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短編ぶっこみ匣

自転車

作者:赤城千
 自転車


 軋んだ軋んだ鈍く耳障りな金属音。


 キイィーコ、キイィーコ、キイィーコ、キイィーコ……

 ……ギィィィィィィィ



 チ リ リ…………ン

「ぅあああああああああああっ!!」










 僕は第一中学、二年一組の教室に入る。
 過疎化でクラス替えも無く見飽きたメンバーだ。
 目が合った奴だけ挨拶をして自分の席に着く。
 すると最近僕と群れている三人の内二人に囲まれた。
「聡、今日は遅いね……」
 欠けている一人を四人組の紅一点、智が心配する。
 今まで聡は常に教室に一番乗りしていたが今日はまだだ。
「もしかして聡も巻き込まれたとか?あの幽霊の……」
 この間転校してきた彼が声をひそめて聞いた。
 それに僕は反射的に言う。
「聡は例の事件の被害者ではないと思うけど」
「ふうん、そうか」
「そうだよね。聡は真面目だし」
 智が僕の台詞に賛成した。
(でも、聡がいないのは恐らく例の事件絡みなんだよね)
 彼は昨日幽霊を見に行くと僕に宣っている。
(誰にも秘密って約束したからねぇ。約束は守る物だ)
「……嘘だけど」
「ん?なんて言ったの?」
「願望だけどって言った。実際どうかは知らないし」
 僕はそんな風にうそぶく。
「それもそうね。……でもきっとただの遅刻だよ」
「ああ、そうだなそうだよな」
「僕もそう思う……」
(……訳がないだろう)


 例の事件とは何か。
 それは十日前から起きている事件である。
 九日前の朝登校中の高校生が死体を発見したのが始まり。
 一晩一人ずつ襲われ、多分聡が記念すべき十人目になる。
 因みに狙われているのはみずみずしい十代の男子ばかりだ。
 そして不可解な事に死体に目立った傷はない。
 そのためこの村の人達ははこう言っている。
 幽霊の仕業だ、と。


 担任はクラスに入るとすぐ聡が死んだと皆に告げた。
 皆が怖がったり泣き出したり悲しんだり怒ったりする。
 それを見物する僕を見た隣の委員長が泣いたまま宣言した。
「お前の心はもう死んでいる」
「あはは、嫌だなぁ、何の感情も湧かないだけだよ?」
「皆にその本性バレないようにしろよ……」
(呆れられてるのか心配されているのか)
 取り敢えず僕は委員長の耳元で囁いてみる。
「大丈夫、君みたいな本当に特別な人にしか心は見せない」
 これは嘘じゃない。
 委員長がいつも通り頬を紅く染める。
 勿論、照れたのではなく怒り狂ったのだ。
 僕の言葉が張りぼてなのは承知済みなのだろう。

 この委員長が特別なのは性別は女だが男子の制服である点だ。
 小柄で華奢なので単体で見ると男装した女にしか見えない。
 しかし同じ制服の男子の中だと男に見えなくもない。
 そして彼女が心は男だと断言した。
 それを僕は嘘だと思った。
 心は女なら四六時中口説けば落ちるかもしれない。
 そう考えてそれから僕はずっと口説いている。
(……要は暇なんだけどー。別に本気で口説いてないし)
 委員長に殴り倒されながら僕はそんなことを思った。


 ……僕の心はもう死んでいる、ねぇ。


 帰り道、僕はボロいアパートに寄った。
 一階の鍵が壊れた部屋に住む檜さんと三時間程話す。
 それから更にコンビニに寄って帰宅した。





 夜だ。
 楽しい夜が、来た。
 今日はどんな奴が来るだろう。
 襲いがいのある奴だといい。
 別に恨みがあってやっている訳じゃあない。
 一種の現実逃避を試みているのだ。
 あぁ……獲物が、来た。
 今日もいい日だ。





 眠い。


「うっわ凄い隈!どうしたの、それ!」
 翌朝、智が僕の顔を見るなり叫んだ。
「いやぁ、昨日恋人と久しぶりに朝まで……」
「ギャアアアアアアッ!変態!エロ!近づくなぁっ!」
「……なんでそんな過剰反応するのさ……」
(エロい事言ってないし無論さっきのも嘘だし)
 彼女は僕に恋人いないのを知ってる筈だが。
(それに今日の智は妙にハイテンションな気が……)
「それより智、今日はあいつまだなの?」
「うん……多分事件に巻き込まれたって」
 では四人組は遂に二人になってしまった訳か。
(別にこれといった感情もわかないな、やっぱり)
「あいつ正義感とか強いし幽霊退治に行ったのかもね」
(勝算もなく行くなんてただの迷惑な馬鹿だけど)
「なんで貴方はそんな冷静なの」
 智が問い詰めてきた。
(人が死んだだろう時に表情一つ変えないのはおかしいか)
「僕の表情筋はか弱いんだよ」
(これはやっぱり嘘かなぁ)
「そう……そうなの」
 智は一瞬表情を暗くすると明るく微笑んで僕から離れた。


 去り際に一言。
『嘘吐きさん、気をつけて』
(……一体何に?)


 数分後十一人目の被害者もこの教室から出たと告げられた。
 僕はそれを上の空で聞いていた。


『檜さん、僕さー、気付いたんだ』
『あ?なんに』
『例の事件の現場は……』

「全部僕の通学路にある」


 また、夜が来た。
(しかし今夜はいつもとは違う)
 僕は学校にむかって歩きだした。
 歩く。歩く。歩く。
 すると何やら音が聞こえてきた。

 キイィーコ、キイィーコ、キイィーコ、キイィーコ……
 錆びたブランコのような汲み上げポンプのような……。
「自転車か?」
 それは段々近づいてくる。
 そしてすぐ後ろにいるような大きさになったとき、
「こんばんはっ」
 声をかけて僕は振り向いた。

 ……ギィィィィィィィ

 自転車が止まる。
 僕は自転車に乗っている人物を見て目を見開く。
「なっ……」
「……脅かすな」
「え、なんで君がこんなところに?」
 昨日の被害者だったはずの四人組のあいつだった。
「それはお互い様だろ」
「でもだって君は昨日の被害者だろう?」
「は?何言ってんだ?」
 聞けば今日彼は風邪で休んだだけだという。
「んーまぁいいか」
「いいのか」
「それよりなんで君はここにいるの?」
 僕は拍子抜けしたような顔の彼に聞いた。
「あー、幽霊……退治だ。お前は?」
「僕はただの散歩だよ。学校まで行くつもり」
「……そうか」
「一緒に行く?」
 僕を疑っているかのような彼を誘ってみる。
「……ああ、幽霊も出ないしな」
 承諾した彼は自転車から降りて自転車を押す。
 そして僕の横に並んで歩きだした。
「なんで君は幽霊退治なんてしようと思ったの?」
「聡が、やられたから」
 即答だった。
「勝算はあるの?」
「いや、ただじっとしてられなくて」
「ふうん」
(馬鹿だなあ、こいつ)
「あのさぁ、僕が言うのもなんだけど」
 思わず口から言葉が飛び出す。
「いくら人の為でも無謀と勇敢は違うよね?」
「でも……」
「僕にとっては君も友達なんだよ?」
(うわー、脱臭剤必須だな、このセリフ)
「……悪かった」
 哀れな彼は真剣に答える。
「うん、僕は君を友達だと思ってるんだよ」
 僕が適当に答える。
 そこで。


 目的地に到着した。
 勿論、学校ではない。


「君と一緒にはいかないけどね」
 僕は立ち止まる。

「全部嘘だし」

「え……、うわああああっ」
 僕に遅れて立ち止まった彼は叫び声をあげた。
「やっぱり僕についた幽霊は君だね、転校生?」
 彼の体は透けだしている。
 その足元には紋様がある。
 それは昨日僕が徹夜して描いた罠だ。
 檜さんが訳あって描けなくなっていたから代わりに描いた。
 この幽霊転校生を消す為に。
 元々彼は変だったのだ。
 彼の発言はよく無視されたし。
 よく考えると彼が転校してきた日の記憶がないし。
(まぁそれを感じる前、僕についた時に既にわかったけど)
「そういや昨日の被害者の委員長だけど、あいつ女だよ?」
「……!」
 そう、僕は昨日の被害者を本当は知っていた。
 学校で散々話題が出るのに知らない訳がない。
(男ばかり狙われてたのになんで、とか話題性あるしね)
 前にも言った様に一人でいる委員長は女にしか見えない。
 だが彼女の学校での姿を知っている人は彼女を男だと思う。
 ただ体は女だと知っている。
 そこで彼女を身も心も男だと思うのはただ一人。
 転校生の幽霊君だけだ。
「なんで君は皆を襲ったの?」
 僕はお決まり事みたいに尋ねた。
「ひっ、とりで……く、がっ……や、……った」
(聞き取りづらい……独りで逝くのが嫌だった、かな?)
「馬鹿馬鹿しいね、君は」
(僕と一緒に逝けなかったから何人も手にかけたのか)
「でも君がひかえめでよかったよ」
 “友達”じゃなくて“彼女”を欲しがってたら大変だった。
 彼は僕についてくれず被害者は今より出ただろう。
(多分生きてた頃は女なんて夢のまた夢だったんだろうな)
「じゃあね、僕の友達。朝には君、消えるから」
(意外に早く片付いた……帰ったら少し寝れるかな)





「ちょっと玄関前に自転車おいたのアンタ?」
 まだ夜明け前なのに姉がそう言って僕を起こす。
(……自転車?)
「邪魔だからどかして来なさい」
「わかった……」
 姉の恐さは知っているので大人しく従う。
(でも、あれ?僕自転車持ってたっけ……)
 僕は玄関を開けた。

「え?」

 智がいた。
 自転車に寄り掛かって。
 チ リ リ…………ン


 彼女が自転車のベルを鳴らした。
「はい……」
 そして何か白いものを僕に渡してくる。
 だがそれは“物”じゃなかった。
 手をすり抜ける。
「え?」
「『君と一緒にはいかないけどね』『“全部”嘘だし』」
「なっ……!」
 それは昨日僕が言ったセリフだった。
「だから、一緒にいってあげないと」
 智のその声に合わせて白いものが一気に広がって僕を覆う。
「え、えっ、おい……」




 チ リ リ…………ン

「ぅあああああああああああっ!!」

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