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さようなら竜生、こんにちは人生 作者:スペ / 永島 ひろあき
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第四話 共に ダイジェスト化

さようなら竜生 こんにちは人生

第四話 共に

 マグル婆さんの家で昼食を済ませた私は、一旦家に戻った後で大きめの魚籠と釣竿、護身用の長剣と短剣を身につけ、外出する事にした。
 向かう先は、ベルン村の北東から南西に流れるベレヌ川の上流である。
 昼食を済ませたばかりではあったが、今日の夕食に魚を食べようと思い至り、釣りに出かけた次第である。

 村の中を流れる川でも魚は釣れるし、溜池を作ってささやかな養殖めいた事はしているが、上流の方が大きく身の肥えた魚が釣れるのだ。
 遡ればモレス山脈の山頂にまで辿り着くベレヌ川は、上流に向かって行くといくつかの山や深い森の中を進む事になる。
 私はベルン村から一番近い北の森の辺りで釣りをする事にした。
太陽の光をたっぷりと浴び、大地から養分を吸った木々は瑞々しい緑の葉をつけて陽光を遮り、森の中は昼であっても薄暗いものがある。

 森の中には狼やら猪やら巨大な爬虫類と危険な生き物が多いが、彼らにとっても人間は危険な生き物だ。
 彼らの習性と縄張りを把握していれば、むやみに争う必要は無い。
木々の幹に着けられた傷、折られた枝、糞尿で示された彼らの縄張りに注意を払って森の中を進み、私は幅広く私の足が着かぬほど深い川のほとりでようやく足を止める。
無数の鳥や虫の鳴き声、そして川のせせらぎが重なり、鬱蒼とした森の中で奏でられる自然の音楽は、一瞬一瞬を生きる命とこの瞬間にも潰える命の存在を私に意識させた。

 今日の私の狙いは大人の片腕ほどの大きさのシャルケという魚だ。
尖った口と銀の皮に黒い斑点を散らした姿をしており、ほんのりと甘い脂がたっぷりと身に乗っている。
 焼く、煮る、燻製にする、干す、蒸す、とどう料理しても美味しい魚で、思わず私の口の中にはじゅるりと唾が溢れる。
 保存食を作る分と魚籠の大きさを考えると、五尾は釣っておきたい所だな。上手く釣れないようだったら、少しばかりずるをしてしまおう。

 覆い被さるようにして枝を伸ばす木々の天蓋によって、川面は緑に染まって見える。
 その流れの中に時折姿の見える魚の影や、魚が潜んでいると思しい岩陰に疑似餌を投じようと釣竿を振り上げたところで、私は風に乗ってきた木の燃える臭いに気付いた。
 木々の燃える匂いというのは独特なものだが、この森には火を扱う種族は住んではいないはずだ。
 ゴブリンかオークがたまたま立ち寄って休憩でもしているのか? だとするなら少々危険だ。

 野生の動物とは違い、人間や妖精種と絶対の敵対関係にある彼らは、人間とみればよほど数の不利があるか、手負いでもない限りは躊躇なく殺そうと襲い掛かってくる。
 ゴブリンらの存在を知らずに森に足を踏み入れた村の誰かが危害を加えられる前に、私が排除しておいた方が良い。
 そう思い至った私は、釣りを中止して釣竿と魚籠をこの場に残し、立てかけておいた長剣を手に、木の燃える臭いの出所へと向かって足を進める。

 臭いは川からそう遠くない場所から漂っており、私は足元の枯れ枝や落ち葉で足音を立てないよう注意を払いながら、木々の間を縫うように近づいてゆく。
 風下は私の方だから臭いで気取られることはあるまい。これで火を焚いていたのが村の誰かだったならとんだ間抜け話で済むが、そちらの方が面倒はなくて良いだろう。
 鞘に納めたままの長剣に手を伸ばし、いつでも抜き放てるように指先の神経に意識を張り巡らせる。

 木々の合間を縫って降り注ぐ木漏れ日の中、私はさして時間を要さずに火を扱っている者の所へと辿り着いた。
 と、同時に肩や長剣に伸ばした手から力を抜かざるを得なかった。森の中にある小さな泉の傍で火を焚いていたのは、私の顔見知りだったからである。
 泉の傍には深い緑色の鱗に包まれた大蛇の下半身と、絵画の中にしか存在しえないような美しい女性の上半身を持った生き物がいた。
 それはつい先日出会ったばかりのラミアの美少女――

「セリナか?」

「え?」

 私が思わず零した呟きに、私に背を向けていたラミアが振り返り、私の推測が間違いでないことを証明するように、きょとんとしたセリナの美貌が私の目の前に現れた。
 どうやらセリナが火を焚いていたのは、体を清める湯を沸かすためだったようで、セリナの傍らには、火から外された鍋と白い湯気を噴く木の桶とが置かれている。

 水浴びをするのならすぐそこの泉なり川なりに身を沈めればよいのだが、この季節にそれをするのは酷というもの。
 まず間違いなく風邪を引く事になるだろうし、寒さに弱いラミアとなれば尚更だ。

 けれども旅の汚れを落とさないのは、それはそれでセリナにとっては不快だったのだろう。
 妥協案としてセリナは汲んだ水を火にかけて湯を沸かし、火の傍で暖まりながら体を拭うことにしたらしかった。

 さてここまで言えば誰だって分かると思うのだが、今、火で暖まりながらお湯と手拭いを使って体を清めているセリナは、当然服を着てはいない。
 産まれたままの姿、全裸である。かなり寒いだろうが、火と湯で濡らした手拭いのお陰で震えてはいないようだ。

「ドランさ……あっ!?」

 私がここに居る事はセリナにとって思いがけない事だったようで、セリナは驚いた様子で私の名前を呼ぼうとしていたが、自分が布の一枚も纏っていないことに気付くと、小さな悲鳴を上げる。
 ちょうど首の後ろを拭おうとしていたセリナは、長い金色の髪を右手でまとめてかきあげ、うなじに手拭いを持った左手を回す姿勢にあった。
 そこから私の呼ぶ声に応えて体ごと向きを変えたものだから、隠すもののない裸身を私に晒す事になった。

 木漏れ日を浴び、蝋を塗ったかのように白い肌は艶めかしく輝いて、さながら幾万もの陽光の粒で出来たヴェールを纏っているかのように眩い。
 私の掌から零れるだろう大きさの乳房も、陽光と湯の残りでぬめぬめと淫靡に輝き、豊かな乳房の頂にある突起は、肌の色に溶けてしまいそうな淡い色付きである。
 私の目に無防備に晒された両脇から続く体の線は、一度腰の辺りで大胆なほどにくびれ、太ももの半ば程から色が変わって鱗が生え、大蛇の下半身へと続く。
 慎ましく窪んだ綺麗な形の臍や、そこから下に存在する秘すべき部位までもが、すべて木漏れ日のカーテンを透いて私の目に晒されている。
 どうやら前向きについているらしい。なるほど、一つ勉強になった。

 絵画の中にしか存在が許されないような美少女と、生命の危機をはっきりと感じさせるほど巨大な蛇の体とを併せ持った、美しくもおぞましい奇跡のような生き物が私の目の前にいる。
 ラミアという種族が呪いによって誕生したなどと信じられぬほどに美と醜とが調和し、姿形を成しているように私には思えた。祝福と呪いとは紙一重ということだろうか。
 本物の黄金を加工したとて及ばぬ輝きを秘める金の髪をかきあげるその仕草の、なんと美しくも妖艶なことよ。
 私は我知らず感嘆の吐息を零していた。真の芸術あるいは真の美というものを前にした感動が、私の心を満たしていた。

「ふむ、美しいな」

 もっとも口から出てきたのは、至極ありふれた言葉でしかなかった。自分の語彙の乏しさを恥ずべきであろう。

「ほ、褒めて下さるのは嬉しいですけど、何を堂々と見ているんですか!」

 私の感嘆の言葉はセリナのお気に召さなかったらしく、本当に血が通っているのかと疑いたくなる白磁の肌に血を巡らせて朱色に変えると、セリナは自分の胸や股間を隠すように手をやって、その場に慌ててしゃがみこむ。
 そうしてから蛇の下半身を自分の体に巻きつければ、あっという間にセリナの裸身は私の目から隠れてしまう。

「勿体ないな。あんなに綺麗だったのに。見られたからと言って減るものではないだろう?」

 私の心の底からの嘆きも、セリナにとっては羞恥心を煽られる効果しかなかったのか、巻きつけた蛇の下半身から乳房の付け根から上を覗かせたセリナは、恥じらいと怒りで耳の先まで赤くしながら私に抗議してきた。

「減らなくっても恥ずかしいんです! なな、なんでそんな堂々としているんですか、恐縮するくらいのことはして下さい!!」

「しかしだな。美しいものを求めるのは生物の本能にも等しい。綺麗なもの、美しいものを見ようと思うことは、決して悪い事ではないだろう。セリナは本当に美しいのだから」

「う~またそういう事を言って誤魔化して! もういいからあっち向いていてください!」

 セリナの言う通りにしないと魔法を使われそうな勢いだったので、私は言われた通りにセリナに背を向けた。
 美しいと思ったのは本当のことなのだが、確かにセリナの言う通り大いに礼儀に反する行いだったと、反省しなければなるまい。
 それにしても良いものが見られたものだ。まさしく目の保養だな。

 私の背後で、セリナが大慌てで着替える衣擦れの音がしばし続いた後、着替えを終えたセリナを連れて、私は川に戻って釣りを再開しながら彼女がなぜこんな所にいるのかを尋ねた。
 岩の上に腰掛ける私の隣で、セリナはとぐろを巻いた下半身を椅子代わりにして腰かけていて、私に裸身をまじまじと観察されたことへの怒りが熾火のように残っている様子であった。
 私の隣に腰かけこそすれ、私の顔を見ようとはせず視線は川面に据えられている。つれないと嘆くべきか、困ったなと嘆息すべきか。

「それでセリナはどうしてこんな所に? 人間なり亜人なりとの接触を求めるなら、もっと南の方に行っているかと思ったが」

 機嫌を損ねた様子のセリナではあるが、私の質問に答えないほど不機嫌というわけではなく、むすっとした顔のままで答えようとするが、なぜか言い淀む。

「私もそうしようと思ったんですけど……」

「どうした?」

「やっぱり人間さんと会うのはちょっと怖いと言うか、尻込みしてしまったと言うか……」

「いざとなったら躊躇したと言うわけか。覚悟は決まっていると聞いた気がするな」

 私がからかうように言うとセリナはどこか恨めしげに私の横顔を見る。私がなにかしたかね? 

「確かにそう言いました。その点に関して私は何も言えません。
 それで色々迷っているうちにドランさんの事を思い出して、もう一度会えないかなと思ってここの辺りをずっとうろうろしていたんです。
 ドランさんなら相談に乗ってもらえそうでしたから」

「私を探していたのか? セリナとはまたいつか会いたいとは思っていたから、こうして会えて私は嬉しいよ」

「本当ですか?」

「本当だよ。そうか、私を探して、か。なら、セリナ」

「なんですか?」

 私の横顔にセリナが視線を向けるのを感じ、私はセリナの方を向いてこう提案した。一つくらいはなにか提案しないと、セリナもわざわざ私を探した甲斐がないだろう。

「人間に慣れる為に私の村に来ないか? 村で暮らせるように私の方で出来る限り取り計らおう。気に入らないようだったらすぐに出ていけばよい。
 ラミアという事で最初は警戒されるかもしれないが、使えるものは病床の親でも使え、というのが辺境の村の流儀だ。
 セリナの温厚な性格とラミアとしての能力があれば、すぐに重宝されて受け入れられるさ」

「ドランさんの村に、私が住むんですか?」

 私の提案はセリナにとって思いもかけないものであったか、目をぱちくりとさせて元からあどけなかった顔立ちを一層あどけない印象を強くするセリナに、私は笑いかける。

「そうだよ。私達と一緒に暮さないか? セリナと一緒なら私は楽しく暮らしていけそうだ」

 まるで口説いているみたいだな、と思いながらセリナの返答を待てば、セリナはまた目をぱちくりさせてから、どんなに偏屈な人間でも春の陽気に溶ける雪のように心を許す笑みを浮かべた。
 やはりこのラミアの少女の笑みはとても素敵だ。

「私も、ドランさんと一緒なら楽しいと思います。そうできたら、とっても素敵。それに……」

「それに? 遠慮しないで言ってごらん」

「実は、この間ドランさんに貰った精気がとっても美味しかったものですから。あんなに美味しくって身体が元気になる精気は、初めてでした。
 ドランさんを探していたのは、また精気を食べさせてもらえないかなって、少し期待していたんです」

 どうやらセリナは、自分が食いしん坊のようで告白するのが恥ずかしかったらしい。
 とはいえ人間のではなく竜種の精気を渡した以上、セリナがその味に魅了されるのは容易に想像できた事だ。
 下手をしたらあまりに美味に過ぎた竜種の精気の味を知ってしまった以上、セリナは他の種族の精気では満足できなくなっているかもしれない。

「気に入って貰えたのなら何よりだ。一緒に暮らせるようになったら、いつでもセリナに精気を上げられるようになる。こんな風にね」

 私は釣竿から離した左手をセリナに向けて差し出し、私の左手をまじまじと見つめてから、セリナは恥ずかしげに左手を握り返してきた。
 それを待ってから、私は再び竜種のものへと変えた精気を手を通じてセリナに吸わせてあげた。
 竜種の精気が流れ込んで来ると、セリナはふにゃっと頬を緩めて春霞みに包まれている様に、恍惚とした表情を浮かべる。

 霊的にも物理的にも世界最強の種族である竜の精気は、精気や生命を吸う生態を持つ種族にとって極上の美酒であり、一度知れば二度と忘れられなくなる美味なのだという。
 なればラミアであるセリナがこのような反応を示すのも無理のない事なのだろう。
 ましてや転生によって強制的に魂の質を劣化させられたとはいえ、竜種の頂点に君臨した私の精気ならば、セリナは私以外の竜種の精気でさえ満足できなくなっているかもしれない。
 ふうむ、そう考えるとこの精気の受け渡しも考えないといけない面があるか。

 私は目の前で骨の抜けた蛇みたいに恍惚としているセリナを見て、何事も善し悪しがあるな、と少し反省した。
 さてどうやって村の皆がセリナの入村を許すか、考えなければなるまい。妙案が思いつくといいが……。

以下ダイジェスト

 思わぬところでセリナと再会したドランは、セリナにベルン村への居住を進める。
 魔物であるセリナを村の一員として受け入れてもらうために、ドランとセリナが実行したのは何と言う事はない、セリナの存在の痕跡を村の知覚にいくつも残し、存在を気付かせる事、贈り物を続けて敵意がない事を遠回しに伝える事、そして村の中の空気が変わり始めたら村の外に出たドランの危機をセリナが助けて、それをきっかけとして村への居住を交渉するというものだった。
 鎧熊という村の近辺には出没しないはずの強力な魔物の出現こそあったものの、セリナは大地母神マイラールからの神託もあり、無事にベルン村の一員として受け入れられる。
訂正しました。ご感想への返信はまた後ほどに。ありがとうございました。
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