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藍の捕獲 作者:赤城千
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黒の涙痕

(……あいつに疑われているようだ……)
(……何故だろう、すごく……かなしい……)
(……悪者は俺だとわかっているのに……)



 嘘だと信じたい。
 信じられない。
 晴橙が親殺しで九年前、村が一つ全焼した事件の犯人?
 本人に直接聞いてみようか。
 だが、その後はどうなる?
 彼が認めたら当然今まで通りという訳にはいかないだろう。
 だがたとえ彼の答が否定でも嘘だという疑惑が残る。
 この歯痒い状況が続いてしまう。
 もう戻れないのか、彼の笑顔を暖かく感じていた時には?



「……おい、眞藍……眞藍!?」
 気がつくと少し先を歩いていた晴橙がすぐ目の前にいた。
「どうした?疲れたのか?つらいか?」
 とても心配しているようだが、これは演技なのだろうか?
「おい眞藍っ、何か言え……!眞藍っ」
 怒ったみたいに彼は言った。
「……大丈夫、だ」
「……はっ、驚かすんじゃねーよ……」
 今度は安心したようにみえる。
「何故……お前がそんなに心配するんだ?」
「お前が大切だからに決まってんだろ?」
「何故だ?どうして大切なんだ?」
 一体俺はなんでこんなことを聞いているんだろう。
「は?俺達友達だろ?当然じゃねぇか」
 彼の答はどうせ決まっているのに。
 そしてそれを聞いてもどうせ俺は安心など出来ないのに。
「いつ、俺とお前が友達になったんだ?」
「友達つーのはいつの間にか、なってるもんだろ?」
「お前は俺達が友達になってると思うのか?」
「そうだけど……なんだ?お前俺の事が嫌いなのかよ?」
 嫌い?
 俺は晴橙が嫌い?そうなのだろうか。
 だから信じられないのか?
「……いや、どちらかといえば、好きだ」
 好き嫌いは関係ない。
 ただ単に信じられないだけなはずだ。
 嫌いな訳じゃないはずだ。
 きっと。
「……そっか、よかったっ」
 晴橙が笑った。
「えっ……?」
「もし嫌われてたらどうしようかと、思った……!」
 彼は照れ隠しするように、はははっと声に出して笑う。
 少しだけ泣きそうな顔で、それでも嬉しそうに。
「……」
 彼の笑顔が少しだけまた暖かく感じられた気がした。

 だが続いて聞こえた土砂崩れの音でそれはすぐ消えた。
 晴橙は当然の様にそれに巻き込まれたりはしない。
 何故彼は“悪いこと”に巻き込まれないのだろう。
 こいつは一体何者なのだろう。
 運が異常な程良いだけなのか?



 ああ、運が悪かった、ツイてない。
「やあ」
 振り向いて見えたその姿にこれは悪夢だと思いたくなった。
「奇遇だね、化け物供?」
 アイツだった。
 春里を殺しあの牢でも俺を化け物と呼んだアイツだった。
 部下だけに捜させていたんじゃなかったのか?
「あははははァっ、運が悪かったな、お前らァっ」
「なっ、お前はっ」
 奥から出てきたのは晴橙の過去について話した彼だった。
「今日も偶然、通っただけさァ、化け物チャン?」
「あれ?何、杉内もあの化け物会った事あるの?」
「あァ、はいはい、この間ばったりとォ」
「何で捕まえなかったんだい?」
「休暇中でしたからァ」
「へぇ、そう」
 杉内がニィ、と笑い、アイツも暗い笑みを浮かべる。
 その不気味な光景に俺は背筋を凍らせた。
「それにしても本当に運が悪いんだね、晴橙」
 アイツがその笑みを今度は晴橙に向ける。
「久しぶり、晴橙、いや、化け物くん?」
「……」
「っ……晴橙!?」
 何故、何も言わないんだ?
 久しぶり?化け物?化け物!?
「言ったよなァ?一緒に行くなんざ正気じゃないって!」
 なんて馬鹿な化け物チャン、と杉内が笑う。
「おい、晴橙……?」
「ハハハッ」
 晴橙は笑った。
 その笑顔は何故か苦しそうだった。
「ああ、俺も化けもんだぜ?」
「……晴、橙」
 化け物だって?
 異常な運の良さはそのせいだったのか?

「さて、化け物退治でもしようかな?杉内」
「ハイハイ、わかりましたァ」
 杉内が刀を抜き、こちらに駆けて来る。
 一瞬焦ったがすぐに杉内が随分油断しているのがわかった。
 ならば勝機は、ある。
「眞藍っ!」
 後ろにいる晴橙がこちらに来ようとしている。
 だが多分間に合わない。
 杉内が迫ってくる。
 俺は懐から小刀を抜き持っていた荷物を後ろに投げた……。
「っ……だぁあああ!!」
 後ろに投げた、と見せかけて振り子の様にして前に投げた。
 飛んできた重い荷物に、油断していた杉内が驚く。
 さすがにすぐ反応するが少し隙ができていた。
 それをついて俺は杉内の横に移動し彼の膝の裏を蹴る。
 態勢を崩した杉内の首に小刀を突き付けた。
「へぇ、なかなかやるなァ、化け物チャン」
 杉内がこちらを向いて笑う。
「これならあの親殺しに襲われても平気かもなァ」
「……っ!」
 俺は小刀をさらに杉内の首に近づける。
「親殺しなんて嘘だ」
「しかもあいつ、お前を利用しようとしてたんだぞォ?」
「そんなわけがあるか!それも嘘だ」
「本人に聞いてみたらどうだァ?なァ、晴橙」
 杉内が、すぐ近くまで来ていた晴橙に言う。
「晴っ……」
「……すまねーが、本当だ」
「……なっ?」
 晴橙が認めた。
 殺した?親を?利用?俺を?晴橙が?
 そんな馬鹿な事があるわけ……。
「……ひゃははははァっ!残念、隙だらけだっ」
 杉内が小刀からぱっと離れ、刀を振り上げる。
 でももう、どうでもよかった。
 面倒になった俺は諦めて目を閉じた。
「眞藍っ……!!」
 晴橙の声がした。
 続けて何かが斬られる音、俺に倒れてくる何か。
「?……えっ」
 倒れてきたのは、斬られたのは、晴橙だった。
「せ、せいっ晴、橙、晴橙晴橙ぉ……ッ!!」

「杉内、もういい」
 アイツが言った。
「何故ですかァ?もう一匹はァ?」
「行くよ」
「もう一匹はァどうするんですかァ」
 杉内がニヤニヤと笑う。
「……放っておいていいと言ってるんだ」
「ひゃはは、わかりましたァ」
 アイツと杉内は去っていった。



「おい晴橙っ、何か言え……!晴橙っ」
「ぐ……ッ、眞藍?」
「……死ぬなよ」
「いいんだ、ようやく死ねるって感じだしな、……ッ」
「なんで俺を庇った……ッ?」
「俺は自分が生き残る為に、他人を、死なせてきた」
「……」
「神様に好かれて以来、俺のかわりに他人が死ぬように……」
「神、様?……親もそれか?」
「ああ。死のうと、思った……だがそれも駄目だった」
「……」
「お前の噂を聞いて、俺でも死ねるかも、と……」
「……俺が死ぬかお前が死ぬか賭けてみたと言うのか?」
「どちらに転んでも俺の勝ち……望みが叶うか生き残るか」
「……」
「そのはずだった……でもそれは変わった」
「変わった……?」
「お前が大切になって、お前に生き残って欲しかった」
 過去なんて信じる信じないなんて全部関係がなかった。
 ただ、今は、胸が苦しい。
「でもっ!お前が死んだら、俺が悲しいだろう……ッ!」
 俺は何を言っているのだろう。
 地面に何かが落ち、ぽつぽつと黒い染みができていく。
「悪ィな」
 晴橙が手を伸ばし俺の頬を流れる液体に触れた。
「泣くなよ、笑え、春里に言われた事を、思い出せ」
「泣いてなんか、ない」
「はは……俺は幸せだな。最後に、大切な奴といれる……」
「晴橙……」
「……笑えよ……ほら、な……」
「無理、だ……」
「……頼、む……もう、……」
「っ!!……またなっ……」
 俺は精一杯笑って言った。
「良し……いい、笑顔だ……またな……眞、藍……」



 晴橙は太陽の様に暖かい笑みを浮かべていた。
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