しい日差し。
 自分は休日ということもあってクーラーの効いた自分の部屋の中で進撃の巨人のアニメを見ていた。
 既に何度も見ているが、名作は何度見てもいいものだ。
 こんな暑い日に外に出るなんてインドア派の自分にしてみれば考えられない暴挙だ。
 折角の休日に外に出るだなんてありえないね。

 そんな折。

 パリン、と。

 階下から物音がした。

 はて? 今我が家には自分私一人しかいないはずだが……。

 自分は一階でした物音の正体を確かめるため、何の気なしに下りていった。
 後から考えたらもう少し考えて行動すべきだったな。



 体から暖かさが失われていく。
 痺れるような冷たさが私の意識を支配する。
 血液と一緒に命が抜け出ていくかのようだ。

 日本という国は治安がいいものだと思っていたが、大阪はそんなことはないらしい。また大阪か。
 押し込み強盗に出会う確率ってのはどれほどのものなのだろうか。

 そんな益体もないことを考えることしか出来ない。
 組み伏せられた自分の上に、顔を覆面で隠した強盗が乗っかっている。
 その手に握られた刃渡り数十センチものアーミーナイフで私は首を切り裂かれた。

 それでもこの強盗は満足しなかったようで、自分の上に馬乗りになり力の限り滅多刺しにしてきた。

 自分は最初の一撃で既に身動きが取れなくなっていた。血が流れることに慣れていなかったからだ。
 当たり前だ。どこの世界にそんな異常事態に咄嗟に対応できる日本人がいるというのだ。自分は平平凡凡なただの男子高校生でしかなかったというのに。

 明らかに致死量の血が私の家の廊下を濡らすのを自分はただ見ていた。

 嗚呼、もうダメだな、こりゃ。

 他人事のような感情しか浮かばなかった。

 そして、異常に眠くなり、そこで自分の意識は途切れた。



……………………………………………………………………………………………………………………



 次に目が覚めたのは何処かの路地裏だった。
 地べたに寝っ転がっていた所為で痛む体の節々を、何とか起こす。

 しばし呆然としていたが、徐々に落ち着いてきた。

 そして、何故だか知らないが、私は私のことを自覚できるようになった。

 平和な日本の国で学生をやっていた(じん)蔵人(くらうど)としての記憶もあるが、この世界で名もない浮浪児をやっていた記憶も確りとあった。

 ない頭を捻って数刻考えた結果、これがトリップ、ないし憑依転生のようなものであると判断した。何故か簡単に信じることが出来た。

 オタクだったからその手の偏った知識はとみに豊富であったからな。

 まさか自分がなるなどとは夢にも思いはしなかったが。

 転生特典は無いと言ったが、強いて言うならばこの“前世の記憶の継承”と不思議とすんなり受け入れられた“この世界について”の推測が私の持つ他人には無い財産といったところか。

 前世の記憶は、つまり原作知識だ。まあ未だ未完のうえ謎がてんこ盛りのあの作品について多少知っている程度でどれほど役に立つのかなど、果たして私には分からないが。

 それに、転生がすんなりと受け入れられたのもありがたかった。
 普通ならば気が狂ったのかと錯乱し取り乱すものだろうが、理由は不明だが、私には許容できた。

 元からこういった性向だったのか、それとも一回死んだからこうなってしまったのか定かではないが、分からないことをうじうじ考えても詮無いこと。

 今の当面の課題は、この残酷な世界で生き残ることだ。


 弱いものは淘汰され、強い物のみが生き残る。
 それはこの世界でも同じこと。
 私は今まで弱い部類にいたのだろう。

 栄養が足りず痩せ細ったガリガリの体躯。
 年若いこともあり、背も低く頼りない我が痩身。
 水面に映る自分の容姿は、ぼさぼさの黒髪に野良犬のような淀んだ暗い目。顔は何故か前世と同じだった。

 真っ当な手段では、この残酷な世界は生き残れない。
 日々を生きる糧を手に入れられず飢えに苦しむ貧民がいる一方で、その日の食事を余らせ残飯を捨てる貴族もいる。
 それがこの世界のおかしな法則。

 やつら―貴族共―はおそらく原作の謎に迫る存在なのだろうが、私にとっては知ったことではない。
 今重要なのは、私が飢えていて、奴らが満たされているという事実だけだ。

 自分は反権威的な性格だったのだろうか。
 それともこの世界で荒波にも揉まれて荒んだ故の結果なのだろうか。
 兎にも角にも、私は決めたのだ。

 この残酷な世界で生き残ることを。
 そして、出来るならば強者たちから何かを掠め取ってやろうと。


 決めてからの私の行動は早かった。
 何をするにも力が必要だ。

 今の私は日本だったら公的機関が動き出さないといけないようなほど死の傍にいる体調だ。
 何をするにも先ずは腹ごしらえ。
 腹が減っては戦は出来ぬとも言うしな。
 だが、今まで残飯、雑草、ドブネズミ、泥水と劣悪な食事環境だったのが、急に変わるものでもない。
 だが、体を健壮にせねば私の意思など物ともせずに死がすぐ傍にやってきてしまう。
 私は、反逆せねばならぬのだ。
 だがどうやって?
 答えは簡単だ。
 貧民街に住まう者たちがすぐに至る結論。
 それは、『他者から奪う』だ。

 何処の世界でも起こる在り来たりな悲劇。
 それが私の目の前で、私の手によって引き起こされるだけだ。
 
 前世も含めての初めての殺人。だが緊張感はあっても恐怖や嫌悪はなかった。

 嗚呼、認めよう。
 私は狂人だ。


 この痩躯では成人男性を狙うなど無謀というもの。
 たとえ不意打ちで急所を狙っても、ナイフのような上等な武器がないのだ。
 鈍器、石などで頭をぶん殴るくらいしかやりようはない。
 何も殺さなくてもいいのでは?
 馬鹿なことを仰る。もしヤり損ねた場合、報復があるだろうに。仕留めきれなかった時に、反撃を喰らって死ぬのは御免こうむりたい。私は臆病なのだよ。不安の芽は早期に摘まねば気が済まんのだ。
 死ぬのは、殺されるのは、一回だけでいいんだ。


 ……いや、方法はあるな。

 それに、手段と目的が同居する素晴らしいアイディアも浮かんだ。
 どうやら本格的に私は壊れているようだ。これを平然と実行出来そうな私に、少なからず戦慄する。こんなことを思いつくだなんて、私はマトモじゃないな。
 ご愁傷様。
 だが、私は生きたい。
 この気持ちは、自分勝手で独りよがりなものかもしれないが、私は生きたいのだ。
 それこそ、他人を殺してでも。

 さあ行こうか。

 正義は私の中にはない。あるはずがない。
 だが、私は生きていたいのだ。

「この、美しくも残酷な世界で」
 
 

 
後書き
<<現在公開可能な情報>>
主人公:クラウド・ジン
貧民街の生まれ。男。
転生者だが、神様には会っていない。転生特典もない。
どう控えめに言い繕っても狂人の枠を出ない。他者を食い物にすることに何の感傷も感じない外道。
 

 

第二話 殺人

 
前書き
主人公は外道。そして狂人。

グロ注意。 

 
 ドスン。
「げぇあっ!!?」


 高いところから砂袋でも落っことしたよな音が夜の路地裏に響いた。
 それと同時にヒキガエルでも踏みつぶしたような断末魔も。

 私は慎重に、するすると建物の屋上から降りていき、地に倒れ伏す女の傍に近づく。
「……死亡確認……と」
 脈拍と心音が止まり、瞳孔がガン開きなんだ。
 この状態で生きてたらそれは人間ではないな。
 血溜まりの中で嘆息した後、速やかに誰にも見られぬように死体を隠すため(ねぐら)の川傍まで引っ張っていく。

 力の無い私が(えもの)を殺すには、頭を使わねばならない。
 そこで考えたのは、この狭い人一人しか通れぬ路地にて獲物を待ち伏せする方法だった。
 私は、建物の上に上り、人を殺せるほどの重量がありそうな石をなんとかして運んだ。そして、通りがかった人間の頭上から落っことしのだ。運よく一回で成功してくれたがね。

 ここの建物と建物の間の道を通る人がそれなりにいるのは事前調査で把握済みだ。
 治安の悪い路地裏といえど、近道のためか一般の人間もそれなりに通り抜ける。
 最も、ヨハネスブルグ並に治安の悪いここを通過するのは決死の覚悟を以って通って貰いたいものだが。

 可哀想に、私の標的になった何の罪もない一人の女性は頭部に強い衝撃を受けて亡くなった。
 塒にまで死体を運び終わった私は、今一度周囲を確認する。
 これから行うことを誰かに見られた場合、些か風聞が悪い。
 最悪、見つかれば憲兵団に捕縛されるやも。
 いや、人一人殺している時点で大概だが。


「……さて……」
 死体から身包みを剥いで、金目のものを頂いた。
 金額は大したものではないが、日銭としては十二分であった。

 強盗致死。
 前世では最低刑が無期懲役。十分死刑になりうる重罪だ。
 それはこの世界においても同様だが。

 護身用のつもりか、手ごろなナイフも持っていた。
 有り難く徴用する。

 服。後で私用に繕い直すか。女物とはいえ今まで身に着けていたボロ布よりマシというものだ。だが正直、私に裁縫スキルなどないがね。
 後で出来上がった物は、今まで着ていたゴミクズよりかはいくらかマシという程度のものだった。


 そして、全裸に剥いて流水で丹念に洗った死体を襤褸切れで作ったロープで木に吊るす。

 人を殺して一番困るのは後処理だろう。
 それは怨恨だろうが、金目の物目的だろうが変わらない。
 死体が放置されれば、どうやっても官憲の目に留まる。
 私は捕まるつもりはないからな。
 だから、こいつを上手く処理するのだ。
 早くせねば。こんなところを誰かに見られてはかなわん。

 私は早速手に入れたばかりのナイフを右手に握った。

 そして……死体の首を切り裂いた。

 死んですぐだったため、血は勢いよく飛び出た。首の一文字の切り傷からドバドバと血が噴き出す。
 それに私は……齧り付いた。

 ごくごく、と喉を鳴らして鉄臭い液体を飲み干していく。

 ぬるりとした舌触り。
 本来人間が口にすべきでない液体。そのことに対する生物的な嫌悪感を感じる。
 最初の一口から頭痛を伴う吐き気が襲ってきた。
 だが、それを意思の力で黙殺する。
 ただただ、この暗い赤色の水を飲み干す。

 そして、どれだけの時間が経っただろう。
 血の出が悪くなってきた。
 出し尽くしたのだろう。いや、血流が完全に止まったのか。どちらにせよこれ以上は啜れない。

「……ゲホッゲホッ! ……ぅえ……」

 当然、人の生血なんて美味いもんでもなかった。
 だが、含まれる養分(えいよう)は高いらしい。人に限らず動物の血液は食用に適さない(おいしくない)ものが多いだけで栄養はあるのだ。ドイツだかには血のソーセージなんて料理もあるらしいし。
 だから、飲んだ。

 人だろうがなんだろうが構わない。
 これは、最早只の死んだ肉塊。
 ならば、私の糧にすることに少しも躊躇することはない。

 右手を物言わぬ骸に走らせる。
 線をなぞるようにボトボトと死体は分解されていった。
 初めて人間をバラしたものだが、思う以上に上手くいった。
 どうやら私にはこういったこと(・・・・・・・)に対する天賦の才があったようだ。
 前世ではお披露目の場もなく埋もれていたのだろうが、今世界では有り難い。
 なんせ実際にいま役にたっている。

 無感動に、無関心に、無遠慮に、無軌道に、無頓着に、無残に、無情に、無心に、無粋に、無道に、無難に、私は人間の死体を肉片に変えた。


 これをどうするか?
 無論、食う。

 証拠は全て食い尽くして私の腹の中だ。
 消費しきるのに多少時間がかかるだろうが、人肉を食すことに対する忌避感など小指の甘皮ほども感じなかった。
 なら、これは私にとってただの食料だ。
 ありがたいね。
 この世界で消費し切れないほど肉があるだなんて。

 そうだな、取り敢えず、今日は豪勢に兜焼にでもしますか。



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 あれから4年が経った。
 今では身形も奪った金で整えてあるし、人肉以外のものも口にする。ボサボサだった髪は一応整えてあり、衣服は平均的な町民の服だ。

 巷では行方不明者が出ていることは分かっているようだが、原作でもあったように安寧に浸かりきった腐敗した組織である憲兵団はまともに探そうともしない。
 お陰様で私も狩りに精が出るというものだ。
 これまでただの一度も失敗はしていない。取り逃した者などいないし、殺し損ねた者もいない。目撃者は全て私の腹の中。
 今では殺しの技術も随分と磨けてきた。
 通り過ぎざまに刃物で人間を細切れに変えるもの容易いぐらいだ。


 身辺についてだが、今がどの時期なのか、ここは何処なのかについて調べた。
 下手すると超大型巨人の侵攻に巻き込まれてしまうからな。
 まあ文字を知るのに難儀したが、今では何とかものに出来た。私は頭の良さはそれなりに自信があるのだ。

 新聞などや町の市民から聞き及んだ情報を照らし合わせると、今はどうやら843年らしい。場所は南地区の原作では言及もされなかったありきたりな街。
 そして、私の肉体情報では私は8歳であることが分かっている。原作に絡めるな。

 私はおそらく今では医者以上に人体の構造に精通している自負がある。
 それだけの人間を解体して腹に収めてきたのだ。
 今では汗を舐めるだけでその人物の体調から精神状態まで把握できる特殊能力まで手に入った。
 まあ使う機会などないだろうが。

 まあそんな訳で、私は原作に積極的に介入するつもりだ。
 なんせ私は以前誓ったのだ。
 『生きたい』と。
 この鳥かごのような世界で家畜のように命を与えられる生活など真っ平御免だ。それは生きているとはいえぬ。

 この世界の謎が私に立ちはだかるのならば……私は、そいつを食い殺す。


 ついての当面の課題は、同郷三人組だな。
 やつらをあらかじめ捕捉し、殺すことも考えたが、どうせ第二第三の超大型、鎧、女型が現れるだけだろうから、この案は無しだ。
 ならば、ある程度事態をコントロールできるように、そこは弄らず原作突入するしかない。

 ならば847年に南地区の兵団に入団しなくてはな。
 それまでは精々好き勝手に生きさせて貰おう。



……………………………………………………………………………………………………………………



「……行くか……」
 私は暗闇に乗じ、目標のいる家屋―豪勢な屋敷―の中に侵入する。
 途中警護の人間もいたが、尋常ならざる速度で接近し、見つかる前に意識を刈り取る。


 私はこれまでただ只管に自分の体を苛め抜いてきた。
 来るべき闘いの日々の為に、体を極限まで鍛えることにしたのだ。
 幸い、私は自分の身体を完全に把握できている。
 だから、体のリミッターを外すことなど造作もなかった。

 現在の私はこの年齢にしては身長が110cm程度と些か低いが、その逆体重は60kgを超えている。正確な計測器械がないが、私は肉体についてはスペシャリストだ。計測を間違うはずもない。
 無論、太っているわけでは断じてない。

 この体重に見合うだけの食料を食してきたが、私の見た目は身長が低い以外は多少筋肉質なことを除けば普通の少年に見える。
 だが、実態は違う。恐ろしいまでの密度の筋肉と骨密度で構成された究極の人体。これが今の私の体だ。
 これは私の独自の肉体改造論によりかねてより作られた正当な結果だ。
 私の体は、人が身体の自壊を防ぐために自然と課している筋力制限等を意図的に外せる能力を持つために、身体の方がその超過駆動負荷に耐えるために鋼鉄の様な骨格・骨密度を獲得して行ったために重くなっているのだ。

 そんな超人の私が今、何をしているのかというと。

「ぎゃあっ!?」
「ぐぇ!?」
「ぅごぁ!?」

 例によって強盗だ。今は警護の人間を気絶させて回っているところである。
 この身体能力ならば平和ボケした内地の貴族様の屋敷の一つや二つ、簡単に落とせる。
 だが、標的以外殺さないこのやり方は私の本来の性情とは違う。
 目的の為ならば他人の命などゴミクズ以下なのだが。平素の私なら屋敷の連中丸ごと皆殺しくらいはしそうなものだ。そして全てが終わったら全部火の中に、とかやりそうである。

 勿論、意味があってやっている。

 私は最近義賊の真似事をしているのだ。
 それというのもお偉い貴族様のことが気に食わなかったからというものもあるが、大きな理由としてはこの世界の秘密を知りたいがためだ。
 私は貴族から財を強奪し、貧しい市民に配っているが、それはあくまでもついでだ。貴族の屋敷一つを制圧し、家探しし、情報を奪い去る。奴らが貴族を貴族たらしめている何か。それは、恐らくこの世界の真理の一端に近いもののはずだ。だから、私は奴らを喰らう。
 ちなみにその際、まさかこれが血に濡れた金であっては受け取りにくいいだろうと、わざとなるべく血を流さぬ方法で金を集めているのだ。標的たる貴族様は喰らうが。

 当然、襲う貴族は収賄、横領やら不正のあるところだけを狙っている。事前にとある伝手で貴族の内情を探り、不正をぶちまける。そして金を奪い去るのだ。

 そのことも相まってか私、『怪盗赤錆』は随分市民に支持されている。ちなみに赤錆の名は、返り血で真っ赤に染まった体を指しているらしい。


 まあ市民は何時だって自分にとって都合のいい事実を信じたがるものだ。
 私が貴族だけを殺して金をバラ撒くのも、彼らにとってみれば降って湧いた幸運。金が貰えるのなら、多少の悪事に目を瞑る。
 自分に害が及ばぬ限り、市民は平然とこの乱痴気騒ぎを受け入れ続けるだろう。


「……ここか……」
 私は豪華な扉の前で立ち止まる。
 ここが今回の標的のいる場所。

 息を整え、突入の機会を待つ。

 3……2……1……、今!

「死ね」
「な!? 誰、ぐぎゃぁ!?」

 一直線に部屋の中に突入し、中で寛いでいた肥満体型の男の首を切り落とす。

 ガシャン、と彼が右手に持っていたワイングラスが零れ落ちる。

 ブシュウウ。
 血袋から赤い液体がド派手に撒き散らされる。

 私はそれを無感動に見やり、早速次の行動に移った。



……………………………………………………………………………………………………………………



 早朝。
 とある町の真ん中。
 そこに、あるものがあった。
 木の棒がまっすぐに通路の真ん中に突き立てられており、その上にはあるものが串刺しにされてある。
 それは、人間の生首であった。

 ピィイイイイイイイイイイイイイ!!

 静かな町の中に指笛の甲高い音が鳴り響く。

 何事かと、住民たちが起きだしてきて、その異常に気が付く。

 生首に気付き悲鳴が街中を埋め尽くすが、すぐにそれは別の驚きによりかき消される。

「赤錆だ!!」
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 誰が言ったのか、屋根の上に全身を返り血で紅蓮に染め上げた人物を見つける。
 国内全域で活動している、義賊赤錆のことは誰もが知っていた。
 その風貌から、それが誰かも容易に分かった。
 顔を覆面で隠し、全身を返り血で染まった見たこともない装束で包み、背丈は子供ほど。
 どれも出回っている赤錆の情報と一致する。

 やがて、町民は彼に集りだす。
 義賊赤錆は、腐敗貴族を誅した後に……。

「金だぁ!!」
「拾え拾えぇ!!」

 奪った金品をバラ撒く。


 こうして、憲兵たちが来る前に、金品を配り終えた後に私は……。

「見ろ!!」

 この場を去る。

 背後にそびえたつ50mもの巨壁を純粋な跳躍力で飛び越える。
 私の握力ならほぼ平面の壁も蜘蛛のように登れるがな。

「本当だったんだ……」
「赤錆は、壁外の人間かもしれないって……」

 まあ人外染みたこの能力を見せつければ流石に同じ人類とは思えんか。


 このようにして、私は日々を殺戮と偽善に費やしていた。
 
 

 
後書き
<<現在公開可能な情報>>
主人公は捕食した相手の能力を奪う特殊技能を持っている。本人はそれを知らないが、本能的に気付いているため、捕食を繰り返している。食えば喰うほど強くなる。人外の身体能力の所以はここにあった。 

 

第二.五話 拷問

 
前書き
今回少々グロイです。抑え目に書いたつもりですが。

グロ注意。 

 
「ふぅ……」
 作業がひと段落ついたので、休憩をとることにした。
 この体が如何に無尽蔵のスタミナを生むといっても、気疲れはやはりある。
 延々と同じ工程を繰り返すルーチンワークは、元日本人としては慣れているのだが、疲れないわけじゃない。
―ひぎゃあああああああああああああああ―

 ………………うむ。
 そういえば考えていなかったが、私のこの容姿。
 典型的な日本人の様相をしているな。
 しょうゆ顔っていったらいいのか。前世と全く同じだ。若干彫が深いという、北東北民の一般的な顔だ。
―痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―

 あ、そうそう。私は生まれが青森で、育ちが大阪なのだよ。5歳まで青森の山奥で育ち、父の転勤を機に大阪に移った。夢のマイホームを30年ローンで買ったんだとか。……あれって私が成人してからローンを引き継ぐはずだったんだよな……。今更ながら残してきた家族が偲ばれる。
 まあどうしようもないことを考えてもどうしようもないか。
 閑話休題。
 雄大な自然の中で育った私は、前世から随分と奔放に育っていた。まあオタク趣味に目覚めてからは半引きこもりの根暗オタクに変貌したがね。
 そのことも相まってか、私は前世から通じて身体能力は高いのだ。
 まあ、今のように跳躍で50mも跳ねたり、素手で鋼鉄を捻じ切ったりなどは流石に出来なかったが。
 ……いや、もしかしたら私の幼馴染とかなら出来たかもしれない。それが本州最北端、津軽クォリティ。
 そのような化け物染みた存在が、あの雪深い山間地にはごろごろ生息していた。
―誰か助けてくれぇええええええ!!―

 ……うむ? と、いうことはだ。
 私はこの世界においては東洋人と呼ばれる人種なのか?
 ……まあ、興味がないというわけでもないが、親に捨てられた身としては確認のしようもない。
 なら考えるだけ詮無いことか。
「死ね! お前にはいずれ神の裁きが下るであろう!!」
「……ペラペラとよく吠える……」

 背後にて磔にされていた男の方に、目を向けた。
 唯一明確な意識を保っている彼は、壁教のお偉いさんだ。貴族でもないくせに、豪奢な屋敷を保有している。一応この中で一番偉いということで、情報を持っているのならこいつが怪しいという判断から、こいつにはまだ傷一つつけていない。

 そして彼の周囲には、同じように磔にされ、全身から刃物を生やした(・・・・)人間や、腸を生きたまま引きずり出された人間、頭蓋を同じく生きたまま剥き出しにされた人間が悲鳴をあげていた。その叫び声に意味などなく、ただ痛みを訴えるだけの無意味なものでしかない。既に息絶えた者もおり、皆一様に涙や鼻水、糞尿を垂れ流し、全身には擦り傷や打撲の痕跡。激しい抵抗をした様子が伺える。
 まあ敢えてぎりぎり抵抗出来る程度に力を抑えたんだが。
 当然、この惨状を作り出したのは私だ。

 この日、この屋敷に壁教関連のお偉いさん方が集まるという情報を聞きつけ、私は早速襲撃した。
 情報は協力者たる『根』の連中から貰った。


 “根”とは、私が行動を起こす際に立ち上げた情報源のネットワークだ。
 基本、私が最初に行動の基盤にしていたようなスラムの情報網を基にしている。
 一般人の傍で闇に潜むように生き、ゴミを漁り陰に潜んで暮らす者たち。それが貧民街の大多数の住人だ。
 地球の中世の歴史において、彼らは戦争の起こった際などは、真っ先に政府によって殺されることが多いという。それは何故か?
 答えは、彼らが“情報”を握っているからだ。
 ゴミを漁る彼らは、自然とその家の情報を手に入れる。
 常に路地に潜む彼らは、建造物に出入りする人間を把握し、しまいにはその内部で起こる事態まで知ることもある。
 これがただの民家の話ならば、大して問題はなかっただろう。
 だが、人の生活する社会には何処にでも彼らは居る。
 当然、政府施設や王侯貴族の傍にも彼らはいるのだ。
 その国の致命的な弱点を、ともすると彼らは握っていることがある。
 彼らは住む国に対する恩義も義理も持ち合わせていない者が殆どだ。
 当然であろう。社会福祉の概念などこの世界にはないのだから。彼らは弱者として、国から見捨てられた存在だ。
 だから、二束三文の金や食料と引き換えに簡単に情報を他人に明け渡す。

 まあ、この世界では壁の中で閉鎖的な社会が形成されているからな。
 こういった地球での考え方は奇特なものであろうが。
 だから、彼らが情報を誰かに明け渡すことに対して何の対策も取られていない。
 そこで、私はその状況を利用させて貰った。

 始めに、スラムの顔役の人間に話を通す。
 どんな些細なことでもいいから、貴族の情報を買いたがっている人物の存在を伝える。勿論、私が主犯であることは隠すが。
 そして、自然と顔役が情報を下のもの達から集めて統制する基盤を作らせる。
 あとはそれを利用するだけだ。
 次第にそれは大きくなっていく。

 人の口に戸は立てられぬものだからな。
 情報を完全に遮断することは難しい。
 例えば、屋敷の使用人から。
 例えば、屋敷に出入りする商人たちから。
 例えば、情報を得ようと聞き耳を立てているスラムの人間から。
 情報は、簡単に集まるものだ。


 そのような事情もあって、私は高い精度で情報を得られる。
 まあ金を工面するのに当初は手を煩わせたものだが、今はとある商売も順調に進んでいる。
 例によって私は表舞台には立てなかったがな。
 何処の世界に8歳のガキに商売をさせる社会があるというのだ。
 仕方がないから私に従順なスラムの人間を何人か用立てた。

 暴力ほど、効率のいい教育はないのだよ。


 そして、この屋敷で壁教が暗躍しているのを察知した私は、とりもなおさず襲撃を決行した。
 しかし、赤錆としての活動とするには、少し分が悪い。
 なんせ如何に腐りきった愚昧共といえど、宗教というものは何時、どんな場所でも力が強い。
 信じているのは救いようのない現実から目を背けたキチガイ染みた阿呆共とはいえ、信者は数が多い。
 市民に愛される義賊赤錆としては、少なからず敵を増やす行為は避けたいのだ。

 だから、こいつらの末路は決まっているのだ。一片の痕跡も残さずこの世から消し去られるという末路がな。


「ほら、最後の一人だ。大人しく情報を吐けば、命だけは助けてあげよう」
 拷問の過程で情報源たちはバタバタと死んでいった。
 不甲斐ない奴らめ。


 最初の一人。
 時間差でじわじわ死んでいく状況を作りたかったが、時間は精々一晩だけ。早く終わらせねば異変を聞きつけ人が駆けつけてしまう。まあ私なら銃を持った兵士だろうがなんだろうが、物の数ではない自信があるが。
 兎にも角にも。最初ということで慎重に、加減がし易いうえにそこそこの時間がかかり、他のものに対し見せしめにもなる方法を選ぶ必要があった。
 条件が兎に角多いが、やってやれないことはない。
 私が選択したのは『中華鍋とネズミ』という拷問方法だった。

 嘘か真か、中国伝統の拷問法。
 犠牲者を身動きできぬよう横にしてしっかりと縛りつける。
 そして腹を剥き出しにして腹を空かしたネズミを放り、後は中華鍋を逆さまに被せてネズミが逃げぬようにすれば完成。
 最初はくすぐったいだけだ。
 鍋の中でネズミが走り回り、腹のあちこちをくすぐってくれる。
 が、しばらくすると腹部に鋭い痛みを感じる。
 ネズミに限らずげっ歯類というのは常に何かを齧る習性がある。
 そうして牙を摩耗させねば、成長を続けた牙は自分の下顎をブチ抜いてしまうからだ。
 そしてネズミにはまた、何かを常に食べ続けるという習性もある。体が小さい分、少しずつしかエネルギーを補給出来ないから、のべつ幕無しに食うことになるのだ。
 鍋の中のネズミにとって、自分の足の下にあるのは新鮮な生肉である。

 あとは簡単だ。身悶えし絶叫する犠牲者を全く意に介さず、ネズミ共はポトポトと米粒大の糞をこぼしながら皮膚を食い破り、腹筋を喰らい、腹壁に穴を空け、さらに柔らかく栄養に満ちた内臓に潜り込んでいく。
 適度に追加のネズミを放るのも大事だ。
 大丈夫。スラムの住人はネズミと友達さ。既にズタ袋に一杯のネズミを捕獲してある。人一人食い殺すには十分すぎるだろうね。

 そんなに簡単にいくのかと思う人もいるだろう。
 だが、ネズミは凶暴な生き物だ。
 愛玩動物の愛らしいハムスターでさえ、増えすぎたりすれば仲間をよってたかって食い殺す。残るのはペロンとした毛皮と骨の一部だけ。
 私も前世で経験がある。友人の家で飼っていた沢山のハム公を見に行こうと誘われ、伺ったらなんと一匹しかいない。よくよく見るとそいつが他のハムスターを惨殺したのは明らかだった。周囲に散乱する食い残しの内臓。くしゃくしゃになったちり紙のような毛皮。白い顔を仲間の血で真っ赤に染め上げて回し車を呑気に回る姿を見て慄然としたものだ。あれは今でもトラウマだね。

「ぁ……っ……ぅ……がぁ!? ……ぃ……!!?」
 おっと、考え込んでいたら随分時間がたっていたようだ。
 見れば犠牲者は既に腹をネズミに食い散らかされ、大量に出血している。
 好奇心から鍋をどけてみると、真っ赤になった腹部からひょこっとネズミが顔を出した。
 可愛いものだ。
 一応時間経過と共に情報を吐くよう強制したのだが、こいつは『知らない』の一点張り。
 どうやら本当に知らなかったようだな。
 もう取り返しのつかないところまで来ているからね。
 しょうがない、もう処分するか。

「テテテレッテレー。穴あけドリルぅー」
 大山ボイスで呟き私はドリルを取り出した。
 両手で持ってぐるぐる回して穴を空ける工作機器だ。

「じゃあねー。さようなら」
「な……なにが……?」

 とりゃ!
「ぐぎゃあ!?」

 頭頂部にゴリっとドリルを突き刺す。
 そして後は力任せに~。
「ぐぁああああああああああああああああああああああああああああ!?」
 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ。
 まだ叫ぶ力が残っていたのか、とてもイイ絶叫を奏でてくれる。
 まあ魂の座があるとされる頭蓋を切り開かれているんだ。
 そりゃつらいでしょう。

「ふんふ~ん。出来た♪」
 穴が貫通した。
 それじゃ、早速。
「プスっとな」
 麦藁、つまりストローを開かれた穴に突き刺す。
「……ひぁ……はが……ぁひ……ぅあ……」
 犠牲者はもうまともな思考も出来ないらしい。
「じゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅるじゅる」
 わざと音を立てて、頭蓋の中身を啜り喰らう。
 頭の中。つまり脳味噌を。

 私は人肉を食い続けた影響か、簡単な残留意思のようなものならば食することで奪えるようになっていた。
 それは思考の元となる脳味噌を喰らう際に特に顕著に表れていた。
 こうして尋問を続けたうえで食せば、最後に考えていたことをわが物に出来るのだ。

「じゅるるる……ゴクン、と…………残念、はずれか」
 こいつは司祭というそれなりの地位だが、私の欲しい情報は持っていなかった。
 残念だな。
 やっぱり司教クラスでないと駄目なのか?

「まあいいや。次、いってみよー」

 私の言葉に反応し、犠牲者候補たちが身じろぐ。
 だが、縄で縛られ転がされた彼らに出来ることなど精々罵倒したり、命乞いをするだけだ。
 その恐怖に支配された表情。自身の命を脅かされた時に感じる絶望に染まった顔は素晴らしい!
 そしてそれを喰らうことで私は更なる高みに上れるのだ。これは、やめられない。
 今まで圧倒的弱者だった私が、こうして強者共を食い物にしているのだ。
 これに昂揚感を覚えずにはいられないな。

 眼球を喰らえば、直前の視覚情報を奪える。
 脳を喰らえば、知識や記憶を奪取できる。
 手や足を喰らえば、そいつが持っていた技術を我が物に出来る。
 このように、各部位に対応した情報を私はたとえ死体からでも得ることができるのだ。

 まあ殺さぬほうが情報はもっと得られるものだろうが、私は基本的に他人を信用などしていない。
 それがたとえ恐怖に脅かされたうえでもたらされた情報であっても、その情報が嘘ではない根拠はない。
 だから、食う。
 食って、確実な記憶を簒奪する。


 さあ、次の犠牲者は誰だ?



……………………………………………………………………………………………………………………



 結局、誰も拷問では口を割らなかった。
 狂信者共め。
 いや、それともそうまでして口に出来ない何かがあるというのか?
 分からない。
 私には分からない。
 人の心の機微や情動といったものは、私には縁遠いものなのかもしれない。

 …………狩りはこれからも続けよう。
 だが、今回のことで分かった。今まで何人か狂信者たちを喰らってきたが、たいした情報は得られなかった。
 原作以上の情報は、奴らも持っていなかったのだ。
 やはり原作キャラであるニック司祭を食えば何か分かるのだろうか? そう考えたが、逆に考えることにした。
 知らなくたっていいや、と。
 原作が始まれば、嫌でも世界の秘密は知られるはずだ。
 なら、私に出来ることは彼らを助け、真理に迫ること。これに尽きる。

 今回の犠牲者たちは全員骨ごと喰らわれてこの世から抹消された。

 私は、その体積以上にモノを食える。
 これも特殊能力なのかもしれない。
 食った分は、栄養になり、体に蓄積されるのだ。
 人間の限界を超えた身体能力を発揮できるのには、ここら辺に所以があるのかもしれない。

 とにかく、これで決まりだ。
 当面は聖職者狩りは諦める。貴族狩りは……まあ情報取得は別にして続けよう。
 アレには一応名を売るというもう一つの重大な意義があるのだからな。

「ふぅ」
 床に残った血痕を水で洗い流す。
 血の汚れはすぐに水で濯げばわりと簡単に落ちる。それでも落ちない場合は中性洗剤にアンモニアを少々混ぜて洗い、それでも汚れが取れぬ場合漂白するしかないとか。
 まあこの世界で漂白剤なんて手に入らないが。
 っと、終わった。
 綺麗に痕跡を消し去り、ぱっと見た限りではここで拷問祭りが行われていたとは判別できない。
 ましてや科学捜査などないこの世界ではな。

 憲兵団は余程のことが無い限り熱心に事件の捜査になど当たらない。
 まあ権力者たる壁教のお偉いさんが消えたとなれば余程の事扱いかもしれんが、元より後ろ暗いやつしか狙っていない。
 消えても不思議でないという奴を消せば、上の方も自分から揉み消しに動いてくれることもあるほどだ。しかも金品を全て奪ってしまえば、上の方も何かと勘ぐってくれる。
 実は消されたのではなく、有り金を持てるだけ持って雲隠れしたのでは? とな。
 この金は配布するわけにもいかないし、精々有効活用させて貰いますよ。
 

 

第三話 食料

 この肉体は燃費がえらく良いとはいえ、それなりに、常人以上のエネルギーを必要とするのは事実だ。
 それを、壁の中の獲物狩りだけで賄うのは面倒だった。
 あまりに人を狩り過ぎると流石に盆暗揃いの憲兵団といえども動かざるをえなくなる。
 それは困る。
 私は貴族たちから強奪した金品は遍く全て市民に還元しているのだ。
 私自身は未だ貧民街の貧乏人のままだ。
 未だ主食は人肉ですが。だって最近おいしく感じるようになってきたからね。

 だが、肉ばかりじゃ栄養が偏るからな。
 お野菜も食べなきゃな。

 そういう理由で現在私は、壁の外に向かっている。以前から度々こういったことを続けていたのだ。

 今の私なら、立体機動装置無しで巨人も狩れるからな。

 だから、誰にも見られぬように壁を抜け出し、驚異的な身体能力で一目散に駆け出し、立ちふさがる巨人どもを屠り続ける。囲まれれば流石に死ねるが、一直線に突き進めば馬より早く走れる私に巨人どもはついてこられない。

 そして、以前見つけた旧人類の集落と思しき場所まで進み、一端休む。
 流石に一昼夜闘い続けると体力が限界に成りだす。休む場所は必要だ。

 ここには私が長い時間をかけて巨人の手の届かぬ拠点を新たに構築したのだ。
 超大型でも現れぬ限りここは破られはせん。

 近くにあった巨大な木を切り倒し、組んだ櫓の上でようやく私は人心地つく。

「ふぅ……」
 ここは、誰も訪れぬことをいいことに私が巨大な農園を作ったのだ。
 周りをある程度柵で囲ってしまえば、人間に吸い寄せられる性質の巨人どもは滅多に近寄らない。
 だから、有り余る身体能力で大地を耕し、方々駆け巡って探してきた家畜を放り、巨大な農園を築きあげた。
 今はこうして完全循環型のアーコロジーのような出来になっている。まあ、ある程度水や食料を循環させる機器を設置してあるとはいえ、必要なものをこうして度々補給しなくてはならないのだが。
 それが面倒といえば面倒だが、鍛錬にもなるのでこうして月に数回の頻度で通っている。

 それに、ここなら普段は出来ない行為も出来るしな。

 ズズン……!!

 遠くで何かが倒される音が聞こえた。

「来たか」

 私はすぐさま音のした方角へ向けて駆け出す。
 その腰には片刃の細長い刃物が携えられていた。


 数分駆けたところ、こちらに近づいてくる不細工な化け物が見えた。
 巨人だ。

 何がうれしいのか、ニタニタと笑うような顔でこちらに近づいてくる。
 そして、巨人の間合いに入ったところ、巨人は真っ直ぐに私に向けて手を差し出した。
 何のひねりもない単純な行為だが、あの巨体でやられると脅威だ。なんせかなり速い。
 立体機動装置という高速戦闘を可能にする外部要因がなければ人間は巨人に敵わない。
 そう、普通なら。

 生憎私は普通とは程遠い。

「嗚呼、この子のお披露目もしなくちゃな」

 私は、腰に下げられた新兵器を取り出した。

 突き出された手をぐるりとその場から踊るかのように回転の軌跡を描きながら至近距離で躱す。

 デカイ生き物は、動きが鈍い。それは、大きければその分ストライドが稼げるし、長く大きい身体の節々で素早く動かずとも距離が稼げるからだ。だから、ゆっくり動いても小さい体の者には尋常じゃないほど素早く感じられる。
 だが、実際の動きは遅いのだ。それは、肩や股間など、行動の起点になる部分に近づけば近づくほど感じられる。要は接近さえ出来ればこの小さな身でも対抗可能なのだ。

 巨人は、まず目の前の一体。その後ろにわらわらといやがるが、自分の体力は丸一昼夜闘い続けても切れたりはしないだろう。ならば、一対一を無限に繰り返すだけだ。

 場所は幸いにして自分がこういうことを想定して地に大量に突き刺した杭のある地点。これを足場にすれば、体の大きい巨人は動きを制限されるし、逆に自分は自由に飛び回れるしで言う事なしだ。

 建物跡と杭をを足場に、まずはその無駄にデカイ足の腱をすれ違いざまに切り裂く。幸いにして連中は知能がない。一体一体確実に対処すればそうそう不覚は取らん。
 ズバッと肉を削ぎ落とす音が、衝撃が、血の匂いがこの矮小な身に響く。
 アホみたいな顔をしながら、ドスンと目の前にいるデカブツが物理的に立っていられなくなり倒れ伏す。
 目の前に無防備なうなじが現れる。
「去ねや」
 ババシュウ! 二閃。巨人の弱点を削り取る。

 巨人が蒸発するのを見届ける。こいつらは死ぬと蒸気を吹き出し跡形もなく消え去る不思議生物だ。本当にこいつだけは何年経っても理解が及ばん。
 まあ私は研究者でなければ探究者ですらない。
 ただ生きるだけの、生存者だ。

「!!」
 無駄な思考をしていると、突然背後から新手が現れた。
 しかも奇行種らしい。一直線にこちらに突っ込んできて、顔をこちらに突き出し喰らいついてきた。

 ガギン!!

 だが、巨人の歯は私の相棒に阻まれて砕け散った。残心を怠るつもりはない。歯茎の部分から台座ごと吹っ飛ばしてやった。

「クソ巨人が。不意打ちのつもりか……!!」
 ズババン。
 巨人は、項を抉り取られ、蒸発した。

 前を見ると、脆くなっていたであろう柵の一部が壊れ、そこからぞろぞろとアホ面引っさげて巨人どもが入ってきていた。

 前を見ると、脆くなっていたであろう柵の一部が壊れ、そこからぞろぞろとアホ面引っさげて巨人どもが入ってきていた。

 上等。
 食い尽くしてやろう。

 するりと鞘から抜かれたその片刃の細長い剣。
 日光の照り返しを受け、妖しくどんよりと鈍い煌めきを反す。

 これは、わざわざ壁外まで赴き、炉をいくつも試作し、原料を試行錯誤して、最近やっと出来上がった人斬り包丁。
 日本刀だ。

 剣術の効果は剣士の技量(スキル)刀の出来(クォリティ)精神性(メンタリティ)によって乗法で決まるらしい。
 脂で切れなくなるなどという事態は、一流の剣士には起こりえぬのだとか。

 まあ私は剣士としてはどうだか知らぬが、殺戮者としては超一流だ。

「斬る」

 スパスパと杭を使い超速度で通り抜け、すれ違いざまにふざけた面した巨体共を切り刻んでいく。


 ドサドサドサ。

 人類の仇敵たる巨人どもが、なんの抵抗もせずに一瞬で肉片に変えられていく。

 この光景を見ても、私は特に感慨も抱かない。

 私自身、この壁の外に出歩いているが、理由は色々あるが、この限界活動領域(農園)の外に出ようとは思わないからだ。
 何故なら、私一人でこの世界の真実に出会っても意味がないから。

 更に最大の理由は、ここより遠くが文字通り私にとっての活動限界領域だったからだ。



……………………………………………………………………………………………………………………



 考えてもみて欲しい。人類はやがて巨人に勝てるのだろうか、ということを。
 確かに並の兵士30人でやっと一体の巨人を倒せるといっても、やつらは生殖機能がない。と、いうことは奴らは現状の数以上に増えぬはずなのだ。ならば長い時間を懸ければ、人類が絶滅せぬ限り壁の内側に籠っていれば巨人は駆逐できるやもしれぬ。だが、巨人はおそらくこれからも増え続ける。原作であった描写だが、まるで人間が巨人に変えられてしまったかのようなシーンがあった。コニーが我が家の跡地でまるで自分の母親のような雰囲気を持った巨人に遭遇したところだ。
まあそんなことに対する考察はネットの住人がやればいい。この世界では学者の方々の仕事だ。考えるのは、私の役目ではない。
 巨人を絶滅させるには、この世界の秘密がどうしたって必要なのだ。


 ここが地球でないとしても、壁の外は無限の大地が広がり、球体の惑星という性質上世界を一周すれば元居た場所に帰ってくるようになっているはずなのだ。まあ昔の地球の人々の考え方のように、ここは平べったい大地の下を神様が支えている世界である、と言われても私は驚かぬが。それならそれで大地の果て(エルドラド)を目指すだけだ。
 まあそういう訳で、私は初めの頃はまだ見ぬ世界を一人で生きていこうと考え飛び出したことがあったのだ。
 十分な食料と水を携え、極力巨人との戦闘を回避しながら突き進む。何せあの頃は巨人と一対一で相対して1分ほど時間を懸けねば倒せなかったからな。戦闘を避けるのは間違っていなかったと思われる。

 そして、ウォールマリア外側の巨大樹の森まで着いた。原作でもウォールマリア内側にあったようなやつだ。
 私は夜中ということもあって大樹の上で休むことにした。本当なら巨人の活動が鈍る今のうちに少しでも遠くに行きたいものだが、ただでさえ索敵能力の落ちる夜中に行動するのは危険だと判断した。
 なんせ全ての巨人が夜中に活動を停止するわけではないのだ。
 実際に夜中でも殆ど変らず私に向かって食いついてきた巨人と遭遇してからは、なるべく慎重にいくことを心に決めた。
 ……あるいはそれは、野性的な勘とでも呼べるものだったのかもしれない。
 そこをそれ以上進めば危険だという。

 夜中。
 木の上で足場を構築し、安心して私は眠りについていた。
 その私を呼び起こしたのは、巨人の足音だった。
 私はすぐに飛び起きた。
 普段から眠るときは完全に気配を絶っているため、たとえ巨人にでも近づかれぬ自信があった。実際、夕方に木の上にたどり着き木の根元でうぞうぞと蠢く巨人に隠行が通じるか試したところ、突然私を見失ったかのように巨人どもは散開してくれた。まあ流石に動けば効果は切れるが。
 その上今は夜中。何故かは知らぬが、巨人どもは光を遮られると活動が鈍る。だからここいらには巨人など近づくはずもなかった。
 だが、明確に遠くからこちらに近づく大きな足音が聞こえている。
 私は身構えた。
 そして見てしまった。

 マサイ族もびっくりな数キロ先まで見通す私の視力で、そいつを発見した。
 全身毛むくじゃらの巨大な体躯。異様に長い手足。通常の巨人ではありえぬ四足歩行。
そして、その犬のような異様な外見。

 私は何もかも捨てて逃げ出した。
 何故かそいつを見た瞬間確信した。
 今の私ではやつに勝てない。

 おそらくは原作でミケ・ザカリアスを殺した猿の巨人の同類なのだろうが、私は戦おうともしなかった。
 この世界にきて初めての感覚だった。
 明確な恐怖を感じたのは。
 アレは、文字通り次元が違った。
 神など信じていない私だが、やつはそれに類する絶対的な存在に感じた。

 平たく言えば、私は臆してしまったのだ。
 どんなに修練を続け、人外染みた能力を手に入れようとも、あの時感じた恐怖が拭えされない。
 これは妄想染みた考えかもしれないが、もしあれ以上遠くに進んでいたらあのケモノのような巨人がわんさかやってきて私を食い殺してしまうのではないかと思ってしまうのだ。
 奴らがこの世界を支配しているのでは? という考え。多分そう間違った考えではない。原作が12巻までしか知識のない私には判別はつかないが。

 そこで私はそれ以上遠くへの探索を打ち切った。

 調査兵団の調査ルートとは外れた地点に偶然見つけた旧人類の生活跡。恐怖のあまり錯乱状態に陥った私が前後不覚になりながら飛んで逃げ帰る際に偶然見つけた場所だ。幸い開閉門からは遠く、馬では一日駆けたくらいでは届かぬ場所。万が一にも他の人間、調査兵団の人たちには近寄れぬ場所。これ幸いと私は此処を自らの壁外拠点とすることにした。

 改めて考えてみよう。このままで人類は巨人に勝てるのか?

 世界の真実がなくては、勝てない。
 それは武器を持たずに戦うようなものだ。
 そして、恐らく真実を知る役目は、原作主人公たちのものなはずである。

 私の役どころは……。
「ダークヒーローってとこかな」

 まあ正統派主人公は名乗れないね。

 だから、私は今日も一人で巨人を狩り続ける。



……………………………………………………………………………………………………………………



 粗方農園に入り込んだ巨人を掃討し終わった。
 夜になり、残っている動きの鈍った巨人を簡易な地下室に運ぶ。簡単だ。四肢を切り飛ばし、簀巻きにしたら光が遮られ再生が鈍る。地下室は土を掘りだして木の枠組みで簡単に空間を作っただけの簡易なものだ。縦10m、横5m、高さ5m程度の貯蔵庫。それがこの農園地下室。そこに10m級以下の巨人を運び出す。

 こいつらをどうするか。

 巨人の謎の解明というのも興味のある話だが……私は頭脳労働担当ではない。
 巨人はクソ憎たらしいうえに絶滅すればいいとは思っているが、それは私の役目ではない。
 私は如何に身体能力が化け物染みていても、命は一つしかない。
 私一人でこの世界の巨人を全て絶滅させるのは難しいだろう。なんせゴキブリのようにボコボコどっかから湧いてくるのが巨人という存在だ。

 やはり、そのためには世界の謎に触れる必要がある。
 だが、そいつは原作開始までおあずけだ。

 今の私に出来るのは……。

「貴様らを喰らうことだけだ」

 ガブゥ!!

 地下で拘束した巨人に食らいつく。

 巨人から離れた部位は、即座に蒸発し始める。
 口の中を通り、胃袋に収められる数は少量だ。
 他は蒸発してしまう。

 だが、私は確かに少量だが巨人のクソ共を喰らうことに成功した。

 肉を咬み千切り、その巨体を我が身の糧とする。

 こいつらを、自身の肉体の一部にする。

 食い千切り、口中で味わい消化する。

 巨人どもは痛みを感じているのかいないのか、うめき声を出している。

 全くこいつらは何なんだ。
 殺したら消えてしまう。


 ゴクリ。

 巨人の肉片を飲み干す。

 合計で三体の巨人を私は喰らった。
 すぐ蒸発し始めるため殆ど口にできなかったが、私はしかとこの化け物の肉片を自身の一部としたのだ。


 すぐに、体に異変が訪れる。

 ビキビキと体中の組織が蠕動する。
 全身の血管が浮き出て、雷に打たれたような痛みと熱が体を駆け巡る。

 今、私の体が新たに作り変えられている。

 この環境に適応するための新たな仕組みに。


 気が狂いそうになるほどの痛みが全身を蹂躙している。

 私は大分前から巨人を捕えては食していた。
 確信があったわけではない。

 ただの好奇心ともいえる。

 だが、私はそれを実行できるだけの力があった。

 こうして壁に守られた場所から遠く離れた地で、巨人たちを狩っては逆に食い殺す。
 そうしたことを続けていたら、体に変化が訪れていた。


 怪我の治りが異常に早い。

 それに気が付いたのは偶然だった。
 偶々ナイフの手入れをしていたら、指を切ってしまった。
 そしてその傷を見ていたら、なんと見る見るうちに治り始めたのだ。

 心当たりはあった。
『この現象。巨人化の力か?』

 それから、私はすぐに行動に移った。

 何匹も巨人を狩りまくり、その血肉を喰らい続けた。
 そして、自傷行為を試す。

 だが、私の予想に反し巨人化は出来なかった。
 怪我だけは異様に早く治ったが。

 考えても分からないので、私は考えることをやめた。
 それ以来、こうして巨人どもを喰らい続けている。
 いつかあの巨人化の力が手に入るのではないかと思いながら。
 
 

 
後書き
<<現在公開可能な情報>>
主人公が打った刀、銘は無し。ただ刀と呼称。それというのも、現在この壁内世界には日本刀はこのただ一振りしか存在しないから。地球にはない鉱物を用いて打たれたこの刀は、硬く、しなやかで、鋭い。決して刃こぼれしない頑強な剣。 

 

第三.五話 逃走

 はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!!!
 走る。走る。走る。何もかもかなぐり捨てて、一目散に走る。今何処に居るのか、何処か冷静な頭がその位置情報を知らせてくれるが、そんなことも気にせず走り抜ける。途中に群生するそこそこの規模の森の枝をまるで猿のように巧みに飛び渡り、真っ直ぐ駆け抜ける。
 走る。走る。走る。自分が何をしにここまで来たか、それすら忘れて跳び抜ける。持ってきた水や食料、使い慣れたナイフは惜しいが、命には代えられない。ただ只管に命からがら何もかも捨てて投げ出して、前人未踏の大地を飛び回る。
 走る。走る。走る。後ろにあの化け物はついて来ていないようだが、まだ私の心が落ち着かない、安心出来ない。逃走を継続。正味ン百キロは走り続け、朝日が眩しい時間帯になったが、私は走り続ける。

「ッ!! 邪魔だぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 目の前に立ちふさがった不細工な巨人を、腹に風穴をブチ空けることで打ち破る。大砲の弾丸のように自身を筋力で打ち出し、真ん前に真っ直ぐ吹っ飛ぶ。別に倒さなければいけないというわけではないのだ。なら、足止め程度なら今の私にも充分に可能だ。
 案の定巨人はドスンと倒れこみ、うーうー唸って再生しだす。その隙に、更に距離を稼ぐ。私は馬より速く走れる。馬にすら置いて行かれる巨人どもに、私は捕えられない。

 ……! 見たことのない集落が見えてきた。
 慎重に近づき。気配を探る。
 周囲には巨人の気配はない。勿論人の気配もない。

 私は、そっとその村に入り込んだ。

 ………………。
 軽く見て回った限り、ここに生存者はいない。
 おそらく、旧人類の生活拠点跡地であろう。
 広さは村の大きさといった感じか。とはいっても、これは生前の感覚に従った場合だ。今の壁の中の人類は、せせこましい壁の中でウサギ小屋の中のような狭い生活を強いられている。
 ここは、今の壁の中の基準で言ったら、区一つ分ぐらいの広さがある。

 途中、アホ面引っさげた馬鹿巨人どもが接近してきたが、ここは幸いにして中途半端な建造物が残っている。それを足場にすれば、私には今の実力でも巨人を駆逐するのは可能だ。
 幾分か時間が経過したが、私はやっと落ち着いた。もうあんな風に無様に取り乱したりしない。

 私の渡り鳥ばりの体内磁石に従えば、ここは壁の外側、ウォールマリア最南端から南西に600kmほど進んだところにある。仮にここへ真っ直ぐ馬を使って進もうとしても、奇跡的に巨人に一度も遭遇しなかったとしても丸二日馬を走らせなければならない。それは、現実的にありえないことだ。調査兵団は閉会門から真っ直ぐ進み、物資を運んで拠点を構築するという性質上あまり広範囲に活動場所を広げたりしないのだ。
 それを鑑みれば、この場所は誰にも邪魔されず寛げるかなり快適な拠点となるのではないだろうか。

 そう考えた私は、早速近隣の巨大樹林の森に赴き、何本か木を伐採した。鋸なんて便利なものは無かったので、極限まで素早く硬く練りこんだ手刀で一文字に切り裂いた。硬気功には準備にかなりの時間がかかるため、巨人には通じなくとも、こうして静物相手なら斬鉄くらいならば可能なのだ。そして、切り裂いた木をその拠点に運び込む。
 あとは、軽く地面を耕し、地に深々と木を差し込む。
 大体10m四方の感覚で四本のどデカイ木を植えこんだら、するすると頂上に上り、足場を構築する。
 そうして作った櫓の上で、取り敢えず私は今日の活動を中止する。日も傾いてきたからな。
「……チッ、しまったな。水も食料も置いてきたんだった」

 生憎と必死に逃げ惑った所為で、荷物は全て四散してしまった。初めて殺人を犯した際に手に入れた思い入れのあるナイフも、何処かにいってしまった。私はあれをかなり気に入っていたのに……。
 まあ命には代えられないか。
 どうせ二、三日飲まず食わずだろうと、死にはしない。試していないからよくわからんが、私なら一か月は絶食出来る自信がある。

 今日は折角拾った命だ。精々有意義に使おうじゃないか。

……………………………………………………………………………………………………………………

「……うんん…………」
 目が覚めた。
 随分昔のことを夢に見た。
 あれは私がこの農園を見つける切っ掛けになった出来事だ。
 残念ながらあの時感じた恐怖感を拭い去ることは出来ず、未だにトラウマを抱えたままだ。見様見真似で六式の技をこの世界で再現したみたが、依然としてあのケモノの巨人を殺すイメージが浮かばない。

 ちなみに六式だが、私がそう呼んでいるだけだ。
 極限まで鍛えられた脚で限界まで引き絞られた蹴りを放った際に、衝撃波が生まれたのが六式誕生の切っ掛けだ。当然だ。50mも跳躍で跳べる人間の蹴りが、衝撃波を生まないわけがない。今は自身を限界まで鍛え抜いて見事六式の技を再現して見せている。
 蹴りは衝撃波を生み、飛び跳ねれば空中を足場にでき、硬く気を練りこんだ手刀は鉄を貫く。

 私がそれを暫定的に六式と呼称しているに過ぎない。
 だが、元ネタを知る人間などいないのだ。ならば、これがこの世界におけるオリジナルの武術、「六式」だ。開祖は私、神蔵人。
 いいじゃないか。今なら巨人など物の数ではない。最近は専ら人相手にこの武術を使っているが、近い将来巨人どもを相手に無双をしてやろう。

「嗚呼、楽しみだ……」
 今はこうして日陰者になるしかないが、そう遠くない未来、私はようやく日の目を浴びる。
 その時、世界の謎が私に対しどう接するのか、実に楽しみだ。
 私を排除出来るのか、それとも私が打ち勝ちこの世界の真理を手にできるのか。
 見物じゃないか。
 それまで、後悔したくないので、肉体を極限まで鍛え抜こう。

 櫓から降り、いつもの日課を始める。蒐集した超重鉱物で作られたウェイトを身に着ける。それだけでは飽き足らず、80mはある巨木を数十本束ねて作った超重量負荷装置を背負う。ズシリと人の身では耐えがたい重圧が降りかかるが、生憎私は人外だ。人の身なんてとうの昔にやめている。
 平然とそれを背負ったら、仕事を開始する。

 まずは農園を走り回り、エサや水が足りていないところを把握する。
 農作物は水の循環する通路を設置してあるため、雨水で十分に回る。農作物を見て回り、間引いたり収穫したり、それなりに体力を使う。
 収穫物はまとめて地下の蔵に放り込む。地下水が張り巡らされた下地があるため、真夏でもそれなりの冷温を確保できる。

 次は、畜産物の管理だ。
 こればっかりは水と飼料を大量に設置して、放置するという訳にはいかない。
 野に放たれていたものを壁外各地を巡って集めたとはいえ、当然病気にかかったりするし、密集飼育すればストレスを抱える。
 それを適度に管理し、上手く年中市場に供給するのが私の仕事だ。
 産めよ増やせで品種改良といきたいところだが、喰った知識の中にも、そんなものはなかった。仕方なく、現行の種類を恒久的に増やし続けることとする。


 偶々工業区画で食った人間が超硬質ブレードに関する知識を持っていたから、それをいくつか集めて統合したら、私用の得物を作れるのではないかと考え、狩りに精を出した。
 工房秘中の技術とはいえ、引退した人間まで縛ることは難しい。私は工房を引退した老人をターゲットにし、何人か喰らった。当然身寄りもなくいつ消えてもおかしくない奴らばかり狙った。

 私が作りたいと考えているものは使い捨ての超硬質ブレードなどではなく、手入れさすれば何時までも使い続けられる安定的な刃物だ。
 超硬質ブレードは鋭く柔らかいという、肉を削ぎ落すという目的に沿った素晴らしい得物だが、如何せん耐久力がない。
 私は非正規の人間なのだ。将来的には分からないが、今はこうして細々と活動を続けるしかない。拠点に帰りさえすればブレードの支給を受けられる兵士と違い、私は末永く使い続けられる武器が欲しかった。
 そうして生まれたのが、この“刀”だ。

 農園内部に流れる川の傍にいくつも炉を試作し、歳月を費やし作り出した人斬り包丁。
 それがこの刀。
 脳内の簒奪した超硬質ブレード製作の知識を総動員し、前世で聞きかじった程度の日本刀作りの知識を組み合わせて出来上がったのがこの『完成版 刀―真打―』である。

 影打ちを幾つも乱造し、ようやく納得いく出来になったのだ。

 試しに巨人相手に試運転をしてみたが、紙でも切り裂くみたいにデカブツを肉片に変えた。
 こいつは素晴らしい。使い手の技量に頼ることになるが、腕前次第で無限に肉を削ぎ落せる万能包丁になれる。
 切れ味を落とさぬように、真っ直ぐ刃の境目を擦らせるようにして引き裂く。背骨にあたる部分の隙間を通り抜けるようにしてズバッと切り裂く。そうすれば、こいつは切れ味を落とすことなく肉を切り続けられる。

 力任せに振り抜けば多少手こずるがほぼ確実にうなじを削げる超硬質ブレードと違い、この刀は巨人のうなじを削ごうとしたら途方もない技量を必要とする。下手すれば中途で刀自体が折れ曲がり粉砕してしまうだろう。
 だが、どうせ他人に使わせることを念頭に置いてなどいないのだ。
 なら、私専用に特化させてしまっても構わない。

 さあ、こいつでこの世界を喰らい尽くせ。
「頼むぜ、相棒」
 この刀が、私のこの世界における相棒だ。
 
 

 
後書き
<<現在公開可能な情報>>
主人公は現在、農園近隣や巨大樹の森の中で巨人を狩る練習をしている。杭や巨大樹などを巧みに足場にすることで、なんとか巨人を倒せているが、何もない平地で15m級と遭遇したら倒せない。その代わり、馬並に早い走力で逃げ切れる。 

 

第四話 同朋

 844年。
 その日の私は、久しぶりに壁の中の拠点の一つである、南地区のスラムに来ていた。
 最初に私の自我が芽生えた場所であり、中々に思い入れのある場所だ。
 主食が人肉という私の食生活の特性上、各地を転々としている私は滅多にここには帰ってはこない。一つ所に留まると、行方不明者が大量発生してしまうからな。
 まあ何故ここに戻っているかというと、単純に壁の中を一周してしまったからなんだが。

 壁内部食べ歩きツアー。各地を放浪して肉を食って回ったんだ。
 ちなみにどうせ食べるなら若い肉がいい。年取るとどうしても肉がボソボソになるし、風味が落ちる。
 ついでに言うと女の肉がよろしい。
 柔らかくて適度に脂がのっている。そんな肉。
 まあかのアルバート・フィッシュ氏のように、死体で楽しむということも出来るからな。
 限りある資源は有効活用しなくてはな。


 スラムと一般の街との境目。
 そこにある小屋に私は足を踏み入れる。

「帰ったぞ爺さん」
 一応声をかけて中に入る。
 そこには、初老の男がいた。
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 ホームレスだがこうして立派な小屋を構えているあたり、このスラムにおける地位の高さが伺える。
 見た目はスラム街の住人の例に漏れず、何日も風呂に入っていないため薄汚れてみすぼらしく(私は川で毎日水浴びをしているし、服装にも気を使っている)、髭も髪も伸び放題だ。髪の毛は殆ど白くなっており、それを紐でざっくばらんにまとめている。
 目が悪いためひび割れたメガネを着用している。金なら今はそれなりにあるから買い替えてもよさそうなものだが。
「おう、久しぶりだのクラウド。息災かね」
「ボチボチだな」
「それは結構結構」
 何が楽しいのか、爺さんはくっくっと笑った。
 挨拶もそこそこに私の机の上に置かれた書類に目を通す。
 配下の人間に指示した様々な事業の報告書だ。爺さんもこのスラムの顔役として参加している。

 この男の名前はワイリー・コヨーテ。ゴミ漁りの(スカベンジャー)のワイリーだ。
 一応この地域の顔役をしており、困っているスラムの住人がいたら何かと助けて回るようなお人好しでもある。
 そのお人好しの性格もあって、私は一時期彼の世話になっていた。爺さんとは知らない仲ではないのだ。
 そして現在はこうして南地区の根の統括を頼んでいる。ついでにこの地域での寝床を頼っている。

「アサドはどうした?」
 ここにはいない部下の一人、アサド・ロウランについて聞く。
「順調に事業を拡大しておるよ。今では街に家を買ったそうだ」
 それはすごい。
 まあ確かにそれほどの利益が出るものか。

 私がやっている事業は、闇市での肉などの貴重品目の販売事業だ。
 外から割と無尽蔵にものを取ってこれる私なら、中の閉鎖的な生産ラインに一人で対抗できる。
 この世界では壁の中という狭い環境の所為で、たとえ王侯貴族様といえど毎日肉が食えるわけではない。
 だが、やはり嗜好品や贅沢品は何とかして欲しいもの。
 それこそ、どれだけ金を出してもだ。

 その欲目をつき、私は闇市で値段を吊り上げ暴利を貪っている。一般の市場では私のもつ外部産の食料品目の生産力に対抗できまい。嗚呼、(ちから)はやっぱり素晴らしいな。大金を持つとある種の全能感すら感じる。一応もしものことを考えて資産は内地に借りた倉庫に保管してあるが。
 しかしアサドは可哀想だな。
 原作通り(このまま)では、いずれこのウォールマリアより内側は巨人に支配される予定なのだが。折角買ったマイホームも巨人どもに奪われてしまうな。
 まあそんなことはさせないつもりだから大丈夫と言えば大丈夫だろうが。


「ああ、そういえばお前さんに客が来ていたぞ」
「客?」
 誰だ? 私は表舞台には一切顔を出していないから、私を訪ねてくるような人間などいないはずなのだが。
「それは会ってからのお楽しみというやつだ。何、悪い話じゃないはずだ」

 悪い話じゃない、ね。
 スラムの住人にしては珍しくスレていない爺さんは、人を疑うことを知らないからな。
 その所為で騙される可能性を考えないんだよな。
 だから信用ならん。
 まあ信頼はしているが。
 それに、爺さんの人柄か、自然と周りの人間が助けてくれるようになっている。
 人を疑えないのが爺さんなら、周りの奴らが疑ってやればいい。
「まあ取り敢えず会ってみるか」



 待ち合わせ場所の街中の飯屋。
 そこに入って待つこと数十分。
 お目当ての客人がやってきた。

「……君が、クラウド君かい?」
「ええ、そうですが」
 やってきたのは壮年の男性。
 くたびれたオッサンというのが第一印象だ。
 どこかオドオドとして自信のなさそうな挙動。
 短く刈り込んだ浅黄色の短髪。そのたれ目は私と目を合わせることなく常に泳いでいる。だが恰好は小奇麗にまとまっている。金を持っているのが一目でわかりそうな姿だ。

 誰だ? こいつ。

「えっと……まあまずは食事にしよう。折角お店に来ていることだし。おーい、何か適当に作って沢山持ってきてくれ!」
 男が店員に呼びかける。
「ああ、ここは僕の奢りだよ。遠慮せずに食べてくれ」


 粗方出された食事を食べ終わった頃。
 今まで黙々と機械的に食事を片づけていた男が口を開く。
「……さて。君は……僕のこと覚えている……かな?」
「……すみませんが、どこかでお会いしましたか?」
 本当に覚えがない。誰なんだ、こいつは。
「……そうか。…………怒られるのも、恨まれるのも分かってるつもりだ。ずうずうしいというのも。だけど、言わせてくれ。僕は……僕は、君の父親だ」


 ………………はぁ。
 そうですか。
 で、それが何か? といった感じなんだが。
 父親殿は一人で勝手にヒートアップして、弁舌さわやかに謝罪の言葉やら決意の言葉やらを捲し立てている。
 要約すると、生活苦で君を手放してしまった。
 やっと生活が安定してきた。
 だから君を引き取りたい。
 と、こういうことらしい。

 正直顔も覚えてないうえに、かつて捨てられた身としては心底どうでもいいんだよな。
 私の中では貴方との縁は完全に切れているんだが。

「んー……そういえば、母親は?」
「妻は……妻は、死んだよ。君と別れてすぐにね。流行病だった」
 はぁ、そうなんすか。

 嗚呼、どうしたものか。
 兎に角角が立たぬようにお断りしたいんだが……。
 ……むっ!?
「がっ……!?」
 ガタン!
 座っていた体勢からテーブルに突っ伏すように顔を打ち付けてしまう。
 なんだ……? 体が……動かな……い……?

「…………ふぅー……やっと効いたか化け物め。一口で大の大人が即座に身動きできなくなる猛毒バクバク食いやがって」
 目の前の男の雰囲気が変わる。
 よく見ると、いつの間にか周囲の人間がいなくなっていた。
 ……気配察知能力には自信があったんだが。
 どうやら思った以上に肉親との対面には緊張していたらしい。

「な……にが……」
「ハッ、てめえが金になる人種の末裔だって知ったのは、あの女を殺してまだガキだったてめえを捨てた後だったからな。本当ならあの女の方が値打ちは高いんだろうが、贅沢言ってもしょうがねえ。混ざりもんとはいえお高く売れるだろうさ」
 ……成程ね。
 やはり私は東洋人だったのか。
 そして母は(こいつ)が殺したのか。
 嗚呼、ダメだ……意識が…………。



……………………………………………………………………………………………………………………



 シガンシナ区の近くにある森の中。その中の一軒の小屋。
 そこに、4人の男がいた。傍には二人の子供がロープで縛られて転がされている。

「しっかしアンタもやるなぁ。実の血の繋がった息子を売るなんてよぉ」
「ハッ、金になるなら肉親の情なんてクソの役にも立たないもんだ。それにしても惜しいことをした。あの女を殺したのは痛手だった」
「……それを言うのならこいつもだ。純粋な東洋人の方が高く売れたというのに!! ビビって殺しちまいやがるんだからな!!」
「わ、悪かったよ……そ、そうだ! ならこいつとあのガキで掛け合わせて新しく作ればいいんじゃないか?」
「そんな時間があるか!」

 男たちは人攫いのグループだった。
 何処から聞きつけてきたのか、リーダー格の一人がこの地に住む東洋人の生き残りの噂を知り、を攫うことを計画した。
 そこで仲間の一人があることを思いだした。
 昔の女の一人が、確か東洋人だとか名乗っていたというのを。ならば、その息子もその血を引いているはずだ。金になるはずだ。生憎と女の方は口論になった際に衝動的に殺してしまっていたが。子供の方も自分で育てる気がなかったので捨てていた。
 だが、なんとかして生きていたガキの方を探し出して、こうして掻っ攫うことに成功した。

 別働隊の仲間の方も、東洋人のガキを拉致するのに成功していた。
 残念ながらビビりの一人が勢い余って母親の方は殺してしまったそうだが。

「だが、悪くないアイディアじゃないか? 確かに今すぐ金にはならないだろうが、交配させて数を増やせば、金の生る木を手に入れたようなものだろう」
「……そいつらの世話は一体誰がするんだよ」
「「「………………」」」
 リーダーの言葉に皆黙ってしまう。

「分かったら大人しくこいつらを売るぞ」
「だが、本当に男のガキなんざ売れんのか?」
「変態の旦那方に売る。奴ら細かく注文つけてきやがったが、そっち(・・・)もイケるそうだ。都の地下街まで運ぶが、荷馬車を使う。手筈通りならそろそろ来るはずだ」
 リーダーの男は隣の部屋に移る。売り渡す際の書類などを確認するためだ。

「はぁー、気色悪いな全く」
「だが、その変態共のおかげで俺達はメシ食っていられるんだ。感謝こそせずとも、有り難く思うべきだな」
「違ぇねぇ……っておい、何処行くんだ?」
 仲間の一人が席を立ったので、声をかける。
「どうせ引き取り手が来るまで時間がかかんだろ。外でタバコ吸ってくる。ああ、息子には気を付けろよ。なんでもスラムで鬼人とか呼ばれているそうだ」
 息子を売り払おうとしている父親は、何の感慨も見せずにそう言った。
 そして、外に出て行ってしまう。
「……しかし俺らが言うことじゃないが、よくもまあ自分のガキを売っ払おうと出来るもんだな」
「言えてるな」


「ごめんください」
 その時、小屋の扉が開かれて、一人の少年が入ってきた。



……………………………………………………………………………………………………………………



「死んじゃえよクソ野郎」

 少年が誘拐犯の一人の喉笛に包丁を突き立てた。
 無防備なまま急所を切り裂かれた男は、たいした抵抗も見せずに崩れ落ちた。
 あれは死んだな。

 そのまま未だに痺れる体で状況を眺めていると、少年―エレン・イェーガー―はもう一人の誘拐犯に箒の柄に包丁を結び付けた槍のようなもので突き刺し、倒れたところを馬乗りになって滅多刺しにし出した。
「この……獣め!! 死んじまえ! もう起き上がるな! お前らなんか……こうだ! こうなって当然だ!!」

 野獣のような獰猛さでエレンは男を死に至らしめた。

「……もう大丈夫だ。安心しろ」
 そう言って私の隣に転がされていた少女―ミカサ―の拘束を解く。
「お前……ミカサだろ? オレはエレン。医者のイェーガー先生の息子で……あれ、そっちのは?」
 ここでようやく私に気付いたようで私の方に近づいてくる。

「私は……クラウド。クラウド・ジン。そこのお嬢さんと同じ理由で誘拐されていたんだが……」
 なんとか動く口を動かして受け答えをする。首から上は動いても、体は意思に反して全く動いてくれない。
「まだいたハズ」
 ミサカがポツリと呟いた。
「え?」

 部屋の奥から、リーダーの男が現れた。
 しまった、呑気に話している場合ではなかったか。薬が脳の働きまで鈍らせているのか?

 エレンは男に蹴り飛ばされた。
 そして首を絞められる。

 いかん、このままでは殺される。まだもう一人仲間もいたし、そちらも何とかしなくてはならない。
 だが、どれだけ念ずれども体はピクリとも動かない。
 どんなの薬を盛られたのか、全身が痺れるような痛みで指先一つ動かせないのだ。
 ……薬に対する対抗策なんて練っていなかったからな。
 やはり人間の敵は何時だって人間ということなのか。

 私が無様に床に這いつくばっている間にも、状況は刻々と動いていた。

 首を絞められるエレン。ミカサに発破をかけるエレン。その言葉で覚醒するミカサ。ナイフを握り締め、背後から男の心臓を一突きにする。そこで男は絶命。
 だが、ここが原作とは違うところ。
 まだ私の父親が残っている。

 異変を察知した父親が、扉を勢いよく開けて飛び込んできた。
「な!? お前らか!? お前らが、俺の仲間を!!」
「あぁうっ!?」
 覚醒状態は長くもたなかったようで、ミカサは私の父に簡単に蹴り飛ばされた。

 そして、周囲を見渡し、投げ捨てられていたエレンが使った槍モドキを手に取った。
「殺す……殺してやる……!!」

 これは不味い。
 私か? 私の所為か?
 私というイレギュラーがいた所為でエレンたちは危険な目に遭っているというのか?
 ……それは、ダメだ。
 私はなるべくなら他人に迷惑をかけずに生きていきたいと思っているんだ。
 食す人間も専ら罪人、犯罪者ばかりを狙うようにしている。襲う貴族様も、罪深き犯罪者共ばかりだ。
 まあ到底正義を名乗れはしないが、私は私なりに自分のルールを決めて生きている。そのつもりだ。
 そんな私が、主人公たちに迷惑をかけているだと?

 ……それは、ダメなんだよ。

 適応しろ。
 この環境に。
 生きなければ、人類は絶滅する。
 私は、生きるのだ。
 私という存在が、この世界に、受け入れられなければならない。
 生きる、の……だ!!


 体内に潜在する毒の種類は……麻痺毒。
 Naの透過性が抑制され、運動神経の伝導が阻害されている。
 C11H17N3O8系の猛毒と判断。
 全身の筋弛緩作用はこれが原因。
 頭部だけ無事なのは?
 ……無意識のうちに重大な損傷を防ぐために首から上の血流を操作して解毒している模様。
 ならば意識的に作用を促せば、すぐに行動も可能。
 全身に回った毒は容易には取り除けない。
 ……下半身だけ優先的に回復。
 ………………。
 解毒完了。

「ァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「なっ!?」

 間抜け面してミカサに切りかかろうとしていた父親に下半身の力だけで飛びかかる。
 上半身はまだ動かせない。
 だから、この場は口を使う。

「ガァッ!!」
「ひぎゃあ!?」
 剥き出しの項に咬みついた。
 そして。

「ぐるぁあああああああああああああああああらぁあああああああああああああああ!!」

 ブシュウ。
 盛大に血が撒き散らされる。
 父親は大きく項を削がれて一瞬で絶命した。
 
 

 
後書き
「I have a problem. I'm a cannibal.」
私にはちょっと問題があるんです。人喰いなんですよ。



<<現在公開可能な情報>>
主人公は完全に他とは隔絶した心理状態を持つ。協力者の爺さんのことなどは仲間だと思っているが、他のその他大勢の人間は食料に見えている。同じ人間相手でも、彼にかかればは実にシビアな線引きが為される。
某国人が犬を飼う傍ら、犬鍋を食えたり出来るようなものか。 

 

第五話 別離

 ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ。……ぺっ!
 口の中に入った髪の毛を吐き出す。
 他は食い尽くして私の腹の中だ。

 あー快感。
 私を虐げるクソ野郎共を、自分自身の手で殺す。
 こんなに楽しいことはない。

 ぶちぶちっ、ぐいっ。
 目の前で絶命しているクソの服をぞんざいに破り取り、顔面についた返り血を拭う。
 本当ならこのまま食人祭りといきたいところだが、流石に人目のあるところでそんなことしたらダメですよ。

「あー……無事ですか? 二人とも」
 ゴキゴキと首を鳴らし、周囲を見渡すと、先ほど私の父親に蹴り飛ばされた少女が突っ立っていた。その傍らでは首を絞められたため悶絶している少年も。生きてはいるみたいだが。
 ぱっと見た感じでは骨折や内臓破裂なんかはしていないみたいだな。まあ触診してみないことには断定できないが。



……………………………………………………………………………………………………………………



 あれから適当に話をしながら、憲兵団とエレン少年の父親の到着を待った。
 エレンは害虫を駆除したことで気が昂ぶっていたようだが、それももう落ち着いただろう。
 私は自分が貧民街出身の孤児だということや、今まで一人で生きてきたこと。今は商人に弟子入りして生計を立てている(表向きということになっている)ことなどを話した。考えてみれば私って今まで同年代の子供と会話したことがないんだよな。
 スラムで子供が生き残るのは難しい。食い扶持を子供が得るのはあの界隈では至難の業だ。運よく生き延びても、人狩りに駆られてオシマイだ。当然、私も捨て子には遭ったことはあるが、衰弱して今にも死にそうな子や、何処でやられたのか全身をケガだらけにして同じく死にそうな子しか会ったことはない。そんな子供たちを、延命させる手段は生憎私は持っていない。だから、まあ……介錯のつもりで、サクッと殺して食う。

 だから、私にとって同年代の人と話す機会というのは、貴重なものなのだ。

 ひとしきり会話をして二人が落ち着いた頃。
 私は二人に断って死体を埋めることにした。

「なんでそんな奴らのことを?」
 エレンは不思議に思っていたようだが、何、私も思いやりなんぞでこいつらを埋めるわけではない。
 見ての通り、この父親の死体は項を食い千切られている。
 誰がやったのか?
 無論、私だ。

 こんなもの見られた暁には、色々と面倒なことになる。お前は巨人の仲間だなんだの言われたくないからね。
 だから証拠隠滅。どうせ倦怠憲兵団さんは「ガイシャが無事。ホシは死亡。なら捜査終わり!」ってな感じで適当にしてくれるだろう。これは今後のエレンたちの為でもあるんだよ。
 誰が殺したか分からなくする。将来査問される運命のエレンたちの為に、私が泥をかぶるのも吝かではない。どうせ既に何百人と食い殺してきた外道なんです。今更前科の一つ二つ、どうってこたぁない。

『死ねば皆等しく塵芥に成り果てる仏さんです。生前人を売り飛ばすド悪党だろうと、死んだら敬って差し上げねばならんのですよ』
 と、まあ二人にはこう言っておいた。

 そしたらなんか知らんが、協力してくれた。
 神妙な顔つきで、黙々と作業を手伝ってくれる二人。
 私の言ったことは口から出まかせでも、何か心に響いたんですかね。

「よし……こんなもんでいいだろう」
 子供の体で大人を四人も埋めるだけの穴を掘るのは大変だった。
 まあ私は人外の身体能力を保持しているため、それほど苦にはなりませんでしたが。

「……ぁぁ…………」
 ドサドサドサ。生暖かい肉人形共に土をおっ被せる。

 一匹死に切れてなかったかもしれないが、二人は気づいてないみたいだし別にいいでしょう。


 と、上手い具合に埋葬が終わったところで大人たちがやってきた。

「エレン! 麓で待っていろと言っただろう! お前は自分が何をしたのか分かっているのか!?」
 イェーガー先生がエレンを叱責する。
「有害な獣を駆除した! たまたま背格好が人間と似ていただけだ!!」
 それには同意。
 人間なんて一皮剥けば血肉と糞尿の詰まった肉袋だ。そこに貴賤なんてのは本来存在しない。あるのは後付の設定だけだ。
「エレン!!」
「こんな時間に憲兵団が来ても奴らはとっくに移動していた! 憲兵団じゃ間に合わなかった!!」
 それにも同意。奴らすぐに移動する予定だったみたいだぜ。まあ私は薬が抜けたら縄を引き千切って、連中も紙屑みたいに千切り飛ばしてやることは出来ただろうが。

「もしそうだとしてもだ! エレン!! お前は運が良かっただけだ! 私はお前が軽々に命を擲ったことを咎めているんだ!!」
 すごい剣幕で叱られ、涙目になるエレン。
「まあそんなに彼を責めないでやって下さい。早く助けてやりたいという仁の心からの行動なんです。実際、彼がいなかったらミカサ嬢も私も都の地下街で変態の旦那方の玩具になっていましたよ」
 流石に命の恩人を叱られるままにするのは気が引けたので、助け舟を出してやる。

「君は……」
「クラウド・ジンと申します。貴方の息子さんに助けられました」
「君も君だ。子供だけで、もし何かあったらどうする気だったんだ!?」

 ……驚いた。
 こうやって真剣に何かを怒られたことってこの人生においてはあまりない。
 怒られて、心配されるなんて、貴重な経験だ。
 だがまあ私は既に囚われの身から行動したんだ。あれ以上状況が悪くなるなんてそうそうないと思うがね。だから私の行動には目を瞑ればいいと思います。

「ま、今は我々よりもミカサ嬢のことです。ご両親を失って傷ついておられるはずですよ」
「……あとで君の御両親にも話をするからな」
 それは無理です。一人は私の知らない時に死んでて、もう一人は私が手ずから食い殺したので。

「……ミカサ。覚えているかい。君がまだ小さいときに何度かあっているんだが……」
 私を矯正するのは後回しにするようで、先生は俯いてじっとしていたミカサ嬢に目線を合わせて話しかけた。
「……イェーガー先生…。私は……ここからどこに向かって帰ればいいの……?」
 茫洋としたレイプ目でボソボソ呟くミカサ。
「寒い……私にはもう……帰る場所がない…」
 確かに家族が殺され、帰る家がなくなったのはこの歳の子供にはキツイ現実でしょうな。
「……やるよこれ」
 エレンはミカサに自分の巻いていたマフラーを顔に巻いてやっていた。
「……あったかいだろ?」
 ぶっきらぼうだが、確かに温かさの感じる言葉を投げかけてやるエレン。流石だ。
「……あったかい……」
 じわっと涙目になる少女。
 その少女を受け止めてあげるエレン少年マジイケメン。
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 成程、フラグとはこういうものか。不躾な感想だが、いいものを見たと言わざるをえない。


 だが、クラウド・ジンはクールに去るぜ。
「あ、待ちたまえ! 君は、一体……」
「私の事ならお気になさらず。元より一人で生きてきた身ですので」
 そう言って、全力で足を踏み込む。
 流石にもう毒は抜けてきた。
 ……これは今後の課題ですな。

 さて、ささっ逃げ出し、あとは何時もの殺伐とした日常に戻るとしますかね。



……………………………………………………………………………………………………………………



 あれから数週間。
 私は情報網を駆使し、人攫い組織を潰して回っている。
 別に義憤に駆られたとかのアホみたいな理由は無い。
 出し抜かれた自分の間抜けさが我慢ならないだけ。


 蛇の道は蛇といいますし、連中はそこそこ色んな情報も蓄えていた。
 まあ世界の謎の確信に迫るものを得ることは出来なかったが。

 だが、面白い情報もあった。
 そこで手に入れた情報の一つに、「レイス家」に関わるものがあった。つまりはヒストリア嬢に関する情報だ。
 私の原作知識は12巻までなので、これは13巻以降のものだと思われるが、この情報は大きい。
 流石に今すぐに接触するのは不味いでしょうが、遠目に確認するくらいしたってバチは当たりますまい。

 私は行動を決意した。

 さあ、これは恐らく私の人生における転換点だ。
 世界の謎とやらは、いったいどんな甘美な味をしているのだろう。

 そこに立ちふさがるものがいるのなら、私はなんであろうと食い殺す。
 
 

 
後書き
<<現在公開可能な情報>>
クラウド・ジンの名前は王政府の発行する戸籍には載っていない。正確には既に死亡したとされている。そのため、生産者になる義務も兵士になる義務もない。
だが、自ら志願すれば兵士や生産者になることは出来る。 

 

第六話 邂逅

 夜陰に乗じてウォールシーナ内部に入り込む。本来壁の間の出入りは戦国時代の関所並の警戒網が敷かれているが、現状の人間の数で全ての壁を見張ることは不可能だ。
 ましてや、それが開閉部分でもない、なんの変哲もない普通の壁の部位となればなおさらだ。
 少々不恰好になるが、私は壁を伝って上ることが出来る。僅かな取っ掛かりもないほぼ垂直な壁だが、鉄を捻じり切れるくらいの握力を持つ私なら蜘蛛のように這いつくばって壁を走れる。
 義賊として活動する際は見栄えを重視して巻き取り用のワイヤー装置なんかを併用しているが、こうして誰に魅せるでもないのなら、ものの1~2分で50mもの壁を伝って上り切るのは簡単なことだ。

 到着したのはウォールシーナ北端の牧場。
 ここは貴族であるロッド・レイス卿の私有地で、ここでの生産の殆どはレイス卿が消費することになる。貴族の持つ私農場というのは大きく二つに分けられる。
 自らの食い扶持確保のための食用の農場と、売りに出す商品用の農場。自分の食う分と部下たちを養う分を生産したら、その余剰分で更に商品を作るのが一般的な貴族様の生活方式だ。
 貴族様というからには、やはり土地を持っている存在なわけで。
 彼らは部下たちに命じ日々の糧を黙っていても得られる特権階級だ。

 そんなレイス卿について私が得た情報というのが、『レイス卿が下々の女を囲っている』というものだ。
 始めは気にも留めなかったものだが、情報が集まるにつれて重大なことに気付いた。
 そこの女の一人が生んだ子供の名前が、「ヒストリア」というらしい。つまりはクリスタ嬢のことだ。
 まあ人の口に戸は立てられぬ。何処かから情報が漏れるのも致し方なし。使用人たちに悪いとこはないさ。悪いのはそれを利用しようとする人間、つまり私のような存在だ。


 確か12巻時点では彼女、クリスタ・レンズの本名がヒストリア・レイスというもので、壁の真実に迫るウォール教の関係者であるということぐらいしか分かってなかった。

 だが、あとは実際に見てみれば分かる。
 流石にこんな貴重な情報源を失う訳にはいかない。これはいつもの貴族狩りとは違うのだ。
 ともすれば王族共よりも貴重な存在が、このレイス家である。
 慎重に……慎重に……。
 時間はあと一年もないが。私はシガンシナ区にて超大型と見える予定なんだ。
 それまで時間が無い。
 慎重過ぎてもダメ。急いでも危険。
 まったくままならない。それが人生か。



……………………………………………………………………………………………………………………



 ヒストリア観察日記。その一。晴れ後曇り。

 彼女は情報通り孤独な存在らしい。
 祖父母からはいないものとして扱われ、日中他の誰と話すわけでもない。
 唯一表情を和らげるのは動物たちと触れ合っている間だけ。
 成程、原作で馬術に特に抜きんでていたのはこういった理由からか。



 ヒストリア観察日記。その二。一日中雨。
 雨で仕事のできない日は、彼女は家に籠って本を読んでいる。
 他にすることがないからか、ずっと家の中で黙々と本を読んでいる。
 そこに会話なんてものは、ない。
 子供時代に人と接点を持たないと人格形成に問題をきたすよ?
 彼女大丈夫かね。



 ヒストリア観察日記。その三。快晴。
 彼女はなるべく仕事以外で外に出ようとしない。
 他の子供たちのいるところに出ると、石を投げつけられるからだ。
 これは推察だが、恐らくその子供たちは親からなんか色々聞かされているんだろうな。
 妾の子なんて、虐められる絶好の存在だ。だから、彼女は領地に籠って晴れの日だろうと動物と戯れる以外の時間は本を読む。



 ヒストリア観察日記。その四。曇天。
 対象に動きが出た。
 謎の人物が接近したのだ。
 長い黒髪の綺麗な女性で、どことなくエレンに似ているような。
 彼女は始め、ヒストリアと初対面のような接し方をしていたが、頭を近づけ何事か呟くことでそれは変わった。
 彼女は「お姉さん」として、まるでいつも話をしていたかのように会話をし始めたのだ。
 そして、一通り会話をし終わった後は、またしても頭を近づけ何かをし、去っていった。後に残ったヒストリア嬢が発した言葉が、「誰だろう、あの人」だ。

 やはり巨人化以外にもこの世界には何らかの『能力』が存在する。
 それがアレだろう。おそらく記憶の支配か何かか。
 人間の思考や記憶に作用させる能力となれば、私のようなものが思いつくことは電気系の能力者あたりが出来そうだな、ぐらいだ。
 まあ仕組みや理論なんざどうでもいい。現にヒストリア嬢は何らかの操作をされているのは明白なんだ。

 出来ればそんな能力は欲しいものだが。
 そう言えばユミルは巨人化の能力を「奪った」と言っていたな。それに、エレンの記憶では父親に怪しいオクスリを注射されて記憶の混乱が……あ。
 ()()()()()
 ……ということはこれも巨人化の能力の一端に過ぎないのか?
 ソレが他者に及ぼせるというだけで……。

 ……ああ、やめやめ。
 難しい話は苦手だ。
 私にできることは喰らうことだけ。

 で、あれば彼女を食ってみたいが……

 ……影響が計り知れん。流石に危険すぎるか。

 まあいい。次だ。



 ヒストリア観察日記。その五。うだるような暑さの晴れ。
 まあ考えても仕方ない。ここは一つ博打に出ますか。


「「あ」」

 ヒストリア嬢と私の声が重なる。

 うじうじ考えるのは面倒だったので、誰も周囲にいないことを確認してヒストリア嬢と接触することにした。

 農場の人間は彼女に近寄らないし、謎の黒髪の女も一定の周期でやってくる。今日はその女は来ない日だ。よってこの場には私と彼女の二人しかいない。今のこの瞬間は彼女を普段気付かれずに監視している壁教の連中もサボっているのは把握済みだ。大方普段からずっと本を読んで全く動かないから安心しちまったんだろうな。


 彼女の前に身を晒す。今の私の恰好は多少小汚い一般の子供といった感じだ。


「「………………」」

 しばし無言になったら、じりじりと彼女は後退し始めた。

 そして、私にこう尋ねてきた。
「……私を、虐めないの……?」
 恐らく、彼女にとっての他の子供というのは石を投げつけてくる存在でしかないから、全ての子供たちも皆一様に自分を攻撃するものだと思っているのだろうな。それで、一向に自分を攻撃してこない私を不思議に思ったのだろう。

「……虐めて欲しいのか?」
 ここは敢えて奇をてらった回答を。
「そ、そんなことないけど……」
 彼女としては初めてまともに同年代の人間と会話をしたからだろう。おっかなびっくりと言葉を選んでいる。

 ぐきゅるるるる。私の腹の虫が唸りを上げる。

「……あー……食い物を恵んでくれないか?」
「え……? あ、あの……お昼の残りなら……」
 そう言って懐に入れていた食べかけのパンを差し出してくれる。

「ありがとう」
 差し出されたそれを有り難そうに頂く。

 食べ終わるまで、彼女はじっと私の事を見続けていた。
「……お嬢はいつもここで本を読んでいるな。外に遊びに行かないのか?」
「!! ……私が行くと、みんなが石をぶつけてくるもん……」
 目を伏せ、悲しそうに言う。
「あー、そいつは失礼」

「あの……貴方は、私を虐めないの?」
 再度尋ねてくるヒストリア。
「……そうする理由がないな。何せ食い物を恵んで貰った恩人だ」
 そこで彼女のことを見つめる。
 絹糸のような流れる金髪。大きく愛らしい碧眼に、可愛らしい顔立ち。体つきはまだ子供のため寸胴だが、それがイイという奴も世の中にはいる。
 成程、彼女が天使だ女神だと後に言われる理由が分かる。見た目は間違いなく私が今まで見た中で一番の上玉だ。

「ふむ……そうすると、アレですか。貴方は一人ぼっちなんですか?」
「……そう、ね。確かに、私は一人。親の愛も知らないし、友達もいない……」
「ふん。ならこうしましょう。私と友達になって下さい」
「……え?」

 手を差し伸べて、相手の目を見据えてはっきりと宣言する。
「私の名前はクラウド・ジン。しがない孤児ですが、どうか私と友達になって下さい」
 
 

 
後書き
<<現在公開可能な情報>>
主人公の経営する商会が行う貴重品目の販売として、農園に存在する山から採れる岩塩や、人体の塩分を精製して作った塩などがある。無論出所は秘匿されている。 

 

第七話 南区

 それからは特に目立ったこともなかった。
 ヒストリアとは友達になれたが、私の事を口外せぬよう固く言いつけておいたからだ。
 件の黒髪の女性にも言わないようにしてくれるか心配だったが、取り越し苦労だったらしい。少なくとも私が監視している間に何か言われることはなかった。

 ヒストリアとは、私が外で経験したことを離して聞かせたり、他所から持ってきた木の実なんかを一緒に食べたりと、まあまあ普通の付き合いをした。
 それもこれも彼女が後の原作で重要な働きをするからという打算の元だが。

 何にせよ、彼女はよく笑うようになった。
 いつも決まった時間に彼女と会うようにして、彼女が周囲に誰もいないと確認したら指笛を鳴らす。それを合図に私が出てくると、彼女はまるで子犬のように喜色満面で近づいてくる。
 可愛いものだ。
 こんな可愛い彼女が、将来凄惨な運命を背負っているだなんて、この世はやるせないね、まったく。



 そして、月日は流れ845年。
 私はあることを彼女に告げなくてはならない。

「ここから出ていく……?」
 彼女が絶望的な顔をして縋り付いてくる。
 こんな顔をさせるのは心が痛むが、これも必要なことだからね。
「ああ。私は孤児なんで、基本的に自分の食い扶持は自分で稼ぐようにしているんだが……シガンシナ区の方で、私を雇ってくれるって人がいたんだよ。この歳で稼ぎが出来るのはかなり有り難いことでな? 私は、それを受けようと思っている」
「そ、そんな! 行っちゃやだよ、クラウド!!」
 目に涙を浮かべ、抱き着いてくるヒストリア。

「……何も、今生の別れってわけじゃないんだ。また、会えるさ。それまで、待っていてくれ」
「……本当? 本当に、また会える?」
 うるうると上目づかいでこちらを見てくるヒストリア。これを天然でやるから恐ろしい。
「ああ。そうだな……私は、少なくとも847年に南地区の兵団に入団しようと考えている。ヒストリアが将来何をするか、出来るかは分からないが、もし兵団に進むのならそこでもう一度会えるはずだよ」
「……分かった。私、兵士になる! 待っててねクラウド!」
 決意を込めた瞳でこちらを見返すヒストリア。誘導したみたいで申し訳ないが、これも一つの運命みたいなもの。

「……これをやろう」
「これは……?」
 私の右腕につけられていたブレスレッドを手渡す。
「お守りだ。きっと私たちが再開できるようにってな。貰ってくれるか?」
 まあ言わないけどこれって人骨で出来てるんだよね。父親の骨で作ったの。肉親の骨で作られた呪具って強力なお守りになるらしいからな。言わないけど。
「わ、私……ずっとつけてるよ! 肌身離さず! だから、また会おうね?」
「ああ。約束だ」

 二人で指切りをして、約束する。

 いつかまた、二人で話せるように、と。


「クラウド……ちょっと屈んで……」
「ん? こうか……?」
 何やら思いつめたような顔をして、グイッと背伸びをして……。
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 !!
 唇が、触れた。

 触れ合うだけの、子供のキス。

 顔を真っ赤にしてうるうるとしているヒストリア。可愛いなクソ。

「それじゃ、またね!」
「……ああ、また」

 後ろを振り返らずに、駆け抜ける。

 激動の時代は、すぐそこに来ている。



……………………………………………………………………………………………………………………



 私はシガンシナ区にて居を構えた。部下のアサドがここに家を買ったらしくて、そこを拠点とさせて貰った。
 ここで、レストランでも始めることにした。

 名物料理は山クジラのフルコース。
 無論この世界にクジラなんていないが、それはまあ気分だ。
 一応解説すると、私の前世では江戸時代には庶民は肉を食えなかった。だが、喰いたいものは食いたいもので。
 そこで肉の隠語とされたのが、山クジラだ。クジラなら、当時は魚の部類ということにされていたので、喰っても問題はなかった。そして、イノシシの肉なんかを山クジラだと偽って市場に出したのだ。これは山で獲れたクジラだ、という屁理屈にもなってない暴論だが。

 まあ何が言いたいかというと、ここはシガンシナ区端でひっそりと上客相手に法外な値段で山クジラ()料理を振舞う違法料理屋ってことだ。
 お偉いさんの本当の一番上の奴らには、一人ずつイノシシ一頭丸ごと進呈したらあっさり掌反して擦り寄ってきた。だから、ここは公然の秘密となっている。
 わざわざ内地から貴族様もやってくるぐらいだ。
 やはり秘伝の醤油たれが決めてか。


 今日も違法料理屋さん『スウィニートッド』は繁盛してます。
 まあ普通の客もかなり入るからな。
 この地域では珍しい発酵食品をメインに出していて、持ちかえりも出来るから、食事時になると中も外も大忙しだ。
 調味料として、味噌やら醤油やら、色々出している。


 まあここで行動の基盤を作ったのは、勿論()()()の現場に居合わせるためだ。超大型巨人の襲撃。それがいつなのか正確な時期は分からなかったので、仕方なくこの一年は此処で生活することにした。
 幸いにしてここは開閉門の近く。本当のシガンシナ区の端っこだ。まあここぐらいしか安い土地はないってのも理由だろうが。

 さあ来るなら来い。私の悪意で貴様ら巨人ども全員、食い殺してやる……!!


 っと、客が来た。切り替えなくては。

「いらっしゃいませ」
 お辞儀をして、客を出迎える。
「何名様ですか?」
「四人だ」
「カウンター席がよろしいでしょうか、それともお座敷がよろしいでしょうか?」
 この店は、壁の中では珍しいというか唯一座敷の席がある店だ。これも前世の知識によるものだが。
 靴を脱いでゆったりと寛いで貰う、というのが存外に受けたので、やらせて頂いている。
 そう、この店は色々と私の前世の知識が動員されて「あぁ―――――――っ!!」なんだ?

「お前! あの時の!!」
 そう言って指をさしてくるのは、なんとエレン少年ではないか。
「ああ、あの時の。体は無事だったか?」
 なんだ、偶然といえば偶然だが、まあここにきてもおかしくはないか。
 なんせウチの店はかなり流行っている。
 シガンシナ区でウチの名前を知らないなんて、そりゃモグリですぜ。

「はい、それでは四名様ご案内」
「ちょっと待てって!」
 グイッと引っ張られる。なんだ? 見ての通り忙しいのだが。
「お前! あの後どうしてたんだよ!? 父さんがあの後探したけど、クラウド・ジンなんて名前の奴は何処にもいないっていうしさ!」
 そりゃそうだ。みなしごである私は、正式な戸籍なんて持ってないからな。

「まあそれは席に案内してからな。はい四名様お座敷にご案なーい」
 何か言いたそうにしているエレン以下四名を引き連れて、席に案内する。


「で? 何か聞きたいことでもあんのかい?」
 アサドに休憩を申し出てきて、イェーガー一家の席に向かった。
「あ、コレサービスの鯉のカルパッチョ。生で食べる川魚というものをどうぞご賞味下さい」
 すいっと一皿鯉料理を追加してやる。
「あ、これはどうも」
「いえいえ。今後とも御贔屓に」

 ご両親とのほほんと会話を楽しむ。
 接客業で対人スキルは格段に磨かれてきた自信があるね。

「話を聞け―!!」
 はっはっは。エレン少年が叫b-

 !?
 ぅおう、ビビった。
 なんか一瞬凄い殺気が……。
 ……考えなくても分かる。ミカサ嬢だ。

 どうやらエレンを玩具にしたのが気に食わなかったようで。

「エレンの話を聞け……」
 凄い睨んできた。
 可愛い顔が台無し。

「ハイハイ、それで、なんだっけ?」

 この日、私の二回目の人生で二度目の友達が二人出来た。
 
 

 
後書き
<<現在公開可能な情報>>
違法料理屋スウィニートッドは、肉料理を提供するという裏の顔と、更にごく一部の人間にしか提供しない極秘料理を提供するという秘中の役割がある。憲兵団の上層部や、貴族の多くの御用達であり、訪れる客は多い。 

 

第七.五話 食人

 
前書き
マジキチ注意。

グロ注意。 

 
 人肉は不味いと言う人がいるが、食べたこともないのに偏見で物を言っちゃだめだよ。
 確かにアンモニアを含む人体は放置すると人間の味覚では渋いと感じる上に、臭みも強くなる。おそらく同族食いを禁忌とさせるために、生物に原初の段階で備わっている自浄機能のようなものなのだろうか。同族を食う生き物は、あまり多くない。何故なら美味しくないからだ。

 まあそれはさておき、私は人肉大好きなのだ。だってこの世界で肉はあまり頻繁に食えないのだぞ。なら身近なお肉を採集するしかないではないか。
 そんなわけで私は人肉の調理方法など試行錯誤しおいしく食べられるよう苦心してきた。


 私がまず初めに試したのが、生で食べること。それに調味料を加えてやれば実に食卓に彩りが溢れることだろう。
 血抜きをし、薄くスライスした肉をわさび醤油でいただく。ニンニクにだし醤油も可。
 馬刺しのような独特のクセがあって大層美味かった。これも、捌いてすぐに食べたからだ。
 人肉は確かに死後放置するとアンモニア臭で食えたもんじゃなくなる。だが、要はそれを気にしなくなる方法をとればいいのだ。
 その方法の第一が、殺してすぐに食うことだ。人体に限らず死後アンモニアが循環し食えなくなる生き物はいる。つまり殺してすぐに食べれば臭みが少なくて済む。
 こうすれば肉が臭みを持つ前に食べられるので、すぐに食べる場合は手っ取り早いお刺身がオススメ。


 次の調理法は、「醢」、ししびしおと呼ばれる中国伝統の調理方法。
 刻んで干して麹や荒塩と混ぜて、酒で付け込んで保存しておき、何カ月か置いておくといい味に仕上がる。いわゆる塩辛だな。
 古くは孔子の高弟・子路が衛で憤死を遂げた後、殺害者たちの手によって醢にされている。それを伝え聞いた孔子は、家に備蓄されていた醢を全て捨てさせたという。この捨てた醢が何肉かは興味深いところである。
 塩辛にすれば他の多くの塩辛にする食べ物と同じように食べれる。臭みも気にならない。白いご飯の上に乗っけてジューシーな肉汁と塩気でご飯をカカッとかきこむ。他におかずがいらなくなるね。
 それに何より保存が効くというのが嬉しい。
 ビン詰にして内地の倉庫に大量に保管してございます。


 次の調理法が「羹」、あつもの。煮こんだもの。いわゆる肉鍋。人肉しゃぶしゃぶとかだ。
 中国の秦末漢初に多く見られる調理法。史実では高祖の配下が何人か煮殺されているが、せっかく煮込んだものを無下に捨てるような人種ではないので、まあ食べたことでしょう。中国人って合理的な考え方してるからね。
 実際、高祖と項王との問答の際、「お前の親父を煮殺すぞ」と脅された高祖は、「お前とは以前義兄弟になっているから、俺の親父はお前の親父だ。それでも煮るなら後で俺にも一杯分けてくれ」と言い返している。単に高祖が親不孝でお調子者なのだという疑念はなきにしもあらずだが、それでもこの台詞は、煮たら食うものだ、という前提がなくては出て来るものではない。半端ねえですわ中国人。
 ちなみにこの調理法では、あらかじめ下準備が必要だ。さっきも言ったが、人肉は死後放置すると臭みが酷くなる。ホンオフェみたいなそれを売りにする食べ物ならともかく、一般人はそんな臭みの強い物は敬遠する。
 だから、臭みを消す為にまず人肉を酒や牛乳、果実のスライスなどに漬ける。こうすれば肉も柔らかくなるし、日持ちもするし、臭みも消えるしで一石三鳥。
 私が好きなあつものは、すき焼きだ。この世界において週六でしゃぶしゃぶやすき焼きを食える私は間違いなく勝ち組。


 次が干物や燻製だ。
 これも保存が効くし、何より本来とは違った味が楽しめるし、携帯に便利だ。
 燻製は燻す際のチップが何なのかによって味が変わる。
 私の一番のお気に入りは、巨大樹の若木を使った燻製だ。本当にこの木はどんな出自の何なのか、全く分からんが、少なくともよく燃えるし、燻製に使うと芳醇な香りと深いコクが引き出される。


 史実としては、こんな説話がある。
 萇從簡は後唐・後晋に仕え、節度使上将軍にまでなったが、密かに民間の子供をひっさらっては食べるという、誘拐殺人の常習者であった。元々が屠殺業者であったからその習慣が抜け切れなかったなどと言うが、そうゆう問題ではないだろう。
 宋の王彦升は、宴会の際に胡人の捕虜から耳を引き千切って酒の肴とした。捕虜は血だらけになり泣きわめくのだが、彦升は一向に介さず、平然と談笑を続けること数百回という。中国の数百回等の数字を一々信じ込むことはできないが、それでも宴会の際の慣例となっていたようだから、かなりの回数行ったのであろう。

 しかしこういってはなんだが、実のところこれらの例は一部の異常嗜好者の奇行であって、こんなものをいくら挙げたところでただの与太話にすぎない。これを以て中国人は人食い民族などと考えたのでは単なる偏見である。これらは、その史書の中に五行志などを設け些細な怪異をも載せている、記録好きな性格をこそ証明するものではあっても、決してそれ以上のものではない。



……………………………………………………………………………………………………………………



 今日も今日とてスウィニートッドの店番をする。
 私が店員をするのは週三回程度だが、その日は特別な商品を提供している。
 私が店頭に立っている時だけ出される、スペシャルなお料理が裏メニューであるのだよ。
 無論、表向きは山クジラがこの店最大の裏商品であるが、それよりも珍しい、私の御めがねに適った人物にだけ提供される闇の料理。
 それが、「両脚羊」の料理だ。

 両脚羊とは、要するに人肉の隠語だ。
 それを大っぴらに言ったりはしないが、貴族様で常連のお客様には、何の肉か秘匿したうえでお出ししている。
 かなりご好評で、リピーターが何人もついたくらいだ。

 うんうん。やはり私の調理技術の御蔭か。
 お値段も据え置きで、といきたかったところだが、そうしたら人狩りを頻発させなくては材料を確保できない。だから多少お高めに設定してある。
 まあ美味いもんは美味いんです。密かに大人気。

 さあ皆さん一度は我がスウィニートッドへお出で下さい。
 極上の肉料理を振舞いましょう。


「いらっしゃーい」
 おっと来店だ。ふむ、初めて見る顔だな。
「座敷で頼む。大変申し訳ないが(・・・・・・・・)煙草は吸えるか?」
「申し訳ございません、当店全席禁煙となっております」
「そうか……仕方ないな。非常に恐縮だが(・・・・・・・)酒はあるか?」
「ええ、ございます」
「分かった。なら一番いいのを出せ」
「かしこまりました。四名様ご案内です」
 やって来たのは見るからに金を持っていそうな貴族様。そして先ほどの会話は符牒になっている。
 誰に聞いたのか知らんが、先の一連の会話をしたら、裏メニューをお出しすることになっている。どうせ貴族様の横のつながりで知ったんだろうが。
 まあ貴族ってのは見栄を命より大事にする輩だからな。他の貴族が食べてて、自分が食べたことが無いってのは我慢ならないんでしょう。
 なんせご禁制のお肉だ。見栄がなくとも食いたいだろうね。

 ま、お客様はお客様だ。
 ウチでは全ての客を同等に扱っている。
 たとえ王侯貴族だろうとウチでは偉い顔が出来ん。
 もし横柄な態度を取ろうものなら、ミンチにして焼いてハンバーグに変えて客に振舞ってやる。


 さて、予想通り肉料理を要求してきた。それも最上級、つまりは両脚羊を。
 知らないって怖いねー。
 まあいいや。腕によりをかけてお作りしましょう。



 まずは前菜。
 用意しますは山芋。こいつは農場で見つけた外来種だ。つまりはウチの系列でしか扱っていない希少品である。
 それと人肉の二の腕部分。アルバート・フィッシュ氏も一番美味いのはここだと言っていた。
 あとは山菜と山葵と油など。
 筋を取り、一口サイズに切り分け下ごしらえをした肉を、革袋(当然のように人の皮をなめして作った)でよく揉んでおく。
 皮を剥いた山芋を1cmの輪切りにし、フライパンで両面熱する。
 そしてささみのようなコレを焼き、蓋をして蒸し焼き。しっかり火が通ったのを確認したら、山芋の上に刻んだ山菜を乗せ、肉を乗せる。
 これで「人肉と山芋のカナッペ仕立て」の出来上がり。



 続いてスープ。
 まずは脛の肉を油に浸したものを用意。この時点でかなり柔らかくなっている。これを筋に逆らわずにある程度の大きさに切る。
 そして大根と大根の葉。大根は短冊切りにし、葉は適当にざく切りにする。
 まず肉と大根を煮込む。沸騰したら塩コショウ、秘伝の出汁汁を加え、大根が軟らかくなったら葉を入れて少し煮込めば完成。
 「大根と脛肉のスープ」の出来上がりだ。


 次はコース料理の作法に則ると、魚料理なんだが、これは両脚羊のフルコースだ。よって次に出すのはこれ。
 肩肉をスライスしたものに、レモン汁、醤油、味噌、アボガド、酢を混ぜて作ったソースを振りかける。
 「肩肉のカルパッチョ」の完成。


 そしてメインの肉料理が二品。
 腰回りの肉、即ちサーロインを用いてすき焼きにする。
 用意するのは白菜キノコ長ネギ葉野菜にウチで作っている豆腐、白滝、そして肉。
 まずキノコと鶏がらで出汁をとった和風ベースの出汁に、醤油とみりん、酒を入れて軽く煮立たせ割り下を作る。
 肉を焼き、野菜を入れて割り下を投入。あとは溶き卵でおいしく頂けば、「すき焼き」出来上がりである。

 もう一つ肉料理。
 もも肉を針で刺しまくり、叩いて柔らかくする。
 そしたら革袋に入れて、酒と旬の過ぎたオレンジを刻んで入れる。それを冷暗所で二日ほど置いておく。
 それを取り出したら、水で軽く洗い流し、塩コショウ、各種ハーブにニンニクを刷り込む。
 オーブンで30分ほど焼く。
 その間に赤ワイン、醤油に酢、生姜、ニンニク秘伝だしの粉末、三温糖、ハーブ類を鍋に入れ、沸騰寸前まで温める。最後にセロリ、玉ねぎを入れ、焼きあがった肉と一緒にッ革袋に詰めて半日置く。
 これを薄くスライスしたら「もも肉のローストビーフ」の出来上がり。


 最後のデザート。
 ゼラチンって何から作られるか知ってる? そう、動物の皮膚や骨、腱などの結合組織の主成分であるコラーゲンに熱を加え、抽出したもの。タンパク質を主成分とするものだ。
 なら人由来のデザートがあってもいいじゃないですか。
 鍋に卵、牛乳、蜂蜜を入れ、弱火で煮立たせる。沸騰寸前で火を止め、ゼラチンを入れ生クリームとあるものを入れる。
 そのあるものとは、脳内麻薬がビンビンに出た状態で抜き出した脳髄から抽出した「快楽成分」。甘い香りがする。他にも口にすると多幸感が得られます。
 それらをザルで漉し、冷暗所で冷やす。
 固まったら、「滑らかプリン」の出来上がり。



 これぞ私、クラウド・ジンがお送りする両脚羊のフルコースだ。
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後書き
<<現在公開可能な情報>>
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主人公が経営するレストランや商会は、「何処から商品を仕入れてきているのか分からないが、みかじめ料を多額支払ってくれるので黙殺」されている。 

 

第八話 友人

「そーら、リアル高いたかーい」
「「「ひぎゃああああああああああああああ!!?」」」
 私が放り投げたことにより、少年たちが天高く舞い上がる。
 無論翼など持ち合わせぬ彼らは、太陽にその蝋で出来た翼を焼かれたイカロスの如く自明の理で最高点まで達した後は地面へと一直線。
 ドスンドスンドスン!!

「ガハッ!! ゲホッ!!」
 背中から激しく地面にぶつかった彼らは、肺の中の空気を弾き出され、一瞬呼吸困難に陥る。
 そしてそんな風に隙だらけのところを指をくわえて見ているのは勿体ない。

「ちょうどいい位置だ」
 ゴシャッ!!
「ぎゃあっ!?」
 地面に這いつくばる彼らの顔面を蹴りあげる。いい具合に踏み込みと同時に蹴り込むことで吹っ飛ばせる位置だ。
 無論私が本気で蹴ったら身長が頭一つ分縮んでしまうから、相応に手加減はするが。

「や、やめ……」
 少年たちが涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で許しを請う。
 む、まだ意識があったか。
 手加減は難しいな。
 まあ確かに遊び過ぎたか。正味30分も甚振り続ければ普通は根を上げる。

「犬神家!!」
 グシャ! ドシャッ! ズドン!!
 面倒なので全員地面に埋めて身動きをとれなくしてやる。
 いじめっ子たちは頭を地面に減り込ませて沈黙した。
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「さて、立てるか少年」
「ひっ!?」
 腰を抜かして震えている少年に手を差し出したところ、ビクッと怯えて後ずさった。
 おいおい傷つくな。私はただ義憤に駆られていじめられっ子を助けようとしただけなのに。

「繊細な少年としてはいたく傷つく話だ。そうは思わないか、エレン?」
「……お、おお。なんだお前後ろに目でもあるのか?」
 背後を振り返らずに、そっと近づいていたエレンたちに話しかける。
 この程度の技巧、四六時中巨人の住まう壁外で一か月も生活すれば簡単に身に着くよ。

「もしかして彼が?」
 未だ怯えて私を警戒している金髪の少年。彼がおそらくエレンの親友だというアルミンだろう。
「ああ、アルミンだ。アルミン、こいつが前言った料理屋のクラウドだ」
 エレンが紹介してくれる。
 流石にそうしたら幾分か警戒心を下げてくれたが、未だチワワみたくプルプル震えている。
 そしてエレンとミカサの陰に隠れ、潤んだ瞳でこちらを注意深く観察している。その庇護欲をそそる振る舞いは、狙ってやっているんなら大したものだ。
 可愛いなクソ。だが男だ。

「はじめまして、アルミン。私はスウィニートッドのクラウド・ジンだ。以前ちょっとした縁でエレンたちと知り合ってね。そしてこのシガンシナで再会したのさ」
 正直自分から彼らに接触するのはもう少し後だと思っていたからね。こうして交友を持てたのは嬉しい誤算だ。
「ま、色々あって意気投合してね。友達になったのさ。そんで友達の友達は友達ということで。私と友達になってくれないか、アルミン?」


 友達ってのはどうやって作ればいいのだろう。
 私は前世では気が付いたら友達が出来ていたクチだからな。
 友達になって下さい。はい分かりました、は少なくとも一般的な友人の作り方ではないだろうけど。
 まあ河原で殴り合って漢の友情を確かめ合うというのも魅力的ではあるが。

 こうして面と向かって宣言しなくても、気が付いたら一緒にいる。それが友達ってもんなんじゃないのかね。
 だがそんなのは濃密な時間を一緒の空間で過ごした時に得られる場合だろうが。
 こんなファンタジーな村社会でどうやって友人関係を構築すればいいというのだ。
 普通子供たちが一緒の空間を共有するという学校も、精々訓練兵団があるくらいだし。

 だがまあ何の因果か、エレンたちと友誼を結ぶことが出来たのだ。これは幸いだ。



……………………………………………………………………………………………………………………



「で、今日は見せたいものがあってだな」
 一同を私のシガンシナ区での居住区である賃貸住宅に招待した。広さは四畳半ほど。家具は殆ど置いていない。必要な仕事道具は店に置いてあるからだ。

 そこで、周囲を探り、誰の目もないことを確認しあるものを見せる。
「これだ」

 取り出したのは一冊の本。
「……なんだ、これ?」
「……図鑑……?」
 持ってきたのは植物図鑑だ。それもかなり特別な。

「……これは!!?」
 パラパラと本を捲っていたアルミンが、あることに気付く。
「こ、これ!! もしかして昔の本!?」
 興奮した様子で顔を近づけてこちらを問いただすアルミン。
「そうだ。それも、()()()()昔のな」

 これは農園に残されていた昔の世界の本だ。
 要するに、壁が出来る前のもので、壁の出来る前の世界に存在していた植物について書かれている。残念なことに植生地域、分布などまでは書かれておらず、簡単な生態を記しただけのものでしかなかったが。それが記されていればこの世界について多少なりとも分かっただろうに。
 まあそれでも、持っていれば憲兵に咎められるかなり貴重で重大な代物。
 大分痛んでいるが、なんとか現物のカタチを残して現存していたのはかなり貴重だ。

「聞いたぜエレン、アルミン。君らは将来調査兵団に入って外を探検したいんだって?」
 まったく壮大な夢だ。この閉塞した世界でよくもまあそんな大志を腐らずに抱けたものだ。
「……そうだけど。なんだよ、お前もバカにするのか?」
 おいおいエレン、お前は一体どうしてそんなに喧嘩っ早いんだ。
「アホか、そんなこと言ってないだろ。私が言いたいのはね、エレン。私もその話に一枚咬ませて欲しいということだよ」
「「「えぇっ!?」」」
 三人が驚く。というかミカサは本当に喋らないな。

「このまま鳥かごの中で家畜のように生き永らえるだなんて、私には耐えがたい屈辱だ。私は将来、巨人どもを絶滅させ、自由に壁外を歩き回りたい」
 出来るはず。世界の真実さえ手に入れば、巨人どもを一匹残らず地上から消し去ってやることも可能。私は、そう信じている。

「だから、エレン。アルミン。私を仲間に入れてくれ」
 私の懐くたった一つの本懐。それは、「生きる」ということ。餌を与えられる雛鳥のように飼われる温い平穏なんて、私は求めちゃいないのだ。

「お、おお!」
「うん! よろしく、クラウド!」
 二人と固く握手をする。
 こうしてこの日、生涯の友となるエレンたちと、本当の意味で友人になった。


「……むぅ……」
 あ、ミカサは外に行くのに反対だそうで、終始ムスっとしてました。



……………………………………………………………………………………………………………………



「オーライオーライ。はい止まってー」
 目の前で大量の商品を積める大容量の荷馬車がピタッと止まった。
「はーい、そんじゃ書類仕事はこっちでやっておくんで、皆は荷を積んじゃってください」
「「「ウース!!」」」
 野太い益荒男たちの返答が力強く返ってくる。

 ここはウォールローゼ南区の狩猟地域だ。
 今日はここに商品の買い付けにきた。


 我々「ビーンストーク商会」は、基本的には高級品の少数高額販売で細々と大口の客を掴むのが基本方針だ。他にはまあ、壁の中にはないということで希少価値の高いものを売りさばくという主な商売以外にも、本当にちょろっと普通の商品も扱っている。
 系列展開している「スウィニートッド料理店」は殆ど部下のアサドと私の趣味でやっているようなものだ。まあ売上は小遣い稼ぎとは言えぬほどの莫大なものになっているが。当然、やるからには全力で。それがモットーですよ。

 で、何故普通の商品も扱っているかというと、それはカムフラージュのためだ。
 ずっと外から商品を仕入れ続けたら、流石に「あの商会はどこから商品を仕入れているのか」ということが問題になる。
 だから、周りの目を誤魔化すために普通に真っ当な商売もしている。販路を拡大し何処でウチの秘密商品を確保しているのか分からぬようにするのが目的である。
 当然失敗せぬよう堅実な取引ばかりだが。

 今じゃ望んでいないのに商会は随分大きくなった。
 嬉しいことだ。

「さて、ブラウスさん。書類の方を「クラウドー!!」へぐぇっ!?」
 背後から誰かが飛びかかってきた。気付いてはいたが。
「……サシャ」
「もう、クラウド! ウチ、ずっと待っとったんに、全然来ぃへんやから!」
 仰向けに地面に転がった私に馬乗りになっているのは、サシャ・ブラウスだ。
 このダウパー村出身の、狩猟民族。食欲が旺盛過ぎるのを除けばかなりの上玉であるが、如何せんこの狭い世界。食料は限られている。
 慢性的に空腹を抱える彼女に僅かにシンパシーを感じた私は、以前この村に来た時に食料を分け与えた。
 そしたら犬のように懐いてくれまして。
 今じゃ別に食べ物をあげなくてもこうして抱き着いてきたりする。

「隊長、ここは俺がやっておきますので、ブラウス嬢と話してきては?」
 部下のアルが進言してくれた。
「いやね……それはどうだろう」
 このキャラバンの代表として、隊長として、商会の影のボスとして、仕事を放って遊んでいるのは駄目だろう。

 ちなみに私の商会で用意した身分は、商会の表向きのボスであるアサドの補佐。相談役、副代表だ。
 まあ実質は私が全て仕切っているのだが。


 ……食いてぇなぁ……あいつらのこと。
 身近な人間のことをたまに無性に食いたくなる時がある。
 勿論二の腕とか太ももとかの多少切り取っても命に影響はない部分ね。流石に殺すつもりはないからね。
 全部食ったらその人間の全てを手に入れられる気がする。
 実際知識や技能は簒奪できているわけだし。
 魂さえ我が物に出来る気分になれるんだ。

 ふぅむ……普段巨人を食っているのは、未知への探究心と巨人への憎しみが少なからずあるからだが……つまり再生出来る鎧、女型、超大型は食っても問題ないのではないか?
 これはいい。
 良し、先の事はまだ分からないが、彼らと仲良くなる未来も無きにしも非ずだな。
 そして仲良くなったその後。食べさせて下さい。貴方たちのお肉を。

 閑話休題。

 私は自分に与えられた仕事は粛々とこなす。
 友人と話すのは後で出来る。

「いや、先に仕事を終わらせるよ。……パパっとね」
「成程。分かりました、ブラウス嬢のためにも手早く済ませましょう」
 何を言うか。
 何だその「分かってますよ」、みたいな顔は。


 仕事を終わらせ、荷物の積み込みが終わるまでのわずかな時間私とサシャとで色々話した。
 村の外での私の生活や、食い物のことや、ウチの新商品のことや、食生活について……殆ど食い物ばっかか。
 
 

 
後書き
<<現在公開可能な情報>>
クラウド・ジンはビーンストーク商会代表アサド・ロウランの部下であり、若くして商会のあらゆる仕事に尽力している…ということになっている。
実権はクラウドが握っているが、最近では部下の育成も進み彼の指導がなくとも商会が回るようになっている。中でも、外部流通経路の確保をクラウドに頼らずとも可能になったのが大きい。クラウドと違い毎回多少の損害が商隊に発生するが、危険を冒しビーンストーク商会は確実に農園から利益を引き出している。 

 

第八.五話 化学

 
前書き
2016/01/04修正 

 
「はい召し上がれ」
「「ぉおおおおおおおおおおお!!?」」
 エレン、ミカサ、アルミンの三人に生ハムサンドを振舞う。
 三人組は貪り食う勢いでがっついた。
「う、うまい!!」
「あぁ……美味しい……!!」
「はむっ……あむっ……!!」
 物凄い勢いで与えられた料理を平らげる三人。

「どうだ? 我がビーンストーク商会の誇る新商品は」
 今回の新商品はサンドイッチだ。
 ただのサンドイッチではない。塩をたっぷり利かした生ハムサンド。挟んだ野菜とのシャキシャキ感を楽しめる、片手で持てるワンハンドフード。
 これは流行るぞ。
 他にも卵サンドやジャムサンドなど色々。
 まあ肉系はどうしても高価になってしまうんだが。
 それでも食べる場所を選ばない食事というのはいい。食べる時に食卓やカトラリーを必要とせず、手でつかんで簡単に食べられる。早い・安い・携帯できる食べ物という点が新しい。

 今までは単純にパンに具を挟んだだけの料理に名前はついていなかった。だから、固有名詞をつけ固有化させることで差別化を図った。別にサンドイッチの原型であるブレッドアンドミートとかでもよかったんだが、普通すぎる名前だと逆にややこしいし民衆に覚えて貰えないこともある。
 そこで、サンドイッチという名前を付けて商標化させたのだ。一応名前の由来はウチのスウィニートッド料理店の料理長であるメフメトのファミリーネームということになっている。まあこの世界にサンドウィッチ伯爵なんていないからな。ちなみにこの件でメフメトはファミリーネームを得た。
 更に、今までソレを専門に扱う店もなかったことにも目をつけた。パンに具を挟んだ料理を供する料理店は存在するが、ウチはソレをメインでやっていく店を創ることにした。そこで、ファストフードとしてこういったすぐに食べられるタイプの商品を扱う店を流行らせることになった。早い、安い、美味いをモットーに、サンドイッチを専門に扱う店舗を作り壁内全土に同時展開させた。
 本当はハンバーガーとかも作りたかったんだが、あれは肉がメインだからな。

「でも、良かったのか? こんな……高いもの」
 エレンが遠慮がちに聞いてきた。
 だが、その手に持ったサンドイッチは離すものかとばかりにがっしりホールドされている。
「いいの。親しい友人たちにいいものを振舞いたいというのもあるが、一番の意味はマーケティングだ。私は……少々悪食でね。だから、普通な感性の人間に食べて貰って感想を頂きたいんだよ」
 私は主食が人肉だし、以前は生のネズミや雑草を貪り食うのが日常だったからね。
 正直自分の味覚センスを信用はしていない。

「ねえクラウド? これ、肉もそうだけど……塩がたっぷり利いているよね。これ、やっぱりすごく高いんじゃ……それに、どうやって材料を確保しているの?」
 ふむ。アルミンの言う事はもっともだ。

「ま、ウチの商会の、秘密の販路があってね。これは企業秘密だよ」
「むぅ……気になるな……」
 納得いっていない風なアルミン。

 まあ勿論マトモじゃない商品の確保の仕方があるけどね。

……………………………………………………………………………………………………………………

 農園。
 その最奥。川が流れ、開けた地形。
 そこには、無数の杭や紐で全身を地面に縫い付けられた巨人が何体もいた。

「お早う、アンドレ。ロマノヴィッチ。チカチーロ。ああ、エドとゲインもお早う」
 どうせ言葉など通じてはいないが、気分で声をかける。
 マウスも愛情を持って育ててやれば、いい研究結果を出してくれると言う。なら、私もこのクソ巨人どもには愛着を持って接するべきだ。家畜への愛着を。
 私は呻き声を漏らす巨人たちの合間を縫って目的の採集地点を目指す。


 巨人たちは、ただ地面に固定されているだけではない。
 その全てが、川に接した場所にあり、その川にはいくつもの奇妙な水車が取り付けられていた。
 その水車は、回転する水受けの場所に鋭利な刃物が取り付けられた拷問器具のようなものだった。というかまさしく拷問器具そのものである。
 それらは水の流れによって回転し、巨人たちの体を傷つける。
 そして、その傷は巨人の再生力によってすぐに塞がるが、回転する水車はまた巨人を何度でも切り刻む。

 そうして無限に鋭利な刃物で切り裂かれる巨人たち。
 その拷問装置には、ある機構が備え付けられていた。

 巨人たちが流す体液を、採集し、一か所に纏める。そして、濾過し分離し成分ごとに精製する。そんな装置がある。まあざっくりと言えば綺麗にした巨人の体液を集めて、糸に塩の結晶をつけた物を垂らして放置する。やるのはこれだけ。
 そして出来上がるのが、「巨人塩」だ。


 当初はこの農園内部の山の岩塩を卸していたが、流石にそれだけではいつか枯渇する。
 それを危惧した私は、試行錯誤し人体から塩分を抽出する方法を編み出した。
 そして、その研究は更に進んでいき、人体に近しい組成を保有する巨人を痛めつけることで得られる血液(人間のものとは違うし、血と呼んでいいのかどうかも疑問だが)などを弄るという手法を確立した。そして、巨人の血液・体液・汗・肉片由来の巨人塩が作れるようになったのだ。
 味は……まあ格別に美味しいってもんじゃないが、取り立てて不味いわけでもない。強いて言うなら角が取れたまろやかな味、かな。元が何なのか知らなければ十二分に許容できるレベルの味である。
 うん、だが塩は貴重品だ。それも内地の壁の中の閉塞社会。海なんか何処にあるやも知れぬのだ。塩はそう遠くない将来完全に枯渇するだろう。
 出来ることならこの製法を広く社会に知らしめたいものだが。まあ巨人を捕えて食料に変換するなんてマトモな神経の人間には無理だろうが。

 独特で青味野菜のような癖のある風味の「ティターンズ・ソルト」。絶賛発売中です。


 次の加工品はこれ。
 「味噌」だ。

 農園を整備し始めた頃から、壁の外に調査兵団が作った貯蔵プラントから酵母をちょろまかしたり、ウォールシーナ内部の各種発酵蔵に隠密に侵入したりして酵母を確保したり、酒蔵でまたも同じように酵母をパクってきたりして、うまいこと大豆を発酵出来ないか試していた。
 この世界では酵母は単に腐敗を遅らせる不思議なものという認識でしかない。それを有効活用してやろうというのだ。むしろありがたく思ってもらいたいくらいだね。

 で、酵母だが。
 これは一つとして同じものがなかった。
 何処の蔵も蔵ごとに酵母の質が違うのだ。見るからに色や形すら違うのである、本職じゃなくとも違いが分かろうというものだ。

 そんな酵母を少量ずつ大量に確保。一つずつプロファイリングし、大量に用意した茹でた大豆にティターンズソルトと混ぜ込み発酵させる。
 大豆は半日以上水に漬けておく。一番相性が良かったのは、大体18時間ほど漬けた大豆とウォールローゼ北部アルザッヘル区で確保した酵母「RN12-と」の組み合わせだった。
 それを鍋でぐつぐつ煮込み、指で潰せるくらいの柔らかさになるまで待つ。柔らかくなったら革袋に詰めて潰す。
 次は塩と麹を入れて捏ねて捏ねて捏ねまくる。

 そうして容器に詰めて発酵するのを一年ほど待つ。

 いや、実際大変だった。
 一つの区の一年間の総食料を賄えるぐらいの量を浪費したのではないかな。
 どいつもこいつも腐ってカビが生えて悪臭を放つ。菌糸を粘着かせる。膨張する。爆発する。
 途中何度もこれでいいのか不安になった。
 幸い農園は広かったので、そこそこの発酵蔵を建設することは出来たが、試作スペースも巨大になった。大量の腐った豆の塊を抱えてこんなはずではと嘆く毎日。そこに柵を破壊して侵入する巨人ども。勿論ストレス解消とばかりに当たり散らした。

 確か味噌造りに使う麹は、米麹でも豆麹でも麦麹でも、なんでもいいはずなんだ。と、いうことはこの正体不明な麹たちでも発酵は出来るはずで。
 苦節二年。たったこれだけの時間で作れたのはむしろ僥倖と言っていいだろう。
 私は味噌を完成させた。

 お腐れに塗れた桶の中に確かに腐敗とは違う様相の物体を見つけた時は、思わずガッツポーズ。
 それを下地に微調整を繰り返すこと更に一年。やっと市場に売りに出せるだけのものが出来上がった。
 正直味噌汁が飲みたいがためだけに始めた味噌造りだったが、こうして実を結んでくれた。

 あんまり過剰に売れたりはしないが、この「ミソ」は正直肉料理なんかよりも自信作です。


 さて、最後の加工品はこちら。
 「醤油」です。

 味噌と同じように醤油を作ろうとしていた。
 だが、それでは大量消費に耐えられない。しかも味噌は出来るのにかなりの時間がかかった。なら醤油はもっと時間がかかるのでは? そう考えた私は早々に本物の醤油を作ることなど諦めた。というか味噌の上澄みが醤油の原型になったという説もある。最初はそれを商品化しようとも考えたが、如何せん数が確保出来ん。
 私は一部の高級品を扱うごく少数の販路を確保出来ればそれでいいのだが、出来るなら大量に商品を確保し売りさばきたい。
 そのために考えたのが、この「人毛醤油」である。

 まあ読んで字の如く、人毛から醤油を作るのだ。科学的にな。醤油ってのは要はアミノ酸の複合物のことなんで、それを人工的に作り出そうというわけだ。
 またまた登場、中国で作られているという驚きの一品。流石中国。この世の悍ましい物は全てあの国から生まれると言っても過言ではない。
 だが、発祥は戦時中の食糧難であった日本らしい。
 恐ろしい。飢えは斯く悍ましき人外の発想を容易に曝け出すのだな。


 用意するものは、巨人の人毛とアルカリ性溶液。塩酸。これだけ。
 ファッ!?
 これだけ?
 そんな言葉が聞こえてくるよ何処からともなく。

 まず捕えてある巨人どもの頭皮をズルリとジャガイモの皮を()くようにして()ぐ。
 こいつらはいくらでも再生しやがる質量保存の法則なんかを無視してくれる不思議生物だ。
 だから、何度も収穫が出来るステキな存在。
 こうしてズブリズブリと何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も毛を頭皮ごと毟り取る。毛を少なくする、と書いて毟る、ね。

 そして次は大なべにこれらを入れる。一般的に手に入り易いのは水酸化ナトリウム、つまり苛性ソーダだな。
 苛性ソーダは薬局で買えるが、現実世界で一般人が買いたい場合は所定の手続きを踏んで何に使うか明記しなくてはならない。
 というか一般人はこの話を聞いても「よし、やってみよう」とはならないが。
 まあ、それでもどうしてもやりたい場合は充分気を付けてやることだ。購入にも色々と危険が付き纏う。なんせ、化学薬品だから、普通に買おうとしても「何に使いますか?」ときっちり聞かれる。その対応にスマートに受け答えしないと、マジで警察呼ばれる五秒前である。
 私の場合、裏技を使ってアルカリ水溶液を用意した。


 次に塩酸だが。
 知っていますか。
 人間の胃液の成分の殆どは塩酸なんですよ。

「酸遁 大溶液!!」

 口からおぞましい量の強酸性の液体をぶちまける。
 人一人溶かして消し去れそうな量だ。

 私は自身の体積以上に物を食べられる。
 翻ってみれば、入るなら出すのも容易であるということで。
 私は自身の体積以上に物を出せる。
 いや、四次元ポケットにはなりませんが。
 さすがに人間ポンプで体内に物を隠すなんて……面白そうだな。今度やってみるか。

 はいそんな訳で大なべには10%濃度の塩酸と、アルカリ水溶液、巨人の髪の毛が入っています。

 それを火にくべてぐつぐつ魔女の大鍋のように煮込むわけです。
 もうぐつぐつというかボコボコってなってますが。
 まんま魔女の煮ているあんな感じの大鍋。
 変な臭いもするし。

 ていうか塩素ガスが発生しているのである。
 塩素ガスといえば、世界大戦で初の本格実装された化学兵器じゃないですか。つまり毒ガスだね。
 毒ガスとは生物に有害な気体やエアロゾルのこと。軍事用以外のものについては有毒ガスと呼んで区別することも多い。その害悪の程度・態様は、成分によって様々である。化学ガスに火山ガス、燃焼ガスと色々あるが、やはり一番毒ガスと聞いてイメージするのは化学ガスの方だろう。

 化学ガスは、NBC兵器の一角“C”(Chemical)をなす大量破壊兵器のひとつだ。
 古くは明代の頃に唐辛子を混ぜ込んだ煙幕が世界初の毒ガスとして使われていたという話もあるが、次に歴史に毒ガスが現れるのはペロポネソス戦争時代のスパルタ軍が使用した亜硫酸ガスであるのだとか。
 これらの事実が証明することは何かというと、毒ガスは非常に古い時代には存在した、技術的に容易な部類の大量破壊壁であるということだ。
 また、オウム真理教による地下鉄サリン事件が示すように、ある程度の化学的知識と市販の試薬とで合成が可能である。
 このことから化学兵器は「貧者の核兵器」とも呼ばれ、核兵器を開発するために必要な技術・資金に乏しい国、あるいはテロ組織による生産・利用が危惧されている。成程、ハンターハンターの「貧者の薔薇」はここからきているんだな。

 化学兵器がその効力を存分に発揮するようになったのは、第一次世界大戦の頃だ。
 1915年1月31日、ドイツ軍が東部戦線のボリモウでロシア軍に対して初めて大規模な毒ガス放射を実施したのが世界初の本格的な毒ガス使用だと言われている。
 この塩素ガスは浴びるだけでも全身の組織を塩素による化学反応で破壊されて死亡するのだが、僅かに吸引するだけでも呼吸器官に甚大な被害を受け、死亡しないまでも、呼吸困難に陥って長い間症状に苦しむ事から、非人道的な兵器として恐れられた。
 また、余談だが、ナチスドイツのヒットラーはあの特徴的な濁声をしているでしょう。アレは一次大戦の時代に前線でマスタードガスを浴びた所為だと言われています。

 さて、塩素ガス。塩酸を煮込むだけでお手軽に精製出来てしまう非常に取り扱い注意な毒ガスだ。
 それが鍋からふつふつと湧き上がってもうもうと湯気をたてているのです。本当に一歩間違えれば大量殺戮の現場になりますよ。
 実は生前似たような真似をして警察と消防が出動する騒ぎになったことがある。
 その所為で秘密基地がしばらく活動不能になったんだ。
 アレは悲しい事故だった……。


 6時間も煮込めば鍋の中身は紫色に。何故だ。
 私は醤油を作っていたのではなかったのか。せめて黒か茶色だろう。


 半日煮込みます。
 青くなります。アメフラシの体液みたいです。こんな悍ましい色の食物が自然界に存在するものかよ。
 まるでアメリカンな着色料をふんだんに使用したケーキみたいな色である。

 そして煮込んで一日が経った。
 墨汁よりもヘドロよりもどす黒い妖しい液体が完成します。
 ここでアルカリ水溶液を投入。きちんとペーハーを調べ、中性になったか確認。
 奥底に溜まった毛屑を濾過で取り除きながら更に煮込んでいきます。

 そしてまるで養命酒のようなイソジンのようなくすんだ茶色っぽい黒っぽい液体の出来上がり。
 試しに舐めてみましょう。

「………………うん」
 マズクない! 決してマズクないぞ!!
 このわざとらしい醤油味!

 若干海藻のような磯臭い香りがしますが、これはもう完全に醤油です。
 あとは風味づけにいくらか添加物を加えればいいでしょう。

 さて、原材料髪の毛で醤油が出来上がりました。
 素晴らしい。
 アミノ酸を分解し作られた擬製醤油。
 「ティターンズ・ソース」を皆様どうぞ一つよろしくお願いします。
 
 

 
後書き
<<現在公開できる情報>>
<i5018|34954>
Bean Stalk Companyその一
新興の大規模商会、ビーンストーク商会。発足から瞬く間に壁内全土に販路を広げ、貴重品目のカルテルなどを組み今では莫大な利益を上げている。
<i5019|34954>
アル・オーウェン
隻眼白髪の男。書類仕事もこなせるインテリ武人。商会キャラバンを率いる南部総隊長の役職。都の地下街でゴロツキをしていたところをスカウト(物理)された。商隊の護衛役も兼ねる。商会秘蔵のリボルバー式拳銃を得物としており、単騎で多数の相手を圧倒する姿から『魔弾』と呼ばれている。

マックス・バリュー
栗毛糸目の男。北部キャラバン総隊長。アルとは地下街で活動していた頃からの友人。副代表に下賜された大剣を使い商隊を襲う夜盗を細切れにする姿から、『大切断』という渾名がつけられている。

アサド・ロウラン
髭が似合うナイスミドル。表向きの商会代表。実務はかなり優秀だが、部下たちが奔放すぎるので常に苦労している。 

 

第九話 商売

「……マズイな……」
 足りない。
 商品の供給が追い付かない……。

 私とその部下数人で立ち上げた我がビーンストーク商会。当初は精々が我々の身内の何人かで食っていくに十分な金を稼げれば良かった。
 だが、予想外に商売が順調に進み過ぎて、商会が大きくなり過ぎた。今更ここまで大きくなった商会を私が放り出した場合、大量の従業員たちが路頭に迷う。そんなことは出来ない。

 肉類は私が材料を確保するという事情があるため、一度にそんなに多くの量を確保できない。夜中の内に農園と商会の本部を設置したシガンシナ区とを往復しても、精々一回では生きた家畜を数匹から数十匹。枝肉に換算すると1.5トンぐらいしか持ち運べない。いや、それもたった一人が人力で運んでいるという点では十二分の成果だが。
 木組みで作ったコンテナのような荷馬車の荷を入れる部分だけを体に結わえつけて、夜陰に乗じて農園とシガンシナ区を往復する。まず朝方にシガンシナ区を出発した場合、六時間ほどで農園に到着する。そしたら荷を積み込む。これが一番時間がかかる。そして、積み終わってすぐに休む間もなく出立。夜の内に壁の中に戻る。
 出来るだけ鮮度を保つため、荷物は全て生きたまま運ばれる。そのため、かなり慎重に運ぶようにしている。

 確かにこれだけの量を壁の中で流通に出すとしたら、かなりの儲けになる。肉事情が今以上に逼迫するのはウォールマリア崩壊後のため、今はまだそれほど法外な値段をつけているわけではないが、肉類は勿論高級品のため、それなり以上に値段は吊り上げている。
 しかも、正規のルートではないため、値段設定などこちらの思うままだ。

 壁の内部で生産される品は、ある程度政府の管理下に置かれている。
 しかし、このある程度というのがミソで。
 始めは一部の貴族様が私腹を肥やす為に値段設定を各自で自由に設定するよう取り計らったらしいのだが、それが今でも続いている。
 要は税金としてお上に上納金さえ一定額払えば、好きに値段を取り決めていいことになっているのだ。
 その結果、値段が高くなることはあっても低くなることはない、インフレしやすい経済構造になってしまったのだ。まあ壁の中は完全に完結した経済構造であるため、極端な経済恐慌など滅多なことじゃ起きないのだが。

 しかしそれも100年ぽっちしか歴史を刻んでいない閉鎖的な世界の出来事。一寸先は闇だ。
 だからというわけではないのだが、我々商会は壁の外から持ってくる外部ルートの商品以外では、かなり堅実な商売を続けている。
 壁の崩壊前とはいえ未だ貴重品である肉などの貴重品目や、暴利を貪って手に入れた金品を憲兵団の上層部に献上することで、あるルートでの商売に便宜を図ってもらった。
 それは、各兵団の輜重部隊との取引だ。


 まず、言わずもがな調査兵団は壁の外に出向いて陣地を作成するのが現在の主任務である。
 当然、遠征の成功失敗に関わらず毎回かなりの量の物資を必要とする。巨人に出くわし部隊が壊滅し荷物を捨てて潰走する時も、成功して陣地を築くことが出来たとしても、毎回荷物は必要だ。
 王政府としては壁の外に興味を持つ危険因子たちはとっとと外に出向いて巨人どもに食われてもらいたいので、当然毎回の物資の搬入を出し惜しみすることはない。出し惜しみしようものなら、危険な思想を保有する人物たちが壁の中で鼻息荒く活動を続けてしまうからだ。そんな人たちにはさっさと大好きな巨人のいる世界に飛び立って貰いたい、というのが政府の本音である。

 現在、一般の商人たちの間では調査兵団と深い関わりを持つ者はいない。
 『ただ飯を食らってわざわざ巨人に食われに行く物好きたち』、それが一般人の彼らへの印象だ。そんな連中(狂人)と懇意にしたら、一般市民からの受けはよくない。風評や体面を何よりも大事にする商人が、そんな危険な橋を渡るのは無謀というものだ。

 それに何より、彼らの多くは調査兵団が存続することの意義を理解していないというのも大きい。
 壁の外に興味を持つことを禁止している癖に、調査兵団という危険な組織がある。これは勿論『危険人物はとっとと外に行ってくたばってこい』、という意図が見え隠れしている。実際、原作知識などで物語全体を俯瞰して見ていなければ気付けないことだと思う。

 要は何を言いたいかというと、大口の取引相手である調査兵団という組織との商取引は、新規の業者であってもかなり簡単に覇権を取れるということだ。むしろ現状調査兵団と取引していた他の商会連中たちは、我がビーンストーク商会が調査兵団との取引に乗り出したところ、向こうから販路を譲ってくれた。
 そして、勿論このような一般に倦厭されるような相手との取引をする以上、何らかのリターンを要求することが出来る。
 それが、各兵団との癒着に繋がった。

 我がビーンストーク商会は、調査兵団への物資の取引、搬入、運搬、納品などを全面的にサポートする代わりに『憲兵団』、『駐屯兵団』、『訓練兵団』との商取引を牛耳っている。

 さて、そんな我らが商会だが、今言ったように現在では各兵団とずっぷり癒着した大規模商会に成長した。基本的に必要な物資は壁の中で生産されているものを買い付けたりすれば済む話だが、やはりウチの目玉商品は『肉』だ。
 大規模な商会になったため、一つのレストランで細々と取り扱ったり闇市でアホみたいな値段で売りさばいたりするだけでは駄目になった。
 しかもショバ代とかで肉の現物が欲しいとか言い出す輩のとみに多いこと。

 それで、毎日農園と壁の中を往復するわけにはいかないので、物流がキツキツになっているのだ。私もすることが色々あるのだ。運び屋だけやっていればいいわけじゃない。


 そこで考えたのが、流通(裏)の強化だ。
 要は農園から一回で持ってくる商品の数を増やそうということだ。
 それには勿論一人では無理がある。
 よって、人員が必要だ。


 用意するのは古株の商会の部下たちとある人材。組み立て式の馬車の荷台。いつもの巨大なコンテナ。
 それらをまず全て私愛用の巨大コンテナに積み込む。
 そして、揺れないよう細心の注意を払いながら夜明け前に農園まで運ぶ。無論巨人を避けるため飛んだり跳ねたり忙しかったが、多少の揺れは我慢して貰う。家畜共がこの揺れに耐えたんだ。人間たちもこれに耐えて貰いたいね。

 夕方になるまで商品を積み込む。そして、夜の帳が下りたら進行開始。まず数台の荷を櫓の上に残し、一つを私が壁の中に運ぶ。残った部下たちは夜のうちに商品の積み込みをし、日中は高所に避難して貰う。
 数日かけて大量の商品を私が馬の代わりに運ぶことで高速ピストン輸送。要は一番時間がかかるのは積み込み作業の時だからな。それを私の移動中に残してきた人員たちにやらせるという話だ。
 夜のうちなら巨人たちは活動を休止するし、最近では余程のことが無い限り滅多に柵は破られない。そういう風に強化した。
 万が一巨人が農園に巨人が入り込んだ場合、農園内部のそこいらじゅうに掘っ立ててある巨大な杭に上ってやり過ごして貰う。まあ半日ほど我慢してもらうことになるが、少なくとも半年間この農園に巨人が入り込んだ例はない。だから安心するといい。

 こうして、いつの間にか肥大化していた我が商会は、反則気味な危険すぎる手段を使うことでようやく一流商会の面目を保っていた。

 私が兵団に入団したら肉は流通できなくなるな……。壁は……どうだろう、防ぐ気ではいるが、もしものことを考え、最悪を常に想定するのが商人の基本姿勢だ。
 私は商人で大成したいわけじゃないんだがな。
 良し、今のうちに大量に保存食にしておくか。
 
 

 
後書き
<<現在公開できる情報>>
<i4870|34954>
ビーンストーク商会その2
ビーンストーク商会は発足当時のメンバー12人を最高幹部とし、仕事を分担して組織を運営している。現在は通常業務の他に、各兵団と癒着し大口の販路を確保することで莫大な利益をあげている。

イーバー・ドット
<i4872|34954>
商会特定業務担当班、『歌う琴ソングハープ』班長。通称暗部。商会への産業スパイやコソ泥などを捕え処理する役目を担っている。外部組織への対抗手段の構築も役職に含まれる。班長の主な仕事は裏方の事務処理。仲間にはイーさんと呼ばれている。
かつて死にかけていたところを兄妹揃ってクラウドに拾われ、それ以来忠誠を誓っている。

アドルフ・ルーデル
<i4871|34954>
『歌う琴』副班長。実務担当者。目元を隠す長髪は人と目を合わせないため。対人恐怖の傾向がある。愛称はアディ。
数少ない貧民街の年少組。クラウドに拾われる前は乞食をしていた。飢えて死ぬ寸前のところをクラウドに救われ、クラウドを狂信している。

ヒナ・ドット
<i4873|34954>
総務秘書。イーバー・ドットの実の妹。三下っぽい口調は以前のイーバーを真似た物。語尾は「~ッス」。

メフメト
<i4874|34954>
総料理長。孤児の出自のため苗字はない。両脚羊がなんであるか知ったうえで調理部門に志願した変態。現在はスウィニートッドをアサドと二人で切り盛りしている。 

 

第九.五話 発酵

 さあ、和食料理の基本『さしすせそ』の内『し―塩』と『せ―醤油』、『そ―ミソ』が確保出来た。
 残るは『さ―砂糖』と『す―酢』。折角だから作ることにした。全てはよりよい食生活の為。


 『す―酢』ですが、これは醸造と殆ど同じ工程です。つまり酒さえ造れれば酢なんて簡単に製造出来るということで。既にこの世界に酒は製造法が確立されてある。
 そんな訳で、各地の発酵蔵で酒の製法を学ぶ(意味深)。
 あとは実地で検分しながら試行錯誤。酒を密造する。


 そうして最初に出来上がったのが、ジャガイモなどの芋類の酒、林檎、葡萄など果実の酒、大麦小麦などの穀物の酒の三種類。


 まずこの世界で流通している酒は、ワインとエールの二種類だけだということに注目したい。産地や製造者で細かな味の違いはあるが、基本はこの二種類に大別される。後はそれに製造過程で蒸留したり添加物を加えたりして種類を増やしているが、原料が葡萄と麦という点ではこの世界には二種類の酒しか存在しないことになる。
 そして、酒造は政府の管理下にあり、販売するのなら認可を得る必要がある。まあこれは何処の国も同じだろうが。嗜好品は上手く手綱を握れれば民衆を思い通りに操るためのツールに成り得るからな。
 だが許可に関しては問題ない。ウチは多数の後ろ盾を持つ大規模商会だからな。


 この世界には二種類しか酒が流通していない。それは何故か。
 答えは単純に発酵に対する知識が少ないからだろう。
 この壁の中の世界には発酵全般に対する理解があまりにも拙い。

 まあ壁が出来てからがこの国の成り立ちと考えれば、進撃世界は建国から百年ちょっとの新興国でしかない。つまり、文化面での発達がどうしても不十分になる。
 立体機動装置や兵団など、オーパーツな装置や組織があり、近代に近い価値観があるように思いがちだが、住民や文化面での発達具合は中世か、ひょっとしたらそれよりも古いものになるかもしれない。なんせ外との交流が存在しないのだ。

 発酵食品という奴は仕組みを科学的に理解していなくとも、永い経験に頼り製法が蓄積されていく。そして、次第に最適な発酵食品というものが形成される。
 つまり、発酵食品はどうしても出来上がるのに長い年月を要するものだということだ。要は、未だ若いこの世界では十分な経験が積み重ねられておらず、発酵食品全般が広まらないということであろう。

 だがまあ、こっちには現代知識があるんだ。
 酵母さえ手に入ればこっちのものよ。
 発酵がどういう過程でどういう結果を齎すかを知っていれば、酒に酢、パンに漬物チーズにヨーグルトと、作れるであろう商品は無限大。
 そしてそれを専売出来れば売上も青天井確実。夢が広がるね。


 さて、そんなこんなで出来たのが、ジャガイモの蒸留酒『アクアビット』。林檎の酒『シードル』。葡萄の果実酒『バン』。麦芽下面発酵の『ラガービール』。麦芽発酵蒸留酒の『ウイスキー』。芋類と穀物の複合発酵酒の『スピリタス』。ワイン造りの廃品、搾りかす再利用で作られる『グラッパ』。エトセトラetc……。
 最初の一つを造ることが出来れば後は簡単だった。今じゃ発酵蔵は増改築を繰り返し、農園の三分の一を占める程の大きさだ。なんか作っている内に楽しくなってきてな。色々な種類の酒を醸造しまくって、最終的にかなりの種類の酒を製造した。
 ここ、農園で試作品を完成させたら後は安全な内地で大量生産。つまりは農園の発酵蔵が持つ役目は製法の開拓だ。
 そのような方法で新作を開発しているため、新商品の機密性という奴は、それはもう凄まじいものとなっている。産業スパイとかがウチ秘伝の新商品について探ろうとしても、そもそも現物は壁外にあるのだ。そして工房は私の私兵で完全武装。要塞もかくやというほどの防御力である。

 まあ酒はあんまし味が分からんから、これが美味いのかどうかよく分からないんだが。
 この世界に未成年者飲酒禁止法なんてないからな。私も嗜む程度に飲んでいる。
 中でも私が気に入っているのは、果実味の強く残る甘いタイプの酒だ。ここら辺はどうしても味覚がまだ子供だということだろうか。


 ブドウ酒は、ブドウの糖分を発酵させるだけで酒になる単発酵酒なので、おそらく人類が最も古くからつくっていた酒と思われる。つまりは最も簡単な酒という訳だ。これは一番早くに製造出来た。
 発酵に関する認識が狭いこの世間一般に出回っているのが葡萄酒と麦酒であることから分かるように、この二種類は醸造が容易であるという訳だ。
 ワインとビールは簡単で安く作れて、そして真水よりも安全だ。よって、場所によっては水よりも重宝される、最早生活必需品の域にある。つまりは何処に行っても売れるの間違いないしということだ。

 ワインの製造方法は非常に簡単。果汁百%の葡萄ジュースにワイン酵母を加えて常温で放置するだけ。
 酵母は普通にワインを造っている蔵から頂いた。やはり酵母が違えば出来上がりも違ってくるようで。私のお気に入りはウォールマリア東区トスカナ村で手に入れた「ME23-ろ」の酵母と、ウォールマリア南東トカイ村で栽培されている貴腐葡萄との組み合わせだ。

 この世界では貴腐ワインというものが存在しなかった。だが、灰色カビ病はあったのでね。ならば、貴腐ワインが造れるのではないかと思い貴腐葡萄の採れる地域を探した。
 そして見つけたのがトカイ村の貴腐葡萄だ。早速私はこの地域での葡萄買付を独占契約させて貰った。
 元来この地域は降水量が多く、また山間から吹き付ける湿気を含んだ山風により、作物が腐りやすく農産物の生産には向いていないとされていた。実際ここではどんな湿気に強い作物も瞬く間に腐ってしまうので、長らく農業からは離れていた。しかし、全くのゼロになった訳ではなく、細々とカビに強い種類の葡萄を卸していた。
 しかし、ここの葡萄は病気に強いのが唯一の取り柄で美味い訳ではなく、かなり酸味が強く生で食するには向かない加工品向け。しかもそれでもこの地域ではカビにやられるため、カビに強い品種の若木を他所の地域に出荷するという完全輸出体制をとっていた。
 だが、このカビこそが貴腐ワイン造りに重要な役割を果たす。

 貴腐とは葡萄が特定の灰色カビ病に感染することによって糖度が高まり、芳香を帯びる現象だ。 貴腐化した葡萄を「貴腐葡萄」と呼び、それを用いて造られた極甘口のワインが「貴腐ワイン」と称される。
 見た目ははカビに包まれている上に干しブドウの様なしなびた状態で完全にお腐れだが、内部の果汁は飴色で蜂蜜のように粘度が高く、糖度も30~60ほどになる。これは元々の葡萄が持つ糖度の実に二倍から四倍。さらに、菌の代謝により、果実は貴腐香と呼ばれる独特の香りを持つようになる。トカイの葡萄の物とは思えぬほど濃厚な甘みと、強く芳醇な甘い香り。
 要は「納豆を最初に食べた人ってすごい」みたいな状態だ。腐っているのではなく、発酵しているということ。

 私はこの地域で貴腐葡萄を造らせるよう商会として独占契約を結んだ。貴腐菌は特定の地域でしか発生せず、それがこのトカイ村だったということだ。現地の住民はこの貴腐葡萄をただの腐った葡萄としか思っていなかったため、話は簡単にまとまった。
 まあ腐った葡萄を買い漁るなんて思われて変な風評が出たりしないよう緘口令を敷いたりしたが。これは商品の独占と製法の秘匿という点でも必要なことになる。

 そして出来上がるのが貴腐ワイン。果汁をそのままワインにしたような強烈な甘み。深い独特な香りは貴腐葡萄ならではの独特で芳醇なもの。かのルイ14世をして「ワインの王にして、王のワイン」とまで言わしめた程の逸品。
 我が商会でしか販売していない高級品。貴腐ワイン『ノーブレス・オブリージュ』。販売価格は通常種の10倍以上。それでも飛ぶように売れ、一年以上先まで予約で埋まっています。



 さて、次はビールだ。
 この世界では上面発酵のエールしか存在しない。
 エールは常温で短い時間で発酵を行う。盛んに炭酸ガスを出すために、最終的に酵母が浮かび上面で層を作るために上面発酵と呼ばれる。
 一般に、上面発酵のほうが醸造は容易だ。複雑な香りと深いコクを特徴にしており、フルーティな味わいをしている。製造が単純で容易なためエールタイプがこの世界で広まっているのだろう。
 そして、反対に下面発酵のラガービールは製造が難しく、大規模な設備を要する。その分大量生産に向いており、量産品という観点ではこちらの方がウチとしては好ましい。
 ラガービールは切れのよい苦みとなめらかでマイルドな味わいを持ち、何よりその黄金色の美しい色合いを特徴とする。

 この色味を活かすため、ガラス製のジョッキを大量に製造することとなった。
 だが、透き通る綺麗なガラス製の食器は高級品だ。それはもうお値段も高くなり、貴族様たちしか使えない。庶民はそんな壊れ物を扱うようなことはなく、ガラス製の商品は一般では流行らなかった。
 そこで、系列店の酒場で出すビールをグラスジョッキで出すこととした。
 これで高級感も出るし、何よりこの美しい黄金色が目立つ。物珍しさも手伝って、このラガービールはエールビールを圧倒する勢いで売れることとなった。



 さあ、これで基本となる二種の酒が出来た。
 本来の目的を忘れてはいない。私は酢が造りたいのだ、酒の醸造はあくまでついでのおまけだからな。

 酢は酒を酢酸発酵させることで作られる。
 つまりは酒を更に発酵させればいいわけだ。
 まあ種酢があれば確実なんだが、そう都合よくいかない。
 発酵蔵に天井を巨大な一面のガラス張りにした日照区域を設ける。
 そこに浅く広く作った桶に入れた酒を保管。そして毎日櫂でかき混ぜる。
 すると天然酵母が作用し自然発酵して酢が出来上がる……らしい。

 まあこれは簡単にはいかなかった。葡萄酢ってことでワインは比較的簡単に酢になってくれた。ワインは空気と触れ合うとすぐブショネるものだからな。
 だが、如何せん糖度の低いアクアビットなどの根菜類の酒ではただ腐るだけだった。やはり発酵には糖度が重要なファクターになるか。
 一応トライアンドエラーを繰り返し、途中で加糖することでなんとか賞味に耐えるモノが出来上がった。
 ま、そんなに沢山酢があっても意味ないからな。

 最終的に葡萄酢、ジャガイモの酢、麦の酢の三種類を販売することになった。



 さて、最後になるのが『さ―砂糖』だ。照り焼きや肉じゃが、みたらしなど、砂糖と醤油の組み合わせこそが和食の基本と言えるだろう。つまりは砂糖がなくては和食が食えないのだ。これは是非とも量産せねば。


 この世界ではビートを内地で栽培しそれを砂糖にしている。
 しかし、砂糖は超高級品。
 年間生産量が厳しく決められており、扱う商人も王政府の勅許を得た特権階級だけだ。こればっかりは新参者がいくら金を積んだところで一朝一夕では利権に食い込めない。

 そもそも砂糖が何故規制されているかというと、塩や小麦などと違い、なくても生活できる生産物、つまりは嗜好品に分類されるからだ。
 そして、嗜好品は生活に余裕のある階層の人間が嗜む物だ。
 つまりは完全に貴族様向けの商品。

 そもそも甘味は母乳に含まれる成分と同じで、人間が原初に出会う味だ。一度砂糖の甘さを知ったら、哺乳類は絶対にその誘惑に抗えない。これはもうコーラを飲んだらゲップが出るのと同じくらい決まりきったことなのだ。
 マウス実験でこんなデータがある。砂糖の甘さを知ったネズミは依存状態に陥り、思考が鈍化。まるでコカインやヘロインを与えられたかのような渇望状態になり砂糖なしでは生きていられないほどになったとか。
 畜生ですらこうなのだ。欲望の為なら他者を食い物に出来る人間が、その我欲を抑えられるとは思えない。
 よって砂糖は大量に生産出来れば莫大な富を齎す、金の生る木と考えてよい。

 だがそもそも、砂糖や肉も含めた多くの生産品は政府の管理下に置かれている。
 それもそのはずだ。砂糖が高く売れるのなら、皆がこぞって砂糖を生産しようとする。
 そうなれば生活必需品の多くが不足してしまう。そのような事態を防ぐため、農業は認可制の仕組みの元、管理生産状態にある。どこぞの共産社会みたいなもんだ。
 壁内の限られた土地で如何に効率よく必要生産物を確保し、余った土地で商品作物を生産するか。それこそがこの世界の商売で富を成すために肝要な要素となる。

 普通なら生産率を向上させるなどして生産量を増やすくらいしか手は無い。土地が限られているため、勝手に好きな商品を生産することは出来ないからだ。
 だが、我が商会は普通ではない。
 金になる物ならいくらでも生産出来る。それだけの余裕が土地と物資にあるのだ。


 まず、砂糖の、甘いモノの作り方について。
 たとえ他所の土地を持っているといえど、単純に甜菜を大量に生産するだけでは他の商人商会に対して優位性を保てない。同じ甘味料でも、他所とは違う物を用意する必要がある。
 そこで用意したのが、酒と甘葛煎、蜂蜜だ。

 酒は原料の糖度が高いモノを使用。それを、限界まで煮詰める。酒には糖分が多く含まれており、限界まで煮詰めると甘い汁になるのだ。
 次に、甘葛煎。これは冬季の蔦の樹液を煮詰めたもので、枕草子にも登場する古代の一般的な甘味料だ。ありがたいことに農園の使用していない外周区域は蔦で覆われていた。これを使う。
 そして蜂蜜。これはもう説明不要だろう。養蜂というか農園内部にあるミツバチの巣を定期的に回るだけだが、そこそこの量が集まる。幸いにしてこの世界にスズメバチはいなかったので、ミツバチが天敵に殲滅されることもない。スズメバチとミツバチのキルレシオって30:30000とかいう圧倒的無双状態なんだよな。恐ろしい。

 どれも甘味料としては優秀だが、砂糖と違い固形物に変換しての利用が面倒だ。酒も甘葛煎も蜂蜜も、液体を煮詰めた物。砂糖大根や砂糖黍と違い、砂糖の結晶にするにはひと手間加える必要がある。
 ならばと考えたのが、加工品への利用だ。
 そのまま砂糖の結晶にして売るよりは、こちらで手を加え商品として完成させた方が販売方法としては安定しているからである。
 嗚呼、それと蛇足になるが……天然結晶ならともかく砂糖は結晶化させる過程で人工的に何度も精製される。つまりはミネラルやビタミンが途中で削ぎ落とされるのだ。それが健康的に良くないという話を耳にしたことがある。まあ眉唾物だが。ま、折角だから天然物を作ることにしよう。

 それに何より、砂糖をそのまま売るのは制度の面で難しい。砂糖の取り扱いは完全に管理されており、身元の知れぬ物をいきなり流通させたら流石に不審に思われる。肉などと違い採集しましたで済まないのだ。だから正規の手段で大量に仕入れた砂糖を商会で流通させる過程で少しずつ水増しし、既存の量を上回る商品を物流に流す手法をとることとした。量が減るならまだしも、増えるんだ。普通は要所要所で公然と賄賂を贈ることになるため、減るのが常識だというのに。これなら余程のことが無い限り怪しまれはしない。


 加工の方法としては、糖蜜にした状態の砂糖水を用い、様々な加工品を造ることとした。
 そして出来たのが、ジャムなどの果実の保存食。氷砂糖や金平糖などの、砂糖結晶の加工品だ。

 ジャムは砂糖を使い果実を煮込むことで砂糖が水分を抱え込んでその腐敗を遅らせるという性質を利用した果実の保存食だ。そのままは使わず、パンやクラッカーに塗ったりヨーグルトやフレッシュチーズにかけて食するというのは現代人にすれば周知の事実だろう。だが、この世界において甘味は高級品。一般人はおいそれとは口にできない。だからこれは上流階級向けの高級嗜好品になってしまうがな。

 なんといってもやはり甘い物が長期保存できるというのはありがたい。
 果物の甘さと風味を活かした彩り鮮やかな加工品。これもビン詰にして店頭に並べるだけで宣伝効果がある。美しい果実本来の色味と、それを遮らず映す透明なガラス瓶。これだけで我が商会の力を誇示できるというものだ。



 さて、出来上がった物の多くは献上品となるが、私もみすみす長い物には巻かれよと考える人種ではない。
 こいつにステキで愉快な最高の仕掛けを施すこととしましょう。
 金平糖。芥子粒を核に糖蜜を固めることで特徴的な突起が生まれる砂糖菓子。こいつを造る際にイイことを思いついたんだ。それはそれはもう最高のアイディア。
 見ていろ貴族共。
 砂糖も塩も、酒すらくれてやろう。
 高価なもの。美味いもの。貴重なもの。みんなみんなくれてやる。
 だからお前らの全てを私に寄越せ。 
 

 
後書き
<<現在公開できる情報>>
ビーンストーク商会その3。
<i4875|34954>
ビーンストーク商会はウォールローゼ内に東西南北四つの支部が存在する。
それぞれを最高幹部の四人が支店長を務めており、支部ごとに特色が違う。

クマグス・ランド
<i4876|34954>
北部支店長。北部の特色は繊維業。北部産の毛織物は高級品として人気が高く、王宮にも献上されている。
ザボン・ミミック
<i4877|34954>
西部支店長。西部の特色は人材派遣業。西部では人材管理を率先して行っており、壁内全土に労働力を供給している。

アイリーン・ケルシュ
<i4879|34954>
南部支店長。南部の特色は農産業。低収量高品質の食品を生産しており、上流階級御用達になっている。

ブッシュ・ノエル
<i4880|34954>
東部支店長。東部の特色は発酵食品業。酒やミソ、チーズなどの発酵食品全般を多数生産し販売している。 

 

第十話 追跡

「クラウドの後をつける?」
 エレンが素っ頓狂な声を上げる。
 いつもの河原にアルミンとミカサの三人で集まった時、アルミンが妙なことを提案してきたのだ。クラウドは仕事でいない。

「うん、クラウドが料理店で働いているのは知ってるよね?」
「ああ、たまに貴重な肉とかを分けてくれるから、母さんがかなり頻繁に利用しているぜ」
 スウィニートッド料理店は妖しい噂が絶えないが、高級品の肉を何故かかなりの数保有しているため、訪れる客は多い。そして、実質的な店長であるクラウドは、おすそ分けとして親しい友人の家族に何度か肉や塩、砂糖などの高級品を分け与えていた。偏に顔を売っておき、原作キャラと懇ろになりたいからという下衆な考えの元だが。

「そう、その肉だよ。なんであそこはあんなに大量に肉を商品に出せるか、考えたことある?」
「……わかんねえけど、たしかビーンストーク商会の仲間なんだろ? だから、そこから貰っているんじゃないか?」
 確かにスウィニートッドはビーンストーク商会の直営店だ。だが、それにしたって商会がどうやって大量に肉を確保しているのかは不明なままだ。

「あの商会には色んな噂があるんだ。それこそ眉唾物の黒い噂から、とんでもない物まで色々」
 流れている黒い噂は殆どがやっかみや妬みから、ライバル商会などが流したものとされていた。その中でも際立っているのが、『あそこの扱っている肉は人の肉である』というものだった。
 実際事実だからどうしようもない。だが、高級品は貧乏人には買えない。たとえ人の肉だろうと美味いものは食う、というのが貴族の大多数の考えだ。
 よってこれらの後ろ暗い噂の多くは、上客の殆どが貴族などの権力者であることから、根も葉もない噂として商会の安全は保証されていた。

「その中に……壁の外に出入りできる組織と繋がっているって話があるんだ」
「なっ!? ホントかよ!?」
「あくまで噂だよ」
 こんな話誰かに聞かれては不味いと、声を潜めて辺りを見渡す。
 幸いこの三人以外誰もいない。

「それで、その噂が本当なら、クラウドも外の情報を知っているんじゃないかな。それに、あれだけの量の肉を定期的に確保するには、壁の中の生産だけじゃ足りないはずだよ」
 それがこの噂の信憑性を高めていた。
 表向きには、隠遁したとある貴族をスポンサーにして商品を確保しているとしてあるが、それを全て信じるようなお人好しばかりではない。


 あの商会には表沙汰に出来ない何かがある。
 これは公然の秘密のようなものだった。
 現状、権力のある貴族や組織と癒着することで今の地位を保っているビーンストーク商会は、多くの利権がからんでいる。

 何処か一角の利権組織が今以上の上納金などを要求した場合、他の利権団体にそのことを報告する。そして、圧力をかけて貰う。
 権力者たちはその殆どが同格の存在だ。一つの陣営が無茶な意見を言い出しても、他の多数の権利者たちの権利が損なわれてしまうため、それを権利者たちが阻止しだす。
 同格の存在たちが手を組んで妨害してきた場合、言う事を聞かざるをえない。つまり、お互いがお互いを監視し合い牽制し合うため、一定の距離感が生まれているのだ。
 この権利者たち。普段は必ずしも協力体制にあるわけではない。普段対立し合う商会だったり、貴族だったりと、仲のいい陣営は少なくとも現在は存在しない。
 そのため、権利の拡大を求めて一致団結するなどという事態は起こりえぬが、逆に今の権利を守るためだったら最低限の協力はする。
 そうして数々の利権者たちに守られ、ビーンストーク商会は権勢を保っていた。今は、な。


「だから、クラウドのことを調べれば、何か分かるんじゃないかな」
 外の世界について。それは、エレンとアルミンの二人にとってかなり興味のある話題だった。それについて知る切っ掛けになるかもしれないのだから、俄然やる気が出るというものだ。
「そうか……よし! 確か明日アイツは商品の仕入れとかでここを出るんだったよな。それをつけるか!」
「ダメ」
 いざその計画を実行に移そうと意気込んだところ、横合いからミカサの冷たい否定の声が届いた。

「な、なんでだよ! アイツを調べれば外の事について何か分かるかもしれないんだぞ!?」
「商品の仕入れなんて一日じゃ終わらない。現にクラウドは一回仕入れに向かうと、何日も帰ってこない。何日も家を空ける気?」
「う……」
 正論を言われ、たじろいでしまう。
 正規の仕入れルートも存在する商会は、壁の中を回って行商をしている。クラウドはたまに護衛兼部隊長として、シガンシナ区を空けて商隊を率いていることがある。実際護衛はクラウド一人いれば事足りるので、普段かけている護衛用の費用削減になるため、頻繁に商隊に参加している。

 もっとも、原作第一話の日に現場にいれるように、しっかりとタイムスケジュールは組んでいるが。具体的には『調査兵団が街にいること』。これを順守できるよう、この時は街の中にいるよう心がけている。原作では調査兵団が逃げ帰ってきて、その少しあとに壁が破壊された。
 つまり、調査兵団が帰ってくるのに合わせれば時機を逸することはないだろうとの考えだ。

「それに、随分遠くまで向かうらしい。それにどうやってついて行く気? 荷馬車に乗り込むの?」
「そ、それは……」
 歩いて追跡するのは、現実的に考えて無理がある。

「ふむ、荷物の中に空の大樽がある。その中に潜んでみる、というのはどうだろう」
「そ、そうだ! ソレにしようぜ!」
「流石クラウド! 僕たちに出来ないことを平然とやってくれる! そこに痺れる憧れr…………クラウド?」
 途中までノリノリで口上を述べかけていたアルミンが、信じられないモノを見たかのように私を見て止まった。
「うん? 私はクラウドだよ。エレンとアルミンとミカサのソウルブラザー、クラウド・ジンさ」

「え、えぇええええええええええっ!? い、何時からいたの!?」
「ふむ? 『おはよー、今日は暑いねー』『クラウドは?』『ああ、仕事だってよ』の辺りからだな」
大分大分前から(十話の前から)じゃないか!!」
 ああ、つまり君らの潜入ミッションは始まる前から失敗に終わったわけだ。

「なんだ、我が商会の秘奥について興味があると?」
 ふふん、そいつは言えん。言えんなぁ。
「どうしてもそれが知りたかったら、我が商会に生涯の忠誠を誓え。話はそれからだ」
 まあ商会というよりも私個人に、だが。
「商会会則第一条 上意下達は絶対。商会会則第二条 詮索の禁止。商会会則第三条 徹底秘密主義。商会会則「ちょ、ちょっと待って!」……なんだ、まだあと30個ほどあるんだが」

 鋼鉄の掟と呼ばれる会則。これらを商会の組合員全員に徹底させることで、我が商会は秘密の保持と繁栄を続けてきた。勿論破った間抜けは世にも奇妙なオブジェに変えられて商会本部のロビーに飾られている。ただの一人も例外はいない。
 保存が難しかったが、まず抜いてもただちに影響のない肝臓や腸などの臓器を順々に取り出す。続いて全身の血を生きながら抜くことでミイラを作成。そして後は防腐処理をしたらステキすぎる現代アートの完成。
 趣味が悪いって部下たちには大不評だが。

 いいじゃんか。我々に逆らう愚か者は皆こうして一族郎党親類縁者田中諸共根絶やしにされる。それを見せつけてやるのさ。
 何もおかしいことはない。まあウチの商会なんて殆どヤクザみたいなもんだからな。示威行為に命をかけるのがヤクザやマフィアという存在だ。この業界、なめられたらオシマイだからね。
 ウチは固有商品の専売と肉の取り扱いのカルテル。他には兵団の物資の全てを担う大商会という役割がある。それらは表向きにはそうだが、専売などには利権が大きく絡む。利権があるということは、金と力が渦巻く万魔殿であるということで。つまりそこを渡り歩くには多少薄汚れる必要があるのだ。
 結果、荒事専門に扱う部署もあったりする。
 まああれだね。金が儲かるのはイイことだ。

 嗚呼。ただ、古いのはどんどん捨てていかないと、ロビーが気色悪い置物で占領されてしまう。
 結構頻繁に犠牲者は発生するのだ。
 それをもう殆ど作業感覚で造成する私。
 結果、常に12体の彫像が屹立するステキな空間が商会本部のロビーに形成されてしまっている。
 まあこん中に入る奴らなんて、商取引をする商売相手か、巡検にくる憲兵などだ。一般人はいない。なら、この程度の悪乗りくらい許してもらいたいものだね。


「ふむ。そういや二人は将来調査兵団になるんだったな」
「そうだよ。ていうかお前もそうだろ!」
「クラウドは、商会と兵団、将来は両方とも続けるの?」
 嗚呼。そいつはいい質問だ。
「……ふふ。実は今、我が商会では後進の育成が盛んでね。一部の幹部が前線を退いても組織が回ってくれるよう取り計らっているところなのだよ。ここらへんに我が商会の秘密があるんだな、これが」
 将来的には、私がいない間も商会が回るようにしてほしい。
 まあ流石に肉とかは私が週一か月一ぐらいで確保するのは現状必須だろうが。

「こうとでも言ったらいいのか? 商業王に俺はなる!! って」
「いや、分からないけど……」
 まあ商取引は趣味でやってる側面が強いからね。それにしたって養う部下が増えすぎたため、真面目にやらざるをえなくなったんだが。

「まあいいじゃないか。将来の事は将来の自分が決めてくれる。例えばミカサが私たちと一緒に調査兵団に入団する可能性も無きにしも非ずだぞ?」
「わ、私?」
 びっくりしてきょとんとした表情をするミカサ。
「応ともよ。逆に考えてみるんだミカサ。(調査兵団に)行かせちゃってもいいや。ってな。そん時はお前が今以上に強くなって、エレンたちのことをケガしないようにサポートしてやりゃあいいんだ」
「!! な、成程……」
 ミカサは天啓を得た、といった感じの顔でぶつぶつ何事かを呟いている。何時もの病気か。耳をすませば、『エレンの敵は全て駆逐』『エレンに仇なす輩は全て抹殺』などとかなり危険な考えをお持ちのようで。

「じゃ、私は昼休憩が終わったので仕事に戻ります。それじゃーなー」
「え、ちょ!? (こんな状態のミカサを)置いてかないでよ!!」
「ん? じゃーなー、クラウド!!」
 未だトリップ中のミカサ。捨て犬のような縋る目で哀願してくるアルミン。状況をよく呑み込めず能天気にブンブンと手を振るエレンたちを尻目に、私は職場に戻った。
 さあ、今日からまた農園との往復の時間だ。
 
 

 
後書き
<<現在公開できる情報>>
<i4881|34954>
クラウド・ジンは相貌失認障害であり、同じ人類相手でも区別が付きづらい状態にある。
現在区別のつく人間はイェーガー一家、アルミン、クリスタ、一部商会部下だけ。時間をかければなんとか認識できるようになるが、そこまで深く関わる人間は少ない。
だが、匂いや味で個体の識別は可能。興味のない一般人でも嗅覚や聴覚、味覚で認識できる。 

 

第十.五話 劇薬

「イーさん!」
「ん?」
 聞き馴染んだ声がしたので振り返ってみると、同僚のアドルフ・ルーデルが小走りでやってくるとこだった。
「イーさんも呼ばれたんですか?」
 隣にやってくると、自然と歩調を揃えて俯きがちに聞いてくる。
「まあ、ねー。どうせ碌でもないことでしょーが」
 溜息を吐き出しながら愚痴を零す。
「そ、そんな! 僕らが呼ばれるってことは、きっとオオゴトですよ! 気を引き締めていきましょうよ!」
 わたわたと大仰な身振りを加えて必死に弁明するアディ。その盲信っぷりから副代表殿に対する忠義が伺える。
 だがねー。

「その、大事が碌でもないってんですよー」



……………………………………………………………………………………………………………………



 俺、イーバー・ドットの人生ってやつを振り返ってみれば、それはそれはクソみてえなもんだった。
 口減らしで捨てられ、みなしごになり、後はゴロツキ一直線。
 民の義務だとかいう兵士にも生産者にも、果ては商人や役人になることもなくただ毎日の糧を他人から奪いせせこましく生きるだけの毎日。
 人の生きる意味ってやつを見いだせず、ただ『生きる』だけの毎日。
 たまに無性に自分が許せなくなり、自傷行為に走ることも多数あった。
 そんな俺が何とか生き延びてこれたのは、一緒にいた妹の存在のおかげだ。

 ヒナだけは何があっても守る。それだけを考えこの薄汚れた世界を生き延びてきた。
 俺にとってもう唯一の血の繋がった家族だ。一緒に捨てられ、それ以来一緒に生きてきた。
 お互い育ちの悪いロクデナシだってことは理解している。
 奪い、盗み、場合によっちゃあ殺す。俺達の手はとっくに血まみれだ。

 そんな生活を続けていたから、罰が当たったのだろう。
 ヒナが流行病に罹った。

 今まで踏みにじってきた多くの『その他大勢』のように、今度は自分の最愛の妹がその命を散らそうとしていた。

 俺は必死になって助けようとした。
 アイツの為なら何だってやれる。俺は馬鹿だから難しいことは分かんないけど、病気を治す薬が必要だというのは分かった。
 だから、盗んででもその薬を手に入れることに躊躇いはなかった。
 だが、その薬って奴がそもそも俺の身近に無かった。
 かなり貴重な物らしく、俺らが住んでいる区ではお医者様だってその肝心のワクチンを持ち合わせていなかった。

 どうすればいいのか。
 方々駆けずり回ってそれでも薬を手に入れられず、失意のうちにねぐらに帰り着いた時に異変が起きた。
 眩む視界。はっきりしない頭。立っていられない程の倦怠感。急速に熱が上がり、全身がズキンズキンと痛む。体が震えカチカチと歯が鳴る。
 そして気付いた。俺も病気に罹っていたことに。

 なんて間抜け。
 気づいた時にはもう遅い。知らぬ間に病魔が俺の身体を蝕みきっていた。
 足に力が入らなくなり、俺はその場に崩れ落ちる。
 このまま、兄妹揃って誰にも知られず野垂れ死にするのか。
 そう諦めかけた時だった。
 俺はあの方に出会った。



……………………………………………………………………………………………………………………



「イーさん?」
「お、おお」
 気が付いたら目的の場所まで来ていた。
 ビーンストーク商会の表向きの代表、アサド・ロウランの執務室前。
「どうしたんですか? なんか考え込んでいたみたいですけど」
「……なんでもねーよ」
 言えるか。少し過去を思い出して物思いに耽ってました、なんて。

「じゃ、入りますよ」
 そう言ってアディは扉をノックする。
「どうぞお入りくださいッス」
 中から女性の声が聞こえる。
 最愛の妹、ヒナ・ドットの声だ。ヒナは商会秘書として働かせて貰っている。昔の俺達からすれば考えられない程の高待遇でだ。
 今じゃ俺達は住む家もあれば、その日の食事に困ることもない。それもこれも全て、あの日俺達を拾ってくれたあのお方の御蔭だ。


「「失礼します」」
 部下として、一応きちんと形式通りに挨拶をして中に入る。

 中には既に俺達以外の十人が揃っていた。



……………………………………………………………………………………………………………………



 何の用なんですかね。最初期(ファースト)組員(メンバー)勢ぞろいじゃないですか。
 また我が商会へ利権に目のくらんだ薄汚ぇゴミクズ共が群がってきたんですかね。
 ああ嫌だなぁ、またお掃除しないといけないじゃないですか。面倒くさい。
 僕も暗部組織の長なんてやってるわけですが、成行きでこんなことになってますが、本当はもっと明るい仕事をしたいと思うこともあるんですよ。
 例えば……そうですね、パン屋さんとか。料理屋のウェイターとかもいいですね。まあ僕は知らない人の前に出るとどもって喋れないし、人と目を合わせられないから好き嫌い以前の問題ですが。

 でも、僕はクラウド様に請われて今のこの立場にいるんです。だったら僕の意見なんざ無視してしかるべきですよね。
 クラウド様が僕に命じた以上、僕は何一つ思考することなくただ粛々と与えられた仕事を遂行すればいい。そこに疑問や動揺なんて存在していいはずがないんです。
 今日も何かしら商会で大きな仕事をこなすために集まったのでしょう。
 ならば僕はその期待に応えるために全力で取り組むだけです。

 さあ、なんでも仰って下さい。貴方の為なら僕は地獄の釜の蓋でも開く所存ですよ。
 何故なら、アドルフ・ルーデルはクラウド・ジン様の忠実な下僕ですから。



……………………………………………………………………………………………………………………



「さて、揃ったな」
 形式上俺の部下ということになっている商会幹部の十一人が今この部屋に集まっていた。

 俺、アサド・ロウランは新興の大規模商取引連合ビーンストーク商会の代表をやっている。
 だが、それはあくまで表向きの話だ。
 実権は一回りも二回りも歳の離れた子供が握っているだなんて世の中の連中が知ったら、皆どう思うだろうな。

「今日集まって貰ったのは他でもない。今後の我が商会の運営方針について重大な発表がある」
 ぐるりと周囲を見渡し、集まったメンバーの顔を見る。
 皆予想していたのか、特に動揺した様子はない。

「まあ大筋は変わらん。貴重品目を秘匿生産し、上層部に流して利権を獲得する。そして一般商取引は堅実なままで。今まで通りだ」
「ん? それじゃあどこが変わるんですかい?」
 マックス・バリューが胡乱な顔をして挙手し質問した。
 まあ言わんとすることは分かる。
「これまでウチは反則を使って商品を確保してきた。そしてそれを高額販売することで利益を上げてきた。……だがな、その利権を守る為にしてきたことがあるだろう」
賄賂(まいない)……ですねぇ」
 北部支店長、クマグス・ランドがしみじみと口にする。

「そうだ。我々がこれ程の権勢を短期間で得られたのは偏に裏工作に力を入れてきたためだ。賄賂などを使い、販路を勝ち取る。奪い去る。それは我々の成り立ちに関わる以上これからも続けていかねばならない」
 一度汚いことをして上に行った場合、途中でそれを辞めることが出来ない。此方が辞めようとしても、向こうが許してくれないのだ。まあ、こればかりは人の性だから諦めるしかない。それに、この行為が間違っていたとも思えん。

 だが、問題もある。
「……ですが、貴族様や憲兵さんたちが大人しく今のままで満足するとは思えませんが」
「そうだな、人の欲望は際限がない。彼ら、いずれもっと寄越せってせっついてくるだろうよ」
 南部支店長、アイリーン・ケルシュと西部支店長ザボン・ミミックが意見を述べる。

 そうだ。一度そういった類の要求を許してしまえば、あとは要求が天井知らずに肥大化していくだろう。
 特に憲兵共というのは権利を嵩に着て増長している。彼方が黒と言えば白でも黒に変えられる。奴らのご機嫌を損ねて無実の罪を着せられ潰されてしまうというのは、何も珍しい話ではない。だから、嫌でも奴らには従わなくてはならないのだ。
「ああ、だからこそそのような事態に対処するため此方にも考えがある」
「考えだぁ? どうすんだよ。今更普通の肉や砂糖菓子、酒なんかで言う事聞かせられるとは思えねえが」
 東部支店長ブッシュ・ノエルがもっともなことを言う。
 まあ普通はそうだ。普通はな。
 そして、ウチは普通の商会じゃねえ。

「メフメト」
「はい、此方です」
 総料理長メフメト・サンドイッチが例のブツ、ワイン瓶に入れられたあるものを取り出す。
「……なんです、それ?」
「酒、か?」
 訝しげに注意深く現物を眺める暗部組織の二人。彼らでもこれについては理解できない異物だ。
 しっかりと封をして梱包され、豪華なラベルが施されたソレ。桐の箱に入れられ見た目はただの絢爛豪華な赤ワインだ。そう、見た目も味も、ただの高級なワインでしかないのだ。
「献上品として専用に開発したものだ。今後は賄賂にはこれをメインに使うことになる」
 俺がそう述べると、流石に動揺が見られた。
「おいおい、それがどれだけ上物で美味い物になってるのか知らねえがよ、普通の酒じゃあ今更たいした効き目は無いんじゃねえのか?」
「それについては私が説明しよう」
 相談役、クラウド・ジン副代表が沈黙を破り口を開いた。
 すると、今までざわついていたのがピタリと止まり、耳が痛い程の静謐な空気が立ち込める。
 流石の統制力だな。



……………………………………………………………………………………………………………………



「細かい仕組みは言っても理解が及ばない者もいるだろうが……簡単に説明するとだ。これにはある薬品が混ぜ込まれている。ヒナ。資料を配りなさい」
「はいッス」
 私の傍らに待機させておいたヒナが用意しておいた資料を集まったメンバーに配る。
 資料にはそのワインに混ぜてある薬品についての詳細な人体実験のデータが書かれてある。
 人工麻薬『含邪(ガンジャ)』についてのデータだ。

「見て貰えば分かるように、『麻薬』は摂取するとアルコールや砂糖、煙草なんか目じゃない程依存性が強く作用し、一度でもこれを口にすればまた口にしたいと誰もが思うようになる。そしてそれが手に入るのならどんな犠牲を払ってもいいと思えるようになるのだ。これは科学的な生理反応だから、意思や信念なんぞではどうにもならん」
 商会に忍び込んだ哀れなコソ泥なんかを有効活用し、薬物実験に勤しんだ。暗部組織のイーバー・ドットとアドルフ・ルーデルにも秘密でだ。
 このことについて知っているのは、商会代表アサド・ロウランと私、そして手伝って貰ったメフメト・サンドイッチとヒナ・ドットの四人だけだ。
 何故この人選にしたかというと、まずアサドはお飾りとはいえ代表だから知っていなければならない。そして、食に関することなら総料理長であるメフメトの協力が不可欠。更に、データ管理と科学的実験に助手が必要だったので、商会秘書のヒナに手伝って貰った。
 全員殺されても秘密を漏らさぬような信用できる仲間たちだ。それでも不用意に大勢に知らせるとどこから情報が漏れるか分からんのでな。必要最小限の人員でことに当たらせて貰った。

 麻薬、覚せい剤、ヘロインコカインLSD。薬物という奴は恐ろしいものだ。
 不用意に関われば、自分の意思を無視して見も心もズタボロにされる。
 そして、例え薬物について知り、もう二度と薬物を使うものかと考えたとしても、もう遅い。
 脳内で分泌される化学物質を自分の意思で操ることなんて、普通の人間には不可能なんだよ。心は置き去りにされ、肉体が薬を欲する。クスリで得られる多幸感を知ってしまった身体は、もはや薬物の虜になる。
 言うなればこれは肉体を縛る鎖だ。

 私が作り出した人工麻薬含邪(ガンジャ)は依存性が強く、耐性が付きにくいという素晴らしい特徴がある。煙草やアルコールなんぞよりも格段に強い依存性が身体的、肉体的に発生するのだ。耐性が付きにくいため、何度も服用したがるようになる。そして、一度服用してしまえば何度でも同じものを欲するようになる。やがて次第にそれ以外のことが手につかなくなってくる。「覚せい剤辞めますか? それとも人間辞めますか?」という状況になるのだ。脳内で通常の人類とは全く異なる化学物質が分泌され、通常の人間とは異なるモノを見て、感じるようになるのだ。ヤク中は人間ではないのだよ。
 あとはもう簡単だ。
 大手を振って侵略を開始する。

 ヤク漬けでまともな思考をぶち壊されたジャンキー共を支配するのなんて簡単だ。
 奴らはシャブさえあれば他に何もいらないんだから。
「これを口にすれば、必ず同じものを欲するようになる。そして、これを造れるのはウチだけだ。ならば、あとは我々の価値を吊り上げていけばいい。このクスリなしでは生きていけないような状態になった連中を支配するのなんざ、赤子の手をひねるようなものだ」
 さて、ここまで話せばもう分かるだろう。
「諸君。いよいよ落日の日は近い。これをもって作戦名落下生の銃弾(ピーナッツバレット)を終了し、次の段階である不戦開城(ダーティリカー)へ移行する」
 背筋を伸ばし、右手を上げて手のひらを左下方に向け、人さし指を右のこめかみに当てるようにして敬礼を行う。そう、地球式の敬礼だ。

「勝利の為に」
 私が号令を出すと、全員が答礼して唱和する。
「「「勝利の為に!!!」」」
 やるからには勝たなくてはね。
 
 

 
後書き
<<現在公開できる情報>>
ビーンストーク商会その4。
<i4939|34954>
「豆の木ビーンストーク」の名は言わずと知れた『ジャックと豆の木』からとられている。
その根底にはお伽噺に準え、“何もかも奪われた人類が、巨人どもから何かを掠め取ってやる”という意思がある。


「含邪ガンジャ」
<i4901|34954>
体内であらゆる化学物質を意図的に生成できるクラウドが自身の体液から製造した人工麻薬。
エンドルフィン、ドーパミン、アンフェタミン、メタンフェタミン、エンケファリン、ダイノルフィン、セロトニン、ノルアドレナリン、アドレナリンなどの分泌を促進し精製する。
純度は低いが普通の人間の脳内から取り出すことも出来る。
経口摂取、静脈注射、吸引などにより体内に入ると強い快感、酩酊感、多幸感を得られ、一度摂取すると強い依存性を発揮する。
効能はアッパー、ダウナー、サイケとブレンドにより異なる。 

 

第十一話 暗部

「いいか? ここの右の眼窩から指三本分。そうそう、ここを指で輪っかを作れるくらい空ける」
「こうですね?」
 ゴリッガリッ。
 ギギギギギギギギギギギギッ。
――ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?――

 イーさんが私の指示通りに器具を使い人体に穴を穿つ。
 献体が実にいいハーモニーを奏でるが、全身を雁字搦めに拘束してあるので逃れることは不可能。目の前の解剖台に乗せられた献体番号7441112-002はちょっと頭蓋に穴を空けたくらいで失神してしまった。どいつもこいつも屈強な身体をしている割に小心な奴だ。

「よし、皆! じゃあブリーフィングで説明したように、指定した脳味噌をこの掻き出し棒で取り出すんだ」
 特注の細長い鉄の棒を掲げて見せる。
「「「はい!」」」
 皆いい返事をしてくれる。
 イーさん他多数は勢いよく剥き出しになった脳細胞に無骨な鉄の凶器を差し込んだ。
「ぐぁっ!」
 すると、何個かの献体がくぐもった呻き声を漏らす。
「あれ、喋った?」
「ただの反射反応だ。起きているわけじゃない」
 今もぴくぴくと電極を差し込まれたカエルみたいに痙攣して意味のない呻き声をあげているが、意識は完全に落ちている。

 ぐちゃぐちゃと魂の座(ゼーレ)を切り開き、凌辱する。医療行為ですらないこの光景、普通の人間ならば忌避感を覚え恐怖に駆られるような物だ。気の弱い人間ならこれを見るだけで気絶、いや発狂するかもしれん。
「よし、取り出し終わったら薬液を注入。穴を塞いで縫合だ」
「了解です」
 だが、私の部下として日々研鑽を積んできた彼らになら、造作もなく容易く行えるただの作業でしかない。まるで昼下がりのティータイムのように平静な心持で、彼らは献体の脳の一部を取り外した。

<i4887|34954>

 今回行った施術は、玩具化手術(ロボトミー)
 脳の思考を司る部分や過去の記憶に関する部分を取り除き、真っ新な動物を造るための手術である。
 これを施された人間は、過去の全ての記憶や信念主義思想、趣味嗜好に至るまで自分の人格の全てを壊される。
 そうして後は薬物でコントロールして慣らしていけば、こちらに従順で純粋な人形兵士の出来上がりだ。

 こいつのいいところは、本来兵士などの戦うことを生業にする職種の人間が通過するべき、人格の再構成をごく短時間に、こちらの都合に合わせて行えるというところだ。
 何処の世界でもそうだが、兵士は同じ人間を相手にして戦い、時には殺すことを要求される。真っ当な人間ならば、同族殺しは忌避し行動に移せない。普通はそれでいい。むしろ人殺しを平然と行えるような社会不適合者(ミスフィット)がそう沢山居ても困る。
 だから、どこの軍隊でも通過儀礼(イニシエーション)を行い今までの人格を否定し、模範的な兵士という新たな人格を上塗りするのだ。有名なのはフルメタルジャケットという映画のハートマン先任軍曹。その鬼畜っぷりは筆舌に尽くしがたい。新兵たちに人格否定にも聞こえる訓戒を浴びせて戦争マシーンに鍛え上げるという、あまりにも有名なシーンがある。新兵一人一人に屈辱的な渾名をつけたり、やたらとFuckFuck連呼したりして今まで築き上げてきたものを全否定するのだ。
 この進撃世界にも似たようなのはある。訓練兵団に入団したものは、まず初めに教官に恫喝される。過去の自分を否定し人殺しを行える別の生き物に変貌させるためだ。

 しかし、それは一朝一夕で成るものではない。一人一人順番に睨みつけ、大声をだし、罵声を浴びせる。こんなことはそもそも兵士になるという信念がなくては誰でも逃げ出してしまうほど嫌なものだ。
 生産者になるのが『臆病者』と呼ばれ蔑まれるため、仕方なく兵士になることを選ぶ若者たちは多い。だが、実際に最初のイニシエーションで挫折し、臆病者になることを選択する人間も少なくない。
 目的があってもそうなのだ。何の志も持たない人間を我々に忠実な戦闘マシーンに洗脳するのがどれだけ困難か分かる。

 まあ実際、相手の事を一切考えないのなら洗脳なんてのは機械や特殊な薬品を使えば簡単にできる。人格を破壊し命令を聞くだけの畜生に貶めればいいのだから。要は犬猫を躾けるような感覚でいけば、自然と動物然とした仕上がりになるということ。
 だが、この世界にはそんな高度な機械も薬品もない。
 しかし薬品に関しては問題ない。私が玩具化手術で用いる薬品はそれほど特殊な代物ではないし、何より人格の初期化を取り返しのつかない方法で行う。つまりは簡単な指示しか受けつけない動物に貶める代わりに、処理も簡便化したという訳だ。

 脳を破壊された人間は正常な判断も出来なくなり、場合によってはエピソード記憶から意味記憶に至るまで自身がこれまでの人生で築き上げてきた記憶の大部分をごっそり失う。すると何も持たない空っぽの人間が生まれることになる。何故なら記憶とは魂。即ち人格そのものだから。
 そこに文字通りのアメとムチを使い分け、調教してやるのだ。
 その結果犬畜生にも劣る愚昧なケダモノに成り果てるが、単純作業をこなすだけならこれ以上ない程有意義な存在だ。
 彼ら、『玩具兵』は恐怖も禁忌も存在しない。上位者に言われたことを淡々と行動に移すだけの装置となるからだ。

 こいつらを農園の管理運営から自衛のための武装化、単純労働などに従事させることで、我が商会のマンパワー不足を解消させることにしている。
 幸いにして我が商会は秘密の多い利権団体だ。砂糖に群がる蟻のように、我々を餌だと思い込み多くの人間が寄って集ってお零れに預かろうとする。。
 そんな邪魔な存在、放置していいわけがない。
 皆纏めて駆逐してやろう。
 そいつらの成れの果てこそ、意思や思考すら凌辱されただの動物に変貌した我が商会の下僕だ。

<i4885|34954>

「副代表。指示通り全ての献体を処理し終わりましたッス」
「そうか。ありがとう」
 時刻は宵の口。商会本部最奥にて、私の分の受け持ちを処理し終えたため、休憩をしているところだ。
 本日の成果としては、半日使って暗部を総動員して献体をおよそ100体処理。日産でこれだけ結果を出せれば、継続して製造することを考えると合格ラインだ。今までは私が一人でやっていたからな。
「ただ、何個か反応が芳しくない献体もありますッス。術後の経過で更に何体か廃棄する必要があると思われますッスね」
「それは仕方あるまい。皆初めてのことであったし、施術の効果には個人差もある。8割残れば今のところは充分だ。追々施術の効率を上げていく必要があるだろうがな」
 まあこればかりは慣れて貰うしかない。
 今は失敗が続くこともあるだろうが、すぐに慣れる。何とも思わなくなる。そしてただの作業に感じられるようになる。
 そうなれば後は簡単だ。
 無心で兵隊を量産。そして、来るべき日の為に戦力を増強し続けるのだ。


 コンコン。
 私たちの居る休憩室がノックされた。
「入りたまえ」
「「失礼します」」
 許可を出すと、片手に荷物を提げたアディとイーさんが入ってきた。
「どうした? 今日はもうオフだ。後は各自今日の術式を復習して毎回確実にこなせるようにするよう言いつけたはずだが」
「いえ、別件です」

 ふむ、別件か。
「それはその荷物に関することか?」
「ええ」
<i4886|34954>
 一つ頷くと、アディはスッとその荷物をテーブルの上に放ってあった新聞の上に置いた。
「んん~~?」
 じっと穴が開くほどソレを見つめる。どこかで見たことあるような気が……誰だっけ。

 関係ないが私は人の顔と名前を覚えるのは苦手だ。というか人様の顔と名前を覚えるのが苦手とか言ってる人間の大部分は、無意識下にせよ識域下にせよ心のどこかでそもそも覚える気が無いのだ。それを苦手とか言ってもっともらしい理由で誤魔化しているに過ぎん。
 まあ私は人間にとって別種の生き物である犬猫の顔が見分けの付きにくいのと同様に、最早人間の個体区別が付き辛い状態にあるだけだが。これって相貌認識障害って奴かね。
 でも大丈夫。一度味を覚えればその人間の区別は容易につくから。

「ホラ、あれですよ。アーネスト商会の」
「…………ん、嗚呼成程。たしかにコレは見たことあるね」
 こいつはライバル商会の一つ、アーネスト商会の重役さんじゃないですか。
「名前は確か……ミソ・スープさんだっけ」
「いえ、シオ・マクドネル(Ciot McDonnell)です」
「そうその塩マックさん。どうしたの、こんなんなっちゃって」
 随分軽~くなっちゃって。首から下何処に置いてきたんです。

「はい、実は毎度のことながら、ウチの情報を盗もうと他の組織の人間が敷地内に侵入していたのですが……」
 またですか。まあ有名税と思うしかないな。嫌なことは変わらんが。
「今回はこいつが商会として部下を引き連れ正式に商館に入り、商談中に部下を動員して情報を盗もうとしていたらしいです」
「……らしいってことは実行に移されなかったんだ」
「ええ、一目見て御大将に隔意を持っているのが丸わかりでしたので」
「でしたので?」
 目線で続きを促す。

「挨拶もそこそこに脛から下を切り落としました」
 いやいやいや。性急過ぎやしないかね。
 まあアディは人の敵意や悪意に敏感だからな。しょうがないか。
「その後尋問部に明け渡したところ、今回の計画が判明しまして」
「俺も玩具兵の処理が終わったあたりで合流しましてね。すぐに残りのカス共を狩りました」
 ふーん。ま、事前に敵の計画を頓挫させたってことでいいかな。
「で、私のところに来たってことは」
「はい。今はアサド氏が事後処理を行っていますが、正式に入ってきた奴らがこのような計画を立てた上に丸ごといなくなるんです。これは向こうの上層部の意向が関わっているでしょうから、ただ消すだけでは流石に今後の活動に支障が出るかと」
「まあ消してから言うのもなんですが」
 本当そうだよ。

 うーん……面倒だな。
 そいつらもやっちまうか。
 うん、そうしようそうしましょう。それがいい。
「幹部会を開く。大会議室に幹部たちを集めておけ」
「「ハ! かしこまりました」」
 二人は敬礼しキビキビと部屋を退出する。まるで軍人のような挙動だ。まあここは軍事力を兼ね備えた私設軍事組織みたいなもんだからね。

 その後、アーネスト商会は我がビーンストーク商会の傘下に入ることとなった。
 
 

 
後書き
<<現在公開できる情報>>
<i4888|34954>
「玩具兵」
記憶と人格の全てを破壊され、上位者の命令に忠実なだけの畜生に貶められた元人間。
調教次第で単純な命令や指示なら受け付けるようになる。現在は中隊規模の玩具兵がいる。脳内のあらゆるリミッターが解除されているので単純な対人戦闘能力は高い。
巨人と玩具兵のキルレシオは1:1だが、連携を取らせると滅多なことでは後れを取らない。 

 

第十一.五話 吸収

 
前書き
少数話の話は時系列が曖昧になっています。 

 
「さて、諸君。今回集まって貰ったのは他でもない」
 眼下に広がる大勢の部下たち、商会幹部30名弱を前に口を開く。

 我が商会は俺、アサド・ロウラン代表を筆頭にした最初期組員の12名からなる最上級幹部会を最高委員会とし、更に本部常駐上級幹部5名、支部上級幹部20名、通常幹部32名からなる幹部会を意思決定機関として運営されている。
 今回は本部組の最上級幹部8名、上級幹部5名、支部出向組上級幹部2名、通常幹部16名が集まっている。

 彼らを集めるということは、商会が大きな動きを見せるということだ。集まった幹部たちは皆一様に期待と不安でそわそわしている。
「我々はこれまで最前線の街、シガンシナを拠点とし活動してきた。これは我らが兵団との強固な繋がりを有するという観点から、各兵団に対し動きが取りやすいよう計らった結果である」
 嘘だ。ボスが何やら画策した結果だが……このシガンシナで将来大きな事件が起こるらしい。ボスが言ってた。つまりは疑う余地もなく事実でしかない。
 我々はそれに、その人類の危機とやらに対応するため、本当のボスであるクラウドが何時でも動けるようここを拠点としたに過ぎん。だが問題が起きたのだ。いらん勘ぐりをされて動きづらくなってきている。最低限の活動拠点を残し本部機能を移転する必要があるかもしれない。

「だが、我らが日々巨人の脅威に屈することなくこの世界を繁栄させるために商取引に尽力していたにも関わらずだ。内地のモグラ共、アーネスト商会は我らビーンストーク商会にネズミを放った!」
 身振りを交え声にメリハリをつけて力説する。
 観衆は引き込まれている。俺はこういうのは得意らしいからな。ボスのお墨付きだ。
 部下たちは驚愕の事実に驚き、ざわついている。

「彼奴らは我らが不断の努力で手にした僅かばかりの売り上げを、愚かにも横から掻っ攫おうとしたのだ!! あまつさえ、このシガンシナ区に破壊工作を行おうとすらしていた!! このような横暴、許していいものか!!」
 観衆が俺の呼びかけに対し湧き立つ。
――ふざけるな!!――
――奴らに正義の鉄槌を!!――
――鉄槌を!!――
 熱に浮かされたかのような陶酔した顔で、皆がシュプレヒコールを上げる。此処にいる奴らは皆どん底から這い上がった奴ばかりだ。人員の確保は定期的に行っているが、そういう人間の方が恩義を感じてくれて献身的に働いてくれる為、重宝している。皆、自分が流されていることに気付きもしないで喉を張り上げる。
――鉄槌を(Gericht)!! 鉄槌を(Gericht)!! 鉄槌を(Gericht)!!――

「よろしい!! ならば我々は、奴らと全面戦争をする!! 既に向こうの放ったネズミ共は捕えてある! ならば! ならばだ! 我々は立ち止まるわけにはいかない!!」
――そうだそうだ!!――
――戦え!!!――
「これより我らビーンストーク商会は件のアーネスト商会を敵性と認定する! そして、草の根も残らぬほど徹底的に痛めつけ、その連中の持つすべてを我らが手にするのだ!! ジィィィイイイク!! ハイル!!」
――勝利万歳(ジークハイル)!! 勝利万歳(ジークハイル)!! 勝利万歳(ジークハイル)!!――
<i4889|34954>




……………………………………………………………………………………………………………………



「お疲れ。いい演説だったよ」
「ああ、ありがとうございます」
 中々に素晴らしい弁舌を披露してくれたアサドに労いの言葉をかけてやる。
「やはりお前は大衆を扇動することに天賦の才があるな」
「いやはや、お恥ずかしい限りです」
 アサドは頬を掻いて口を尖らせた。彼の照れている時の仕草だ。

「正直言ってだ。我々が動くと宣言すれば、後はそれで事が済む。こう見えてそれなりに下準備はしてきたからな」
「そうですね。俺の把握している範囲でも、内地に資金の搬入をしたり物資の流れを徐々に内地寄りにしてあったり、拠点の移動に向けた動きが見えていますからね」
 その通り。アーネスト商会の暴挙はきっかけにすぎん。
 前々から内地の安全な拠点での商売をしたいと考えていた。なんせ原作通りだとシガンシナは陥落する。リスク管理の意味でも、そんな危険地域でいつまでも安穏としているわけにはいかない。
「ヒナ」
「ここにいますッス」
 部屋の隅からぬるりとヒナが滲み出てくる。

「早文は出したな?」
「ハイっす。既に連中に話は通してありますし、実行部隊は配置済みッス」
 結構結構。
 こういうのは案外一瞬で勝負が決まるものだからね。事前準備は欠かせない。
 さて、仕込みは上々。後は結果をご覧じろ、ってな。
 虎の尾を踏むということがどういうことなのか、一度世間に知らしめる必要があろう。



……………………………………………………………………………………………………………………



「……遅い……」
 貧乏ゆすりが止まらない。悪い癖だとは分かってるが、どうにもやめられん。
 気を紛らわせるつもりで窓の外を見る。ザァザァと昨夜から続く雨が一向に弱まる気配もなく地面を濡らしていた。
「マクドネルから連絡はまだ来んのか?」
 傍に控える部下に尋ねる。結果を待つこの時間はもどかしいものだ。親父からアーネスト商会の会長の座を受けついで多額の金を動かすようになってから、この待つ時間という物がどうにもストレスになるようになった。自分の采配で多額の金を動かす。失敗も成功も全て自分一人の責任。これに重圧を感じずにはいられない。その所為か髪も薄くなった。
「ハイ。ですが作戦では遅くとも明日の夜明け前に帰還することになっております。まだ昼にもなっておりませんよ」
 部下はなんでもないかのように淡々と私を諭す。
「それはそうだが……」


 我がアーネスト商会は王政府に砂糖や塩の販売に関する勅許を与えられる由緒正しい伝統商会だ。貴重品目の販売で百年以上前から莫大な利益を上げ続け、貴族ではないが内地に商会本部を構える程の権勢を誇っている。当然内地に拠点を構える以上王族や貴族とも関わりがあり、我が商会は他所の凡百な商売組織とは一線を画する存在だ。

 だが、最近我々にとって疎ましい存在がある。
 それがビーンストーク商会だ。

 件の商会は隠遁した物好きな貴族様を抱え込んでいるらしく、新興の商会のくせに売上は目を見張るものがある。成り立ちはどこぞのゴロツキ共が集まって出来たものらしく、そこらへんも我々上流階級に疎まれる要因の一つだ。
 当初の物流量はそれほど多いわけではなかったのだが、貴重品目の取り扱いを非正規の経路で行い、凄まじい勢いで成長している。奴らが肉や塩、砂糖などを闇市で流し、暴利を得ているのは商人の間では有名な話だ。
 そしてこれが一番警戒すべき点だが、奴らは各兵団との取引の独占により、あらゆる警察権の届かないある種の無法地帯になっているのだ。なんでも奴らは上にゴマするのが得意らしいからな。どうせ色々と貢いだ結果がソレなんだろうが。

 そしてその権利を利用し、奴らはどうやってか知らぬが色々と危ない橋を渡ったらしく、近年では物流量も古参の大商会並に増えている。かなり強引なやり方で小規模な商会を買収したり潰したりして規模を拡大しており、生産量もかなりの物になっている。

 その買収などの行動こそが奴らを警戒する理由だ。
 奴ら、憲兵団と懇ろらしく、強引な手法で事を進めてもある程度は黙認されるらしい。

 我々商人の間ではある不文律がある。
 それは、『奴ら(ビーンストーク商会)に関わるな』だ。


 奴らは全てを食い尽くす。


 前に奴らが台頭し始めたばかりの頃に、ある商会が牽制として様々な妨害工作を試みたことがあった。所詮はゴロツキの集まり、烏合の衆。少し叩けば埃が出ることは明白。奴らに勝ち目などない。誰もがそう考えていた。
 行商途中の商隊を雇った連中を使って襲ったり、商館本部にその流通を支える秘密を探る為に侵入したり、伝手を使って貴族に働きかけて商会に調査を仕掛けようとしたりなど……。兎に角色々な手段を講じた。
 だが、結果は酷いものだった。
 商隊を襲った連中は細切れにされ打ち捨てられ、侵入しようとした者は誰一人として帰って来ず、商会に干渉した貴族様は失踪した。

 全てが奴らの仕業だ。状況からして疑う余地がない。
 証拠が一つも出ていないため貴族様の失踪も侵入者の排除も罪に問われてはいないが、本当なら奴らは公然と殺人を行うイカレた組織だ。


 そんな恐ろしい奴らにどうして我々が手を出すのか。
 それは単純に奴らの台頭が鬱陶しいという物もあるが、その売り上げに目が眩んだからだ。
 いや、正確には我々を庇護する上客連中、つまりは貴族様に命令されたからである。

 非正規とはいえ王政府の認可を受けた商取引だ。連中の出す商品はべらぼうに高いが、その分品質は保証されている。更には販売に関して言えば完全に(黙認とはいえ)認可されているのだ。それを横合いから奪い去るということは、たとえ貴族であろうと出来ようもない、法に背く行為となる。
 そして、その商品をどうしても欲しいが、だが “金がそれほどなく、しかし権力は持っている”貴族連中なんかがいる。そんな奴らが自分達にこう言うのだ。『ビーンストーク商会の商品が欲しい』と。

 普通に商品が買いたいだけならそんなことを我々に言う必要などない。
 要は貢ぐことを要求しているのだ。それも非正規の手段を強要して。

 我々が如何に歴史を有する大商会といえど、所詮はただの商人。貴族様には逆らえない。
 直接手を出し手を汚すのは我々。そして、それを悠々と受け取るのが貴族様。
 世界は不条理に出来ている。
 仕方ない。これは仕方のないことだ。

 連中の法外な価格の商品を馬鹿正直に買うのは無理だ。というか嫌だ。
 だから、我が商会の幹部で腹心の部下一人を派遣し、連中に裏工作を仕掛けることにした。
 交渉で如何にかして商品を供出させるか、最低でも連中のその不可思議な物流の仕組みについて知るつもりだ。
 連中も考えなしではないだろう。貴族様の幾人かがしびれを切らしていると遠まわしに伝えれば、どうにか出来るはずだ。利権を盾に強気でいけば、こっちにも旨みのある結果が手に入るやもしれん。ひょっとすると調査の結果次第では、連中の弱みを握れる可能性もある。どうせ連中も薄汚いことをして商品を確保しているに違いない。最後に損をする奴が現れるまで、損の押し付け合いをするのが商売と云うものだ。そして、我々は損をするつもりは毛頭ない。

 全てはマクドネルの交渉次第だ。
 何としても連中の商品を入手しなくては、アーネスト商会に生き残る道はない。
 それならば、別に金を払う必要はない。
 所詮はゴロツキの集まり。連中に頭を下げる必要もなければ、金を出して対等に取引する必要もない。
 我々は商品が手に入りさえすればいいんだ。


 だが問題はどうやって奪い去るかだ。
 正規の手段以外で連中の管理する敷地に侵入すると、ただ一つの例外なく排除される。これは過去に実例がいくつもある。商館を囲む雑木林に人間の生首が串刺しにされて放置されていたという噂は商人の間では知らぬ者がいないほど有名だ。
 ここで重要なのは、それをやりかねないという認識があるという状況だ。それが事実かどうかなど関係ない。手を出したらやり返されるだろうという認識がありさえすれば抑止力となる。
 そして、それを事実と周囲に思い込ませるだけのことを連中はやってきた。
 あそこは私兵を雇い四六時中強固な警備を敷いている。あくまでも自衛の為だと公言してはいるが、装備から練度、兵の質まで、下手すると怠けきった憲兵共よりも充実しているほどだ。
 つまり強硬突破は難しいだろう。

 ならば、敷地内には正規の手段で入ればいい。その後に出来るだけ商談で時間を稼ぎ、人員を使い内部を探る。こちらは王政府から勅許を得るほどの公権力と深い関わりを持つ大商会だ。向こうも手荒な真似はそうそう出来まい。
 一回や二回ですぐに成果が得られるとは思えないが、幸いにして期限はまだある。
 慎重に、確実に……。失敗は許されない。少なくともこれが我々の採れる最善手だ。



……………………………………………………………………………………………………………………



 全くもう。確かに僕が最初に手を出しましたけど、あれは仕方ないと思うんですよ。
 何が『ここは子供をこき使うほど人材に困窮していると見える』ですか。
 ボスのことを悪く言う奴は、僕の前では一秒たりとも生かしちゃおけねえんだよ。
 一瞬呆気にとられたかと思えば奴はガーガーウチを扱き下ろし始めたから、もう僕ビックリして。思わずという感じで、気が付いたら彼の下半身に欠損が生じていまして。

 アレですね。実際僕らみたいな気の短い武闘派が接客なんてしちゃいけませんね。
 まあ良い訳をさせて頂くと、彼らアーネスト商会が何をするかわからなかったために実行部隊の誰かが護衛につく必要があったから……という理由で僕はあの会見の場にいたんですが。件の商会は王政府から勅許を得る程の歴史を有する巨大な組織です。そして、奴らは金や権力に物を言わせてかなり強引な手段を取ることも珍しくないのだとか。暴力沙汰くらいなら日常茶飯事らしいのです。故に僕らが護衛として居るしかなかったのです。だから僕は悪くない。
 なら、悪いのは誰か?
 クラウド様?
 そんな馬鹿な。恐れ多い。酷い冗談だ。まるでアルザッヘルの葡萄のようですね。

 僕は悪くない。だって僕は悪くないから。
 そしてウチの商会に非は無い。組織の長たるアサド氏と裏の長であるクラウド様にも悪い点はない。
 なら悪いのは全て向こうということになりますね。

 まあ一度火のついた導火線は何があっても消すことは出来ません。誰が火をつけたかなんて、どうでもいいことです。
 今大事なのは、お互いが既に燃え上がっているという状況です。
 そして、向こうはまだ状況が致命的な段階にあると気付いていない。
 ならば、速やかに燃やし尽くして平らげるが賢明でしょう。

 速さこそが商売における最重要ファクターであるとクラウド様は仰っていました。
 その通りです。
 早急に、性急に、可及的速やかにコトを成す。それが一番大事。
 ホラ。
 連中、まだ僕らが襲撃を仕掛けるだなんて思ってもいない様子。
 アホ面引っさげてまだかまだかと健気に部下の帰りを待っておられる。
 そこを僕ら暗部組織歌う琴(ソングハープ)が奇襲するわけです。

 さて、そろそろいきますか。
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 太陽が沈み、周囲を夜の闇が覆い尽くした頃。
 その日アーネスト商会では、会長を含む多くの幹部が吉報を待ち待機していた。ビーンストーク商会への潜入捜査の結果を聞く為だ。

 貴族連中にビーンストークの商品を手に入れるよう打診された。要望のカタチをとってはいたが、結局のところ献上の要請でしかない。
 断ることなど、ただの商人風情には不可能だった。

 作戦内容は、まず幹部のマクドネルが正式な商取引として内部に潜入。そして、あとは部下たちで強引に館の内部を隅々まで探る。
 奴らに断ることなど出来ないハズだ。なんせ政府からの認可状を持ち砂糖や肉の取引量の増産について話をすることになっているのだ。
 あくまでもアーネスト商会が上位。ビーンストーク商会は唯々諾々と命令を聞き、従うだけの存在でしかない。それに逆らうということは、王政府に逆らうことに等しい。
 認可状を最大限利用し、この不思議な商会について全てを暴く。それが今回の作戦の概要だ。

 作戦の成否如何によっては貴族連中に潰されてしまう。
 当然失敗など全く予想してはいないが、時間がかかるのも問題だ。
 早く早くと催促が矢のように降り注ぐのはあまりいい気分ではない。通常の業務にも差支えが出てしまう。
 だが、秘密について知ることが出来れば、これ以上ないほどの見返りを得ることも可能だ。
 そのような事情もあって、集まっている幹部たちは皆期待と不安で落ち着かない様子であった。


「……マクドネルはまだ帰らんのか!」
 ダン!
 会長が握り拳を机の上に叩きつける。山と積まれた紙の束が音を立てて崩れ落ちた。
「……落ち着いて下さい。これほど時間がかかっているということはつまり、何らかの形で成果をあげているということではありませんか? 何も得られなかったのなら、早々に引き返しているはずです」
 部下の一人が床に落ちた書類を拾いながら答える。
「そうですぞ。それに、まだ作戦時間を過ぎたわけではありません。途中経過を報告するにしても、夜明けまでまだ時間はありますぞ」
 幹部の一人、古参の男がたしなめるようにこの若い会長に忠告する。
「チッ! ……少し、席を外す。報告があればすぐに知らせるように! いいな!?」
 バタンと大きな音を立てて会長は会長室から出ていった。


「……やれやれ。若殿にはもっと落ち着きを持ってもらいたいものだ」
 会長がいなくなったのを確認すると、幹部の一人が不満を漏らす。
「同感ですな。まあ前会長が急死なさった後、商会を支えようと若い身空で頑張っておられるのはわかりますが」
 その意見に多くの幹部たちが同意した。
「そうですぞ。若殿はあの歳でよくやっておられます」
「まあ今回の行動はいささか急すぎるきらいがありますが」
 確かに、新会長に就任してすぐに行ったのが今回の作戦だ。少し暴走気味だと誰もが感じていた。

「そうですね。まあ前会長がビーンストーク商会に干渉し始めた頃に急死なされたことから、若は全ての原因はビーンストーク商会にある、とでも思っておられる節があります」
「となると……逆恨みの復讐ですか?」
「「「………………」」」
 幹部たちの間に何とも言えない気まずい空気が漂う。


「……まあいいじゃないですか。どちらにせよ、これが成功すれば我らの利益となるのは間違いないのです」
「そうですね。そろそろマクドネルも帰ってくるでしょうし、あとはその結果待ちですか」
 話もひと段落し、皆思い思いのことをしてリラックスしていた。書類仕事をする者。読書の続きをする者。目を閉じ体を休める者。
 彼らには失敗するという考えは全くなかった。
 それは、マクドネルがやり手であるということもあるが、何より認可状を与えられたということが大きい。

 認可状とは王の許しの元に商業を行うことを可能にする代物だ。
 これはつまり、あらゆる行動が王の名の元に許されるということだ。
 これに逆らうは王命に背くに等しい。
 認可状は滅多なことでは発行されないが、この問題の根は深い。この件には王侯貴族すらも関わっているのだ。結果、このような強硬手段に出ることを許容したうえで認可状は発行された。
 今回発行された認可状にはこう記されてある。
 『アーネスト商会とビーンストーク商会は協力し貴重品目の増産に努めるべし』と。
 物は言いようだ。この文言が齎す効果は、拡大解釈でどうにでもなる。今回の一連の行動を全てこの認可状は認可状を持つものに有利に動かすことが出来るのだ。


「……ん? なんか変な臭いがしないか?」



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 さて、一つ二つ三つ…………全部で12匹ですか。
「たいちょう! いきますか!?」
「あーはいはい。それじゃあ探してきてください」
「「「はっ!! かしこまりました!!」」」
 玩具兵たちが館に散らばり目的の人物を探しに行きました。

 アーネスト商会の幹部たちは皆この部屋に集まっていました。あの三人を除いて。
 そのうちの一人、シオ・マクドネルは僕が17分割にして畑の肥やしにしました。
 よって僕が見つけなくてはならないのはあとの一人、マルトー・アーネスト会長だけです。
 作戦は至ってシンプル。
 実行部隊が此処を襲撃し、最速で殲滅。そして例の物を手にれるだけです。
 後の事はアサド氏やイーさんがやってくれます。
 僕は難しいことは考えずにただ殺せばいいのです。


「たいちょう! みつけました!」
「おや、速かったですね」
 ものの五分もせずに玩具兵が戻ってきました。アーネスト氏を両側から抱えて。まだ生きています。当然ですね、そう命令したんですから。
「ホラ、ご褒美です」
「「「やったぁ!!」」」
 金平糖を袋で放ると、群がって蟻のように貪り喰らい始めました。何時ものことですが。
 後には縄で簀巻きにされたアーネストだけが残りました。

「こ、こんなことをして許されると思っているのか!? 今に憲兵たちがお前らのことを殺しにやってくるぞ!! クソ! ふざけるな!! 貴様らと関わってから俺の人生は滅茶苦茶だ!!」
「フフフフフ……哀れですねぇ、惨めですねぇ、愚かですねぇ……もはや事態はそのような段階にはないのですよ?」
 まったく。今更何を言っているんでしょう。命乞いでもすれば少しは面白いのですが。
「さて。マルトーさん。貴方は我がビーンストーク商会に対し破壊工作を仕掛けましたね?」
「なにを言っ『ブシュウ!』……あ?」
 ちょちょいと懐の匕首を抜き、目の前の芋虫の足の指を一本頂きました。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「あーあーあー! 煩いですねぇ。貴方はただアホみたく僕の問いかけに応えていればいいんですよ。次余計なこと言ったらどんな風に手元が狂うかわかりませんよぉ?」
 急いでいるんですから余計なことしないで頂けませんかね。

「はい、もう一度尋ねます。やったかやってないか。どっちです?」
「ぐぅ……や、やりました……」
 涙と鼻水で顔面をぐちゃぐちゃにしながらも、彼はきちんと答えてくれました。
「よろしい。では次の質問です。認可状、何処に隠してます?」
「そ、それは…………」
 流石にこれを口にすれば完全に終わると分かっていますか。これを我らが奪いさえすれば事態は今日中にでも収束するんですが。
「ま、見つかるのも時間の問題ですがね」
 実は事前に内部協力者の情報で、ブツが金庫の中に厳重に保管されていることは分かっています。後はカギを探すだけです。
「みなさん、こいつを裸に剥いてやって下さい」
「「「りょうかい!!!」」」
「な!? やめ、やめろ!!?」

 当然芋虫状態のこいつに抗う術はありませんでした。野獣そのものである玩具兵たちはやおらに服を剥ぎ取り全裸に剥いてくれました。
「おっと、これですね」
 襤褸切れになった服の破片の山から目当てのカギを探し当てます。
「6号。これを使って金庫の中身を取って来なさい」
「わかりました!!」

「やめろ! やめてくれ!!」
 いい大人がみっともなく涙をボロボロ流しながら懇願しています。まさか自分がするのは良くて他人に反撃されるのは駄目とか言うクチの人間なんでしょうか?
「フフフ……貴方、なんでも父親が亡くなってから自棄になってしまったそうですね?」
「そ、それは……! そ、その通りだ! 少し八つ当たりしてしまっただけなんだ! 両親が一度に死んで、その鬱憤を誰かに押し付けたかっただけなんだ!! 今ならウチも手を引く! だから許してくれ!!」
 おやおやおや。
 うーん。確かにアーネスト夫婦は謎の伝染病に罹り一度に亡くなりましたが……。

 ここは一つイイコトをしますか。
 顔を地面の簀巻き男の耳元に近づけます。
「貴方の両親ですが……我々が殺したと言ったら、どうします?」
 彼は僕が何を言っているのか理解できないらしく、呆けた顔をしています。
「あっはははっ! 伝染病ってのは兵器になるんですよ! 詳細は企業秘密ですが、貴方の両親は我々が意図的に流した病気に罹って死んだんですよ! 確かその死に様は、全身の皮膚が爛れ血を吐き乾ききって死ぬ、でしたか?」
「き、貴様ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 おっと、火事場の馬鹿力という奴ですか。ブチブチと縄を引き千切ってこちらに挑みかかってきます。
 ですがむざむざやられてやるつもりはありません。手を一回振り下ろします。
 すると控えていた玩具兵たちが寄って集って彼に群がります。さっきの金平糖に群がる様子と似ていますね。

 結果、彼は五体をズタズタに引き裂かれ地に倒れ伏しました。流石に両の手足がなければもう何もできませんか。
「たいちょう! もってきました!!」
 おや、丁度いい頃合いですね。

「さて、ここでの僕らの仕事はもうおしまいですね。それではみなさん、帰りますよ」
「「「はいっ!!!」」」

 背後に虫の息の男を放置して、来た時と同じように音もなく引き返す。後ろで何か叫んでいるようですが、じきにそれも鳴り止みましょう。
 死にゆく者に最後の慈悲を与える。いやー、僕っていい人ですねぇ。だって教えてるんですもの。教えなくてもいい情報を態々教えてるんですもの。

 さあ後は後続部隊に任せましょう。



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 アディめ。派手にやってくれた。
 血まみれ臓物まみれ糞尿まみれのトリプルコンボの惨状を見てそう思わずにはいられない。
 アイツめ……ここは今後俺らが使うんだから綺麗に終わらせろと言っておいたのに。
 原型を留めている死体なんて数える程しか残っていないじゃないか。最重要機密兵器を持ち出したあたりで予想はついていたが、使ったのは恐らく壊骨病菌か鳳仙華菌のどちらかか、あるいは両方か。

 俺ら暗部は大別すると二つの部署に分かれる。
 アディたちの実際に荒事を扱う実行部隊と、俺らの雑務処理担当部隊。
 どっちが大変かと言われれば、おそらくこういう風に後処理を丸投げされる俺らの方が仕事は多いのではないかな。
 まあ適材適所だからこの配置に文句は言えないが。


 さて、今回俺らが任されたのは単純明快。この死体まみれの館の復元処理だ。
 謎の奇病に感染し多くの者が死に絶えたアーネスト商会の保存管理について、全面的にお上から権限移譲されたため、俺らはこうして防護服に身を包み館内を清掃しているのである。
「「「汚物は消毒だぁー!!」」」
「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」」」

 まあ、とは言っても中のモノ全てを外に運び出して焼却処理するだけだがな。
 部下たちもノリノリで火炎放射装置を使い順繰りにみんな火だるまにしていっている。
 どうせ中のモノは全て病原菌に感染しているんだ。なら小を殺して大を生かすため、危険因子は滅菌滅殺皆殺し。
 これが一番大変なんだ。
 館自体は再利用しなくちゃいけないから、放火して全部真っ新にするわけにはいかない。こっちの方が断然楽なんだがな。
「ふ、ふざけるな!! おい貴様ら! 私の情報がなくては今回の作戦は成立しなかったんだぞ!? その功労者の私を殺すということh」
「次段放射」
「「「ヒャッハーッ!!」」」
「ひぎゃあああああああああああああああああ!? 熱い!! 熱いぃいいいいいいいい!!」
 裏切り者がなんか言ってるが、聞く耳持たん。

 こいつがもたらした情報。それが認可状の在処だ。
 こいつはアーネスト商会の幹部の末席を汚す身分でありながら、欲に目が眩んで金で情報を我々に売った。
 確かにこいつの密告があったからスムーズにことは進んだ。だが、利に靡き組織を裏切るような人間を抱え込める程我々は清廉潔白で懐の深い組織ではない。
 そもそも我々は裏切り者を許したことは今まで一度たりとてありはしなかった。
 一度裏切った人間はまた同じ場面が来ると必ず裏切る。
 なら、情けをかけてやる必要性など微塵も存在しない。
 許すな、と言っているのだ。

「黙れよ薄汚い豚が。ボスに仇なす可能性のある存在は一匹たりとも生かしておけねえんだよ。大人しく灰に還れ」
 ま、結局のところはそこが肝要。
 ボスを脅かす存在は全て我々が排除する。
 あのお方はなんやかんやで甘い部分もありますからね。


 この日、壁が出来た頃から存続し続けた歴史ある商会が新興の商会に吸収合併された。
 経緯は、商会長を含む幹部の大多数が新種の伝染病に感染。一夜のうちに肉が腐り全滅した。その後、王命によって商会の管理を任されたビーンストーク商会の手により滅菌作戦が実行され残存する感染源は抹消された。
 今後ビーンストーク商会は既存のアーネスト商会の販路を受け継ぎ勢力を拡大していくこととなる。
 
 

 
後書き
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商会特定業務担当班歌う琴ソング・ハープ
商会の汚れ仕事を取り纏めている暗部組織。
アディたちの実務処理部隊とイーバーたちの雑務処理部隊の二つの役割がある。 

 

第十二話 鬼才

 面倒な相手と会わなくてはならない。
 憂鬱な気持ちだ。壁外調査に行くときでもこれほど緊張はしない。

 待ち合わせ場所に指定されたトロスト区の支店内部の会議室に入る。
「お待ちしておりましたよ、キース団長殿」
 相手側の二人は既に席に着き、にこやかにこちらを待ち構えていた。腹の底が見えない嫌な笑みだ。商人という職種ならそれでいいのだろうが、同じ兵士にはこのような手合いはいて欲しくない。
「……済まない。待たせてしまったかな」
 事実定められた時間を少しばかりオーバーしている。各兵団のトップたちが集う兵法会議が長引いた所為だ。憲兵共め。無駄に会議を長引かせおって。
「いえいえ! 私共が少し早く来てしまっただけですよ」
 だが、相手は気にした風でもない。いや、これも社交辞令だろう。商人とはそういうものだ。
「……そう言って頂けると有り難い」
 しかし相手がそう言ってくれる以上こちらもそう返すしかない。儂らは大人しく席に着いた。



 儂、キース・シャーディスは調査兵団の第十二代団長だ。
 調査兵団というのは何時の時代も煙たがられる異端者の巣窟だ。無論儂の入団した当初もその例に漏れず儂らは影で指を刺され時には公然と嘲られた。好き好んで巨人という危険に立ち向かうというのは、普通の人間には理解しがたいことだろう。
 だが、儂は人類がこのままでいいとは思っておらん。
 何時の日か巨人どもを絶滅させ、その領土を広げ広い大地を人の足で探索する。
 今のままでは夢物語でしかないが、儂はそんな未来を夢見て調査兵団を志した。そして毎日死に物狂いで生き残り続けた結果、いつしか儂は団長という立場になっていた。

 だが、残念ながら儂の代ではその夢想を叶えることは終ぞ出来なかった。
 巨人一体を倒すためには、屈強な兵士およそ30人の犠牲が必要だ。
 毎回の壁外調査で多くの部下たちが巨人どもに食われ、尊い命を散らしていった。この儂が無能なばっかりに……!!

 人類は巨人に負け続けている。それは事実だ。

 だが儂ももう歳だ。
 そろそろ引退を考えている。
 そして次期団長にはエルヴィンを指名しようと思っている。あ奴は儂と違い多くのことを見て考えられる頭脳を持っている。その頭脳で次の世代を率いていって欲しい。

 だが、引退する前に。
 儂がこの調査兵団を辞する前に!
 何かを残したい!!
 散っていった多くの部下たち。戦友たち。上司たち。
 彼らの死は無駄でなかったことの証の為に!!
 何か、形を残してやりたいのだ!!
 それこそがたった一つの死した彼らへの手向けとなるはずだ!!


 ……そうは言ったが、今のところ儂にはいいアイディアも浮かばん。
 エルヴィンも必死に考えておるようだが、肝心のあと一歩が足りない。陣形をどのように変えるかで兵の犠牲も変えられるのだろうが、さしものあ奴にも天才的閃きはそうそう降りてこないようだ。



「さて、例年通りですが次の壁外調査に向けて物資を用意させて頂きますよ。我々輜重団がね」
 今儂が会っているのは各兵団の様々な物資を取り扱うビーンストーク商会の代表だ。
 この商会はどんな手段を使ったのか、今では各兵団の全ての物資の流れを押さえ輜重部門の仕事を一手に担っている。それがビーンストーク輜重団。
 設立からそれほど時間が経っているわけでもないのに、異様なほど発展し、力をつけている商業団体。
 多くの利権が絡みその影響力は王宮にすら及ぶとされるほどの金と力を持つ権力者がこのアサド氏だ。

 儂は彼の言った通り、次の壁外調査に関する必要物資の確認の為にこうして会談の場を設けた。件の商会は調査兵団という鼻つまみ者にも好意的に接してくれる上に、色々と物資や制度の面で優遇してくれた。そのことに感謝はしている。
 だが、正直儂は彼らが苦手だ。

 アサド・ロウラン。若くして大商会の代表を務めるほどの実力者。
 常に笑顔を絶やさない様子だが、その実腹の底に何を飼っているのか分かったものではない。彼の全てを見通すような恐ろしい目に、何もかもを見透かされるような気分になる。
 副代表、クラウド・ジン。10歳という異例の若さでこの超巨大組織のナンバーツーを務める男。その能力は疑うべくもなく高いのだろう。
 儂も組織の長を長年務めてきた男だ。人の目を見ればその人物がどのような人間かある程度は分かる。
 だが、この少年のことは全く理解できない。
 何重にも心を閉ざし、建前で本音を覆い隠して接するその姿は、何か空恐ろしいものを感じずにはいられない。

 彼らの他にも商会の幹部たちと話す機会があったが、皆一様に底の見えない何かがある。
 分からない、理解が出来ないということは恐ろしいものだ。
 巨人と相対した時のような正体のわからない何かへの恐怖。それを儂は彼らに感じてしまっている。


 いや、調査兵団というこんな厄介者扱いの我々によくしてくれている彼らにそのようなことを考えるのは不誠実だろうとも思う。
 だが、儂は怖いのだ。
 何故彼らは、利益を何よりも大事に考える商人が、儂らのようなはみ出し者と積極的に関わろうなどと考えるのだろう。
 確かに調査兵団というお荷物を抱えることで、彼らは訓練兵団を含む他の四兵団全てとの取引を牛耳ることとなった。
 だが、そのように危険な橋をわざわざ渡らずとも、彼らは取引を操れるだけの力量はあったはずだ。
 彼らが儂らと取引を行うことで得られる何某かの利益。それが何か分からないから……儂は怖い。



「さて、こんなものでよろしいですかね」
「あ、ああ。ありがとうございます」
 会談も終盤に差し掛かり、次回の遠征に向けての必要物資について粗方確認し終えた。
「……次こそは、必ず。必ずや! 人類の第一歩を踏み出してみせます!!」
 儂も引退が近い。何か結果を。そう願うのも仕方がないことだ。

「ほぅ。必ず、ですか?」
「は、はい!」
 アサド氏は笑みを崩さず、首を傾げこちらを注意深く観察している。一度隣に座るクラウド少年に目で合図をすると、少年がこう切り出した。
「失礼ですが、あなた方は今までめぼしい成果を挙げることが出来ていませんね? キース団長。次回の遠征を確実なものにするために、何か秘策でもあるのでしょうか」
「ぐっ、そ、それは……」
 痛いところを突かれた。確かに100余年と続く歴史の中でも、人類は一度も巨人どもに勝ち星を挙げることが出来ていない。出資者(スポンサー)としては何か確証がなくては不用意に助力することはしたくないのだろう。

「……陣形を、今までのような単純なものではなく、極力巨人との戦闘を避ける形にしようと考えています」
 隣に控えていたエルヴィンが発言する。
 そうだ。エルヴィンはまさに今、巨人との真っ向勝負を避ける新たな仕組みを作ろうと考えているところだ。これが完成すれば兵の損傷率も改善するはずだ。我々の目的は人類の活動領域を広げることであって、巨人を殺すことではないのだから。
「成程。それで、その肝心の陣形は?」
「……まだ形にはなっていません。ですが、必ずや次回の壁外調査の時までに作り上げます!」
「話になりませんね。我々は商人です。十分な情報の元確かな確信に従いリスクに賭けることで成果を勝ち取ることが我々の仕事です。そのような根性論では我々も手を出すわけにはいきません。意気込みや気合で巨人が殺せるのなら兵士など必要とされない。そうでしょう?」
 アサド氏は冷たく切り捨てた。

 確かに、今のままではいたずらに兵を死なせ損害を出すだけだ。
 それは、分かっているのだが……。

「そこで、私どもにも一つ考えが御座います」
「な、なんだと……?」
 ピンッと指を突き出し、少年、クラウド副代表が提案する。

 その内容は、儂らを驚愕させるに値する衝撃的なものだった。



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「まず、あなた方の役目は人類の活動領域を壁外に広げることです。これはお分かりですね?」
 巨人を殺すことは手段であって目的ではない。奴らの駆除は私どもがこっそりやっとくからあなた方は自分の役目を果たしなさい。
「そのため、巨人との戦闘を極力避けるというそのアイディアは評価できます。目的は壁外拠点の構築ですから、戦闘を避け陣地を築くだけなら兵の損傷も抑えられましょう」
 背後の黒板に白墨で大きく“戦闘回避”と書く。

「そのために陣形を変える必要がありすね。通常陣形で固まって突っ込んでいくようでは今までの二の舞です。……実は、私どもの方でもある程度案を練っておりましてね。そこで、今回私どもが提案するのがこちらになります」
 黒板に今度は色を変え赤で“長距離索敵陣形”と書く。
 無論原作知識からの丸パクリだが、現時点ではエルヴィン氏も形に出来ていないのだ。だから壁外調査で被害が出る。
 なら折角の原作知識。数少ない未来知識の有効活用はこういった場面でやっていかねばなりますまい。

「基本的には五つの層からなる菱形に展開し、巨人が追いつけない速度で行軍。巨人を発見した者が信煙弾を撃ち、先頭付近にいる団長が全体の進路変更を信煙弾で知らせることで、巨人と直接戦闘を極力回避する、という方向でどうですかね。なんでも、調査兵団の馬は巨人を振り切れる速力が出るらしいじゃないですか。ウチでも卸している関係上実際に扱いますからね、そこらへんはよく知ってます」
 凸を複数書いて菱形の陣を示す。脇に矢印を引っ張り“通常種は無視して進路変更”と書く。
「通常種は馬の速力で振り切ります。……これは王政府秘蔵である過去のデータですが、“巨人は一定以上の運動をすると著しく動きが鈍くなる”ということが分かっています。つまり速さで翻弄出来れば巨人もついてこられなくなる……ああいえ、今のは口が滑ったんです。あなた方は何も聞いていない。いいですね? 続けますよ」
 何で我々が政府所蔵の記録を知っているのかなんて、聞かれたくないからね。
「信煙弾は、巨人を見つけた場合は赤色、全体が進む方向に緑色、奇行種を発見したり緊急の場合は黒色を上げる、ということにしましょう。この信煙弾により広い範囲での命令伝達を即座に行います」
 ホントは電子通信技術でもあればいいんだが。
「奇行種はあらゆる巨人の常識が通用しませんから、こればっかりは全力で対処、つまりは処理しなくてはなりません。そこはまあ、あなた方の実力を信ずるしかありませんね。また、障害物に隠れていたりして巨人を陣の内部に侵入を許してしまった場合も対処の必要があります。更に、巨人にも個体差があるそうなので、足の速い巨人も中にはいるでしょう。その場合も、処理が必要です」
 白墨を走らせ、補足を加えながら説明を詳しく記していく。

「さて、大体こんな感じですかね。どうですか?」
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 大まかな説明を終わらせ、二人に向き直り尋ねる。二人とも目を見開き口を大きく開けて驚愕している。
「出資者としては、成果を出して欲しいのでね。その一助になれば幸いと思いまして、このようなものをひねりだしたわけですが……どうです? 使えそうですか、これ?」

「こ、これは……これは、君が、いや、貴方が考えたのですか?」
 わなわなと慄きながらも、エルヴィン氏が絞り出すような声で尋ねる。
「勿論。これでもそれなりに学はあるのでね。まあ机上の空論と言われればそれまでですが……少なからず、自信はありますよ」

「エルヴィン、どうだ?」
「ああ……これです。これが、まさしく完成形……! 私の考えていた陣形の、足りない所を補い、完成させた理想形です……。これを使えば、今度こそ調査兵団は結果を残せるはずです!!」
 ほろりと涙すら流し、エルヴィン氏は歓喜の声をあげた。

「お気に召したようで何よりです。では、今度の遠征では朗報を期待しておりますよ」
「ああ! ありがとう! 本当にありがとう!! 私たちは、今度こそ人類の第一歩を踏み出してみせる!!」


 そうして彼らは私の発案したことになっている『長距離索敵陣形』の案を持ち帰り、時期的に原作第一話の時にあたるであろう壁外遠征に向かうこととなった。
 多少の入れ知恵をした結果、彼らがどのような成果を得られるか……実に楽しみだ。
 
 

 
後書き
<<現在公開できる情報>>
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ビーンストーク輜重団。厳密には兵士の集団ではない為、四兵団とは完全に独立した指揮系統を保有する。その為兵団の名を冠しない。
その任務は壁内及び壁外任務での各兵団の物資面での支援。
一番大きな仕事は調査兵団の壁外遠征に於ける物資の運搬などの支援行動。荷馬車を最大速度で走らせ近づく巨人どもを鏖殺する姿は一般には全く知られていないが圧倒的。だが輜重団が商会所有の組織であることもあり、政治的判断から兵団はその活躍を殆ど外部に伝えようとしない。
今までは肝心の調査兵団の人員が毎回壊滅的被害を受ける為に活動拠点を作ることなく引き返していた。だが輜重団に被害が出たことは無い。
人員の殆どは玩具兵で構成されており、身体能力のタガが外されたうえに恐怖感を感じない彼らの集団は一騎当千の働きをする。 

 

第十二.五話 熟成

 コツコツコツ……。
 石造りの廊下を歩く音が薄暗い通路に響く。ヒナが持つランタンが私たちの影を妖しく映し出す様子が雰囲気出てるな。どうにも陰気な所だね、此処は。まあそれも人が来ない場所だから仕方ないかな。
 これから向かう先は商会でもトップシークレットの物品を扱う、内地に設けた蔵の最奥。実験施設『ミミール』だ。
 其処には色々と表沙汰に出来ない裏の商品から、厳重に保管された今まで貯めこんできた金品、また新商品の最終試作品などが隠されてある。
 今私の傍に控えているのは総料理長メフメトと、秘書のヒナだ。今回はある取り組みの成果を確認する為にここまでメフメトを招待した。何時も最前線のシガンシナ区で采配を振るっている彼だったが、重い腰を上げてようやく遠出を許諾してくれた。その所為で今日は、スウィニートッド料理店はお休みである。何時もは料理店が忙しすぎて中々シガンシナ区を離れたがらないんだよな。
 本当なら私がそのブツを運び込めばよかったのだが、流石に実験段階のアレを最果てのシガンシナまで持ってくるのは色々と面倒だったのでね。なんせ温度や湿度など、かなり気を遣う商品だ。


「さて、赤身の肉は好きか? メフメトよ」
「いや、脂のたっぷり乗った柔らかいのが好きですネー」
 霜降り肉の方がいいって?
 あんなもん自然の摂理に反した外道商品だぞ。
 そもそも考えてみろ。
 動物の筋肉に鬆が入り、そこに油脂が入り込む。そうして出来上がるのが噛み切らなくとも食い千切れる異常に柔らかい肉だ。最高級と持て囃される肉は、脂で構成された肥満体の動物から僅かに取れる不健康な肉だ。

「ウチはボスが作った料理なら、ドブ水のスープでも美味しく頂けますッス」
 いや、そんな酷いこと部下にしないから。


 両脚羊で考えてみろ。
 専ら貴族様の肉からしか霜降り肉は採れないだろう。どう控えめに言い繕っても、 醜く太った“デブ”でしかないのが貴族様たちだ。いいもん食ってブクブクと肥え太るのが彼奴等よ。
 犯罪者狩りなどで得られる肉は、どうしたって痩せぎすでガリガリだ。彼らの多くは生活に困窮し犯罪に手を染める者ばかり。当然肉は赤身ばかりで脂肪分はかなり少ない。
 だから我々は絶対数の少ない霜降り肉をどうやって作りだし商品化させるかを考えるよりも、赤身の肉を美味しく市場に提供する方法を考えた方が建設的だと思わないか?

「とするとアレですかー? 今日は赤身のお肉を美味しくする工夫でも教えて頂けるのすかネー?」
 そうだ。
 今ある物を使い最良の結果を生み出す。それが商人に求められる資質というものだろう。
 私は安物の赤身肉を、魔法のような手を使い最上級品に変貌させる。物資の限られたこの世界だからこそこの考えに至るわけだがな。

 フォアグラみたく管で胃に栄養を直結させて無理やり太らせる手法も考えたんだが、それだと商品一個当たりにかかるコストが尋常じゃないほどかさむ。第一家畜は程々のコンディションにしないと費用対効果が得られない。
 太る、ということはつまり自然の摂理に反した神に背く愚行だ。
 通常の肉にかかるコストを100としたら、霜降り肉の製造には最悪1000ぐらい必要になってしまう。その上単純なコストだけならまだしも、家畜を世話するための飼料や人員やらなにやらと、総合的にはもっと多くの機会費用を浪費することになる。
 だからといって値段を単純に十倍にしましたでは客も納得しない。
 満足度の指数は個々人によって指標が違うし、簡単に数値化できるものではない。値段イコール価値とは言い切れないのが市場経済だ。

 そもそも私はデブという生き物が許容できない。
 奴らは自らの欲望を際限なく追い求め、自己管理すらできない醜い生態を晒した結果肉々しい身体に成り果てた悍ましい存在だ。
 庶民を見ろ。皆痩せ細り、青白い病人のような顔をしている。国の宝である子供たちは常に飢え苦しんでいる。
 太った人間など憲兵や貴族階級にしかいないことから、格差社会が築かれているのが分かる。

 そう、富の不平等状態。それが私には我慢ならない。
 貴様らが富める中、大多数の民衆は僅かな物資をやりくりして飢えを凌いでいるんだぞ。

「だからこそ我々の経済支配構造が齎す新たな統治ドクトリンをこの世界に浸透させることがだね――」
「あの、すいません何の話ですかネ?」
 …………ぅおっほん!
 つまり、私は無意味に家畜を肥え太らせる方法は好かんのだ。


「では、やはり赤身の肉を美味しくさせるとしたら……ジャーキーとかですかネ? 乾燥熟成方法は旨味を倍増させ、風味も豊かになりますからネ」
 それは正解の一つだが、全てではない。
 そもそも全て干し肉にしてしまったら、調理の際に幅が狭まるだろうに。それは料理人たるお前が一番分かっているだろう。
「ふむ……じゃあどうするんッスか? まさか生の状態で旨味を増やす方法でもあるんッスかね。生きたまま熟成とか」
 ヒナ、正解だ。いいこいいこしてやろう。
「ふぇ? えへへへ……♡」
 ヒナが目を細めて擦り寄ってくる。猫みたいな子だな。

「ぅん?  “生きたまま熟成させる” ……ですカ? …………ふぅむ。成程、ボスのやりたいことが見えてきましたネ」
 おお、やはりお前は優秀だね。
 私のやりたいことを理解してくれるか。



 地球の高級レストランやスーパー、肉の専門店なんかだと、肉を低温熟成させているところがある。
 そもそもは霜降り肉というのは日本の専売特許だ。少数高品質というのが日本のとれる数少ない販売戦略だからな。その為、外国産の肉は殆どが赤身の肉だと考えていい。
 では、そんな赤身の肉を外国の人々はどうやって美味しく加工するか。
 それが低温熟成だ。
 牛、豚、ラム、ジビエなんかの淡泊な赤身肉を美味しく加工するためにアメリカやオーストラリアで行われている手法で、微生物の力を利用した科学的な取り組みだ。

 赤身の肉が多くもつタンパク質が微生物の働きによりアミノ酸に変化し、ジューシーな肉感と柔らかい風味を増すことになるのだ。
 熟成の代表例が、肉に塩と多種のスパイスを練り込み、風で乾燥させて旨味を凝縮させて出来るハムだ。生ハムなんかはあんなに柔らかいのに噛めば噛むほど溢れ出る旨味を持っているだろう。

 そしてジャーキーなんかの干し肉。つまり乾燥熟成(ドライ・エイジド)と呼ばれる手法ではハムなんかよりも旨味が増えて熟成が進む。
 だがそういった商品は手間がかかったりするから高価だし、あまり一般的ではない。まあこの世界では保存技術の拙さから殆どが乾燥肉だがな。とはいえ、干し肉と乾燥熟成肉は全然違う。適切な温度、湿度、風量で管理しないと最大限に旨味は引き出されないのだ。ただ干して保存食にしただけの肉と手間暇かけて美味しく加工した熟成肉を一緒にしては失礼だよ、肉に。

 だが私は折角だから生熟成をやってみたいと考えている。
 流石にスウィニートッドでしか出せないだろうが、素晴らしい柔らかさ、深い風味、複雑な旨味、芳醇な甘みが引き出された肉は一度食べたら病みつきになる。

 そもそも熟成とは、肉に含まれている酵素の働きで赤身肉の主成分であるタンパク質が時間の経過とともにアミノ酸に分解され、筋肉の繊維やコラーゲンまでもが分解され旨み成分に変化し、食感が柔らかくなる現象だ。その為には微生物や酵素の働きを促進させる低温で風通しの良い環境を用意せねばならない。
 私が行ったのは、半地下にした熟成庫に流水が流れるような仕組みを作り、低温状態の確保。そして通風孔と換気扇を取り付け通気性も確保。ここに肉を吊るし40日から60日間かけてじっくり熟成させる。
 長い時間をかけて熟成させることで、余分な水分も飛んで赤身本来の美味さが引き立てられるのだ。

 この肉はいいぞ。
 まず柔らかい。酵素の働きで繊維までもが分解されるので、驚くほどの柔らかさ。勿論赤身の持つ奥深い味わいもしっかり感じられる。
 そして旨味。赤身は勿論脂身の部分の余分な水分が飛んでいくので、肉本来の旨味が凝縮される。よく熟成された肉は水分が少なく火の通りが遅くなるため、料理人の腕が試されることになる。まあメフメトなら大丈夫だろうがな。
 更に肉汁。熟成の段階で乾燥する為、口にした瞬間ジュワッと広がるジューシーな肉感を楽しめる。これは、時間とともに肉の表面に付着した微生物や菌の力で収縮した繊維が解けるから起こる現象だ。
 最後に忘れてはならないのが、甘み。甘く豊かなフレーバーは熟成肉の特徴だ。乳製品などに含まれるラクトンという甘い香気物質を生成するため、独特な甘みを有するのだ。この変化は酵素がなくては起こらない為、熟成した肉の最大の特徴になる。


 さて、それでは熟成肉の具体的な製法を説明しようか。
 まずは枝肉の状態で熟成だ。肉を綺麗なチーズクロスで包み、この状態で一週間から十日間熟成庫に吊るしておく。おっと、肉にナンプラーを練り込むのを忘れない。ナンプラーは酵素の働きを促進させるので、安定的な熟成が望める。作業は手袋をして念入りに殺菌消毒。下手するとすぐに腐ってしまうからな。
 次が部位熟成だ。枝肉を小割して部位ごとに熟成にかける。主に赤身の強い肩ロースなんかが長期熟成に適しているな。
 そして熟成から30日を過ぎた頃になってくると、肉の表面に付着した微生物と菌の力で収縮した繊維がある程度伸びる為、このあたりで熟成香と共に、驚くほどの柔らかさを有するようになってくる。
 熟成40日を超えた辺りでは、表面をトリミングしなくてはならない。まあ完成品は多少……2~3割目方が減ってしまうが、そんなの完成した肉の前では些細な問題だ。ここで余分な脂や筋を削り取るのが重要。包丁がスーッと入っていくのは熟成肉ならではだ。
 さて、完成した熟成肉の特徴とはなんといっても芳醇な味わい深い香りだ。熟成香と呼ばれるこの独特な香りを楽しむには、余計な下味など不要。素のまま焼き上げ、少々の塩をつけて頂くのが一番いい。ワインやブランデーとのマリアージュを楽しむのがいいね。

 ちなみに現実でやる場合、冷蔵庫にジップロックで密閉してナンプラーを大さじ一杯まぶした肉を三日ほど寝かせ、次にチーズクロスやキッチンペーパーで包んで料理用パッドの上で更に三日寝かせるだけ。これで出来上がる。まあ素人がいきなりやっても腐らせるだけだから、試行錯誤して最適な状態を探っていかないと出来ないがね。


「うん? 熟成は分かりましたが、それはわざわざここでやる必要はないのではありませんよネ? 不安定な商品なのはそうだとして、そんなのはシガンシナでも設備を設ければできますヨ?」
 嗚呼、そりゃあそうさ。今言ったのは、あくまで通常のドライエイジングの方法だ。
 私はさっき言ったろ。生きたまま熟成させる、と。


 話し込んでいる間に、目的の熟成室の前に着いた。しっかりと扉は閉ざされ、温度が一定になるよう管理されている。
 さあ、ササッと入ってくれ。冷蔵庫と一緒で開け放つと温度が変わってしまうからな。

 一気に扉を開き、二人を中に入れて私も入り、すぐに扉を閉める。
 其処には、とてもとても素敵な光景が広がっておりました。

『あー……あー……』
『ぅああー……ぁいー……』
『……ひっ……ひぁっ……ぁひっ……』
 吊るされた肉たちから(・・・・・・・・・・)、僅かに鳴き声が聞こえてくる。

「これは……まさか生きているんですカ?」
 応とも。

 熟成室には、熟成期間の異なる肉がズラッと並べられている。
 そして一番手前には、生きたまま天井から吊るされた両脚羊の肉が鎮座ましましておられる。


 そういやボディサスペンションってのがあるよな。
 でっかい釣り針みたいので人間の体を生きたまま吊るという、性的倒錯行為だ。それを思い出す光景。
「え? 性的って……それで気持ちいい人がいるんスか?」
 そうだよ。
 自分の体を吊る人もいれば、パートナーが吊るされているのを見て興奮する人もいる。一種の変態だな。

 閑話休題。

 見ての通り、脳の一部を抜いて行動不能にした両脚羊を、点滴に繋いで生かしたまま吊るしている。徐々に必要のない臓器を抜いていって、最終的には呼吸するだけの、美味しく熟成されるのを待つだけの肉塊になる。勿論熟成の過程で微生物や菌の働きにより、表面はびっしりと綿毛のようなもので覆われる。一見しては腐った肉にも見えるかもしれないが、腐敗と異なる熟成香が熟成の成功を知らせてくれる。まあ見た目はゾンビか何かだが。リッパー怖い。タイラント超怖い。


「さて、コレの素晴らしい点は何か分かるかね?」
「……おそらく、通常の干し肉のように長期保存が出来るのでしょうネ。曲がりなりにも生きているということは、鮮度も保たれるため、出荷直前まで熟成を保った状態で保存できるのではないでしょうカ」
「正解正解! 大正解!」
 その通り!
 こいつは出荷するその時まで、栄養を補給し続けることで生きた状態を保たれる。
 熟成が完了しても、生きている為に腐敗が始まらないのだ。

 こいつは魚の熟成に着想を得て行った取り組みだ。魚を熟成させる手法に、水揚げされてすぐの魚の脳にワイヤーを差し込み仮死状態にするというのがある。神経〆って奴だ。
 肉の場合は魚と違い仮死状態に保つなんてのは難しいので行われていないが、多少のアイディアでこうして実現できる。
 まあこの大がかりな設備を秘密裏に用意するのが難しくて、将来的に封鎖されかねない危険地帯であるシガンシナ区には危機管理の面でやれなかったんだよな。だから、内地であるにもかかわらずこうやって場所をとる熟成蔵を用意することになる。



 さて、それでは極上の熟成肉を使って三分クッキングと洒落込みましょうか。
 用意するのは、熟成両脚羊のサーロインと、羊脂、ティターンズソルト。これだけ。勿論羊脂とは両脚羊の方の脂ですがね。

 熱したフライパンに油をひき肉を投入。水分が少ない為中々焼き上がりませんが、じっくりと焼き上がるのを楽しんで待ちましょう。さて表面が焼き上がったものを用意してあります。
 両面に焼き色を付けたら、蓋をして蒸し焼きにします。頃合いを見て肉を取り出します。私はミディアムが好きなのでそのようにしました。こちらが右からレア、ミディアム、ウェルダンです。
 そして熱々の肉に塩をまぶしてオシマイ。これだけです。


 さあ二人とも、召し上がれ。
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「ふむ……肉本来の旨味がここまで凝縮され、噛むほどに味が染み出してきますネ。そしてこの柔らかさですヨ! 今まで霜降り肉こそ至高と思っていた自分の考えを改めねばならないようですネ……それになにより、この独特な甘い香りがたまりませんヨ! まるでチーズやヨーグルトのような発酵食品に似た甘い香りは、微生物の働きですかネ。味付けは肉の風味を最大限引き出す為に塩だけ、ですカ。これは味付けに使うソースにはかなり気を使わねば肉の持ち味を殺してしまいかねませんネ……。ふむ、ならば構成はシンプルにスパイス系を控えめにして――」
 まーたスイッチ入ったな。こうなるとメフメトは長いから放っておこう。

 どうだヒナ。美味いかね。
「美味しいッス! ウチは両脚羊って独特の複雑な香りとかが苦手だったんスけど、これは甘い風味ッスから女性にも好まれるんじゃないッスかね」
 成程ね。私はユッケとか馬刺しとか好きだったんだけど、あの風味とかが苦手な人もいるからね。その点、熟成した肉は食べやすくていい。香りも食欲をそそる甘めのものになっている。


「では、食べ終えたところで意見を伺おうか。これを商品化するとして、価格設定はどの程度にしたらいいと思う?」
 全ての商品を熟成肉に加工するわけにはいかない。手間もコストもかかるしな。
 それに差別化をはかりたいのなら、通常の未加工の肉も市場に流さないと。
 そこで一番困るのが価格設定だ。

 これは完全な売り手市場だから、我々が決めた価格で売りに出せばそれでいい。だが、それがずっと続くことになるため、安易な価格形成は危険だ。
 前にも言ったが、両脚羊は商品確保の難しさから常識外れの高価格帯で値段設定を決めてある。そもそも金をいくら積まれても、供給数は常に一定にしてあるがね。

 さて、熟成肉の価格。
 こいつは難しい。単純な霜降り肉とは別物であるということを示すために、むしろ霜降り肉よりも高い価格設定をした方がいいかね。
 少なくとも霜降り肉の両脚羊は今後確保が難しくなる。霜降り肉の()()である()()()の数は限られているんだ。だから早晩霜降り肉は市場から消え失せてしまうだろう。まあこれは仕方ないと思って諦めるしかないな。別に態々顧客である貴族共の為に商品を確保してやる必要性も感じないし。なら代替品としてではないが、これからは熟成品を前面に押し出していきますか。

「んー……自分は霜降りの2倍くらいでいいと思いますネ。手間暇はかかりますが、その分の商品価値はありますシ」
「ウチもそれぐらいでいいと思うッス。ただ、最初のうちはいくらか安めに提供して、その後本来の価格にするなりしたらリピーターも狙えるんじゃないッスかね。これだけの品質なら、たとえどれだけ高くてもまた欲しくなるはずッス」
 成程。まあ私と大凡同じ考えか。

 よろしい。では、熟成肉はこの価格帯で販売することにしましょう。
 フフフ……また資産が増えてしまうな。
 
 

 
後書き
<<現在公開できる情報>>
熟成処理を施した肉は『厳選肉』の名前で販売されている。ビーンストーク商会の流通させている肉類の5割が熟成品であり、その売り上げは価格設定を高くしてあることから巨大なものになっている。
熟成の度合いでランク付けされており、最高級品は平均的な庶民の月収三か月分に相当する。
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第十二.九話 贈物

 さて、今日のこの日を説明するには、丁度一月前のことを思いださねばならない。全ては運命の悪戯なのかもしれないが、それに付き合わされる私の身にもなって貰いたいものだが。

 アレは雪の降りしきる寒い冬の出来事だった……。

 ………………
 …………
 ……

「菓子作りぃ?」
 思わず素っ頓狂な声を出してしまった私に対し、眼前の恋する乙女はコクコクと頷く。小動物みたいで可愛い仕草だ。だが、街のいじめっ子相手に無双する彼女は、見た目はチワワでも、中身はブルドックとかボルゾイとかの猛犬だから要注意である。
「なんでまた……って、聞くまでもないか」
 書類仕事をする右手は一切止めずに、ミカサのことを見つめる。じっとこちらを見つめ返すその目には、エレンしか映っていないんだろうな。


 来週はバレンタインデーだ。
 この世界には元々そんなもんなかったので、我が商会が主導して『女性から好きな男性に贈り物をする日』という設定をつけてその祭りを流布させた。結果、中々に好評でかなりこの制度は広まっている。
 まあ商会の陰謀だよ。バレンタイン商戦は我が方が独占。この期間は高価な菓子類も飛ぶように売れる。有り難いですねぇ。やはり色恋沙汰は、リビドーというものは金になるな。
 まあお菓子は高価すぎて手が出せないという客層向けに衣類とか、または日用品、雑貨なども売り出している。とは言ってもメインは甘い物を贈る、ということになっているからな。そうでもしないと、一般民衆は普段お菓子なんて買ってくれないからなあ。甘味物は神の国の食べ物とか言われるものだし、適度に摂れば長寿に役立つものなんだがね。

 どうやらこの世界の人々は皆、娯楽や刺激に飢えているらしい。こういうお祭り騒ぎの場を提供すると、かなり流行る。まあ全ては商売繁盛の為、利用させて貰うんだが。

 はてさて。成程それにしたって甘味物は高級品だ。
 貴族でもないお子様が簡単に手を出せるような物品じゃあないな。
 アップルパイ、ブルーベリーパイ、チェリーパイ、パンプキンパイなどの各種パイ。クッキー、ガレット、ラスク、スコーン、ダックワーズなどの焼き菓子。甘い味付けのレーズンやキイチゴを混ぜ込んだプロセスチーズ。牛乳プリン、バニラプリン、カスタードプリン。
 パッと思いつく限りじゃこれくらいだが、どれも庶民には手が出しづらい超高級品だ。庶民の平均月収くらいの高価格帯に値段設定がされている物もある。
 まあそりゃあ、砂糖の総数がかなり少ないからな。嗜好品に分類される生産物は著しく生産量が制限されている。なんせ食料自給率は壁内の限られた土地を使う事情から、決して高いとは言えない水準だ。そこに生活必需品以外の物を育てる余裕は流石にない。

 とは言っても。ウチの商会は最近大きな商会を吸収したおかげで、真っ当な流通ルートでも余裕が生まれてきている。今じゃ砂糖や塩を、大手を振って売りに出せるくらいだ。
 嗚呼、実は宗教絡みで利権がちょろっと纏わりついているんだけどね。それは正直鬱陶しいが仕方ない。


 閑話休題。
 ミカサが珍しく私の家を一人で訪ねてきて、お願いをしてきたのだ。「お菓子が作りたい。手伝って」と。言うまでもなく来週に差し迫ったバレンタインに向けてのことでしょう。
 まあ私は壁内の流通市場の三分の一を掌握する大商会の幹部ですから。そりゃあ、砂糖の1kgや10kg平気の平左で手に入りますよ。ベリーズパイにナチュラルプリン、シュークリームやショートケーキ、ガレット、マドレーヌ、バウムクーヘンくらいまでなら今の壁内生産物で作れます。
 だけどねぇ……。

「ミカサ。私は君の事を得難い友人の一人だと認識している。親友と言ってもいいくらいだ。だが…………」
「むぅ……。クラウドならなんとか出来ると思った」
「いや、用意自体は簡単さ。だけど、そこにお金の問題が絡んでくると厄介だ。友人同士で金の問題を作りたくはないだろう?」
 たとえ友人といってもだ。問題があるだろう。
「甘味物は高級品だぞ? 私なら確かに簡単に手に入る。でも、これが例え肉親相手だろうと気軽に渡せる類の物じゃあないのは分かるだろう?」
 子供がそれだけの金額を稼ぐのは……訓練兵団に所属することで渡される僅かばかりの給金を、一度も使わずに三年間くらい貯めこむとかしないと無理だろう。
 当然、お医者様の義娘といえどそれだけの銭を今現在持ち合わせているはずがない。

 私は友人関係に金の問題を挟みたくない。借金の保証人になって友人と金の両方を失う、なんてのはありふれた話だ。
 それだけのお金があるのなら別だがね。適正価格で、いや、多少割引して売るくらいは出来る。

 だが肉類や塩と違って、砂糖は別格の商品だ。おいそれと渡すのは問題ではないかね。なんせ著しく管理され、数量が制限されている商品だ。
 たとえ私が善意だけで渡したとしても、親御さんたちに見つかれば大事になる。現代で考えれば、『十歳くらいの子供が金持ちの友達に宝石を譲られる』ようなもんだ。そんなもん、良識のある親御さんなら普通に拒否するだろう。

「どうしても……ダメ?」
「ぬぐっ……そう言われてもなぁ……」
 上目づかいで涙目なんて卑怯じゃないかね。美幼女にこれをさせるだなんて、犯罪ものだぞ。というか私のSっ気が刺激される。『だが断る』って言ってやりたくなる。
「お願い。なんでもするから!」

 キュピーン!
 なんでもするから?
 今何て言った?
 美幼女が「なんでもするから」だって?

 場所は密室。男女が二人。相手は無垢な幼女。
 いかんいかん。邪なことを考えてしまう。
 『ちょろっとくらい味見をしてもいいかな』、という私の中の悪魔の囁きと、『ここはエレンを交えて3Pだ』という天使の囁きが戦っている。ガンバレ天使。個人的には君を応援する。
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 おっといかんいかん。
 益体も無いことを考えるのは不経済だ。そんなの商人としては頂けない。

「んー……じゃあアレですね。出世払いということで」
「いいの!?」
 ガバッとかぶりを振り、私に詰め寄るミカサ。頬は興奮から朱に染まっている。近い近い。まあ見てくれだけは上等ですんで、役得と思わない部分があるでもなし。中身はケダモノだが。
「嗚呼、何時か私の元で働いて貰うことで手を打ちましょう。……いや、何も将来ずっと我が商会に従えってんじゃないですよ。ほんの数年かそこいらウチで稼いで、それで終いです。兵団に入る前に終わるでしょうよ」
 ま、毎年やられるとツケが嵩んでいっちまうでしょうが。バレンタインの度にこういうことやるんだったら、結構な額になってしまうよ?
 そこはまあ彼女の将来的な働きに期待だ。なんせ彼女は優秀な兵士になることが分かっている。彼女を有効的に活用していけば、それなりに利益を上げられるでしょうな。

 なに、心配めされるな。今は負債でしかないかもしれんが、将来的にはいくらでも取り返せるじゃないの。明日の自分のことは明日の自分が決めてくれる。
 と、いうわけで大人しく私の首輪付きになるといいよ。



「パティシエクラウドの、お料理教室―! はっじまっるよー♬」
「…………」
 場所と時間を移してスウィニートッドの厨房。今もメフメトが忙しなく動いているが、私たちは我が物顔で一角を占領している。まあ混雑する時間帯を避けてお邪魔しているんだから、あんまりとやかく言わないでおくれ。

「さて、ミカサはイェーガー家の家事を手伝っていることから料理には多少の心得があるそうですが」
「うん、料理は得意」
「甘い!! お汁粉にメープルシロップと蜂蜜と上白糖をブチまけたのよりも甘々だ!」
 ビシッと指を突き付ける。ミカサは目を白黒させている。

「ではミカサよ。君は料理の際に計量器具を使ったりするかね?」
「? 計量……? なに、それ。知らない」
「オーマイゴッド!! ブルシット!! それ見たことか! そいつは菓子作りで最低の悪手だぜ!!」
 それが料理の得意な菓子作り初心者が陥る菓子作りの失敗の一つ。殆どを目分量でやってしまうのだ。

 普通の料理だったら、多少は材料の多さに多寡があっても修正が効く。料理に慣れた人はその経験から全ての工程を大凡でやってしまうことがある。だが、菓子作りとなるとこれは大きな間違いだ。
 料理は、特に菓子作りは科学だ。
 材料をg単位でキッチリ計って、時間もしっかり把握してようやくお菓子というものは出来上がるのだ。

 計量カップ、計量スプーン、篩にオーブン、正確な時間を測る時計と、普段は使わない物を活用して貰う。この中のどれか一つでも欠けたらお菓子作りは破綻する。
「そこんとこをよく覚えておくように!」
「う、うん」


「ところでどうしてそんな話し方なの?」
「今の私は鬼教官だからな」


「では、今日は簡単な焼き菓子。クッキーを作ってみましょうか」
 クッキー。小麦粉を主原料とした焼き菓子だ。これは北米圏での呼称で、その他の地域ではビスケットの呼び名が一般的だ。まあ牡丹餅とおはぎくらいの違いしかないが。でも確か日本ではクッキーとビスケットは明確に分けられているんだよな。クッキーが手作り風の高級志向で、ビスケットが安価な量産品という区分だったか。
 クッキーの歴史は、一番古いものが縄文時代にあったとされる、栗を原料とした「縄文クッキー」と呼ばれるもので、菓子としては単純で作りやすい部類に入る。今の形式のクッキーが出来たのは7世紀頃のペルシアで、その地域で砂糖の使用が一般的になった頃に広まったとされている。いずれも材料を混ぜて焼くだけなので、初心者向けのお菓子だと言えるだろう。

 クッキーは柔らかいものから、サクサクした食感を残したものまで、焼き時間で食感が変わるのが特徴だ。私の個人的な趣味と、保存のし易さの面で今回作るのは硬めのサクサクしたタイプのクッキーにしようと思う。

 さて、栄養価の高いミルクをたっぷりつかった、ミルククッキーが今回作るお菓子だ。
 口に入れた瞬間フワッと香るミルクの甘みと、サクサクした食感が特徴。隠し味は牛乳で作ったミルクジャムだ。あ、あと例のアレ。
 材料は……どれだけ作るつもりだ、ミカサ? 三人分? なら、薄力粉330g。コーンスターチ100g。バター180g。砂糖30g。ミルクジャム用に牛乳300g。砂糖100gだ。トッピングにナッツやアラザン、チョコレートも少々。そして人体から抜き出した例のアレをちょろっと。ちなみにこれだけの砂糖があれば、都の地下街で上等な女の奴隷が買える値段が付く。


 まずはミルクジャムを作る。鍋に牛乳と砂糖を入れ、かき混ぜながらトロリとしてくるまで火にかける。ちなみにここで隠し味、脳内物質エンケファリン抽出物を投入。大丈夫。人体実験は繰り返してあるから、人体への影響については実証済み。この程度の量を経口摂取したくらいなら、多少の多幸感を得られるだけだ。

 お次はミルクジャムにバターと砂糖を加えてよくかき混ぜる。そこに薄力粉、コーンスターチを加えて、切るように混ぜる。嗚呼ミカサ、そんなに力強くやらなくても大丈夫だ。サクッ、サクッと大雑把に混ぜるんだ。
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 生地が出来たら、これを冷暗所で30分以上寝かす。本当は冷蔵庫があれば一番いいんだが。
 この間にオーブンを温め、180度に熱する。生地は麺棒で薄く延ばして、型抜きで形成だ。そしてトッピングを任意で施す。

 生地を鉄板に並べ、180度で15分程度焼く。周りに焼き色がついた頃が出来上がりである。


 と、いった感じで実に簡単に出来上がった。
 大体一口サイズのクッキーが100枚くらい。エレンに贈るのはそのハート型のやつだろう。溶かしたチョコで文字や模様を書く。最後は綺麗に小分けしてラッピング。

 本命のエレン用と、おそらくアルミン用と……え、私?
「手伝ってくれたお礼」
 ミカサはそういってぶっきらぼうにクッキーの入った袋を突き出す。
「そりゃどうも。早速頂いても?」
「ん」
 許可も頂いたことだし、一つつまんで口に放る。
 ふむふむ……。焼き菓子ってのは焼きたてが一番美味いもんだからな。美味い美味い。
 貴重な砂糖をふんだんに使用していることもあり、甘くておいしい。そしてこのご禁制の砂糖を味わうというのが、またなんとも言えない幸福感を与えてくれる。
 ホラ、私って肉食系男子ですから。普段から肉食中心の生活ですので、こういった機会でもないと甘い物なんて食べませんからね。サクサクと心地よい食感で微かなミルクの香りが口の中いっぱいに広がる。
 うん、たまには甘い物もいいもんですね。
「ありがとな、ミカサ」
「べつに、いい」

 ………………
 …………
 ……

 と、まあそんな感じで先月に彼女は無事エレンへとバレンタインプレゼントを贈ることが出来た訳です。
 まあ残念ながら、エレンはミカサのラヴを家族愛的なものだと思っているフシがありますが。
 でも、そういうのでやきもきするミカサを近くで眺めるのも楽しいんで別にこのままで。仲を取り持ったりはしない。何故なら見てて楽しいから。


 さて、バレンタインの丁度一月後。この壁内の世間的にはこっちの方がメインになっているが、ホワイトデーの日がやってくる。
 我が商会が広めた一連のバレンタイン祭りだが、敢えて女性の贈り物にチョコレートを限定しなかったのには訳がある。何故なら、チョコレートは尋常じゃない程高級だからだ。

 この壁内にも、元々薬用として僅かな量のカカオが生産されていた。カカオ豆が育つには、規則的な降雨と排水のよい土壌、湿潤な気候が必要である。その全てを内地のある山岳地帯が満たしおり、其処で細々とカカオ豆は作られていた。
 それを買い占めて我が商会で独占し、大量生産にこぎつけたのはいいものの、如何せん小麦やイモ類なんかの主要生産物と比べりゃあ数に劣る。第一アレは一度に沢山の実をつけるタイプの植物ではないから、どうしたって数は少しずつしか増やせない。だから、相対価格はどうしても高くせざるをえなかった。
 それに加えて、チョコレートを甘い菓子にするには大量の砂糖が必要になるんだ。
 高級品と高級品の合わせ技。結果、チョコレート菓子は完全に貴族階級御用達の超高級品になってしまった。

 では、そんなチョコレート菓子を贈り物として贈ったら、どうなるか。
 それこそ三倍返しとか給料の三か月分とかになる。
 そういう事情で、この世界ではチョコレートとは『男性が本命に対する返答として贈る為のお菓子』とか、『本気で交際を申し込む為の贈答品』とかになっている。そういう風にしたのだ、我々が。

 まあ基本的に、この世界では女性は兵士になる以外では普通は収入を得られない。女性は他の職には就けないのだ。それは制度の問題であったり、偏見であったり、社会構造であったりと……原因は色々ある。酷く偏った男性優位社会とでも言えようか。女性が職に就くことを良しとしない風潮が蔓延している。こんな部分も中世ヨーロッパ並だな。
 産業構造も極めて単純化された、管理社会らしい平坦なものしかない。ベンチャービジネスやら女性実業家やらは、実現し得る土壌が存在しないのだ。

 そういった事情から、女性向けにはあまり高額な商品を用意してもそもそも売れないのだ。金を持っていないからね。
 だからこそ、このチョコレートは本気返しの男性向けの商品ということにした。だって金を持っている層は基本的に男性ばかりだからなぁ。


 さて、そんな風に長々と説明しましたが、要するに何が言いたいかというと、今エレンたちは私の指導の元チョコレート菓子を一生懸命に作っている所です。
 まあミカサにどういった思惑があったのか知らないが、チョコレートを使ったお菓子を作りたいと言っていたので、クッキーに申し訳程度のチョコレートをトッピングしておいた。これを受け取るということは、つまり『私と付き合って下さい』という申し込みにイエスと答えるに等しいことになる。エレンはそこまで知っていたのか知らないが、確かに私たちの目の前で受け取り、綺麗に完食したからな。と、なればお返しはそれなりのものにせねばなるまいて。

 私の口八丁手八丁でエレンを丸め込み、私から出世払いということで色々と借りて便宜を図って貰うことにしてチョコレート菓子を作ることが決まった。チョコとかは高級だからな。私から融資して貰いでもしなくては、手に入りませんので。医者の倅とはいえ金を持っているわけじゃないからね。
 それに、手作り菓子のお返しには、やっぱりこっちも手作りで返すべきでしょう。


 …………そういえば、私の生前の話になるが、バレンタインのお返しに私自らお菓子を自作してお返しにすることがあったんだ。勿論三倍返しの法則に習ってお菓子以外にも用意したが。
 私は小さい頃から家の家事全般を積極的に手伝っていたこともあり、料理やら菓子作りやら、そういうことが元から得意だったからね。それで、ショコラケーキとかチョコレートスコーンとか、簡単なところではトリュフとか生チョコとかを作って渡したんだ。勿論義理には単純なものを、本命の子には手の込んだものをと、分けて作ったが。
 そして起きた悲劇。
 女の子よりも菓子作りが上手いとかで、引かれる引かれる。折角本命チョコくれた子も、ドン引きでした。ていうか溶かして固めるだけで手作りチョコを名乗る方が問題だと思うんだが……。
 あれは悲しい事件だった……。


 嗚呼。それで、あんな悲劇を起こさない為にも、エレンたちに作って貰うのは簡単な生チョコレートにしました。
 これなら溶かして固めるだけ、みたいなもんだからね。シンプルイズベスト。


 材料は、チョコレートと生クリームを2:1の割合で。最後の仕上げにココアパウダーとか、シュガーパウダーとかを少々。変わり種では、きなことか黒豆粉とか粉末甘酒、更にはアーモンドダイスなんかも使える。

 まず、生クリームを温めて、そこに砕いたチョコレートを入れて少しずつ溶かしていく。ここにこっそり隠し味として脳内物質抽出物を投入。今回はダウナー系の効能を持つβエンドルフィン型の物を用意した。服用すればリラックス作用が望めます。
 そして、型にクッキングシートを敷いてそこにチョコを流し込む。
 あとは冷蔵庫で冷やし固めて、それを一口サイズに切り分ける。
 最後にココアパウダーなどをまぶして個包装すれば、完成だ。
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 実に簡単だろう。
 同じ「溶かして固めるだけ」でも、ひと手間加えるだけでこうも変わってくる。
 口にした瞬間に体温でフワッと溶ける甘みは、まるで神の国の食べ物のよう。
 アクセントには、最後に仕上げでまぶすパウダーが決め手となる。いずれもチョコレートの持ち味を殺さぬようにしつつ、それでいてチョコの味を引き立てる。


 エレンとアルミンと私の三人で一緒に作ったわけですが、差別化を図る為に多少のアレンジを各自で加えることにした。
 まずエレンは、仕上げの粉末をココアパウダーにして、使ったチョコもビターチョコにした。甘さ控えめの、それでいてスタンダードな仕上がりがエレン作のチョコだ。
 対してアルミンは、チョコに細かく砕いたオレンジピールを混ぜ込んで、仕上げにシュガーパウダーを使用した。基本は抑えつつ、オレンジが一風変わったアクセントを見せてくれる。見た目も真っ白で美しい。
 最後に私だが、溶かしたチョコに、ウイスキーをちょっと加えてみた。更に仕上げに粉末甘酒を使うことで、アルコール風味の生チョコの出来上がり。大人のお菓子って感じだが、アルコールも少ししか入ってないのだから大丈夫でしょう。それにチョコと酒はやっぱりすごく合うからね。しかも洋酒と甘酒で、和と洋の融合だ。これが意外と合うんだよ。


 さて、こうして三人で作ったチョコだったが、生チョコは保存がしづらい。
 そんなものを三人前も贈ったりしても、ミカサ一人では食べきれないというのは目に見えている事態でして。
 結局、四人で仲良く食べ合った。


 ………………
 …………
 ……

 まあ分かり切ったことだったけどね。
 こうなるってのは。

「えへへへへへ♪」
「ZZZ……ZZZ……」
「(エレンの寝顔がこんなに近くにああエレンエレンエレン! 髪とか触ってもいいかないいよね寝てるんだしいや起きていたら触らせてくれないというか頭を撫でるのが子ども扱いされているみたいで嫌だと言うからしばらくエレンの髪をモフモフしていないからクンカクンカ! スーハー……ああエレンの香りで一杯だ幸せだなエレンの寝顔はかわいいなry)

 どうしてこうなった。いや、アルコールが原因と言えばそうかもしれんが、ここまで壊れるのは流石に予想外だけど。
 虚ろな目でこちらにしなだれかかりケラケラ笑い続けているアルミン。
 アルコール入りのチョコを二つ三つつまんだだけですぐに眠り込んでしまったエレン。
 そして、頬に赤みはさしているが見た目と行動に変化はあまり見られないミカサ。
 私はちょっとフワフワした楽しい心持でいるが、ザルなんで意識とかはしっかりしている。

 私の作ったアルコール風味の生チョコ。どうも私を基準にしてしまった為に、結構度数がきつくなっていたようだ。
 私は酒の味が分からないから別に好きでも嫌いでもないのだが、量自体は幾らでも入る。だから、私は自分が食べた時も酔えるくらいの量で作ってしまった。……だって料理とかは、食べる人だけでなく、自分が食べた場合も考えて作るものでしょう。
 それで、贈答用として他人に贈る物にしては少しばかりキツ目の物が出来上がってしまったのだ。

 まあ所詮は一口サイズのお菓子に含まれる量だ。大した問題にはなるまい。最初にそのミスに気付いた時はそう考えた。
 でも、よく考えてみればこれを食べるのは十歳の子供たちだ。そんなもん、ちょっとの量でも影響が大きいのは当然で。
 結果、三人ともべろんべろんに酔ってしまっている。

 アルミンは笑い上戸。エレンは眠り上戸……とでも言ったらいいのかな。ミカサは抱き着き上戸だ。
 アルミンはくたっと力を抜いて私にもたれかかっており、何が楽しいのかずっと笑い続けている。
 エレンはアルコールに弱いのか、すぐに目をトロンとさせて眠ってしまった。見た感じ、急性アルコール中毒とかではなさそうだから放っておいても問題はあるまい。
 問題はミカサだ。
 エレンを抱きしめて悦に入っている。普段からは考えられない積極性だ。何時もそれくらいの行動力があればいいのに。


 ……さて、彼らの酔いを覚ます為にスッキリした果汁のジュースでも用意しておくかな。
 如何にこの世界に未成年者飲酒禁止法なんてものが無いとはいえ、「幼い子供が酒を飲むのはあまりよくない」という考え方くらいはある。酔っぱらったまま家に帰したら、私が怒られる。

 すぐに酔いを醒ましたいのなら、ただ水分をとるだけでは駄目だ。アルコールは分解されなければ酔いが抜けない為、水をがぶがぶ飲んだとしても、それだけでは酔いは醒めない。アルコールの分解に効果を発揮する果糖や、血中のアルコール濃度を下げてくれるペクチンを多く含む物が酔い醒ましには効果的だ。ついでに言うと、体外に分解物を輩出させる為に利尿作用のあるカリウムもあれば尚良い。
 これらの全てを満たすものが、オレンジなどの果物だ。
 果糖とペクチンを多く含み、カリウムも豊富。まさに酔い醒ましにピッタリの食べ物。お酒のシメには、オレンジジュースとかが一番ですよ。二日酔い防止にもなるからね。大概の居酒屋とかにはオレンジジュースが置いてある。飲み放題を頼んだなら、ラストオーダーにはオレンジジュースやリンゴジュースを頼めばいい。
 欲を言えば肝機能の向上を見込んで、ウコン茶とかシジミの味噌汁とかも摂りたいところだが。それは別に摂ればいいか。……そういや、某居酒屋チェーン店では、飲み放題メニューに『味噌汁』が含まれていたな。最初はマジキチだと思ったが、成程理にかなっている。


 よし、それじゃあジュースをヒナかメフメトあたりに言って用意させるとでも……。
「どこに行くの?」
 クラウド は にげだした !!
 しかし まわりこまれた !!

 ミカサが私の前に回り込み、行く手を塞ぐ。
 というか抱き着いてきて、身体を張って妨害を始めた。
「あ~、ミカサ? 私はちょいと用事を思い出したんですが……」
「私の、チョコが食べられないの?」
 ダメだ、話が通じない。
 まあ元来酔っ払いという生き物はそういう生態だ。エレンやアルミンは周りに害を成さない分()()な酔い方だが、ミカサはそうでもないみたいだね。

 今も私の腰に抱き着いて頬ずりしている彼女だが、彼女は酔うと人肌恋しくなる性質みたいだな。こうして抱き着かれるのは、役得と感じる気持ちが少なからずある。でも、ここは一つ友人として忠告でもしておきましょう。
「ミカサよぉ、あんまりそういうことはやらない方がいいと思うよ?」
「そういうこと、って?」
 コテンと首を傾げる姿が、また愛らしい。だが行動は酔っ払いだ。
「だから、そう言う風に誰彼かまわず抱き着くなってことだよ」
「? 仲のいい、友達にしか、しない」

 『何を当然のことを』とでも言いたそうな顔で、ミカサは不思議そうにしている。だが、こっちは美幼女に抱き着かれて気が気でない。
 畜生エレンめ! シット! SHIT! 嫉妬!
 こんな美幼女を将来好き放題出来るエレンが羨ましいね。
 あ、そうだ。折角だから寝てるエレンの額に肉とでも書いておきますか。

「何やってるのー? 僕も混ぜてよっ♪」
 ぐへぁ!?
 ミカサの反対側から、アルミンが突進してきた。そしてミカサと同じように抱き着いて密着する。両サイドをがっちり固められ、身動きが取れない。流石に強引に振りほどくわけにもいかないし。

「えへへへへへへ♪」
「フフフフフフフフ」
 何が楽しいのか、二人はくっついたまま離れてくれない。
 嗚呼面倒な。酔っ払いの相手をするのは甚だ面倒くさい。



 結局、その日は酔いつぶれて寝てしまった三人を私の家で引き取ることになった。それぞれの家に報告をしたが、日頃の行いもあり、割かしスムーズに事は済んだ。一応私は品行方正な健康優良男子で通っているからね。
 ま、信頼というものは、金では買えないからな。これも日頃から街の清掃事業や治安維持事業などに頻繁に参加しているおかげだと思う。私ほど町の人々に好意的に見られる奴はいないぞ。……その実態はドブのように濁りきって腐りきった悪徳商人だがな!

 追記。
 ヒナとアイリ、他多数の女性職員から貰ったお菓子のお返しにチョコレート菓子などを作って渡した。
 ヒナはいいとしても、アイリはなんだろう。ショタコンという奴か。
 そういえばアイリが私を見る目が肉食獣のソレにしか見えないのだが。

 追記の追記。
 その日の深夜。アイリにおいしく食べられました。
 
 

 
後書き
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<i4899|34954>
砂糖の現在の年間生産量は150kg。それに加えて、外部産の各種甘味化合物が250kgあり、その流通の殆どをビーンストーク商会が牛耳っている。年々外部産の生産量は増え続けており、順調にいけばあと数年で総合生産量は1000kgを超える見込み。 

 

第十三話 原作

 我が商会の保有する戦力は皆屈強であり、単騎で巨人と戦闘しても死にはしない程度の者から、一騎当千の働きをする達人級の上位兵まで幅広い。そして彼らはバレないように外にも何度も向かっている。外世界の物を持ち帰り、我が商会の資産とする為だ。
 とりわけ調査兵団さんたちが外に向かう時はかきいれ時でね?
 彼ら、巨人に遭遇したら全員が帰還できるわけじゃない。
 巨人に食われて、仲間の死体を取り返せない場合が多い。
 彼らは、通常なら巨人と戦わず、逃げ回るのが基本方針だ。
 運悪く巨人と遭遇しても、仲間が食われても、ただ黙って逃げ帰るしか出来ない。
 不憫な存在だ。

 まあそれは置いといて。
 彼ら、つまりは調査兵団の人々は、最低3年間はみっちり兵団でしごかれた屈強な兵士たちだ。巨人と最前線で戦うという覚悟もある。
 そんな彼らの経験を自らの物に出来たら、それはさぞ素晴らしいことだろうなぁ。

 商会の外部探索組である『木を断つ大斧(ジャイアント・キリング)』は兵団が出発してしばらくしたら、外に向かう。そして、兵団の通ったであろうルートを踏破し、人間の肉片が落ちていないか探す。運よく見つかった時はめっけもんだ。そいつを持ち帰り、私が喰らい、経験と知識を簒奪する。たまに巨人が食った人間を吐き出したのだろう、汚物に塗れた肉塊がゴロゴロ転がっていることもある。巨人ども、消化器官が存在しないから、こうやって食っても吐き出しちまうからな。それを有り難く頂くのが、この私だ。

 まあ中々上手くいかないが。いつか大量に獲物を食える日が来るといいものだ。


 さて、そんな風にして知識面でどんどんと力を蓄え続けている私だが、今回は外部探索組を動かさない。折角調査兵団が壁外遠征に出てくれているというのにだ。暗部組織も他の商会メンバーたちも、実行戦力のみ残し全て内地に避難させている。
 まあそれというのも奴らが来るのが分かり切っているからだが。

 845年。遂に超大型巨人の襲撃の年となり、全ての符牒は出揃った。
 あまり過信してはならないが、調査兵団が845年の壁外調査から帰ってきたそのすぐ後に奴らは現れる。そして、今まさに彼らが帰ってこようとしている。少なくない支援を彼らに行ってきたが、それが吉と出るか凶と出るかまでは神ならぬ私の身では分からない。



 カンカンカンカン!!
 扉の閉会門を開けることを知らせる鐘の音が響く。
 私はそれを人垣の最前列で聞いていた。
 ジリジリとせり上がる開閉門。それをもどかしく眺めていると、騎乗したボロボロの集団が現れる。
 傷だらけ、血まみれ、中には手足の欠損した人間まで見受けられる。

「またボロボロで帰ってきやがった」
「どうせまた負けて逃げ帰ってきたに違いねえ」
「まったく税金の無駄だろう」

 心無い住人の、吐き捨てるような冷たい罵倒の声が耳に入る。
 確かに調査兵団は未だかつて壁外調査を成功と呼べる程の結果をあげたことはない。その生存率は30%以下。金と命を無為に捨てているように思われても仕方ない。

 だが、今日の彼らの顔は何時もと違った。
 いつもなら遠征の失敗で失った仲間の命を想い悲観に暮れて、俯いているものだが、今の彼らはどうだ?
 皆しっかりと前を見据え、目には煌々とした意思の輝きが見られる。

 それもそのはず。よく観察すれば分かるが、いつもと比べて生き残った数が多い。
 それは何を意味するのか?

「モーゼス! ああモーゼス!!」
 よろよろと老婆が列の中に近寄り、馬車で運ばれている負傷兵の集団に駆け寄る。
 其処には右腕の肘から先を失くした若者が横たえられており、目を閉じピクリとも動かない。
「モーゼスっ!? モーゼス!!」
 その死人のような姿に老婆は取り乱し、叫び声をあげる。
「大丈夫です! 寝ているだけです。負傷はしましたが、お子さんはしっかりと生きておられますよ」
 其処にキース団長が近づき、老婆を安心させるべく息子の生存を教える。

「あぁ……よかった……!! モーゼス……!!」
 ボロボロと涙を流し、息子の生還を喜ぶ母親。
「ぅ……ぅうん……」
「モーゼス!!」
 モーゼスと呼ばれた男が眠りから目を覚まし、ゆっくりと眼を開く。傍らにいる母親を何とか視界に入れ、自分の手柄を話す。
「母さん……俺、やったよ……手は失くしたけど、奴らを殺して、やった……」
「うん、うん……!!」
「作戦……初めて成功したんだ……拠点、作れたんだ……!」
「よく、頑張ったね……」
「へへっ………………」
 そこまで言い終わると、男はまた深い眠りについた。
 だが、僅かに聞こえる呼吸音が、彼がまぎれもなく生きていることを教えてくれる。


「おい、今作戦に成功したって」
「本当なもんか。どうせ早々に逃げ出したことの言い訳に違いねえ」
 今の兵士の発言を聞き、民衆の間にざわめきが広がっていく。
 その言葉に反応したのか、キース団長が声を張り上げる。
「皆さん聞いてください! 我々調査兵団は! 人類は!! 初めて巨人に対し勝利しました! 拠点を作ることに成功致しました!! これは人類にとっては小さな一歩かもしれません!! ですが! 我々はついに一歩前に踏み出すことが出来たのです!!」
 堂々と宣言するキース。
 民衆たちには小さくない動揺がさざ波のように伝播していく。


 俯くことなく、振り返ることなく歩む調査兵団の人員。
 目と耳を塞いでしまっては、今まで散っていった多くの仲間たちに申し訳が立たないから。
 今日という日は、人類にとって重要な日となるはずだ。巨人に対して勝利を収めた、記念の日に。



……………………………………………………………………………………………………………………



「どうだ参ったかこの異端者め!!」
「悔しかったら殴り返してみろよ!」
 いじめっ子たちがアルミンの胸倉を掴んで凄んでいる。
「そ……そんなことするもんか! それじゃお前らと同レベルだ!」
 しかし、アルミンは毅然と言い返す。
「何だと!?」
「僕が言ったことが正しいと認めているから……言い返せないから、殴ることしか出来ないんだろう!」
 啖呵を切るアルミン。流石だ。かっこいい。
 この勝負、アルミンの勝ちだね、うん。

「そ……それは!! 僕に降参したってことじゃないのか!?」
「う……うるせえぞ屁理屈野郎!!」
 そこで、いじめっ子たちが殴りかかってきた。
 よし、流石にここらで止めねば。暴力はよくないよ君ぃ。

「待て!! 何やってんだお前ら!!」
 そこに颯爽と登場するのは主人公エレン。
「エレンだ!!」
「あの野郎、今日こそぶちのめすぞ!」
「ん?」
 そこでいじめっ子の一人が気付く。
「あっ!?」
 エレンの後ろで猛然とダッシュするミカサに。

「だ、ダメだ、ミカサがいるぞ!」
「うぁああああああああああ!!」
 尻尾まいて逃げ出そうとするいじめっ子ども。

「どこに行こうというのかね?」
 だが、それを許す私ではない。

「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!? く、クラウドもいやがる!?」
 前後をエレンたちと私で逃げ道を塞いだ。
 さあ、たっぷりお仕置きしてやろう。

 …………………
 …………
 ……

「そうなんだよ……でも、本当にそれだけなんだろうか?」
「自分の命を懸けるんだ。俺らの勝手だろ!」
「エレンは絶対死なせない」
「エレンは死に急ぐからなぁ」

 いじめっ子たちを軽~くボコにしてやった後。
 今は河原で幼馴染四人集まって話をしている。

 エレンはこのころから既に死に急ぎ野郎だったようで。母親に調査兵団に入りたいって言ったら猛反対されたそうだ。
 まあそりゃあ喜ばれはしない。

 ああ、ちなみにエレンの家の地下室に、巨人化に関する秘密があるというのは原作で周知の事実だ。
 私も、友人として何度かエレン宅に伺った際、探りを入れたのだが……どうもあそこは巨人の硬質化の能力に類するもので守られているようだ。原作でアニの硬化を誰も破れなかったように、現状私ではそこを切り開くことは出来なかった。カギは何時も肌身離さずイェーガー先生が持っているし、普段からそこに入る様子はない。
 何時か確実に開け閉めする時……それはもう未読の原作の未来くらいしか思いつかないが。まあその時を狙うか。

「100年壁が壊されなかったからといって、今日壁が壊されないという保証はどこにもないのに」
 うんうん、アルミンはいいこと言うねー。ぐりぐりと撫でまわしてやると、擽ったそうに「やめてよー」と頬を赤らめて言う。アルミンマジヒロイン。


 ……っと、そういやそろそろか。
 意識を研ぎ澄ませ、感覚を限界まで鋭敏にさせる……。
 奴が来る。忌まわしき同胞のユダが、おそらくは今日。


 ドォッ!!!

 衝撃が、響く。
「な、なんだ? 地震ってやつか?」
 違う。これは……。
 !!
 閃光弾が打ち上げられた。これは合図だ。私の私兵たちをこの時期常に閉会門の周辺に配置してある。そいつらからの八四五事変における敵襲発見の合図。

 私は走り出す。幸いここは開閉門のすぐ近くだ。
 予想通り!! 来てくれやがったな!!


 通路に躍り出る。
 目の前には……壁から頭を出すほどの超大型の巨人が。

 待っていたよ。



……………………………………………………………………………………………………………………



 その日、人類は思い出した。
 ヤツらに、支配されていた恐怖を。
 鳥かごの中に囚われていた屈辱を。

 誰も彼もこの非現実的な光景に対し動くことが出来ていない。
 超大型がその巨大な手を壁にかけ、グッと力を入れる。

 させるか!!


 地面を踏みしめ、家屋の屋根を足場に駆ける。邪魔な上着を脱ぎ捨てる!
 そして、常に持ち歩いていた投刃用のナイフを手に持つ。着込んでいた上着の下には、大量の刃物が。

 目標までの距離、およそ100m。だが、問題ない。この程度の距離、前世でも問題なく仕留められる距離だ!!

「ずぇああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 今持ちうる限りのナイフを、縦横無尽に投げまくる。
 それは縦横に弧を描きながら一直線に超大型の顔に収束する!

 ズガガガガッガガッ!!

 刺さった! 剥き出しの眼球には通常のナイフだろうと効果はあるはず。
 そして、もういっちょ!
「弾けて混ざれ!!」
 ザシュザシュザシュッ!!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!?」
 ナイフの仕込みが発動し、炸裂する。内部からズタズタに斬り裂く。
 これで終わりではない。
「撃ぇえええええええええええええええええええええ!!!」
 ズドドドドドドドドドッ!!
 硬直から抜け出した輜重団の人員が、最速の動きで全ての砲門から砲弾をバラ撒く。今日のこの日の為に、態々私たちの私兵をこの地区に優先的に配属しておいたんだ!
 ズドン! ズドン! ズドン!! ズドン!!
 絶え間なく死を運ぶ鋼鉄の弾丸が撃ち込まれていく。改良弾は巨人を押し潰すのではなく、抉り飛ばすのだ。
 効果は如何に!? 持てる全力を繰り出した、私たちの総攻撃の威力は!?
 これで止まってくれれば……。
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 ……ドッゴォオオオオオオン!!!

 !!?
 壁が蹴破られた!?

 くそっ、この程度では流石に止まらんか!!

 見ると、唐突に現れた超大型の巨人は、忽然と姿を消していた。

 ……逃げやがったなクソが。


 第一次目標失敗。
 仕方ない。第二次目標の達成を目指そう。
 最上は壁を守り、超大型をブチのめすことだが、失敗したからにはしょうがねえ。まああくまで次の作戦がメインだからな。出来ればめっけもんくらいの気でいたからなぁ。
 次は、鎧を迎撃し、ウォールマリアを守ることだ。

 さあかかって来いクソ巨人ども。

 皆私の悪意で食い尽くしてくれる。



……………………………………………………………………………………………………………………



「子供たちを連れて、逃げて!!」
「!? 見くびってもらっちゃ困るぜカルラ! 俺はこの巨人をぶっ殺してきっちり三人とも助ける!!恩人の家族を救ってようやく恩返しを―」
「ハンネスさん! お願い!!」
「…………!! …………」
 ハンネスは迷っていた。確実に二人だけは助かる道を選ぶか、それとも勇敢に巨人に挑み三人とも助けるか。
 カルラの願いに応えるか、自分の恩返しを通すか。
 今、決断を迫られていた。
「……おれは!!」
 キッと巨人を見上げる。
 そして、巨人を見てしまった。
「……あ……」

 そこで彼は臆してしまった。巨人には勝てないと思い込んでしまったのだ。
 ブルリと震える手。
 足がガタガタと覚束ない。

 そこで、彼は逃げ出してしまう。
 エレンとミカサを抱えて。
「オ……オイ!? 何やってんだよ!! まだ母さんが!!」
 エレンが喚いているが、何かを成すには力が必要だ。


 こんな風にね。

 ザシュッ!!

 ニタニタムカつく笑顔を浮かべていたクソ巨人を、背後から切り裂く。
 相棒の刀で斬り込み、ちょっと拓いてやるだけで肉は簡単に削げる。

 頭部を丸ごと吹っ飛ばせば、突っ込んだ時の衝撃で弱点の項を綺麗に巻き込んでぶっ殺せる。
 正面から向かうと口で食らいついてくるからな。出来るなら背後から奇襲がやり易い。

「……っと……無事か? エレン、ミカサ」
「「クラウド!!?」」

 カルラさんは……足が潰されてるな。念のために護衛に回しておいた玩具兵は、二体ともがれきの下敷きになっている。カルラさんは右足だけがれきの下敷きになっているが、原作では下半身全てが埋まっていた。おそらく玩具兵が身を挺して庇ったのだろう。……だが、瓦礫の破片が腹部を中心に刺さってしまっている。これは不味い。見た感じ派手な出血は無いようだが、内臓を傷つけている。
 おっと。周囲には巨人はいない。さっさと助けてやらねば。

「今出します。少し痛みますよ」
「む、無理よ、こんな重たいもの!!」
 無理かどうか決めるのは、私の方でやることだ。
 この程度、軽いもんだ……!!
「ぅうおおおおおおおおおおおりゃあああああああああああ!!」
 ゴバッ!!
 家の残骸は、私の怪力で持ち上げられた。体の対比で考えると常識では不可能なことだが、生憎私は人間辞めてるので。この身体には常識外れの膂力を発揮出来得る下地があるのだよ。
「な……!?」

「ホラ、呆けてないで、早く引きずり出して下さい。今に巨人どもが来ますよ」
「あ、ああ!!」
 ハンネスさんは、一瞬戸惑っていたが、すぐに正気に戻りカルラさんを引っ張り出してくれた。

「ぃよし! そんじゃあ私はクソ巨人どもをぶっ殺して住人の避難を支援しますので」
 避難所まで四人を誘導したら、次はお仕事に移る。

「ク、クラウド? お前、一体……」
 エレンが尋ねてくる。
 ここは応えてやらねばならないでしょう、常識的に考えて。


「いいだろう! 括目せよ! しかと聞け!! 天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ! 悪を倒せと私を呼ぶ!! 我こそは、返り血纏し血刃の義賊!! その名も赤錆である!!」
 ババーン。
「「「………………」」」
 と、カッコつけて言ってみたが、誰も聞いちゃいない。
 僅かに数人こっちをチラっと見ただけだ。

 まあこんな状況だし仕方ないか。

「そんな訳で、市民の味方、義賊赤錆はこの非常事態に自主的に活動し、市民の皆さんを救助しますよ」
 
 

 
後書き
<<現在公開可能な情報>>
<i4900|34954>
商会外部探索組「木を断つ大斧(ジャイアントキリング)」。
壁外を秘密裏に探索し、家畜等の動物や野菜類の植物を採集するのが主任務。調査兵団の壁外探索の直後にその探索経路を踏破し調査兵団の死体を収集する任務も有り、死体から情報を簒奪出来るクラウドの糧としている。人員の殆どを玩具兵で構成している。 

 

第十三.五話 私兵

「最近治安が良くなったわねぇ」
「そうね。泥棒や強盗なんかも彼らが捕まえてくれてるそうじゃない」
「ええ。それもこれもビーンストーク商会さんのお陰ね」
「あそこは高級品以外にも手ごろな調味料なんかも売ってるからね」
「そうね。私もよく利用しているわ」
 ご婦人たちがにこやかに談笑している様子を路地裏から眺める。
 評判も上々なようで、結構結構。


 最近、ここシガンシナ区において我が商会の地域貢献の一環として治安維持部隊を配置している。
 建前は商売を行う地域で安全に販路を確保するため、だったが、勿論そんなことの為にやったわけじゃない。
 シガンシナ区は八四五事変において超大型及び鎧の巨人が襲撃を行う区画だ。ここが破られることにより、人類はウォールマリアを放棄。人類の活動領域は三分の一狭められることとなる。
 だが、そんな事態は真っ平御免。
 たとえ原作に入る前に全てが終わることとなろうとも、私は出来ることを、今! 今やらなくてはならない。
 それが生きるということだ。


 治安維持部隊『金卵を産む鶏(レイズ・ゴールド)』は憲兵共に許可を得ることで武装化及び市街地への駐留を許可されたビーンストーク商会の私設武装組織だ。
 目的は盗人の捕縛やゴロツキの排除なので、たいした武装を携行しているわけではない。
 だが、公権力に武装を許可された、というのが大きい。
 これは公に許された武装集団として、各兵団とは別に力を与えられるに等しい。

 こいつはいいぞ。
 奴らも私たちが利権団体ということは知っている。そして、そいつらが武力を持つことの危険性を十分に理解はしていないらしい。
 ダメダメだね。
 公権力以外の組織が武力を持った場合、地球では決まって反目しぶつかるということを歴史が証明している。だから多くの国で公権以外が武装化することなど認めていない。民間軍事会社(PMC)が幅を利かせている国というのは何処もきな臭い鉄火場ばかりだ。

 ま、連中は闇酒を流すと言われたら諸手を上げて喜んでくれたがね。
 闇酒、『極悪の華(ダムニンダ・フローロ)』。こいつは今密かに上流階級の間で大人気。一度でも口にした者は何度でもこの酒を摂取したいと思うようになる。そうしたら後は簡単だ。餌をちらつかせて意のままに操るだけさ。

 現在、一定数の権力者は我が商会の影響下にある。クスリでまともな思考も思想もオシャカになった貴族共。そんな奴らに私たちはこう持ち掛けるのだ。
『よろしければ、お仕事のお手伝いを私共でさせて頂けないでしょうか?』
 ヤクが欲しいだけのジャンキー共はクスリさえあれば他に何もいらないのだ。喜んでこの申し出を受け入れた。そして、外部協力員に土地運営などの殆どを任せ、日がな一日ヤクに浸ってトリップし続けるだけの動物が次第に出来上がる。

 一年で全貴族階級の1割をヤク漬けに出来た。それからは倍々で浸食は拡散していくだろう。なんせ口コミというのは上流階級の間では重要な情報源。信頼や実績というのは勝手にヤク中共が保証してくれる。そして、とんでもなく美味い酒として、特権階級の奴ら共にこの毒はじわじわ広がっていく。
 おそらく5年以内にまともな貴族は死に絶えるだろう。
 いやはや、クスリというのは何処の世界でも怖いものだねぇ。


「副代表殿。捕えた盗人共は何時ものように?」
「ああ、そうだね。製造レーンに回しておいてください」
 泥棒やスリ、強盗強姦人傷沙汰。それらの事件を解決するのは憲兵ではない。少なくともシガンシナ区では、我らが警察権を行使することになる。
 普段怠けてばかりで全く動かない憲兵共よりも、積極的にあらゆる事件を解決に導く我々のことを住民たちは快く受け入れてくれた。
 泥棒も減ったし、清掃業務も同時に行うことで街も綺麗になった。
 むしろ憲兵たちも仕事を代わりにやってくれるからと歓迎している。
 シガンシナの番犬。それが我々だ。
 そして、一度捕まった犯罪者の多くは更生施設に送られ、今度は街を守る為に身を粉にして働くようになるのだ。無論玩具化手術を施した結果だが。
 そんな諸々の事情から、南地区全体でビーンストーク商会の評判は悪いモノではない。


 さて、845年になってすぐ。
 そろそろ奴らが攻めてくる。
 そんな時期に商売に精を出すわけにはいかない。
 部下たちを育て上げ殆どの業務は任せられるようになってきた。
 なら私がすべきことは何か。

 無論、戦争だ。
 知性ある巨人どもとの骨肉の争い。
 万全の体勢で待ち構え、敵を打破し食らいつく。
 さあ戦争。戦争だよ。
 兵隊をシガンシナに大量に配置。
 表向き対人戦を念頭に置いた装備で配備してあるが、こいつらには何度も壁外に連れていき対巨人戦のイロハを学んでもらってある。相手が鎧や超大型であろうと渡り合えるはずだ。

 現状の人類と巨人とのキルレシオは30:1だ。
 つまり、巨人一体を殺すには屈強な兵士三十人の犠牲が必要となる。これはよろしくない。ただでさえ数で劣る人類。その絶望的な差が更に開いてしまう。
 だが、これは現在の話だ。
 今の人類は百年の安寧に浸かり調査兵団以外に巨人と戦おうという志を抱くような人間は少ない。
 だが、超大型の襲撃でその認識は大きく様変わりするだろう。

 人類はこのままでは巨人どもに淘汰されてしまう。
 そのままではいけない。
 反抗しなくては、人類は絶滅しかねないのだ。
 そのことにどれだけの人間が気付いてくれるだろう。
 巨人の謎とは? 壁のこと。貴族のこと。王のこと。この世界に謎はいくらでもある。
 そして、それらに全部蓋をして泡沫の夢に浸ることでしか人間は生き永らえる術を持っていなかった。
 だが、百年の平穏は、仮初の平和は他ならぬ人間の手によって崩される。

 奴ら、鎧や超大型たちにどんな考えがあってこんな馬鹿げたことをするのか知らないし、興味もない。
 私に高尚な考えなんてものはないのだ。
 あるのは生に対する執拗なまでの飢えだけ。渇いた心に注ぐ物は、闘争心か、それとも別の何かか。

 私は渇望する。
 限りなく自由な命を謳歌するために、この閉塞した世界は打ち破らねばならない。
 それが出来るのは、残念ながら私ではない。
 だが、私はそれが出来る人間のことを知っている。
 彼らこそ自由の狩人。
 反撃の嚆矢。
 そんな彼らを助けるために私が出来ることはそんなに多くは無い。
 だが、今からコツコツと様々な計画を立てて実行していこうと思う。
 全てが実を結ぶ訳ではない。だが、やらずに後悔するよりもやって後悔する方が私の性に合っている。
 さあ、世界の謎ってのはどんな味だろう。


 さて、そろそろ昼時か。
「よし、昼休憩に入ります。一班は四班と交代。二班は館に戻り報告の後五班と交代。三班は武装のチェックをして六班と代わって下さい。私は昼休憩をとったら直接現地に向かい合流します。いいですか皆さん。怪しい動きをする輩を見つけたら遠慮容赦なく肉を削いで下さいね。合言葉は?」
「「「勝利万歳(ジークハイル)!!!」」」

 さ、サンドイッチでも食ってエレンたちと話をしますかね。
 
 

 
後書き
<<現在公開可能な情報>>
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治安維持部隊「金の卵を産む鶏(レイズ・ゴールド)」。
憲兵に許可を得る形で各市街地での一定の武装許可を得たことで出来た部隊。
市街地での治安維持を憲兵に代わり行っており、住民に広く受け入れられている。 

 

第十四話 防衛

「……オイ! クラウド!!」
 ハンネスさんが私を呼び止める。
「ホラッ!!」
 そして、重たい荷物を投げ渡してきた。
 バンドが繋がれた巻き取り式のワイヤー射出装置と、二対八本の収納された刃物。立体機動装置だ。

「これは?」
「俺が持ってるよりも、お前が持ってた方が使いこなせるだろう。上手く使えよ」
 笑っているような、泣いているような、怒っているような、そんな曖昧な顔でグッとサムズアップしてくれるハンネスさん。男前だな。
 まさか私のような子供を戦わせることへの忌避感でも感じているのか。
 ソレは盛大な思い違いというものだ。
 私は“覚悟”して此処に来ている。
 その決意には、誰であっても水を差せるものではない。

「……私、こんなもの使ったことないんですけど」
 問題はソレだ。確かに知識としては確保してあるが、すぐに使えるかどうか怪しいものだ。
「ないよりはあった方がいいだろ。ホラ、行くなら行きな!」
 まあ、あるならあるで戦略の幅が広がる。
 有り難く使わせて貰おう。

「恩に着ます、ハンネスさん。それでは!!」
 今度こそ振り返らずに、駆けだした。



……………………………………………………………………………………………………………………



 シガンシナ区を駆け抜ける。
 家と家の間を飛び回り、目についた巨人どもを切り裂いて回る。
 地面を跳ね回り、するりするりと巨人の手を掻い潜り、項を削ぎ落す。
 立体機動装置は思いのほか使用が難しかった。
 知識だけでは、動きが追い付かない。最初は姿勢制御が上手く保てず、家屋の中に突っ込んでしまった。
 だが、それも一体二体と巨人を切り裂いたところで慣れてきた。
 今は、最小限のガスの使用で、殆ど自力立体機動で巨人を狩っている。

 さあ、鎧の巨人はまだか?
 早く出てこないと、こいつらみんな食い殺してしまうよ?



 ドォン!! と爆発でも起きたかのような衝撃が響いた。
 町の一角に、稲妻のような輝きが走った。

 ……これは恐らく、巨人化の際の兆候。
 そして、この地響きは、空から地に巨人が降り立った時の衝撃。

 やって来たか。

 待っててね、鎧の巨人ちゃん。
 今すぐズタズタに切り裂いて、眼球を抉りだして脳髄を啜り食ってあげるからな。


 ドォン!! ドォン!!

 一歩ごとに地響きを鳴らしながら、そいつは一直線に内門まで向かっていた。
 ここを破壊されたら、シガンシナ区の陥落だけでは済まない。
 人類の活動領域が壁一つ分後退してしまうのだ。

 駐屯兵団の皆さんも、大砲で必死に砲撃をしているが、まるで効いちゃいない。
 鎧の巨人。巨人の硬化能力で全身を覆い、頑強な防御力と、肉体を使うことで発揮される高い攻撃力を兼ね備えた存在だ。

 だが、みすみす見逃すわけがない。

 さあ食い殺してやんよ。


「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
 鬨の声を上げ、愚直に門目がけて突き進んでいた鎧に斬りかかる。
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 ガギンッ!!
 だが、超硬質ブレードは容易く砕けてしまった。
 弱点のうなじを狙ったんだが、案の定ここも硬化して守っていたようで、届かなかった。何の痛痒も感じさせずにこいつはひたすら門に走っていく。
 だからさせないって。

 今度は正面に回り、残っている投刃ナイフを投げまくる。
 標的は全て目玉。流石にそこを硬質化させたら前が見えなくなるだろう。恐らくここは生身のままのはず。

 ドシュシュシュシュシュ!!

 刃物は狙い違わず全て鎧の巨人の目玉に吸い込まれていった。そして仕込みが作動。肉にナイフが潜り込む。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」
 なんとか刺さったナイフを抜こうともがいているようだが、そのデカイ手で目の中まで入りこんだ異物を取り出せるものか。
 今が確実に好機。
 今度はこっちの攻撃の番だ。

 鎧の巨人には、その固い表皮で攻撃が一切通らないように見える。
 だが、一応奴にも攻撃の通る部位はある。
 原作でハンジ・ゾエ分隊長が見抜いたように、巨人が人間の体つきをしている以上存在する、構造上の欠陥だ。
 人が鎧を装備したとき、絶対覆えない、或いは堅い金属で守るのが困難な部位。
 肘裏や膝裏、関節部分……主に動作する上で固められない部位。
 そこを硬化してしまうと動きづらくなる。

 よって、この部分なら攻撃も通る、のだ!!

 ザシュッ!!!!

 立体機動装置で空を駆け、鎧の右の膝裏を切り裂いた。
 幸い攻撃は通り、奴はガクンと崩れ落ちた。

 いける!!

 ここなら攻撃が通る!!

「死ねやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 自身の超人的な身体能力を併用し、上に横に下に空中を跳ね回る。ガスで空中を駆け巡り、脚力や腕力で壁や地面を蹴っ飛ばし、ぶん殴り、軌道を急変更する。幸いこいつは何故か私の変態機動に全く対応できていない。

 ズバッザシュッガキンッビキッグシャッザクッゴシャッ!!

 ガスの続く限り、こいつを切り刻む。
 門の破壊なんてさせるか……!!


 そら、動きが鈍ってきたぞ。
 再生力も無限ではないのだろう?
 何回切り結べば手前は死ぬ?
 百か? 千か? 万か?
 それが那由他の果てだろうとも、今の私には十分過ぎる!!
「ぎゃはははははははははははははははははははは!!! そらそら!! 食い殺してやんよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 カッ!! ドドォン!!

 再び閃光と、轟音が響いた。


 まさか、新手だと!?


 バッと背後を振り返ると、そこには胸部と臀部がふっくらとして特徴的な体格の巨人が……。

 女型の巨人、だと!!?

 オールスターバトルかこの野郎!!


 残りのナイフを投擲する。
 当然目を狙い、ぶん投げる。

「おぅらぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 最後の残り。全てのナイフを投げ切るつもりで刃物の弾幕を形成する。

 超大型と鎧の両方に通じたこの戦法は、しかしこの女型に通用しなかった。

 スッと最小限の動きで、最初の弾幕攻撃を躱された。
 どうしても躱しきれないものは、両腕を犠牲に耐えきった。

 そして、ドスンドスンとこちらに走ってきた。
 不味い!!

 アンカーを急いで直近の建物に突き刺す。後先考えずにガスを全力で吹かし、自身の脚力と合わせてバッとその場を飛び退け、女型の蹴りを躱す。
 ドシュッと空を切り裂く快音を響かせ一瞬前まで自分が呑気に突っ立っていた場所に蹴りを叩き込まれた。
 ムエタイのような独特の構えをして、女型は此方を伺っている。

 クソッタレ!!
 一度に二体も相手に出来るわきゃねー!!
 鎧はまだジタバタとその場でもがいている。目の中に入り込んだナイフが取れないからだろう。

 いけるか?
 一体は無様にその場でもがき苦しみ暴れるだけ。
 もう一体は落ち着いて逃げ回れば少なくとも死にはしない。それに、わざわざ機動力の鈍い鎧を壁破壊の任に充てたということは、少なくとも女型には壁を破壊するだけの能力は現状ないのかもしれない。
 なら、ガスを全力で吹かして―

 カッ!! ドドォン!!

 !!?

 なん……だと……!?



 恐る恐る背後を振り返る。

 そこには……。

 50mの壁から顔を出すほどの超大型巨人が。
 今私は鎧、女型、超大型の三体に取り囲まれている。

 ……ふざけんな。

「じょおおおおおおおおおおおとぉおおおおおおおおおおおおおだよクソ巨人どもがぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 原作崩壊とか言ってられない。
 このままじゃ死ぬかもしれないし。

 一番弱っているやつからサクッっとぶっ殺す。


「まずは手前だ鎧ヤロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 持てる全力で地に倒れ伏す鎧の巨人目がけ突進する。

 背後から女型と超大型が迫ってきているが、小回りの効く分こっちの方が速い。

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおるぁあああああああああああああああああああああ!!!」
 ザクンッ!!
 ワイヤーの巻き取るスピードに任せて両足の付け根を切り刻み、立てなくする。ついでとばかりにそのままブレードを深々と差し込んでおく。これで動きが阻害されてくれればめっけもんだ。そして真っ直ぐに通り抜け、急いで後ろを振り返る。ザリザリと靴で地を滑る音が耳障りだ。

 目に入った光景は、女型が拳を振りかぶっているところだった。
「ちぃいっ!!?」
 ワイヤーを巻き取って何処かに突き刺すだけの時間はない。仕方なく全力で横に飛び退いた。
 チッ!
「クソがっ!? 掠ったぞ!!?」
 圧倒的な死の暴力がほんの数センチ横を通り過ぎる。
 やはり格闘戦において女型は脅威だな。機動力が半端じゃない。

 なら、わざわざ相手の土俵で戦ってやる必要はない。
 回避に専念し、女型の周りをビュンビュン飛び回る。隙が出たら鎧を斬りつける。
 腕を振り回し、テレフォンパンチを繰り返す女型。超大型は散発的にズシンズシンと踏みつけてきてはいるものの、自分の体が大きすぎて味方ごと潰さぬよう配慮しているのが丸わかりだ。こいつは脅威ではない。鎧よりも動きが鈍い。

 今排除すべきは、鎧が最優先。
 超大型は動きがとろいからどうとでもなる。
 残りのブレードはあと2本。
 加えて、奥の手の刀もある。
 さあ、お前らの血は何味だ?



 既に戦闘が始まって5分が経過した。
 鎧が起き上がりそうになる度に腱を削いで封じ込める。超大型の攻撃を誘導し、女型の動きを阻害させる。剥き出しの眼球や口腔に斬撃を叩き込む。たまに普通の巨人が寄ってくるが、それは何処からともなく飛んできた硫酸弾によりうなじごと半身を溶かされ排除される。焼夷弾で燃え上がる。

 不思議なことに、原作で歴戦の調査兵団の団員をいとも容易く屠殺してみせた女型は、私の超機動についてこれていない。
 それを推察するに、奴らがまだ10歳だということが大きいだろう。
 兵士としての訓練なんぞ積んでいない真っ新なガキ。それが今の奴ら。
 ならば、断然私の方にも勝機はあるとみて間違いない。


 ズシャッと地に足を付け、敵と距離を取る。
 奴ら、警戒して近づいてこない。
「ぎゃはははっ! なあおい。お前らの肉でも食ったら、私も巨人になれたりするのかねぇ?」
 ブレードに僅かにこびり付いた肉片と血液を舌先で舐めとり、ぐちゃぐちゃと咀嚼して飲み込む。味は他の巨人と違うようには思えない。強いて言うなら少し淡泊かな。だがこれは他の一般の巨人の味の個体差とあまり差はない。

 私の奇行に、巨人どもは目に見えて動揺した。
「どうした? まだ腱を削がれただけだろう? 肉体を再生しろ! 全身を硬化させろ! 人肉を喰らえ!! 早く(ハリー)! 早く(ハリー)! 早く(ハリー)! 早く(ハリー)! 早く(ハリー)! 早く(ハリー)!!」
 私の言葉に気圧されたのか、超大型がズシリと重い音を響かせ踏み込んできた。限界まで振り切った腕を、空を切り裂いてこちらに叩き込んでくる。
 それを前に転がるようにして躱す。前回り受け身の要領で、空中で回転し上下を反転させる。ズドンと大地が揺れる。だが、立ち止まる暇はない。
 空中に浮遊したまま、敵の手首に当たる部分を既に刃毀れしボロボロのブレードで斬り飛ばす。

 ザシュッ!
 案の定、簡単に斬れる。
 超大型はその肉体特性が巨大化の方に振り切られているようだ。つまり、少なくとも現状硬化能力は使えない。
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
 耳障りな雄叫びを上げる超大型。痛みは感じているらしく、思わずといった感じで後ずさる。
 まあ10歳の子供が斬られて平気なわけないか。

 私は超大型の腕を伝い、二本のブレードを走らせながら駆け昇っていく。
「せぁああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
 肩まで走ったところで、その顔目がけ飛び込む。
 グチャッ!
 眼球の中に跳び蹴りをかます。腰半ばまでプルプルとしたゼリー状の蛋白質の塊に埋まった。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」
 そして間髪入れずに体内に向かって掘り進む。ブレードが途中で半ばからボッキリ折れたので、今は素手で肉を抉って削って掘削している。

 超大型は女型や鎧の三倍以上の大きさだ。つまり、こいつの上部にとりつけば、遠距離攻撃手段を持っていない限り女型たちは手出しできない。鎧は両足の付け根と膝裏にブレードを深く差し込まれて身動きが取れないうえ、眼球に深々と減り込んだ多数のナイフで視界が閉ざされている。女型は現状内門を破壊は出来ないようだ。
 よって、超大型を先に殺す。
 鎧が先だとさっき言ったな。あれは嘘である。

 さーて。超大型の脳髄は他の人間の脳髄と同じ味なのか確かめてやる。
 

 

第十四.五話 準備

 カカカカッ!!
 私の手から放たれた幾本もの刃物は寸分違わず磔にされた人間たちの頭部に吸い込まれていった。
 当然頭部にナイフが差し込まれて生きていられる人間なんてそういないわけで、全員即死。勢いよく赤い液体を噴出させてビクンビクンと痙攣している。
 まあこの程度のこと、ある程度の腕があれば誰でも出来る。別に誇れるレベルの芸当ではない。
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 ま、欲を言えばもっと飛距離が欲しいんだが。
 とは言っても、この限られた土地の中で一辺200mもの長さを誇る館を保持するなんてのは我々以外にはそうそう出来んことだろう。
 現在私はビーンストーク商会本館修練場で、処刑と鍛錬を兼ねた特訓をしている。
 部屋の端から端を使い、投げナイフの練習。練習距離は最大で200m。人目につかないようやるにはここの施設を使うしかない。
 一応超大型らに対し私が取れる有効打の一つがこれであると考えているのでな。


 奴らに対し有効な攻撃手段は何だろう。

 奴らには知性がある。
 凡百の巨人どもとの絶対的な差。それこそが知能に裏打ちされた豊富な攻撃手段と即応的な動きの洗練された行動。
 普通の巨人はタックルなんて使ってこない。足刀を使い切り込んでこない。脆い閉会門を狙って攻撃なんてしない。攻撃を躱そうなどと考えない。
 そう、ただ喰いついて飛び込んでくるような間抜けな巨人とはわけが違うのだ。

 なら、ノロノロと歩いてやってくる巨人を狙う為に造られたぶどう弾や大砲の弾は避けられたり防がれたりするため効果が無いだろう。これは原作が証明している。
 つまり、重火器類は俊敏な奴らに効果は薄いのだ。
 それでなくともこの世界ではあらゆる秘密に住民たちが触れてしまわぬよう徹底した技術弾圧が敷かれているのに。今更新武器の開発なんて望めないという訳だ。

 なら、現存するなにがしかを駆使して戦果を挙げるしかない。
 真っ先に考え付いたのが自身の斬術の向上だ。

 これは一番簡単で、同時に一番難しい。
 自身の中に秘密を全てしまい込めて、その上秘匿性も高く実現も容易だ。今までの攻撃力が100だとして、それを200にも1000にも増やすことさえ出来れば知性のある巨人も怖くない。
 だが、それは斬術の向上手段を持っているという前提条件の元成立する話。
 私には飛天御剣流の師範もいないし、三刀流の剣術基礎なんてありはしないのだ。
 だから、残念ながらこれは無理。

 もう少し現実的な手段は何かと考えて思いついたのが、この投げナイフだ。
 奴らに斬撃は有効。それは原作で女型の巨人や鎧の巨人にある程度は超硬質ブレードが効いていたことから分かる。
 そして、ただの斬撃では効果が薄いことも私は知っている。

 ならば、私が取れる手段はそう多くない。
 そして考え付いたのが、仕込みナイフによる弾幕攻撃だ。
 ある仕掛けを施したナイフを大量に用意し、服の下に常に隠して保有。
 多少重たくなるが、私は立体機動装置を使わない。
 自力でこの鈍重な肉体を跳ね回らせているのだ。
 よって通常の兵士には御法度の重量級装備であっても私には難なく扱える。


 この仕込みナイフ。二つの仕掛けが施されている。
 まず一つが、発条仕掛けによる炸裂式散刃機構。安全装置を外すと時間経過により刃が炸裂し飛び散る。刃にはワイヤーロープが結合されており、敵に刺し込められれば肉を巻き込み深く挿入され取れなくなる。もしこれを取り外そうと考えたら、肉を無理やりごっそり抉り取らなくてはならない。そんなことは10歳のガキには出来んだろう。

 原作の記述を見る限り、巨人の感覚と中身の感覚はシンクロしているように思える。この推測が正しければ、痛めつけるということも十分攻撃手段として有効だと考えられる。普通の人間は非日常的な痛みには耐えられない。奴らが拷問に対する耐性訓練でも受けていれば別だが、そんな事実はないだろうし。
 だから、この抉り込むナイフは有用だ。
 眼球や関節などの脆い部分に当てることが出来れば、あとは勝手に潜り込んでくれる。流石にこれで仕留めるなんてことは出来ないだろうが、動きを阻害出来れば私にも勝利の目はある。

 そして、もう一つの仕掛けだが、これは効果があるかどうか正直よく分からない。
 炸裂刃が発動する際、このナイフには内部に仕込まれた薬品を撒き散らす効果もある。
 その薬品とは、含邪だ。
 奴らに巨人の外骨格から内部へのパスが通っているのか分からないし、そこから内部へ影響を及ぼせるかなんて想像も出来ん。
 だが、もし効果があるのなら、こいつはかなり効くはずだ。
 気化したものを吸い込むだけで酩酊し前後不覚になる猛毒、含邪。
 そいつを体内に直接塗りこまれれば、生物なら正気を保っていられない。


 さて、これが私の使う武器であるわけだが、他の兵士たちにも投げナイフの修練を求めるのは難しい。私はそこそこの手練れであるという自負があるが、普通の人間は一年そこら習熟した程度では50m程度の距離でスローイングした得物を当てるのも難しいらしい。
 ならば兵たちは何に使うべきか。
 それは勿論周囲の雑魚敵の掃討だ。
 大砲などの鈍重な得物も普通の巨人には有効である。

 だがここで問題が。
 それは、一定以上の技術躍進は危険思想として憲兵に、それも中央第一憲兵共に検閲され弾圧されてしまうというこの世界の掟だ。

 空を飛ぼうとした夫婦。地面を掘り壁の境目を見ようとした男。この世界に疑問を抱いてしまった教師。革新的な銃を開発した技術者。
 彼らは皆中央に咎められ、歴史の闇に葬られたそうだ。
 それもこれも、人々の目が外に向くことを徹底的になくすため。中央はこの世界の闇を守るための防御装置だ。壁が出来て以来ずっと奴らはそうしてきたらしい。

 まあ私は今や中央にも顔がきく大商人だ。そして、多くの権力者は既に闇酒に溺れている。
 だからある程度以上にそういうことに関して融通が利く。
 我々がやったことは、大砲のライフリング。大砲弾の改良。特殊弾丸の開発。とまあこれぐらいだ。これが奴ら的にグレーなのかブラックなのかは知らないが、今のところ何も言われていない。まあ何か言ってきても揉み消すだけの力はあるが。

 ライフリングは大砲の砲に溝を彫ることで飛距離と精密性を向上させる技術で、地球でも実際に行われた改良手段だ。
 そして砲弾。これは従来の球形にするのではなく、どんぐり型にすることで同じく飛距離と精密性を向上できる。
 そして最後の特殊弾だが、今回実用化が間に合ったのは僅かに二つのみ。
 一つ目は硫酸弾。砲弾の中身に粘性の硫酸を詰め、敵に当てることで溶かし殺す弾丸だ。これは榴弾よりも安価で取扱いも容易。まあ現在の精密性が向上した新式の大砲でなければまともに当てられないのだが。
 そしてもう一つ。それは焼夷弾だ。砲弾の中身を揮発性の強い燃焼剤で満たし、敵に当てる。これは態々うなじを狙って当てなくともいい。体の一部に当てさえすれば、燃え上がる。たとえば足に当たったとしても、即座に燃え広がり巨人を焼き尽くす。巨人に対し炎が有効であるというのは外で私が確認済みだ。まあ市街地で使えば少なからず家屋に被害が出るのが困りものだが。


 さて、私は奴らに勝てるだろうか。
 用意できたのは兵隊。新兵器。自己の戦闘能力。これで足りるだろうか。
 純粋に白兵戦で鎧を仕留めるつもりではいるが、やり損ねる可能性も微レ存。
 その時は……その時の自分が決める。
 少なくとも今は負けた時のことなんか考えたくはないな。

 早くやってこい。
 私の悪意が勝つか、それとも貴様らの悪意が勝つか。
 決めるのは力。強い者が勝ち、弱い者は食われる。
 実に単純だ。私好みでいい。
 私はその他大勢の人間どもと違い、生きることを諦めてはいないぞ?


「……腹が減ったな」
 楽しみだ。
 知性のある巨人どもは、一体どんな甘美な味をしているのかね。
 
 

 
後書き
<<現在公開可能な情報>>
<i4905|34954>
商会特定技術試作品「苦無」。
内部にワイヤー仕込みの発条仕掛け炸裂機構が備えられており、安全装置を外してから数秒後にワイヤー投刃を撒き散らす。
商会の秘匿技術試作品。 

 

第十五話 敗北

 掘る。掘る。掘る。掘る。掘る。掘る。掘る。掘る。掘る。掘る。掘る。掘る。掘る。掘る。
 削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。削る。
 進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。
 食す。食す。食す。食す。食す。食す。食す。食す。食す。食す。食す。食す。食す。食す。
 眼窩から脳幹へ潜り込み、今私が目指しているのは超大型のうなじの部分だ。
 縦1m、幅10cm。それが全ての巨人の弱点。
 それは知性ある巨人も例外ではない。
 そこに巨人の元になっている人間がいるからだ。
 つまり、操縦者である人間を切り取れば巨人は消滅する。
<i4906|34954>
 普通の人間も鎧や女型と同様に人間が巨人化したものかどうかまでは分からんが、そんなことはどうでもいい。今重要なのは、こいつを殺す手段がそこを食い尽くすことだけということだ。
 全身で血液のジュースを浴び飲み干し、飛び散る肉片を貪り喰らう。
 戦闘を通して分かったのは、こいつらは各部位と感覚がリンクしているということ。勿論痛覚も同様だ。腕を斬り裂いた時、腕を押さえて後ずさった。身体感覚が実際の体の延長線上に伸びているのだろう。

 生きたまま体を蚕食されるというのは、どういった気分なんだろうねぇ?
 痛いですか苦しいですか辛いですか悲しいですか気持ち悪いですか? 私はひどく楽しいです。鼻歌の一つでも歌いたいスガスガしい気分だね。

 耳をつんざく絶叫を上げながら、超大型はドスンバタンと暴れ回っている。
 その所為で周囲の建造物に被害が出ただろうが、これも尊い犠牲だ。突出区画というのはつまり犠牲を覚悟する地域ということだろうに。よって私には関係ない。

 ぎゃははははは! さて、巨人化できる人間のお肉はどんな味かなー。

「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
 おっと? 悲鳴が二重に聞こえたぞ?
 外の巨人の口からと、あとは……。
「ここかぁっ!?」
 ズバッ!!
 手刀で前方を十文字に切り裂く。するとそこには、巨人の脊椎と同化している人間の腕のようなものが。
「あれあれー? なんだろーなー、これぇ!!」

 言わなくてもわかる。ベルなんとかさんでしょう。
「さーて、いただきまーす♡」
 ガブゥ!!

 腕に噛り付き、ぶちぶちと音をたてながら筋を千切り取った。
 巨人の悲鳴はとうとう掠れだし、ヒューヒューと乾いた音を絞り出すだけだ。
 ぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃ、ごっくん。
 わざと汚らしく音をたてながら肉を咀嚼する。
「だし醤油が欲しいね」

 赤身のお刺身みたい。いや、どっちかというと桜肉とかの感じかな。
 ユッケは前世では衛生問題で食べられなくなったんだよな。

「おや? やはり回復するのか」
 目の前でベルなんとかさんの腕はじわじわと傷が塞がっていく。
 だが、遅いな。
「私が食い殺す方が速い」
 ブチブチブチィッ!!

 喰らいつき、治りかけの腕の傷を拡大する。
「「――――――――――ッ!!!」」
 おおっと、暴れるな。ハハ、まるでジェットコースターの中にいるみたいだ。上に下にかかるGが凄まじい。
 ふんふーん♪
 美味いなぁ。楽しいなぁ。愉快だなぁ。

 どんな理由があるにせよ、人類(わたし)に敵対したんだ。
 これは食い殺されても文句は言えんなぁ。

「さて、そろそろメインディッシュの方を……」
 脊髄を抉り出したら流石に死ぬかな。
 よーし、いくぞー。

 ドシュッ!!!
「!?」

 私が居た超大型のうなじ付近の空間が、丸ごと抉り出された。
 何が起こったか把握する前に、感じた気配と違和感に従い前方を抜刀で切り開き無我夢中でアンカーを射出して全力で飛ぶ。

「がぁっ!!?」
 殺気に反応したつもりだったが、一瞬遅かったようだ。自身がさっきまで居た空間ごと何かによって抉り取られた。その衝撃は当然のようにこの矮小な身に降りかかる。
「クソがっ!!」
 巨大な何かによる打撃。それによって背中を抉られた。

「ッ!! なんだ!?」
 滴る血液をそのままに体勢を立て直し、近くの建物の屋根に上ったら、見えてきたのは巨人の群れ。
 どうやら女型が呼んだようだ。確か奴は悲鳴で普通の巨人を呼び寄せる能力を持っていた。熱くなりすぎて超大型の悲鳴と女型の悲鳴の区別がつかなかったか。

 超大型は見当たらない。だが女型の片手が塞がっていることから、うなじを直接掘り出し操縦者を確保したようだ。
「鎧はっ!?」

 奴が見当たらない。
 何処に?

 ズシン! ズシン!!
「なっ!?」
 何時の間に回復したのか、鎧の野郎は平然と侵攻を再開していた。
 目を封じたはずだったが。

 その答えはすぐわかった。地面に散乱する、私が投げ鎧の眼球に潜り込んだはずの刃物。
 おそらく眼球を直接抉り取って、その後回復したのだろう。
 奴にそこまでの覚悟があったとは。
 見くびっていた。

「邪魔だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 前方に立ちふさがる巨人たちを消し飛ばす。
 だが数が多い。
 これだけの数、一人では……!!

 不味い、早くしないと、門が!!

 うなじを刀で抉る。
 足の腱を切断する。
 眼球を横一文字に斬り裂く。
 小さい奴は蹴り飛ばす。
 横に倒れたところをうなじを踏み抜き殺す。
 外野から多数の榴弾や酸弾、焼夷弾が降り注ぎ私の周りの巨人どもを食い散らかす。

「「「ぼす!!」」」
「ッ!! お前ら!?」
 玩具兵たちが武装を整え応援に駆け付けた。通常武装兵もいる。その数一個中隊規模。

 だが、届かない。
 巨人どもに手間取っている間に、鎧は侵攻を続ける。女型はいつの間にか消えていた。

 一足で内門に飛び込む鎧。巨人どもに纏わりつかれ身動きの取れない私。踏みつけ、喰いつかれ、吹き飛ばされる玩具兵たち。
 頭が真っ白になる。瞬間、周囲の動きがゆっくりと過ぎ去っていく。

 ドゴォンッ!!!!

 無情にも私の目の前で鎧が内門を破壊した。

 人類はこの日、また敗北した。



……………………………………………………………………………………………………………………



「駆逐してやる!! この世から……一匹残らず!!」
 滂沱と涙を流しながら、それでも目が死んでいない。
 流石だ。エレン。
 やはりお前は主人公だ。
 この残酷な世界で虐げられて尚、お前は生きることを諦めない。

 周りの人間たちは、巨人相手に奮戦していた義賊赤錆が、金卵を産む鶏が奮闘空しく敗れたのを見て絶望している。
 目の前で人類の活動領域が狭められたのだ。
 ただでさえギリギリの生活を強いられていた人類が、このままでは無事に済まないのは分かり切っている。
 食料の減少。狭い土地に流れ込む人類。
 起こり得るのは飢餓か略奪。

 それを回避するために一年後に行われるのが総攻撃という名を借りた口減らしだ。人類の二割を動員して巨人たちと戦うことになるが、訓練を受けていないような人間を投入したところで戦果など挙げられるわけもない。
 狭い壁の中、食糧難を解決するにはソレしか方法がなかったというのはある。
 避けられない恐慌。来るべき騒乱。


 ……本当に残念だ。
 私のこの人生における二度目の、完全な敗北。
 一度目は戦うこともせずに逃げ帰った。
 二度目。死力を尽くして全力で抗ったが、巨人どもを屠ることは出来なかった。

 思えば本気で何かに取り組んだことなんて今までなかった。
 殺してやろう。食い尽くしてやろう。踏みにじってやろう。
 私に刃向う全てのものは、皆ただ一つの例外なく私の腹の中に収めてやる。
 巨人どもは、私が必ずこの地上から食い尽くして消し去ってやる。


「私は誓う!! 貴様ら巨人どもを、必ずこの地上から消し去ってやる! 絶滅させてやる!! この恨み、決して忘れん! 覚えていろ、鎧の巨人、女型の巨人、超大型巨人!! 私が必ず殺してやるからな!!」
 堂々と啖呵を切る。
 住民たちの注目を集めることになるが、狙ってやっていることだ。

 そもそも私が義賊として活動していたのには、二つの目的があった。

 一つは、貴族の情報を強奪すること。
 ただ情報を奪うだけでは目的が知られてしまい、憲兵団などから本格的に付け狙われてしまうだろう。だから、市民に奪った財貨を分け与えることで目的をぼやかした。
 結局指名手配は成されたが、それでも憲兵は真剣に探してはいない。精々が性質の悪い劇場型のコソ泥と目されているからだ。
 奴らが本格的に動くのは、壁の秘密に迫った時。原作が動くまで、私の動きを悟られるわけにはいなかい。

 もう一つは、名を売ること。
 調査兵団の最強兵士、リヴァイ兵長が昔義賊紛いのことをやっていたように、私も名を売っておきたかった。
 訓練兵団に入り、真っ新な状態で教育を受ける際、もしくは三年の月日を経て配属兵団を決める際。その時、あらかじめ私の存在が世界に知られていれば、何か違った動きがあるだろう。世界が私を排除するか、受け入れるか。その時になって分かる。
 王政府は壁について詮索することや、外の世界について興味を持つことを禁止している。そして、そんな壁の外について知りたがる厄介者は、損耗率の高い調査兵団にて活動することで、自然と厄介払いが行われる。実によく出来たシステムだ。
 まあなんにせよ、こうして名前を知らしめて、将来調査兵団へと身を置くことで世界に何かしらの動きがあるはずだ。

 巨人化の力を持つエレン。アニ、ライナー、ベルなんとかの三人と、ユミル。壁の秘密を知るレイス家。そして、こそこそと壁の秘密を嗅ぎまわる赤錆。
 これらの存在が一堂に会した時、物語は加速するだろう。

 今回は確かに負けを認める。
 だが、次はこうはいかない。
 必ず殺す。必ずだ。
 

 

第十五.五話 赤錆

 クソッタレ!!
 舐めていた。
 これぐらいでいいだろうと高を括っていたのか。
 そのしっぺ返しがウォールマリアの放棄だ。
 私だけは、奴らが来ることを事前に知っていた私だけはこの事態を防がなくてはならなかったのに。

 ……大見得を切ったはいいが、今の私では奴らを殺すことは不可能だ。
 5年後には奴らも戦士として能力が向上している。
 立体機動への知識・理解や戦闘能力が大して高くない今こそが奴らを殺す唯一の機会であったかもしれないというのに。

 よろしい、ならば……ならば、もっと私自身功夫を練るだけだ。
 もっと地獄のような鍛錬を。肉体を虐め抜いて精神が物質の理から解脱するような悍ましき修練を。
 次はない。そうだ、やってやろう。



 ………………
 …………
 ……



「出頭命令?」
 その報告は突然やって来た。
「はっ。副代表殿を名指しでご指名です」
 渡された資料に目を通す。その予想通りすぎる内容に閉口し、椅子の背に体重を預け瞑目する。
「……成程ねぇ」
 嗚呼、いつか来ると思っていたが。


 現在、あの八四五事変から一週間が経過しあの最悪の状況から逞しくも人類が落ち着いてきた頃。
 私は商会の仕事を率先して行い、この混乱を収めることに尽力している。
 幸いにして本部機能はウォールシーナ内部に移転してあったため、我が商会としての被害は微々たるものだったが。
 だが、人民たちはそうもいかない。
 あまりにも突然に住処を奪われ追い立てられ、命の危機に瀕することとなったのだ。その重圧と緊張は予想もつかないほど大きい。

 だが元より住民たちにはある種の諦観が立ち込めていた。壁の中で家畜のように飼い馴らされる人生を良しとするのが彼ら一般市民だ。
 人類は三分の一の領土を失いはしたが、それでも自棄になったりして暴動が起きたりはしなかった。ここら辺は訓練された豚共の唯一の美点だろう。

 私はそんな畜生共を無理してまで生かそうとは思わない。
 だが、それは奴らが哀れで愚かしい豚のままでいる場合の話だ。
 奴らも尻に火が付いて退路を断たれれば流石に一歩踏み出さずにはいられまい。
 その時前に進むことが出来る人間となれるのなら、私も対応を考える。
 ま、全ては過ぎたことだ。
 人民たちがどう動くのか。今から仕込みを始めよう。
 人心掌握は難しい物だが、それでもやらねばならない。人類は戦わなくてはならないのだ。この残酷な現実と。


 さて、出頭命令か。
 内容に関して予想はつく。
 私があの場で堂々と自分が赤錆であると宣言したわけだからな。
 それを罪に問おうというのだろう。
 赤錆がこれまでやってきた犯罪行為は、殺人、窃盗、大衆扇動など多岐にわたる。

 まともに取り合えば死罪は免れない。
 それはそうだ。
 些か派手に動き過ぎたからな。
 ま、ならまともに対応しなければいいだけの話だ。

「先方は何て言ってる?」
「はっ。盗賊赤錆を名乗るクラウド・ジンは明後日、中央審議所に出頭せよ、とのことです」
 ふぅん。
「裁判官は?」
「裁判長が上級審議所よりラッセル氏。そしてその取り巻き貴族たちが裁判官となっております」
 そうかそうか。結構結構。

 フリッツ・ラッセル。以前から赤錆を危険視して早急に捕縛・処刑するよう憲兵たちに要望を続けていた男だ。その理由としては、赤錆が後ろ暗い連中しか狙っていなかったという事実から自身の身が危険であると知っていたためだ。
 そしてラッセルを筆頭に赤錆排斥派とも呼べる派閥が出来上がっている。
 こいつらは全員赤錆の天誅候補者共だ。
 収賄、横領、暴力事件、無礼打ちなど。それらを貴族特権により正当化し続けていた。彼らは皆同じ穴の狢。私と同じ犯罪者共。
 そんな真っ黒な人非人に何が裁ける? 誰を裁ける? 少なくとも私は正義感に駆られて義賊ゴッコを楽しんでいた訳ではない。

 だが、奴らは権力を持っている。
 そして、そんな愚昧共に今私は裁かれようとしている。
 笑える話だ。
 そんな状況黙って見過ごすわけがない。
 陰謀暗躍権謀術策は私の大好物だよ。


「ヒナ」
「はいッス」
 天井裏から秘書のヒナが飛び降りてくる。何時から居たんだ。
「話は聞いていたな?」
「ハイっす。して、アレを使うんスか?」
「Dの0号を使う。数はいくつあった?」
「そうッスね……2ダースは確保出来ますッス」
 そうか……となると……うん、数は足りるな。
「すぐに配るよう手配しろ。私の方でも働きかけておく」
「了解ッス」

 さあさあ皆様ご照覧。これより精一杯の茶番劇を始めましょう。
 演者は私、血に塗れし赤錆と薄汚れた貴族様方。ステージは罪人を裁く審議所。使われる大道具は一つの劇薬。観客は熱に浮かされた民衆たち。
 その結末。悲劇的結末(バッドエンド)になることは決してありません。
 何故ならこれは出る者皆が馬鹿らしくも踊り狂う茶番劇(バーレスク)ですから。



 ………………
 …………
 ……



 審議所にて。
 私は手枷足枷を厳重にはめられ被告人席で磔にされている。手を拘束服で前に固定され、全身にはめられた枷と首輪が体を直立で固定するような体勢で戒められている。そして周囲には頑丈な檻が。
 何もここまでしなくてもいいんじゃないかな。
 私は獰猛な獣か何かか。……人食いのケダモノという点では間違っちゃいない。
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 審議所には多くの人が詰めかけていた。
 かの有名な義賊赤錆がその罪を問われるというのだ。興味のある者は多かった。
 傍聴席は人で埋まり、立ち見の人間で溢れかえっている。
 そして、私を万が一の場合即座に処刑するつもりなのか銃を構えた憲兵たちが複数名見受けられる。
 !! おや、あれはキース教官。いや、まだ調査兵団団長か。エルヴィン次期団長の姿も見える。反対側には憲兵団師団長と駐屯兵団司令官も。
 そしてあそこにいるのは……ウォール教の司祭殿か。
 なんで居るのか……ってそりゃそうか。私は壁の外に出てたりしたからな。皆興味津々というわけか。
 いずれにせよ、皆この審議に不安を抱き落ち着かない様子であるのは変わりない。

 ざわざわと五月蠅いことだ。
 私は人ごみが嫌いなんだがね。

「静粛に!」
 カンカン!
 ラッセル氏が声を張り上げ木槌(ガベル)を叩きつける。高所から此方を見下ろしているのは今回の裁判で裁判官を務める五人の貴族たちだ。
 ラッセルは堂々と胸を張り、これから私に対し下す判決を想像しているのか鼻息が荒い。
 右翼、スールマン氏とアームレスト氏。血走った目でこちらを睨みつけている。そんなに身を乗り出して此方を見るな。
 左翼、フェッチ氏とケベック氏。爪を噛んだり貧乏ゆすりをしたりと落ち着かない。癖というのはあまりいいものではないな。見ていて鬱陶しい。

 さて、役者がそろったな。


「審議の前に、今回の審議内容について確認する。まず、我々は王に今回の裁判についての全権を任されてあることを宣言する。そして、中央から監視員を一名預かってある。パデュー氏! 入りたまえ」
 審議所の扉が開き、中肉中背の男が入ってきた。
 黒髪黒目短髪。特徴がないのが特徴のような男だ。
「只今ご紹介に預かりましたネルゼル・パデューです。今回の裁判が公平に、公正に、法に則って行われるよう見届けるため中央第一憲兵より派遣されて参りました。私は裁判に対し口を挟むつもりはありませんが、審議内容が論点を外れていると判断した場合此方から修正を加えることもあります。その点、双方とも御同意下さいますか?」
「よかろう」
「私も文句はないよ」
「結構です。それでは裁判長殿、審議内容の確認をどうぞ」
 自分の言うべきことを言い終わると、パデューとやらは審議所の裁判官席の端に座った。

「さて、先ほども言ったが、この裁判は王宮より全権を委譲された審議であることを確認しておこう。本件は壁内全土で凶行に及んだ凶悪犯罪者の裁判である。貴族を中心に多数の被害者がおり、通常の審議形式では十分に吟味することが難しいと判断された。そのため、中央貴族院が統括審判を下すことを仰せつかった」
 ふうん。
 まあ貴族様の被害が出てるんだ。通常の法曹では系統が違うからね。

「貴族院上院よりパンナコッタ・スールマン。デミグラス・アームレスト。貴族院下院よりフランベ・フェッチ。グラッセ・ケベック。そして、上級審議所より私フリッツ・ラッセルが本件の審議を担当させて頂く。審議はこの五人の多数決で執り行う。そして被告人はクラウド・ジン。主な罪状は国家反逆罪だ。相違ないな?」
「さあ?」
「貴様!!」
 憲兵の一人が銃をこちらに向ける。血の気が多いなぁ。

「おお怖い怖い。そちらがそう仰るのならそうなんでしょうよ。お前らの中ではな」
「……起訴内容に不満があるのかね?」
「いいえ? 私はクラウド・ジンで間違っていないし、起訴事実がどうあれ裁判を受けに来たんです。その罪状で進めても構いませんよ」
「ならb「ただし」」
 尚も続けようとしたラッセルの発言に口を挟む。
「あらかじめ宣言しておきましょう。私は今日中に無罪で放免されるでしょう」


 この発言に対し、流石に聴衆が大きく動揺した。
 どよめきは高まり、観衆たちは様々な憶測を口にする。
「静粛に! 静粛に!! ……被告人は許可なく発言せぬように。それでは、審議を始めよう」

 ふふふふ。お前らは私を捕まえた気でいるのかもしれないが、蜘蛛の糸に絡め捕られた哀れな羽虫はそちらであるということを、気付かせてやろうじゃないか。
「まずは被告人の罪状を確認する。被告人は840年ごろから赤錆と名乗り、貴族宅に押し入り警備を昏倒させ住人を殺害し金品を奪っていた。傷害及び強盗殺人だな。これに間違いはないな?」
「ええ」
「……」
 起訴事実を素直に認めたことが不思議なのか、裁判長はこちらを訝しげに睨みつけている。
「……なんと恐ろしいことに、被告人は5歳の頃から殺人行為を繰り返していたことになる。その人間性は疑うべくもなく破綻しており、一般社会にその身を置くことは極めて危険であると判断せざるをえない。ここまでで何か反論はあるか?」
「いいえ。どうぞ進めてください」

「……そして、被告人はその奪った金品を近隣の住民に配布。最後は決まって壁を昇り壁外に姿を消している。この件について憲兵団より意見がある。ジュリウス殿」
 現在の憲兵団の代表が出てくる。何を言う気なのか予想はつくがね。

「被告人が壁外に飛び移る様子は多くの住民に何度も目撃された明確な事実です。そして、そのようなことは立体機動装置無しでは人間には不可能であることは明白です。よってこの事実から、彼が立体機動装置を何らかの手段で不当に保有している可能性を指摘します。……これは兵団関係者以外に立体機動装置の保有を認めない、『特務技巧保守法』に反する重罪です。そして、多数の強盗殺人事件と民衆への強奪した財貨の流布による内乱事件。以上の観点から、我々憲兵団は彼の処刑を求めます」
 求刑にまたもや観衆がざわつく。
「成程。被告人はこの起訴事実を認めるかね?」
 ニヤニヤしながら裁判長はこちらに尋ねてきた。嫌らしい顔だ。

「一部否定します」
「ほう? どういうことかね?」
「確かに私は奪った金品の全てはばら撒き住民に与えました。そして壁の外に消えました」
「それで? 何が違うのかね?」
「私は立体機動装置など持っていないし、使っていません」
「ハッ! 出鱈目を言ってくれる。悪いがこちらには有力な証言がある。スールマン!」
「は、はい!」
 右翼に座っていた一人が声に飛び起きて立ち上がる。

「貴殿は赤錆をかつて実際にその目で目撃したそうだな」
「は、はい……。あれはウォールシーナ北北西のユナ氏の統括地に滞在した時の事でした。私はたまたま都合をつけられず、ユナ氏の館の内部ではなく市街地の宿に宿泊していました。そ、そしてその次の日の早朝です。甲高い音が聞こえたので見に行ってみると、街の広場に……広場に、ユナ氏の生首が晒されていました……」
「成程。起訴事実の通りだな」
「は、はい……。そして呆気にとられていると、屋根の上に子供ほどの背丈の人間がいました。その人物は抱えた荷物をバラ撒き終えると、壁の外に飛び出していってしまいました……」
「よろしい。以上の事から、被告人が壁を何度も飛び越えていたのは事実だ。これの何が違うというのだね?」
「アンタこそ人の話聞いてないな。私は立体機動装置なんて使ってないと言っているんだ」

「……どういうことかね? まさか装置を使わずに壁を行き来したとでも言うのかね?」
「ええ、その通りです」

「…………バカバカしい。此処での偽証は即、死罪に繋がるぞ」
「何度でも言いますよ。私は立体機動装置なんぞ使わずとも壁を越えられると言っています。……嗚呼、そうですね。実証してみせますか」
「何を言って<バキン!!>っ!?」
 背筋で反り返る要領で磔の状態から回復する。私を縛る十字架は脆くも砕け散った。
「フンっ!!」
 空に蹴りを放ち、足の拘束を外す。
 ドガンッ!!
 拘束を外れた重しは審議所の天井を破壊し風穴を開けた。
 バンバン!! バンバンバン!! 何人かの憲兵が発砲すると、堰を切ったように全員が一斉に射撃を開始した。私は致命傷になりそうな物だけ選んで躱す。全身に普通の人間ならば重傷になりうる傷が刻み込まれた。

「な、何をしている!? これ以上軽率な行動をとってみろ! この場で射殺するぞ!!」
 憲兵たちが銃を構え全員で私に照準を合わせる。次弾を装填しいつでも撃てる体勢だ。
「……だから言ったでしょう。今。この場で! 私が実証してみせると言っているんです……よ!!」
 宣言もそこそこに、足に力を溜めて屈む。そして、全身のバネを使い自らの身体を砲弾と化し打ち出す。

 異様な滞空時間。一度飛び上がった身体は蒼穹に溶け込み、そして落下する。
 審議所の人間たちにはその僅かな時間が無間にも感じられた。
 だが、終わりは必ずやってくるもの。
 私が着地し終えると、しばらくしてから審議が再開した。


「……それでは、自力で壁を飛び越えたと?」
「ええ。見て頂いた通りのことかと思いますが」
 その後、数回に渡って検分。その結果、私が自力で壁を飛び越えたことを認めて頂いた。
 人間は日々進歩する生き物だ。かつては出来なかったことでも、時間をかければ可能になることもある。現在、私は完全に自分の力だけで50mの跳躍を可能にしている。
 いや、人間努力すればなんでも出来るってことだね。

「さて、まさかこの世界には『自力で壁を飛び越えてはならない』という法律でもあるのでしょうか? ……ないのなら、この件に関しては終わりですね」
 まあそんな事態を想定しているわけがない。
 生前の私の高校で、電気ケトルを持ち込み昼食にカップラーメンを食べているカップ麺先輩という方がいた。彼が卒業した後には、校則に『学校に電気ケトル等電気製品を持ち込んではならない』という一文が加えられたのでした。想定外のことは起きてからでなくては対処が出来ないという例ですね。


「……だが! 強盗殺人及び大衆扇動による内乱の罪がまだある! これについてはどう弁明するつもりだ!? 更に! 此方にはもう一つの案件についての情報がある!」
「ほう? 一体どういったものですか?」
「被告人、クラウド・ジンは844年に自らの父親を殺傷している!!」
 ざわっ!!
 この宣言に、観衆は騒めいた。
「これらの事実に、何か弁明はあるのか!?」
 裁判長が勢いよくそう問いかける。

「……ですから、肥え太った貴族共をぶっ殺して金目の物を奪って配り歩いたことはもう認めているでしょう。更に、当時の状況を勘案せずに結果論で出来事のみを取り扱うのは如何なモノでしょうかね。まあ、父親をこの手にかけたのは事実ですよ。……扇動ですか? 自分は扇動者(アジテーター)であるつもりはないのですが。ま、いいでしょう。それですがね……知ったことではないですね」
「なに!?」
 私が義賊ゴッコに興じていたのはね、この世界についてを知るためですよ。そしてもう一つ。私という要素(キャラクター)を確実にこの世界に打ち込むためだ。

「私が行った行動の結果民衆にどのような感情が生まれようと、そこまでは責任を持てませんね。そんなことはあなた方お偉いさんの持つべき役目でしょう」
 まったくやるせない話だ。貴族という御大層な肩書を持っているのなら、それに見合った働きを見せてみろ。
「私はねぇ、ご立派でご高尚な考えなんて持っていません。ただ自分が生きることだけ考えて生きてきましたし、それはこれからも変わりません。敵が居れば粉砕し、障害があれば取り除き、喰いたいものは食う。それだけです。それだけなんですよ」


「……言いたいことは以上かね」
 裁判長が確認する。
 確かに言いたいことは殆ど言ったな。
 だが、このままでは死罪は免れん。そりゃそうだ。弁明の一つもしていないからな。
 シメにあのことを言ってやらねば。
「最後に一ついいですか?」
「なんだね? 言ってみたまえ」
 裁判長は判決を既に決め込んでいるのか、喜色満面でニヤつきながら私に促す。そりゃ、普通はここから巻き返すだなんて無理だからな。まともな奴なら私の今回の言動を通して無罪放免などという判断を下すわけがない。
 だがな。ならばまともじゃない方法をとるまでだ。

「私はビーンストーク商会に所属しています。そして、発酵蔵の総責任者を務めているのですが……ああ、つまり酒やミソなんかの発酵商品の取り扱いを一任されているわけです」
「……それがどうかしたのかね?」
「ここからは独り言になりますが……闇酒『極悪の華』。アレ、私しか作れないんですよ。そして、製造は完全受注生産制なんで、在庫は存在しません。私が死んだら、アレは今後二度とこの世界に出現しないでしょうねぇ」

 空気が、変わった。
 両翼で殆ど審議に加わることなく座り込んでいた四人の貴族が身を乗り出し叫ぶ。
「そ、それは本当か!?」
「どういうことだ!!?」
「ふざけるな!! あ、アレがないと……!!」
「お願いします……!! アレを……アレを……!!」

「な!? せ、静粛に! 静粛に!」
 カンカンと木槌の鳴る音が響くが、正気を失った四人を止めることは出来ない。
 独り言だって言ったじゃないですか。それに返答を求めるのはマナー違反だと思いますが。
「チッ! 審議を一時中断する!!」



 ………………
 …………
 ……



 さて、半刻の休憩をはさみ審議は再開された。
「え、えー……ラッセル氏は気分が優れないとのことで、これからは私が裁判長を務めさせていただきます」
 右翼に居た一人が中央に立ち宣言する。
 そして、壇の上には四人と一人しかいない。ラッセル氏は退席なされたそうだ。
 いいねいいね。四人とも目が血走ってる。濁ってる。泳いでる。実によく淀んだ、い~い人殺しの目だ。


「それでは審議内容を確認させて頂きます。被告人クラウド・ジンは壁内全土で五年間に渡り判明しているだけで37の貴族の邸宅を襲撃し、金品を強奪。そして貴族を殺害。さらにはその金品を近隣の住民たちに配布し、いたずらに騒動を引き起こしました。これらの事実から、被告人を傷害罪、強盗殺人罪、騒乱罪の罪に問います」
 またもや観衆に動揺が走る。これだけの重罪を三つも犯しているのだ。普通ならどう安く見積もっても死罪しかない。違いは処刑方法をどうするか悩むくらいだ。

「……ですが、同時に彼がビーンストーク商会の副代表を務めているという事実にも着目したいと思います。この商会は各兵団の輜重部隊と密接に関わっており、最早壁内の保安にはなくてはならない存在です。そして、彼はその商会の最高幹部の一人。彼の人類全体への貢献は疑うべくもなく甚大なものであると言わざるをえません」
 へえ、そうきたか。まあ私はどんな形でもいいんだけどね。
「更に、彼が特定の部署を一人で受け持っていることから、彼がいなくなれば件の商会は回らなくなってしまうという事実に注目します。彼の商会員としての数多の実績は、人類への多数の貢献に他なりません。更に先の超大型たちとの戦闘の戦果もあります」
 ここらへんで観衆も何を言おうとしているのか気付いたようだ。さざ波のように人々に熱が広がっていく。

「これらの事実から、今後も人類への間接的貢献を続けることで今までの一切の罪を不問とし、尚いっそうの貢献に励むよう通達します。……それでは判決を下します。被告人、クラウド・ジンは数多の功罪を持ちますが、ここで過去の全ての経歴に対し無罪を言い渡します」
 そう言い切った瞬間、音が爆発した。

 観衆には様々な感情があったが、どれも色好いものだった。
 この場には貴族様なんぞいない。民衆の多くは赤錆によって被害を被ったことはなかったし、逆に利益を得た者ばかりだ。そして、如何に隷属的気質をここの人民が持っていようと、権力者への反感は少なからずある。実際に被害を出されたこともあるし、困窮する下層の人間に対し今でも富を持ち裕福な暮らしをしているのが貴族共だ。彼らに一泡吹かせたいと思う事がなかったとはいえない。
 その結果、この判決は概ね好意的に受け止められた。



 ………………
 …………
 ……



「それで? どんな魔法を使ったんです?」
「何がだ」
 審議も終わり私はあることを済ませた後に、ウォールローゼにある現前線基地に戻ってきた。
 ここには山と積まれた書類が私の決裁を待っている。これでも全盛期の十分の一以下になっているんだがな。
 それらに目を通しながら次々と判を押しつつ、目線は動かさずアサドの質問に答える。アサドも同様に大量の書類仕事をこなしている。

「審議のことですよ。一体どんな魔法を使えばあんな判決を勝ち取れるっていうんです。あんな事例がまかり通れば裁判制度なんて意味を成さなくなりますよ?」
 それはそうだ。あれはあくまで外法外道に細工を凝らした十全な小細工の元引きずり出した、不当な判決だ。
「そういえばアディやイーバーたちがここ最近忙しく動いていたようですが、それもボスの仕込みですか?」
 そこまで分かっているのなら話は早いな。

「……話は変わるが、生き物の本能というものはどんな仕組みになっているか知っているか?」
「本能ですか? ……よく分かりませんが、食べる、寝る、子を成すなど、言われなくともそれをすることが出来る行動……でしょうか。生まれついて身についた、生きるための仕組み。それが本能……ですかね」
「まあそんな認識で構わないだろう。生得的モジュールは学習行動を伴わずに個の生存及び種の生存を可能とする一種のロジックだ」
 遺伝子学や動物学で説明するには小難しい注釈が助長に続くし、そもそも近年では本能という語自体使われないようになっているらしいが、そんなことはどうでもいい。分かりやすいフレーズを使うことこそが学問の発展の為に必要な要素だろうと思うし。

「それで、だ。本能は理論である程度説明がつく。そしてそれは別の理論を挟めば生物を根源的なレベルで操れるということに他ならない」
 理論(ロジック)というのは法則だ。理論は更に別の法則を与えることでその形を変化させる。
「……それで、その本能がどうしたってんです?」
「腹が空けば物を食いたくなるだろう。眠くなれば寝たくなるだろう。性欲が高まれば番が欲しくなるだろう。それが本能だ。……そしてこれは、生き物である以上動物は本能から抗えないということだ」
 食べなければ死ぬ。寝なくとも死ぬ。誰も性欲を持たない社会になれば、種が死ぬ。そして、そのような事態を起こさぬよう動物は上手く本能でプログラミングされているのだ。そして、仕組み(プログラム)は悪意ある編纂者(ハッカー)により改竄されることがある。

「話を戻すが、ラッセルを筆頭にした私の排斥派が出来上がっていたのは覚えているな? その数は潜在的な物を含めれば計り知れん。だが、幸いにして中心人物で今回の審議に参加する者は事前に割れていた」
 威圧のつもりなのか、審議を行うメンバーが予め指定されていたからな。こうすれば私が口封じを行ったりしないとでも思ったのかね。
「そして、私はラッセル以外の四人の貴族にアレを贈った」
「アレ、といいますと?」
「これッスね」
 ドン、といつの間にか傍に居たヒナがワイン瓶を机の上に置く。

「これは? 極悪の華ですか?」
「そうだ。極悪の華は含有する含邪の濃度やブレンドによって等級が分かれているのは知っているだろう」
 一番強い第一等級の『死』から、『反逆』、『憂鬱と理想』、『惡の華』、『葡萄酒』の順に濃度等が変えられてある。当然濃いものほどヤバイ代物だ。
「だが、私が連中にプレゼントしたのは第零等級『禁断詩編―地獄に落ちた女たち―』だ」
 第零等級は複雑な配合を施し改良を加えた特濃一番搾りの闇酒だ。そもそも零等級を裏ですら市場に流していないのは、これが摂取すれば一月ともたず死に至る程の凶悪な性能を誇るからである。
「こいつは飲めば短期間で必ず死ぬ代わりに、非常に速く強く身体に影響を及ぼす。それこそ、一週間と間を空けずにな」
「そ、そんなものまで作っていたんですか……。あれ? でも、もし連中がそれを審議前に口にしなかったらどうなさるおつもりだったんですか?」

 確かに、毒殺などを警戒された場合そういう判断もなされるだろう。というか敵対している相手から贈られた食品なんて怪し過ぎて私だったらとてもじゃないが口にできないな。
「そこでさっきの本能の話に戻る。今回歌う琴を動員して、連中に気化した含邪を吸わせた」
 夜の間に寝ているところを襲撃し、眠ったままヤク漬けにする。そして目が覚めたら立派なジャンキーの出来上がりだ。
「含邪に脳髄を隅々まで犯された生き物は、本能レベルでヤクを欲しがる。連中は私が贈った闇酒を、疑うことなく嬉々として飲み干しただろうさ」
 それが含邪だと知らなくとも、ジャンキーにはそれが自分の欲するものだと本能レベルで察知できる。
 短期間のうちに重度の薬物中毒患者を製造。そして審議の間にポロッと「ヤクを作れるのは私だけだ」と漏らす。そしたら後の結果は火を見るよりも明らかだ。

「権謀術策というのはね、案外簡単に出来るものらしいな」
 アメとムチ。単純だが動物を飼育するのにこれほどわかりやすいルールはない。
 この世界の人間は壁という巨大で狭い籠の中で飼われる家畜だ。
 珍しい物品で飼い馴らし、強い行動で矯正する。パンとサーカスとかね。
 畜生の理でしかないが、この世界で生き抜くためには十分に通用するものだ。

「……俺はボスが恐ろしいですよ」
「何を言うか。私ほど人間らしい人間はそうそういないと思うがね」

 さて、仕事は山積み。問題は難題。超大型どもはよくもまあやってくれたよ。
 次に会う時が楽しみで仕方がない。
 
 

 
後書き
<<現在公開可能な情報>>
<i4908|34954>
「闇酒極悪の華(ダムニンダ・フローロ)」。
第一等級の『死』から、『反逆』、『憂鬱と理想』、『惡の華』、『葡萄酒』の順に濃度等が変えられてある。濃い物ほど中毒性が高い。
その中でも第零等級と呼ばれる『禁断詩編―地獄に落ちた女たち―』は濃度を人間が耐えられる限界まで高めてあり、尚且つ毒性も一切除去されていない。コレを摂取した人間は非常に短期間でシャブ漬けになり、立派なジャンキーとなる。そして、ほぼ確実に死に至る。 

 

第十六話 鍛錬

「起きろ」
「ぶぇっふぉっ!?」
 特注の大型ヤカンから水を叩き込み、気絶した軟弱者を文字通り叩き起こす。

「まだ準備運動(ウォーミングアップ)にすぎないというのに何を怠けている。見ろ、玩具兵(トイソルジャー)たちは息一つ乱さず終わらせたぞ」
「い、いやいやいや!! さ、流石に5時間ぶっ続けで走らせられたら、い、息もあがるって!!」
「叫ぶ元気があって大変結構。次の5時間も頑張りたまへ」
 嘘だろ!? と叫ぶエレンを尻目に入念に柔軟をしているミカサの方に目を向ける。

「嗚呼。気合があるのは結構だが、そんなにいきなり強くやっては体を壊すぞミカサ」
 無理やり体を曲げているミカサをたしなめる。柔軟は徐々に体を柔らかくしていくものだ。急に強く身体を酷使するのは良くない。なんせ無理な柔軟は関節技か何かをかけられているのと同じことだからな。
「……でも」
「でもじゃない」
「……彼らはやってる」
 不満げに柔軟体操をしている玩具兵を指さすミカサ。玩具兵たちはグニャグニャと軟体動物か何かのようにその身をくねらせている。
「彼らは日頃から毎日積み重ねてきたからあれほど体が柔らかいの。ミカサは柔軟なんかやったことなかったろ?」
「……うん」
「なら徐々に慣れていこうか。そら、エレンが走り終わったようだから柔軟を手伝ってやれ。……(エレンと密着するチャンスだ)」
 後半部分を小声でボソッと呟く。
「!! エレン! こっちにきて柔軟をしよう!!」
 分かりやすいねぇ。
 ホラ、私はミカエレ派だから。見ていて微笑ましいなあ。



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 商会の業務引き継ぎが終了し、新規の販路開拓と物流の確保も出来た。審議も終わり、私を裁こうとしていた連中は皆不慮の事故や謎の怪死を遂げた。
 これで八四五事変は私の中では一応の完結を見せたことになる。

 え? 領土を失い食料事情の困窮している人民?
 ……何それ美味しいの?
 結論から言うと美味しくないよ。
 やはり良い物食ってる貴族様の方が肉質的には美味しいんだよね。ガリガリの鶏がらみたいな肉なんてあまり美味しくない。
 肉牛や豚、ブロイラーなんかは、出荷直前まで余命数か月の状態に保ち続けられる。これは自然界で考えるとおかしなことである。そりゃあそうだ。脂がたっぷりのった箸で切れるような柔らかい特上の肉とか、人間で例えるとブヨブヨで頼りないいつ死んでもおかしくない異常な体調だ。地球だと肉牛とかは食い過ぎで体調不良を引き起こしても、ビタミン剤などを注射されて出荷時期まで無理やり生かされる。それはもう食べられるためだけに生かされるのだ。
 え? そんなこと聞いてないって?

 まあそんなわけで。最近は貴族狩りはやってないこともあり、美味しい肉が食えていないんだ。
 私が赤錆ってバラしちゃったからなぁ。遅いか早いかの違いだとは思うが、正直早まった感はある。ヤバイと思ったがワクワクを抑えられなかった。
 まあ過ぎたことだ。気にしない気にしない。

 最近は殆ど犯罪者狩りでしか肉を食えないんだ。世間に私の存在が知られた以上、今更貴族狩りは出来んからな。
 壁崩壊のあおりを受けて、治安は一気に悪化した。住処を奪われ、食い扶持すら失った人々は犯罪に手を染めるしかなかったのだろう。
 お陰様で治安維持部隊『金卵を産む鶏(レイズ・ゴールド)』は何処に行っても引っ張りだこだ。憲兵のような堕落した組織だけでは対応できない事態になっているからな。


 さて、そんな訳で一時の暇が出来て私はあることに精を出している。
 それが、エレンたちの鍛錬を見てやることだ。


 最悪なことに、エレンが巨人化の薬を打たれる現場に私は居合わせることが出来なかった。どうも審議中にことが為されたらしいのだ。こんなことなら誰か監視をつけておくべきだったとも思うが、これは誰にも知られるわけにはいかない。部下たちは信頼しているし信用もしているが、だからといって原作の闇にまで足を踏み入れていいわけではない。
 事情が事情なだけに、人目に触れるわけにもいかなかったのは仕方のないことだ。

 審議が終わり、一目散にエレンたちを預かっている借宿に戻った私を待っていたのは外で気絶していたエレンだった。そして見受けられる記憶の混乱。父親に何かされたことだけは覚えているらしいが、無理に聞こうとすると錯乱し気絶してしまう。
 そんな状態の彼に無理して詰問するような真似は出来ない。保護者のミカサにくびり殺される。

 …………これはもう仕方ないな。
 アレをやるしかない。
 友人を裏切るわけにはいかないのだ。だから私はあの作戦を決行することにした。
 そうだな、作戦名は『神の食物(アムブロシアー)』とでもしますか。



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 さて、そんな訳で機を逸した私が次に出来ることはエレンたちを鍛え上げ絶対に死なないようにさせることだけだ。
 戦場に絶対は存在しない。人類最強と謳われたリヴァイ兵長だって、殺せば死ぬだろう。少なくとも不死の英傑では決してないことを、原作が証明している。彼は女型との戦闘で突出したミカサを庇ったことで足に重傷を負い、戦線を一時離れることとなったのだ。
 彼に次ぐ討伐数を誇ったミケ・ザカリアスも、原作では馬という機動力を失ったことで呆気なく嬲り殺しにされた。
 この世界では人の命は紙屑のように軽視されている。

 そんな生存競争の激しい世界だ。生き抜くには力がいる。
 幸いにして、エレンは私が母親を助けた現場を目撃している。更には巨人を屠殺する様子も。私はエレンに自身の力をある程度見せつけたことになる。
 そんなエレンが、自身の弱さを嘆いていた主人公が、目の前にいる強者に何も感じないわけがなかった。
 審議が終わり、エレンたちの心境も落ち着いてきた頃。私はこう尋ねた。
 『力が欲しいか?』、と。
『力が欲しいのならくれてやる。その代わり、人間性すら捨て去り、魔の境地に堕ちる覚悟はあるか?』
 その問いかけに対し、エレンは是と答えた。
 内心私は計画通りッ! とほくそ笑んでいたが、それをおくびにも出さず受け入れた。それに当然のようにミカサも同道し、意外にもアルミンも参加することになった。


 当然私がこれまで自分に対し行ってきた人体改造プランは一般人に施せば間違いなく発狂し死に至る劇薬だ。比喩ではなく実際にヤク漬けにするし、肉体を細胞レベルで作り変える必要がある。
 流石にそこまでのことを求めるのは酷だ。
 だが、その一歩手前くらいならやっても問題はなかろう。絶対に死なせないからな。


 さて、肉体を造るものは何かといったら簡単だ。そう食物である。肉体は食い物で食い物は身体だ。
 食べる物に気を遣えば身体能力の向上は容易である。逆に言えば食い物・栄養が貧相だと育つ芽も育たない。
 私は早速三人の食生活を改善させることとした。
 一日三食五十品目。
 食糧事情はウォールマリア崩壊により異常なまでに逼迫しているが、手段を選ばねば方法などいくらでもある。

 肉体を造る蛋白質をメインに低脂肪、低糖質の食事メニューを徹底。
 卵白、ささみ、肉類、魚類、野菜類、きのこなど。

 卵を得るために雌鶏をダースで用意した。毎日新鮮な卵を産んでくれる。そういやロッキーで生卵がぶ飲みしてるシーンがあったけど、あれって海外の人からしたらグロシーンらしい。日本と違って海外の卵は長期保存を前提にしている生食に向かない食品だ。そのため生卵は危険物扱いだとか。
 ささみ。これはウチの両脚羊のささみをたっぷり供してあげたさ。知らないって怖いわー。
 魚類。この世界は川魚がメインだ。淡泊でクセがないが、その分味付けが薄いと食えたもんじゃない。ティターンズソースが大好評だった。
 野菜類。ビタミンが足りないと体が造られないからな。エレンは意外と好き嫌いがなくて、逆にミカサは牛蒡や泥鰌みたいな生臭い、泥臭い食べ物が苦手だった。好き嫌いしてると巨人は殺せませんよ。
 キノコだが、この世界では一般的な食べ物ではない。まあ菌類は殆ど毒持ちだからね。普通に日本で食されているあの椎茸ですら生食すれば腹を下すくらいの毒を持っている。知識がなくてはこれは手を出しづらいものだろう。まあ私は過去の教訓から毒に対する耐性訓練を反復しているおかげで、大抵の毒なら簡単に解毒出来る。だから手あたり次第に食ってみて、どれが毒なしか判別することも可能。


 生産者としての食料生産の義務は、一部の商人などには適用されない。既に職持ちの人間はその職で社会に貢献することが果たすべき義務だからだ。
 そして、私はその食料生産を免除される立場の人間だ。
 私は一時的にエレンたちを我が商会の一員に加えることで、彼らを生産労働から外して貰った。幸い私は中央にすらその権力を届かせる大商人だ。立場の偽装なんぞ容易であった。空いた時間は全て鍛錬に回す。
 朝起きて牛乳飲んで飯食って修行して気絶して牛乳飲んで飯食って修行して気絶して牛乳飲んでメシ食って牛乳飲んで気絶して寝る。そんな生活を続けて貰うことになるな。

 そして適度に私が開発してみた秘薬を飲んで頂くのも重要だ。
 私は自分の身体を完璧に把握出来ている。
 そして、巨人化の力はないがある程度ならば自分の肉体を弄れるのだ。
 体内で化学物質を生産したり、人体には存在しない臓器を創ったり。
 人間化学工場みたいなものだ。
 今回エレンたちに飲んで頂くのが、人体改造秘薬『蛇にピアス(Snake Pierce)』だ。
 何も特別な物を使っているわけじゃない。
 普通の人間が持つ新陳代謝や細胞の更新、肉体のあらゆる活動を活性化させることが出来る代物。これだけなら普通の世間一般に出回っている健康食品とか、漢方とかを使えば実現できるだろう。
 だが、これの一番素晴らしいところは、テロメアの延長にある。

 人間の細胞は分裂する回数が決まっている。だから細胞活性を突き詰めることは老化を早めることに他ならない。折角巨人を絶滅させても自分が夭折したんじゃ面白くないからな。
 そこでテロメラーゼだ。細胞分裂はDNAが持つテロメアを基に行われる。そしてテロメアは消耗品だ。要はテロメアさえ復活出来れば不老すら成し遂げられるということで。テロメラーゼはこのテロメアを延長、つまり復活させる効果を持つ酵素である。そして、私は人体内部でテロメラーゼを培養できる。まあ過剰な細胞分裂による癌の発生を阻止するのが難しかったんだが。
 そして取り出すのが体液由来だから、若干グロイ。

 この秘薬は体内に注入すると全身に駆け巡り、肉体を活性化。更にテロメアを復活させ、肉体を若々しく保つことも出来る。更に更に頭痛肩こり筋肉痛にも効果有り。発熱寒気に鼻づまりにも一定の効果が御座います。こんな素敵な商品が今なら120本入っておよそ金貨2千枚分のお値段です。一日三本毎食後に骨髄に打ち込んで飲んで下さい。


「……ゲホッゲホッ! ハァ……ハァ……ハァ……」
 おっと予想外にもアルミンがフルマラソンを完走したぞ。
 初日だってのに凄いじゃないか。記録は八時間59分。見事に私が言いつけた9時間以内に完走するという課題を成し遂げている。
 気迫の勝利だね。
「気分はどうだい」
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……こ、これで……僕も……」
「そうだな。約束だからな」
 課題をこなせなかったら強化作戦はやらないことにしていた。ある程度は地力と才能、そして覚悟が必要だからな。
 次の巨人侵攻は五年後。それまで時間は限られている。
 私もつきっきりで面倒を見ることは出来んのだから。私の二本の手は思いのほか短い。


「これで三人とも合格だ。喜べ。お前たちは今日をもって人間の身でありながら、人間の理を外れた存在に成れる。私がそう導く。私がそう成す。全ては、人類の勝利の為に」
 今日からしばらくはマラソンや筋トレなどの基礎訓練ばかりになるだろう。
 そして、日々の食事から肉体を作り変えていく。
 気づいた時にはもうお前らは人外の超兵となっている。
 こいつはいいぞ。すげえ楽しみだ。

 私に教えを乞う以上、真っ当で小奇麗な方法なんぞ使わん。
 さあ、まずはこの人肉由来のサプリメントを飲み干すんだ。
 
 

 
後書き
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<i4910|34954>
人体改造秘薬「蛇にピアス」。
人間が持つ新陳代謝や細胞の更新、肉体のあらゆる活動を活性化させることが出来る。
加えて、テロメアの延長も行い、それに伴い全身の疲労回復、筋組織の修復、細胞の更新を超速度で行える。 

 

第十六.五話 動物

「えー、本日の鍛錬は馬術です」
「馬術?」
「武術と、関係あるの?」
「馬術って、馬に乗るやつだよね?」
 弟子は三人とも疑問符を顔に張り付けて不思議そうにしている。
 まあ、いきなり馬術とか言われても理解できないでしょうしね。普段は自己鍛錬メインでやってきたのに、今日に来ていきなり馬の扱いを学べ、ときたもんだ。

「確かに、将来調査兵団に入るときには必要だろうけど……」
「それって、今からやる必要あるの?」
 何を言うか。むしろ今からでは遅いくらいだぞ。

「対巨人戦闘を考慮し、巨人を屠るには奴らを翻弄出来る機動力が肝心になってくる」
 一応私は自力立体機動で馬に頼らずとも巨人を狩れるが、一般人はそうもいかない。達人級に至るまで功夫を練らねばそこまでの領域には届かないのだ。ましてや昨日今日体を鍛え始めた人間がそこまでの領域に至るには、どれだけの途方もない努力と執念を要するというのだろうか。
 私は三年で新兵を歴戦の古強者に変貌させることを目標としている。なら、あれもこれもと手を出していては首が回らなくなってしまう。
 多少の取捨選択は必須だ。時間は有限だからね。原作の始まって終わるまでの猶予。即ち、それはこの世界の寿命とも言える。命尽きるまで、やれることをやっていかないと。

「当然、機動力の部分などでは人間以外に頼らねばならない為、馬を使う。つまり、馬を意のままに操らなくては巨人を駆逐出来ないのだ」
 基本、私が教える場合は “速さ”は馬を活用して貰うことになる。訓練兵団で教える場合もそうだ。
 私ほどの境地に達するには、最低でも五年の功夫が必要になる。エレンたちは休みなく鍛え続ければそこまでの領域に至ることは可能だろう。実際、才能も素晴らしいからな。
 だが、基礎の基礎はやはり、馬術が関わってくる。
 私も遠出をする際に馬を使わない訳ではないのだ。馬を移動する足場と考えれば、戦闘の幅も多角的に広がっていく。

 実際、馬を意のままに、巧みに操れば、巨人を殺すのは容易い。馬を所定の配置に指示通り動かし、三次元的な動きを補助する。更には、乱戦に成った場合は前に後ろに縦横無尽に動かし、戦場を立体的に演出。四次元の動きを作り出し、戦闘を一つ上のステージに押し上げるのだ。
 正直言って、馬を意のままに操るのと人間辞めるのとどっちが楽かと聞かれたら、前者を選ぶね。誰だってそうする。私だってそうする。


「ま、難しいこたぁない。馬を自分の手足のように動かし、移動して巨人を喰らう! それだけだ」
 本当に、それだけ。
 動物を意のままに操るだなんてのは、ちょっと小道具を使ったり、ほんの少しの仕込みをするだけで充分なんだから。
 ケダモノってのは畜生の理で動く生き物だからね。
 アメとムチ。パンとサーカス。恐怖と利益で簡単に転がせる。



 場所を移して、商会の保有する牧場。
 此処には常に大量数の馬や牛、豚、ヒツジやヤギ、鶏などが放牧されている。既存の農場を潰して広げたんだが、肝心の食料生産物を他所から持ってこれるウチでしか出来ない取り組みだ。人間や家畜の為の食料は外の広い大地で育てて、限られた土地は人の手で管理しやすい家畜の世話に使う。実際、滅多に病気にならないこの世界の農産物なら、外に放置しておいても基本大丈夫だ。
 その点、家畜はただ放牧しておくだけではいけない。こまめに人の目を行きわたらせないと、動物たちは何を仕出かすか分かったものじゃない。

 本日の目玉は、再三言ったように馬だ。
 私が教える技には騎乗を前提にした技もあるし、何より普通の人間は馬を活用しないと巨人を殺せない。ま、最終的には人外と呼ばれる域に至って貰うんだが。
 何はともあれ、騎乗して貰う。
 一応事前に人に慣らした従順な馬を用意しておいたから、初心者でも安心だろう。

「よっと!」
「ん……しょ」
「わっわっ、ぅあっ!?」
「おや、危ない」
 エレンとミカサは初めてだというのに、危うげなく鞍に跨った。姿勢も上等。見込みがあるね。反面、アルミンは手こずっている。何度もよじ登ろうとして、ずり落ちてしまっている。それを後ろから支える私。

「緊張すると、馬にもそれが伝わるぞ。馬ってのは繊細な生き物だからな。この牧場の馬は特別人に慣れた従順な個体だが、他所の馬の前であんまりぐだぐだやってると馬が暴れるから、そこは注意するようにな」
「は、はい」
「どれ、支えてやるから、右足で一気に飛び上がるんだ。教えた通りにな」
「わ、わかりました!」
 アルミンの後ろに回り込み、腰を支える。

 馬に乗るときは、必ず左側から。全ての馬がそう調教されているからだ。
 まず、左足を鐙にかけさせる。
 次に、右手を鞍にかけて、右足で踏み切り飛び上がらせる。
 そして、右足で馬体を跨がせ、両方の鐙に足を入れさせる。左右の鐙の長さを調節させて、手綱をしっかり握らせたら、騎乗完了だ。

 騎乗姿勢は、真っ直ぐ背を伸ばし、目線も真っ直ぐ。肩や腕の力は抜いてリラックスするのも大事だ。


 多少手こずったが、三人ともしっかり馬に乗れた。
 馬に乗ったまま、まずは牧場を軽く歩かせる。緊張から前傾姿勢になりがちだが、しっかりと背筋を伸ばすのが大事。
 馬に乗ることで見える世界は、視界が高い位置にあることもあり、爽快だ。しかも、これに速さが加わると別世界になる。
 ま、私の早歩き程度の速さしかない生き物に乗るのはあまり意味を感じられないが……。他の人間に合わせるのって大事だと思う。長距離移動は流石に馬を使いたいしね。


「さて。三人とも大体慣れたかな?」
 三十分ほど軽く走らせたりして、三人とも乗馬に慣れたことだろう。
 そろそろ次のステップに入りたいと思う。

「いいか? 対巨人戦において、機動力の要こそが馬になる。戦場で馬を失うことは、自身の両足を失うことに等しいと思え」
 だから、調査兵団では馬を丁寧に扱い、信頼関係を築くのに終始するのだ。
 調査兵団の馬は巨人の足音にも怯えぬ強靭な精神を持ち、戦闘に入ったことで離れ離れになってしまっても呼べば戻ってくる利口さを持っている。
 兵団は基本的に一人一馬の態勢をとっている。
 一頭の馬を生涯使いこなし、自らの手足とする。これも、戦闘で生き残るには重要な要素だ。


「そんな馬だが、乗りこなすには信頼関係が必要になってくる。一人一馬を生涯を通して扱い、戦場を共にする相棒とする。自分の手足のように動かしたいのなら、馬を信頼し、人間側もそれに応えてあげなくてはいけない」
 調査兵団の人間で、壁外調査で馬を失ったが無事に逃げ延びた人間が、それでも引退してしまうという話は聞いたことがある。兵士とは、人馬一体で初めて完成する。馬という自身の片割れを失ってしまえば、たとえ五体満足でもそれは兵士としては終わってしまうのだろう。


「では、三人にはその馬を進呈しよう」
「「「ええっ!?」」」
 驚愕する三人。ま、馬ってのは高級品だからね。平民の生涯年収に匹敵する金食い虫だ。
「そ、そんな……馬って確かすっごく高いんだろ?」
「そんなの……貰えない」
「そうだよ! ただでさえ色々お世話になっているのに……」

「いいの。そんなに気になるなら、将来出世払いで返してくれ」
「で、でも……」
 まだぐちぐちと尻込みする三人。
 仕方ないな。

 すぅっと息を吸い込み、腹に力を込める。
「気を付けぇええええええっ!!」
 近くに居る三人に、大声で一喝する。普段から伝令で大声を出すため、こういう風に叫ぶのは得意だ。馬たちは迷惑そうにブルルと鳴いたが。
 命令を受けて、咄嗟に言われた通りに気を付けの姿勢になる三人。ここは日頃の調きょ――訓練の賜物だな。
「エレン! お前の夢はなんだ!?」
「え、あ、あの、将来外の世界を探検すること、だ!」
「ミカサ! お前は!?」
「……エレンたちについていく、こと!」
「アルミン! お前はどうだ!?」
「……外を見たい。エレンや、ミカサ、クラウドに置いて行かれたくない!」

 三人が胸の内を曝け出す。
 抑圧されたその気持ちは、外への展望。飽くなき探求心だ。
「よろしい! では、私の話をしよう! 私は、何もかも巨人に奪われた人類が、何もかもを巨人どもから奪い返すことを目的に今日まで生きてきた! そして、三人はその夢想を笑わずに一緒になって叶えようとしてくれている!! そんなお前たちを! どうして金勘定なんぞで立ち止まらせることが出来ようか!」
 お前たちが懐くその願いは、黄金や宝石などに勝るとも劣らない希少な価値を持つ宝物だ。
 そんな輝かしいものを、金の問題で曇らせるわけにはいくまい。


「……私がいいと言ったのだ。なら、友人として黙って受け取ってくれないか?」
「「「………………」」」



 結果、多少渋られたが、快く受け取って貰えた。
 そうそう、人間素直が一番よ。



「では、その三頭に名前をつけてやってくれないか?」
 愛着を持って馬と付き合っていくのなら、名前を自分で決めて育てていくのが一番だ。自分で名前を付けるとなれば、やはりそれなりに愛着が生まれる。
 次のステップは、信頼関係の構築だ。
 三頭ともまだ生後数か月だが、生まれた頃から調教を行い続けたおかげで人間には従順である。
 今なら、ハンドシグナルだけで多少の指示を受けてけてくれるくらいだ。

 私の愛馬は、私の身動きや僅かな思考の発露を感じ取ることで、私がどこに行きたいか敏感に感じ取って動いてくれる。その為、ハンドシグナルも呼びかけも必要とせずに指示を完遂してくれるのだ。これも長年連れ添った年月の積み重ねの甲斐だな。
 動物には、動物らしく『自分よりも強い生き物に従う』という厳格なルールがある。それも社会性を持った草食動物相手なら、より強くその理は作用する。動物の本能に訴えかけるだけの圧倒的な生物的力強さがあれば、動物は意のままに操れるのだ。

 私くらいに生物としての強度が高まれば、何も言わずとも全ての動物を操縦するくらい簡単なことだ。たとえそれが他人の所有物であってもだ。
 例えば何処かの家の愛犬。利口で家族の言う事をよく聞き、番犬の働きもする賢い犬がいたとする。当然、見知らぬ人間相手には吠えかかったりするよう躾けられている。だが、私がその犬を邪魔に思って、黙っていて欲しいと考えたのなら、その犬は腹を見せて服従の意を示す。初対面であってもだ。
 動物は本能的に、自分より強い生き物の存在を鋭敏に感じ取れる。
 生物としての格とでも言えようか。私は、それが並はずれて大きいらしい。
 犬は撫でる前から腹を見せつけ、猫は犬のように待てをする。馬なら、私がこっちへ行きたいと考えたなら、それを全身で感じ取ってくれる。言う事を聞いてくれる。どんな暴れ馬だろうと、私の前では借りてきた猫のように大人しく従順になる。
 それが生物として高みに上るということだ。

 当然、そのレベルに到達するには、五年かそこらでは難しいだろう。
 ま、当面は大人しく普通の馬術に取り組んで貰いましょう。いずれはエレンたちにもこの境地に至って貰いますがね。


 ちなみに私の愛馬。白毛長身、均整の取れた見事な体躯に、並はずれて勇敢で落ち着きのある、抜群の速力とスタミナを兼ね備えた名馬だ。値段をつけるとしたら、内地の商業地域の土地2区画分くらいはする。
 この子には色々と品種改良を繰り返してなぁ。いや、実際大変だった。
 歳は四歳と三か月だ。一応薬品で科学的に弄繰り回してあげたから、既存の馬とは比べ物にならないくらいの能力を有している。最高速度を巡航で維持出来、時速60kmを数時間キープ可能だ。ここまで来ると自動車と比べた方がいいくらいの数値である。
 そして体内には肺が四つ、心臓が二つある。これは生まれついての変異種であり、最早遺伝子的には馬とは別種の生き物になっている。
 名前はマレンゴ。白毛の馬といったら、かのナポレオンの愛馬が有名だろう。そこからとらせて頂いた。


 さて。三人には各自の馬の名前を考えて貰うわけだが、彼らの乗っている馬を見てみよう。
 エレンの選んだ馬は、黒毛で気性が荒く、体躯が並はずれて大きい。まあ、調教の成果で人間相手には奴隷のように従順になっているが。
 ミカサが選んだ馬は、赤毛で大人しく、冷静で賢い馬だ。親の世代は両方とも調査兵団に卸した個体で、血統書付のサラブレッドである。
 アルミンが選んだ馬は、茶毛のひたすら従順で大人しく、多少の振動や大きな音にはビクともしない良馬だ。トップスピードよりも、長く続く巡航速度が特徴である。


 ふむ。名前を考えるってのは難しいよな。
 言霊ってのは、やっぱりあると思うし。
 子供に変な名前を付けたりするのは、その子の魂を汚す最低の行為だと思う。そういうことはしちゃいけない。
 だから、じっくり考えて、納得のいく名前を付けてあげて欲しい。

「う~ん……ブラック……ブラックスター。ブラックカオス。ブラック……」
 エレン。お前のセンスはちょっと残念だ。
「ミカ、エレ……エレミカ……エレカサ……あ、エルサ?」
 ミカサは何で二人の子供みたいな名付け方してんの? ちなみにその子は雄だから、女性名はやめといたら。
「……うーん……クラウド、なんかいい名前ないかな?」
 まあ人には得手不得手があるからね。早々にギブアップ宣言するのはむしろ利口な選択だと思う。

「ふむ……アルミン。スレイプニィル、というのはどうだろうか? 古の時代の神話で、現世と死者の住まう冥界とを行き来出来る、神の持つ名馬の名前だ。この閉塞状況にある壁内と人の生活できない壁外とを行き来できるように、という意味を込めてみたが」
「スレイプニィル……うん! いいと思う。よろしくね、スレイ!」
 アルミンの持ち馬はスレイプニィルに決定した。

「クラウド。エルサ、は、どうかな」
「んー。悪いとは言わないが、その子は一応雄だからね。エレミカ……ミカエレ……ミカエル? うん、ミカエルってのはどうだろう。天使の中で最も偉い、熾天使の名前からとってみた(実際はミカ(・・)サとエレ(・・)ンからとった)が」
「ミカエル……わかった。この子の名前は、ミカエル」
 ミカサの方も決定。私の発言の、言外に込められた括弧の中身を読み取ったうえでの決定である。

「クラウド! コイツの名前は、ブラック・シューティング・スターだ!」
「却下」
「何で!?」
「はっきり言うと、センスが無い」
「そんな!?」
 まあ、センス云々は私がとやかく言える話ではないですが。私も自分がセンスに溢れているなんて、思っちゃいませんし。
 でも、それはなかろう。
 うーん。黒はどうしても入れたいのな?
「黒……黒か。墨? あ。磨墨(スルスミ)ってのはどうよ? 遠い昔の、名だたる兵士の愛馬の名前だ」
 平安末期の武将、梶原影季の愛馬の名前。勇猛で力強く、常に先陣を争った恐れ知らずの名馬だ。
「スルスミか……分かった。今日からお前はスルスミだ!」
 エレンも決定。
 ……結局、全部私が口添えしてしまったな。



 この日は普通に半日ほど馬を走らせただけで終わった。
 如何に薬物で強化してあっても、馬の方はまだ子供だ。だから、しばらくは慣熟と信頼関係の構築がメインになるだろう。ハンドシグナルによる指示の出し方も練習しなくてはならない。
 勿論、余った時間は三人にはひたすら修行を続けて貰う。薬物のお陰で、一日の睡眠時間が三時間で済むようになっているのがありがたい。本来なら、最低六時間ぐっすり寝ないと体と心が壊れてしまうが、超休息と超再生超回復を薬品の力で後押しする。するとどうだろう。一日たった180分の睡眠で事足りるようになるのです。素晴らしい。

 一日の九割が修行漬け。趣味は修行、好きなことは修行、早寝早起き修行修行、三食前後に修行修行という、修行大好き人間が出来上がった。まあそうでもしないと心の平静を保てない、過酷な環境だったんだろうな。怖い怖い。
 統合五ヵ年計画は、順調に進んでおります。
 
 

 
後書き
<<現在公開可能な情報>>
<i4911|34954>
対巨人殺傷術の一環として、馬術も修行に含まれている。
ハンドシグナルで一定の指示を理解出来るよう調教された馬は、普段は調査兵団に卸している超高級品。
クラウド:マレンゴ
 白毛長身、均整の取れた見事な体躯に、並はずれて勇敢で落ち着きのある、抜群の速力とスタミナを兼ね備えた馬。歳は四歳と三か月。最高速度を巡航で維持出来、時速60kmを数時間キープ可能。体内には肺が四つ、心臓が二つある。これは生まれついての変異種であり、最早遺伝子的には馬とは別種の生き物になっている。
エレン:スルスミ
 黒毛で気性が荒く、体躯が並はずれて大きい。
ミカサ:ミカエル
 赤毛で大人しく、冷静で賢い馬だ。親の世代は両方とも調査兵団に卸した個体で、血統書付のサラブレッドである。
アルミン:スレイプニィル
 茶毛のひたすら従順で大人しく、多少の振動や大きな音にはビクともしない良馬。トップスピードよりも、長く続く巡航速度が特徴。