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藍の捕獲 作者:赤城千
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朱の悪魔

(あ、あ……、ほん……と……は……)
(……ひ……とり……のこす……、なん……て……)
(……い……、……)
(……     )



 もう何日経っただろうか。
 俺はいまだに彼の墓から離れられない。
 ぽつ……と頭に水滴が落ちる。
 雨だ。
 雨が降ってきた。
 俺の体が濡れていく。
 彼の墓が濡れていく。
 寒かった。
 だけどただ目の周りだけが熱くて。
 春里。
 晴橙。
 二人供いなくなった。
 どんなに遠くに行ったって、もう会えない。
『貴方は貴方で幸せに……』?
『笑えよ』?
 死を前にしてそんなことが言えるなんて狂ってる。
 しかも俺のせいで死んだのに、その俺に言うなんて。
 それにそんなこと……淋しくて、出来ない。
 一人は嫌だ。



「眞藍さん」
 誰かが俺の肩に手を置きそう呼びかけた。
 振り向くと男が一人立っていた。
 どこかで見たような気がする。
「雨の中ずっと立っていては風邪をひいてしまいます」
「お前は……?」
「高村と呼んで下さい。牢で一度お会いしましたよね」
 牢。

『高村、アレを』
『畏まりました』
『見せてやって』
 中から覗いたのは。

「あの時のっ!なっ何し、何をしに来たっ!」
「何もする気はないので落ち着いて下さい泣き虫さん」
「信じられる訳ないだろ!アイツの仲間なのに」
「あの者との契約はもう終わりましたが?」
 その言葉に思わず彼の顔を見上げる。
 目は長い前髪に隠されていて表情がわからない。
「……だから、お前が信じられないって言ってるだろう!」
「まあ、それは保留してそろそろ雨宿りしましょう」
「しましょうって何だ。一人でしてろ」
「ほらほら、駄々をこねないで」
「お、おい、待て、ちょっ……」



 ぱちぱちと火が爆ぜる。
 半ば強引に洞穴に連れて来られた。
「こんな洞穴が近くにあったなんて気付かなかったな」
「そうでしょうね」
「……?」
 よくわからない男だ。
 何するかわからないから警戒しておいた方がいいだろう。
「……なんでアイツとの契約、切ったんだ?」
「切った、のではなく終わった、のですよ」
「終わった?」
「契約が条件を満たしましたので」
「条件ってなんだ」
「もっとこちらに寄らないと服が乾きませんよ」
 明らかに話を逸らされた。
「……ここでいい」
「あなたに危害は加えませんから」
「……。わかった……」
「?信じてくれるのですか」
「警戒はしてる」
「そうですか……」
 表情は見えないが笑われている気がする。
「信じてくれるお礼に一つ教えて差し上げます」
「何だ?」
「晴橙の言う神とは自らを神と呼ぶ一人の呪術師の事です」
「な……!?」
 なんでこいつはそんなことを知っているんだ?
「晴橙はその呪術師を本物の神と思っていた様ですが」
 これは本当の話なのだろうか。
「その呪術師は人々に様々な呪いをかけて回っていました」
「その呪いを晴橙も?」
「ええ、そしてあなたも」
「……え?」
「周りを狂わせ、簡単には死なない」
「そ、んな……」
 たった一人のせいで?
「呪いをかける相手の条件は人と違う色を持っていること」
「……この眼か」
「……」
 眼。
 眼。
 藍色の。
 眼。
 生まれてからずっと俺を邪魔してくる。
「全部、これがなければ……ははっ」
「眞藍さん、でも……」
「『でも』何だって言うんだ!?晴橙のことか?」
 確かに呪いを受けなければ晴橙とも会わなかった。
 そう、会わないですんだ。
「会いたくなかった!どうせ……失うなら!!」
 視界が歪んだ。
 涙が目にたまってきたのだ。
 隠そうかと思ったが既にこの男には泣き顔を見られている。
 構わない。
「夢を、見せないで欲しかった……」
「……でも、眞藍、過去を変える力はないのですから」
 呼びすて。
 晴橙や春里と同じ。
「過去の可能性を考えても虚しいだけですよ」
「……高村」
 そうはいわれても考えてしまうんだ。
 うなだれた俺の頭に高村が慰めるように手を置いた。



「……呼びすてでもいいですか」
 高村がが聞いてきた。
「今更だろう……」
「……眞藍」
「何だ?」
「呼んでみただけのつもりでしたが……では」
「いや、別に、呼んでみただけでも……」

「私の眼を見てみますか」

「お前の……?」
 眼。
「ええ、ほら」
 そういって高村は前髪をかき上げた。
 初め、炎の明かりが映って眼の色がわからないと思った。
 だが、違った。
「眼の色が……!」
「そう、人とは違う朱色ですね」
 あまりにもあっさりと、していた。
「何でそんなに割り切れるんだ」
「そうしなければ幸せになれないから、そうするんです」
 そう言って彼はにこりと笑った。



「朝ですよ」
 俺は高村の声で眼を覚ました。
「……俺は寝てたのか?」
「泣き疲れてぐっすり寝てましたよ」
 クスクスと高村が笑う。
「雨も上がったようですし私はもう行きますね」
「……そうか」
 行ってしまうのか。
 変な奴だが悪い奴ではなかった。
「もうダメだ、と思ったら私を呼んでください」
 高村が洞穴の外に出ながら言う。
「すぐに貴女のもとに参ります」
 そして……。
「なっ……!?」
 消えた。
 跡形もなく高村が消えた。
 更に俺がいたはずの洞穴も消えた。
 焚き火の跡だけが残っている。
「何者だったんだ……あいつ」
 夢か幻か。
「まあ、高村は高村だし、なんでもいいな……」

 溜め息を一つついて、これからどうしようかと途方に暮れる。
 けれど悪い気分じゃなかった。

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