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短編ぶっこみ匣

水鏡

作者:赤城千
 其処は果てしない星のない夜空に見下ろされた、果てしなくたいらかな大地だった。

 全く起伏のない地面を覆う白い砂は何かの結晶ででもあるのか何だかとても鋭利だ。
 転んだりすればたちまち恐ろしい裂傷をつくる事が容易に想像出来る。




 僕はその白く暗い砂漠のど真ん中で、ただじっと耳を澄ましていた。

 この砂漠で耳を澄ますと、色々なものが聞こえてくる。




『何考えてんの?』
『ふざけんな、いい加減にしろ!』
『お前ウザイ』
『はあ?ありえねえ』
『またかよ』
『ヤバくない?あんた』




 ああ、相変わらず。

 目を凝らせば、微かに色々なものが見えてくる。


「誰か」に殴りかかる男。
「誰か」を嘲笑う女。
「誰か」をけなす男達。
「誰か」を無視する女達。


 寂しくなって、僕は目を閉じた。

 此処では日は昇らない。永遠に、こんな状態。




 僕は探し人を見付け出そうと再び耳を澄ます。
 懸命に集中していれば、罵声や嘲笑の向こうからそれは聞こえてくる筈だ。

 聞こえる。
 相変わらずの、あの音色。

 僕はゆらりと地を蹴った。
 僕の体はいとも簡単に宙に浮き上がる。
 此処で飛べるのは、僕の特権だった。




 飛びたって数秒で、僕は見慣れたしかし大嫌いなものを見付ける。
 竜巻だった。
 天に届く様な巨大な旋風が、鋭い硝子の砂を巻きあげて踊っている。

 あの中。いる。わかる。
 また刃物の様な砂粒に切り刻まれて血まみれになりながらも、助けを求めようともしない愚かなお前が。

 あの砂嵐の風は僕とお前への侮辱と暴力の幻影で出来ている。
 その幻影達はお前の創りだした幻影に過ぎないのに、お前はそれに苦しめられている。
 脅えを性とする心には、それは仕方が無いのかも知れないけれど。



 お前は爪も牙も持つ気がない。
 だから僕が必要だったんだ。

 お前の声は僕を必ず呼び寄せるのに、お前はその声を縛りつけて抑え込む。
 だから、ほら、紅い匂いがする。



 僕は竜巻のほとりに浮かんで、いつも通り叫ぶのだ。ひしめいてお前を傷付ける幻たちに。




『悪いのは、お前達だ!』
『お前達さえいなければ、こんな目に合わずにすんだんだ!』
『何も分からないくせに!』
『お前達は馬鹿だ!』
『何も出来ないくせに!』




 竜巻が軸を揺らがせる。
 そのうちゆっくりゆっくり、渦が太くなり、砂の密度が減っていき、やがて竜巻は消え失せた。
 白い砂漠に竜巻のあとの様に血の色を残して。




 竜巻の底だった所に、お前が見える。

 僕はお前の側に舞い降りた。


『大丈夫?』


 砂に切り刻まれてぼろぼろのお前を揺り起こす。
 だって此処では優しく接するのが一番の薬なのだから。

 お前は悲しい目を開き、そのまま笑う。
 僕は笑い返す。


『平気なんだよ。全て幻なんだから』


 お前は言った。


「いつも言ってる。これは幻じゃない」


 お前はいつもそう言う。僕には哀れで仕方が無い。

 けれど僕は微笑みかけて言葉を続ける。


『どちらでもいいんだよ。相手が何であろうと僕は君を守るから』


 僕はお前の爪であり、牙だ。
 だからお前のためなら、どんな幻であろうと消し去ってみせる。


「知ってる?」
『何を?』


 お前の笑顔は、苦手だ。
 いつも痛々しいから。
 その痛々しさが少しでも軽くなる様、僕は君の武器であり続ける。



「私、多重人格なんだって」
『…多重人格?』




 何でお前がそんな事を言い出したのか、僕にはわからない。
 わからない、筈だ。



「完全犯罪…私、自覚も無く…誰にも、見つからないで」



 その先を、その先の言葉を、僕は知っている気がした。






 ソノ言葉ヲ、発サセルナ。
 止メロ。
 コレ以上、コノ心ヲ苦メテハナラナイ。





 僕はお前という柔らかな心の、武器。
 だから方法は、知っている。




「…私、人を、殺し…」




『おやすみ。しばらく、お眠りよ』






 ああ、知っているとも。
 ここは幻影の国であり、同時に現に繋がっている事くらい。
 けれど、お前がその苦しみを軽いうちに解決出来ないのなら。








 元を断つしか、無いだろう?








『ゆっくりお眠り。その間に僕が、世界を住み良くしてあげるから…』

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