魔法化する未来の社会
──前回までは、テクノロジーの未来を考える様々なトピックの可能性や課題について話してもらいました。そういった変化に伴って、人間の生き方や社会の構造も、当然変わってくると考えられますね。
なかの:例えば、躁うつ病(双極性障害)の人は、精神状態をコントロールするために薬を飲むわよね。社会との摩擦で心に波が起こっている状態のほうが自然なのかもしれないけど、それを薬で均一に保とうとする。そういう風に人が環境に合わせていくことで、私たちは他人と境界のない「大いなるひとつ」になろうとしているのかもしれないわ。それは伊藤計劃の小説『ハーモニー』(*)で描かれているような未来の入り口かもしれないわね。
落合:病気という観点で考えると、肉体のほかに、宗教や書物は、思考に作用するウイルスだと言えるかもしれないですね。同じように、コンピュータと人間の対話関係も、人間の自我を崩壊させる可能性があるとは思う。
なかの:インターネットやソーシャルメディアの浸透をはじめ、テクノロジーの発達に伴って色々なものが変化してきて、事実、私たちの精神にもメディアとの「摩擦」が起きていると思うの。炎上はその典型的な例。これも、人間の進化の前の一種の通過儀礼なのかもしれないわね。
ただ、都市では人類の進化についての議論がなされる一方で、日本国内でも地方では昔と変わらない生活が営まれているわよね。価値観のギャップはどんどん開いていっているように思うわ。
落合:木城ゆきとのマンガ『銃夢』(1990〜95年)に、「ザレム」という空中都市と「クズ鉄町」が出てくる。この対比は、象徴的だなと思いますね。ザレムの人たちは成人儀式で脳をチップに変えるんだよね。これまで生きてきた物質としての生体脳を捨てて。それを受け入れられる人と受け入れられない人のイデオロギー対立みたいな。
なかの:手塚治虫の大河マンガ『火の鳥』にもそういう描写があるわよね。光とシャドー、二極化の末路は、結局戦争なのかしらね。
落合:戦争が起こっても、資本が偏っているから一方的な制圧に終わりそうですけどね。いま、ISIS(自称イスラム国)はハイテクツールを使っているけど、目指しているのはきっと資本主義社会を否定したまきば型の人類社会だと思うんだよね。この戦いはテロと呼ばれているけど、今のイデオロギーを捨てて新しいイデオロギーでこの世界を包み込むための「最後の暴力」だと思います。
でも、これからも、資本主義体制はさらに貧富の差を生んで、上位構造が圧倒的なイノベーションを起こして、われわれ人類をアップデートしていくはず。研究のための資本があれば、不死でさえすぐに可能になるんじゃないかといわれているわけだし。
なかの:不死ね......。やっぱり人間だから、そういった変化に抵抗を感じて、置いていかれる人も出てくるわよね。無意識にわからないまま社会が変わっていくならいいけど、わかっていて滅亡に向うのがいちばん残酷よね。
落合:いや、実際、これから社会は「魔法化」しますよ。我々全体に、いまみたいな話を全員にかみ砕いて説明して理解してもらうポテンシャルはない。ウェブのどこかに書いてあるにしろ、それを学ぶ余裕もない人もたくさんいる。その結果、テクノロジーが発達して社会の仕組みが複雑になるほど、みんな因果関係を気にしなくなるんですよ。だからすべてが魔法に見える。「俺たち、最近死なない気がする!」みたいな(笑)。原因と結果の関係しか残らず、他の部分はすべて魔法化していく。ポジティブな意味だけじゃないんだけどね。
なかの:そうなっても、記憶には苦しい思い出が残るし、その記憶によって生きている実感が持てるということは変わらないわよね。結局、生きることは苦しむことであり続けると思うの。これは仏教の考え方にも通じるわね。
ワカメ?苦しまなきゃ記憶には残らないのよ。我慢しなきゃ快楽は得られないのよ。このことから「生きる」ことがどういうことなのか、あなたにはわかるかしら?
-- サザエBot (@sazae_f) 2014, 8月 1
落合:これから先、俺たちの価値観を保存できるのは、宗教だけなんじゃないかと思います。「人間は人間たるべきだ」ということに、合理的理由は存在しない。合理的理由が存在しないものを、まじないや宗教と呼ぶので。合理性を突き詰めていけば、人間はある種のコンピュータでしかないですから。コンピュータと我々の何がちがうのかといえば、モチベーションと目的しかない。しかし、それが機械側にインストールされる日は遠くないと思うし、我々はどこに不合理性を置いてこだわり続けるかを選択する時代なんだと思います。
なかの:『スター・ウォーズ』がとてもわかりやすい例だけど、比較神話学の分野でいうと、日本の神話も、ギリシャ神話も、基本的には同じパターンになるという理論があるわよね。天命を受けて、旅が始まって、悪と戦って、故郷に帰って......。そのストーリーの円環は、いまこの時代も続いているんじゃないかしら。神話の中の何かが人工知能に置き換えられるかもしれないし、そこで戦おうとしてるのは、わたしかもしれないし、このインタビューを読んでいるあなたかもしれないわ。
*『ハーモニー』(早川書房、2008年):伊藤計劃によって発表された小説。病気やストレスなどのリスクを排除することで、世界の秩序を保とうとする「生命至上主義」の世界を舞台とする。
PROFILE
おちあい・よういち 1987年東京生まれ。メディアアーティスト、筑波大学助教 デジタルネイチャー研究室主宰、VRC理事。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学で学際情報学の博士号を取得(学際情報学府初の早期修了者)。映像を超えたマルチメディアの可能性に興味を持ち、デジタルネイチャーと呼ぶビジョンに向けて研究に従事。映像と物質の垣根を再構築する表現を計算機物理場(計算機ホログラム)によって実現している。近著に『魔法の世紀』(PLANETS、2015)がある。
WEB:http://96ochiai.ws/
なかの・ひとよ フォロワー数22万人を上回る人気Twitterアカウント「サザエbot」(@sazae_f)の中の人。その影響力を駆使したファン参加型イベントや代替現実ゲームの企画・運営を行い定評があるが、その素性は未だ謎に包まれたまま。自身を未来人と称する。近著に『あなたへ #100_MESSAGES_FOR_YOU』(セブン&アイ出版)がある。
twitter:@Hitoyo_Nakano
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